赤都の事件:油断
同じペースを守るのは大変ですね。
とりあえず今年も終わりなので、もしかしたら次話から数話を書き収めで早めに投稿するかもしれません。
周囲は傾いた陽の光に照らされて真っ赤に染まっている。聞こえるのは波の音と海鳥の鳴き声、船の集まっている場所から聞こえて来る人々の喧騒だけである。港の一角、灯台の建っている場所はほとんど人気が無く、居るのは力無くしゃがみ込んだ人影と側に寄り添う動物の姿だけだった。
衝撃の出来事が続いたダスク達だったが、目に映る刻々と変わっていく風景を見ているうちに気持ちが落ち着いてくるのを感じる。立ち止まる事は全く考えておらず、進んで行かないと辿り着けるものも辿り着けないのだから、クヨクヨしていても始まらない。自分で決めた事なのだから自分の足で立ち上がるべきだ、そう思ったダスクは黒炎へと視線を向ける。黒炎の方も待っていたかのようにダスクと視線を合わせて頷くと、嬉しそうに尻尾を振っていた。
「さあ、行こうか。こんなのはボク達らしくないからね」
「うん。一緒に進もう。自ら諦める事は絶対にしない」
力強く頷き合ったダスク達は、装備や荷物を整えると、これから何が出来るのかを知る為に人の多い場所へと情報収集に向かおうと足を踏み出した。
ザワザワッ
人が集まっている場所に近付くにつれて、船が停泊している桟橋の辺りから普段よりも大きな人々のざわめきが伝わって来る。何が起きているのか確認しようとそちらへ視線を向けると、船へと続く桟橋の入口に武装した兵士の壁が出来ていた。兵士の前には、船の持ち主や労働者、船客等が人だかりを作っている。歩いて近付くにつれて、ダスク達の耳に兵士へと投げられる人々の抗議の声が届いた。
「港の封鎖が始まってるから当たり前だけど抗議したくなるよな」
「船の仕事って街にとって大事なんだよね?あんまり長くは続かないのかな?」
「普通ならそうだけど、サフィさんの言っていた事が本当なら分からないな」
「人生って何が起きるか分からないって本当だね」
「大げさだって言いたいところだけど、今は同意したい気分だよ」
「あ、あっちに立て札があるよ。何か分かるかもしれない」
黒炎の示す方向には、木製の立て札に何かが書かれた羊皮紙が貼られている。興味をかられたダスクは、黒炎に続いてその前に向かった。他にもたくさんの人が書かれている事を読もうと集まっているので、手前で黒炎を肩に載せてから文字が読めるギリギリの位置に立つと、邪魔にならない様に縮こまる。
「とりあえず2週間は王都からの出入りが禁止されるみたいだ。
商売人に関しては厳重な調査を通過すればそれよりも早い段階で出入り出来るらしい」
「足止めされてたら商売にならないもんね。それにしても2週間か~、ちょっと長いよね」
「うん。僕達は早く自国に戻らないといけないから、2週間は痛いな」
小さな声で話しつつ、ダスク達は同時に溜息を吐く。思っていた以上に足止めが長くなりそうだと分かって、春までに戻れるか不安になってくる。黙っているダスクを見て、何かに気が付いた様子の黒炎が注意を引く様に兜を軽く叩く。ハッとしたダスクは、黒炎の紅い瞳に視線を合わせた。
「ちょっと気になった事があるから話せる場所に行こう」
囁く言葉に頷いたダスクは、人垣から抜けて移動し、人気が無い場所で黒炎を降ろすと地面に座る。
「気になった事ってなんだい?」
「足止め中って宿に泊まらないとダメだよね。
ボク達って宿運が無いみたいだから、早めに長く泊まれる宿を探した方がいいんじゃない?」
「なるほど。確かに今までの宿探しは……うん、今のうちに宿を探しに行こう」
