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それは黒くて重かった  作者: D.K.B.Y.
第五章
41/45

決着

次の章を書く前に、4章までのキャラクター説明が重複している場所を訂正したいと考えていますので、投稿が早くなる事は無いだろうと予告しておきます(汗)。あぁ、もっと早く書けるようになりたいなぁ(遠い目)

 港町シアネントに近い周辺一帯は水平線に沈む直前の夕陽に照らされており、戦場になった平野のそこかしこに横たわる魔獣達の亡骸(なきがら)から伸びる影は長く伸び、(あか)く塗り潰された世界はまるで傷付いた人々や魔獣達が流した血に染まっているかのように感じられた。もっとも、魔獣の血液は個体ごとに色が違っていて厳密に言えば違うのだが、薄暗くなった現在では分かり難く、その血に濡れた武器を振るっている者達の感情には何の影響も与えないに違いない。

「逃がすなっ!ここで(のち)(うれ)いを無くすのだっ!」

上からの指示を聞いた兵士達は疲れた身体に鞭打って重い足を動かしながら魔獣の残りを包囲し、一切の情けもかけずに次々と殲滅していく。大部分の兵士達はそうやって戦い続けていたが、一部分の兵士達は薄暗くなってきた戦場を照らす為に松明を増やしながら、命令通りにもう一つ行われている戦いを監視していた。監視している兵士達はその命令に異論は無く、逆に、戦いに参加しろとは言われたくないと考えているのが、誰が見ても彼等の表情から簡単に読み取れるだろう。それほどの戦いが眼前で繰り広げられていた。

 ガッ、ガッ、ドガッ

めまぐるしく位置を変えながら戦っているのは、一方はここまで見たどの魔獣よりも巨大な身体と大きく鋭い爪や牙を振るう三つ首の狼の様な恐ろしい姿をしており、兵士達は知らなかったが悪魔族の中でも上位の個体であった。もう一方は悪魔族の巨体と比べると実際の大きさよりも小さく見えてしまうくらい大きさが違う人物で、大柄な者が多い兵士達と比較すれば小柄に見える身体にくすんだ黒色の全身鎧を(まと)い大剣と巨大な盾を装備し、重そうな見た目に反して身軽に動きながら互角に渡り合っていた。その人物はもちろんダスクであったが、この場にその正体を知っている者はほとんど居なかった。

「もしかして、あいつがやられたら今度は俺達がアレと戦うのか?」

「かんべんしてくれ。誰だか知らないが負けるんじゃないぞっ」

「やっつけろっ」

一部の者はそんな事を言いつつも、自分達の方へ注意を引きたくなかった兵士達の声量は極々小さなものであり、それ以外の者達は息を詰めて凝視しながら自分の信仰している神へと祈りを捧げていた。


 ズザザッ

攻撃をぶつけ合った後、同時に左右に分かれたダスクと悪魔族は視線を切らずに油断無く身構える。

『少シハマシニナッタヨウダナ。最初ハ歯応エガ無サ過ギテ(ヒト)思イニ踏ミ潰シテヤロウト思ッタガ』

「それは悪かった。だが、そんな事を言ってる余裕が無くなっているように見えるけどな」

獣の顔から読み取るのは困難なものの、図星を指されたのかは分からないが一瞬言葉を詰まらせた悪魔族は鬼火の様に青く輝く瞳を内心の怒りにギラつかせる。

『……人間ゴトキガ生意気ナ事ヲ言ウ。

 我ガ(チカラ)ノ片鱗ダケデ判断シテイルノナラ、コレカラ地獄ヲ見ル事ニナルダロウ』

「こっちも合わせてやっていたんだ。さっさと本気にならないなら、すぐに終わらせてしまうぞ」

表面上はダスクも平静に見えていたが少しも怒りは収まっておらず、双方共に挑発の言葉を飛ばしながら全身に力を込め、戦いの再開を態度に表す事で同意していた。

 ダッ

緊張感が飽和した瞬間に飛び出した双方は、中央で大剣と爪をぶつけ合った後、間合いをあけて平行に走り始める。何度も交差しながら攻撃を繰り出していたが、散らばる瓦礫を砕いたり、足場にしたシアネントの石壁にヒビを入れたりと周辺に被害を与えながらも、見た目は互角の戦いが続いていた。ある程度戦った後、先程の場所に戻って来ると、再び間合いをあけて睨み合う。

『ナカナカヤルデハナイカ。

 簡単ニ終ワッテシマッテハ、正直ツマラナイト思ッテイタガ、ナカナカ楽シマセテモラッテイルゾ』

「……本当にそう思っているのか?本気で言っているのなら、そろそろ終わりにしてもいいか」

『チッ、大口ヲ叩ケルノモ今ノウチダゾ。我ガ(チカラ)ハ、』

「もういい。お前の前足に蓄積されている損傷に気が付いていないとでも思ってるのか?

