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それは黒くて重かった  作者: D.K.B.Y.
第一章
4/45

無知と出会い(後編)

前話と同じペースで投稿できました。次回も続けられるように頑張ります。

 ザッ、ザッ、ザッ

ゆっくりとしたペースの軽い足音で洞穴の奥から何者かが近付いてくる。警戒した様子で音の聞こえて来る方向を見るのは、全身を雨で濡らした完全装備のダスクと、毛が濡れて身体に張り付いてしまっている黒炎で、(いま)だに双方の身体からはポタポタと雫が滴っている。暗い洞穴の入口から入ってくるかすかな稲光に照らされた地面の上に、洞穴の奥から出てきた何者かの足の先が見えてくる。予想に反して小柄な足の持ち主は、そのままダスク達の目の前まで歩いて止まると、上に被っていた外套(がいとう)を外す。驚いた事に、現れた人物はダスクと同年代の少女であった。驚きで固まっているダスク達の様子を勘違いしたのか、現れた少女は諦めた様子でその場にしゃがみ込む。

「はぁ、よりにもよって今日が最悪の日になるなんて……」

無言のまま自分を見るダスク達に何を思ったか、手に持っていた荷物と小振りのナイフを目の前に置く。

「無駄だと思うけど、持ち物はこれだけです。見逃してもらえませんか?」

そんな事を言い出した。どんな状況になっているのか、この時点でやっと理解したダスクは慌てた様に両手の装備を放り出し、手と一緒に首も振る。危うく装備に潰されそうになった黒炎は、その場を飛び退いて文句を言いかけるが、思い直して口を閉じていた。

「ち、違います。僕達は雨宿りに寄っただけで、そんなつもりは全然ありません」

うろたえるダスクの様子を疑わしげな表情で見ながら、少女は置いた持ち物を回収して立ち上がる。

「本当かしら?油断させといてズバッとやるんじゃないの?」

「そんな事しないよっ!はぁ、ホントについてない事ばっかりだ……」

ガックリと肩を落としたダスクは、脅かさないように装備を拾って隅に置くと、兜を脱いで顔を見せる。ボサボサの黒髪から覗く黒い瞳は優しそうな性格が現れていて、それを見る少女にもどこか安心させるモノを感じさせた。

「ふ~ん、そんな顔してたんだ。私と同じ位の年齢だったのね」

「こんな顔で悪かったね。まあ誤解だと分かってくれたみたいで良かった」

「まだ分からないわよ」

「そんなぁ」

困った顔をしたダスクの様子が面白かったのだろう、笑顔になって手を軽く振る。

「ウソウソ、私にも人を見る目くらいはあるわ」

「勘弁してよ……」

誤解が解けたらしい少女の様子に安心したダスクは、荷物の中に燃やせる物が無いか漁り始める。使えそうな物は、鍛冶にも使う木炭くらいであった。予備のつもりで持っていた物なので濡れた身体を暖めるだけの焚き火にするには量が圧倒的に足りなかった。困ったダスクは、洞穴の内部に燃やせる物が落ちていないか探し始める。それを見ていた黒炎も、心得たようにダスクを手伝い始めた。

「何やってるの?」

「ん?濡れた身体を暖めたくて、焚き火に使えそうな物が無いか探してるんだよ」

「そうなんだ、だったらこれを使うといいよ」

少女が荷物の中から出してきたのは乾燥した苔の塊だった。受け取ったダスクは、ひっくり返したりして確かめると少女の方へ視線を向ける。

「この苔、燃えやすそうだけどすぐに燃え尽きちゃうんじゃないの?」

「大丈夫よ。この辺りでは薪の代わりに使ってるし、火もゆっくりまわるから長持ちするの」

「へぇ~、便利な物もあるんだな」

そう言ったダスクは、苔と炭を組み合わせて焚き火を(おこ)す。空気は湿っていたが、苔は火が点き易く、あっという間に炭も赤くなる。洞穴の内部の空気が暖められ始め、ダスク達はやっと安堵の息を吐いていた。

「ちょっと着替えたりしたいから奥に行くけど、焚き火の面倒よろしくね」

「いいわよ。なんだったらここで着替える?」

笑顔でそんな事を言う少女の顔を眺めながら、見た目は大人しそうなのに性格は違うんだな、と思いつつ溜息を吐くダスクであった。

 荷物を持って洞穴の奥に向かったダスク達は、焚き火の光がかろうじて見える場所で立ち止まる。背嚢から手拭いを二枚出したダスクは、一枚目で黒炎の身体を拭きながら小さい声で会話をする。

「あの娘が居るから喋らなかったんだよね?」

「うん、失敗したばかりだったからね。ちょっと用心しておこうかなって」

「なんとなく大丈夫そうな気がするけど、黒炎はどう思った?」

「まあ、嫌な気配は感じないからイイヒトかもね」

「戻ったら自己紹介でもしとこうか」

「そうだね。ボクも黙ったままなのはイヤだし」

黒炎を拭き終わったダスクは、装備を全て外した後にそれらを一枚目の手拭いで拭う。それが済んでから服を脱ぐと、二枚目の手拭いで身体を拭いてから乾いた服に着替える。手拭いを搾り、兜を除いて装備を付けると、少女の居る場所へと戻った。立て掛けた装備等に濡れていた服や手拭いを少しでも乾くようにと、掛けて干す。冷えた身体を暖める為に、焚き火の傍にダスク達は座った。少女の方を見ると、火にヤカンをかけてお湯を沸かしている。お茶でも飲むのだろう、と思って少女から視線を外したダスクは、黒炎の乾いてきた毛皮を撫でる。黒炎は気持ち良さそうな様子で丸くなっていた。

