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それは黒くて重かった  作者: D.K.B.Y.
第二章
10/45

学院生活は始まりますか?

あけましておめでとうございます。遅くなりましたが、本年度の書初めになります。またいいペースで投稿出来たら良いなと思っていますので、今年も宜しくお願いします。

 港町のシアネントから王都スカルトパシオンまでの船旅と全く同じに順風満帆だった、とは言えないが、それでも順調に船は王都アズレシルエンスへと進んだ。今度は北上する為、風向きが良くなかったが、王様の用意してくれた船の乗組員は腕が良く、船客にはその不都合さがあまり分からなかった。現在船が進んでいるのは、大河アヴァストである。大河アヴァストは大陸有数の大河で、大陸東方から流れてきて王都アズレシルエンスの港に面し、そこから遥か遠くの海へと流れていく川で、通れるのは今乗っている中型の船までである。甲板では一人の少年と一匹の動物が、川風に吹かれながら周囲の風景を眺めている。少年の名前はダスク・ウォール、ボサボサの黒髪と優しそうな黒瞳の小柄だが引き締まった身体を持つ十代半ば位の少年で、船室に置いてあるが、くすんだ黒色の全身鎧と同素材の巨大な盾と大剣を纏って軽々動けるツワモノである。動物の名前は黒炎、ピンと立った三角の耳と狐の様に大きな尻尾を持つ艶やかな黒色の毛皮の四足の獣で、最も特徴的なルビーの様に紅く輝く瞳で楽しそうに川面に流れる様々な物を眺めている。

「けっこう涼しくなってきたね」

「うん、スカルトパシオンと比べると涼しいな。

 でも僕達がぐずぐずしてた間に冬から春に変わったから、これから暖かくなってくるんじゃないかな」

「そうだね。悪い事ばっかりでもなかったのかな」

笑いながら話すダスク達は、大きな回り道をしてしまい、故郷の村を出てから3ヶ月以上もかかってやっと目的地へと近付いてきていた。豪雪地帯の故郷から雪を避けて冬に入る前に出発したが、紆余曲折の末、春に入る今になってしまったのである。

「明日には王都、いやアズレシルエンスって言った方が良いか。王都って言うと間違えてそうで怖いし。

 アズレシルエンスに到着するみたいだから、考えていたよりも遅くなったけど良かったよ」

「そうだね。アズレシルエンスには美味しいもの一杯あるかな?」

「黒炎はそればっかりだな。でも王都なんだから色々有るんじゃないかな」

「楽しみだな~。早く着かないかな」

「明日にならないと到着しないよ。今日は早めに食事を摂って、早く寝よう」

「りょ~かい。王様の用意してくれた船だから料理が美味しいのがいいよね」

「そうだな。それにも感謝したい気分だよ」

そんな会話をしながら船室へと戻るダスク達は、見送られる様に背中を傾いた陽に赤く照らされていた。


 ボォォォォォ

船が港に到着する合図の法螺貝の音が響き、まだ寝ていたダスク達は慌てて船を降りる準備をする。王都の全貌を見たかったが、起きるのが遅くなったので少しでも離れている位置から見たかったダスク達は、急いで甲板に向かった。王都アズレシルエンスは平地に造られているので、既に現在地では全貌が窺えなくなっている。造りとしては、周囲を黒い石の城壁に囲まれ、建物は同じ色の石を使って造られたり、同じ石の土台の上にしっかりとした造りの木造の家が建てられている。街道から続く中央通りは東から西に、丁度王都を南北に分ける様に走り、南には今向かっている港が、北には白い石のみで造られた城が建てられている。スカルトパシオンの色彩溢れるモノとは真逆の、質実剛健な落ち着いた雰囲気を醸し出していた。

「アズレシルエンスって白黒だね。スカルトパシオンと比べると、なんか見た目が暗いな~」

「そうかもしれないけど、僕は帰ってきたな~って思うよ」

「そうだね。確かにこっちの方が懐かしい感じがする」

「やっぱり王都だからって、スカルトパシオンほど変わらないって事だ」

「うん。ボク達って王都だからって、スゴク変わるのがあたりまえだと思っちゃったからね」

「今思うと、田舎者丸出しで恥ずかしいな」

「しょうがないよ。だって田舎モノなのはホントなんだから」

苦笑いをするダスクを、楽しそうに尻尾を振りながら黒炎は見ていた。

 ギィィィ

木の軋む様な音と共に港に接舷した船から、船客と荷降ろしの船員が降りていく。ダスク達の為に用意された船なので船客はそれ程多くなく、あっという間に下船が終わったので、顔見知りになっていた船員に挨拶をしてダスク達も下船をする。周囲はスカルトパシオンに勝るとも劣らない賑わいを見せていた。歩いている人の服装はダスクが普段から着ているモノとほとんど変わらないが、ダスク自身は完全装備をしているので物凄く目立っている。立ち止まっていると益々悪目立ちしてしまうので、肩に黒炎を載せて朝食を摂れる場所を探す為に、港と繋がっている市場の有る場所へと向かった。ここは海が遠いせいか魚介類は川のモノが多く種類が少ない一方、肉や野菜の種類が豊富なのでそれらを利用した料理が多いようだった。座って食べる場所を用意してある屋台で、焼きたてのパンと肉と野菜のシチューを二人分買ったダスク達は、空いている席に座ってさっそく食べる。

「美味しいね。こっちはパンが固めだけど、それとシチューの相性が良くて本当に合ってるよ」

「うん。肉が柔らかくて野菜の甘みが良く出てる」

「あっちのピリ辛とか素材そのままの味を楽しむ料理もいいけど、ここの深みの有る味付けもいいね」

「その場所に合った味付けが、そこで食べるには一番美味しい味付けなんだろうな」

小さな声で料理について話すダスク達は、ここの料理も美味しく食べられる事が分かって、この先長く生活するだろう王都が歓迎してくれている様に感じて嬉しくなる。お替りも綺麗に平らげ、機嫌も良くなり足取りも軽くなったので、その足でさっそく学院を探す事にした。

