勘違いと足止め
同じペースを保つのは意外と大変だな~と思いつつ頑張っています。
港町のシアネントで船に乗ったダスクと黒炎は、順風満帆な船旅を満喫していた。港を出港してからも海は穏やかで追い風が吹き、雲一つ無く嵐の気配も全く無かった。食事も魚介を使った珍しい料理がたくさん出され、ダスク達、特に黒炎は満足そうに平らげていた。機嫌の良いダスクは、たまに船の力仕事を手伝って船員達から色々な国の面白い話を聞いたりしながら、楽しく過ごしていた。そして出航してから1ヶ月が経ったある日、その光景が船の進行方向に見えてくる。とうとう船が目的地の王都に到着したのだ。
王都はダスク達が想像していた姿とは違い、なだらかな斜面に造られていた。目前の港から徐々に建物が建てられており、上にいくごとに建物は立派になっていき、そして一番上の目立つ場所に城が建てられている。王都の周囲は高い城壁に囲まれており、その出入りは港のある東側と、街道と繋がった中央通りの出入り口である南門と西門を通らないと不可能で、中央通りは南門から入って城と港の間を通り、そのままぐるっと王都内を通って西門まで続いている。特筆すべきは、王都全体が赤く見える事で、彩色しているのか建材に赤いものを使っているのか分からないが見事に統一されている。船の色は、おそらくこちらに合わせたものだったのであろう。ダスク達の目には、そこはまるで異国の光景の様に見えた。
「すごい。王都ってこんなに大きかったんだね」
「うん。これは想像以上だ」
ダスク達の乗った船はシアネントのあった場所から随分と南方に移動していた。頭上に輝く太陽は冬だというのに高い位置にあり、ぬるい潮風と高い湿度で季節を間違えそうになる。船の周りには陸地が近いのでたくさんの海鳥が舞い、港まで先導するかのように同じ方向へと嘴を向けている。時折甲板近くまで降りてくると、黒炎をからかうかのように猫みたいな鳴き声を上げる。さっきまで黒炎が近付く海鳥を追い掛け回していたからかもしれない。王都の光景に圧倒されていたダスク達は、いつの間にか港までの距離が結構近付いてきているのに気が付いた。
「そろそろ港に着きそうだ。船を出る準備をしないと」
「そうだね、海鳥達もしつこいし、いったん船室に戻ろうか」
届かない位置から何度も海鳥に鳴かれていた黒炎は、うっとおしそうに言うと先立って船室へと向かう。苦笑したダスクは、やれやれといった素振りでその後を追いかける。長距離になると思ったダスクは、大部屋ではなく値段の高い個室の方を借りていた。部屋の前で待っていた黒炎に追い付いたダスクは、扉を開けて黒炎に続いて部屋に入る。1ヶ月も居たにしては整理整頓されており、まとめるような荷物は見当たらない。ダスクは少し薄めの服に着替えると、上から鎧を全て装着して装備を背中に固定する。最後に黒炎の背嚢を背負わせて準備は終了した。
ボォォォォォ
港に到着する合図の法螺貝が鳴り響く。この船は大型なので徐々に減速してからじゃないと止まれないので、合図があってからしばらくの間は接岸しない。ダスクと黒炎は接岸までのゆったりとした時間を使って1ヶ月の船旅に想いを馳せていた。
木が軋む様な音が側面から聞こえてくると同時にガクンとした衝撃が来て船が止まる。ダスク達は頷き合うと船室を出て外へと向かう。ほとんどの船客は船の到着する合図で甲板に出ていたらしく、甲板までの通路には数人の姿しか見えなかった。スムーズに通路から甲板に出たダスク達の目には、下船する船客の列が少しずつ進んでいる様子や、積荷を降ろし始めている船員の姿が入ってくる。周りの大小様々な船でも人や物のやりとりが盛んに行われ、それだけでも王都の繁栄を如実に語っている。
港の光景をボケッと見ているうちに、下船する人の列が消化されたようで、ダスク達だけが残されており、下船のチェックをしている船員が早く来いという風に手を振っている。慌てて駆け出すダスク達を顔見知りになっていた船員が苦笑して迎える。
「驚いただろ。俺も初めて来た時はお前と同じだったよ」
「すごいですよね。海から全景が分かったから尚更圧倒されました」
「はは、それではお客様、王都スカルトパシオンへようこそ」
「ありがとうございます。お世話になりました」