「ねぇ、お茶淹れたから飲みなさいよ。暖まるわよ」

差し出してきたカップを見て、自分の背嚢からカップと黒炎用の皿を出す。

「ありがとう、君も飲んだ方が良いよ。僕と黒炎の分はこっちにお願い」

「カップが一つだったからどうしようかと思ってたの。自前のがあるなら丁度いいわ」

改めてダスク達の器にお茶を注ぐ少女の様子は、何も企んでいないと思える自然さだった。熱いお茶に舌鼓を打つ黒炎に、最初は驚いていた少女だったが、すぐに楽しそうに追加を注いでいたりした。

「これって何ていうお茶なんだい?美味しいし、香りも良いね」

「ふふっ、これは私のオリジナルなのよ。薬草学を勉強してるから詳しくなっちゃって」

「へ~、(きみ)って偉いんだね。どうにも僕は勉強が苦手なんだよ」

「ふふっ、貴方(あなた)は見た目通りなのね」

「どういう意味だよ……」

不貞腐れた様子になったダスクを見ながら楽しそうに笑っていた少女は、ふと真面目な顔になってダスクを見る。

「あのさぁ、君とか貴方とかってのやめない?」

「ん?どういう事?」

「貴方って良い人っぽいし、自己紹介して名前で呼んでもいいかなって」

「ああ、さっき僕達もそう思ったんだよ。ちょうど良かった」

姿勢を正して向き合うダスクと少女、黒炎も首を上げて自己紹介に参加するつもりのようであった。

「まずは言い出した私からいくね。私の名前はフローラル・グリーン。

 フローラルって呼んでも良いけど、友達は皆、ローラって呼ぶわ」

「よろしく、ローラ。僕はダスク・ウォール。ダスクって呼んでくれれば良い」

「ボクは黒炎だよ。よろしくね、ローラ」

「よろしく……えぇっ!今話したのは誰?もしかして貴方なの?」

順番に自己紹介していった流れに乗って、ちゃっかり加わった黒炎の言葉に驚いたフローラルは、目を見開いて黒炎の紅い瞳を見る。驚いても恐怖等の負の感情は出なかったらしく、珍しいものを見た時の反応でマジマジと黒炎を見ているようだった。その様子に安堵したダスクは、笑顔で黒炎達のやりとりを眺めたまま何も口を出さない事に決めた。

「言葉を喋る動物って初めて見たわ。ちょっと撫でてもいいかしら?」

「いいよ。そろそろ乾いた頃だし、毛並みはボクの自慢だからね」

「ありがとう」

恐る恐る手を伸ばして黒炎の頭に手を乗せたフローラルは、感触を確かめる様にゆっくりと撫でる。すぐに毛の感触を気に入ったらしく、頭から背中にかけての広い範囲を撫で始めた。

「すごく滑らかで気持ちの良い感触だわ。黒炎君の言った通りね」

「ふふん、そうでしょ。それと、(くん)は要らないよ。呼び捨てでいいからね」

「分かったわ、黒炎。私とお友達になってね」

「もう友達だと思ってるよ。ダスクも同じだと思う」

その言葉に嬉しそうな顔になったフローラルは、ダスクの顔へ視線を向けて確かめる様に見詰める。

「うん。僕もローラの事を友達だと思ってる。僕達、君の事をローラって呼んでるだろ?」

「ありがとう。改めてよろしくね、ダスクに黒炎」

「「よろしく、ローラ」」

握手をしながら改めてフローラルの方を見る。フローラルは、明るい栗色の腰まで届く髪を一つに縛って無造作に背中に流し、明るい(みどり)の瞳が魅力的な可愛いというよりは美しい顔立ちをした女の子で、背はダスクより頭一つ分低く小柄で少し控えめな体型をしている。服装はこの地方では標準的な素朴な意匠の服を着ており、最初に会った時の上から被っていた外套は、今は彼女の傍らに置いてあった。

「そういえば、ダスク達はこんな場所で何をしていたの?」

「うっ、言わないと駄目かな?」

「私達って友達だよね?」

「あはは、キミの負けだね、ダスク」

「はぁ、聞いても面白くないと思うよ」

「それを判断するのは私よ」

どうやっても引きそうにないフローラルの様子に、ダスクは溜息を吐くと、少し前まで居た町で起きた事を語って聞かせる。他人が聞いても面白くないし、呆れるだろうと思っていたダスクは、フローラルが怒った様な顔になっているのを見て驚いていた。

「許せない。何も知らない人間を騙して金品や命を奪おうとするなんて」

その言葉に、ダスクは少し救われた様な気がした。黒炎も嬉しそうに尻尾を振っている。嫌な事だけで一日が終わっていたら、これから先の旅も先行きが不安だけになってしまっただろう。この出会いは忘れられないモノとなる、ダスクと黒炎はそんな予感がした。

「それで、ローラもこんな場所で何を?」

「私は薬草の採取に来たの。さっきの苔もついでに拾ってきたのよ」

「それにしても、こんな時間にどうしてここに居たんだい?」

「夜中から早朝に採取しないと駄目な薬草もあったら。でも途中で雨が降ってきちゃて」

「なるほど。それじゃあ近所に住んでるんだね」

「ええ、私の村はここから少し南に行った所に有る、フラウガーデンよ。薬草が有名なの」

「フラウガーデンか。僕達の村は知らないだろうけど、ノースアタロスって名前」

「聞いた事あるような……ずっと北にある村よね」

「うん、スゴク遠いよ。山奥のド田舎だから雪くらいしかない。あと猛獣かな」

「ふふっ、一度くらい見てみたいかも」

「機会があったらね」

会話を続けていくうちに、眠くなってきたのだろう。口に手を当て欠伸をするフローラルの様子を見て、ダスクは声を掛ける。

「眠っても良いよ、僕が周りを見てるから。黒炎に抱きついてれば暖かいから眠れると思う」

「いいの?お言葉に甘えさせてもらおうかしら。さすがに眠くなってきたから」

「僕は慣れてるから大丈夫」

「ありがとう。ふふっ、私か可愛いからって襲っちゃダメよ」

「ったく、しないっての」

悪戯っぽい表情で言うフローラルの言葉でダスクは仏頂面になる。その顔を見たフローラルは更に楽しそうに笑った。話題に出ていた黒炎は、既に会話の途中で丸くなって熟睡していた。

