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それは黒くて重かった  作者: D.K.B.Y.
第一章
7/45

赤都の事件:脱出

予定通り、少し早めの投稿になりました。あと2話くらいは今年中にする予定です。

 建物の外には既に陽が昇り、質の良い硝子とレースのカーテンを通して入ってくる光は強く、分厚い絨毯の敷かれた床を照らしている。しっかりとした石造りの部屋は広く、質の良い調度品で揃えられた室内は綺麗に掃除されており、塵一つ無く清潔に保たれている。中でも存在感を放っているのは、豪華な天蓋付きのベッドである。陽の光がベッドの上で寝ている人物の顔の辺りに差し掛かってくると、嫌がるように何かに抱きついている手に力を込める。それは思った以上の力強さだったのだろう、ミシミシと音が聞こえそうな位に締め付けられていくと、まるで嫌がる様に動いて見えてくる……と思ったらそれは実際に動いていた。

「ふにゃ……っ、イダダダダダッ!

 ちょっ、ちょっと、ヤバイって、出ちゃう、中身が出ちゃうよっ!」

どこかで同じ事があったな、と思いつつジタバタと締め付けてくる腕から逃れようとしているのは、まさしく抱き枕のような状態の黒炎で、紅い瞳を見開き救いを求めて彷徨(さまよ)わせていた。次第に抵抗が弱まっていき、伸ばされた前足が力無くふわふわの布団に落ちようとしたその時、明るい女性の声と手が割って入る。

「姫様起きて下さいませ。黒炎様が苦しんでおいでです」

さほど力を込めている様には見えなかったが、割って入った手はあっさりと締め付けていた姫の手を外して布団の中に戻す。(いまし)めから開放された黒炎は、再び捕まりたくはなかったので逃げるように急いでベッドから床に降りる。分厚い絨毯は音を吸収して、少しも足音を立てなかった。自分を救ってくれた恩人はどんな人物かと視線を向けると、背を向け乱れた布団を直しているのは紺色のエプロンドレスと頭にホワイトブリムをきっちり着込んだメイドさんであった。見知らぬ人間に言葉を話す事に躊躇していた黒炎であったが、布団を直し終わってこちらを振り向いた女性の顔は、自分の知っている人間のモノだったので余計に驚いてしまう。

「なんでサフィがここにいるの!?」

「おはようございます、黒炎様」

笑顔が基本装備のサフィーラらしく、笑みを絶やさずに黒炎に一礼する。彼女は先述した通りのメイドの格好をしており、先日知り合ったソラリスに(ゆかり)のある人物である。サフィーラの変わらない笑顔を見ているうちに、黒炎は周囲を確認する余裕が出てくる。キョロキョロした後に、呆然とした様子でサフィーラに問いたげな紅い瞳を向けていた。

「ここどこっ!?サフィの事も気になるけど、それよりも気になるのは今居る場所だよ」

「落ち着いて下さい、黒炎様。姫様が驚いてしまいますわ」

「サフィ、その言葉遣いはやめてよ。ボクはくだけた話し方の方が好きだよ」

「かしこまりました。うふふ、黒炎くんが困ってるのが面白かったから、ごめんね」

「もぅ、いきなり訳の分からない状況に放り込まれたボクの身にもなってよね」

「ごめん、ごめん。それじゃあ説明しときましょうか」

ベッドの主がモゾモゾと動いているのを視界の端で確認しながら、サフィーラは黒炎が気を失ってからの事を説明していった。

「そっか、ボクはあの時気を失った後に、姫って人に助けてもらったんだね」

「はい。ああっ、黒炎くんを庇って狼藉者を睨みつける姫様の気高さと美しさ……はふぅ」

「それはいいからっ、サフィ、そのベッドに寝てるのが姫って人?」

「コホン、そうです。姫様が黒炎くんを離そうとしないので一緒に軟禁されたのよ」

恩人がどんな人物か気になった黒炎がベッドの方へ視線を向けると、ゆっくりとではあったが起きてきそうな気配が伝わってくる。顔を確認しようとした黒炎の視線を遮るかの様に回り込んできたサフィーラは、ウインクをしながら立てた右手の人差し指を左右に振る。

「ダメよ。高貴な御方の寝乱れた姿を見ては失礼になっちゃうわ」

「そういうもんなんだ?」

そう言って黒炎はベッドから視線を逸らすと部屋の内装や調度品を眺め始める。その様子を、子供がお手伝いを上手に出来た時の様に、サフィーラは優しく微笑んで見る。それからベッドの主に近付くと、顔を近づけて何かを囁く。その言葉にハッとした姫は頷くと、サフィーラに(かしず)かれながら身支度を整えていく。一通り眺め終わった黒炎は、暇になったので顔は向けずにサフィーラに声を掛ける。

