軌道修正?
少し遅くなりまして申し訳無いです。これからも執筆内容や速度が上達出来るように努力していきたいと思います。
朝日は周囲の岩壁に妨げられ、早朝という時間帯ではないにも関わらずその場所は日陰になっているので、山の中腹というせいもあり少し肌寒く感じられる。崖に囲まれた立地を生かして建造された砦の本丸とでも言うべき中央の建物の脇に建てられた横に長い構造をしている建物の内部は、部屋が小分けに造られていて、以前は色々な用途に使われていたと予想出来た。数日前までは賊達の拠点として使われていたので、この建物は攫われてきた人々が監禁されていたが、今現在はダスク達に懲らしめられた賊達自身が収容されていた。その唯一の出入り口である扉の前で見張りをしているダスクと、その傍らで会話を楽しんでいた黒炎とバーナの前には、賊に捕まっていた女性の内の一人が立っており、真剣な表情で紫の瞳をダスクへと向けている。その視線に絡め取られたように動けなくなっているダスクを余所に、黒炎とバーナは砦の入口から聞こえて来る、おそらくアルの連れて戻って来た兵士達が発する喧騒の方へと顔を向けていた。
「えっ、助けて欲しいって、僕に?それと、その聞き覚えのある言葉……君はいったい何者なんだ?」
「私は」
女性が答えようとした瞬間、ダスク達の様子に興味を引かれたらしいバーナが女性へ視線を向けながら思案するような表情で口を開く。
「ふむ、この感じ、おぬし魔族じゃな」
「っ!?……どうして」
その反応でバーナの言葉が真実だと女性自らが示していたが、それ以上に顕著に態度を変えて反応していたのはダスクの方であった。
バッ
「悪魔族がなんでここに居るっ!?また誰かの命を奪いに来たのかっ!!」
そう叫んで黒炎とバーナを庇うように女性との間に身体を割り込ませて大剣と盾を構える。
「ちがっ、私はっ」
突然豹変したダスクから浴びせられる殺気に動転した女性がオロオロとしたそぶりを見せるが、それが演技かどうかも判断せずにダスクは先制攻撃をしようと全身に力を漲らせる。
ゴンッ
「……バーナさん、何を?」
いかにも重くて痛そうな音がその場に響いたのは、バーナが手に持っていた杖でダスクの頭を兜の上から一撃したからで、少しの間を空けてからやっと何が起きたのかを理解したダスクは、そのまま警戒を解かずにバーナに理由を尋ねていた。
「なにやっとるんじゃっ、馬鹿者がっ!」
「ひゃっ」
それに返ってきたのは叱責の言葉で、近くで聞いていた黒炎は当事者ではなかったが、自分が怒られたかのように、いつもはピンと立った耳を伏せて尻尾を力無く垂らしていた。
「いつ妾が悪魔族と言った?そうではなく、ま・ぞ・く、魔族じゃ」
「……え?魔族?悪魔族ではなく、魔族……魔族っていう種族の人も居るんですね」
言っている意味を理解するに従ってダスクの殺気も薄れていき、それを感じたバーナは一安心して大きく息を吐き出していた。言葉で駄目だったら、魔法で足止め出来そうもないダスクを自分では止められないと考えていたからである。
「ふぅ、そうじゃ。
まだ数日しか過ぎてはいないとはいえ、おぬしにとっては相当ショックな出来事だったのじゃな。
その様子では、色々な感情が薄れず淀んでいるようじゃ」
自分の意識していなかった、意識しようとしていなかった内心を指摘されたダスクは、激昂してしまった自分の反応に改めて驚いており、その事にも衝撃を受けて肩を落とす。
「すみません。ついカッとなってしまって。
ふぅ、思っていた以上にひきずっていたみたいです……」
「謝る相手が違うのではないか?おぬしが今謝るべきは、彼女じゃろう」
「あっ」
バーナが杖で指し示しながら伝えてきた言葉に、ハッとして目の前の女性にダスクが視線を向けると、フードで顔が隠れていても彼女が警戒とわずかな恐れを感じているのが分かった。
「すっ、すいません。ちょっと前に色々あって、勘違いしてしまったんです」
バッ
慌てて女性に向けていた両手の装備を下ろしたダスクは、謝罪の言葉を掛けてから勢い良く頭を下げる。その瞬間も女性は驚いて身構えていたが、しばらく様子を窺ってから安全だと判断したようで、ホッと一息吐くのが分かった。
「……悪魔族と間違われたのは非常に不服ではありますが、とりあえず謝罪は受けさせて頂きます。
こちらも前置きも無く突然助けを求めてしまいましたから、混乱させたのかもしれませんし」
話しているうちに落ち着いてきたらしく、最初に話しかけてきた時と変わらぬ態度に戻った女性を見ながら、ダスクは少し気になった事を訊いてみる事にする。
「ところで、どうして火獣という言葉を知っているんですか?