立ち上がったダスクは、肩に黒炎を載せ直すと、中央通りへと向かう。道ではあちこちで立ち止まって話をしている人々の姿が目に入ってくる。既にほとんどの人の耳に王都封鎖の話が入っている様で、同じ事を考えている人が居るに違いないと思っているダスクの足取りを速めていく。いくつも宿屋を回るが、ほとんどが満室になっていて焦りを募らせる。諦めムードが高まる中、中央通りから城へと続く道に入った所にある宿屋の、客室ではなく納屋を借りる事が出来た。親切な宿屋の主人が、藁の束を運び入れてくれて簡易的なベッドもこしらえてくれる。納屋の扉には鍵に加えて内側に閂も付いているので、とりあえずの安全は確保出来そうであった。宿代はひとまず1週間分を前払いしたが、納屋なので割引いてくれて懐具合には優しい結果になった。泊まる場所が決まったダスク達は、安堵の息を吐いて床に座り込む。
「はぁ、見付かって良かった」
「そうだね。それにしても、ボク達って納屋みたいな所に縁があるのかな」
「そうかもしれないな。でも、最初の町の様な事は勘弁して欲しい」
「ダイジョブだって。ここは悪い感じはしないからね」
「良かった、黒炎がそう感じるならそうなんだろうな」
「安心したらおなかが減ってるのを思い出しちゃった。何か食べに行こうよ」
「着替えたら晩飯に行こうか。昼から何も食べて無いからさすがにキツイ」
頷き合ったダスク達であったが、安心感からの笑顔も空腹で力の無いモノになる。装備を全て外し、汗をかいた身体を濡らした手拭いで拭いてから着替えたダスクは、考える様な視線を鎧に向ける。それに気が付いた黒炎は、ダスクの脚に前足を載せて頷く。
「簡単には持ち出せないよ。たまには身軽な格好でいいんじゃない?」
「うん。しばらくここで暮らすんだしいいか」
そう言ったダスクは、鎧と装備を組み合わせて納屋の隅に置く。鎧と装備は、コツの要る取り外し方なので、おそらくダスク本人じゃないと簡単には外せないだろう。鎧の状態に納得がいった様に頷き貴重品だけを持つと、ダスクは黒炎を促し納屋から出て施錠をする。宿屋の主人に外出の旨を伝えて中央通りへと向かった。すれ違う人々の顔は一様に暗く、御触れが出る前とは全く違う場所に来たかの様である。ダスク達は昨夜の晩飯を食べた場所と同じ屋台の集まっている場所に行くと、肉の串焼きと野菜スープを頼んで空いている席に座った。食事をしているうちに色々な話が耳に入ってくる。
「数週間前から王家のゴタゴタが噂になってたみたいだ。
武装した人が多かったのは荒事目当ての傭兵とかが集まってきてるらしい」
「ふ~ん、王様ってのも大変なんだね。でもこうなってくると情けないな~って思っちゃうけど」
「偉い人同士で争う暇があったら、この前の子供達の為に何か出来る事があるだろうに」
ダスク達の心の中では王家に対する評価が下がりっぱなしになっているようだった。
「あちゃぁ」
黙って食事をしていたダスクの耳に、そんな黒炎の言葉が飛び込んでくる。何かと思って黒炎の見ている方向へ視線を向けると、酔っ払い数人に絡まれている黒髪の女性の姿があった。酔っ払いは全員軽装鎧を装備した傭兵らしき人間で、女性一人ではどうしようもない状況に見えるのに、黒髪の女性の連れらしき金髪の男性とフードを被った赤髪の女性は我関せずという顔で食事を続けている。その時、酔っ払いの一人が黒髪の女性の腕を掴んで自分の方に引き寄せようとする。それを囲むように立っている酔っ払いの仲間達も囃し立てる様に声を上げた。
ドガッ
止めるかどうするか迷いながらも立ち上がったダスクの目の前で、腕を掴んだ酔っ払いの男が突然真後ろに吹き飛ぶ。唖然とした顔の酔っ払い達の視線の先には、片足を綺麗に真っ直ぐ水平に伸ばした黒髪の女性の姿があった。数瞬後、ハッとしたように怒りの顔になった酔っ払いの仲間が黒髪の女性へと殺到する。脚を踏み出しかけたダスクではあったが、面白いように次々と蹴り飛ばされていく酔っ払いに心配は無用と思い視線を外して席に座った。
ザワッ
その瞬間、辺りにざわめきが広がり、ダスクは視線を引き戻される。その時には全て終わっていたらしく、目に映るのは蹴り飛ばされて山になった酔っ払い達だけであった。疑問が顔に出ていたらしく、黒炎がダスクの脚に前足を載せて注意を引く。