「そういえば、さっきも聞いたけどサフィがなんでここにいるの?」

「えっ?ああ、わたしもたまたまあの馬車に乗っていたの」

「そうなんだ?でもソラ専属とか言ってなかったっけ?」

「えっ!?あ~、えっと、ソラ様の命令で姫様のお世話をしていたんです」

「なるほど。それでこんな事に巻き込まれちゃうなんて、サフィも運が悪いね」

「悪い事ばかりでもないわ。知らない所で姫や黒炎くんに何かあったら嫌だもの」

「優しいねサフィは。でも一緒に捕まってるから身動き出来なくてタイヘンじゃない?」

「そうでもないわよ。姫様の世話役として部屋から出入りが出来るの。厳重にチェックはされるけどね」

「そっか。姫と一緒に居たメイドさんなら自分達でやるよりは楽だもんね」

「は~い、準備出来ました。姫様のご登場でございますよ~」

楽しそうに言いながらサフィーラは姫の手を引いて歩いてくる。姫がどんな人物かとても興味があった黒炎は、すぐに後ろを振り返ってサフィーラに続いて出てくる人物へ視線を向ける。姫は、透き通る様に輝く腰まである銀髪をそのまま背に流した、サフィーラより少し低い位の背丈で小麦色の肌の控えめな体型の上にスカルトパシオンではお馴染みの赤を基調としたカラフルな服装を着ている十代半ば位の少女で、美しいと思われる顔は目の下から薄絹が隠しているので、分かるのは力強さを感じさせる金の瞳だけである。各所にちりばめた美しい装飾品を眩しそうに見ながら、黒炎はどこかで見た事が有る様な気がして首を捻っていた。

「良かった、気が付いたのですね」

その声もどこかで聞いた様な気がしたが、姫なんていう偉い人の知り合いは思い浮かばなかった黒炎は、頭を下げて感謝を示してから、確認する様にサフィーラに視線を向ける。

「大丈夫。姫様もあなたが話せる事は知っているから」

「そっか。ありがと~、姫。助けてくれたってサフィに聞いたよ」

黒炎の誰でも変わらない言葉遣いに、何かを言いかけたサフィーラだったが、姫が頷くと了解した(ふう)に下がる。

「礼には及ばないわ。こちらの面倒事に巻き込んだ形になったのですから」

「でも、助けてもらったんだから『ありがとう』だよ」

「ふふっ、それなら『どういたしまして』と応えましょう」

笑顔で話す姫と黒炎を、サフィーラは優しい笑顔で見守っている風情である。

「ところで、姫ってなんて名前?姫だけじゃなんか寂しいし。

 ボクは黒炎っていうんだ。よろしくね」

(わたくし)は、フラムフィール。フラムって呼んでいいわ」

「よろしく、フラム」

「むむむ、黒炎くん、せめてフラム姫って呼んでくれないかしら。じゃないとわたしが怒られちゃうわ」

「そうなんだ?じゃあ、よろしく、フラム姫」

「私は構わなかったのですが、サフィが言うなら仕方がありませんね」

「サフィが怒られたらカワイソウだもんね」

困った様な顔になっているサフィーラを見て、フラムフィールと黒炎は顔を見合わせて笑う。途中から笑

いに加わったサフィーラも合わせて、仲の良い友達が集まった時の様に楽しそうな雰囲気になっていた。


 そこは円形の石造りの部屋で内装や家具は良い物であったが、少し古く痛んでいる物ばかりだった。置いてある家具は必要最小限のベッドと机と椅子くらいである。窓から見える景色は全て遠く、この場所がかなり高い位置に有る事を示している。窓の反対側には下へ続く階段の入口が四角く暗い穴を開けている。その階段の前には、窓にはまっている鉄格子と同じ物が天井から床までを塞いでおり、唯一の出入り口である鉄格子の扉は大きな鍵で施錠されていた。現在、鉄格子を挟んで二人の男性が向かい合って立っている。階段側に居るのは、銀髪金瞳に小麦色の肌の、長身だが痩せた体型がひょろっとした印象を与える三十代半ば位の男性で、豪華で立派な身なりと美形と言って良い顔なのだが、顔色が妙に悪いので見る者に悪い印象を与えてしまっている。一方、鉄格子の内側に居るのは、同じ銀髪金瞳と小麦色の肌の、長身だがガッシリとした体格が先程の男性よりも大きく見える三十代後半位の男性で、王都の人が普通に着ている服を身に付けているにも関わらず、先程の男性よりも立派な人物に見えて風格も感じさせる。二人は厳しい顔で睨み合っているが、有利なはずの階段側の男性の方が押され気味のようであった。

「兄上、いい加減に王位を譲ると言って貰えませんか?」

「聞けぬな。その言葉が執務室で堂々と発せられたなら我が心も少しは揺れたかもしれぬがな。

 此度(こたび)の様に魔法で眠らせて監禁するなど王者ではなく卑怯者のする事ぞ」

「ふんっ、強気で居られるのも今だけだ。目の前で娘が泣いて頼めば気持ちも変わるだろうさ」

「おぬしっ!そこまで落ちたか……王族に生まれながら王というものが分かってないようだな」

「わかってるさ、兄上より私の方が優れているのだからな。父上さえ判断を誤らなければ……」

「そういう所が駄目だと何故気が付かない」

「ははは、何とでも言うがいいさ。王として力を示せば良いのだから」

そう言って背を向けると、階段側に居た男性は虚勢と分かってしまう態度で、振り返ることも無く階段を降りていった。残された男性は大きく溜息を吐くと、悲しげな表情で既に誰も居ない階段へ視線を向ける。