それに、助けて欲しいって、なんでアルさんじゃなくて僕に?」
「それは……ごめんなさい。長くなりそうなので、その質問には後で必ず答えます。
それよりも、何故貴女は私が魔族だとわかったのですか?
もしかして、何かわかりやすい特徴でも有りましたか?
魔族は狙われやすいので、そういう事には気を付けていました。
今回賊に襲われた理由は、貴女の気付いた何かのせいかもしれません。
差し支えなければ教えて頂けませんか?」
ダスクに軽く頭を下げた後、バーナと視線を合わせて問い掛けてくる。少し強引な話題の転換にも感じられるが、自分の気になっている事をそのままにしておくのは好まない性格なのかもしれない。
「ふむ、そういう事に多少敏感なだけじゃよ。それに、妾も少し似たようなところがあるのでな」
「それって、どういう」
ザッ
「やあ、こんな場所で何を話しているんだい?」
女性が聞き返そうとしているところに聞こえて来た足音と共に掛けられた言葉に、その場に居た者がそちらへと視線を向けると、そこには数日ぶりに見るアルのにこやかな顔があった。
「おかえり~」
自分の存在を知っているらしいと感じた黒炎は、黙っている必要が無いと判断すると、そのまま言葉を喋るのを我慢しないでアルへと出迎えの言葉を返す。その光景に全く驚くそぶりも見せない女性の様子は、それが正しい事を表していた。
「ただいま。それで、どうかしたのかい?」
「え~と、それがその、色々あって」
なんて説明すれば良いのか整理出来ていないダスクが言いよどむと、口元に微かに苦笑を浮かべたバーナが進み出る。
「このままここで話を続けるのも邪魔になりそうじゃな。
場所を変えて、腰を落ち着けて話の続きをしようじゃないか」
そう言いながらアルが来た方向へと向けるバーナの視線の先には、ここが賊を収容している建物の前なのでアルに続いて大部分の兵士達がこちらへと向かって来るのが映っていた。
「そうだね。もう彼等に任せるだけだから。僕達はこれからの事も話そうか」
頷いたアルは近付いてきた隊長らしき人物に挨拶をすると、ダスク達を先導するように歩き始める。その背を追い掛けて行くと、既に中央の建物の前で残りの兵士達が捕まっていた女性達を集めており、おそらく送り届ける為に帰る場所の地域ごとの集団に分けて話をしているのが見えてくる。そこから少し離れた場所にミリーとエリスが談笑している姿があった。
ブンブンッ
近付いて行くダスク達に気付いたエリスが大きく手を振ってくると、その傍らではミリーが苦笑しているのが離れていても分かった。
「みんなを呼んできたのね。私達はすぐに出発するの?アル」
「出来るだけ早く出発したいけど、まずは彼女も含めて話をする事になったみたいだよ」
そう答えたアルが指し示す方向にはダスク達と話をしていた女性が立っており、視線が集中した事で少し居心地が悪そうな様子を見せていた。
「あ、貴女は椅子の」
「そっ、それはもう言わないで下さいっ」
少し前のバーナとのやり取りを思い出させる光景で、慌ててミリーの言葉を打ち消すように声を上げる女性の様子に、一同は笑みを浮かべ、黒炎は尻尾を大きく振る。
「ここでは話し難い事もあるじゃろう。
出発の準備を考えれば、妾達が使っていた部屋に移動するのが最良じゃろうな」
そのバーナの言葉に反対する者は無く、一同は頷くと中央の建物でここ数日、兵士を呼びに行っていたアルは除くが、利用していた部屋へと移動した。
カチャリ
必要無いかも知れないが、いちおう周囲の気配を確かめたアルが最後に扉を閉める。部屋に設えてあったソファに全員、もっともダスクは鎧を脱がずに兜だけ小脇に抱えている状態だったので重さもあって壁際に立っており黒炎はその傍らに伏せている、が着席したところで全員の視線が未だに名前も知らない女性へと集中していた。
「あ、えっと……」
ここでようやく周囲に現時点での自分の味方といえる者が居ない事に気が付いた女性は、話をする事を求められているのを理解していても躊躇いを感じているようであった。
「ふむ。自分を曝け出す事は未だに躊躇いが有るようじゃの」
女性の事をこの場の誰よりも理解しているらしいバーナは、そう言いながら何かを考えていたかと思うと、おもむろに被っていたフードを外套ごと脱いでいた。