「おう、がんばれよっ」
お互いに軽く手を振って別れる。久しぶりに踏む大地の感触はとてもしっかりとしたもので、ダスク達は逆に揺れていない事に違和感を感じる程であった。しばらく歩いて人気の少ない場所に出たところで腰を降ろして一休みする。ずっと我慢していたらしい黒炎が、周りに聞かれない程度の声で勢い良く言葉を口に出す。
「ぷはっ、やっと話せる。そういえば、王都ってスカルトパシオンっていうんだね。初めて知ったよ」
「うん。僕もうっかりしてたな。王都の名前を確認してなかった」
「まあ、結果としては王都に着いたんだからいいんじゃない?」
「確かにそうだ。
それにしても、王都ってずいぶん今までの町と雰囲気が違うんだな」
「そういうもんなんじゃないかな~。王都って言うくらいだから他とは違うんだよ」
「確かにそうかもしれないな。それよりも、これからどうしようか」
昼時の太陽は相変わらずジリジリとダスク達を照らしている。鎧や毛皮の色のせいか、お互いを見ているだけでも温度が上がりそうな気がしてくる。港の少し離れている場所で働いている人達の姿が陽炎でゆらゆらと揺れるように見えていた。舌を出して呼吸の荒くなった黒炎の鼻先から汗が1滴地面に落ちるが、その跡はすぐに消えてしまう。
「とりあえず、ボクは何か冷たい飲み物が欲しい……」
「ははっ、暑いからな。僕も汗だくでフラフラしてる。
この鎧は直接の温度変化はほとんど無いけど、隙間から熱い空気が入ってきて内側が蒸れるんだよね」
「そうと決まったら飲み物のついでに昼食も買おうよ。できればここの名物がいいね」
「じゃあ中央通りに出ようか。とりあえず黒炎は肩に乗ってた方がいいかな」
「了解。ボクも楽だし、地面よりは鎧の方が温度低いからね」
苦笑いしながら頷いたダスクが立ち上がり、背を向け腰をかがめるのを見た黒炎は、素早く駆け上がると兜の後ろ側にお腹の横を付けて熱を逃がす。熱を溜めない鎧にくっついているだけでも気温が下がった様な錯覚を受ける。動物を肩に載せて歩く黒ずくめのダスクの姿はとても目立ち、周りを歩いている人々は微笑ましそうな顔を向けていた。周囲の人の半分以上がダスク達の乗ってきた船の船長と同じ小麦色の肌で、陽の光に輝く銀髪と明るい金の瞳を持つ人達である。服装は気候に合わせた薄手の物が多く、赤を基調としたカラフルなデザインの物が多かった。しばらく人の流れに乗って歩いていると目の前に今迄歩いて来た道の数倍の幅がある道、中央通りが見えてくる。通りには各種店舗が軒を連ね、露店や屋台が並び、それらを物色する為に通りを行き交う人々が数え切れない程であった。その光景にダスク達は驚きの余り固まる。今迄通って来た街で見た人の数が可愛く思える程の人の群れで、改めて王都の凄さを実感するダスクと黒炎であった。自分の周囲を邪魔そうな顔をしながら通る人の視線に気が付いたダスクは、慌てて歩き出す。当初の目的通りに食べ物と飲み物の屋台を探しながら歩いていると、進行方向から良い匂いが漂ってくるのに気が付く。黒炎も同じ様に気が付いたらしく、兜を前足で叩いてからその匂いの発生源を指し示す。
「良い匂いだけど、これは何ていう料理なんだろう?」
小さな声で呟いたダスクの言葉を聞いた黒炎は兜に口を寄せて予想通りの言葉を伝えてくる。
「なんだっていいよ~。スッゴク美味しそうだからこれにしようよ。飲み物も売ってるから丁度いいし」
いかにも黒炎らしい言い分に微笑んだダスクは、屋台の主人に二人分の料理と飲み物を注文する。
「ウチのはメチャクチャオイシイヨ。
オキャクサンくろいね~、とってもシブいヨ!キにいった、もうイッチョもっていきナ!」
なんだかとてもノリの良いオジサンで、ダスク達を気に入ったらしく一人分の料理をサービスしてくれる。喜んだ黒炎は尻尾を大きく振ってオジサンに感謝を伝えていた。昼食を確保したダスク達は、中央通りから少し離れ、人気の少ない道へと入る。少し進んだところに公園の様な、港を見下ろせる場所があったので、そこで食べることにしたダスクは黒炎を降ろして岩に腰を掛ける。屋台で買ったのは、穀物の粉を練った生地を薄く延ばして焼いたモノに生野菜と甘辛く味付けして炒めた挽肉を載せて巻いた料理で、飲み物は新鮮な果物を搾った果汁を湧き水で少し薄めたモノである。黒炎の分を器に載せて置くと、兜を脱いでダスクは自分の分にかぶりつく。挽肉の味付けが絶妙で、生野菜と外側の生地との相性が抜群であった。