「あやつも不憫な奴ではあるが……。フラム、不甲斐ない父を許しておくれ」

その言葉は誰にも聞かれず石造りの部屋に消えていった。


「さて、これからボク達はどうすればいいと思う?」

自己紹介をしてお互いに落ち着いたところで、黒炎はフラムフィールとサフィーラの顔を見ながら問いかける。顔を見合わせた一同は最後には方針を決定してくれそうなフラムフィールへ自然と視線が集まる。

「わ、私ですか!?えぇっと、その、サ、サフィに任せますわ」

「わたしに丸投げですか、姫様……」

慌てた風にキョロキョロしていたフラムフィールは、サフィーラの顔を見て助けを求める。求められたサフィーラは溜息を吐きつつも、既に何か考えていたらしく、一同の顔を真面目な顔で見て唇に指を当てると、近くに寄るように身振りで伝えてくる。

「聞き耳を立てられているかもしれないので念の為……扉の外に見張りの人間が居ます。

 うまく部屋に誘い込んでどうにか出来れば部屋から出る事は可能だと思います」

「なるほど、その後をどうするかが問題なんだね」

「わたし達ってほとんど戦闘力が無いじゃないですか。

 そのおかげと言えるのかもしれないけど、見張りの数が一人か二人しか居ないのが幸運ですが」

「ボク達は弱っちいからね。部屋から出た後に城から出る方法があればな~」

そこまで大人しく話を聞いていたフラムフィールであったが、じれったくなったのか突然立ち上がって大きな声で何かを言おうとする。それを予想していたかの様にサフィーラは機先を制してフラムフィールの口を手で押さえて座らせる。

「もがっ」

「あらあら、姫様ともあろう方が、その様なはしたない声を出すなんて。もぅ、ダメですよ~」

「いいから手を離せっ!まったくもう、息が出来ないじゃないかよっ」

苦しかったとはいえ、急に言葉遣いが悪くなったフラムフィールに興味を引かれた黒炎は、面白いものを見たような様子で大きな尻尾を踊らせるように振りながら姫を見上げる。

「へ~、フラム姫って口が悪かったんだね。驚いちゃったよ」

ハッとした様子で慌てて口に手を当てるフラムフィールであったが、ニコニコしたサフィーラが何度か頷いて黒炎の頭を撫でる。

「ごめんなさいね。注意はしてるんだけど、公用語を教えた教師が言葉遣いの悪い人でね」

「なるほど。フラム姫とサフィの言葉が変な発音になってないのは勉強したからなんだね」

「そうなの。王族やそれに仕える人間は公用語を扱う能力を必要とされるから」

納得顔の黒炎を笑顔で見ているサフィーラに、話す邪魔をされたフラムフィールが拗ねた風な顔で割って入ってくる。

「ちょっと、私の話を聞きなさい。言葉遣いは私の不注意でした。サフィ、ごめんなさいね」

「いえ、お気になさらないで下さい。でも声は小さくお願いします」

「わかったわ。とりあえずこの部屋を脱出してから、後の事はその時考えましょう。

 こんな所で話し合ってても何も変わらないわ。お父様の事も心配ですし……」

「フラム姫って無鉄砲なんだね。まあボクはそういうの嫌いじゃないけど」

「そうなの、姫様ったら無鉄砲で困ってるのよ。でも面白いから良いんだけどね」

黒炎とサフィーラの言葉を聞こえないモノとしてフラムフィールは話を続ける。

「とにかく、見張りの人間を部屋におびき寄せて処理しましょう。見張りは男性よね?」

「はい。先程わたしが入室する時に居たのは男性が一人でした」

「一人なら丁度良いわね。私が見張りを呼び寄せますのでサフィが色仕掛けで注意を惹きなさい」

「えぇっ、わたしがですか!?」

「私にさせるつもりですか?なんなら命令しても良いのですよ、サフィ?」

「はぅ、分かりましたよ。急いでどうにかして下さいよ。わたしだって女なんですから」

「わかってます。私だってサフィの事は大切ですから」

「心配しないで。ボクも出来る限り手伝うから」

「ありがとう、黒炎くん。君は良い子ね~」

そう言って黒炎の首にギュッと抱きつくサフィーラを、フラムフィールは半眼になって睨む。

「私はずっと見てようかしら」

「冗談ですよ、姫様。わたしは姫様の事も信じていますから、機嫌を直して下さいな」

サフィーラはフラムフィールと目を合わせた後、力を借りるように一度抱き締めてゆっくりと離す。

「機嫌悪くなんてないわよっ。サフィ、気を付けてやるのよ?」

「はい。ありがとうございます、姫様」

それから一同は、細かい事を話し合う。フラムフィールは手頃な大きさの花瓶を手に持ち、黒炎は一撃で失神しなかった時の為に口に布を突っ込む準備をする。サフィーラは襟元のボタンをいくつか外して胸元をはだけさせソファに倒れ込む体勢になると、深呼吸をしてフラムフィールに向かって頷いた。