「っ!?それは……貴女はもしかして」
知っていたダスク達は平然としていたが、フードの下から出てきたバーナの艶やかな赤い髪の中にドラゴンのものと似た角を発見した女性は驚きの声を上げ、すぐに何かに納得したような様子になる。
「そういう事じゃ。たとえおぬしの事を知っても、ここには誰も驚く者はおらぬ」
「そうですか……わかりました。ここで躊躇っていても、かえって信頼を得られませんね」
一つ頷いて何かを決心した表情になると、その場で立ち上がり深呼吸を一度して一拍置くと、躊躇いを振り切ってバーナと同じように外套を脱いでいた。
「自己紹介しますね。
私の名前はシディアン・オーブといいます。見ての通り、魔族です」
フードの下から出てきたのは、腰まで届く黒曜石の様に輝く漆黒の髪と紫水晶の様に輝く紫瞳、スタイルの良い女性的な体型の肌は雪の様に白く、年齢はダスクと同年代に見える美しく神秘的な雰囲気をもつ少女であった。身に纏っている服は上が膝丈のものを前で合わせて腰を幅広の紫色の帯で縛っているもので、肌に触れる一番内側のものから外側に向かって白・赤・黒と重ね着しており、遥か東方の着物と呼ばれる服に似ている造りで、下は肌にピッタリとした薄手の黒いタイツの様なもので長くほっそりとした脚全体が覆われていた。少し尖っている耳の上には真珠色の角があり、角はバーナとは正反対の向きで耳の上少し後ろから頭に沿ってこめかみくらいまでの長さがある。
「……」
無言で自分以外の全員に見詰められたシディアンは、次第に表情を曇らせていく。この状況が自分の姿を見たせいだと考えたらしく、紫の瞳に後悔のようなものが浮かんでいた。
「うわ~、シディアンって美人だね。そう思うでしょ?ダスク」
「えっ、あ、うん。そうだな、黒炎。正直言って驚いた」
ダスクには珍しく異性の美しさに驚いていたようで、黒炎の言葉に初めて自分がシディアンを凝視していた事に気付かされる。その様子にその場の空気が解れて、一同の顔に大なり小なり笑みが浮かんでいた。こういう時に場を変えられる黒炎の性格は貴重なものなのだろう。
「えっと、何を……」
「くっくっくっ、妾はともかく、皆はおぬしの美しさに絶句していたという事じゃな」
「なっ!?」
場を楽しんでいるらしく、ニヤリという風な笑みを浮かべるバーナの言葉に、何を言われているかを理解したシディアンは顔だけではなく首筋まで真っ赤になってしまう。見た目の美しさに反して言われ慣れている訳ではないらしかった。
「そっ、そんな事よりっ」
「まあ落ち着け。とりあえず座って深呼吸でもするのじゃな。
良い機会じゃから、ついでに妾達も簡単に自己紹介をしておくとしよう」
慌てて話題を変えようとするシディアンに片手を上げて制止してから座らせると、バーナは仲間達へと視線を向ける。
「妾はバーナと呼べばよい。そこの男はアル、その隣がミリー、でそっちのがエリスじゃ」
ペコリ
その場で軽く会釈をするアルとミリーであったが、エリスはその紹介に不満を感じたらしい。
「む~、なんかエリス達の紹介が雑じゃないかな~」
「文句を言うなら、せめてフードから顔を出してからにするのじゃな。
胸襟を開いて話をするとまではいかなくとも、ここはこれからの事を話し合う場じゃ。
礼を失する者に礼を尽くす必要は感じられぬ」
「あっ、忘れてた。えっと、これでいいでしょ?」
そう言いながら外套を脱いでソファの上に放り出したエリスの姿は、腰まで届く金髪と透明感のある翠の瞳、整った顔と長く尖った耳、均整の取れた身体には不思議な光沢の素材で出来た草色のローブを纏っており、どこか非日常的な雰囲気を漂わせる妖精のような外見であった。どうにも言動と外見が乖離している印象が強い女性である。
「エリスってそんな顔してたんだ~。見たコト無いけど妖精みたいだね、ダスク」
「そうだな、黒炎。小さい頃に読んだ物語に出てきた妖精の説明に書かれた外見とそっくりだ」
「ごめんね、今迄顔を隠しちゃってて。エリスったらそういう事に疎くって。
それなのに褒めてくれるなんて嬉しいな。うふふっ、キミ達の事、気に入っちゃった~」
そう言って近寄ってきたエリスに、好きなように頭を撫でられるダスクと黒炎であった。