 ふぅ、さっさと仇を討たせてもらうぞ」

悪魔族の言葉の途中で割り込んだダスクは、期待外れだという風にわずかに首を横に振ると、大剣を持つ手に力を籠めて軸足に重心をかけていく。

『……何ノ事ダカワカラヌガ、ソコマデ言ウノナラバ、コンナノハドウダ?』

一瞬怒り任せに言葉をぶつけようとしていたように見えた悪魔族であったが、何かを思い付いたらしくそう言いながら少し下がって間合いをあけると、無事な左右の頭、その両方の口を大きく開いてダスクへと向ける。

「なにを、」

するつもりだ、と続けようとしていたダスクの言葉を遮るように、悪魔族の口腔内に赤々と燃える塊が生じる。それを見てもダスクは動じる事も無く、どこか失望したような態度になっていた。

「魔力で生み出した炎なんて効かないぞ」

『ソレハドウカナ。ソウ思ウノナラバ、実際ニ受ケテ確カメテミルガイイ』

実際の会話は思念を飛ばしていたらしく、口を動かさなくても成立していたので、内心ではダスクは驚きつつも表には出さないようにしていた。

 ゴゴゥッ

直後に唸りを上げて燃える塊がわずかな時間差で発射される。それを見てもかわす必要は感じなかったダスクはその場に留まり、炎を上げて飛んでくる塊に盾を向けて受け止めようと身構える。

 ドガドガッ

「ぐっ」

以前戦った悪魔族の生み出した炎は簡単に受け止める事が出来たので甘く見ていたが、思っていた以上の衝撃を受けたダスクは後方へと弾き飛ばされてしまう。

 ズザザッ

かろうじて倒れずに耐えたが、衝撃に頭が少しふらついている事に加えて身体の各所から熱を感じ、慌てて視線を自分の鎧へと向けて確認する。

「これはっ!?」

悪魔族の放った燃える塊はただの炎ではなく溶岩のような燃えるドロドロとしたもので、中心にはそれと同じものを圧縮して作った硬く重い核を有していた。驚きに固まっていたダスクは各所から感じる熱に慌てて付着しながら燃えているそれらを払い落とす。(さいわ)い鎧自体には全く影響は無く表面は綺麗なままだったが、地面に落ちてから冷えて固まったそれらが隙間から直接身体に触れれば大怪我をするし、付着したまま固まれば動きを阻害されそうであった。

『クックックッ、慌テテイルヨウダガ、ドウカシタノカナ?

 フム、我等ノ世界カラ()ビ出シタ炎ノ泥ハ気ニ入ッテクレタヨウダナ』

「くっ、予想外の攻撃だったけど、これで優位に立ったと勘違いするなよ。

 こんなもの、当たらなければどうという事もない」

既に次弾を用意している悪魔族の言葉に、甘く見ていた自分の未熟さをダスクは怒りつつ、すぐに相手の戦力を計算し直していた。

 ジリッ

警戒要素が増えたせいで間合いを取りつつ円を描くように動いて攻撃の機会を探すダスクであったが、待ちを望むような性格ではないのはお互いに分かっていたので、図らずも同時に前に飛び出していた。

 ガッ

一瞬早く悪魔族の爪が振るわれたが、盾で受け止めたダスクはそのまま大剣で一撃を加えようとするが、すぐにそれは間に合わないと判断していた。

「ちっ」

この展開を予想していたらしい悪魔族がこちらへと向けている口の中で燃える塊に気付いたダスクは、舌打ちをして後方へと跳躍する。

 ゴゥッ、ゴゥッ

「くっ」

続けざまに発射されたせいで次弾をかわす為に上に跳躍する事になったダスクは、待ち構えていた悪魔族の一撃を空中で受ける羽目になっていた。

 ドガッ

地面に叩きつけられる直前に身体を回転させて衝撃を受け流したダスクは、転がる勢いを利用して立ち上がると、悪魔族の側面へ回り込もうと駆けて行く。小回りの効くダスクの動きに胴体は遅れるが、それでも発射台の首は回って狙いをつけていた。

 ゴゥッ

「ふっ」

ギリギリで見切ってかわしたダスクは、体勢の整う前の悪魔族の後足へと大剣を叩きつける。

 ドガッ

『グッ、ナメルナッ』

更に追撃を加えようとするダスクであったが、悪魔族も連続で攻撃を受けるほど甘くは無かった。

 ゴゥッ

用意が間に合った次弾を跳んでかわさねばならなかったダスクは悔しそうな顔になるが、次の瞬間、予想していなかった方向から攻撃を受ける。

 バチッ

「っ!?」

 ドゴッ

空中で攻撃を受けて弾き飛ばされると、シアネントの石壁にしたたかに叩きつけられる。ぶつかった場所に入ったヒビの大きさから、その衝撃が小さくなかった事を表していた。

『クックックッ、攻撃手段ハ爪ダケジャナイゾ』

足の動きは見逃していなかったが、もう一つ、目の前で振られている尻尾の存在を忘れていた自分に怒りを覚えつつも、既に経験したので次は隙を突かれないようにダスクは気を引き締め直す。

「わかっていれば問題無い。むしろ、だんだんと攻撃手段が明かされてきたから楽になってきたよ」

石壁の破片を払い落としつつ平然と立ち上がり、そう言いながらダスクは身体の各所を動かして具合を確かめる。

『……』

気負いの無いダスクの言葉を聞いて動きを止めた悪魔族は何かを考えているように見え、急に静かになった様子にダスクは警戒心を呼び起こされていた。


「もう少しで終わりそうかな。ほとんどいつも通りのダスクになってるし」

距離を取ってダスクと悪魔族の戦いを観戦していた黒炎は、ダスクの動きが良くなるにつれて悪魔族の動きが少しずつ、本当にわずかずつだが悪くなっているのを感じていた。攻撃手段に自前の手足を使っている悪魔族に対しては、ダスクの装備は優位に効いているらしく、積み重なる損傷の回復は即座には行えないようであった。