「ここも広いけど、どうやって探すんだい?」

「それが問題か。う~ん、城に行ってみようか?城の人なら何か知ってるんじゃないかな」

「そうしよっか。それでダメならまた考えようよ」

「うん。ここでも城は大きいから分かりやすくていいな」

建物の上に見えている城は、周りとは違う白一色なので見失う事もない。まずは中央通りに出る為に、再び肩に黒炎を載せると、混みあう路地を北の方へと歩き出す。どこの王都も同じ位人が居るらしく、スカルトパシオンで驚いたのと変わらない人の多さだった。しばらく歩くと中央通りと交わる場所に出る。通りの両側には、やはり多くの商店や、屋台等があり、それらを目的とした人々がたくさん行き交っている。通りには荷車や馬車が走り、物や人が多く集まる街道らしい光景を見せている。港から歩いて来た路地はそのまま城へと続いているらしく、真っ直ぐ進んだ先に城が大きく見えていた。ダスク達は中央通りを渡り、屋台や露店をのぞきながら進んでいるうちに、城のすぐ近くまで来ていた。この辺りはそれ程人通りが多くないので、黒炎を地面に降ろして城前の広場に入る。近くで見る城は周囲を水を満たした堀で囲まれており、今見ている南側にある正門だけが出入り口のようで、跳ね橋でこちらと繋がっている。大きな鉄の扉には金の飾り模様が全体に施されており、ダスクは視線を強く惹きつけらてしまう。動かなくなったダスクに、黒炎は脚を前足で叩いて催促し、ハッとしたダスクは首を振って気を逸らしつつ正門近くに居る衛兵へと近付いて行った。

「止まれっ!」

近付いてきた黒ずくめのダスク達に驚いた衛兵が、不審者に対する様に制止の声を上げる。驚かせてしまったと理解したダスクは、兜を脱いで少年らしい顔を見せて笑顔になる。十代半ばの少年で、危険そうには見えない相手に、衛兵は硬くなっていた表情をゆるめた。

「城に何か用事かい?残念だけど、突然来ても入れる訳にはいかないんだよ」

「あ、違うんです。ちょっと聞きたい事があって、ここに居る人なら分かるかなと」

「そうなのか。とりあえず言ってみな?知っていれば教えてあげるよ」

「ありがとうございます。

 僕達、この街に有る学院を探して来たのですが、どこに有るか分かりませんか?」

「学院か……そこは何を専門にしてるんだい?」

「えっと、戦闘職を育てているって学院長さんが言ってました」

「学院長と知り合いなのはスゴイな。戦闘職……ああ、あそこか、オルフィエルド学院」

「オルフィエルド学院……お願いします、場所を教えてください」

「ああ、いいよ。ここから東、ほら、あそこに塔が見えるだろ?あそこがそうだよ」

衛兵の示す方向に視線を向けると、言った通りに塔が建っているのが見える。その近辺には他に高い建物や塔が無いようなので、道に迷う事は無いだろうと、ダスク達は安堵の息を吐く。

「ありがとうございます。すぐに行ってみます」

お辞儀をして走り出したダスク達は、あっという間に衛兵の視界から見えなくなってしまう。

「そういえば学院って、もう始まってる時期じゃなかったっけ」

その言葉は、ダスク達には届かずに、アズレシルエンスの空に消えていった。

 道が混んで来たので黒炎を再び肩に載せたダスクは、人波をどうにかすり抜けながらわずかに見える塔の先端を目指して走る。しばらく走っているうちに、次第に周囲から人の姿が減っていき、商店や露店の類も視界から消えていった。途中から降りて走っていた黒炎も疑問に思ったらしく、走りながらダスクの顔を見る。

「ねえ、人もそうだけど、店とかが全然無くなっちゃったよ」

「うん。僕もさっきからどうしたんだろうって思ってた」

周囲に見えてきた建物はどれも大きく、金属の柵で視線の遥か先まで囲まれている。どこまで続くのかと思いながら、塔を敷地に含む建物の入口を目指して走っていると、ようやく柵の途切れた場所へと辿り着いた。そこには立派な石造りの門があり、守衛と思われる人間が脇に立っており、門柱にはめられたプレートには確かにオルフィエルド学院と記されている。やっと目的の場所に来れたダスク達は、笑顔と尻尾で嬉しさを表しながら、籠手に包まれた拳と前足を触れ合わせる。

「やっと着いたな。本当に長かった」

「やったね。とうとう始まるんだな~」

「うん。始まる」

門の近くで話をするダスク達は、黒ずくめな事もあり、守衛の目には怪しい人間に見えるようで、いつの間にか人数が増えており、その中の一人が用心深く歩いて近付いてくる。ダスク達は、辿り着いた嬉しさで周りが見えておらず、すぐ近くに来ても気が付かなかった。

「おい、そこで何をしているんだ?」

「え?あ、すみません。嬉しくてつい……」

「は?」

「いえ、何でも無いです。……えっと、僕達この学院に用がありまして」

そう言いつつ走りながら被り直していた兜を再び脱いだダスクは、怪しい者ではないと弁解する様に笑みを顔に浮かべる。

「用?この学院に何の用事があるんだ?