「うわっ、これスッゴク美味しいよ。こんな料理もあるんだね」
「うん。初めて食べたけど、これは本当に美味しい」
ダスク達はあっという間に自分の分を食べ切ると、残りの一人分をどうしようかと悩む。飲み物を飲みながらお互いに牽制し合っていると、ダスク達の後ろから子供の声が聞こえて来る。
「スミマせん。ソレあまっていたらボクタチにくれませんカ?」
ダスク達が後ろを振り返ると、目の前には兄弟なのか手を繋いだ小さな子供が二人立っている。二人の子供は薄汚い格好をしており、髪も伸び放題で、服から覗く手足は痩せ細っていた。それを見たダスクは黒炎と顔を見合わせてどうすればいいか聞く様な素振りを見せる。それに頷いた黒炎の答えに、ダスクは料理を子供に渡そうと決めて立ち上がる。子供達はダスクの鎧を怖がっているようであったが、料理を貰えそうな気配に嬉しそうな顔になった。
「良く分からないけどお腹が減っているんだね?これで良ければ、」
そこまで言ったところで、いつの間に近付いてきたのか、横から伸びた手が料理を持つ腕を掴み止める。
「やめときな」
手と共に飛んできた言葉に、腕を掴む手の持ち主へと視線を向ける。そこに居たのはおそらくダスクと同年代の、透き通る様な輝きを見せる腰まで届く銀髪を三つ編みにして背中に垂らした中性的で美しい容姿の人物で、ダスクより少し低い位の背丈の小麦色の肌を持つ細身の身体には、赤を基調とした中央通りでよく見た意匠の服を着ている。服の素材は良い物らしく、傍から見ても柔らかそうなキメの細かい布地で作られている。その人物で一番印象的なのは力強さを感じさせる金の瞳で、今も厳しい瞳をダスク達に向けていた。
「いきなりなんだよ。君には関係ないだろ」
「関係ない、というわけでもない、かも?……と、とにかく周りの建物の影を見てみろよ」
その言葉に訝しげな様子になると、ダスク達は周囲を見廻す。するとそこには目前の兄弟と同じ様な身なりをした子供達がジッとこちらを見ていた。驚いたダスク達は腕を掴んでいる闖入者に視線を向ける。
「どういうこと?あそこの子供達は何でこっちを見てるんだ?」
「その兄弟と同じだよ。親を亡くしたり、貧しさで捨てられた子供達さ。
それが身を寄せ合って生活してるんだ。今みたいに人に施しを求めたり、盗みをやったりしてな」
「大変なんだな。それで何で君が出てくるんだ?」
「やめとけ、味をしめて繰り返し来るかもしれない。さすがに全員にやれないだろ?」
「当たり前だよ。余ってるのは一人分しか無いし、別に全員にあげる気は無いよ。
何かを得るには対価が必要だって小さい頃から学んできたからね。
あの子達とは育った環境が違うけど、皆で何かを生み出せる人間になってくれれば良いと思う」
「意外だな、顔のわりには現実的というかなんというか。余計なお世話だったか」
「いや、まあ、心配してくれてありがとう。君は意外と優しい人なんだな」
「なっ、優しくなんてねぇよ。結局は勇み足だっただけだし」
照れて頬を少し赤くした銀髪の人物は、ダスクの腕を放して後ろを向く。ダスクは改めて小さな兄弟に視線を向ける。先程から視界の端に映っていたが、一生懸命にダスクの脱いだ兜を持ち上げようとしていた。ちなみに黒炎は、我知らずという風情で丸まって港の方を見ていた。
「君達には無理だよ。さあ、これを持って帰りな」
自分達のしていた事に気が付かれていた事にも驚いたが、それを気にしないで料理を手渡してくるダスクにも驚いて、兄弟はダスクの顔を凝視する。その表情に怒りは無く、笑顔しか無いのを確認して我に返ると、恥ずかしそうに料理を受け取って礼の代わりに頭を下げて建物の影へと消えていった。
「お人好しだな」
兄弟を笑顔で見送っていたダスクの様子を見て、呆れたような顔で銀髪の人物は言う。
「そんな事は無いよ。持って行けないのは分かっていたからな」
「ふむ、お前って面白いヤツだな。それに、格好も黒に統一していて渋くて趣味も良さそうだ。
