噂話と不在
遅くなり申し訳無いです。とりあえず、全体の修正を加えてからの最新話ですが、もう少し早く投稿しなさいよ、そう自分でも言いたい今日この頃です。
つい先日までは日差しが強く暑かったと感じていたはずであったが、気が付けば太陽の軌道も低く変化して全体的に涼しくなっており、それだけ当事国であったオブゼルヴ王国中を騒がせた事件が治まるまで長くかかったのだと、兵士達のような直接関わった者達はもちろん、固唾を飲んで見守っていたそれ以外の国民達も実感していた。幸い、軍隊を国内の危機に集中していたこの隙に、この国にちょっかいをかけてくるような国は無かったが、もしかしたらハンフロージェン王国との同盟が抑止の一因になったのかもしれなかった。破壊されたシアネントの復興はハンフロージェン王国からの支援もあって急速に進められているが、建物等の目に見える傷痕が修復されて綺麗になっても、目に見え難い住民達の心の傷が癒えるには長い時間がかかりそうだった。復興には外からの人材や残った多くの兵士達が参加しているが、それに加えてシアネントの住民の大部分も参加していた。当事者の住民達は打ちのめされて動けなくなっていると思いきや、町で汗を流して働いている人数は思った以上に多かった。自分達の町を自分達の手で復興するという意識も高いだろうが、悲しみを一時でも忘れようとしているかのように、率先して忙しく身体を動かしているようにも感じられた。一方、軍を率いていた将軍達はいつまでも王都を空けておく訳にはいかないので、残りの兵を連れて王都へと帰還していた。それに同行して、臨時で参加する事になった各学院の生徒達も王都へ戻っていた。中には残ってシアネントの復興に参加しようという意見もあったが、経験も浅く自覚していない疲労も蓄積していると思われる学院の生徒達を、これ以上この件に関わらせるのは良くないだろうと考えた将軍や学院関係者達の決定であった。生徒達のほとんどは直接戦闘に参加していなかったおかげか、日が経つにつれて少し元気の無かった顔に笑顔も戻り、いつもの学院生活を送り始めていた。
カチャリ
「失礼しました」
その言葉と同時に一礼しながら教職員の部屋から最後に退室し、微かな音だけを残して扉を閉めた女子生徒は、オルフィエルド学院の軍服に似た学生服に身を包んだフローラル・グリーンであった。肩までの栗色の髪と明るい翠の瞳の可愛いというよりは美しいと表現される容姿の少女で、小柄で少し控えめな身体に学院の女子生徒用の制服が良く似合っていた。大人しそうに見える外見とは逆の勝気な性格が特徴で、専門の関係から微かに薬草の良い香りが感じられる。栗色の髪は全部を短くしてある訳ではなく、両側の耳の前に一房ずつ腰に届く位の長さの髪が垂らされてワンポイントになっていた。つい先日、夏服に衣替えしたばかりのような気がしていたフローラルであったが、現在着ている冬服の上着の白シャツとのコントラストとスカートとの一体感が見栄えが良いように感じられ、自分の好みに合っていたのですぐに気にならなくなっていた。
「なかなか順調じゃないか。そう思わないか?ローラ」
「ええ、最初はどうなるかと思ったけど、意外と上手くいってるわね、ソラ」
廊下を教室に向かいながらフローラルの隣に並んで歩いているのは、同じ女子生徒用の制服を着て満面の笑みを浮かべるソラリス・シールであった。ちなみに、ローラがフローラルの、ソラがソラリスの愛称である。力強さを感じさせる金の瞳と、透き通るような輝きを見せる腰まで届く銀髪を三つ編みにして背中に垂らした中性的で美しい容姿の人物ではあるが、最近は小麦色の肌と小柄で細身の身体には女子生徒用の制服を着用しているので、その中性的に見える印象はある程度ではあるが和らげられていた。実習時には橙色に染めた革製の胸当てや籠手を身に付け、精緻な模様が施された黄金色の弓で遠隔攻撃を担当している。
「うむ、そなたらの言う通りであるな。もう少し苦戦するかと思っていたが」
「充分苦戦しているじゃないの、ウィリアム。今日はそうでもなかったけど、この間なんて……」
「ぬぅ」
