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それは黒くて重かった  作者: D.K.B.Y.
第五章
40/45

決戦

年末年始は色々と・・・なんて言っても、月末まで来たらしょうがないですね^^;少しでも早く投稿出来るようにがんばります。

 夕陽に照らされて周囲は赤く染められ足元の影も長く長く伸びており、遠くには巣へと帰っていく鳥達の姿が認められるので、太陽が山の稜線に隠れてしまうのも間も無くの事であろう。アフ・オルトレス郊外のこの場所には柵に囲まれた一角があり、そこにはたくさんの墓石が立ち並んでいた。出入り口で墓守に礼を言って出てきた両手で数えられるだけの小集団は、一様に無言で町に向かう道を歩き始める。それは、悪魔族の犠牲になった家族三人の埋葬を行ってきたダスク達一行であった。飛び込みで祈りを頼みに来たダスク達にも教会の神父は嫌な顔一つせずに快く引き受けてくれ、途中で買ってきた花で飾られた遺体に皆で祈りを捧げる事が出来た。その足で墓地へと移動して埋葬まで終わらせたのである。参列者がダスク達だけの簡易的な葬儀と埋葬であったが、とりあえずだが気持ちを切り替えようと思えるくらいの効果はあった。しかし、ホッと息を吐く皆の最後尾を歩くダスクは物思いにふけっている風に見え、埋葬後に再び被った兜に隠れて表情が分からないのもあって心配だったが、気にしながらも仲間達は声を掛ける事が出来なかった。一番長い付き合いの黒炎が横にピタリとついて離れずにいるのを見れば、未だにダスクが心配されるような心理状態から脱していないのだと感じられた。

「少し話を聞いてもらってもよいか?」

歩みはゆっくりだったが町までもう少しというところまで来た時、現状を考慮したらしいウィリアムが珍しく少し遠慮がちに皆に声を掛けてくる。それは、軍が近々魔獣へ反撃する為に大きな作戦が行われる予定で、別働隊として突入する腕の立つ者を探しているという話であった。一人でも戦いに行こうと思っていたダスクには渡りに船だったので二つ返事で受けていたが、同席していたアル達も同じ様に声を掛けられてすぐに承諾したのは、シアネントから女の子を連れて脱出した縁もあったのかもしれないし、普段と違う心理状態になっているダスクの事を心配したからなのかもしれなかった。今フローラルが調合しようとしている薬の話を聞いたウィリアムは良い報せだと喜び、その完成に合わせて作戦を行うのを提案する為に急ぐと言うので、その場で一旦止まって彼が駆けて行くのを皆で見送った。

「待ってろよ。すぐに行くからな」

ウィリアムの姿が見えなくなった後、シアネントの方向を睨みながら呟くダスクの様子に、いつもと違って黒炎達は安心感よりも不安を感じずにはいられなかった。


 翌日、これまで魔獣の角の処理に時間をかけ、その他に必要な素材を集めてきたおかげで全ての準備が済んだフローラルは、手伝っている施設に(いとま)をもらって朝から付きっ切りで調合を行い、休みも取らずに夜中までかかって薬を完成させる事が出来た。その報せを受け取ったウィリアムから使いの者が各員の所を訪れ、現時点での最前線からは少し後方に築かれている軍の野営地へ集合して欲しいと伝えられたので、念の為にダスク達は個別では向かわずアル達と合流して指示された場所へと向かった。

「なんだか元気がないな~」

「みんな疲れてるのよ、黒炎。それに、怪我人も多いみたいだわ」

「ローラの言う通りだと思うぜ。

 まあ、押されてるみたいだからしょうがないっちゃ、しょうがないんだろうけどな」

更に翌日の陽が落ちる前、夕陽に照らされた野営地に到着してすぐの黒炎達の言葉であったが、全身を鎧に覆われてそれを聞いているのかどうか分からないダスクは無言のままである。その様子に溜め息を吐いた黒炎は、少し後ろを歩いている同行者へと顔を向ける。