「ん?これって……」

何かを感じて背後を振り返った黒炎はそのまま確かめようとしていたが、いつの間にかダスクの戦っている場所に近付いてしまっている事に気付いていなかった。


 ゴォォォッ

先程よりも多量に召び出した炎の泥が悪魔族の口から炎を噴出させ、地面に落ちた欠片が周囲を焦がしていく。量を増やしても同じ攻撃方法をしてくると思ったダスクは、少し失望したような表情を浮かべていた。

「量を増やしたからといって、簡単に当てられると思うなよ」

『イツマデソノ余裕ガ続クカナ』

そう言って左右の頭を向けてきた悪魔族に、ダスクはすぐに動けるように足元に力を込める。

 ガッガッガッ

予想に反して燃える塊を撃ってくるのではなく左右の前足の爪で連続した攻撃を繰り出してきたので、少しの間ダスクは受けにまわる事になる。その攻撃を大剣でさばきながら、同時に上から飛び散って降ってくる炎の泥をかわしたり盾で払い除けていくうちに短い距離であったが後退させられていた。

「む?」

 ドガッ

突然背中を見せられて疑問に動きが一瞬止まった瞬間、意表を突いて後足の強烈な蹴りを繰り出され、それを盾で受け止めたダスクは少なくない距離弾き飛ばされていた。

 ズザザザッ

倒れはしなかったが更に後退させられたダスクが顔を上げると、視線の先では悪魔族が燃える塊を放つところであった。

 ゴゴゥゥゥッ

「なんだ?どこに……くっ、今更そっちにやるのかっ!」

自分に当てるには高い軌道に訝しげな顔になるが、背後から聞こえるざわめきに今更ながら気付く。まだ距離はあるが、周囲で監視していた兵士達の居る方向へいつの間にか誘導されていたのであった。

「くそっ、うぉぉぉぉっ」

一瞬で現状を理解したダスクは大剣を地面に突き立てて盾を両手で摑むと、身体を回転させる勢いを乗せて頭上に達しようとしていた巨大な燃える塊に盾を投げていた。

 ドガァァァッ

見事に盾は燃える塊に当たるが、激突した瞬間に爆発の衝撃にその場に縫い止められてしまう。そのまま追撃にもう一方を撃ってくると思ったダスクが視線を戻すが、その場に居た悪魔族の姿が消えていた。

「いったいどこに行ったんだ?……あっ」

左右には姿が見えなかったが、ふと嫌な予感を覚えて首を上に向けると、高く跳躍した悪魔族が自分の方ではなく全く違う方向へと向いているのに気が付く。

「なにを……」

悪魔族が向いている方向へと視線を向けたダスクが目を凝らしてみると、そこには見覚えのある姿が漆黒の小さな塊のように見え、ちょうど背後を振り返っていて現状を把握していないように感じられた。

『クックックッ、コレハサスガノオ前デモ耐エラレナイダロウ』

「ちょっと待てっ!戦っているのは僕なんだから、こっちを攻撃すればいいだろっ!」

『ソンナ事ハ知ラヌ。コチラノ方ガ、ヨリ痛手ニナルデアロウカラナッ』

 ゴゴゥゥゥッ

「待っ……くそっ、黒炎っ!?」

ダスクの制止を無視して発射された燃える塊は、今から何かを飛ばしても間に合わない速さで進んでおり、気配に気が付いた黒炎がようやく振り返った時には手遅れな距離に達していた。


 ゴゴゥゥゥッ

「ん?……うにゃっ!?」

戦場の方から急速に近付いて来る気配に気付いて再び首をそちらへと向けた黒炎は、視界一杯に拡がりながら飛来する燃える塊の姿を認め、驚きのあまりに変な言葉を発していた。

「やばっ、これはさすがに逃げないとっ!」

そう言いながら直後に駆け出す事が出来たのはさすがとはいえ、今から逃げても攻撃範囲から脱するのは不可能だと判断しなくてはならなかった。それでも最後まで諦める気は全く無いらしく、黒炎は全力で遠ざかる方向へと向かう。

「もうダメだ~。

 焼け死ぬのは熱そうだからイヤだけど、ボクが居なくなった後のダスクが心配だよ~」

命の危険に陥っている最中の黒炎であったが、懸命に走りながらの言葉は妙に緊張感が少なかった。

「熱っっっ、当たってないのにこの熱さ。ホントにイヤだな~」

 ザザザザッ

既に熱を感じるほど接近していた燃える塊に嫌な顔をしていると、黒炎の逃げていく方向から物凄い勢いで接近してきた何かが地面を削りながら急制動をかけて隣に止まる。

「うわっ、なになに、なんでっ」

 ドガァァァッ

燃える塊は黒炎達のすぐ手前に着弾して当たらなかったが、至近距離だったせいで衝撃波と共に炎の泥が跳ね上がり上から降りかかってくる。その直前に黒炎と燃える塊の間に飛び込んで来て黒炎を驚かせた何かも、爆発で巻き上げられたと思われる土埃に黒炎と共に包まれて姿が見えなくなっていた。