「最後に残った酔っ払いの人がナイフを出したんだよ。
その瞬間に女の人の連れの男の人が素早く奪って、女の人の目の前に酔っ払いの人を押したんだ。
そこにドンピシャで女の人のキックが炸裂して、後は見ての通り人山の一部になっちゃった」
「すごいな、あの一瞬でそこまで動けるなんて。特にすごいのはお互いを信じて動ける絆の強さだな」
「ボク達も絆の強さは負けないけど、あの人達もなかなかやるね」
頷き合ったダスク達は握った拳と前足を突き合わせてニヤリとした。
蹴り飛ばされた酔っ払い達は一人もテーブルや他の客にぶつかる事も無く、隅の邪魔にならない場所に積み上げられており、黒髪の女性の技量の高さに驚かされる。周囲の客達も感嘆の視線を向けているが、当の黒髪の女性本人はつまらなそうな顔で自分の席に戻って食事を再開していた。フードを被った赤髪の女性が、酔っ払いをあしらった黒髪の女性をからかったらしく、金髪の男性が間に立って宥めている。その様子を見ていたダスクの視線に気付いた金髪の男性が視線を向けて一瞬だけ微笑んでくる。我知らずジッと見てしまっていた事に気が付かされたダスクは、バツの悪そうな顔になって食事へと戻る。それからは何事も無く、気が付いた酔っ払い達も実力の違いを思い知らされて逃げる様に去って行った。食事が終わったダスク達は、腕利きの女性達の事が気になって後ろ髪を引かれる思いであったが、さっさと現在の拠点である宿屋へと戻る為に席を立つ。今日一日は疲れる事ばかり起こったので、早く休息を取りたくなったからだ。ダスクは黒炎を肩に載せると、あっという間に人波に消えていった。
その後姿を、どこか面白そうに見送る金髪の男性の視線には全く気が付かなかった。
ガチャ
宿屋に戻り戸締りも確認したダスクは、毛布で黒炎の寝床を作り、藁の簡易ベッドに倒れ込む。藁は良く陽に当ててあり、良い匂いがしてすぐに眠気が襲ってくる。その誘惑に抗いながら、寝床に丸くなった黒炎へ視線を向ける。
「明日は、消耗品とかを補充しに行くつもりだけど、黒炎は何か案はあるかい?」
「うにゃ、ん?キミに任せるよ。……むにゃ」
「はぁ、ほぼ寝てる。まあいいや。足りない物が有れば、その都度考えよう」
溜息を吐きつつも、自分も眠気に勝てないダスクは『おやすみ』の言葉も最後まで言うことも出来ずに、落ちる様に眠りの世界へと突入していった。
チュンチュンチュン
早朝でも暖かく感じる空気の中で早起きの小鳥達の鳴き声が、納屋の屋根の上から聞こえて来る。窓の無い室内は、板の隙間から差し込む陽の光だけが光源になっており、ちょうどダスクの顔に当たる場所だったので、少し唸って抵抗していたが諦めた様に眩しげに目を開ける。昨日の疲れが少し残っている眠そうな顔で欠伸をすると、藁のベッドの上から起き上がる。その気配を感じたのか黒炎も目を開けて起き上がった。
「おはよ~、うにゃ、まだ眠いな~」
「おはよう。すごく眠そうだな」
「うん。なんだか疲れが抜けてなくて……」
「僕も同じだよ。やっぱり精神的な疲れのせいかもしれないな」
「あぁーーっもうっ!こんなのは今日だけにしとこうよ」
「それがいい。今日は買い物ついでに美味しい物でも食べて気分転換しよう」
「やった!いろんなヤツ食べようよ」
「良いよ。これも必要な出費だから、ドンと来いっ」
一気に元気になった黒炎に苦笑しながら、手拭いを持ったダスクは納屋から黒炎に続いて外に出る。共に伸びをしながら朝の涼しい空気を思いっきり吸って吐いているうちに完全に目が覚めてきた。ふと裏庭と言うには狭い場所の隅に目をやると、井戸があるのに気が付く。王都を歩き回っているうちに井戸の数が少ない事に気付いていたダスクは、この宿屋は当たりだったと内心で喜んでいた。井戸水で顔を洗ってうがいをすると、手を皿にして黒炎にもうがいをさせ、水に濡らして絞った手拭いで嫌がる顔を拭く。さっぱりしたダスク達は、ゆすいだ手拭いを干して背嚢を持つと、施錠をしてから宿屋の主人に外出の挨拶をして中央通りに向かった。