「やれやれ、そっちに関心が移ったようじゃの。まあよい、次はおぬしらの番じゃ」
ヤレヤレといった風に肩をすくめたバーナから促されたダスクは、撫でられて益々ボサボサに見える髪を直そうとしていた手を下ろして頷き、シディアンへと視線を向ける。
「僕はダスク・ウォール、ダスクって呼んでくれれば良いよ。
そして、そっちでエリスさんに撫でられまくっているのが黒炎。僕の家族だよ」
「よろしく~、シディアン」
「よろしく、ダスク、黒炎。よろしくお願いします、アルさん、ミリーさん、バーナさん。
私の事はディアって呼んで下さい。親しい人達はそう呼びますから」
「いいのかい?僕達は会ったばっかりで、まだ親しいとは言えないんじゃないかな」
「構いません、アルさん。
私が皆さんに頼みたい事は、ここから東方の国境がある地域まで同行してもらわなくてはいけません。
道程が長くなりそうなので、少しでも協力して動けるようにしたいんです」
「やっぱりそうか。軌道修正は必要無さそうだから、渡りに船っていう感じだな」
「どういう事です?」
行き先を知っていたかのようなアルの言葉に、不思議そうな顔で質問するダスクと、その傍らで同じく不思議そうに首を傾げる黒炎の姿があった。
「魔族は国境の向こう、緩衝地帯に住んでいるんだよ。
君は心配していたみたいだけど、僕達の目的と相反する問題にはならないだろうと予想はしていた」
その言葉を聞いて驚いたような表情になるダスクであったが、相手がアルなのですぐに納得した風に頷いていた。
「気付かれてましたか。
助けを求められたからには応えようと思っていましたが、先生に頼まれた事はどうしようかと」
「そんな事だろうとは思っていたよ。
当初の目的通り、僕達は情報を求めて緩衝地帯に行き、ついでに彼女の求めに応えれば良い」
「安心しました」
そんな二人の様子に不思議そうな表情になるシディアンに気付いたダスクは、自分達がどうしてここに居るのかを説明する。
「……なるほど。そういう事でしたか。
まるで何かに導かれたかのような不思議な感じですが、それで助けられたのですから私は幸運だったと言うべきですね。
改めて、ありがとうございました」
説明を聞いて納得した表情になったシディアンは神妙な顔で頭を下げると、何を思ったのかそれを見たエリスが腕を組みながらしきりに頷いて何かを成し遂げたかのように胸を張る。
「うんうん、それもこれも全部エリスのおかげだね~」
「貴女はもう少し考えて行動しなさいっ」
ゴスッ
「あいたっ」
「今回は良い結果に終わったから良いものの、助けが間に合わなかったらどうするつもりだったの?
何かあってからじゃ遅いんだからねっ」
ゲンコツの落ちた頭を押さえながら恨めしそうな視線を向けるエリスだったが、ミリーの真剣な表情に文句を言いたげなそぶりを見せつつも口を閉ざしていた。
「まあまあ、そのへんで勘弁してやりなよ、ミリー。
君が本気で心配しているのはエリスだってわかっただろうし」
雰囲気を和ませるような笑顔を浮かべながら二人の間に入って宥めるアルに、ミリーは溜め息を吐きながら表情をやわらげる。エリスは尖らせていた唇を戻しながらも舌を出していたが、それは短時間だけだったので、皆は気が付かなかったフリをしていた。
「そろそろ話しを進めようよ。
ディアはどうしてダスクの助けが必要なの?それに火獣とかってどうして知ってるの?
気になって気になって仕方がないんだけどな~」
一時的に会話が止まったところで、好奇心に駆られていたらしい黒炎が本題に入ろうと催促する。
「そうだな。とりあえず話を聞かせてよ、ディア」
黒炎の心中を表すかのようにブンブンと勢い良く振られる尻尾を見て苦笑していたダスクは、自分も聞きたい事だったので重ねてシディアンへと続きを促していた。
「ええ、わかったわ。とは言っても、それほど難しい話では無いのだけれど。
黒炎鉱を扱える、だ、だ、……」
「「だ?」」
突然言葉に詰まったので不思議そうな顔になった一同が問い掛けるような視線を向けると、それらから顔を背けたシディアンは微かに頬を赤くしながら言い訳するように言葉を続ける。
「歳の近い異性の名前を呼び捨てにする事に慣れてないのだからしょうがないでしょっ!