「誰かっ、誰か居ませんかっ!助けて下さいっ!」

 バタンッ

入口の扉が勢い良く開かれると同時に、見張りらしき男が飛び込んでくる。状況を確認しようと室内を見回そうとしたところでソファに倒れこんでいるサフィーラの姿に気が付いたらしく、足早に駆け寄る。

「どうしたっ、何があったんだ!?」

「む、胸が、きゅ、急に苦しくなって……」

「病気か?ちょっと待ってろ。医者を呼んでくる」

「待って。お願い、あなたに助けて欲しいの」

立ち上がりかけた見張りの男の手を取ると、サフィーラは潤んだ瞳でジッと見詰める。

「な、何をすればいいんだ?」

サフィーラの碧い瞳に縫い止められたかの様に動けなくなった見張りの男は、ゴクリと音を立てて唾を飲み込み、視線もメイド服のはだけられた胸元に固定して動かせなくなる。

「苦しくなった胸をさすって欲しいの。お願い、あなたしか頼る人が居ないんです」

「あ、ああ、任せておけ。しっかりとさすってやるからな」

騒がしい心臓の鼓動を感じながら、ゆっくりと手をサフィーラの胸元に伸ばしてくる見張りの男の視界には、もはやサフィーラの姿しか映っていないようであった。その様子を見ながら見張りの男の背後に近寄っていたフラムフィールと黒炎は、サフィーラの迫真の演技に自分達も引き込まれてしまって動けなくなっていた。その状況に内心焦ったサフィーラの頬には一筋の汗が流れていたが、見張りの男は汗ばむ程苦しんでいると思いつつ色っぽさが増して益々他の物が見えなくなっていく。見張りの男の手が胸元に触れようとした瞬間、サフィーラはよろめいてソファに深く沈み込む。見張りの男の目が胸元に固定されているのを利用して、サフィーラは見張りの男の見えない位置でフラムフィールと黒炎の方へ、笑顔ではあるが怒りを込めた顔を向ける。その表情にビクリとしたフラムフィールと黒炎は、ハッとすると、急いで当初の予定通りの行動に戻った。

 ガシャン

室内に花瓶の割れる音が響き、力の抜けた見張りの男の身体が床に倒れ込む。その音は分厚い絨毯に吸収されてほとんど聞こえなかった。急いで見張りの男に近寄ったフラムフィールと黒炎は、完全に失神しているのを確認してから布で口を塞ぎ、その身体をシーツを利用した縄でグルグル巻きに縛り付ける。ホッとしたフラムフィールと黒炎は、その場に座り込むと息を吐いて力を抜いた。その背後には服の乱れを直したサフィーラが仁王立ちで睨んでいた。

「姫様、黒炎くん、先程は一体何をしてらっしゃったのですか?」

「「ひぃっ」」

驚いたフラムフィールと黒炎は、その場に正座と伏せになり、申し訳無さそうに頭を垂れてサフィーラの顔から視線を逸らす。その様子に再び怖い笑顔になったサフィーラはゆっくりとした口調で話を続ける。

「姫様も黒炎くんもわたしがこんな男に(けが)されても良いと思っていたんですね」

「そ、そんな事はありませんわ。私は貴女(あなた)の事を本当に大切に思っています」

「そ、そうだよ。ボクだってサフィの事が大切だよ」

「では、何でジッと見ていたんですか?わたしだって本当は怖かったんですよ」

そう言ってサフィーラは顔を手で覆い後ろを向くと、肩を震わせる。驚きと申し訳無さでフラムフィールと黒炎はサフィーラへと駆け寄り、肩を抱いたり身体を触れ合わせたりする。

「ごめんなさい。言い訳にしかならないけど、貴女の迫真の演技に飲まれていました」

「ごめん、サフィ。ボクもフラム姫と同じだったんだよ」

謝罪をするフラムフィールと黒炎の様子に、サフィーラの肩は震えを増していく。泣いてスッキリして欲しいと思ったフラムフィールと黒炎であったが、震えは大きくなり、なんだか違う感情が伝わってくる気がして困惑する。

「……ぷっ、うふふふ、あははは、姫様も黒炎くんも大げさなんだから」

手を外したサフィーラの顔は笑顔になっており、涙の跡は全く残っていなかった。最初から泣いてはおらず、腹いせに嘘泣きをしていたらしい。憮然となったフラムフィールと黒炎ではあったが、自分達にも非はあったので何も言えず、サフィーラが泣いていなかったのが分かってホッとしていた。