「ここらへんには魔獣とかって出ないのかな~。警戒しないでもダイジョブだと思う?アル」

「まだ大丈夫だと思うよ。まあ、それはこっちに任せてくれ。

 バーナがトカゲ達を使ってくれてるから、何かあればすぐにわかるよ」

「うむ」

自分を見る黒炎に向けて頷くバーナは、何かに耳を澄ますようなそぶりをしており、黒炎達は気が付かなかったが野営地に入る前からそうしていたようである。

「……まだ駄目なのね」

「うん。イロイロ考えてるみたいなんだけど、ボクにも何も言ってくれないんだよね~」

しゃがんで黒炎の頭を撫でながら心配そうな顔で小声で聞いてくるミリーに、人間だったら肩をすくめるような感じで黒炎は答える。その様子と口調にそれほど心配するような響きがない事に、ミリーは笑顔になって黒炎の頭をポンポンと叩く。

「信頼してるのね」

「あたりまえだよ。なんたってダスクなんだからね」

根拠も何も無い答えだったが、心からダスクを信頼している事が感じられる言葉だったので、アル達三人は自然と笑みを浮かべていた。

「お待ちしておりました。私に付いて来て下さい」

一人の兵士が迎えに来てそう声を掛けてくる。その後に付いて行った先には一つの天幕があり、そこまで案内してきた兵士は中に入らずにどこかに去ってしまう。顔を見合わせた一行は、外で立っている訳にもいかなかったので、一言来訪を告げて天幕へと入った。

「へ~、けっこう広いんだな~」

その黒炎の言葉通りに外観からの印象より内部は広く感じられた。そこにはウィリアムといつだったかフローラルを救いに行った貴族の屋敷で会った軍服を着た男性が顔を突き合わせ、中央に置かれた小振りな円卓の上に広げた地図を真剣な表情で見詰めていた。

「……ん?おお、おぬし達か。よく来てくれた、感謝する」

「気にしないでいいよ。僕達は自ら決めてここに来たんだからね」

こちらに気が付いて掛けてきた言葉に代表して答えたアルの言葉に頷くと、ウィリアムは手招きして全員を円卓の周りに集める。

「疲れているだろうが早速この地図を見て欲しい」

それを聞いて地図へと視線を向ける一同であったが、そのままでは不可能だと不満の声も上がる。

「ちょっと、このままじゃボクには見えないじゃないか」

「ふむ、それもそうであるが、おぬしの上がる余地は残っておらぬぞ」

「むぅ、そうだっ、肩借りるよ、ダスク」

無言で頷くダスクの答えを待たずに鎧の肩に駆け上がった黒炎に、ここのところ様子の違うダスクが不機嫌になるんじゃないかと心配していた一同であったが、当のダスクと黒炎の様子が全く変わらない事に安堵しつつ、このコンビに関しては心配する必要が無いんだなと内心で苦笑していた。

「軍が防衛線を築いているのがここで、我らが今居る場所がここだ」

ウィリアムが示すのに合わせて視線を動かしていくと、軍はここよりシアネントに近い場所に防衛線を築いているが、思っていた以上に魔獣に押されているのが分かった。

「ふむ、安心してよいぞ。現在は膠着(こうちゃく)状態が続いておるのだ」

不安そうな顔になったフローラルに気が付いたウィリアムが安心させる風に声を掛けるが、それを聞いて反応したのは別の人間であった。

「膠着状態って、今迄押されまくっていたからこんな場所まで下がってるんだろ?

 軍が何か良い策でも考え付いたのか?」

「ふむ、それならば喜ぶべき事なのだが、残念ながら違うと答えるしかないのだよ。

 膠着したのはあの日、あの悪魔族が我らの前から後方へと下がった後なのだからな」

「それは……」

それがどういう事かと思い付いた一同が向けてくる視線を受けながら、溜め息を一つ吐いてウィリアムは頷く。

「うむ、完全に我らを迎え撃つ体勢になったのだろう。

 悔しいが軍は戦うべき相手だと認識してもらえておらぬようだ」

シアネントまでまだまだ距離が有るこの場所から魔獣達の相手をしながら進んでいかなくてはならないのだと考えると、その場に居る者達のほとんどがそれが難題だと考えているらしく顔には苦い表情が浮かぶが、それは必ずしも全員という訳では無いようであった。