周りに歳の近い子が全然居なかったんだから」
それを聞いて一同は親近感を感じて笑みを浮かべるが、それで益々照れ臭くなってきたらしいシディアンは無理やり気持ちを落ち着かせようと深呼吸を数回続ける。
「ふぅ、こほん。
黒炎鉱を扱えるダスクに【ある物】を見てもらって、それを修理出来るならしてもらいたいの。
火獣とかについては、過去に私達魔族のところにも居たらしくて、その話が伝わってるからよ」
「へ~、そうだったのか~。他にもボクの仲間が居たのかな?それとも……」
「なるほど。【ある物】っていうのは黒炎鉱で造られた何かって事か。
どんな感じなんだろう?他の人が手がけた物はほとんど見た事無いから興味あるな。
それってどんなものなんだい?用途は?大きさとかの詳しい構造は?」
何かのスイッチが入ったように立て続けに質問をするダスクに、問われたシディアンは呆気にとられたような表情になる。
「こらこら、ディアが困っておるぞ。そんなものは直接確認すればよいじゃろう」
「はっ、それもそうですね。ごめん、ディア」
「気にしないでいいわよ、ダスク。ふふっ、少し驚いたけどね」
バツの悪い顔になるダスクを可笑しそうに微笑みながら見るシディアンは、最初に感じていた緊張も薄れたらしく、ほどほどにリラックス出来ているように見えた。
「さて、僕達もそろそろ動こうか。兵士達よりは早く出発した方が良いだろうし」
アルの言葉に頷いた一同は出発の準備は出来ているので装備を確認して荷物を背負う。それを見ていたシディアンは自分も荷物を持ってこようと部屋の出口へと歩き始めるが、その背にアルが声を掛ける。
「君は徒歩かい?ディア」
「え?違いますよ。私の馬も賊が連れてきてると思います」
「ああ、あの青毛の馬かな?それなら良かった。僕達は移動に馬を利用してるからね。
まあ、ダスクと黒炎は徒歩だけど」
「そうなんですか?」
一番重そうなダスクが徒歩だと聞いて意外に思ったらしいシディアンがマジマジとダスク達を見る。
「あ~、見ての通り重いから。僕が馬に乗ったら潰れちゃうんだよ。冗談じゃなく、文字通りに」
「あははっ、ヘンな顔でこっちを見てどうしたの?ディア。
馬だってペチャンコになりたいなんて思ってないだろうし、そんなのボク達だって見たくないよ」
「あっ、凝視しちゃってごめんなさい。でも、馬と徒歩じゃ速さが違うんじゃ……」
「ダイジョブだよ。ボク達は足が早いからね~」
心配そうな顔になるシディアンに、尻尾を大きく振りながら自慢げに言う黒炎の様子からは説得力よりも背伸びをしている小さな子供みたいな印象を受けてしまったらしく、シディアンは微妙な表情になっていたが、実際に見れば納得すると予想しているアル達は口を出さずに笑みを浮かべて見守るだけだった。
外套やフードを被り直したりして準備を整えた一行は、兵士達に出発する旨を伝えてから先程まで居た建物の裏手に回って厩へと入る。アルの馬は町との往復をしていたが、飼葉と水、しばらくの休憩のおかげで目立った疲労は感じられなかった。
ヒヒィィィン
「よしよし。今から家に帰れるのよ。お互いに無事で良かったわね」
良く手入れされた艶やかな黒い毛の馬を撫でるシディアンの様子に、それが彼女の愛馬だとダスク達は理解する。騎乗する皆が荷物を鞍に固定している最中、その青毛の馬に近寄った黒炎は自分よりも高い顔を見上げていた。
「ボクには敵わないけど、キミも艶やかな良い毛並みだね。特に色がイイと思うよ」
ヒヒン
馬も黒炎と視線を合わせて短く嘶きを返していたので、こっちの台詞だ、とでも言っているように感じられたダスク達は、その光景を見ながら自然と口元に笑みが浮かび、身体からは余分な力が抜けてくれたのでこれからの少し長い旅路につくには丁度良い状態になっていた。
ザッ、ザッ、ザッ
「さあ、行こうか」
兵士達に手を振り、馬の手綱を引いて砦の門から外に出た一行は、ダスクと黒炎を除いてアルの合図に頷き騎乗すると、全員の準備が出来ていると判断したアルの先導に従って山道を下り始めた。
タタタッ
「本当に早いのねっ」
しばらく進んだところで馬上のシディアンが驚き半分、呆れ半分という風な口調で話し掛けてくる。
「言ったじゃん、ダイジョブだって。
それよりも、楽しみだな~。
行った事の無い場所だし、ディア達の住んでる場所がどんなトコなのか興味あるよっ」
その言葉が真実であるようにしなやかで躍動感のある走りをする黒炎を視界に入れながら馬を操るシディアンの顔には苦笑するような表情が浮かぶ。
「何も無い場所だから、がっかりしないといいけどっ」