 燃える塊が撃ち出されてから着弾するまで、長くかかったように感じていても実際は短い間の出来事であった。視線の先で爆発した燃える塊は炎の泥を撒き散らし、それらが地面を焦がしながら上げる煙と土埃に覆われて黒炎の姿はダスクの居る場所からは確認できなかった。

「……」

『クックックッ、マタ死ンダナ。オ前ニハ誰カヲ守ル事ナド、デギャッ』

 ドゴッ、ドッ、ガッ、ズザァァッ

言葉の途中で強烈な一撃を受けた悪魔族は、数回地面を跳ねてから地表を削ってようやく止まる。

『グ、ガハッ、イッタイ何ガッ!?』

 ゴギッ

『……ギッ、ガァァァッ』

横っ面を打たれたらしく口から紫色の血を吐き出した悪魔族は、間髪居れずに後足を叩き折られて痛みに声を上げていた。その傍らにはくすんだ黒色の塊が静かにたたずんでおり、その力無く下げられた手には大剣が握られ、盾の方は悪魔族の左後足にめり込んで直立するように刺さっていた。動きが早過ぎて分からなかったが、おそらく大剣で横っ面を一撃して吹っ飛ばした後、そのまま離されずに駆けて悪魔族が止まったところで、途中で拾った盾を後足に骨を砕くに余り有る力で打ち込んだのだろう。

『グゥッ、何故ダ。何故コウナル……』

「……」

悪魔族の思惑としてはダスクの動揺を誘って優位に戦闘を進めたかったようだが、ダスクの方は感情が振り切ってしまって逆に零になっているらしく、悪魔族が感じるのはどこまでも平らなモノだけであった。その状態でもダスクは悪魔族の邪魔な機動力を()ぐ為に後足を叩き折っており、必要な事だけを淡々と行う機械的な気味悪さを悪魔族に感じさせていた。

 ズズッ

『クッ、人間ゴトキニ恐レヲ感ジルワケガナイノダッ』

我知らず地面を後退していた事に気付いた悪魔族は怒りを覚え、その勢いで痛む片足を引きずりながら身体を起こして身構える。それを見ているはずのダスクは、その場で動かず突っ立ったままであった。

 ドガッ

横殴りの攻撃を受けて弾き飛ばされたのは優勢だったダスクの方で、少し離れた場所に仰向けに転がっていた。それを好機と見た悪魔族は素早く間合いを縮めると、左前足でダスクが握ったままの大剣を押さえて、倒れたまま動こうとしないダスクを右前足で攻撃する。

 ガッ、ガッ、ガッ

爪の攻撃は鎧を通らないので前足の裏全体を使って体重を乗せて踏みつけるように連続した打撃を加えていくと、次第にダスクの身体は地面に少しずつめり込んでしまう。土の地面とはいえ、柔らかくない場所にめり込むほどの強さで打撃されれば、鎧の中のダスクに伝わる衝撃は小さいものではないだろう。一転して優勢になったかのような悪魔族であったが、傍から見るその様子はダスクを恐れて必死に攻撃しているようにしか見えなかった。

『……ハァ、ハァ、思イ知ッタダロウ。人間ゴトキガ我等ニカナウ訳ガナイノダ』

どれだけ攻撃したか意識していなかったらしく、肩で息をしながら真下のダスクへとそう吐き捨てるが、返事を期待していない独り言のようなものらしかった。

「……痛いな……」

『クッ、マダ話ス事ガ出来ルノカッ』

「……でも、アイツの痛みと比べたら、ほんの些細(ささい)なものだろうな……」

『グゥゥッ、我ヲ無視スルノハ許サンゾッ』

「許さない?許さないのはこっちの言葉だ。そろそろ反撃させてもらうぞ」

 ググゥッ

体重を乗せて踏みつけているにも関わらず、踏んでいる前足が下から持ち上げられていくのを止められずに悪魔族の狼に似た頭に浮かぶ表情が歪んでいく。

「おぉぉぉぉっ、はぁっ!!」

いつの間にか足の裏との間に空いていた左腕を入れていたダスクは、悪魔族の右前足を真上に跳ね上げると、それが戻ってくる一瞬に身体を右に回転させて大剣ごと右腕を押さえている悪魔族の左前足に抜き手を突き入れていた。

 ドスッ

『グアァァァッ』

手首まで突き刺さった抜き手の痛みに声を上げた悪魔族が思わず左前足を持ち上げていたので、その動きに合わせて抜き手を引き抜き、その隙にダスクは自由の身になって飛び起きると、片手で持っていた大剣を両手に構え直す。

「黒炎……こんな戦いなんて、さっさと終わらせて帰ろうな」

『オノレェェェッ』

呟くダスクの言葉を聞いていた訳ではないが、簡単にあしらわれている現状に悪魔族は怒りを(あらわ)にする。折れた足は動かせ無いようであったが、抜き手で傷付いた前足の痛みを忘れたように三本の足でダスクへと襲いかかっていた。