「ダイジョブでしょ。ボク達にはローラの作った薬があるんだから。

 弱くなったところを軍の人達と一緒にやっつけちゃえばいいじゃん」

いつも通りの口調で気軽に指摘してくる黒炎の言葉に、自分達がそれをあてにして行動を開始したのを失念していた事に気付いて苦笑する。

「そういやそうだったぜ。オレ達にはそれがあるんだから悲観する事もないんだったな」

「うむ、そうであるな。

 押されていたとはいえ、これまで大きな被害を出さなかったのだ。

 弱体化した魔獣が相手ならば優位に戦えるだろう」

「充分に量は作れたから相手が多くても大丈夫よ。

 でも、問題は薬を満遍(まんべん)なく魔獣に散布出来るかなのよね」

「ふむ、薬は離れた場所からでも効果を期待出来るのだろうか?」

「それが、その場で二種の薬をバランス良く調合しないといけないの。

 しかも、勝手に効果が広がって行ってくれるわけじゃないから……。

 ごめんなさい、言っておけば良かったわね」

ダスクは黙したまま図らずも学院の生徒主体で話を進めていたのだが、思わぬ落とし穴に顔を見合わせて頭を悩ませ始める。とはいえ、ここまで口を挟まずに会話を聞いていたアル達には何か手が有るらしく、短く視線を交わしてからアルが声を掛けてくる。

「それに関してはこっちでどうにか出来ると思うよ」

「本当ですか?アルさん。もしそうなら助かります。私達、肝心の事を失念していましたので」

困った顔で聞いてくるフローラルが頼るように向けてくる視線を受け止めたアルは、笑みを浮かべて安心させる様に大きく頷く。

「ああ、大丈夫。バーナの風の魔法なら戦場全体に薬を散布出来ると思う」

「うむ、(わらわ)に任せておけば間違いないのじゃ」

その場に居る全員の期待の視線を受け止めながら余裕たっぷりに頷くバーナの様子に、それまで不安そうな顔になっていたフローラルや、表に出していなくても不安を感じていた者達もわずかに笑みを浮かべる事が出来た。

「ふむ、それではそれはバーナ殿に頼むとしよう。

 流れとしては、軍を進めて魔獣達を引き付けた後、薬を散布して弱体させて殲滅を狙っていく。

 別働隊はその戦闘に加わらずに力を温存しつつシアネントを目指す。

 魔獣達の損耗によっては向こうの守りも薄くなるだろうからな。

 基本的な動きはこうだが、場合によってはその都度変更が有る事を念頭に置いて欲しい。

 今はこのくらいだが、何か質問や意見がある者は居るか?」

そこまで言ったウィリアムがその場に居る者達の顔を順に見ていくが、特に反対意見も無いらしく口を開く者は居なかった。最後に完全装備のまま話に参加していたダスクへと視線を向けるが、仲間達と同意見だという風に無言で首を横に振るのを見て一瞬だけ何かを言いたげな表情になっていた。

「……ふむ、特に無いようであるな。作戦は明日払暁(ふつぎょう)と共に開始する。

 各自準備が出来次第、明日に備えて休んで欲しい」

その言葉に全員が頷くのを確認したウィリアムが解散の合図を送ると、待機していた兵士がダスク達を用意した天幕へと案内しようと現れる。その後に続いて天幕から出て行く一行をまだやる事が有ると言ってその場で見送っていたウィリアムは、最後尾を歩いていたアルが出入り口に差し掛かる直前に声を掛けていた。

「少しよろしいかな、アル殿」

「構わないけど、僕だけで良いのかい?」

自分に声を掛けてくるとは思っていなかったアルは驚いた顔になるが、ウィリアムの真面目な表情に気付いてすぐに承諾していた。

「うむ。さほど時間はとらせぬ」

「わかった。二人は先に向かっていていいよ」

頷いたアルは出入り口の方へ振り向くと、立ち止まっていたミリーとバーナにそう伝え、頷いた二人は再び歩き出してすぐに視界から見えなくなった。

「話というと、ダスクの事かい?」

「……さすがに見抜かれていたようであるな」

先に用件を言われたウィリアムは一瞬言葉に詰まっていたが、吐き出す息と共に知らないうちに力の入っていた肩から力が抜けるのを感じて苦笑する。

「ふむ、それならば簡単に済ませても良いだろう。

 アル殿はダスクと同等の力量を持っているように見たが、間違っておるか?」

「う~ん、試しに剣を交えた事はあるけど、お互いに本気の全てを出していたわけじゃないからね。

 でも、そう間違った認識ではないとは思うよ」

そう聞いたウィリアムは満足そうに頷くと、少し困ったような表情に変わりながら話を続ける。

「うむ、余の眼力も捨てたものではないな。

 まあ簡単な話ではあるが、ダスクの事を頼む。最近のあやつは少し後ろ向きだからな」

「そうだね。僕に出来る範囲でだけど見ておくよ」

「うむ、それで構わん。無理をしてもらう必要は無いのでな。

 話はこれだけだ。時間をとらせてすまんな」

「いや、僕も気になっていた事だから気にしないで良いよ。

 それじゃあ、また明日」

会釈をして天幕を出て行くアルを見送ったウィリアムは、心配が杞憂(きゆう)に終わってくれるのを祈りながら円卓へと向き直り、明日の作戦を詰めようと頭の中を切り替えていた。