二人のすぐ後ろについて歩きつつ満足そうに頷いていたウィリアム・トーラスは、間髪入れずに否定して小言を並べ始めたフローラルに反論出来ずに小さな唸り声を上げる。ウィリアムは綺麗に整えられた茶色の髪と勝気そうな茶瞳の少年で、こちらは男子生徒用の制服を着用しており、他の生徒と比べると軍服に似た制服が妙に似合っていた。実習時には要所要所を覆う銀色の鎧を身に付け、巧みな長剣捌きで主に先頭で攻撃を担当している。貴族ではあるが、身分にとらわれず話を聞いて協力出来る寛容さをそなえており、今ではチームメイト全員が認めるチームのリーダーとなっていた。
面白いものを見ているようなソラリスの表情に孤立無援を悟ったようで、困った顔になるだけでおとなしくフローラルの言葉に耳を傾けている。
「そのへんで勘弁してやりなよ、ローラ。さっさと教室に入ろうぜ」
「そうね、この続きはまた今度という事で。またね、ウィリアム」
「うむ、それではな」
ホッとしたような表情になり目だけで感謝の意をソラリスに伝えたウィリアムは、急ぎ足で自分の教室へと向かって離れて行った。分かりやすい態度に二人は顔を見合わせて笑みを浮かべると、その背中を見送ってから目の前の扉を開いて教室へと入る。
「「おはよう」」
朝の挨拶を交わしながら席に着いたフローラルが教材を机の中に仕舞っていると、隣の席の女子生徒が身を乗り出して声を掛けてくる。
「まだ帰ってきてないの?」
「え?ああ、そうみたい」
「そっか。今日こそは直接噂の真相を聞いてみたいと思っていたのだけど、しょうがないか」
「噂って、まだ気になってるの?どうせ巡り巡って大げさになってるだけだと思うわよ」
「そうなのかしら……そうかもしれないわね、あの内容じゃあ」
「そうよ。噂ってそういうものだと思うわ」
「そうかな?もしかしたら本当かもしれないぞ」
「えっ!?」
突然別の方向から飛んできた言葉に驚いてフローラルが視線を向けると、そこには真面目な顔をした男子生徒の姿があった。気になる話題らしく、いつの間にかフローラルと女子生徒の周囲の生徒達が耳を傾けていたようである。
「軍隊に入っている親類からの話だが、あの噂は信憑性がかなり高い。
兵士達が束になっても敵わなかった事件の元凶を、重装備の戦士がたった一人で打ち倒した、とか。
相手がボロボロになるまで攻撃を止めず、最後にはどちらが怪物かわからない恐ろしさだった、とか。
正体は不明だが、少なくとも兵士ではないという事は確認されているみたいだ。
全身に黒っぽい色に統一した装備を纏った人物なのも確実らしい」
「あ、あはは、たとえそうだとしても、別人じゃないかしら。
確かにそういう装備を使っている中の一人だけど、さすがにそこまでの力量は無いわよ、きっと」
「そうそう、ローラの言う通りだぜ」
近くに来ていたソラリスもフローラルの言葉を後押しすると、自分も似たような意見だったらしく、すぐに男子生徒は真面目な表情をやめて笑みを浮かべていた。
「まあ、単に噂と同時期に姿を見なくなったせいで気になっているだけかもしれないけどな」
「そうよね」
「だよな」
話題の人物は同じクラスなので普段の様子を知っており、それが噂とはかけ離れていると感じている周囲の生徒達は笑みを浮かべながら例外無く同意していた。おそらく話題の一つとして楽しもうと考えているだけで、本当に噂の人物だとは考えていないのだろう。その様子を眺めながら、こんな事なら本人に普通に否定させた方が噂も長引かなかったのではないかと、表面上は皆と同意するふりをしながらフローラルとソラリスは内心で同じ事を考えていた。
タタタッ
「やっとアフ・オルトレスが見えてきたね、ダスク」
「ああ、やっと落ち着いて休めるな、黒炎」
遠くにアフ・オルトレスを囲む石壁が見えてきたのを確認した大小の影がそう声を掛け合う。大きい方の影は完全装備の重さを感じさせずに駆けるダスク・ウォールで、くすんだ黒色の全身鎧の背に大剣と巨大な盾、更にその上から大きな荷物を担いでいる。今は鎧で見えないが、ぼさぼさの黒髪と優しげな黒瞳、引き締まった身体に動き易そうな服を着ていた。小さい方の影はもちろん黒炎で、ダスクの隣を駆けている姿は軽やかでしなやかである。艶やかな黒い毛皮とピンと立った三角の耳に狐の様な大きい尻尾の四足の獣で、特徴的なルビーの様に紅く輝く瞳を嬉しそうに町の方向へと向けている。