 入学には少し次期が遅いし、見たところ普通の家の子供の様だが……」

無害そうな顔のダスクに、安心したように他の守衛に戻っていいと身振りで示してから、ダスクの用事がどのようなモノか考えつつ、黒炎を連れたダスクを不思議そうに見る。

「そう、それです。入学する為に故郷の村から出てきたんです。お願いします、通して下さい」

「それは出来ない。毎年君の様な人間がたくさん来るけど、ここは貴族とかのお偉いさんとか軍関係の家の子女が通う学院だから、いきなり来たって簡単に入れる所じゃないんだ」

「えぇっ!そんな事言わずにお願いしますよ」

「駄目だ。お偉いさんの紹介とかが有るならまだしも……ほら、帰った帰った」

「「あっ!!」」

守衛のその言葉にハッとしたダスク達は、学院長からの紹介状の存在を思い出す。黒炎も思わず声を出してしまったが気が付かなかったか気のせいと思ったらしく、守衛はそのまま追い払うように手を動かしてくる。ダスクは慌てて背嚢を降ろして中身をあさるが、しばらく出していなかったので奥の方に入ってしまい、なかなか出てこなかった。ようやく取り出した時には、守衛は門の側の元の位置に戻ってしまっていた。紹介状を持って近付くダスクに、しつこいと思ったらしく、守衛はしかめた顔を向けてくる。

「しつこいぞ、駄目なモノは駄目なんだ。さっさと帰らないと力づくになるぞ」

「ちょっと待ってください。守衛さんの言葉で思い出したんです。これを見て下さい」

「ん?何だ?そんじょそこらの人間に紹介されてもな……」

そう言いながらダスクから紹介状を受け取った守衛は、表の『紹介状』の記載を見てから裏の紹介者の署名を確認する。守衛の顔は疑問から驚きへとすぐに変化していった。

「こ、これは!?ちょっと待ってろ。すぐに確認してくる」

慌てた様にもう一人の守衛に後を任せて学院内に走っていってしまう。任されたもう一人の守衛も突然の事に、驚いた様な顔で見送っていた。その様子を見て少し安心したダスク達は、門から見える場所で周囲の光景を眺める。オルフィエルド学院の道を挟んだ反対側は、どうやら違う学院もしくは施設の敷地のようで、少し離れた場所にここと同じ様な門が構えられており、守衛の人間が直立不動で立っているのが見えた。どうやらこの近辺は学院等の施設がまとまって建てられており、普通の商店や露店等が無かったのはそのせいらしかった。しばらく人の通らない路地をボケッと眺めていると、学院へと駆け込んで行った守衛が新たな人物と共に戻ってくる。その人物は、長い金髪を結って頭上にまとめ、ピシッとした服を着た大人の女性で、鋭い碧瞳は眼鏡ごしにダスク達の方をまるで睨む様に見ていた。

「紹介状を持ってきたのは貴方ですか?」

「は、はい。僕達、あの、ノースアタロスから来ました」

気圧された様に答えたダスクと、そのダスクの影に隠れて尻尾を力無く垂らした黒炎の様子にも、その女性の表情はピクリとも動かない。

「分かりました。私について来て下さい」

「あ、あの、あなたは……」

問いかけるダスクの声が聞こえていないかの様に踵を返した女性は、そのままズンズンと学院の中へと戻っていく。呆気にとられたダスク達であったが、見えなくなりそうになった背中に、慌ててその後を追いかける。建物の内部は、スカルトパシオンの城程ではないとはいえ、充分立派な造りで掃除も行き届いて綺麗なものであった。カツカツと音を立てて歩く案内の女性は、背もピンと伸ばされており、いかにも有能そうな雰囲気を醸し出している。その後ろを歩きながら、ふと視線をすれ違う部屋へと向けると、男女それぞれに揃えた服を着ているダスクと同じ年代の少年少女が、黒い板の前に居る大人の話を真剣に聞いているのがガラス越しに見えた。何かを見ているダスクの様子に、そのままでは見えない黒炎は、何度も跳躍した後にダスクの肩へと駆け上る。突然の事であったが、ダスクは少しもグラつかずに歩き、黒炎は同じ光景を見ながら少し楽しそうに尻尾を振る。動物が窓の高さで廊下を進んで行く様子は、通り過ぎた部屋の人間の注意を随分惹いたようで、余所見をしていた少年少女が大人から怒られる光景が続出した。その場面は何も知らないダスク達には伝わる事も無く、視界から完全にダスク達の姿が消えるまでジッと見ていた人間が居た事にも気が付かなかった。

 しばらく案内の女性について行った後、大きな両開きの扉の前で女性は立ち止まる。扉の両脇には銀色の全身鎧が飾られており、黙っている女性を含めての威圧感は凄いモノがあった。案内の女性は扉をノックして中の人物に声を掛ける。

「お連れしました。入っても宜しいでしょうか?」

「どうぞ」

室内からの了承の声は、確かに聞き覚えのある声だとダスク達は思い、数年ぶりの再会に軽く緊張感が湧いてくる。開かれた扉から案内の女性に続いて室内へと入ったダスク達の視線の先には、大きな机を挟んで窓を背にするように立派な椅子に座っている人物の姿があった。ダスク達の位置からは逆光で顔は判別できないが、小さい頃に見た学院長と変わらない背格好と雰囲気を感じた。

「案内ご苦労だったね」

「いえ、仕事ですから」

学院長から苦笑した気配が伝わってくる。案内の女性が部屋の壁際にある机に移動して自分の仕事を始めると、学院長は立ち上がり机をまわってダスク達の目の前へと歩いてくる。その顔は少し年齢を重ねていたが、確かにあの時の学院長その人であった。学院長は白髪交じりの黒髪に知性の高さが窺える碧瞳の50代後半から60代位の男性で、ガッシリとした体格の上から黒で揃えた服に加えて学院長を表す黒のマントを纏っている。学院長はダスクの肩に手を置くと、以前と変わらぬ笑顔をダスク達に見せてくれる。

「よく来たね。随分と立派になったな」

「ありがとうございます。でも、まだまだですよ」

その言葉に頷いた学院長は、まだ黙ったままの黒炎の顔を見る。その視線に、黒炎は案内をしてくれた女性へと顔を向ける。その仕草に何が言いたいかが分かったらしく、学院長は同じ様に女性へと視線を向けた。