「それじゃあ、おやすみなさい。わぁ、黒炎ってば暖かい」

抱きついたフローラルの感触に、少し不機嫌そうに動いた黒炎であったが、すぐに何も無かったかのように動かなくなる。しばらく笑顔で艶やかな黒い毛に頬擦りしていたフローラルだったが、疲れていたようで、すぐに眠りに落ちる。その様子を笑顔で見ていたダスクは、フローラルに毛布をかけてから視線を焚き火に向ける。洞穴の外から聞こえる雨風の音と薪の()ぜる音を聞きながら一連の出来事を思い返す。町での出来事は苦い気分にさせるが、一番心に痛みを感じるのは我を忘れて主犯の男を半殺しにしてしまった事だった。自分の未熟さを実感したダスクは、身体(からだ)と共に精神(こころ)も鍛えていかないと本当に強い人間にはなれないのだと痛感させられた。


 ピチョン

ウトウトしていたダスクの首筋に洞穴の天井から落ちてきた水滴がぶつかる。その冷たさにビクリとして顔を上げ、辺りを見回すと黒炎とフローラルが眠っているのが見えた。焚き火はだいぶ小さくなっていたが、かろうじて身体を暖めてくれていたようだ。洞穴の外からは早朝の弱い陽の光が入ってきていて、激動の夜が明けたのが分かる。音を立てない様に立ち上がったダスクは、静かに洞穴から外に出る。雨風はすっかり収まり、冬の冷たくピリッとした空気が呼吸と共に胸に満ちて、眠気を吹き飛ばしてくれた。

「おはよ~」

凝り固まった身体を(ほぐ)すように動かしていたダスクの背後から、機嫌の良さそうな黒炎の声が聞こえて来たので、伸ばしていた腕を降ろして後ろを振り返る。

「おはよう。良く眠れた?」

「うん。ローラが居たから暖かかったし、薬草の匂いのせいか気持ち良く眠れたよ」

「なるほど。そういえば毛布はちゃんとかかってたかい?」

「ダイジョブ、来る時直してきたよ」

「そっか」

頷いて再び身体を動かし柔軟を始めたダスクを見て、黒炎も身体を解し始める。弓なりに反らされた背とピンと伸ばされた四肢は見ている者に、とても気持ち良さそうな印象を与える。

「これからどうしようか?」

「町に寄るかどうかかい?それは話し合う事じゃないと思うけど」

「確かに全く町に寄らずに進むのは不可能だからね」

「大丈夫だよ。ボク達が気を付ければなんとかなるよ」

「うん。街道の通る町に全部寄る必要もないし、問題ないか」

「なにが、ふわぁ、問題ないのかしらぁ?」

予想していなかった人物の声が突然割り込んできたので、ダスク達は背後の洞穴の方へ慌てて振り返る。そこには毛布を肩に掛け、眠そうな顔の口元に手を当てて欠伸をするフローラルの姿があった。寝起きが悪いらしく、ボサボサの髪と半分閉じた目でフラフラしている。キチンと起きている時とのギャップが感じられて、思わず笑顔になるダスク達であった。

「おはよう、良く眠れたようだね」

「うん。黒炎が(あった)かくて気持ち良く眠れたわ」

「それはよかった。ボクも枕になったかいがあるってモンだよ」

「それで、何が問題ないのかしら」

早朝の冷えた空気と、ダスク達との会話でフローラルは完全に目が覚めたらしく、先程の言葉を重ねて言う。ダスクと黒炎はどうしようかと顔を見合わせて数瞬視線で会話をしている様に見えた後、同じ考えであったらしく頷き合う。

「昨日の事があるから、できるだけ町に寄らないで行こうかなって話してたんだ」

「ボク達、なんでか分からないけど目立つみたいなんだよね」

「うん。僕の他にも似たような武装をしている旅人が居るってのにな。

 黒炎だって羽とかが生えてるわけじゃないし」

「ぷっ、あははは」

突然笑い出したフローラルに呆気に取られた様子になったダスク達は、すぐに不機嫌そうな顔になる。

「なんだよローラ、笑うなんて酷いじゃないか」

「ごめん、ごめん。なんか知らないのは本人達だけっていうのが……。

 ごめんなさい、何でもないの」

不思議そうな顔で自分を見るダスク達に、軽く頭を下げて謝るフローラルの顔には優しそうな微笑が浮かんでいた。

「それなら馬車とかに乗って行けばいいんじゃない?せっかくの町なんだから楽しまないと」

「う~ん、それはそうなんだけど……ちょっとこっちに来てくれるかい」

少し困った感じの顔になったダスクは、フローラルを促して洞穴に戻る。昨日外しておいた装備の近くに歩み寄ると、少し考えてから兜を持って焚き火の近くに座る。フローラルが近くに座ったのを確認したダスクは、その傍らに兜を置いた。

「ちょっと持ってみて。あ、見た目以上に重いから気を付けないと(すじ)を痛めるかも」

「大げさじゃない?こう見えても私、力は強いのよ」

笑顔のままウインクしたフローラルは地面の兜に軽く手を添える。息を大きく吸って止めると、えいっという風に力を込めて持ち上げようとする。顔を真っ赤にして力を込めるフローラルではあったが、兜はピクリとも動かなかった。