悪魔族を倒したダスクやその連れは、用事が有るというウィリアムと別れてから、寄り道をせずアフ・オルトレスへと真っ直ぐに向かっていた。そして今日、ようやく遠くに町の石壁を見える場所まで辿り着いたのである。ダスクと黒炎以外は馬に騎乗していたが、それでもその顔には隠せない疲労が現れていたので、全員が安堵して笑みを浮かべているのは自然な事であった。
「さすがに野宿ばかりだと疲れが抜けないからな。せめて下が硬くない寝床に寝たいぜ」
「ふふっ、そうね、ソラ。それに洗濯とかもやりたいわ」
「確かに着る服が心もとなくなってきていたからな。宿を決めたら一緒にやろうぜ、ローラ」
「ええ、そうね。
非常時だったとはいえ、身だしなみにも気を付けないとね。私達だって女の子なんだから」
馬上の二人は笑みを浮かべながらそんな会話をしており、フローラルはともかくソラリスも自分で何でもやる事に慣れてきているようであった。一瞬二人の視線がダスクへと向けられるが、それに気付いた者は誰も居なかった。
「あの娘もさすがに回復している頃よね?アル」
「うん。これだけ時間が経っているから大丈夫だと思うよ、ミリー」
「くっくっくっ、あやつならば元気になり過ぎて逆に怒ってそうじゃな。
なにせ、宿に放り込んでほったらかしじゃからのう」
「む、それって笑い事じゃないと思うよ、バーナ。う~ん、その可能性もあるんだよな」
「あなたに任せるわ、アル」
「うむ、任せる」
「ずるいぞ、二人とも。……はぁ、しょうがないか」
アルは金髪碧瞳、髪はそれ程長くなく前髪は目に届くかどうか、フード付きのマントで隠れているが青い服に銀色の鎧、腰には白焔鋼の剣を腰に佩いている。ダスクより頭一つ分背が高く、年齢は二十歳位である。アルへと先に話し掛けた方がミリーで、黒髪茶瞳、髪は肩に届く位の長さ、同じくフード付きのマントで隠れているが神職の着る様な白い服の上から軽装鎧、両腰には組み立て式の棍を差している。回復魔法を使える神職の女性で、格闘も得意らしく特に蹴りが凄い。ダスクと同じ位の背丈でアルと同じ年齢である。フードは被ったまま少し上げて顔を見せながら表情を変えずに話し掛けているのがバーナで、赤髪蒼瞳、髪は腰まで届く長さで手には年季の入ったねじれた木の杖、黒いローブの上から外套とフードを常に被っている。言葉遣いが独特なのに加えて普段から無表情で滅多に表情を変えないが、ごく稀に親しい者や気に入った者に対しては柔らかな笑みを見せる事もある。ダスクより少し低い位の背丈で外見上の年齢はアル達と変わらない。フードの下には頭の両側耳の上にドラゴンの様な角がある。彼等も馬を走らせたまま会話をしていた。
「町に着いたらご飯食べに行こうよっ」
「はははっ、お前はいつも通りだな」
「ボクはボクだからね。何があっても変わるわけが、……ん?あれって」
「どうかしたのか?何を見て……」
途中で言葉を切って何かに気を取られた黒炎の様子が気になったダスクは、黒炎がジッと見ている方向にある町の入口へと目を凝らすと、そこに見覚えのある姿を見付けていた。その頃にはだいぶ町に近付いていたので、その人物を見付けてから速度を上げたダスク達はそれ程時間をかけずに辿り着く事が出来た。
「こんなとこで何やってるの?アーノルド」
その黒炎の言葉通りに、町の入口の近くに仁王立ちしていた人物はオルフィエルド学院で教師をしているアーノルドであった。猛禽類の様に鋭い碧瞳と短く刈った金髪の二十代後半位の抜身の剣の様な男性で、見上げるような身長に分厚い筋肉がバランス良くついた戦う為の身体は、学院で実技を担当する事に何の違和感も感じさせないだろう。
「待っていたぞ、ダスク。相当派手にやったらしいな」
「はい、やってしまいました。つい頭に血が上って……はぁ、まだまだ未熟です。
それにしても、情報が早いですね」
「ん?色々と情報源を持っているからな。それより、詳細を知っているのはここに居る者だけか?」
「はい、軍の方は良くわからないですけど。
用事で抜けたウィリアムを除けば、ほぼ全員揃っていると思います」