「あ~、セシリアくん?今からここで起きる事は他言無用でよろしく」

「畏まりました。他に何かありますか?」

「いや、無いよ。ありがとう」

その言葉に一礼したセシリアと呼ばれた女性は、再び視線を手元に落として自分の仕事へ戻る。

「これで大丈夫。ようやく君の声が聞けるな」

「その前に、学院長、あのヒトは何者なのですか?」

「ああ、私の秘書みたいな事をしてもらってる」

「なるほど。話の腰を折ってすみません」

「いやいや、気になるのもしょうがないさ」

「そろそろいいかい?」

黒炎の子供の様に高い声に、セシリアは一瞬ピクリと反応するが、すぐに何事も無かった様に戻ったので、その変化には誰も気が付かなかった。

 痺れを切らした様に声を掛けてきた黒炎に、笑みを浮かべた学院長は嬉しそうにその顔を見ながら何度も頷く。

「うむうむ、ようやく君の声を聞く事が出来たね。待った甲斐があるというものだ」

「ボクの声が聞けるとそんなに嬉しいもんかな~。それにしても、学院長のおっちゃん老けたね」

「こらっ、黒炎、思っていてもそういう事は言っちゃ駄目だろ」

「はっはっは、君達は似た者同士だな。同じ事を考えていたらしい」

「あはは、当然だよ。ボク達いつも一緒にいるからね」

「あ、すみません、つい。でも、相変わらずお元気そうですね」

「ああ、あの時は危なかったが、まだまだ若い奴には負けんよ」

「若い奴とか言ってるから年寄りあつかいされるんじゃないのかな」

「はっはっは、痛い所を突かれたな。こりゃ、参った」

闊達そうな笑みを浮かべる学院長と一緒に笑い合うダスク達は、久しぶりに会うにも関わらず、変わらぬ親しさを感じているようで、周囲に誰かが居たとしても久しぶりに会ったようには見えなかっただろう。

「そういえば、君達がここに来る時期が少し遅かったけど、何かあったのかい?」

「あ、ええと……」

「ここに来るまでにイロイロあったんだ。ちょっと回り道になっちゃって、遅くなったんだよ」

ダスクが口籠もっている内に、黒炎がとても簡単に説明を終える。本当に色々な事があったが、それを少しも感じさせない気軽な口調であった。

「そうか、まあ気が向いたら追々話を聞かせてくれ。

 それよりも、ダスク君はこの学院で学びたくて来たという事でいいかね?」

「はい、もちろんです。

 あれから自分なりに鍛えてきたので、更に上を目指す為にここで色々な事を学びたいです」

「よかろう。君の入学を認めよう。日々精進して己を高めていってくれる事を望む」

「はい、ありがとうございます。誰かを護れる強さを、きっと身に付けます」

「よかったね。ボクも協力するから、一緒にがんばろう」

頷きつつ笑みを浮かべてダスク達を見ていた学院長であったが、表情を真面目なモノに変えて悩むような仕草をした後に、セシリアの方を見る。

「セシリアくん、もう新学期は始まっていたね?」

「はい。ちょうど一週間が過ぎていますね」

「この場合はどうしたらいいかね?」

「丁度良いので、一週間分の補習を明日明後日の週末の休みにまとめて行うのが宜しいかと」

「なるほど、実技はひとまずやらなくても大丈夫そうだからな。君達はそれでもいいかい?」

「はい。僕達の為にわざわざすみません。よろしくお願いします」

「ところで、ボクはダスクが補習っていうのを受けている時になにをしていればいいのかな?」

「セシリアくん、授業中に教室に居るのは駄目かい?」

「もちろん許可出来ません」

「むぅ、それならここに来て私と話でもしてればいいか。黒炎君、それとセシリアくんも良いかな?」

「私は構いません」

「いいよ~。ボクも勉強してるよりはその方がいいや」

「ありがとうございます。なんか悪いな黒炎、待たせちゃう事になるから」

「いいって。ボクは相棒として、キミに協力する為に来たんだから」

「ありがとな、相棒。頼りにしてるよ」

その様子を微笑ましそうに見ていた学院長は、また何かを思い出した様に悩んだ顔になってセシリアの顔を見る。

「そういえば、この学院の学生寮はペット禁止だったと思うのだが?」

「はい。その通りでございます」

「特例として認める事は……出来そうもないね」

「御理解感謝致します」

「さて、どうするか……」

学院長の考える様子に、一緒に暮らすのが当たり前なダスク達は不安そうな顔になってくる。駄目なら共に暮らせる場所を探しに行こうと、顔を見合わせて目で意思の疎通をしていた。長く考えている学院長の様子を見て、ダスクが自分達で住む場所を探しに行くと言おうとしたところで、表情を明るくした学院長がセシリアの顔を見る。

「あそこはどうだろう?ちょっとばかしボロいが住めない事は無いと思うが」

「あそこですか……近々解体しようと考えていた場所ですね。

 確かにこの子達が卒業するまでなら大丈夫だとは思います」

「そうか、だったらあそこを丸ごと使って貰う事にしよう」

その言葉にダスク達は嬉しそうな顔や尻尾の振りになり、感謝の顔を学院長へと向ける。それに学院長もまた、嬉しそうな顔で応えて頷く。

「あそこを使うのは君達で最後だから好きに使ってもらって構わんよ。

 自分達の住み易い場所に変えてしまって良い」

「色々お世話になってしまって、ありがとうございます。明日からの勉強を更に頑張ります」

「ありがと~、学院長のおっちゃん。ダスクと一緒に住めるから安心したよ」

「はっはっは、気にするな。命を救ってもらった事に比べれば大したこと無いさ。

 セシリアくん、ダスク君達を案内してやってくれ。ついでに明日からの説明等よろしく」

「畏まりました。それでは君達は私についてきて下さい」

「はい。よろしくお願いします」

「おっけ~。よろしく、セシリア」

黒炎の言葉に再びピクリとしたセシリアは、固まってしまったかのように動かなくなるが、ダスク達の怪訝そうな表情に気付いて何事も無かったかのように先導するように扉へと動き出す。不思議そうに顔を見合わせていたダスクと黒炎だったが、扉を開いて待っているセシリアに、慌てて駆け寄っていった。