「うむむむ、あれ?ちょっと待ってね。うぅ~ぐぐぐ、駄目、持ち上がらないわ」

信じられないという顔になったフローラルは、重い手ごたえだった手とダスクの顔を交互に見る。その様子に笑顔になったダスクは、兜を軽々と持つと他の装備の傍らに置く。

「僕の装備は全部同じ素材で出来てる。

 だからちょっと重いんだよね。普通の馬車が壊れたり、不具合が生じたりするくらいは」

「重そうに見えていたけど、まさかこんなに重いとは思わなかったわ」

「そうだろうね。ボクだって知らなかったら同じ事を思うよ」

いつの間にか焚き火の側で丸くなって見ていた黒炎が会話に入ってくる。その様子を横目に、フローラルは何事かを考えているようである。邪魔をしないように黒炎に目で合図したダスクは、燃料を足し焚き火の火を大きくして湯を沸かす為にヤカンをかける。背嚢から携帯食料を出して簡単な朝食を用意していたところでフローラルは顔を上げてダスク達を見る。

「そうだ、船がいいかも。途中の町は長居出来ないままだけど、船に乗れば長い距離を進めるわ」

そう言うフローラルに、朝食を手渡し、彼女のカップにお茶を淹れる。ありがとう、と言いながら朝食を食べるフローラルの様子を見ながら少し考えていたダスクは彼女に視線を向ける。

「なるほど、大きめの船なら乗っても大丈夫そうだ。黒炎はどう思う?」

「そうだね、良いアイデアかも。それに船にも乗ってみたいし」

「そういえば船には乗った事が無いや。ただの移動手段であるけれど、それはそれで楽しみだな」

嬉しそうに話すダスク達をフローラルは満足そうな顔で見る。

「ここから街道沿いに西に進んで1~2週間で港町に着くと思う。

 それまでは町には食事や必要な物を買う時くらいに寄れば大丈夫じゃないかしら」

「そうだね、そうしよう。ありがとう、ローラ」

「ローラ、ありがと~」

「お礼なんていいわよ。友達が困っていたら助けるのは当然でしょ。いつも私はそう思ってるの」

照れた様子で少し頬を赤くしたフローラルは、ダスク達の感謝の視線から逃れるようにカップに視線を落として食事に戻る。それを見た黒炎は楽しそうに尻尾を振りながらダスクに視線を向ける。

「ローラったら照れちゃって、可愛いトコもあるんだね~」

「そうだな。強気な性格だと思っていたけど、照れる事もあるらしい」

「なによ、もぅ!私だって人並みに照れたりするわよっ」

拗ねた顔でソッポを向いたフローラルを見て、ダスク達は笑顔になる。いつまでも笑っているダスク達の様子に、諦めた様に溜息を吐いたフローラルは苦笑いになる。そこからは朝食を摂りながら適当な話題を交わし、皆が笑顔で朝のひと時を過ごした。

 朝食も済み、お茶を飲んで一服した一同は、ゆっくりとした動作で出発の準備を始める。太陽も完全に山の稜線から顔を出したので、陽が出ているうちに長時間の移動をするには早めに出発する必要があるからだ。兜以外の鎧を装備したダスクは手際良く焚き火の跡を片付け、黒炎達に洞穴の外に出るように促してから荷物を持つと、忘れ物が無いか確認してから最後に洞穴を出た。

「とりあえず森を出る所までは一緒に行こうか」

黒炎達から反対の意見が出なかったので、ダスクは一つ頷いてから最初に歩き出す。遅れて歩き出したフローラルは、小走りになって黒炎を挟んで横に並ぶ。朝の森は雨上がりで濃い緑の葉も青々として目に優しく、空気も新鮮で冷たいので呼吸をする度にリフレッシュするようで、地面がぬかるんでいなければ最高の散歩場所になりそうであった。実際、黒炎は足が濡れるのを嫌がって可能な限りぬかるみを避けていた。しばらく歩くと視線の先に木々の途切れている場所が見えてくる。やっと森から出られると、ダスク達は早足になって出口に向かった。

 森から出た所は一面牧草地らしく、刈った牧草の跡が広がっている。今が冬ではなければ目にも眩しい緑の絨毯が見られたのだろうと、少し残念に思うダスクであった。街道は北の方角にあるらしく、遠くに人や荷車の姿がちらほらと見える。南の方角、それ程険しくない山の(ふもと)には小さく建物の集まっている場所が見える。恐らくはあそこがフローラルの住んでいる村、フラウガーデンなのだろう。ダスクの視線に気が付いたフローラルは、自分も同じ方向に視線を向ける。

「そうよ。あそこが私の村、フラウガーデン。小さいでしょ」

「小さいけど、ノースアタロスよりは大きいよ」

「だね、ウチの村はド田舎だから」

そう言う黒炎に少し非難する様な目を向けるダスクであったが、諦めた様に溜息を吐いた。その様子を楽しそうに見ていたフローラルであったが、表情を真剣な物に変えるとダスク達の前に回って顔を向ける。

「それじゃあここでお別れかな」

その言葉に、ダスク達も表情を改めるとフローラルと視線を合わせる。

「そうだね。残念だけどここでお別れだ」

「ちょっと寂しいな。ボク達の事忘れないでね」

「忘れないわ、友達だもの。ダスクと黒炎の方が忘れちゃうんじゃない?」

「忘れられないよ。

 悪い事だけで終わりそうな1日が、ローラのおかげで良い日だったと思えるんだから」

「うんうん、ボクもローラに会えて良かった」

「ありがとう。私も貴方達に会えて良かったわ」

表情を笑顔に変えて、籠手を外したダスクは握手の手を差し出す。それを見たフローラルも笑顔になってダスクの手を軽く握った。握手をした手が不意に重くなったのを感じたダスクとフローラルがそちらへと視線を向けると、黒炎が前足を伸ばして握手の手の上に乗せているのが見えた。

「ボクを忘れたら困るよ」

ダスクと黒炎とフローラルは顔を見合わせて楽しそうな顔になって笑い合う。笑いが一段落したところで手を離したダスク達は改めて視線を合わせる。その表情は別れの場であったが笑顔のままだった。