「さあ、作戦はうまくいったのですから早く動きましょう。

 この見張りの男の人はベッドで布団を被せて姫様の不在を少しでも遅らせられる様にしておきます。

 姫様はもう少し目立たないように装飾品は全て外して下さい」

「ベッドまではボクが運ぶから背中に載せてね」

「ありがとう。助かるわ、黒炎くん」

サフィーラはフラムフィールに少し手伝ってもらって黒炎の背に失神した見張りの男を載せ、ベッドに運んで偽装すると、フラムフィールの装飾品を外して鏡台の引き出しに仕舞う。準備が整ったところで、サフィーラは一同を見て頷いた。

「それでは今から部屋を出ますが、最初はわたしについて来て下さい。

 見張りの人間が通らなそうな場所を選んで進み、空き部屋にご案内します」

全員で頷いて出入り口の扉へと向かう。扉の向こう側から音がしないか、扉に耳を当てていたサフィーラは、最後に気配に鋭い黒炎に視線を向ける。黒炎がそれに頷いて返すと、サフィーラは音を立てない様にしながら扉を開けた。左右の廊下を人影が無いか確認してから振り返ったサフィーラは、ついて来てという風に廊下に出て走り出す。フラムフィールと黒炎も置いて行かれない様に、その背を追って駆け出した。

 いくつもの曲がり角で止まり、人の気配を確認しながら進む一行は精神的にも肉体的にも疲労が蓄積するのを感じていた。足が重く感じる様になり、休みたいと口に出したくなったところでサフィールが立ち止まる。軟禁されていた部屋の有る場所と比較すると装飾も減り、陽もあまり当たらない場所に来ているらしく、先程までと比べて冷たく感じる空気が辺りを覆っている。今曲がった角が最後だった様で、装飾のされていない扉の前に居るサフィーラが振り返ってフラムフィールと黒炎に頷いた。

「ここは使用人の居る棟です。この部屋ならしばらくは見付からないと思います」

そう言って扉を開いたサフィーラに続いて皆で部屋の中へと滑り込む。ホッと一息吐いて、一同は疲れて重くなった身体をくたびれたソファに投げ出した。

「ふはぁ~、見付からない様に歩くのってタイヘンだね~」

「そうですね。さすがの私も疲れてしまいましたわ」

「うふふ、姫様も黒炎くんもお疲れ様でした。ひとまずはここで休んで、次の対策を考えましょう」

「はぁ~い」

「分かりましたわ、サフィ」

それぞれの返事を聞いて笑顔になったサフィーラは、部屋の奥に行くと、お茶の用意をして戻ってくる。紅茶の良い香りが部屋の中に満ちて、一同はやっと張り詰めていた気を緩める事が出来た。


 そこは広い石造りの部屋で、一番北側、一段高くなっている場所に立派な装飾の椅子、玉座が置かれている。その上には、王位を譲るように王へ詰め寄っていた男性、王弟殿下が座っている。疲れた様な表情で座る王弟殿下は、イライラしているらしく、肘掛を殴った拳を強く握り締めていた。

「兄上が素直に王位を譲ると言えば……」

 コンコン

その時、玉座の間の入口の扉をノックする音が響く。不機嫌な王弟殿下は無視しようかとも思ったが、何度も続くノックの音に、不承不承であったが声を掛ける。

「入れ」

「失礼致します、殿下」

「しばらく人を近付けるなと、命令していたはずだが?」

「申し訳ありません。大事なお話があったものですから、お許し下さい」

「まあよい、それで話とは?」

「はい。王を救おうとする勢力が城へと潜入する計画を立てているそうです」

「あの男は王ではない。余が王であるぞ、間違えるでない」

「はっ、申し訳ありません。それでいかが致しましょうか?」

「ふむ……」

何かを考え始めた王弟殿下の様子に、配下の男は(ひざまず)いたままピクリともせずに声が掛かるのを待つ。少なくない時間が経った時、ニヤリとした王弟殿下は配下の男に視線を向ける。

「兄上や、その娘は我が手にある。それらをエサにして邪魔な奴等を一網打尽にしてくれよう。

 お前の情報源は、逆に偽情報を奴等に伝えられるのか?」

「はい。反逆者の中ではそれなりの地位にある人物です。その辺は上手くやれるでしょう」

「それは好都合だな。ちょっと近くに来るが良い。我々が……」

配下の男を近くに呼んだ王弟殿下は、耳に囁く程度の大きさの声で何事かを伝える。それを聞いていた配下の男も、その内容にニヤリとして頷く。配下の男が命令を伝える為に玉座の間を出て行くのを、王弟殿下は楽しそうな顔で見送っていた。


 コンコン

扉をノックする音が突然聞こえて来た一同は、ビクリとして音の聞こえて来る出入り口の扉へと視線を向ける。次の瞬間、ハッとしたサフィーラは、一同に物陰に隠れる様に身振り手振りで指示をした。全員が隠れたところで何者かに扉が開かれる。無言でいると、若い女性の声が掛けられた。