 ブンッ

無傷の時と遜色無い威力と速さをもった橫()ぎの攻撃であったが、その前足には手応えが全く無く、悪魔族はダスクの姿を求めて周囲を見回す。

 ゴンッ

『グアッ』

直後、真上から打たれた片方の頭が地面に届くほどの重い一撃を受けた悪魔族は、その勢いに引っ張られて体勢を崩す。

 ドガッ、ズズンッ

『ガハッ』

間髪入れずにもう一方の頭を外側からの横向きの一撃を打たれ、その大きな身体が回転して横倒しになっていた。その傍らに着地したダスクの姿は、ドッシリと直立していて揺るがないものを感じさせ、おそらく悪魔族にとっては自らの命を(おびや)かす者という認識へと変わっているのではないかと予想された。


 遠巻きにダスク達の戦いを眺めていた兵士達は、正体不明だが人間であるダスクが優勢になっていくにつれて表情が明るくなってきていた。その他の兵士達の働きで残存する魔獣達の数が減っているのも伝令の報告によって伝わってきているので、目の前の戦いが終われば人間側の勝利が決定的になると感じているからであった。

「やっと終わりそうだな。まあ、シアネントの方も掃除しないと駄目だけど」

「そうだな。誰だか知らないが、あのバケモノの相手をしてくれて助かったぜ」

張っていた気を緩めて久しぶりに口元に笑みを浮かべながら会話をしていた兵士達であったが、少しして顔色を青くした兵士がポツリと言葉を漏らす。

「なあ、なんだか一方的になってきてるが、少し過剰な気がしねえか?」

「ん?そんな気もするけど……まさか、俺達には攻撃してこないよな」

「まさか、なあ」

少し引きつった顔を見合わせる兵士達の視線の先では、一方的にボロボロになっていく悪魔族の姿と、淡々と血塗れになりながら攻撃を続けている鎧姿が映っていた。


 ドガッ、ドゴッ

『……グッ、ガハッ』

常に反撃を試みていた悪魔族であったが、それでも一方的に攻撃を受けるだけとなっていたので、その身体はボロボロになり自らが流す紫の血に濡れ、飛び散った血は周囲の地面を黒く染めていた。攻撃を加えているダスクの鎧や大剣も、元のくすんだ黒色が濃い黒色に見えるくらい多くの血に(まみ)れており、現在もそれは増え続けていた。

「……」

一旦、落ち着いたかの様に見えていたダスクであったが、実際に自分で受けた燃える塊の威力から黒炎の生死が絶望的だという現実に、攻撃の歯止めが効かなくなっているのを頭の片隅で理解しつつ衝動に身を任せていた。

 ドガッ、ズザァァッ

『……クックックッ、我ノ負ケヲ認メヨウ……ゴフッ……残念ダガ、今回ハココマデノヨウダ。

 間モ無ク、コノ身体モ崩壊ヲ始メルダロウ……ガハッ』

脇腹に大剣の一撃を受けて肋骨を砕かれながら吹き飛ばされた悪魔族は、地面を擦りながら止まった後、力の入らない四肢で身体を起こそうとするが叶わず、上半身だけ持ち上げて血を吐きながらダスクへと言葉を掛ける。

『……オ前ノ身体ニ直接……グッ……思イ知ラセル事ガ出来ナカッタノハ業腹ダ。

 ダガ、全ク何モ出来ナカッタ訳デハナイナ』

 ピクッ

急がずに確実に歩いて近付いていたダスクは、その言葉にわずかに肩を揺らすが、そのまま何事も無かったかのように歩き続ける。

『……アハハッ、オ前ノ相棒ガ僕ノ攻撃デ燃エタノハ傑作ダッタナァ』

それはアフ・オルトレスでも聞いた、人をからかうような声と口調であった。

「っ!?」

 ダッ

黒炎の事を言っているのだと理解した瞬間、湧き上がる怒りに任せて目にも留まらぬ速さで飛び出したダスクは、もう既に良く見えていない悪魔族の目に全く捉えられずに直前で跳躍すると、大剣を両手で逆手に持ち替えて三つの頭の首の付け根の中心へと飛び込んでいた。

 ドスッ

『グガァァァッ』

深々と突き刺さった大剣が急所を傷付けたらしく、周辺一帯に苦鳴の声を響かせた後、まるで糸が切れたかのように力無く地面に横たわる。

『……クックックッ、オ前ハ無力(ムリョク)ダッ……ゴフッ』

それだけ言うと力尽きたらしく、たまに声にならない言葉を漏らすだけで悪魔族は全く動かなくなっていた。

 ゴキッ、グシャッ

悪魔族は動きを止めていたが、それを認識しているはずのダスクはそのまま攻撃を続けており、その重い一撃一撃にみるみるうちに悪魔族の身体は破壊されていく。飛び散った血が鎧や大剣の表面を流れる様子は凄惨の一言に尽きるだろう。