「朝ごはんはあれがいいんじゃない?」
肩に載せないでも歩けそうな状態の中央通りを歩いていたダスク達の先から良い匂いが漂ってくる。匂いに逸早く気付いた黒炎の指し示す方向には、焼きたてのパンを店先の台車で売っている店があった。近付いて行くと、焼きたてのパンとそれを使ったサンドパンがあるのが分かる。新鮮な葉野菜と焼いた鶏肉を挟んだサンドパンとパリパリのクロワッサンを買ったダスク達は、近くの露店で牛乳も買って港へと向かう。灯台の近くまで行き黒炎を降ろすと、眺めの良い場所に座って朝食を食べ始めた。
「昨日の今日でどうかと思ってたけど、もう出入り出来る人も居るんだな」
「おいしいな~。サンドパンも良いけど、このパリパリのクロワッサンが最高だよ」
「王都に入るのに手間が掛かるせいで高めだけど、新鮮な食材だからなかなか美味しい」
黙々と朝食を食べ尽くしたダスク達は満足した様子になり、笑顔でお腹をさすったり、尻尾を機嫌良い感じに振っている。
「少しここで時間を潰したら消耗品を補充してから昼食かな。
その後お菓子でも食べて王都を見学したら夕飯を買って部屋に戻ろうか」
「それでいいよ。今日は食べまくるぞ~」
嬉しそうな黒炎に釣られる様に笑顔になったダスクも、今日が楽しい一日になって欲しいと望んでいた。
予定通りに1日を過ごしながらも、あちこちで脱線して新しい発見をしているうちに、陽が傾き、空や街並みが赤く染まってくる。そろそろ夕飯を買って帰る為に屋台の多い中央通りへと足を向ける。思ったよりも距離があったらしく、中央通りに到着する頃には陽は山に隠れそうになっていた。昼食に魚介の串焼き、今回は赤くて辛いソースをかけられたモノを食べたので、夕飯は持ち運びに便利なパンをまた買っていく。芋のサラダと焼いた牛肉を挟んだサンドパンも朝に食べたモノと比べても食欲をそそる匂いがして、つい多めに買ってしまったダスク達であった。
「あ、昼間にこの道通ったよね。こっちの方が宿屋に早く辿り着けそうだから夕飯も早く食べれるよ」
通り掛った脇道の手前で肩に載った黒炎が囁きながら前足で指し示す。その理由に苦笑したダスクは、黒炎の言う通りに近道らしき脇道へと向きを変えると、脇道に入った所で黒炎を肩から降ろした。脇道は人気が無く、ランプも灯っていない為、中央通りを歩いていたダスク達には尚一層暗く感じられる。しばらく歩いているうちに宿屋の有る方向を見失ってしまう。昼間と違って、夜の暗さは土地勘の薄いダスク達にとっては道に迷う事は必然であったのかもしれない。直後の曲がり角を曲がった所で立ち止まったダスク達は顔を見合わせて溜息を吐く。
「うぅ、ごめん。夜だとこんなに分かりにくいとは思わなかったよ」
「いや、僕も同意したんだから同罪だよ。さて、ここからどうすればいいのやら」
辺りを見回してもどっちがどの方向なのかも判別する事が出来ない。ダスクは建物に何か記されていないかを確かめていたが、黒炎はその場で目を閉じてピンと立てた耳をこまめに動かして何かを聞いている様子であった。何も見付からなかったダスクが黒炎に声を掛けようとした瞬間、興奮して尻尾を勢い良く振り始めた黒炎がダスクに視線を向ける。
「あっち、あっちから何か聞こえる。誰か居れば道も聞けるかもしれないよ」
そう言うや否やダスクの答えも聞かずに走り出す。
「あっ、ちょっと待てって……はぁ、何があるか分からないってのに」
溜息を吐いたダスクは、黒炎を追いかけて走り始める。鎧が無いのでその走りは実に軽快で、スピードに乗ってグングン黒炎との距離を詰めていった。
ギンッギンッドガッ