よし決めた、オレの友達にしてやるよ」
「友達にしてやるって……君だって面白い人じゃないか。まあ悪い人間じゃないみたいだけど」
「ふんっ、オレと仲良くなりたいヤツは多いんだから光栄に思え」
「はぁ、ありがとうございます。それじゃあ少し場所を変えようか。未だに見てる子も多いし」
「そうだな。いい場所がある、ついて来な」
ダスクは兜を被って黒炎に頷くと、こちらをジッと見ている子供達に威嚇の視線を飛ばしている銀髪の人物の後に続く。ダスクも無用な希望を抱かせ無い様に、子供達には一瞥も向けなかった。
しばらく歩くうちに、しつこく後ろをついて来ていた子供達の姿も見えなくなり、黒炎からも気配は無いと伝えられてダスクは安心する。黙々と歩く銀髪の人物の後姿は歩みを緩める気配は無く、目的地がまだまだ先だと語っている。少なくない時間歩いた先には、王都を囲む城壁の姿が近付いてきていた。
「まだかい?」
「黙ってついて来な。いいモノ見せてやるから」
そう言った銀髪の人物は、少し離れた場所にダスク達を待たせると城壁に上がる石段の前に居る守衛に近付いて何事かを話す。了承が得られたらしく、手招きすると先に立って城壁へと昇って行った。慌ててその後を追いかけたダスク達は、石段の前で守衛にお辞儀をすると素早く昇って行く。先に進んでいた銀髪の人物は、ようやく追い付いたダスクを、本当に嬉しそうな満面の笑顔で出迎えてくれた。
「ここに友達を誘ったのは初めてなんだ。どうだっスゴイだろう?」
その言葉に、初めて周囲の風景を眺めたダスク達は、感嘆の溜息を吐く。それを見た銀髪の人物は、ますます嬉しそうな顔になっていた。
城壁の上からの眺めは、陽の光に輝く海と雲一つ無い空を背景に、城と町並みが一望出来る。赤と青のコントラストが強調され、なるほど自慢したくなる光景であった。
ダスクは兜を脱いで改めて景色を堪能すると、感謝の気持ちで笑顔になりながら銀髪の人物に向けて握手の手を出す。籠手を外したダスクの手を、少し照れた様な表情で銀髪の人物はしっかりと握った。
「ありがとう。こんなに素晴らしい眺めを見せてくれて。
僕の名前はダスク・ウォール。ダスクって呼んでくれ。これからよろしく」
「おう、喜んで貰えて良かった。とっておきの場所に連れてきた甲斐があるってもんだ。
オレの名前はソラリス・シルっ、あ~、ソラリス・シール。ソラって呼んでくれ」
「ボクの名前は黒炎っていうんだ。ボクのコトもよろしくね」
「ああ、よろしく黒炎。さすがのオレも言葉を話す動物は初めて見たぜ」
握手の手の上に前足を載せて自己紹介の流れにちゃかりと加わった黒炎の言葉に、少しも驚いた様子を見せず平然と応えるソラリスに、ダスク達は内心驚いていた。
「ソラって肝が据わってるね。ローラは驚いてくれたんだけどな~」
「ローラって誰だ?
まあオレはちょっとやそっとの事じゃ動じないぜ。見ての通りの大物だからな」
「ローラは友達だよ。それよりも大したもんだ。普通の人だったら驚いていたと思う。
そうだ、ソラにお願いがあるんだけど、いいかい?」
「ん?黒炎が言葉を話せる事を内緒にしとけばいいんだろ。
当たり前だ、友達を売る様な事はしない。オレを見損なうなよ」
「ありがと~。ソラと友達になれてボクも嬉しいよ」
「ありがとう。ソラって口は悪いが、良いヤツだよな」
「ふんっ、口が悪い、は余計なお世話だ」
照れながらも、機嫌の良い顔になったソラリスはダスク達の視線をかわすようにソッポを向く。ダスクと黒炎は顔を見合わせて笑顔になる。それを見てソラリスも顔を戻すと昔からの友達同士の様な雰囲気で、城壁の上から見える色々な物について会話を楽しんだ。
時間を忘れて話をしていたようで、いつの間にか陽も傾き、辺りは夕焼けに赤く照らされている。この光景もまた絶景で、視界に映る物全てがそれぞれの色合いで赤く染まってまさしく赤の世界と言うべき景色になっていた。それに気が付いた皆でしばらくその眺めを堪能した後、そろそろ帰る時間になったらしいソラリスが表情を改めてダスク達を見る。
「そういえばダスク達は何しに王都に来たんだ?良かったら案内するぞ」
「それは助かる。僕達が王都に来た目的は、王都の学院で色々な事を学ぶ事なんだよ」