 タッタッタッ、ズザッ

早足で仲間達を追いかけていたアルは突然何も無い場所で立ち止まると、松明の灯りの届いていない方向へと視線を向ける。

「待っていてくれたのかい?バーナ」

その言葉に簡単に見付かってしまったなと苦笑を口元に浮かべているバーナが、暗闇から浮き出るようにゆっくりと進み出てくる。

「うむ。向こうはミリーが居ればよいじゃろう。

 直接案内されずとも、妾達の天幕の場所は(しもべ)が教えてくれるからな」

「なるほど。それより、何かあったのかい?」

「ネズミがちょろちょろとうろつきまわっておった。まあ、処分しておいたから安心するがよい」

心配そうな顔になったアルに、フリフリと手のひらを払うように動かしながらバーナはそう続ける。それを聞いてホッとするのを見て、バーナは面白いものを見るような表情を向ける。

「くっくっくっ、おぬしは心配性じゃのう」

「まあ性分だからね。少しでも良くない要素があれば心配するさ」

「やれる事をやり、やれない事はやらない。それは簡単なようで難しいかもしれぬな。

 特に若い者達にとっては目の前の事で精一杯な事が多いのじゃから」

苦笑していたアルは、その言葉に真面目な表情になる。

「今回の事はダスクが責任を感じる必要は無いと思う。

 どちらかといえば、シアネントで会った僕達が気付かないといけなかったんだから」

「妾達にも感じられぬほど深く潜伏しておったのだからしょうがないのじゃ」

「うん、悔しいけどそれが現実だった。

 誰かを護りたいと考えているダスクが、目の前で知人の命を奪われれば他の事が見えなくなるのも仕方が無いと思う。

 でも、そのせいで身近な者が傷付けば、取り返しのつかない事になりそうだから怖いよ」

「なるほどな。あれほどの逸材(いつざい)が駄目になるのはもったいないと妾も思う」

「いや、それだけじゃ……」

「わかっておる。友人だと思っておるからじゃろ?妾も同じ考えじゃ」

「僕とミリーはダスクの近くで戦うから、君にはローラさん達の事を頼むよ」

「了解した。おぬしら二人も無理をするでないぞ」

「わかってるよ。それでもダスクの力量で無茶をされたら付いて行けないかも知れないけどね」

そう言って溜め息を吐くアルに、自分も同じ考えのバーナは頷きながら夜空を見上げる。そこには月が輝いていたが、その光からはいつもの優しさを感じず冷たく見下ろされているように彼女には感じられた。


 翌日、日の出前に起床した一同が準備を整えて借りていた天幕から出ると、既に起きていた兵士達が食事を摂ったり行軍の準備を始めている様子が炎の小さくなった松明の灯りにうっすらと照らされて見えていた。ダスク達も用意されていた食事(塩で茹でただけの肉と芋のスープに黒炎は味気ないと文句をさんざん言っていた)を摂ってから再び昨夜の天幕へと移動した。

「おはよう。さっそくだが行動を開始するぞ」

待ち構えていたウィリアムの言葉に頷いた一行は、ダスクと黒炎は自分の足で、ウィリアムとアルは馬に一人乗りで、フローラルとソラリスにミリーとバーナの二組はそれぞれ馬に相乗りして、後詰(ごづめ)の部隊と共に最前線へと向かう。

「意外と遠いな」

誰かが呟いた言葉通り、予想していたよりも合流に時間が掛かっているので、なかなか見えてこない前線の部隊に首を捻っていた。このまま前線を押し上げてくると考えていたが、魔獣達はシアネント方面に後退しているようで、ようやく斥候(せっこう)が発見した時には午後になっており、まだまだ小さいが遠くにシアネントを囲む石壁を確認出来る距離まで進んだ所であった。