 バキッ、ガキッ

「……あ?」

硬い手応えと共に大剣は受け止められており、何が起きたのかと鈍い動きで首を向けるダスクの視線の先には、この場に居るとは考えていなかった人物の姿があった。

「もうやめておけ、ダスク。これ以上、攻撃を加える必要は無いよ」

そう言って大剣を受け止めていた長剣を腰に戻したのは、海岸線で別れたきりのアルで、何故かダスクはシアネントに向かっていたのがずっと前の事のように感じていた。

「いいから放っておいて下さい、アルさん」

「しかし、」

「そんなコトしてもしょうがないって。それより、疲れちゃったから早く帰ろうよ」

「しょうがないって、そんな事はわかってます。でもっ、でも僕はっ……ん?」

もう聞けないと思っていた声が聞こえたような気がしたダスクが声の聞こえて来た方へと振り向くと、そこにはいつもと変わらない様子の黒炎の姿があり、大きな尻尾をゆっくりと振りながら催促するような視線を向けてきていた。

「えっ!?なんで居るんだ?」

「なんでって、終わりそうだったから迎えに来たんだよ」

「そうじゃなくてっ!……無事、だったのか」

 ガランッ

しっかりと確かめたくて脱いだ兜が地面へと落ちた事にも気付いていないダスクは、目の前の黒炎が消えてしまう事を恐れるようにゆっくりと近付くと、地面に膝をついて恐る恐る手を伸ばす。

「ちょっと、そのままだとたくさん血が付いちゃうよ~」

「あ、ああ、ごめん」

そう言って手を戻したダスクは左右の籠手を外してから改めて手を伸ばす。黒炎の顔を左右から包むように触れたダスクは、手に伝わるその温かさに幻ではなく本物であると理解していた。そのまま額を合わせるように触れさせるダスクに黒炎はしょうがないなという風な表情になるが、すぐにダスクの身体から伝わる震えに黒炎は気が付く。

「あははっ、なに泣いてるんだよ~。ボクがキミを置いて死ぬわけないじゃん」

「……ああっ、そうだな。僕達はずっと一緒だ」

しばらくその光景を微笑みながら見守っていたアルは、少し離れた所で様子を窺っている兵士達が動揺しているのを感じ、せっかくの二人の再会を邪魔するのを申し訳なく思いながら声を掛ける。

「せっかくの再会を邪魔して悪いけど、とりあえずこの場を離れた方が良いと思う」

その言葉にハッとしたダスクは見えないように顔を手で拭うと、籠手を装備し直して立ち上がる。

「はい。お待たせして済みませんでした」

「気にしないでいいよ。気持ちはわかる、つもりだからね」

「早く帰ってご飯にしようよ。お腹ペコペコだよ~」

「こんな場所でも変わらないなぁ」

戦場である事を感じさせない黒炎の言葉に、ダスク達は自然と笑みを浮かべていた。

「ダスク、君は装備を回収してくるんだ。あえてとどめを刺さなくても、もう終わってる」

「了解です。僕もアイツとはこれ以上関わりたくないですから」

兜を拾って被り直したダスクは今初めて自分が血塗れになっている事を自覚していた。その事にうんざりしたような表情になりつつ、同じく血塗れになっている装備を見て溜息を吐く。

「はぁ、ところで、どうやって助かったんだ?黒炎」

足取り重く悪魔族へと歩み寄りながら、ダスクは気になっていた問いを伝える。

「ん?えっとねぇ……」

質問を聞いた黒炎は首を捻りながら、その瞬間の出来事を思い浮かべていた。


 ドガァァァッ

「うわ~、もうだめだ~、や~ら~れ~る~~」

間近に着弾した燃える塊の衝撃に思わずそんな事を口走る黒炎であったが、状況に反して口調は深刻そうには聞こえないのは性格だろうか。その黒炎の目の前には衝撃波と共に跳ね上がった炎の泥が、今まさに覆い被さろうとしていた。

「はぁぁぁぁっ!!」

危機的状況に失念していた、着弾直前に現れた何か、というより何者かが間髪入れずに間近で気合の声を上げると、手にしていた白銀に輝く長剣を振り抜いていた。

 ブワッ

長剣の軌道に沿って発生した衝撃波が黒炎達を護るように半円を描き、燃える塊の爆発の威力を押し(とど)めるのを見て黒炎は目を見開いて驚きを表す。

「うわ~、こんなの初めて見たよ。ていうか、近づいて来てたのって、やっぱりアルだったんだね」

「間に合って良かったよ。とりあえず、いったん下がろう」

「え?この必殺技っぽいのでダイジョブじゃないの?」

「そうなら良かったんだけどね。これってそんなに長くもたないんだ」

「うわ、それじゃあさっさと逃げなきゃね」

「わかってくれたかい。それじゃあ、安全な方に誘導するから付いて来てくれ」

「りょ~かい」

頷き合った黒炎とアルは、アルの誘導する方向へと素早く下がる。アルも黒炎の駆け足に勝るとも劣らない速度だったので、その姿を捉える事の出来た者は居なかった。そして、その直後にアルの生み出した衝撃波の壁は脆くも崩れ去ってしまう。一部始終は、反対側に居たダスク達には衝撃で舞い上がった土煙と広がった炎の泥が上げる黒煙がちょうど壁になって見えなかったのである。