「そうか。すまんが少し話が有るので付き合ってもらうぞ。
そちらの者達も、申し訳ないが同行して欲しいのだが」
アーノルドは最初に学院の生徒達へと決定事項だという風に声を掛け、その後に少し離れていたアル達へと口調を変えて頼んでいた。
「僕達は当然従いますが、アルさん達もなんですか?」
そう言ってからダスクはアル達へと視線を向けると、三人で顔を寄せて何か話し合ってからアルがアーノルドと目を合わせる。
「構いませんが、一度仲間の所に寄ってきても良いですか?」
「ああ、それは構わない。こちらが頼んでいるのだから、そちらの要望を断る訳にはいかないからな」
「ありがとうございます。それじゃあ、僕達は一度離れさせてもらうよ、ダスク」
「はい。仲間の人、元気になっていると良いですね」
「また後でね~」
集合場所をアーノルドから訊いたアル達は、ダスク達に見送られてアフ・オルトレスの雑踏へと消えていった。
「さて、移動するとしようか」
「わかりました」
返事を待たずに歩き出したアーノルドの背に小走りで追い付いたダスク達は、どこに行くのかと疑問に思っていたが、到着してみればなんのことはなく、少し立派な造りではあるが普通の宿屋であった。話は通っているらしく、アーノルドの会釈に一礼する宿屋の主人に見送られて奥へと進み、突き当たりの部屋へと入る。そこはさすがにダスク達全員を呼ぶだけの広さを有する部屋で、兜を脱いで見回したダスクはアーノルド一人で使うには少々広すぎるだろうと感じていたが、それが思った以上に表情に出ていたのかもしれなかった。
「他に使えるような適当な部屋が無くてな。心配しなくとも話が終わればこの場所には留まらん。
だいたい、私は無駄遣いは嫌いな性質なのだからな」
「あ、はい。自分だったら落ち着かないだろうなと思ったもので。
すみません、そんなに顔に出ていましたか?」
「いや、そうでもない。まあ、なんとなく言っておいた方がいいかと思っただけだ」
「なるほど」
真面目な顔で頷くダスクに、厳しい顔はそのままで内心苦笑するアーノルドであった。
アル達が合流するまで時間が有るので、備え付けの茶器を使ってフローラルが淹れたお茶を飲みながら談話で時間を潰す。皆に聞かれるままに悪魔族との戦いを話すのは当事者のダスクである。一時的に黒炎の安否が分からなくなった事を聞いたフローラルとソラリスは黒炎を心配して怪我が無いか確かめつつ優しく撫でていたが、当の本人は何事も無かったかのような態度で撫でられる事を享受しながら尻尾を嬉しそうに振っていた。その後のダスクの戦いを聞いた二人は一転して怒った顔になる。その勢いに姿勢を正したダスクはしばらくの間二人に挟まれて説教を聞く事になり、その様子を面白そうに紅い瞳を輝かせながら眺める黒炎は心中を表すように尻尾も大きく踊らせていた。
コンコン
その扉を叩く音を聞いた時には、椅子の上で小さくなっていたダスクは心底からホッとしていた。
「来たようだな。いいから遠慮せずに入ってくれ」
「失礼します」
そう言って入って来たアルを先頭にミリーとバーナも続き、その三人が入室して扉は閉められる。それを眺めていた黒炎は不思議そうに首を傾げながら問い掛ける。
「ところで三人だけなの?たしかもう一人居るって言ってなかったっけ」
「そうなんだけど、今回の事で呼ばれたのは僕達だけだったからね。
まあ、ほったらかしていたせいで機嫌を損ねちゃったみたいで、部屋から出てきてくれなかったんだ」
「あははっ、それならしょうがないね」
困ったような声と表情のアルを見て楽しそうな黒炎を眺めながら、アルも自分と同じく仲間に怒られる役回りなんだなと、ダスクはより一層の親近感を抱いていた。
「つまり、今回の戦いの詳細は黙っておく、という事で良いんですか?」
「ああ、そうしてもらえると助かる」
全員が席に着いてからのアーノルドの要請を不思議そうな表情で聞いていたアルの言葉に、アーノルドは力強い頷きを返す。
「おそらく混乱を防ぐ為だとは予想出来ます。軍でも緘口令が出そうですからね。
悪魔族が現れた理由もわからず防ぐ方法も無いのなら、知っていてもどうしようもないですから。
しかし、力になった者の情報も伏せておくのですか?