「へ~、意外と勤勉なんだな。学院か……はて、王都に学院なんてあったかな。
まあいいか。知人に聞いておくから明日また会おうぜ」
「ありがとう。わざわざ悪いな。ソラって本当に良いヤツだな」
「よせよ、友達なんだから気にするなって。それじゃあ明日の昼頃に港の灯台で待ち合わせしようぜ」
「分かった、港の灯台だな。また明日会おう、ソラ」
「おう、またな、ダスクと黒炎」
「またね、ソラ。バイバ~イ」
先に立って城壁を降りていくソラリスに手を振りながら、ダスク達も同じ様に降りていく。あっという間に見えなくなったソラリスを見送ってから、守衛にお辞儀をすると、今日の宿を探す為に中央通りへと向かう。しかし、2~3歩進んだところでダスク達は止まっていた。
「すみません。中央通りってどの方角ですか?」
「あっちだよ」
笑みを浮かべる守衛にお礼を言って、バツが悪い顔になったダスク達は教えられた方向へと向かう。高く目立つ城を目印にして歩く事しばし、進行方向から人々の喧騒が聞こえて来る。混み合っている事が分かったので、ダスクは黒炎を肩に載せてから中央通りへと出る。歩きながら目に付く良さそうな雰囲気の宿屋を回るが、満員だったり1階の部屋が空いていなかったりでなかなか宿が決まらない。少なくない数の宿屋を回ったダスク達は、空振りに加え人の多さにも疲労感が増すのを感じて脇道へと逃れる。人気が無くなったのを確認した黒炎はダスクの肩から降り、揃って深呼吸をする。
「はぁ、やっぱり良い事ばかり続かないか」
「そうだね。良い事と悪い事が同じ位あるのが普通なのかもね」
人々の喧騒が感じられる方向をうんざりとした表情で見ながら、ダスク達は顔を見合わせる。
「これからどうしようか?」
「宿屋を諦めてどこかで野宿でもするかい?ボクはどちらでもいいよ」
「う~ん、街の中なのに野宿するのもアレだけど、しょうがないか」
「とりあえず夕飯食べながらもう一度考えて、それでも手が無かったら野宿でいいんじゃないかな」
「そうだね、そうするか」
「明日の集合場所の港の灯台近くでいいかもね。そのまま昼まで寝てたら移動する手間が省けるよ」
そう言って、楽しそうに尻尾を振る黒炎を見ながら、ダスクはやれやれといった風情で息を吐いていた。
再び黒炎を肩に載せたダスクは中央通りに戻ると、宿屋を探している時に見た屋台村の様なモノが出来ていた場所へと向かう。中央通りに面した広場に複数の屋台が固まっていて、その周りのスペースにテーブルやイスが複数並べられ、屋外の食堂の様な雰囲気の場所になっている。そこでいくつかの料理を買い、空いている席に座って黒炎の分を器に分けて地面に置く。炭火で塩焼きにした魚介類や、茹でた芋にピリ辛のソースをかけた料理は素材の味が生かされていたり独特な風味を楽しむ事が出来て、ダスク達はあっという間に平らげてしまう。黒炎の尻尾も機嫌の良さを表して踊るように振られていた。最後にカップで渡された湧き水を飲んでしめたダスク達は、美味しい食事の余韻を楽しみたかったので宿屋探しという面倒事をやめて港に移動する事に決めた。ダスクは肩に黒炎を載せてすぐに中央通りから外れ、港へと向かう。港の周りは人気も少なく薄暗い為、黒炎はダスクの肩から降りて歩く。目的地の灯台は港の端に建っており、天辺に眩しい灯りが灯っているが、唯一の灯りを際立たせるように周囲は明かりが無いので暗かった。灯台の周りを回って野宿に良さそうな場所を探す。近くに木箱が積み上げられている場所があり、人の目があまり向かなそうな位置に自分達の入れそうな隙間を見付けたダスク達は、周りに不審者が居ないか気配を探ってから入り込んだ。
「いちおう用心して気配を探ってからにしたけど、傍から見たらボク達が不審者だよね」
「言わないでいい。僕も同じ事を考えていたから」
苦笑して同意したダスクは、暖かい気候だから掛ける必要のない毛布を地面に敷いて黒炎の寝床を作る。嬉しそうにその上に丸くなった黒炎は、欠伸をしながらダスクへ視線を向ける。
「鎧は脱がないのかい?」
「うん。とりあえず着たままにしとくよ。
野宿も今日くらいだろうし、学院が見付かれば部屋も借りる事になるだろうからね」
「そっか、それじゃあさっさと寝ちゃおう」