黒炎と並んで走るダスクの向かう先から、金属同士を打ち鳴らす音や何かが倒れる様な音が聞こえて来る。走る足を速めて曲がり角を曲がった所で、視界に修羅場が飛び込んできた。少し広くなっている場所に、攻める方と守る方がくっきりと分かれている。攻める方は全員が黒っぽい服装で顔に鼻の上から顎の下までを覆うマスクを着けて個人の特定が難しくしており、片手に装備した曲刀で守る方を押し込んでいる。守る方はボックス型の馬車を守る様に半円に並び、赤に揃えた服装と攻める方と同じ曲刀で攻撃を受け止めている。地面には赤服の男が数人血を流して倒れており、黒服の方が断然有利に状況を進めているようであった。思ってもいなかった光景に、ダスク達は動けなくなっており、その間に赤服の半円が崩されて黒服が隙間に突き刺さっていく。
ガシャン
ダスク達の居る場所から近い場所の赤服の男が倒され、その手から曲刀が弾かれてダスクの目の前に滑って止まる。その音に我に返ったダスクは反射的にその曲刀を拾って黒炎の顔を見る。
「黒いから悪いって言いたくないけど、黒い方が悪者っぽいんだが、どう思う?」
「ボクもそう思う。やられちゃってる方を助けた方がいいんじゃないかな」
「うん。言っても無駄かもしれないけど、危ないから黒炎は離れてた方がいい」
「分かってるじゃん。ボクは馬車の方に行くからそっちに敵が来ない様にガンバって」
面白そうな口調でダスクを見る黒炎の紅い瞳を、諦めたような顔で見返したダスクは、素早く戦闘の中心に駆け込みながらもう一本曲刀を拾い、黒服達の突き刺さった先端を受け止めていた赤服の横から襲った曲刀を受け止めて弾き返す。驚いた顔を向けてきた赤服の顔を見返して頷く。
「助太刀します。僕が前に出ますから防御を立て直して下さい」
「すまん、頼んだ」
一瞬悩んだ顔をしたが、躊躇している暇も無いと結論した赤服はそう答えて下がると崩れかけていた防御陣を組み替える。大丈夫そうだと判断したダスクは、目の前の黒服をまさしく力で押し戻して複数の黒服を同時に相手にする。防御だけならしばらくもたせる事が出来るだろうと、彼我の力を分析したダスクは少しだけ肩の力を抜いて両手の曲刀を扱う。
「馬車の近くの赤服の人っ、黒い毛皮の動物は僕の連れだから気にしないで下さいっ」
背後から動揺する空気が伝わってきたので、大きな声で馬車の近くに居ると思われる赤服に注意を伝える。直後にホッとした風な気配が来たので、ダスクは安心して目の前の黒服達に注意を戻した。
ピーーーー
しばらく一進一退の状況が続いたところで、辺りに高い笛の音が響き渡る。疑問に思ったダスクと赤服達をよそに、黒服達は素早く後退する。終わったのか、とダスク達が思うや否や、そこに黒炎の緊迫した声が飛んでくる。
「あぶないっ!!」
ドガァァァァッ
その瞬間、光と音と猛烈な衝撃がダスクと赤服達の中心で弾ける。ダスクを含めてその近くに居た赤服達は一人の例外も無く吹き飛ばされていた。駆けつけようとした黒炎も、その余波で吹き飛ばされ馬車に叩き付けられてしまう。
「いけませんっ、姫っ!」
どこか聞き覚えのある様な声と共に、馬車の扉が開いて人影が飛び出してくる。その人影は、煌びやかな装飾品を身に付け、透き通る様に輝く銀髪を腰まで伸ばしたダスクと同年代の女の子であった。姫と呼ばれた少女は、気を失った黒炎を抱き起こすと怪我の状態を心配そうに確かめる。そこに黒服達が周囲を警戒しながら近付いてくる。隊長格らしき黒服が曲刀を姫に突きつけるが、姫は黒炎の力の抜けた身体をギュッと抱き締めて金の瞳で力強く睨み返す。睨み合いは姫の勝利に終わり、隊長格の黒服は身振りで馬車に乗る様に促すと、もう一人黒服を連れて馬車に乗り込む。黒服達はダスクを含む赤服達の止めを刺すか迷った様子だったが、ここに駆けつけようとする何者かの複数の足音が響いてきたので諦めたらしく、馬車を囲みながら路地の闇へと消えていった。ダスクはぼやけた視界で一部始終を見ていたが、吹き飛ばされた影響で身体には力が入らず、悔しい想いで馬車を見送っていた。