ダスクの名前は出さなくとも、貴方がたの学院の名前を出せば何かと利益になりそうですが」
「まあ、そういう意見も無い訳じゃない。だが、必要という程でもないのでな」
「なるほど。生徒想いの良い学院なんですね」
「さあ、どうだろうな」
笑みを浮かべるアルに対してアーノルドは渋い表情になる。話題にのぼったダスク本人は良く分かってはいないようであったが、それ以外の者達はアーノルドの表情がどこか照れているように見えていた。
「僕達も話を広めようとは考えていなかったので全く問題ないです。
お話はこれだけですか?」
「いや、ここからが本番かもしれないな。
君達について学院長から聞いた事がある。少し頼まれ事をして欲しいのだ」
「頼まれ事ですか。僕達にも出来る事と出来ない事がありますが、まずは話を聞かせて下さい」
「ところで、東の国境地帯の状況は知っているか?」
「ええ、それが?」
「国境と定めているが、実際のところ国境と国境の間に広大な緩衝地帯が存在する。
大陸を南北に縦断して不毛の土地があるからな。
お前達は知っているか?」
突然こちらへと視線を向けてくるアーノルドに、何が有ったかを思い出そうとしたダスクであったが、考えてみたら故郷の村から出るまで外の世界を知らなかった自分達が知っているはずがなかった。黒炎と顔を見合わせてその事に気が付き、揃って首を横に振る。
「私は聞いた事が有ります。
そこには恐ろしい生き物や、外の人間と交流を拒む人々が住んでいると」
「うむ、その通りだ。良く勉強しているな」
「いえ、お婆さまに教えて頂いただけで」
感心した様子のアーノルドの言葉に、自分の手柄では無いとフローラルは恐縮したようなそぶりを見せる。
「それで、それがどうかしたのか?」
「ソラっ」
普段通りの言葉遣いで話の続きを促すソラリスに、隣のフローラルは慌てたようにソラリスの服の裾を引っ張るが、アーノルドは全く気にしていないらしく表情も動かない。
「その緩衝地帯に住んでいる者達に話を聞いてきてもらいたいのだ」
「……なるほど、普通の人達では危険な場所ですからね」
「私が行ければ問題は無かったのだがな。他にやらねばならない事が有るのだ」
「少しお時間を頂いても構いませんか?仲間と相談をしたいので」
「うむ。続きの部屋を使ってくれ。そこの扉から直接行ける」
いつも変わらない厳しい表情を見せるアーノルドにつられたように表情を引き締めたアルは、断りを入れて三人で隣の部屋へと移動して行った。
パタン
扉が閉じたところで不思議そうに首を捻っていた黒炎がアーノルドの足元へと近付く。
「アーノルドはアル達の事を知ってたの?」
「ん?まあ、ある筋の者達の間では知られた存在だな」
「それってどういうコトなのかな?」
「それは本人の居ない場で話す事ではないな。
お前が直接尋ね、本人達が構わないと考えれば教えてくれるだろう」
「ちぇっ、ケチだな~。教えてくれてもいいじゃんか」
「こらっ、先生にそんな口の利き方はないだろ、黒炎」
不服そうな言葉をアーノルドに伝える黒炎に、ダスクは年長者かつ尊敬している相手に失礼だと思って嗜めるが、当の黒炎は気にするようなそぶりは見せずにダスクの顔を見上げる。
「なんだよ、知りたくないのかい?ダスク」
「それは、まあ、知りたいとは思うけどな。そのうち教えてくれる機会もあると思ってるよ」
「う~ん、確かにそうかもね。まあいっか、そのうち訊いてみよっと」
それほど執着していた訳では無いようで、黒炎はあっさりと意見を翻す。その様子を微笑ましく思うフローラルとソラリスは、見合わせた顔に笑みを浮かべていた。
カチャリ
「お待たせしました」
続き部屋から戻って来たアル達に、残っていた者達の視線が集まる。アルが笑みを浮かべているのを見て返答は予想出来ていたが、アーノルドは改めて言葉での確認をするべきだと考えたようである。
「それで、依頼は受けてもらえるのだろうか?」
「はい、問題ありません。
おそらく悪魔族の出現についてのお話なのでしょう?僕達も気になっていましたから」
「さすがだな。まあ、このタイミングでの依頼なのだから予想も容易か」