「ってわけ。最初はボクも、こりゃ死んだなって思ったんだけどね」

黒炎の説明が聞こえたらしい悪魔族は唖然とした表情を浮かべ、最後の力を振り絞って口を開く。

『……ナ、ンダト……グッ……ソンナ、馬鹿、ナ……』

もっと言いたい事が有りそうであったが、それが悪魔族の最期の言葉になる。大剣が傷付けた急所の位置や(いま)だに折れた後足にめり込んでいた盾を中心に、暗紫色の光の粒と言えるくらいまで細かく分解していく。それらは空へ昇りながら消えていくものもあったが、そのまま地面に落ちて消えていったものは悪魔族の生命力の強さとは逆に、まるで溶けて消える雪のような(はかな)さを感じさせた。最後に消えた狼に似た頭部に浮かぶ悪魔族の表情は、この場での戦いがほとんど自分の思い通りにいかなかった事で、最後まで信じられない物を見たかのように呆然としたものだった。

 

「……ふぅ、これで完全に終わったみたいだな。

 ありがとうございました、アルさん。僕の家族を救ってくれて本当に感謝しています」

装備を回収したダスクはアルの目の前まで来ると、そう言って深々と頭を下げていた。その律儀な様子に苦笑しながらも、礼を言われる事でも無いという風にアルは軽く首を横に振る。

「そんなに気にしないで良いよ。僕だって黒炎の事は大切な友人だと思っているからね。

 とにかく、早くここから離れよう。話は歩きながらでも出来るのだから」

「はい。それじゃあ行こうか、黒炎」

「うん。やっとみんなのとこに戻れるね。そして、戻ったらご飯だ~」

全くブレない黒炎の言葉にダスクとアルは笑みを浮かべる。駆け出した黒炎に追い付いて並んだダスクの背を見ながら後ろに続くアルの表情は、何故か浮かべていた笑みが消えて何かを心配するような表情になっていた。

「……何事も無ければ良いんだけどな」

そう呟くアルの脳裏には、ダスクの戦いを遠巻きに見ていた兵士達の様子が浮かんでいた。


 途中で待っていたウィリアムとミリーに合流したダスク達は、フローラル達が待っているはずの丘へと向かっていたが、向こうも同じ事を考えていたらしく丘よりも手前で合流を果たしていた。ちなみにフローラル達を警護していた兵士達は他にやる事があったらしく、他の場所へと向かったので一緒には居なかった。

「そういえば、ボク達はこれからどうするの?」

全員が無事を喜びあった後、戦場から離れながら思い出したように黒炎がポツリと言う。その言葉に顔を見合わせた一行は、歩みを止めずに考えるような表情になる。

「このまま軍の手伝いじゃねえか?せっかく近くに居るんだし」

「う~ん、みんな疲れてるんだし、アフ・オルトレスに戻って休んだ方がいいんじゃない?」

ソラリスとフローラルの言葉は両極端ではあるものの、今出来る事を正しく示しているだろうと、聞いていた一同はどちらが良いかを考え始める。

「とりあえず、何か食べる物が欲しいよ~」

そんな事をお構い無しに、黒炎は欲求に素直な言葉を耳を伏せ尻尾を力無く垂らしながら伝えてくる。

「ふふっ、安全な場所まで我慢してね。とりあえず、これでも食べて空腹を紛らわせて」

鞄から何かを取り出したフローラルは、包んでいる紙を開いて中の物を指に摘むと、少しもためらわずに黒炎の口に突っ込んでいた。

「むぐむぐ……これって、お茶?のような香りがするお菓子かな。けっこうオイシイね」

「あら、良くわかったわね。いつも淹れてる疲労回復効果の有るお茶を使ったお菓子よ」

「おっ、うまそうだな。オレにもくれよ、ローラ」

「はいはい、どうぞ。ほら、ウィリアムも食べてね……そうだ、バーナさん達もどうですか?」

「うむ、ありがたく頂戴しよう」

バーナに続いて受け取ったアルとミリーからも感謝の言葉をもらって笑みを浮かべたフローラルは、最後尾に無言で歩いていたダスクにも渡そうと立ち止まる。

「ダスクも疲れてるでしょ?空腹の足しにはなるだろうから……えっ!?」

 ドサッ

突然目の前でフラついてから倒れたダスクの姿に驚きの声を上げたフローラルであったが、すぐにハッとして慌ててダスクに駆け寄る。

「ダスクっ、しっかりしてっ、ねえっ」

背後から聞こえて来た悲痛な声に振り返った一行は、地面に倒れているダスクに必死に話し掛けているフローラルの姿を認めて、寸前の彼女と同じく慌てた様子で駆け寄っていた。

「おいっ、どうしたっていうんだよ。なんでダスクが倒れてるんだ?ローラ」

「私にもわからないわよっ、ソラ。突然目の前で倒れちゃったんだから」

動転した二人の様子を見たウィリアムとアルは頷き合ってダスクの脇にしゃがむと、何が起きているのかを判別する為にダスクの全身を眺める。

「ふむ、外からでは全くわからぬ」

「確かにそうだね。……ダスク?おい、聞こえているかい?」

ウィリアムの言葉に頷いたアルは、兜に顔を近づけて自分の声が聞こえるように、ダスクの返事が聞こえるように声を掛ける。

「……う、う……は……って……」

「なんだって?う~む、返事はあるけど、この状態じゃあわかり難いな」

微かに耳に届いた声にホッとしたような表情になるが、会話がし難い状況を改善したかったアルは、うつ伏せに倒れているダスクを横に転がして仰向けに変えようと一同に提案していた。