「そうしよう。おやすみ、黒炎」
「おやすみ~」
今日も色々な事があったからか、目をつぶったダスク達はあっという間に眠りに落ちていく。辺りには穏やかな波の音だけが聞こえていて、眠りを守るようにダスク達を包み込んでいた。
木箱の陰で寝ていたダスク達に朝日が当たり始め、少しの間まぶしさに呻いてから目を覚ます。同時に起きたダスク達は、寝起きの身体も起こすようにあちこち動かして柔軟をする。場所が陰だった為、いつもより起きるのが少し遅くなったダスク達から見える船の周りでは、すでに仕事を始めている人々が忙しそうに動き回っていた。
「おはよ~。お腹すいたね」
「おはよう。起きるのが少し遅くなったから、そのせいもあるな」
「とりあえず、腹ごしらえしておこうよ」
「そうだな、約束の時間までまだあるし」
忘れ物が無いか確認したダスクは、黒炎を促して港の近くにある市場に向かう。競りも終わっているので独特のやりとりは見られないが、買い物に訪れた人々のやりとりで活気の有る空気が出来ている。商売人や客達を目的とした屋台もたくさんあり、新鮮な素材を使った料理を振舞っている。座って食べられるスペースをとっている屋台を見付けたダスク達は、そこでパンと魚介のスープを頼んで席に座った。
「なんか料理を食べている人達ってキミみたいに武装してる人が多くない?」
「うん。僕も気になってた。何かあったのか、それともあるのか」
声をひそめて話すダスク達の周りにも数人の武装した人間がちらほらと見える。昨日もそれなりに武装した人間は居たが、今日は話題に上がるくらいに目立って視界に入ってくる。気にはなったが、考えても分からない事だったのでそのまま食事を続け、スープのお替りも平らげてから席を立つ。待ち合わせの昼まではまだ時間があるので、ダスク達は中央通りに行く事にする。これから住む事になる王都の地理を少しでも覚えようと考えたからであった。
「お城を見に行ってみない?帰りは下りだから間に合いそうだし」
「了解。僕も昨日から気になってたんだ」
肩に乗った黒炎が耳元でささやいた言葉に頷いたダスクは、建物の上に覗く城の尖塔を目指して足を踏み出す。入り組んだ道に入ってしまった時には、すれ違う人達に聞いて修正しながら進む。しばらく歩いたところで、急に目の前に広々とした広場が現れる。そこは城の目の前の広場で、何か国の催しがある時にはここで行われるのが常であった。綺麗に舗装された地面と巨大な城の姿にダスク達は感嘆の溜息を吐く。城の周りは水を満たした掘があり、城への入口は正面と真後ろの二つの跳ね橋だけである。跳ね橋を渡った先には金属製の扉があり、それ以外は高い城壁に囲まれている。ダスクの肩から降りた黒炎は、ダスクと一緒に堀の周りを回りながら、見事な造りの城を眺める。
「すごい立派だな~。ここに王様が住んでるんだね」
「うん。僕達の知らない世界があそこにはあるんだろうな」
「王様ってどんな顔してるんだろ?一度見てみたいな~」
「見れるわけないだろ。それよりも入口の扉の装飾は見事なモノだったな~」
「またそれかい、キミは。相変わらずだね」
呆れたような声で言った黒炎は、堀の中で跳ねた魚に気を取られつつ進み、ダスク達は少なくない時間をかけて城の正面に戻ってくる。
「結構時間かかったね。そろそろ港に戻らないとヤバイかも」
「うん。下りだからさっさと行こう」
そう言ったダスクの肩に黒炎は素早く乗り、ダスクは早いペースで歩き出す。出来るだけ人の少ない道を選びながら下った先に、昼時の混雑した港の様子が見えてくる。そのままスピードを落とさずに進み、ダスク達は待ち合わせ場所の灯台の元に辿り着いた。まだ来ていないらしく、灯台の周辺にはソラリスの姿は見当たらない。まだ昼になったばかりだったので、その場所からあまり離れないようにしながら、兜を脱いだダスクと、楽しそうに尻尾を振る黒炎はそれぞれ海を見たり流れる雲を見ながら時間をつぶす。
「そういえば海の水って本当に塩辛いのかな?」
海を覗き込んでいた黒炎が突然そんな事を呟く。その言葉に誘われる様にダスクは黒炎の傍らにしゃがんで同じ様に海を見る。
「試しに舐めてみるかい?やるならカップにすくうけど」
「確かめてみようよ。やっとかないと後で後悔しそうだからね」