「ええ、そういう事です。
それでは僕達は仲間と合流してすぐに出発しますが、報告は学院まで伺えば良いですか?」
「ああ、そうしてもらえると助かる。
それと、もう一つだけ頼みがあるのだが、それは難しいようなら断って構わない」
その言葉に動きかけていたアルは止まり、アーノルドへと問い掛けるような目を向ける。
「学院に所属している者を同行させてもらいたい。
もしかしたら、そのほうが円滑に話が出来るかもしれないのでな」
「それで、その同行者というのはどちらに?」
「ああ、既にこの部屋の中に居る」
「え?」
アーノルド以外は疑問の表情で周囲を見回すが、もちろんここにずっと居たダスク達は新たな人物の登場を見ていないし、席を外していたアル達にも人数が増えているようには見えなかった。
「???」
疑問符を浮かべる一同の中、ただ一人アーノルドだけはこの反応を予想していたので、静かに手を持ち上げてその人物を指差していた。
「僕ですか?」
「なるほど~」
特に驚いた様子の無い黒炎が見上げる先には、少し驚いた様子で自分を指差すダスクが居た。
「どういう事ですかっ」
本人以上に驚いた顔のフローラルがそう言ってアーノルドへと詰め寄ると、同じくソラリスも横に並んで睨みつける。
「ダスクが行くならオレ達も一緒に行って良いんだろうな」
「残念だが、それは許可出来ない」
「何故っ」
「お前達では足手まといになるし、お前に関してはこれ以上王都を離れさせる訳にはいかない。
それに、日常から離れて色々と考えたい事も有るだろうからな。
それで、どうするんだ?」
最後の言葉はアルへと向けたらしく視線も同様に向けられていた。それを受け止めたアルが何と答えるかを、断ってくれという希望を乗せた目で見るフローラルとソラリスであったが、その様子には気付かないフリをしながらアルは何事かを考えているようであった。
「……わかりました。本人が良ければ構いませんよ」
残念そうな表情になるフローラル達に内心で謝りながら、アルはダスクへと問い掛けるような視線を向ける。
「僕は……先生が必要だと考えたのなら同行させてもらいたいです。
危険な場所にローラとソラを連れて行きたくないので、僕達だけというのも望むところですよ」
肩を落とすフローラル達に気付いたダスクが近寄って宥め始めるのを横目に、アルはアーノルドへと小声で話し掛ける。
「生徒想いの良い先生ですね」
「からかうな。良くも悪くも学院に影響が有りそうだからな。少し離しておきたいと思っただけだ」
「そういう事にしておきましょう」
笑顔でからかうような視線を向けてくるアルに鋭い視線を向けるアーノルドであったが、それは全く効果が無いようであった。
「今回の事件で色々有ったのだから、少し環境を変えてリフレッシュした方が良いと思うよ。
学院から離れている間の評価もちゃんともらえるだろうから、悪い提案では無いんじゃないかな」
「ああ。ダスクにとっては学院の使いとなるのだから、普通のミッションより高い評価が加算される」
「そっか~、それなら悪くないんじゃないのかな?ダスク」
「そうだな。結果的にはチームの為にもなるのなら言う事無しだ」
満足そうにダスク達を見ていたアーノルドは、ふと何かを考えるようなそぶりになった後、黒炎へと視線を向ける。
「そういえば、学院から貸与されている首飾りは持っているか?黒炎」
「ん?ちゃんと首にかけてるよ。ほら、見てよ、良く似合ってるでしょ」
首を反らせて見せる胸元には、オルフィエルド学院を現す紋章が彫られたペンダントが銀の鎖で下げられており、それは黒炎の瞳の色と似た紅玉のような輝きを見せている。学院に関連する行事にはいつも身に着けていたので、この場所にも携行していたのであった。
「それは学院の者だという証にもなる物だから、無くさないようにな」
「わかってるって。ボクもコレは気に入ってるから、心配しなくてもダイジョブだよ」
「そうか、頼んだぞ」
アーノルドとしては何気ない言葉であったが、人に何かを頼まれる事が少ない黒炎にとっては嬉しい事だったらしく、傍から見ても分かるくらい紅い瞳を輝かせて尻尾を大きく振っていた。