 パタン

閉まった扉の方へとヤレヤレといった風情で視線を向けていた学院長は、誰に聞かせるともなしにポツリと呟く。

「セシリアくんも体面を保つ事に拘ってるからな。彼等の前なら気にする事も無いんだが……」

その言葉を最後にダスク達から意識を逸らした学院長は、自分の立派な机に座って積まれた書類へと視線を向け溜息を一つ吐くと、一番上のモノを手に取って内容を(あらた)め始めた。

 学院長室を出たダスク達は、セシリアの案内で入口とは逆の方向へと向かっていた。窓の外に見える建物の壁は陰になっており、どうやら建物の北側へと進んでいるようである。しばらく歩くと、窓の外には学院の敷地の周りを囲む塀の鉄柵が見えてくる。塀は王都の城壁まで繋がっており、この学院が王都の東端に位置しているのが分かった。突き当たりにあった扉を抜けると、寂れた雰囲気の場所に出る。こちらの方へはあまり人が来ないらしく、雑草が伸びて行く手を阻んでいるかのように感じる。セシリアは気にする事もなく足を踏み出しズンズンと進んで行く。ダスク達は遅れないように足を速めてその後を追いかけて行った。建物の角を曲がった所で視線の先に一つの建物が見えてくる。今まで居た校舎は石と木材をふんだんに使った頑丈そうな造りをしていたが、その建物は土台に少し石を使っている以外は木造の、築数十年と思われるボロボロの外観をしている。迷わずそこへと向かったセシリアは、入口の扉を古く太い金属製の鍵で開錠すると、その鍵をダスクへと差し出した。無言のままのセシリアからダスクが鍵を受け取ると、何も言わずに扉を開いて中へと入っていく。それに続いてダスク達はこれから自分達が住む場所になる建物へと入っていった。建物の中は閉められた古いカーテンで薄暗く、ダスク達が入った事により舞い上がった床に積もっていた埃によって益々見通しが悪くなってくる。セシリアは口にハンカチを当てており、黒炎は埃が足に付くのを嫌そうにソロソロと歩いていた。少し室内を見回して現状を確認していたセシリアは、一つ頷くとダスク達の方へと向き直る。

「以前に確認した状態と変わりありませんね。ここがこれから貴方達が暮らす場所です。

 見ての通り、しばらく使用されていなかったので掃除や修繕が必要かと思います。

 必要な物があれば私に言って貰えれば可能な限り用意します」

「ありがとうございます。とりあえず掃除用具と工具と補修材をお願いします」

「分かりました、手配しておきます。

 それで明日からの事ですが、学院の始まりは学院中央塔の鐘が鳴るので分かると思います。

 本鈴の前に予鈴が鳴りますので、予鈴が鳴ったら本鈴までに教室に入っていて下さい。

 通常は各教室に入っておくのですが、明日からの補習に関してはまず学院長室に来て下さい。

 そこから補習に使う教室へと案内します」

「へ~、あそこには鐘があるんだね。見に行ってもいいのかな?」

「あそこは立ち入り禁止です」

「そっか、残念だな~。見てみたかったけどしょうがないか」

残念そうにしている黒炎の様子に、少し考えていたセシリアは微かに笑みを浮かべて黒炎の顔を見る。

「明日ダスクくんが補習中に案内してあげます。特別ですから他言無用にお願いします」

「やった、ありがと、セシリア」

その言葉に優しそうな表情になったセシリアは黒炎の頭を撫でる。気持ち良さそうにしている黒炎を嬉しそうに見ていたが、ダスクの意外そうな顔に気付いて慌てて先程までのキリッとした表情に戻った。

「コホン、基本的に学院では制服を着用してもらいます。

 先程の物と一緒に手配しますので校舎に来る時には忘れないように」

「分かりました。ところで勉強する時に必要な物は何かありますか?」

「筆記用具を含めて明日用意しておきますので、貴方はそれらを入れる鞄だけ持参して下さい」

「はい、ありがとうございます。ところで食事とかはどうすればいいですか?」

「貴方は自分で料理をやりますか?」

「材料さえあれば簡単な物なら出来ますよ」

「そうですか……ちょっと待ってて下さい」

そう言ってセシリアは奥へと入って行き、少しして戻ってくると安心した様に頷く。

「冷蔵庫の冷気の魔法はまだ大丈夫だったから、そこに食材を入れておけばいいです。

 入口の守衛には伝えておきますので、買い物に行く時には自由に出入り出来るようにしておきます」

「消耗品とかを買っておきたいと思っていたので助かります」

「これくらいでしょうか。また何か有れば私に言って下さい」

その言葉に少し考えたダスクは、笑顔になってセシリアの顔を見る。

「セシリアさん、黒炎の事を気に入ってくれたなら気にせず相手してやって下さい。

 僕もその方が嬉しいです。家族に優しくしてくれるのは大歓迎ですから」

「あれはっ……ふぅ、言い訳してもしょうがないですね。

 私ってかなり動物が好きなの。他に見ている人が居ない時は遠慮しない事にするわ。

 でも、この事は誰にも内緒よ、お願いね」

「はい、言いふらす様な事じゃないですから。これからよろしくお願いします、セシリアさん」

「よろしく~。これから仲良くしてくれると嬉しいよ、セシリア」

「ええ、よろしくね。それじゃあ手配とかがあるから行くわね」

「はい、ありがとうございました」

「またね~」

最後に微笑んでから顔を引き締めたセシリアを、ダスク達は扉の外まで出て見送る。毅然としたその背中は、先程までの優しげな彼女とは全く別の人間に見えた。その姿が見えなくなるまで見送った後、ダスク達は顔を見合わせる。

「いつも笑ってればいいのに、もったいないな~」

「学院長みたいな偉い人の下で働いてるからシッカリしてないと駄目なんだと思う」

「タイヘンなんだな~、セシリアって」

「そうだな。あんまり迷惑かけないようにしないと」

「ボクはいつも通りにしてればいいや」

「あはは、黒炎らしいな」

楽しそうに尻尾を振る黒炎を、ダスクは苦笑いしながら見ていたが、今日中にやる事が山積みなので、表情を引き締めて自らの頬をパチリと叩く。

「さて、やる事が多いからサクサク動かないとな」

「そうだね。このままじゃ寝る場所もないよ」

その言葉に頷いたダスクは、動き易くする為に鎧等の装備を全て外して入口の扉が閉まってしまわない様に置く。荷物からボロくなった手拭いを出していると、セシリアの手配で用務員の男性が荷物を持ってきてくれる。荷物の説明を受けてお礼を言ったダスクが男性を見送っていると、いつの間にか姿の見えなくなっていた黒炎が戻ってきた。