「またいつかどこかで会いましょう。だから『さよなら』は言わないわ」

「うん。また会えるのを信じてるよ」

「またね、ローラ」

ダスクと黒炎は手を振りながらその場でフローラルを見送る。フローラルも手を振りながら村へと向かい、何度も何度も振り返りながら歩いていく。お互いの顔が判別できなくなる位離れたところで、ダスクは兜と籠手を付けてから黒炎を促すと、背を向け街道へと歩き出した。


 それからの道中はフローラルの考えてくれた案の通り、町に寄りながら出来るだけ目立たない様にして進んで行った。宿に泊まるのが何となく嫌だったダスク達は、やり慣れた野宿をしながら進む。幸い、最初の町を除いてトラブルに巻き込まれる事も無く、それぞれの町で美味しい物や名物等を楽しみながら旅をする事が出来た。進むにつれて気候も故郷の村と比べると暖かくなってきていたので問題も無く、天候も大きく崩れる事が無かったので快適に過ごせた。そんな旅を続けること、2週間、目的の港町が見えてくる。その町は今迄の町と比較すると数倍の規模があり、町と言うよりは街と言った方が良い大きさだった。街を囲む塀と言うよりは石垣は高く、とてもじゃないが飛び越える事は出来そうも無い。門前に居る守衛も数が多く、手分けして街に入る人々の身分証明書を確認している。守衛の数が多いのは、守りを固めるというよりは街に入る人の数が多いからかもしれない。今迄見てきた町とは比較にならない位の人数が出入りしているのが見えた。

「すごいヒトだね……絶対踏み潰されちゃうよ」

歩きながら目の前の人々を見ていた黒炎が困った様に言う。ダスクも同じ様な事を考えていたのだろう、頷いて考え込む。

「最初から肩に乗らないと危ないな。いきなり目立っちゃうけど言葉を話さなければ大丈夫かな」

「そうだね、ガマンするよ。ボクだって最初の町の様な事はコリゴリだし」

門の上の街の名前が読める位近くまで来たダスクは少しかがむと肩に黒炎を載せる。近くに居た旅人達は驚いた表情になっていたが、黒炎が無言で居た為、動物を肩に載せた面白い人物という印象だけ受けて微笑ましそうに眺めていた。

「なるほど、この街はシアネントっていうんだな」

門の上を眺めながら街の名前を読んでいたダスクは呟く。視線を上げていたダスクの前で行商人らしき人がチェックを済ませて街に入って行った事に気が付かないダスクに、黒炎は声を出す代わりに前足で兜を叩いて知らせる。驚いた様子で黒炎を見るダスクであったが、守衛の視線が自分に向けられているのに気付いて慌てて身分証明書を出す。無事に確認が終わって街に入ったところで感謝を示す為にダスクは黒炎の身体にポンポンと触れた。

「これからどうしようかな」

そう呟くダスクは傾いた陽に照らされて鎧が赤い光を反射している。周りの人々も宿や我が家へ急ぐ為に早足になっていた。とりあえずの目的地に到着したのに野宿するのも嫌だったが、最初の町の事が脳裏に浮かんで足が止まる。

 コンコン

兜を叩く音が再び耳元で響いて驚いたダスクが音の発生源に視線を向けると、黒炎が兜を叩いた前足を何かに向けているのが見える。何だろうと思ってその方向を見ると、魚介類のモノと思われる串焼きの屋台がある。そちらからはタレが香ばしく焼ける匂いが漂ってきており、気が付くと頭の後ろからお腹の鳴る音が聞こえてきていた。しょうがない、と思いつつ、悩んでいてもしょうがないと思ったダスクは、笑顔になって黒炎に頷いた。

「了解。とりあえず串焼きをいくつか買って少し早い晩飯にしよう」

その言葉に、ダスクからは見えなかったが黒炎の尻尾は嬉しそうに振られていた。

 屋台で串焼きを買ったダスク達は、人気の無い場所に移動する。黒炎の分を皿に置いて渡すと、ダスクは自分の分にかぶりついた。港町らしく食材は新鮮で、少しクセはあるが魚の匂いがするタレを浸けて焼いてある。焦げ目がつくまで焼いてあるので香ばしさもあって実に食が進む。水筒の水を黒炎と分けて飲むと満足そうに息を吐いた。

「これからどうする?」

「う~ん、前は辺りが真っ暗になるまで宿を探さなかったからダメだったんじゃないかな」

「そうかもしれない。

 あの後通ってきた町で見たけど、宿とかの店にはちゃんとした看板が出てるから大丈夫か」

「うん。表通りの雰囲気の良さそうな宿屋を選べばいいんじゃないかな」

「そろそろ行こうか。このくらいの時間なら黒炎は肩に乗らないでも大丈夫そうだ」

「ちゃんと部屋で眠れるといいね」

食事の後片付けをして立ち上がると、ダスク達は連れ立って表通りへと向かう。表通りは街に到着した時と比べると人通りも減っているが、(いま)だに屋台も多く、ランプの灯りで照らされていて明るい。宿屋も含めて店の客引きも多く、ダスク達は少し緊張しながら通りを歩く。しばらく歩いたところで、通りの端に良さそうな雰囲気の宿屋があるのに気が付いたダスクは、黒炎を促して宿屋の前に向かった。どうしようかと迷っていると、店内から小さな女の子が突然飛び出して来る。目の前に現れた大きな黒い塊にも見えるダスクの姿に驚いた女の子は(つまづ)いてしまった。

「きゃっ」

危ういところでダスクが受け止める。何が起こったか分からない様子だった女の子が、自分を受け止めているダスクを見て泣きそうになる。焦ったダスクは急いで兜を脱ぐと、笑顔になって女の子の目を見る。