頷いたダスクは荷物からカップを取り出すと、桟橋から身を乗り出して海水をすくう。興味津々で尻尾をブンブン振りながらカップを見る黒炎の様子に苦笑しながら、ダスクは皿に海水を入れて黒炎の前に置いた。
「キミはやらないのかい?まあいいや、どれどれ」
言葉とは裏腹に、恐る恐る口を皿に近づけた黒炎は、匂いを少し嗅いでから舌を豪快に海水に浸けた。あっ、という顔でそれを見たダスクは続く黒炎の言葉を待つ。
「っ、ぅぅぅぅぅぅっ、しょっぱ~いっ!」
予想通りの結果に呆れた顔になったダスクは、黒炎に水筒の水で口をゆすがせようと海水を捨てた皿に栓を抜いた水筒を傾ける。しかし中身が無くなっていたらしく、1滴の水も出てこなかった。
「ごめん。水筒の水が無くなってたから何か買ってくるよ」
申し訳なさそうな顔で言うダスクに、黒炎は涙目の紅い瞳で見ながら何も言えずに何度も頷く。それを見たダスクは、走って飲み物の屋台へ行くと、水筒に入る分の水と、口直しの果汁の薄めたものを買ってすぐに黒炎の元に戻る。ダスクの戻りを心待ちにしていた黒炎は、戻ってくるのを見て催促する様な目を向ける。皿を水で洗って新しく水を満たすやいなや黒炎は舌を水に突っ込んでいた。
「飲まないでうがいするんだぞ。口直しの飲み物も買ってあるから」
「分かってるよっ」
何度もうがいをする黒炎に、ダスクは皿に水を順次追加していった。しばらくして、塩辛さが治まったようだったので、皿から水を捨てると口直しに買ってきた飲み物を注ぐ。黒炎はそれを本当に美味しそうに飲みながら、不満そうな顔をダスクに向ける。
「なんでキミはやらなかったんだよ?」
「ああ、僕は船で船員の人を手伝っている時に確かめていたから」
「うわ、ずるいよ。こうなるってわかってたんだね」
「ごめんごめん。自分の舌で確かめておいた方が良いかと思ったんだよ」
不満そうな黒炎をなだめながら、ダスクは早くソラリスが来ないかと思っていた。
仲直りしたダスク達は、灯台に寄り掛かりながら座って、水平線を眺めながら待ち人が来るのを待っていた。正午から1~2時間経ったところで、ソラリスと一緒に昼食を食べようと思っていたダスク達の腹の虫が食べ物を催促する様に鳴り始める。空腹に耐えながら、何かあったのかと思い、心当たりの有る場所を探すか、それともこのまま待つかを悩んでいると、突然背後から聞き慣れない声が掛けられる。
「ダスク様と黒炎様ですか?」
突然現れた気配にも驚いたが、人生初の『様』付けで呼ばれたダスク達は、飛び上がって慌てた様に声の主へと視線を向ける。そこには、この場所に全くそぐわない格好の人物が立っていた。一言で言えば、メイドである。紺色のエプロンドレスと頭に載せたホワイトブリムをキッチリと着込んだ、肩で揃えた綺麗な銀髪と小麦色の肌を持つメリハリのある女性的な体型の可愛らしい顔の女性で、今迄見た王都に多い人々とは違い深い碧色に輝く瞳をダスク達に向けている。背はダスクと同じ位で、年齢は二十歳くらいに見えていた。数瞬ボケッとしていたダスクは、メイドさんと目を合わせて頷く。
「はい。僕達がダスクと黒炎です」
その言葉に頷いたメイドさんは、楽しそうな笑顔でダスク達の姿を確認しつつ頷いたり何事か呟いている。その様子に不安になったダスクは、恐る恐るメイドさんに声を掛ける。
「あの、僕達に何か御用でしょうか?」
「あっ、ごめんごめん。コホン、私はソラリス様に命じられて伝言を伝えに参りました」
知っている名前が出てきて少し安心したダスクは安堵の息を吐く。黒炎も安心した様子で尻尾をゆったりと振っている。
「ソラに何かあったんですか?遅いから黒炎と心配していたんです」
その言葉に、黒炎も同意するように首を縦に振る。
「キャー!可愛いっ」
その様子を見たメイドさんは感極まったかのように黒炎の首に抱きついてくる。
「うわっ」
驚いた黒炎の口から言葉を出ると、益々嬉しそうにギュッと抱きつく手に力を込める。
「く、くるしいっ」
「あっ、ごめんね。ソラ様が言っていた通りだったから嬉しくって」
驚いたダスクは、メイドさんの顔をマジマジと凝視する。
「その事をソラに聞いたんですか?」
「心配しないで。わたしはソラ様の専属メイドだから秘密も厳守します。