「食べ物が食べられれば、他に何も無くても気にしないよっ」
「ふふっ、それなら安心ね」
その答えに笑みを返していたシディアンだったが、本格的に先を急ぎ始めて皆の視線が離れると笑みは消え、目的を果たす為にダスクを連れて帰れるというのに深刻そうな表情に変わっていた。
「本当に何事も無ければ良いのだけど……」
その呟きは馬の駆ける足音に掻き消されてダスク達には届いていなかった。
ダスク達の旅路は何週間も過ぎていったが、妙に地理に詳しいアル達の案内で街道の蛇行する場所では街道を逸れて最短距離を選んで進んでいた為、実際に街道のみを利用していたならば更に長い時間が必要だったに違いない。余談ではあるが、エリスが度々しようとする寄り道をミリーが(主に拳で)止めていたおかげでもあるだろう。
「ふわ~、なんだか突然様子が変わったね~」
無事に国境の関所を通過した一行は、目の前の光景に程度の差はあるが黒炎の言葉と同じような事を感じていた。
「前に言ってた通りの場所なんだな」
目の前の不毛の土地、岩場が多く小さな草むらが散見出来るだけの土色の平野、を眺めながら呟くダスクの言葉に、フードの下からシディアンの苦笑する雰囲気が伝わってくる。
「別に直接的な言葉でもいいですよ。
確かに緩衝地帯に指定されている一帯のほとんどは荒れ果てた不毛の土地なのですから」
「ん?大変そうな場所だけど、僕達の住んでいた場所も豪雪地帯だから大差無いよ。
森は豊かだったけど、人を襲う獣も多かったからね。
生きるなら、その場所ごとに何かしらの苦労は必ず有ると思う」
「そうね、確かにそうだわ。…………ただの力持ちじゃなかったのね」
同意するシディアンの表情は少し意外な事を聞いたと考えているような表情だったが、彼女がフードを被っていた事もあり、それにはダスクは気が付かなかったようである。
「ん?何か言った?」
「いいえ、何も。
え~と、とりあえず、ここからは私が道案内しますね、アルさん」
シディアンの後半の言葉が聞き取れなかったダスクは問い返すが、何事も無かったかのように否定して別の方向へと顔を向けると、そこに居るアルへと言葉を続けていた。
「すまないけどよろしく頼むよ、ディア」
「私もダスク達に来てもらわないと駄目なので全然問題無いですよ。
それでは皆さん付いて来て下さい」
トンッ
そのままシディアンが軽く馬の腹を蹴ると、乗っている者の意を酌んでいるかのように自然と向かうべき方向へと駆け出したという事が、彼女が少しも手綱で修正しようとしていない様子から察せられる。間髪入れずに追走するダスク達は、見事な信頼関係だと内心で賞賛を贈っていた。
ダダダッ
しばらく南東に向けて走って行くうちに背後の関所の姿は見えなくなり、視界の先に葉の少ない木がまばらに生えているのが見えてくる。それは進むに連れて数を増やしながら林になり、そしてどうにか森と言える規模に変化していった。その森に入ってから一昼夜経った頃、前方の木々の先に岩壁が見えてくる。先導するシディアンはそのまま岩壁のすぐ近くまで近付き、手綱を絞って馬を止めていた。
「ふえ~、この岩壁すっごく高いし、左右どっちを見てもずっと続いてるね」
シディアンの側に来た黒炎が岩壁を見上げながら感嘆の声を上げるのを聞いていたダスク達も内心で同意していた。
「こんな何も無い場所で止まってどうしたんだい?」
「実は……」
「あっ、わかっちゃった」
皆が思っていた事をアルが代表して質問すると、ちょうど降りた馬を撫でていたシディアンは手を止めて答えようとするが、何を思ったのかエリスがかぶせ気味にそんな声を上げる。答えようとしたのを邪魔されたシディアンだったが、分かったという言葉に興味をそそられたらしく口を閉じたので、結果、その場の全員の視線がエリスへと集まっていた。
「これは大変だわ。バーナと協力すれば全員いけるかもしれないけど、馬達を残すわけにはいかないし。
あっ、ダスクちゃんは重いから自力でがんばってもらわないと駄目かしら。
う~ん、どこかに迂回できる場所は無いのかな?ディアちゃん」
独り言のように言葉を続けていたエリスは、最後だけシディアンへと視線を向けて問い掛ける。
「へ?ええと、何を言っているのでしょうか?」
「何って、もちろんこの壁を登るんでしょ?」
呆気に取られていたシディアンが質問で返すと、不思議そうな顔になったエリスは当然という風にそう答えていた。
「「……」」
皆が無言になっているところで、一人だけなるほどと頷いたダスクがストレッチをして登る準備を始めるが、言っている事を理解したシディアンは慌てて首を横に振る。