「ふむ、これは良くない展開であるな……」

ウィリアムが苦い顔でそう呟く理由は、まだ時間は有るが日没は避けたいという事と、想定外の距離を行軍して兵士達の疲労が心配だったからである。しかし、これまでの経験から斥候が確認出来る距離まで近付いたら魔獣にもこちらの存在を気付かれている可能性が高いので、今から後退するのは危険があるかもしれず、それに加えて決戦と考えていた兵士達の士気の低下が懸念され、仕切り直したとしても今後の戦いが苦しいものになる不安があった。

「ここまできたらやるしかないだろ、ウィリアム」

「む?確かにそうなのだがな、ダスク」

久しぶりに会話したと感じる言葉に少し驚きながらも、ダスクが何を考えて言っているのかが判断し難い平坦な口調に内心で溜め息を吐いていた。

「戦いたいだけ、というわけではあるまいな?」

「……どうだろうな。どちらにしても戦わなければ何も変わらない」

「信じておるぞ。

 それでは当初の予定通りに動こう。軍の方にもそう伝えるのだ」

近くに待機していた兵士に伝令を頼んだウィリアムは、一同を見渡して言葉を続ける。

「この先に見える丘に向かい、ローラは薬の準備を。その護衛をソラに頼む。

 バーナ殿も同行して風の魔法の準備を頼もう。

 その周囲に余の知り合いの部隊が固める。

 こほん、勘違いするでないぞ、彼等はあくまでも知り合いであるからな。

 その後、軍が魔獣と激突したら予定通りに薬を使ってもらいたい」

「わかったわ」

「了解だぜ」

「うむ、妾に任せるがよい」

頷く三人を見て満足そうに頷き返すと、残りの者達へと視線を向ける。

「余とダスク、アル殿とミリー殿は魔獣に見付からないように海岸線からシアネントへと向かう。

 我らが突入する頃にはシアネントから守備の魔獣も誘い出されているだろう。

 その隙を突いて敵の頭を落とせれば、この一連の戦いも終わらせる事が出来ると思う」

名前を挙げられた者達が頷くのを見たウィリアムは、これから始まる戦いを思って表情を引き締めるが、名前を挙げられなかった事で不満の言葉が飛んでくる。

「ちょっと、ウィリアム、ボクのコトを忘れてない?」

「む、すまん。おぬしは自由に動いて構わぬよ。誰かの言葉に縛られる必要は無い」

「あははっ、わかってるね~。ボクはもちろんダスクといっしょに行くよ」

嬉しそうに尻尾を大きく振りながら言う黒炎に一同は口元に笑みを浮かべ、必要以上に身体に入っていた(りき)みが抜けるのを感じていた。

「ウィリアムが言ってる事って、特にやってもらう事が無いからのような気がしねえか?」

「もうっ、そういう事言っちゃ駄目よ、ソラ。せっかく喜んでるんだから水を差さないの。

 それに、今のダスクの状態を考えると黒炎に一緒に居てもらいたいし」

「確かにそうだな。いつもと違うから、あいつが側に居た方が安心か」

からかうような表情のソラリスがコソっと小さな声で話し掛けてきたので、フローラルは苦笑しながらたしなめつつも少し心配そうな顔でダスクへと視線を向ける。それに気付いたソラリスも同じ様な表情になりながら同意していた。

「それでは行くとしよう」

その場に居る者全員の顔を眺めたウィリアムは、表情を引き締めて号令をかける。それを聞いた一同も同じく表情を引き締めると、装備を確認して動き出していた。


 ザッ

予定通りに丘まで移動した者達はそれぞれの持ち場に分かれており、丘の頂上に配置された数人に含まれていたソラリスは戦場予定の平地を見下ろせる場所まで一人進み出る。まばらに生えている木の内の一本の陰からしばらく様子を窺うと、弓使いらしい鋭さを見せていた瞳を緩めてから顔を背後に向けて同行者へと声を掛ける。