ザザザザッ
その後に気を失ったダスクや、呻いてる赤服達を囲む様に現れた集団は、ほとんどが同じ赤服を着ており、倒れた赤服達の怪我の具合を確かめたり、傷の軽い者を覚醒させたりしている。後から来た集団の中で赤服を着ていない3人がダスクに気付いて近付くと、金髪の男性がしゃがんで抱き起こし怪我を確認して黒髪の女性の顔を見る。心配そうな顔で頷いた黒髪の女性は、金髪の男性の隣にしゃがんでダスクの傷に手をかざす。黒髪の女性の口が何かを呟くように動くと、その手が優しい光を灯し、その光が傷へと染み込むように消えていく。光と共に傷も消えていき、顰められていたダスクの顔も安らかな寝顔に変わった。
「ベッドで休ませた方がいいわよ」
黒髪の女性の言葉に、金髪の男性は頷きダスクを背負うと、怪我人を担いでどこかに向かう赤服達に続いて路地の闇に消えていった。
ヒヤッ
額に載せられた冷たい感触に刺激されて、深く沈んでいた意識が浮上していくのを感じたダスクは、直後に目を覚まして目蓋を開くと、そこには全く知らない天井があった。少しの間何があったのか考えていたダスクは、次の瞬間、ハッとした表情になる。
「黒炎っ!」
ダスクはその言葉と共に、額の濡れた手拭いを跳ね飛ばす勢いで上体を起こす。
「助けに行かないとっ!」
慌ててベッドから抜け出そうとしているダスクを、横から伸びてきた腕が押し留める。その腕に抗う様に暴れていたダスクの顔に、先程額から落とした手拭いが手桶の水にひたされると、絞られずに水を滴らせたまま当てられる。
ビシャッ
冷たさと肌を伝っていく水の感触に、興奮していた頭が強制的に落ち着かされる。顔から落ちた手拭いの向こうには、どこかで見た覚えのある3人の人物が居た。イスに座ってダスクを押さえていたのは黒髪を肩まで伸ばした茶瞳の女性で、神職が着る様な白い服の上から軽装鎧を装備している。その隣には未だに水に濡れた手をプラプラ振っている赤髪を腰まで伸ばした蒼瞳の女性が、黒いローブ姿の上から外套とフードを被ったまま無表情に見ている。恐らくこの女性が水を滴らせた手拭いを顔に当てた犯人だろう。最後は、ベッドを挟んで反対側に居る金髪碧瞳の男性で、青い服の上から銀色の鎧を装備しており、その顔は申し訳無さそうにダスクに向けられている。背丈は金髪の男性がダスクより頭一つ高く、黒髪の女性はダスクと同じくらい、赤髪の女性はダスクより少し低いくらいである。しばらく固まっていたダスクであったが、ビショビショにされた怒りで突っかかろうとする。
「何をっ」
「落ち着け少年。助けてくれた人間に向かってその態度は良くない」
表情を変えずに話す赤髪の女性の言葉に、続く言葉を飲み込んだダスクは言われた事を理解する為に黙って深呼吸をする。
「すみません、頭に血が昇っていたみたいです。助けてくれてありがとうございました」
「うむ、偉いぞ少年。自らの過ちを認めて、キチンと謝罪するのは人間として当たり前の事じゃからな」
「貴女はいちいち言う事が大げさなのよ。君、痛い所とかは無い?」
「え~と、はい、大丈夫みたいです。
あと、僕はダスク・ウォールっていいます。ダスクって呼んで下さい」
「了解、ダスクくん。私は、えっと、ミリーって呼んで。それと彼女はバーナで、彼はアルね」
「ありがとうございました、ミリーさん、バーナさん、アルさん」
「うむ、ダスクよ、よろしくしてやろう」
「よろしく、ダスク」
ひとまずの自己紹介を終えた一同であったが、黒炎の事が心配なダスクは改めてベッドから抜け出そうとする。
「僕は家族を助けに行きたいので、そろそろ行きますね」
その言葉に顔を見合わせたアル達だったが、真剣な表情になってダスクの肩に手を置く。その手を焦った様な顔で見ると、ダスクは手の先に見えるアルの顔に視線を向ける。
「ダスク、君の言う家族っていうのは、あの黒い毛皮の動物かい?」