「違いますよっ、そんな事出来るわけないじゃないですか。
とにかく見ればわかりますので、少しだけ私に時間を下さい」
そう言ったシディアンは岩壁に近付き何かを探し始めると、ある場所で立ち止まる。そこには目立たない場所に一見してただの傷にしか見えないものがいくつか並んでおり、それに気付いた一行の中でダスクだけが驚いた顔になっていた。
「あれは……」
その間にシディアンは目を閉じて何かを呟いていており、それが終わった瞬間、その前方の壁に変化が現れる。
「おぉ~、壁に洞窟が出来たよっ、ダスク」
「これはすごいな」
喜ぶ黒炎と関心するダスクの様子を見て、シディアンは苦笑しながら首を横に振る。
「残念だけど、私にそこまでの力は無いわ。もともと有る洞窟を幻術で見えなくしてあるの。
だから洞窟を通りたい時は、合言葉を唱えればこんな風に見えるようになるのよ」
「なるほど。でも場所がわかってれば見えなくても入れるんじゃ?」
「入るだけならね。入口で一度解除しないと洞窟内の仕掛けが発動してしまうの。
解除しないで入ってみる?命懸けでスリルを味わいたいなら止めないわよ」
ランプに火を灯し、馬の手綱を引いて洞窟へと足を踏み入れるシディアンの説明に疑問に思った事を訊いてみるダスクだったが、説明の最後に悪戯っぽい表情で言われた事には首を横に振らずにはいられなかった。
「いや、遠慮しておくよ。
それにしても、仕掛けがあるなんて物騒なんだなぁ」
「私達も本当はやりたくないって思ってるわ。
前にも言ったけど、魔族は色々と狙われやすいからしょうがないのよ」
「どうしてディア達は狙われやすいの?」
暗がりのデコボコを身軽に乗り越えながら比較的重い内容であるにも関わらず軽い調子で訊く黒炎に、沈んだ表情になっていたシディアンは思わず苦笑させられていた。
「私達の角は魔力を蓄積したり強化したりする効果が有るの。
魔術を行使する時の杖とか、質の良い魔法の道具を作る材料になるから高く取引されてるみたいね」
「そういう理由があるのか。
僕も物作りに携わる者だけど、良い材料だからって人を傷付けてまで使いたくないな」
「うんうん。そんなコトを考えるなんて、変わったヒトもいるんだな~」
そんな風に自分の考えを言葉に出すダスクと黒炎に、暗くて見えなかったが皆は安堵や満足の笑みを浮かべていた。
「そろそろね……あ、ほら、出口が見えてきたわ」
しばらく、といっても暗闇の中をランプの灯りだけを頼りに進んでいたので長く感じたが、実際はそれほど時間は掛かっておらず、シディアンの指摘通りに進行方向から太陽の光が洞窟内へと差し込んでいるのが視界に入って来た。足を速めて出口の外へと出ると、眩しさに慣れるまで目を細めていたのも数瞬、目の前には洞窟の向こう側とは異なる様相を呈していた。
「ありゃりゃ、またフンイキが変わったな~」
そう言って驚く黒炎の言葉通り、不毛だった先程までとは違い、ダスク達の目に入ってくる緑の割合が格段に増えていた。洞窟の向こう側よりも青々とした葉を茂らせた木々が並び立ち、地面には豊かな落ち葉を材料としたフカフカの腐葉土が敷き詰められている。
「ふむ……周囲から微弱だが魔力を感じるな。
この環境を保つ為になんらかの魔術が使われているようじゃ」
周囲を眺めていたバーナの言葉に、なるほどと頷く一行の中で、シディアンだけは驚き半分、納得半分の表情になっていた。
「さすがですね。初めて来たというのに簡単に見抜いてしまうとは」
「まあ、このくらいは当然じゃ。それなりに経験を積んでおるからの」
そう答えるバーナは言葉通りにあたり前だというそぶりだったが、微妙に胸を張っているのはご愛嬌と言うべきか。元からの仲間であるアル達はそれに気付いたらしく、コッソリと苦笑していた。
「早く行こうよ~。おなか減っちゃったよ~」
「ふふっ、もう少しだから我慢してね。私の家に着いたら手料理をご馳走するから」
「やった~」
空腹で元気の感じられない耳と尻尾で催促した黒炎に笑顔を返したシディアンの言葉に、あっという間に耳と尻尾は元気を取り戻す。ここまで来る間に見慣れた光景になりつつあるやり取りだったので、誰も特に目立った反応をする事も無く、ランプの火を消して再び馬に跨ったシディアンに倣って先に進む態勢を整えると、それほど時間を掛けずに到着するだろう目的地に向けて足取り軽く出発していた。
ザザザザッ