「サフィ?わたし。大丈夫だから出てきて」

その言葉に安心したサフィーラは、フラムフィールと黒炎に頷いて立ち上がる。その視線の先にはサフィーラと同じ、メイドの格好をした女性の姿があった。黒炎達の軟禁されている部屋に戻る前に、既に脱出を考えていたサフィーラは、同僚の女性に簡単な協力だけだが頼んでいたのである。

「良かった、追っ手かと思って焦ったわよ」

「ごめんなさい。簡単な物だけど食事を持ってきたわ」

「ありがとう。今城の中はどうなってるの?」

「なんだか忙しそうに走り回ってたわ。

 でも誰かを探してる感じじゃないから、まだばれてないんじゃないかしら」

「そっか、ありがとね。後はこの部屋には近付かない方がいいわ。巻き込まれると悪いから」

「ごめんなさい。わたしも何か手伝いたいけど、足手纏いになっちゃうから……」

「いいのよ。あなたは自分の仕事に戻って知らないふりをしといてね」

「分かったわ。それじゃあサフィ、それと姫様に……ワンちゃん?無事を祈ってます」

「ありがとう、感謝しますわ」

フラムフィールの横で黒炎も頷いて尻尾を大きく振る。その様子を楽しげに見たサフィーラの同僚のメイドさんは、一礼をして部屋から出て行った。それを見送った一同は、せっかくの食事が冷めないうちに食べる事にする。焼きたてのパンと良く煮込まれたシチューは素朴な味で相性が良く、あっという間に食べ終わってしまった。

「おいしかったな~、熱々のシチューはボクの好物だから嬉しかった」

「疲れていたから、尚更美味しく感じましたね」

「そう言って貰えると、あの娘も喜びます。

 わたし達が普段食べてる賄いを姫様に食べてもらう事なんてめったに有る事じゃないですから」

「私はこういう料理の方が好きかもしれないわ。気取って食べる食事は肩が凝ってしまいます」

「うふふ、料理長が泣いちゃいそうなお言葉ですね。でも言いたい事は分かります」

「贅沢だな~。ボクだったら贅沢なご飯はいくらでも食べたいけどね」

「料理というよりは、食べる時の雰囲気だと思う。黒炎くんにはちょっとわからないかもね」

「食事は楽しく食べられればいいんじゃないかな~」

「ふふっ、その通りだわ。黒炎も直感的にわかっているみたいね」

楽しく会話をして精神的にもリフレッシュした一同は、今後の方針を考える為にテーブルを囲んでソファに座る。

「腹ごしらえが終わったから、次はこれからどうしようっていう感じだね」

「ですね。わたしはさっきの娘が言ってた事が気になりますので様子を探ってこようと思います」

「サフィ、それは危険だわ。一人で敵中に踏み込むなんてダメよ」

「ですが姫様、これは誰かがやらないといけない事なんです」

「だったらボクが行こうか?」

「駄目よ。黒炎くんは城の構造とかはわからないでしょ?

 それに姫様は問題外、危険だと分かっている事を主にやらせる使用人は居ません。

 メイドなら他にもたくさん働いてるから、一番目立たないわたしが適任よ」

無言になったフラムフィールと黒炎は、心配そうな顔でサフィーラを見る。それを見て嬉しそうな顔になったサフィーラは、フラムフィールと黒炎をギュッと抱き締めて一礼する。

「ありがとうございます。姫様と黒炎くんが心底から心配してくれてるのが本当に嬉しいです。

 わたしは絶対に無事に戻ってきますから安心して待っていて下さいね。

 もし誰かが来た時は音を立て無い様にしてすぐに隠れて下さい」

安心させる様に最後まで笑顔のままだったサフィーラは、外に人が居ないか確認してから扉から出ると、普通の使用人と同じく走らずゆっくりと歩いて城の中心部へと向かっていった。それを見送ったフラムフィールと黒炎は、ジッと扉を見ながらサフィーラの無事を祈っていた。


 カチャカチャカチャ

そこは石造りの細長い部屋で、片側は大きなガラス張りの窓があり外の光をふんだんに取り入れている。部屋の真ん中には細長い部屋に合わせた様に長いテーブルがあり、その上座には王弟殿下が座って豪勢な食事を摂っていた。その時、扉がノックされた後に配下の男が入ってくる。

「失礼します。少しよろしいでしょうか?」

「今度は何だ?見ての通り食事中だ、さっさと告げるがよい」

「はっ、悪い知らせと良い知らせがありますが、どちらからに致しましょう?」

「どちらからでもよいっ、さっさとせんかっ」

「はい、失礼致しました。悪い知らせの方ですが、姫様がお逃げになられたそうです」

「は?見張りの者は何をしておったのだ?そやつの首を刎ねいっ」

「どうかそれだけはお許しを。

 罰は与えておきますので、その者も姫様を探し出させる人員に加えたいと思います」

「ちっ、必ず見付けるのだぞ。とにかく時間まで城から出させるな」

「わかりました。それで、良い知らせの方ですが、情報提供者が上手い事やったそうです」

「ふっ、それは良い知らせだ。準備の方も抜かり無く整えておくのだぞ」

(かしこ)まりました。それでは失礼致します」

一礼をして大食堂から出て行く配下の男を一瞥(いちべつ)もせずにニヤリと笑う王弟殿下は、食欲が戻った様に食事を再開するが、年代物のワインで流し込みながらほとんどの料理を味見程度だけ口をつけて下げさせていく。下げられた料理は全て捨てられているので、食費を違う事にまわせば救われる者も居るのではないか、と考える人間が出てくるに違いない浪費っぷりであった。