「はい。小さい頃から一緒に育ってきた僕の大切な家族です」
「そっか……」
何かを考える体勢になったアルの顔を見るダスクの胸中には焦りの気持ちが強くなってくる。続きを促そうと何かを口にしかけたダスクの目の前で、アルは一つ頷いてダスクの肩に載せていた手に力を込める。
「ダスク、君も一緒に来ないかい?僕達はあの馬車に乗っていた人物、この国の姫を助けに行くんだ。
君も見ていただろうけど、姫が黒炎を心配して守ろうとしたのを一緒に連れて行かれたと聞いている。
一人で情報も無しに行くより、皆で力を合わせて助けに行った方が良いと思う」
それを聞いたダスクもどうしようか考える様に俯く。しかし、考えるまでも無い事だと結論づけたダスクは、アルの顔を見て頷く。
「お願いします。僕一人では黒炎がどこに居るのかも分かりません。力を貸して下さい」
「ああ、こちらこそ君の力を貸してもらうよ。一緒に戦った者達が見事な戦い振りだったと褒めていた」
「ありがとうございます。戦う事しか出来ませんが、よろしくお願いします」
少し明るくなったダスクの顔を見ながら、アルも笑顔になって握手を交わす。ミリーとバーナもやれやれといった表情で二人の様子を見ていた。
少し休んで顔色も良くなったダスクは、自分の装備等を持って来る為に一度宿に戻りたい旨を伝える。心配そうな顔で見るミリーに、大丈夫だと手を振ったダスクは改めて頭を下げると、建物の出入り口までアル達に付き添われて行く。外を窺っていた赤服が頷いたのを見たバーナが、ダスクに近付いてきて握った手を差し出し、手のひらを上にして開く。そこにはバーナの髪の色と似た小さな赤いトカゲが乗っていた。
「ダスクよ、こやつを連れて行け。戻って来る時にこの場所に案内してくれるじゃろう」
「ありがとうございます」
頭を下げてトカゲを受け取ったダスクは、自分の肩に載せてよろしくという風にトカゲを見る。
「それでは荷物を取りに行ってきますね」
「ああ、何も無いとは思うけど、気を付けて」
そう言うアルに頷いたダスクは扉を開けて、未だに薄暗い路地に飛び出す。建物の外は、もうすぐ日の出が近いらしく少しずつ明るくなり始めている。しかしながら入り組んだ路地には光が届き難く、自分の居場所を特定するのが難しい状態であった。一度中央通りに出ようと明るくなってくる方向にダスクは向かう。方向が分かっているので、あっという間に中央通りに出たダスクは、納屋を借りている宿屋に向かって走り始めた。朝の冷たい空気でも気分はさっぱりとせず、心配する気持ちに囚われそうになる。嫌な想像を振り切る様に駆け抜けたダスクは、宿屋の入口からその勢いのまま飛び込む。驚く宿屋の主人に、納屋から引き払う事を告げると、返事を待たないで納屋に向かう。納屋で装備を整え、慌しく忘れ物の確認をすると、休む間も無く宿屋の主人の所に戻った。余分な宿代を返そうとする宿屋の主人に首を振ったダスクは、鍵を返して脇目も振らずに宿屋を飛び出す。そこから隠れ家のあったと思われる方向に向けて駆けるダスクは、改めて肩に載せたトカゲに視線を向ける。その視線に応えて、トカゲは尻尾を進むべき方向に向ける。案内に従い曲がりくねった路地を駆け抜けたダスクは、見覚えの有る扉を見付けてその前へと走り寄った。
トントン、トン、トントン、トン
教えられた通りに扉をノックしたダスクであったが、いつまで経っても内部からの応答が無い。もう一度やってみようと手を上げかけたところで、内部から誰何の言葉が伝えられた。
「あっ」
うっかりしていたダスクは、自分がここから出た時の格好とは全く違う格好をしている事にやっと気が付く。慌てて兜を脱いで、扉から見えるように顔を向ける。内部から驚いた様な気配が伝わってくると同時に扉が開かれる。それを見たダスクは、素早く中に入ると、人の目を避ける様に急いで扉を閉じた。