草むらを掻き分けて森を抜けると、そう遠くない場所にどうにか町と言える規模の集落が視界に飛び込んでくる。配置的には抜けてきた洞窟の在る岩壁というか岩山が一番外側を円形に取り囲み、その内側に森、その内側にちらほらと農地らしきものが見える平地、そして最後に周囲を水路で囲まれた町が中央に位置している。水路の水は以前学院の合宿場でも見たように岩山の上から滝となって流れ込んでいるようで、大陸中央から続く山脈と繋がる東側を流れ落ちる滝から、西の岩山に穿たれた裂け目に流れ込んでいるようであった。
「ひっろいね~。こんなとこにこんな場所があるなんて誰も思わないんじゃないかな~」
「ウンウン、黒炎ちゃんの言う通り。さすがのエリスも驚いちゃったわ~」
「あははっ、一緒だねっ」
波長が合うのか、楽しそうに顔を見合わせる黒炎とエリスの様子苦笑しつつ、その内容には同意するダスクはこの場所の堅牢な仕組みに感心する。
「これなら誰かに攻められる心配はなさそうだ。
条件さえ悪くなければ修理もすぐに終わるかもしれないな」
「貴方の言う通り、外側から攻められる事はほぼ無いのだけれど……」
ダスクの言葉に答えるシディアンであったが、途中で表情を曇らせると言いよどんでしまう。訝しげな顔になったダスクは理由を尋ねようと口を開きかけるが、珍しく空気を察したかのように躊躇していた。
「ふむ、取り込み中に悪いのじゃが、おぬしらの町が何者かに襲われておるようだぞ」
「えっ!?」
驚いた表情でバーナの顔を見詰めたシディアンは、すぐに町の方へと視線を向ける。どうしてすぐに気が付かなかったかと思えば、町の入口の門の場所がダスク達の居る場所には向いておらず、騒ぎが広がったおかげでここからでも分かるようになったからである。
「そんな事してる場合じゃないのにっ」
何が起きているか分かっているかのように呟いたシディアンは、ダスク達が制止する間も無く馬の横腹を軽く蹴ると、騒ぎの起きている場所に向かって馬を走らせてしまった。
「何が起きてるんだ?ディアっ……聞こえてないか。
良くない事が起きてるみたいなので僕達も行きましょう」
「そうした方が良さそうだね」
そう答えるアルの周囲にはその仲間達が既に騎乗して町の方向へと馬首を向けていた。それを見たダスクは同じ考えだった事に笑みを浮かべ、黒炎にも頷き掛けて走り始める。それに少しも遅れる事無くアル達も付いて来ていた。
ザッ
ダスク達が辿り着いた時には騒ぎは止まっていたが、町側とそれに相対する位置のそれぞれに出来た人垣に挟まれるように、その中央で二人の人物が睨み合っていた。一方はもちろん先行したシディアンで、もう一方は、周囲の人々と比較しても一際体格の良い男性であった。
「今はこのような事をしている場合では無いと、貴方も知っているじゃありませんか。
協力して当たらなければ、全員が命を落とす事になるかもしれないのですよ?」
「ふんっ、我々自身には何も出来る事は無いのだ。
それならば、弱腰の長を入れ替えた後、強攻策に出ても悪くあるまい?」
低いが良く通る声で答えるのは肩まで伸ばした黒髪と紫瞳の整った顔の男性で、三十代後半位の外見の鍛えられ引き締まった体躯に、シディアンと同じ風に上は前で合わせて腰を幅広の帯で締めた紫色の着物に似た上着、下は同色の長ズボンという服装をしており、背丈はダスクやアルよりも高く、位置的にハッキリとは見えないが背中に柄の長い何かしらの武器を背負っていた。
「叔父上っ」
「ふっ、まだ叔父だと呼んでくれるのだな。今日のところはお前の顔に免じてこの場は退こう。
行くぞっ」
「あっ」
まだ話を続けたかったシディアンが止める間も無く、背後で人垣を作っていた者達と共に目の前を離れて森へと入り見えなくなってしまった。
「あれって……」
「うん、だよね」
思わず呟いたダスクは傍らを見るが、同じく見上げていた黒炎も小さな声で同意する。ダスクと黒炎が見ていたのはシディアンの叔父が背負っていた物で、それは全体がくすんだ黒色の金属で出来た鍛冶で使用するような鎚であった。
助けを求めてきたシディアンを加えた一行は、目的地には変更が無かったのでそのまま国境の緩衝地帯へと向かった。その後は何事も無くシディアンの住む町の近くまで辿り着けたが、さっそく何らかの問題に遭遇し、それを見て先行してしまった彼女をダスク達は追い掛けていた。町の住人らしき者達が対峙する場に居たシディアンの叔父という男性の背には、ダスクと黒炎にとって身近で見覚えのある金属で造られた鎚が背負われていた。それらがシディアンの求める問題の解決に関連しているかはまだ分からないが、これからダスク達一行はどのような出来事と直面する事になるのだろうか。
楽しんで頂けたでしょうか。続きも早く読んで貰えるように頑張ります。