 サフィーラが部屋を出てから結構な時間が経ち、フラムフィールと黒炎は不安感が増してくるのを感じる。落ち着かないフラムフィールは何度も立ったり座ったりを繰り返していた。

「落ち付きなよ、フラム姫。サフィだって馬鹿じゃないんだから簡単には捕まらないって」

「それはそうですが……サフィとは姉妹の様に育ったので、私は心配でしかたがありません」

 コンコン

話をしている最中に、再び扉をノックする音が聞こえてきて、サフィーラの帰りを今か今かと待っていたフラムフィール達は声を上げそうになる。次の瞬間に、ハッとすると、サフィーラの残していった言葉通りに音を立て無い様に身を隠す。それと同時に何者かが無言で入ってきて周囲を窺い始める。その物音を聞きながら、緊張に身を硬くしたフラムフィール達は、騒がしい心臓を静めようとしつつ早く出て行ってくれと思っていた。

「うふふ、ただいま戻りました~。どうです?驚いちゃいました?」

底抜けに明るい声で帰還の声を上げたサフィーラに、無言で立ち上がったフラムフィールはそのまま傍に立つと、サフィーラの頭をスパンと叩いていた。

「あぅ、姫様痛いですぅ。

 冗談ですよ~、暗い想像ばかりしていたに違いない姫様達に気分転換して欲しかったのに~」

「時と場合を選ぼうよ、サフィ。フラム姫は本当に心配してたんだよ」

黒炎の言葉にフラムフィールの顔を見たサフィーラは、その目尻に涙が光っているのを見ると、優しい表情になってフラムフィールを抱き締める。

「ごめんなさい、姫様。おふざけが過ぎました。心配して頂き、ありがとうございます」

「そうよ、心配したんだからね。まったく貴女ってヒトは……」

しばらく抱き合って無事を確かめている二人の様子を、黙って見ていた黒炎であったが、落ち着いてきた様に見えたのでゆっくり近寄り二人を見上げる。

「そろそろいいかい?外の様子はどうだったのか知りたいんだけど」

その言葉に、二人は離れながら目元を軽く拭うと、笑顔になって黒炎の紅い瞳を見る。

「そうですね、サフィ、外はどの様な状況でしたか?」

「はい。あの娘が言っていた通りに忙しそうに動き回っている人間が多かったです。

 でも、中には何かを探しているらしい者も居ましたので、わたし達が逃げたのはばれているようです。

 おそらく交代の人間が発見したと思いますので、あの娘を疑う必要はありませんよ」

「忙しそうにしている者達が何をしていたかはわかりませんか?」

「申し訳ありません。相当の人数が動いていましたが、何をやっていたかはわかりませんでした」

「謝る必要はありません。貴女は勇気を以って虎穴に入り込んで行ったのですから。

 無事に戻って来れただけでも大したものですよ」

「それで、ボク達はどうすればいいのか、ヒントになる様な事はわかったのかな?」

「はい。何故か正門の辺りには人の姿がほとんどありませんでした。

 なので、暗くなったら、もしくは最良の時間として明け方に、正門から脱出出来るかもしれません」

「なるほどね。それじゃあその時間までこの部屋は安全だと思うかい?」

「いいえ。何度か移動しておいた方が良いかもしれないわ。姫様よろしいでしょうか?」

「ええ、全て貴女に任せます」

その言葉に頷いたサフィーラは、移動する前に食事をしておこうと、食事を取りに一旦部屋を出る。少しして戻ってきたサフィーラが持ってきたのは前に同僚の女性が持ってきた物と同じ料理であった。状況が状況だけに、文句も言わず、料理は美味しかったのでそもそも出なかったが、さっさと終わらせると、サフィーラは再び食器を下げに部屋を出ていってすぐに戻ってくる。顔を見合わせた一同は、深呼吸をしてから外の様子を探り、頷いたサフィーラに続いて部屋を出た。その後は何度か部屋を変えつつ、交代に睡眠をとっていく。幸運にも誰に見咎められることも無く、刻々と時間が過ぎていった。


 陽が落ちて暗くなった裏門前の広場には、黒一色に服と軽装鎧を揃えた部隊が整列していた。王弟殿下への忠義か、それよりも欲の為か、少なくない数の人間が集まっている。そこに同じ様な格好に揃えた、他とは違い高価な装備の、王弟殿下が表れると、部隊の前に立ち片手を上げて合図をする。その瞬間、ザワついていた部隊は口を閉ざして姿勢を正した。その様子を満足そうな顔で見た王弟殿下は、そのまま口を開く。