「おかえり。それにしても驚いたな。ダスクの装備がそんな重装備だったとは」
出迎えてくれたアル達は一様に驚いた顔でダスクの装備を眺めている。ダスクが持つには重過ぎるのではないかと思ったが、軽々と持ち歩いている様子に次第に感嘆の表情に変わっていった。
「ありがとうございました。このトカゲって頭が良いんですね」
頭を下げてトカゲを返したダスクを見たバーナは、アル達にとっては珍しい、笑顔になって頷く。
「うむ、こやつは妾の自慢の僕だからな。ダスクよ、おぬしはなかなか見所の有る少年じゃな」
笑みを浮かべてその様子を見ていたミリーは、ダスクが両手に持っている装備に興味を引かれたらしく近寄って眺め始める。
「ダスクくん、これって盾と剣だよね?ちょっと持ってみてもいいかしら?」
「いいですけど、重いですよ?筋とか痛めない様に気を付けて下さいね」
「あはは、大丈夫よ。私達だって冒険に出てから結構鍛えられてるからね」
「屋台の所で見てました。ミリーさんの蹴りはすごかったです」
「あはは、変なトコ見られちゃったわね。忘れて忘れて、ねっ」
バツの悪い顔になったミリーに、床に置いた盾を持ち易いように向ける。笑顔に戻ったミリーは、盾の裏の持ち手を握って力を込めた。普通にやっても全く持ち上がらない盾に首を捻ると、改めて息を止めて力を込める。その様子に笑顔から疑問の顔になったアルは、自分も持ってみようと剣の方をダスクに求める。ダスクは剣の先を床に置いてから柄をアルに渡す。ミリーと同じ様に力を込めていくと、腕を震わせながらであったが中段程度の高さまで持ち上がる。諦めたミリーから盾を返して貰ったダスクは、その光景に驚きと賞賛の視線を送った。
「ぷはっ、これは無理だ。ダスク、君はすごいな。
これらの装備に加えて、同じ素材らしい全身鎧もつけて軽々と動いている」
「小さい頃から鍛えてきましたから。それにもう慣れました」
あっけらかんと言うダスクへ剣を返したアルは、疑問に思った事を聞いてみる事にした。
「その剣の鍔と鞘が外れないように固定してあるのはどうしてなんだい?」
痛い所を突かれたらしく、困った顔になったダスクは少しの間迷ってから口を開く。
「この剣を鍛造してる時に、打つ度に元の色よりも黒が濃くなっていったんです。
それが面白くて調子に乗ってやってたら、ちょっと危なくなりまして……」
「危なく?いったいどうなったんだい?」
「すみません。鍛冶屋として恥ずかしいので勘弁して下さい」
「そっか、それなら聞かないよ。それにしても、鍛冶の技も持っているんだな」
「はい。この鎧とかを扱う術を含めて父さんに鍛えられました」
「なるほど。さて、ダスク、君は病み上がりなんだから奥の部屋で休んでるんだ。
姫達の情報が入ったらすぐに呼ぶから安心してくれ」
「ありがとうございます。それでは失礼しますね」
そう言って頭を下げたダスクは、顔から笑みを消して奥の部屋へと消えていった。
それを見送ったアルは、何かを思い出すように首を捻っていたが、思い当たる物があったらしく手の平に握り拳をポンと載せる。
「もしかしたら、あれが師匠の言っていた黒炎鋼か」
「師匠って、白焔の事?貴方の剣を鍛えたっていう」
「うん。僕の剣に使われている白焔鋼の対極にあるような金属だって聞いた」
「なるほどのう。おぬしらが持ち上げる事が出来ない程なれば、その可能性が高いじゃろう」
「あんな少年が担い手だったとは驚いたよ」
自分の事についてそんな会話がされていた事に気が付く事も無く、不安な気持ちで黒炎の無事を祈るダスクはベッドに座って俯いていた。
この先、ダスクと黒炎は無事に再会出来るのだろうか。アル達と知り合い、望みが潰えていないと分かったダスクは、『大丈夫』という言葉を何度も呟きながら、情報が入ってくるのをジリジリとした気分で待ち望んでいた。
楽しんで頂けたでしょうか。続きも早く読んで貰えるように頑張ります。