「もうすぐぶつかりそうだな。こっちの準備は出来てるのか?ローラ」

「そろそろ終わるわ。動きがあったら教えてね、ソラ」

「了解。この場の主役は二人なんだから頑張ってくれよ」

「わかってるわ。私の方は調整を間違えないように気を付けるだけだから大丈夫。

 広範囲で風を動かすバーナさんの方が大変だからね」

真剣な表情で準備をしているフローラルはそう言いながらソラリスへと視線を向け、その傍らで目を閉じ精神を集中させるように何か呪文らしきものを呟いていたバーナもチラリと視線を向けながら無言で頷きを返してくる。フローラルは出来るだけ煙がたたないように火を焚いて、その上に平らで大きな鍋をかけて湯を沸かしており、更にその湯の中に陶製の器を入れて傾かないように固定しているので、おそらく薬を湯煎にかけるのだろう。近くにクリスタル製の瓶が二つ、一方は粉末で一方は液体らしきものが置かれており、それらを一気に使用するのではなく随時正しい分量を調合する必要があるらしかった。バーナは相変わらず頭からスッポリと外套に覆われていて表情が分かり難いが、真剣な様子で古めかしい木の杖を両手で持ちながら呪文らしきものを呟いている。時折、彼女を中心として足元の雑草が円状に倒されているのは、今回使用する魔法に必要な魔力を体内に練り上げた内の余剰分が漏れ出ているのかもしれなかった。

 ワアァァァァッ

「おっ、始まったみたいだな」

離れているにも関わらず兵士達が上げた(とき)の声がこの場所まで届いてくる。それだけ今迄押されていた軍にとっては今回の戦いにかける思いが強く、戦いの開始から必勝の気合が声に込められているのかもしれないと感じられた。

「それじゃあ始めます。よろしくお願いしますね、バーナさん」

少し緊張している顔を向けて声を掛けたフローラルに、バーナは安心させるように力強く頷く。それを見たフローラルは少し笑みを浮かべてから手元へと真剣な視線を向けていた。

 シュワッ

湯煎で温められている器に二種の材料を少しずつ入れていくと、そこから泡が立ったような音が聞こえて来た後、勢い良く煙のようなものが湧き出してくる。それは光の粒が集まった(もや)のように見え、少し離れた場所で様子を見ていたソラリスの目にはキラキラと陽の光を反射しているように見えた。

「場違いとは思うけど、これは、綺麗なもんだなぁ」

最初は勢い良く発生していた煙は次第に落ち着いて安定した速さに変わっていた。それを見ていたバーナは、片手に持ち替えた杖を高々と持ち上げると、ゆっくりと円を描くように動かし始める。

「……風よ……」

ポツリと呟いた一言であったが、それを聞いていた者は全員、力有る言葉に内包されたモノを感じてわずかに身体を強張らせていた。

 ヒュゥゥゥッ

直後、周囲から風が集まってくると同時に上空の煙が集められて戦場となっている方向へと移動し始める。空気で出来た(くだ)を煙が通っている(ふう)に見える光景は、まるで煙で出来た蛇が空中を()っているかのように見えていた。

「ふむ、上手くいったようじゃな」

杖を(かか)げたままなので魔法の制御は続けているらしいが、一心不乱に集中しなければならないという訳では無いらしく、そう言ってバーナは口元に笑みを浮かべながら満足そうに頷く。その傍らのフローラルは相変わらず真剣な表情で薬の調合を続けていた。

「動き出したからにはここにも敵が来るじゃろうな」

「へっ、安心していいぜ。ここまで来れたとしてもオレが倒してやるからな」

「うむ、任せたぞ。このままでも使えないわけじゃないのじゃが、こっちに集中したいからな」

「まあ、兵士達も周囲を警戒してるんだから大丈夫だと思うけどな。

 それよりも……」

そう言葉を濁したソラリスが心配そうな顔を向けている方向に同じく視線を向けたバーナも、表面上は分かり難いが内心ではそちらへと向かった者達を心配していた。


 ザザザッ

足早に進む少人数の集まりの中で三人が馬に騎乗して駆けていたが、驚いた事にその先頭を走っているのは徒歩の者、ダスクに加えて黒炎のコンビであった。

「ふむっ、少々とばし過ぎではないかっ?」

「ダイジョブだよっ、ウィリアム。

 ちょっと早いかもしれないけど、これくらいボク達にとってはヘーキだからねっ」

馬上から聞こえるように声を張り上げるウィリアムに、無言のダスクの代わりに側を軽快に駆けている黒炎が同じように声を張って答える。その言葉に納得しているらしく、アルとミリーは何も言わずに最後尾を駆けていた。