アーノルドとアル達は詳しい事を話し合う為に中央のテーブルを囲むソファに座ると、広げた地図を指差しながら場所を確認し始める。それを眺めながら、ダスク達は窓際の小さな机の周囲の数脚の椅子に座り、フローラルが茶器で淹れてくれたお茶で一服していた。
「本当に貴方達だけで行くの?」
「うん。というか、アルさん達も一緒に行くから大丈夫だよ、ローラ」
「普通のミッションはダスクが居ると失敗するコトが多いからね~。
かえってこのほうが良かったのかもしれないよ」
「むぅ、うるさいぞ、黒炎。わかってる事をいちいち指摘するなよな」
「確かに危険な場所に行くならオレ達が居ない方が良いとは思うんだけど。
なんか役立たずだと言われてるみたいで、やっぱり悔しいぜ」
「ソラの言う通りよね、はぁ」
意気消沈しているフローラルとソラリスに、ダスクは苦い物を食べたような表情になって二人の言葉を否定するように首を横に振る。
「そんな事は絶対に無い。今回の事件で誰が役立たずだったと言うならば、それは僕の事だ。
力は有っても全く生かせずに、知り合いの女の子とその家族を助けられなかったんだから」
「それはっ」
ハッとした表情でその言葉を否定しようとするフローラル達であったが、ダスクは片手を上げて続きを封じると、まだ少しだけ悲しそうな表情は残っているが感謝するような口調になる。
「いいんだ。多分、先生は僕に違う環境で考える機会をくれたんだと思う。
ここまで色々あったから、事件を思い出す場所から離れて息抜きしてこいって事じゃないかな」
「なかなかイイヤツだよね、アーノルドって」
「お前はまた先生にむかって……はぁ、まあ言ってもきかないか。
そういう事だから、皆もそれぞれでちゃんとリフレッシュしないと駄目だよ。
僕達がいつ帰ってきても良いように、チームの皆には評価をたくさん稼いでおいてもらわないと」
そう言ってダスクは口元に笑みを浮かべる。
「ダスク……そうね、私達でたくさん評価を稼いで貴方達を驚かせてあげるわ。
ねっ?ソラ」
「ああ、オレに任せとけっ。お前ら、帰ってきた時に驚いて腰を抜かすんじゃねえぞ」
「楽しみにしておくよ」
「あははっ、帰ってきた時が楽しみだね~」
ようやく全員が笑みを浮かべる事が出来たダスク達に、まるで機会を窺っていたかのように声が掛けられる。
「こちらは話し合いは終わったから、各自で明日の準備をしておけ。
ダスクと黒炎は東への旅の準備、フローラルとソラリスは王都へ帰る準備だな。
そろそろ部屋も返さねばならないからな。宿も各自でどうにかしろよ」
そう言って部屋から出て行くアーノルドに続いて一同は退室する。廊下を宿屋の出口に向かって歩いている途中で何事かを思い出したダスクは、歩きながらフローラルへと声を掛ける。
「そうだ、ローラに頼んで良いかな?」
「ん?もちろん構わないけど、何かしら?」
「僕が働いている鍛冶屋の親方に、しばらく休む事を謝る手紙を渡して欲しい。
それと、我が家の管理をお願いしたいんだ。
空気の入れ替えを、たまにで良いからやっておいてもらってもいいかい」
「ええ、いいわよ。鍛冶屋って前に一度お邪魔した事があったわね」
「うん、ありがとう。親方への手紙は後で書いて渡すから。
ほら、これ、我が家の入口の鍵を渡しておくからよろしく。
なんだったら、いつも通り昼休みに自由に使って良いよ。
まあ、いちおう学院長に許可をもらっておいてくれると助かるけど」
「わかったわ。帰ったら伝えておく」
宿屋の外に出た一行はそれぞれすべき事を行う為に三方に分かれて行った。
一晩経った翌日の朝にアフ・オルトレスの北門の前にダスク達の姿があった。まだ早い時間帯なので新鮮な食料を運び入れる者達くらいしか見えず、大通りでも人の姿は少ない。
「ふわぁ~ぁふ、眠い」
「ほら、目を覚ませよ、黒炎」
大口を開けて欠伸をする黒炎に、足の側面でつつくダスクであったが、少しも効果は無いようであった。
「歩いていれば、そのうち目も覚めるんじゃないかな」
「ですけど、しばらく会えないんだから、ちゃんと挨拶を交わしておいた方がいいかなと」