「ごめん。大丈夫かい?」

出てきた優しそうな瞳を見た女の子はかろうじて泣くのをこらえる。黒炎はその様子を見て、笑いをこらえる様に身体を少し震わせていた。ダスクは受け止めていた女の子をしっかり立たせると、視線を合わせる為に膝を地面につく。

「君はここの子かい?僕達はここに泊まりに来たんだけど大丈夫かな?」

「だいじょうぶだよ。おとうさんとおかあさんがおきゃくこないかな~っていってた」

「そっか、ありがとう。君のお父さんかお母さんに聞いてみるよ」

「うん。このワンちゃん?あとでナデナデさせてねっ」

そう言ってニッコリ笑うと通りのどこかに走って行ってしまった。

「ボクはワンちゃんじゃないんだけどなぁ」

どこか不満そうな様子の黒炎を促して宿屋の扉へと向かう。

 ギィ

軋むような音を立てて扉を開くと、目の前にはテーブルとイスが並んでいる。しかし、ここは宿屋の宿泊客専用の食事処のようで、落ち着いた様子で食事をしている人がちらほらと座っている。その奥にはカウンターがあり、先程の女の子の父親らしき男性が立っている。受付がそこだと判断したダスク達は、テーブルの間を通ってカウンターの前に立った。

「いらっしゃい。お客さん、一人かい?」

「はい。あと連れがここに」

そう言ってダスクが、男性改め宿屋の主人に指し示したのは、他の宿泊客が食べているスープを物欲しそうな様子で見ている黒炎の姿であった。それを見た宿屋の主人は、少し渋い顔になる。

「う~ん、ウチでは動物はちょっとな~」

「そこをなんとかお願いします」

頼み込んでいるダスクの様子が気になったのか、配膳をしていた女性、おそらく女の子の母親だろう女性が近付いてくる。

「どうしたんだい?あら、このコ綺麗な黒い毛皮だね。艶々して光ってるよ」

自慢の毛を褒められた黒炎は、嬉しそうに尻尾を振る。それを見て笑顔になった女性は黒炎の頭を撫でた。

「いや、このお客さんがその動物と一緒に泊まりたいって言うんだが」

「あら、いいじゃない。身体は綺麗だし、あたしは構わないよ」

「おまえがそう言うならいいか。お客さん、泊まっていきな」

「ありがとうございます。出来れば1階の部屋が良いのですが、空いていますか?」

「ん?空いているよ。かあさん、案内してやんな」

「はいよ。さあ、ついて来て下さいな」

ダスク達を促して先に立って歩いていく女性改め宿屋の女将(おかみ)は、階段の横を通って廊下を進む。行き止まりまで来たところで止まると、扉を示して鍵を渡してくれた。

「はい、これが部屋の鍵。

 荷物を置いたらもう一度カウンターの所に来てくれるかい?宿帳にサインしてもらうからね」

「分かりました。あ、さっきはありがとうございました」

「いいんだよ。困っている時はお互い様さ」

笑顔でそう言う宿屋の女将は満足そうに廊下を戻っていった。それを見送ったダスク達は、扉の鍵を開けて部屋へと入る。部屋にはベッドが一つと窓際にテーブルとイスが1セットあり、全体的に清潔感の有る内装で宿屋の(あるじ)達の人柄が出ているようであった。

「ふぅ、良かったね。ボクのせいで泊まれなかったらどうしようかと思った」

「良い人達だよ。最初のやりとりも悪意のあるものじゃなかった」

「終わり良ければ全て良し、ってやつだね」

「だな」

会話をしながら外していた装備を床が頑丈そうな場所に並べる。動きやすい服装に着替えたダスクは、黒炎に視線を向ける。

「とりあえず戻ろうか」

「うん。美味しそうなスープがあったけど、食べられるのかな?」

「まだ食べるんだ?まあそれは戻った時に聞いてみよう」

「やった、よろしくね」

軽い足取りで廊下へと向かう黒炎を追いかけて扉を開けたダスクは、黒炎を先に通してから出ると、しっかり施錠をしてからカウンターのある方へと向かう。カウンターの前に到着すると、戻ってきていた女の子の声が待っていたかの様に、ダスク達というよりは黒炎を出迎える。

「あっ、ワンちゃんだ」

駆け寄ってきた女の子は黒炎に抱きつくと、艶やかな毛を揉みくちゃにする勢いで撫でる。その勢いに萎縮(いしゅく)したように固まった黒炎は、なすがままに撫でられ続けていた。

「すまんな、お客さん。ウチの子は動物が好きでな」

「いいんですよ。それで宿帳にサインすればいいんですよね」

「ああ、これだ。ここんところにサインしてくれ」

「はい……これでいいですか?」

「おお、ありがとよ。宿代は今もらうけど、食事とかはどうする?」

「あ、お願いします。今食べる物と明日の朝食、両方彼の分ももらえると助かります」

「あいよ、そいつの分は娘に免じてサービスにしとくから、全部合わせてこれくらいだ。

 お~い、かあさんちょっと来てくれ」

料金を払っているところで宿の女将が来ると、娘に揉みくちゃにされる黒炎を見て笑顔になる。

「なんだい?ああ、あんた達か。もちろん食事はするだろ?」

「ああ、おまえが二人分用意してやってくれ」

「よろしくお願いします。あと彼の分は熱々にして下さい」

「熱々でいいのかい?それじゃあそこのテーブルに座って待ってな」

指し示す場所に移動してイスに座ったダスクは、女の子にくっつかれたままヨロヨロとその傍に座る黒炎を見て、内心でご苦労様と伝える。少しして料理を運んできた宿屋の女将はダスク達の前にそれぞれ置くと、未だに黒炎にくっついている娘の頭に手を乗せて撫でる。