「この辺りで降りた方がいいんじゃないかなっ」

しばらく馬を走らせて岩場から少し離れた林に差し掛かったところでアルが提案してくる。それに異論は無かったウィリアムは、止まらないのではないかと少し不安に思いながらもダスクにも伝えるが、杞憂であったらしくすぐに立ち止まるのを見てホッとしていた。

「あっ、あれってローラが作った薬のやつかな?」

キョロキョロしていた黒炎が走ってきた方向へと視線を向けて、少し見上げるように言った言葉にその場の全員が振り返ると、視線の先には丘の頂上から立ち昇る光る煙のようなものが有り、何かに導かれるように戦場となっていると思われる方向へと向かっていた。

「そうだろうね。あれだけ上手く風を操れるのはバーナくらいしか僕は知らないから」

「そっか。それじゃあ、もう戦闘は始まっちゃってるんだね」

「うむ。予定通りならばそれくらいの時間は経っておるな」

「それなら、コソコソっと行って、ドカンと悪魔族のヤツをやっつけちゃお」

「ふふっ、そんな風にやれたらいいわね」

「やれるよっ。ダスクに任せておけばダイジョブさ」

黒炎の言葉に笑みを浮かべた一行は無駄な力を抜く事が出来たし、表情の分からないダスクも力強く頷いていたので、先程までよりも上手くいくのではないかと思う事が出来ていた。目立たない場所まで移動してから乗ってきた馬達を木に繋ぐと、何かあってもすぐに動けるように警戒しながら岩場に向かって走り始めた。

 先を急ぐダスクもさすがに皆と離れ過ぎないように走り続けたが、他の面子もほぼ遜色無い早さだったので、予想よりも早く岩場の端に達していた。

「こっからか~。意外と歩きやすそうな感じだね」

「うむ、岩場であるから横並びにはなれぬが、足場はしっかりしておるから問題は無い」

キョロキョロと岩場の入口から先を覗いていた黒炎の言葉に、ウィリアムは頷きながら答えていたが、すぐに何か心配事が有るかのように眉をひそめる。

「懸念があるとすれば、潜入に使われたここが警戒されていないかだが……」

「ん?なにか言った?」

「いや、なんでもない。こちらも時間に余裕が有る訳では無いからな。

 いちおう魔獣の不意打ちを念頭に置きながら急ぐとしよう」

その言葉に頷いた一行は、すぐにダスクを先頭として岩場を早足で歩き始め、何も起きないまま崖が張り出して足場が狭くなっている場所へと差し掛かる。その前後は少し広くなっていてニ、三人は並べるが、そこを通り抜けるのは一人でも慎重な足運びが要求されそうであった。

 ザリッ

岩の表面をすり潰しながら足を踏み出したダスクが細い足場へと入る手前で、その背中を静かに見送っていたアルが口を開く。

「何かあっても一人で先に進まないようにな」

「……」

「あははっ、ダイジョブだよ。ボクもすぐに追い掛けるし」

微かに頷いたように見えたが無言のままのダスクに、その後ろを歩いていた黒炎が振り返ってそう返していたが、そうしている間に先に進んでしまったダスクに気付いて慌てて追い掛けて行く。無事に向こう側に辿り着いたのを確認したウィリアムがその後に続こうとしたところで、恐れていた瞬間が訪れてしまった。

 ザバッ、ザバッ、ザバッ

海面を割って水飛沫(みずしぶき)と共に次々と現れたのは、体毛を身体に張り付かせながら丸太のように太い四本の腕を持つ巨大な猿の魔獣で、注意深く窺う事が出来れば指の間に水かきが有るのが分かっただろう。

「ちっ、この瞬間を狙って襲撃してくるとはっ」

 シャキッ

舌打ちをして長剣を抜き放ったウィリアムは、足場を(せば)めている岩に背を付けながら向こう側へと声を張り上げる。

「どうにかして合流するのだっ」

 ズバッ

既に得物を構えていたアルとミリーはウィリアムが囲まれないように近くで魔獣を海へと叩き落していたが、次々と現れるので身動きが制限されていた。

「ダスクっ、聞こえておるのかっ」

ダスク達が進んだ先にも出現しているらしく、目の前の狭い足場を(つた)って近付いてきた魔獣に斬りつけて退かせながら再び声を掛けるが、聞こえて来るのは大剣にまとめて吹き飛ばされる複数の魔獣の悲鳴だけなので、嫌な予感を覚えながら再度口を開こうとしたところでダスクからの返事が返って来る。