「まあね。でも、無事に再会する予定なんだから気にしないでいいと思うよ。だろ?」
「はぁ、確かにそうですね、アルさん」
諦めた顔になったダスクは姿勢を正すと、普段と変わらず厳しい表情のままのアーノルドへと身体ごと向き直る。
「それじゃあ僕達は東の緩衝地帯へと向かいます」
「ああ、気を付けてな。まあ、主役はお前じゃないんだから、もう少し気楽にしておけ」
「はい、出来るだけそうしようと思います」
真面目な表情でそう答えたダスクは一転して口元に笑みを浮かべ、まだ心配そうな表情をしているフローラルと不満そうな表情のソラリスへと顔を向ける。
「僕達はアルさん達と行くから、二人は王都までの道のり気を付けて。
それと、サフィさんと、ついでにウィリアムにもよろしく言っておいてよ」
サフィとはソラリスに仕えるサフィーラ・ロングという名前のいつも笑顔のメイドさんの愛称で、普段はソラリスから離れる事は無いが、今回は色々あって王都で留守番をしていた。
「ええ、わかったわ。そっちも気を付けて、って言っても、あんまり効果が無さそうなのよね」
「ローラに同意だぜ。
無理するな、とは言わない。
だけど、お前らが無事に帰ってくるのを待ってる人間が居る事を忘れるんじゃねえぞ」
「ああ、わかった。元気に再会するって約束するよ。なっ?黒炎」
「ん~?うん。そうだね~」
「全くもう、貴方は変わらないわね、黒炎」
「あははっ、こいつのこういう大物っぽいところ好きだぜ」
その様子を目にして、ひとまず全員が、アーノルドやバーナも珍しく、口元に笑みを浮かべる事が出来ていた。ついで扱いされたウィリアムについては誰も異論を唱える事も無く、もしかしたら今居るであろうここではない場所でクシャミをしていたかもしれない。
「さあ、行こうか」
そう言ったアルとアーノルドは頷き合い、アル達三人は馬へと騎乗する。例によって装備の重さで徒歩のダスクと、立派な四足を備えている黒炎はそのままそれに続く前に、ダスクは手を振ってから兜をかぶり、黒炎は大きな尻尾を手の代わりに振る。
「いってらっしゃ~い」
泰然と見送るアーノルドの傍らでダスク達の後ろ姿が見えなくなるまでフローラルとソラリスは手を振っていた。
「心配か?」
「はい。無茶が鎧を着ているようなものですから」
「あははっ、上手い事言うぜ」
不安そうな表情に戻っていたフローラルに問い掛けたアーノルドへの答えを聞いたソラリスはそんな事を言っていたが、その表情にはフローラルに負けず劣らず不安が浮かんでいた。
「あいつをどうにか出来る者などほとんど存在しないだろう。
今回は手練の者が共に行動するのだから尚更だ。
それよりも、悪魔族との戦いを見ていた者が多かったのが問題だな。
色々と面倒な事にならなければ良いのだが」
「もしかして、それを予想してしばらく王都から離れさせたのですか?」
「多少はな。だが、主な理由は昨日言った通りだ」
「なるほど。結構イイヤツなんだな、あんたは」
「ソラっ」
変わらぬ言葉使いにソラリスの服の裾を引っ張るフローラルであったが、ソラリスは不思議そうな顔を向けてくるだけで理由が分かっていないのが丸分かりであった。言われたアーノルドは全く気にしていないらしく、無言で二人のやりとりを眺めていたが、ふとダスク達が向かった方向へと視線を向ける。
「まあ、大丈夫だろう」
そう呟いている表情は難しい顔になっており、口に出した本人がその言葉を信じているのかどうか判別出来そうもなかった。
「あれ?アルさん達の人数って……」
「そういえば……」
思い出したようなフローラルの言葉に、ソラリスも首を捻る。二人の声を耳にしながら、表情は変わっていなかったがアーノルドも内心で疑問に思っていた。
アーノルドの依頼でアル達は東の国境に挟まれた緩衝地帯へと向かう事になった。それに同行するダスクと黒炎は無事に王都へ、皆のもとへと帰ってこれるのだろうか。そして、アルの仲間はもう一人居たはずなのに出発を見送られたのはアル、ミリー、バーナの三人だけだったのは何故なのだろうか。
楽しんで頂けたでしょうか。続きも早く読んで貰えるように頑張ります。