「ほら、ワンちゃんもご飯食べるんだからそのへんにして部屋に戻っていなさい」

「えぇ~、まだいっしょにいたいよ~」

「お前もご飯の邪魔をされたら嫌だろ?ワンちゃんに嫌われてもいいのかい?」

「きらわれたくないからへやにもどるっ」

「良い子だね。戻ったらすぐ寝れるように歯を磨くんだよ」

「うんっ」

頭を撫でてくれる母親に笑顔を返してから黒炎の頭をもう一度撫でると、走って階段の上に消えていった。宿屋の女将はしょうがないな、という表情で見送ると、すまなそうな顔をダスク達に向ける。

「ごめんなさいね。あたし達が忙しいから構ってやれなくて」

「気にしないで下さい。それじゃあ温かいうちに頂きますね」

「そうしておくれ。このスープはあたしの自慢の料理の一つなんだよ」

笑顔になってそう言った宿屋の女将は、娘と同じ様に黒炎の頭を撫でてから自分の仕事に戻って行った。

「「いただきます」」

周囲に人が居なくなったところで、顔を見合わせて小さな声で言ったダスク達はスープを一口飲む。その瞬間再び顔を見合わせる。両者とも少し驚いた顔をしていた。

「美味しいな」

「おいしいね」

魚介の旨みがふんだんに溶け込んだスープは、あっさりとした味付けであったが今迄食べた事が無い位の美味しさであった。その後は、勢い良く食べ続け、ダスク達は追加料金を払ってお替りまでしてしまった。カップの水を飲んで、お腹を満足そうに押さえたダスクは、黒炎を促して部屋へと向かう。

「ごちそうさまでした。本当に美味しかったです」

「ありがとね。そう言って貰えると嬉しいよ」

途中ですれ違った宿屋の女将とそんな会話をしてから廊下を進み、部屋の鍵を開けると黒炎に続いて部屋に入って施錠をする。そこでふと考えたダスクは、左手で持っていた装備を拾うと、扉の前に立て掛けるようにして置く。それを見ていた黒炎は、同意するような素振りをダスクに見せた。

「何もないとは思うけど、やっておくにこした事はないよね」

「まあ、一応の用心の為だよ。別に宿の人達を疑っているわけじゃない」

「ボク達も知らないことが多いから、経験したことは生かさないとね」

「それじゃあ寝ようか。明日は王都に行く船を捜さないといけないし」

「うん。ひさしぶりの室内なんだからしっかり寝ないともったいないよ」

ダスクは背嚢から毛布を出すと、いつもは上に被っていた物を綺麗に掃除された床に敷いて黒炎の寝床を作る。嬉しそうにその上で黒い毛玉になると、あっという間に眠りに落ちる。その様子を笑顔で見ていたダスクは、ベッドに入って布団を被ると、その暖かさと柔らかさで同じ様にすぐに眠りに落ちていった。


 コンコン、コンコン

カーテンから朝の太陽の光が漏れ、外からは小鳥の鳴く声が聞こえて来る室内に、扉をノックする音が響いてくる。ダスク達はノックの音をうるさがる素振りは見せるが、全く起きる気配が無かった。ノックの主はこれだけじゃ足りないと思ったか、大きな声で起こそうとする。

「お客さ~ん、起きて下さいな。朝食の時間だから、起きてこないと食いっぱぐれるよ」

その言葉に反応した黒炎はゆっくり立ち上がると、大あくびをしてから出来るだけダスクに似せて答える。

「オキマシタ、スグイキマス」

声の様子が変だと感じたが、扉越しだったのでそう聞こえたと思った宿屋の女将は、起きたのが確認できた事に満足したようであった。

「待ってるよ」

その一言残して戻って行った。

「起きてよダスク。ねぇ、起きてったら」

以前の様に絞め殺されそうになる事に用心をして、緊張しながら前足でダスクの顔を押す。しばらくは嫌がって払い除けていたが、繰り返しているうちに目が覚めてきたのだろう、突然目を開けてガシッと黒炎の前足を掴む。何かされるんじゃないかとビクビクしていた黒炎であったが、ダスクはそれが黒炎の足である事に気が付くとあっさりと離してくれたので、ホッと一息吐いていた。

「おはよう。起こしてくれてありがとな」

「うん、おはよ~。女将さんが朝食だって、呼びに来たよ」

「そっか、顔を洗って早く行こう」

そう言ったダスクは、備え付けのタライに水を入れて顔を洗うと、背嚢から出しておいた手拭いで顔を拭く。ついでに手拭いで嫌そうにする黒炎の顔を拭ってから食事処に向かった。食事処には数人の宿泊客が既に来て朝食を食べており、手にしている焼きたてのパンの香りが実に美味しそうである。入ってきたダスク達に気が付いた宿屋の女将が笑顔で近付いてくる。

「おはようさん。あんたさっき声がおかしかったけど大丈夫かい?」

「え?ああ、寝起きはいつも声の調子がおかしいんです。心配させてすみません」

「なんだ、それなら良かった。さあ、席に座りな」

促されて席に座ったダスクは、宿屋の女将が離れて行ったのを確認してから顔をしかめて黒炎を見る。黒炎は笑いたいのをこらえる様に身体を少し震わせていた。

「女将さんにしゃべったのかい?」

「しょうがないじゃん。キミが起きなかったんだから。あのままだと入って来そうだったし」

「むぅ」

声を抑えて話していると、宿屋の女将が朝食を持って来るのに気が付いたので会話を終わらせる。良く見ると、その後ろには宿屋の女将の娘が一緒について来ていた。

「すまないけど、一緒にいいかい?」

「ワンちゃんといっしょにたべるっ」

そう言ってテーブルの端に座っているダスクの正面の席に女の子は座る。身構えていた黒炎であったが、席に座った女の子を見て安心して緊張を解く。

「構いませんよ。食事中に邪魔をしなければ黒炎も怒りませんから」

「ありがとよ。あんたにはパンを、ワンちゃんにはハムをサービスしとく」

「ありがとうございます。それでは頂きますね」

「いただきま~す」

元気良く言って食べ始める娘の様子に笑顔になった宿屋の女将は、自分の仕事をする為に戻って行った。 食事を済ませ、しばらく女の子に撫で回される黒炎を笑顔で見ていたダスクは、気が済んだ女の子が友達と遊びに行くのを見送ってから黒炎と一緒に部屋に戻る。少し食休みを入れてから身支度を整えると、ダスク達は部屋を出てチェックアウトの為にカウンターへと向かった。