「どこ行ってたんだ?」

「まわりを一周してきた。裏に井戸があったよ。けっこういいウチだね、ここって」

「井戸があるのか。建物は古いけど良い所だな。学院長には感謝しないと」

「学院長のおっちゃんもなかなかやるね」

そう言って建物を見上げたダスク達の視線の先には、一人と一匹が住むには大きい二階建ての家があり、立派な石造りの煙突から分かるしっかりとした暖炉と、冷蔵庫付きの台所の設備も期待出来るので、裏の井戸の事も考えればやりようによっては快適な生活が出来そうである。ダスクは一つ頷くと袖を捲くり、手拭いで鼻と口を覆って後ろで縛る。

「上の部屋から窓を開けて埃を掃き出すから、黒炎は外に居てくれ」

「わかった、がんばって」

その言葉に頷いたダスクは、家の中へと入って行った。少しすると、二階の部屋の窓が開かれモウモウとした埃がそこから溢れ出てくるが、すぐに収まってしまう。何が起きたのかと思っていた黒炎の前に、ダスクが家具を担いで出てくる。

「先に出せる家具は出しちゃわないと駄目だ」

「そっか、そりゃそうだね」

それからは、それが一人でやった事かと信じられないくらいの速さで家具が外へと運び出されていった。重ねず広げて置いた家具を前に、ダスクはハタキを黒炎の前に置く。

「出来るだけでいいから、家具の埃をはたいておいて」

「了解。あんまり期待しないでくれると嬉しいけどね」

「分かってるよ。それじゃ頼んだ」

そう言ったダスクは再び箒ともう一つのハタキを持って家の中へと入っていく。少しすると、再び二階の窓から埃が溢れ出し始める。それを見てからハタキを口にくわえた黒炎は、のんびりとした動作で家具の埃を払い始めた。

 埃を掃き出し終えたダスクは、空気の入れ替えの為に全ての窓と扉を開けたままにして、井戸から汲んできた水で一番奥の二階の床からブラシをかけ始め、しばらく経った今では一階の一番出口に近い床をブラシで擦っていた。部屋を往復している途中に出入り口の近くで一息吐いていたダスクは、何かを言いたげな様子で近寄ってきた黒炎の顔へ視線を向ける。

「むぐもぐむぐぅ」

「何言ってるか分からないよ、黒炎」

「ぷはっ、お腹空いたねって言ったんだよ」

口からハタキを落とした黒炎は、尻尾を力なく垂らしてダスクの顔を見る。その様子を苦笑しながら見たダスクは、自分の腹の辺りを押さえて頷く。

「確かに朝食を食べてから時間経ってるからな。さてどうしよう」

「床が乾くまで時間かかりそうだから食べに行ってもいいんじゃないかな」

「戸締りしなくてもいいのかな?盗っていくような物は無さそうだけど」

どうしようか悩むダスクを見て、気にせず行こうと促す黒炎であったが、すぐに何かに気が付いたように鼻をピクリと動かして校舎の方へと顔を向ける。それに気が付いたダスクは、同じ方向へと視線を向けると、その先から掃除の前に別れた人物が戻ってくるのが見えた。

「掃除は……順調のようですね」

そう言いながら、短時間でほとんどの家具を外に出して掃除をしているダスクを、少し呆れた様に見る。

「はい。おおまかな所はだいたい出来ました。

 後は細かい所とか仕上げをして、それから修繕する場所を順次やっていく感じです。

 ところで、セシリアさんは何か言い忘れた事でも?」

「いいえ。貴方達は掃除に集中してると思いましたし、ここからだと買いに行くのは時間がかかりますから、勝手ではありますがコレを用意させて頂きました」

セシリアが少し持ち上げた包みに、黒炎は敏感に反応して尻尾を嬉しそうに振り、ダスクは何だろうと包みをジッと見る。ダスク達のそれぞれの反応に、微かに笑みを浮かべたセシリアは、包みをダスクの前に差し出す。

「昼食です。簡単な物ですが、作ってきましたので食べて下さい」

「ありがとうございます。丁度どうしようかって、黒炎と話していたところなんです」

「ありがと~、セシリア。お腹空いてたから嬉しいよ」

ダスクの出した手の上に昼食の包みを置いたセシリアは、黒炎の傍らにしゃがんで撫でながらその艶やかな毛の感触を楽しんでいるのが、表情ではなく彼女の丁寧な手付きから分かった。

「助かりました。濡れた床を乾かしたり、空気の入れ替えをまだ続けたかったので。

 この場所が戸締りをしないでも大丈夫か分からなかったので動くに動けませんでした」

「はふぅ、撫で方にも人柄が出るのかな~。

 掃除が終わるまで動けなかっただろうから、セシリアのおかげで飢えなくて済んだよ」

目を細めてセシリアのなすがままになっている黒炎は、傍から見ても気持ち良さそうに見えた。

「今回だけです。私は料理が得意な方ではありませんから、あまり期待しないで下さいね」

気が済むまで撫でれたのだろう、来た時よりも機嫌が良さそうな雰囲気で立ち上がったセシリアは、その言葉を残して再び校舎へと戻っていった。見えなくなるまで見送っていたダスク達は、運び出した家具の中でテーブルとイスを濡らした手拭いで綺麗に拭いてから、さっそくセシリアが持ってきてくれた昼食の包みを開く。中からは二人分以上の量の、焼いたパンに焼いた鶏肉や玉子焼きや生野菜をはさんだサンドパンが出てきた。シンプルだが美味しそうな昼食に、ダスク達は感謝の気持ちが更に湧いてくる。心の中で感謝を伝えながら、ダスクは飲み水用に改めて井戸から水を汲んできて自分と黒炎の分を分けて置く。