「うぐぐ、わかっていたけど重すぎるって……」

全員の気持ちを代弁していたらしく、そんなソラの言葉に同意して頷きながら力を籠めていく。

 ドスンッ

たった一人が転がったとは思えない音を響かせながら体勢を仰向けに変えられたダスクの兜をアルが脱がせると、その下からは疲れは見えるが意外と顔色は悪くない顔が出てきて、一同はひとまず安堵の息を吐いていた。

「大丈夫かい?ダスク。身体のどこかに怪我とか、何か問題でも発生したのか?」

「……ち、違うんです。ええと、何と言いますか……」

何故か言いよどんでいるダスクの様子に、その場に居る全員が疑問を顔に浮かべていると、本人の答えを待つまでも無く身体の方が主張する。

 グウゥゥゥゥッ

全員の耳にしっかりと届いたその音の正体を頭では理解していても、予想外の状況に黒炎以外はポカンとした表情になっていた。

「その、済みません。なんというか、力を振り絞り過ぎたみたいで……。

 黒炎じゃないけど、腹が減って動けません」

照れ臭そうに耳を赤くしながらボソボソと言うダスクを見て、ポカンとしていた全員が我に返って衝動に身を任せる。

「ぷっ、あはははっ」

「ふふっ、あははっ」

突然弾けた笑い声は相当大きかったらしく、距離が離れていたにも関わらずシアネントの街区へと進軍しようとしていた兵士達の幾人かが、響いた声を何が聞こえて来たのか分からないままに振り返ったほどであった。

「あははっ、はぁ、ふぅ。驚かせないでよ、もうっ。何かあったんじゃないかと心配したんだからね」

そう言いながら頬を膨らませるフローラルは目元を拭っており、それは笑い過ぎて涙が出てしまったのかもしれないし、もしかしたら無事が分かった事で出た嬉し涙だったのかもしれない。ソラやミリーも似たような表情で同じく目元を光らせていたが、バーナは笑みを浮かべて数回頷くだけだったのは滅多に表情を変えない彼女らしさであった。

「ほら、みんなに配ったのと同じやつ。少しは足しになるんじゃない?」

「ありがとう、ローラ」

同じく口元に笑みを浮かべたウィリアムとアルに助けられて身体を起こしたダスクは、力の入らない腕でどうにか両方の籠手を外して菓子を受け取ると、何度も喉に詰まらせてフローラルに呆れられつつ、味も分からないくらいに次々と空きっ腹に詰め込んでいった。

「ふぅ、なんとか人心地がついたよ。それで、これから僕達はどう動くんだ?」

水筒の水で流し込んだダスクはそう言うと、問うように一同を順に眺める。

「ふむ、おぬしは耳に入っていなかっただろうが、やっと最初の話題に戻ったな」

そのウィリアムの言葉に苦笑する一同であったが、即座に良い答えを返せなかったので、ダスクを休ませる意図もあってその場で考え始める。もっとも、黒炎に加えて数人は全て任せて考えるフリをしていただけだったのだが。

「いいかい?

 君達は学院の生徒なのだから、一度アフ・オルトレスに戻って指示をもらった方が良いと思う」

しばらくして片手を軽く上げて発言したアルの言葉に、ダスク達は学院の生徒という立場を思い出して顔を見合わせると、その意見がもっともだと全員が頷いていた。

「そうですね。とりあえずそれが最善だと思いますので、僕達はアフ・オルトレスに戻ります。

 アルさん達はどうするんですか?」

「僕達も一度アフ・オルトレスに戻るよ。()れが首を長くして待っているからね」

「なるほど。それなら、そこまでは一緒に行動しましょうか」

「うん、それがいい。皆それぞれの役割を全うして疲れているだろうからね」

ダスクとアルの会話に反対する者は居なかったが、結局、全員でアフ・オルトレスに戻る事は出来なかった。いつかの若い軍人が近付いて来る姿を認めたウィリアムが一行から少し離れて話をしていたかと思ったら、まだやる事が有ると言って一緒には戻れないと謝ってきたからである。心配そうな表情になるフローラルに微笑みながら、戦闘には参加しないと約束したウィリアムは、若い軍人と共に馬に騎乗して離れて行った。

「心配しなくてもダイジョブじゃないかな。ダスクと違って無茶しないだろうし」

「そうね。とりあえず私達は行きましょうか」

身体を寄せながらの黒炎の言葉と、その(ぬく)もりに気持ちが落ち着いたフローラルは微笑んで頷いていた。


 色々有ったがどうにか悪魔族を倒す事に成功したダスクは、一度アフ・オルトレスに戻って学院の教師に指示を仰ごうと、ウィリアム抜きであるが戦場を離れ始める。今回の戦いで臨時動員された学生達に更なる長期の滞在を()いる可能性は、当面の脅威が去った状況では低いと考えられるので、恐らくは王都への帰還という流れになりそうだった。ダスク達も強化合宿からそのまま参加する事になってしまったので、生徒達の保護者である貴族達からの要望が学院に寄せられるに違いないからである。ダスク本人は残って出来る事をやりたいと思っていたが、アルはダスクを迎えに行った時の兵士達の様子から何か良くない事が起こりそうな気がしていたので、ダスク達にはこの場を離れる指示が出る事を望んでいた。

楽しんで頂けたでしょうか。続きも早く読んで貰えるように頑張ります。

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