姉妹の様に育ったわたしだから教えてくれただけで、他言無用っていうのも分かってるわ」
「それなら良いですが、くれぐれもよろしくお願いしますね」
「ダスクくんは心配性ね~。大丈夫だから。黒炎くんもそう思うでしょ?」
「ボクもちょっと心配かな。なんだかノリが軽いんだもん、お姉さんって」
「もぅ、イジワルね。お姉さんは悲しいわ……っていうかとりあえず自己紹介しましょ。
わたしの名前はサフィーラ・ロング、サフィって呼んでね」
「僕達の名前は知っているみたいですが、僕はダスク・ウォールです。
ダスクで良いので、よろしくお願いします、サフィさん」
「ボクは黒炎。よろしくね、サフィ」
「こちらこそ。ソラ様共々よろしくね~」
自己紹介して握手をしたダスク達は、仕切り直す様に表情を真面目なモノに変えるが、サフィーラはニコニコしたままである。なので彼女は笑顔が標準装備なのだろうと、ダスク達は内心で勝手に決めて納得していた。
「それで、ソラに何かあったのですか?」
「心配しないで。ソラ様には今のところ何も起きていないから。
でも外出する事が出来そうも無かったから、わたしに伝言を伝える役目を命じたの」
「なるほど、そうだったんですか。わざわざありがとうございます」
「お礼なんていいわよ。それと、ソラ様からダスクくんの質問に答えるように言われてるわ」
「質問?……あ、学院の事か。助かります、僕達だけじゃ見付からないかもしれないので」
「学院ねぇ……ここに学院なんてあったかしら?それは確かにここにあるの?」
「はい。学院長さんに王都の学院に誘われたんです」
「王都……あ、まさかとは思うけど、王都ってアズレシルエンスの方じゃないわよね?」
「アズレシルエンス?王都って他にも有るんですか?」
「ここはハンフロージェン王国の王都、スカルトパシオン。そしてこの国の北東に隣国が有るの。
そこはオブゼルヴ王国という国で、王都がアズレシルエンスっていう名前なの」
「北東?それってシアネントが有る方向じゃなかったっけ……」
その時点で気の毒そうな顔を向けてくるサフィーラを、焦った様子で見るダスクの顔は血の気が引いて青ざめて見えていた。黒炎も困った様な仕草でピンと立っていた耳を伏せ、尻尾も元気無く垂れていた。
「シアネントはオブゼルヴ王国の領地よ。残念だけど乗る船を間違えたみたいね」
落ち込んだダスク達の様子に、サフィーラは心配そうな顔で更に悪い知らせを伝える。
「落ち込んでるところに悪いんだけど、追加で悪い知らせがあるわ。
まだ誰も知らない事だけど、今朝、王様が幽閉されてしまったの。
その影響で王都からの出入りが禁止されてしまったって話よ」
「え!?それは本当の事ですか?王都から出れなかったら国に戻れないじゃないですか」
「この国のイザコザに巻き込んでしまってごめんなさいね。
これから王都内は色々あるから、貴方達は宿に泊まってジッとしていた方がいいわ」
無言のまま動けないダスク達を見て、離れ難い思いもあるサフィーラではあったが、ソラリスのもとに早く戻りたい気持ちもあってすまなそうな顔になる。
「ごめんなさい。ソラ様の側に戻らないと。短い間だったけど楽しかったわ」
「謝らないで下さい。サフィさんのせいじゃ無いんですから。ソラの側に居てやって下さい」
「またね、サフィ。ソラによろしくね」
「元気でね。それじゃあまた」
その言葉を残してサフィーラは人々の中へと消えていった。それを見送ったダスク達は、その場に力無く座り込んで溜息を吐く。
「この先どうすればいいんだろう?」
「おおごとだよね。ボク達に出来ることなんてあるのかな?」
それっきり無言になったダスク達の目には、陽の傾いた港の光景も入っておらず、自分達のこの先の運命も分からないままだった。
王都に到着したと思っていたダスク達は、実際は隣国の王都に来てしまっていた。自分達の間抜けさに怒りを感じながら、先の見えない状況に落とされた事を考えると全身の力が抜けてしまう。ダスク達は自国の王都に辿り着けるのだろうか。そしてその前にスカルトパシオンを無事に出る事が出来るのだろうか。
楽しんで頂けたでしょうか。続きも早く読んで貰えるように頑張ります。