「早く食べようよ。早く、早くっ」

「そんなに焦らなくても、食事は逃げないって」

「食事は逃げなくても、味は逃げていっちゃうんだよ」

説得力の有る様な黒炎の言葉に続ける言葉を無くしたダスクは、苦笑しながら黒炎用の皿にサンドパンを分けて目の前に置いてやる。待ちきれなかったようにすぐに食べ始めた黒炎の様子に、もう少し味わって食べた方がいいんじゃないかと思ったが、食事は本人が美味しいと思えるのが一番だと、気にせず自分の食事をする事に決めたダスクは、ゆっくりと味わって食べ始める。セシリアは料理が苦手みたいに言っていたが、シンプルな味付けで充分美味しいと言える出来栄えであった。

「美味しかった。意外だけど、なかなかやるね、セシリア」

「作ってくれた人に対してそんな風に言っちゃ駄目だろ」

「ん?ほめてるんだよ。ホントの事だからいいじゃん」

「む、まあそうだけど。言い方というか……まあいいや」

「ふふん、でしょ?お腹もふくれたし、暗くなる前に出来る事はやっちゃおうよ」

「そうだな。セシリアさんの御厚意に報いる為にもサクサクやろうか」

手早く食事の片付けを終わらせたダスクは、黒炎が埃を払った家具を濡れた手拭いで拭き始める。黒炎には家の中を歩き回ってもらい、修繕の必要な場所を見付けておくように頼んであった。何度か井戸と往復し、桶の水を換えながら家具拭きを終えた頃、家の中を見回っていた黒炎も戻ってくると、ダスクの作業が終わっているのを確認して側に来る。

「こっちも終わったみたいだね。キミに言われてたコトだけど、最優先はやっぱり火を使う所だね。

 その次は屋根かな。ところどころ光の漏れている場所があったよ」

「そっか、ありがと。今言った場所から直していくよ。黒炎は引き続き見回っててくれ」

「りょ~かい。いちおう言っておくよ。屋根の修理は気を付けてね。キミならダイジョブだろうけど」

「うん。二階建てだから落ちたらちょっと危ないからな。気を付けるよ」

そう言ってとりあえずの修繕用具を持ったダスクは、自分でも確認してみようと黒炎と入れ違いで家へと入る。火を使う暖炉や(かまど)を見て回り、必要な物を外に取りに戻ってから作業を開始した。見て分かるような所は岩と粘土で直し、木槌で軽く叩いて補強が必要だと分かった場所は隙間に粘土を入れていく。乾かして火を使えば硬くなり、しばらくは騙し騙し使っていけるようになる。とりあえずの修繕が終わったダスクは、ロープの端に必要な物を括り付け、反対の端を腰に結ぶと、外壁の凹凸(おうとつ)を利用してまるで猿の様にスルスルと屋根の上まで登って行き、あっさりと屋根の上に出ると、ロープを手繰り寄せてから屋根の修繕を始める。黒炎の指摘していた場所は、上から見ても分かる位に破損していたので、迷う事無く駄目になっていた所を交換する事が出来た。他にも気になった所を修繕したダスクは、荷物を下ろしてからまるで飛び降りるかのような速さで地上に降りる。そこには待っていたかのように黒炎が座っていた。

「他に直した方がいいのは床かな~、あちこち音が気になる場所があったから歩いてみてよ。

 特に気になったのは二階だね」

「了解。床の修繕が終わったら、窓とか壁を拭いたりして、家具を入れ直したら終了かな。

 家全部の修繕と掃除はさすがにくたびれた」

「もうちょっとだから、ファイト~!!

 終わったら少し休んで買い物行こうよ。目的地に着いたお祝いに美味しい物でも食べよう」

「ははは、そうしよう。早く終わるように頑張るよ」

そこから宣言した通りに作業を終わらす頃には辺りは暗くなり、校舎や今日からの我が家は夕陽に照らされて赤く染まっている。今日の作業はこれくらいで、最後に防水作用のある塗料や防火作用のある塗料を塗って最終的な作業の完了とするつもりであった。井戸の水と手拭いで汗を拭ってから着替えたダスクは、戸締りを確認してから外に出て玄関に施錠すると、待っていた黒炎と共に学院の外へと向かう。来る時に通ってきた校舎内への扉は、時間が遅いので施錠がされており、とりあえず外側を通って行く事にした。今後も遅い時間帯に学院を出入りする必要が出てくると思うので道を覚えたい事もあり、学院を囲む柵を辿って門を目指す。広い学院の敷地を少なくない時間をかけて歩き、門が見えてきた時にはダスク達は道を間違えていなかった事にホッと安心し、小走りに門へと近寄っていった。

「すみません、外に出たいのですが良いですか?」

門の側に居た守衛の一人に声を掛けると、分かっているという風にダスクへと頷いてくれる。

「話は聞いているよ。黒髪の学生と黒い犬(?)の連れが来たら自由に出入りさせるようにと」

「ありがとうございます。これから買い物に行くのですが、いつまでに戻ってくればいいですか?」

「基本的には夜には門を閉める事になる。とりあえず一刻半以内に戻ってきてくれ」

「わかりました。出来るだけ早めに帰ってくるようにします」

守衛に一礼をしたダスクと、尻尾を大きく振る黒炎は、門から出て昼間とは逆の方向へと足を進める。今度は戻ってこないと駄目なので、道を覚えながらゆっくりと商店のある中央通りへと向かった。抜け道等は今度探す事にしたダスク達は、広く分かりやすい道を選びながら歩いていると、次第に人の姿を見るようになり、大通りが近い事が分かったので肩に黒炎を載せる。