「皆の者、よくぞ集まってくれた。今回の作戦が成功すれば多くの恩賞を与えよう」

その言葉に、部隊の人間は腕を上げて喜びを表す。再び上げた王弟殿下の手に、部隊は静かになる。

「それでは手はず通りに行動するのだ。出発する、門を開けよ」

 ギィィィ

軋む様な音を立てて大きな金属製の扉が開いていく。その様子を眺めながら、士気の高い部隊に作戦の成功を確信して笑みを浮かべる王弟殿下であった。


 カチャッ

深夜になって辺りが寝静まった頃に、一同は正門に近い部屋に移動していた。扉を開けて室内に入ると、素早く扉を閉める。扉の前には近くにあった花瓶を置いて、何者かの侵入に備えた警報の代わりにしておく。一同は扉から一番離れた場所に、扉から見えない様に座った。

「危ないところもあったけど、無事にここまで来れてよかったね」

押さえた声で話す黒炎の言葉に二人は頷く。

「サフィのおかげですね。貴女の忠勤に感謝しますわ」

「いえ、わたしは当然の事をしただけですから。それに、まだ最後の難関が残っていますよ」

「そうだね。無事に正門から出る事が出来なきゃダメだもんね」

「そうですね。お父様の事も心配ですが、脱出して手勢を集めて戻ってきましょう」

「はい。わたしはどこまでも姫様について行きます」

「ボクも出来るだけ手伝うよ」

「サフィも黒炎もありがとう。私はあなた達のような友人が居てくれて嬉しいです」

親交を深めつつ、正門に向かう時間を待つ。時間が経つに連れて一同の会話は減り、無言で過ごす時間が増えてくる。無言になると不安が頭をもたげてくるらしく、不安な気持ちがそれぞれの顔に出ていた。

「大丈夫かしら?外に出られる場所は正門と裏門だけですのに、見張りの数が少ないなんて」

「大丈夫だと信じましょう。わたし達に出来る事は自分を信じて実行する事です」

「そうだよ。ボク達なら出来るって信じようよ」

「そうですね。王族の私が弱気になるなんて情け無いですわ」

「しょうがないって、こんな事は初めてやるんだろうし」

「そうですよ、姫様。わたし達全員が同じ気持ちなのですから、お気になさらずに」

「ええ、ありがとう。私は最善を尽くす事だけを考える事にします」

笑顔で見守るサフィーラと、嬉しそうな様子で尻尾を振る黒炎に、フラムフィールも少し硬いが笑顔を見せる事が出来る。そんな風に、気持ちを上げ下げしつつその時を待っていた一同は、窓の外がうっすらと白んできているのに気が付いた。

「そろそろ行きましょうか」

そう言うサフィーラに続いて立ち上がったフラムフィールと黒炎は、お互いに緊張した表情になっていた。扉の前で外の様子を探ったサフィーラに見詰められて、黒炎も同じ様に気配を探ってから頷く。それを見たサフィーラは、慎重に扉を開いて左右を確認すると、付いて来てという仕草をして廊下を走り出す。それに続いて走り出した黒炎の後を、扉を閉めたフラムフィールは遅れないように続いて駆け出す。正門までの道には何故か見張りの姿が見えず、一同は無事に門の前に辿り着く。月明かりが照らす中、見付からない様に物陰に隠れながら正門の開閉装置の周辺を探るが、そこにも人影は無く、(いぶか)しげに思ったが、ここがチャンスだと考えたサフィーラは、フラムフィールと黒炎に頷いて開閉装置に手を掛ける。

 チャキッ

その瞬間、黒ずくめの人物が現れると、サフィーラの背後から口を押さえて、その喉にナイフをピタリと当てる。動けなくなった一同に、黒ずくめの人物は押し殺した声で制止の言葉を掛ける。

「動くな。動けばこの者の命は無い」

最後の最後で人質になってしまったサフィーラの目に一瞬覚悟が表れたが、フラムフィールの懇願するような表情に気付いて動く事を諦める。黒炎も黒ずくめの人物に隙が出来ないか見ていたが、その気配は全く無かった。ここまできて突然襲ってきた生命の危機に、一同の心中は大部分を無力感が占め、全身から力が抜けてしまい抵抗する意欲も徐々に削られてしまう。

「誰か……」

救いを求めて呟くフラムフィールの言葉は、白んできた空の闇に溶けて消えていった。


 絶体絶命のサフィーラと、眺めるだけしか出来ないフラムフィールと黒炎。救いを求めて祈る姫の言葉に応える者は居るのだろうか。はたして一同の運命はどこに向かって進んで行くのか。それは現時点では、ここに居る誰にも分からない事であった。

楽しんで頂けたでしょうか。続きも早く読んで貰える様に頑張ります。

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