「お世話になりました」

「また来てくれ。娘もまた会えるのを楽しみにしてると思う」

「はい。いつかまた近くに来たら寄らせてもらいますね」

「まいど、待ってるぜ」

笑顔で見送ってくれる宿屋の主達に手を振ったダスクと、同じ様に尻尾を振った黒炎は、王都行きの船を捜す為に港へと向かう。港への行き方はチェックアウトの時に宿屋の主人に聞いてあった。教えられた通りに道を辿ると、段々潮の匂いが強くなってくる。

「コレって何の匂いだろう?」

「多分、宿屋の人が言ってた潮の匂いってヤツじゃないかな。海の近くは独特の匂いがするらしい」

「へぇ~、これが海の匂いなんだ。変わってるな~」

周りに人は居なかったが、ダスク達は声を抑えて会話をしていた。しばらく進んだところで急に視界がひらける。そこには朝日を浴びて輝く海面と、海鳥がたくさん止まっている大小様々な船が停泊していた。

「うわっ、これが海なのか。デッカイ水溜りだね」

「話には聞いていたけど、実際に見ると本当に大きいな」

驚きのあまり立ち止まってしまったダスク達は、しばらくそのまま魅せられた様に海を眺める。少なくない時間そうしていたが、ふと当初の目的を思い出したダスク達は少し首を振って気持ちを切り替える。

「さあ、船を捜そうか。うまく王都行きの船が見付かるといいけど」

「ダイジョブ、ダイジョブ。きっと見付かるよ」

それからダスク達は、停泊している船を一つ一つ回って目的地と自分達が乗れるかを聞いていった。回り始めた辺りの船は白く塗装されており、海の青さに映えて美しい光景を見せている。ある程度回ったところで、近くの屋台で飲み物を買うと、人気の無い場所に行って腰を下ろした。日当たりの良い港は気温も高めで潮風もあり、すぐに喉が乾いてくる。ダスク達は美味しそうに飲み物を飲むと、疲れた風に溜息を吐いた。

「なかなか王都行きの船って無いな」

「そうだね。あってもちょっと小さい感じだよ」

「う~ん、この後は大きめの船だけ回ってみようか」

「それがいいかも。全部まわってたら夜になっちゃうよ」

改めて方針を決めたダスク達は大きめの船を選んで回り始める。いくつか回ったところで王都行きの白い中型の船が見付かり、船長とダスクが話している途中で不意に黒炎がダスクの脚を前足でつつく。ダスクは船長に頭を下げて離れると、少し不機嫌そうに小さな声で黒炎に話しかける。

「なんだよ、せっかく船が決まりそうだったのに。何か急ぎの用なのか?」

「うん。ほら、あっちを見て。あっちにキミが乗ってもびくともしなそうな船が並んでるよ」

そう言って前足で指し示す方向を見たダスクの目には、大型の船がいくつも並んでいる光景が見える。その色は、今まであった大多数の白い船とは違い、赤く塗ってあり、とても目立つ様子であった。

「大きいな。確かにあれなら僕が乗っても大丈夫そうだけど、王都に行くのかな?」

「とりあえず聞いてみればいいんじゃない?」

「それもそうか。聞いてみて駄目だったらさっきの船長さんに頼んでみよう」

そう決めたダスク達は、赤い船へと向かう。船に近付いていくと都合良く船長らしき格好をした人が降りてくるのが見える。その人物に駆け寄ってみると、小麦色に日に焼けた肌で今迄あまり見なかった髪や瞳の色をしているのが確認出来た。短く刈った髪の毛は陽の光を受けて輝く銀色をしており、瞳は金色に見える。こちらに気が付いたその人物は、不思議そうな顔で黒でまとめられたかの様なダスク達を見る。

「キミタチはワタシにナニかヨウですか?」

不思議な発音の言葉に躊躇(ちゅうちょ)していたダスクだったが、黒炎が催促する様に脚をつつくのに後押しされて船長らしき人に視線を向ける。

「この船は王都に向かいますか?それと、僕達を乗せてくれますか?」

「オウト?ハイ、いきますヨ。キミタチはオキャクですか。ノルならこれクライひつようデス」

「やった、乗れるんだ!あ、すみません。すぐに乗りたいです」

「まいどデス。スグにシュッコウしますから、アソコのセンインにオカネはらってクダサイ」

そう言うと、船長は甲板に続く階段の近くに居る船員に手を振って合図する。ダスク達は船長にお辞儀をして別れると、船員に代金を払って船に乗り込んだ。船員はこの街でよく見る髪や瞳の色で、言葉も普通の発音で話していた。ちなみに黒炎は大型手荷物(笑)としての料金であった。

 甲板に昇ると意外と高い位置にあり、港が一望出来る。眺めの良さと初めての船に興奮したダスク達は出航するまでそのままの場所で目に飛び込んでくる景色を眺めていた。


 とうとう船に乗り込んだダスクと黒炎は無事に王都に辿り着けるのだろうか。波も穏やかで風も追い風が吹き、滑らかに進む赤い船はこの先の航海の無事を暗示している様で、ダスク達は楽しい気分で遠くなる港町に別れを告げていた。

楽しんで頂けたでしょうか。続きも早く読んで貰えるように頑張ります。

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