「最初に食事にした方がいいかな。荷物を持ったままだと邪魔になりそうだし」

「そうしようよ。お腹も空いてるし、その後にゆっくり買い物しよう」

方針を決めたダスク達は、美味しそうな料理を出している店を探して歩き回る。その途中で買い物に使えそうな店をいくつか見付けながら進んでいると、向かっている方向から良い匂いが漂ってくるのに気付いた黒炎が指し示してくる。それに頷いたダスクが匂いの元へと向かうと、そこは様々な腸詰を使った料理を出している店であった。尻尾を振って嬉しそうにしている黒炎を入口で降ろし、店に入ったダスクはカウンターの店主が黒炎の方を見て渋い顔をしているのを内心複雑に思いながら近寄る。

「すみません、食事をしたいのですが良いですか?」

「困るよお客さん。飲食店に動物を連れてきちゃ」

「駄目ですか?おとなしく食事をしますので、お願いします」

「すまないが、勘弁してくれ。衛生面で国から注意されているんだ」

「そうですか。それじゃあ持ち帰れる料理とかってありますか?」

「料理は無いが、腸詰はどれも持ち帰り出来るよ」

その言葉に、残念そうな様子で尻尾を垂らしていた黒炎は、嬉しそうにダスクの顔を見る。それに頷いたダスクは、様々な種類の腸詰を多めに購入する。

「ありがとさん。すこしサービスしといたからな」

「ありがとうございます」

店を出て再び肩に黒炎を載せると、近くの八百屋で野菜を、パン屋でパンを買って夕飯と明日の朝食の分にする。それからは、来る時に見た店で調味料等の消耗品を補充していき、ほぼ揃ったところで人通りの少ない道へと入る。

「これくらいで充分かな。他に何かあったっけ、黒炎?」

「そういえば、薪はどうするの?」

「多少は古い薪が置きっぱなしになってたし、今日の修理で端材が結構出たからしばらくは大丈夫」

「そっか、薪って買うのかな、それとも取りに行くのかな?」

「どうなんだろう。今度セシリアさんに聞いてみよう」

「あとは、そうだ、布団とかはダメになってなかった?」

「あ、そうだった。大物だから最後で丁度良かったよ」

そう言ったダスクは、近くの店等で布団屋の場所を聞いて向かい、自分の分と黒炎の寝床に使う分を購入する。肩に黒炎を載せて、布団等の大荷物を持つダスクは、鎧も装備していないので、力持ちには見えない外見から、すれ違う人間のほとんどが驚いていた。買い物を終えたダスク達は、守衛に言われた時間よりも随分早く帰る事になったので、ゆっくりと周囲を見ながら帰る。少しずつ何が有るかを確認しながら通りを歩き、そこから外れて学院への道へと向かう。黒炎を降ろして歩いていると、暗いので少し不安はあったが、無事に見覚えのある場所へと出た。空腹もあって足早になったダスク達は、あっという間に学院の門へと戻ってくる。

「おかえり、早かったな」

「ただいまです。こっちで食事しようと思って、食材だけ買ってきました」

「なるほどな」

門を通してもらったダスク達は、柵沿いの遠回りになる道を通って家に向かう。途中で自分を見ている黒炎に気が付いたダスクは、普段通りの口調で黒炎の聞きたいと思っていそうな答えを返す。

「どうしてそうなったかなんて言う必要はないだろ?言った事も本当の事だし」

「そりゃそうだね」

そう言って前に出て先を進む黒炎の尻尾は、どことなく機嫌が良くなった風に見えていた。そのまま歩いて家に着いたダスク達は、今日から自分達の帰る家になる建物を感慨深げに見上げる。

「どれだけ居るか分からないけど、今日からよろしく~」

「今日からしばらくの間、我が家になるんだよな。とりあえずよろしく頼むよ」

それぞれ声を掛けると鍵を開けて家に入る。買ってきた荷物をそれぞれの置く場所に運んだダスクは、戻ってきて暖炉に火を入れると、台所で夕食の準備を始めた。腸詰と野菜のスープと焼いた腸詰にパンを添えた食事を用意したダスクは、暖炉の前で横になっていた黒炎の隣で床に直に座って料理を並べる。視線を合わせたダスク達はお互いに機嫌が良さそうに頷き合う。

「今日はこうやって食べたくなったんだ。これからもよろしくな」

「こっちこそよろしく~。こういうのもいいね、一緒に食べてるって気になるよ」

「それじゃあ、いただきます」

「いただきま~す」

熱々のスープや、焼いた腸詰と一緒に食べるパンは美味しく、作ったダスクは笑顔になり、黒炎は嬉しそうに尻尾を振っている。いつもより多めに作った料理は、あっという間にダスク達の胃の中に消えていった。井戸の水で淹れたお茶で余韻を流し込み、すっかり満足そうな顔や尻尾の動きになると、今日の疲れが出て一気に眠くなり欠伸が何度も出てくる。

「明日も早いから、さっさと寝ようか」

「ふにゃ、そうだね、もう眠い」

眠そうな黒炎を残して食事の片付けをして歯を磨いてきたダスクは、ランプに火を灯し、暖炉の火を消して既に寝ている黒炎を抱えると、二階の寝室へと向かう。床に寝床を作って黒炎を寝かすと、自分も買ってきたばかりの布団に入り込む。初めての場所でのこれからの生活に期待を膨らませつつ、すぐにやってきた眠気に身をまかせていった。


 次の日から補習をみっちりと受け、初めての事の連続に戸惑いつつも次第に慣れていったダスクは、住む家も少しずつ住みやすい環境に整えていく。天候も良かったので、塗装も終わらせる事が出来、家の見栄えも随分と良くなった。黒炎はセシリアと塔の見物に行ったりして、結構仲良くなったらしく、食事や家に居る時に話題に出すようになり、ダスクは自分以外に黒炎が言葉を話せる事を知っても仲良くしてくれる人間が出来た事に安心していた。補習の二日間が終わり、本格的な学院生活の始まりに珍しく緊張するダスクと、いつもと変わり無く自然体の黒炎に、明日からの学院での生活は何をもたらすのだろうか。

楽しんで頂けたでしょうか。続きも早く読んで貰えるように頑張ります。

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