「……すまない。ここで時間をかけるわけにはいかないと思うから先に行かせてもらう」

「!?ちょっと待てっ、ダスクっ」

呼び止める声に応えの無いまま、魔獣の悲鳴が遠ざかり始めるのを感じたウィリアムが焦っていると、不安そうな黒炎の声が届く。

「ホントにいいの?ダスク……あっ、行っちゃうし。

 ごめんっ、ウィリアム。ダスクが行っちゃって危ないから、このままボクも追いかけるよっ」

「黒炎っ」

離れていく気配に身を乗り出したウィリアムであったが、現時点では不用意な行動であったらしく、次の瞬間、それを身をもって理解させられてしまう。

 ドガッ

「ぐっ」

すぐ横の海から飛び出してきた魔獣の、隙を突いて繰り出された拳にまともに殴られたウィリアムは、岩に叩きつけられて一瞬呼吸が止まってしまい、身動き取れないうちに距離を詰められてしまった。追撃の拳が目前に迫っていたが、持ち上げようとする長剣の動きは絶望的なまでに遅れていたので、直前に思わず目を閉じてしまう。

 ガッ

閉じていない耳には衝撃音が聞こえてくるが、それに反して自分の身体には何の衝撃も無かったので(いぶか)しげに目蓋を開いていた。

「大丈夫かい?」

掛けられた声に目を向けると、そこには背を向けて自分を(かば)いながら長剣で次々と魔獣を切り伏せているアルの姿があった。不幸中の幸いとも言うべきか、ウィリアムはアル達二人が戦っている近くに吹き飛ばされていた。

「……うむ、助かった。助太刀、心より感謝する」

「気にしないでいいよ。それより、ダスクは行っちゃったのかい?」

「うむ、悪い予感が当たってしまったようだ」

「そうか……起きてしまったのはしょうがない。僕達も急いで魔獣を排除して追い掛けよう」

「うむ、異論は無い。無いが、それが可能かどうか……」

そう答えつつ、身体を動かして異常が無い事を確認したウィリアムは、アルの隣に進み出て魔獣と戦い始める。二人のやり取りを横目で確認しながら戦っていたミリーもウィリアムの言葉には同意らしく、表情を曇らせながら得物を繰り出していた。


 ヒュッ、ドスッ

「よっしゃ、大当たりっ」

 ギィィィィッ

金切り声を上げながら空から落下していくのは今迄確認されていなかった飛行型の魔獣で、大きさは人と同じ位かそれ以上で更に翼を広げるとその数倍もあり、猛禽類に似た姿は全身を血色の羽毛に覆われていた。その魔獣を弓矢で射落としたソラリスは、歓声を上げながら空いている方の手を少し持ち上げて拳を握り締める。この魔獣が多量に襲って来れば、ソラリス達だけではなく軍隊の方も頭上を警戒しなくてはならなくなって不利になるところだったが、(さいわ)い数が少ないらしくソラリス達が居る丘にしか来ていないようであった。丘の周囲を守護する部隊は襲ってくる地上の魔獣の対処に追われていたので、頭上の魔獣の対処は(もっぱ)らソラリスの役目で、風の魔法の操作に余裕が生まれた時にはバーナも魔法で撃ち落していた。

「見事なものじゃの」

「へへっ、このくらいオレにはなんでもないぜっ」

「おぬしがここに配置されたのも天の配剤と言うべきか」

「あながち間違いでも無いかもな。多分、オレは後方からの援護役として配置されたんだろうから。

 今迄報告が無かった魔獣だから、ウィリアムも考慮していなかっただろうし。

 攻撃手段の有るオレやバーナが居なかったら危なかったかもしれない」

「そうじゃな。まあ、おぬしほど腕が良くなければ面倒な事になっていたじゃろうがな」

「へへっ、照れるぜ。とりあえず、ここの守りは任せ……ろっ!!」

 ヒュッ、ドスッ

 ギィィィィッ

言葉の途中で弓を射たソラリスに撃たれた魔獣が、先程と全く同じように金切り声を上げて落下する。

「ふむ、向こうは何事も無ければよいのじゃが……」

それを眺めながら呟くバーナは、ダスク達が向かった方向へと心配そうな視線を向ける。もちろんその表情はほとんど変化が無く、余人には何を思っているかは分からなかったのだが。


 タタタッ

「置いてきちゃってホントに良かったのかい?」

湧き出すように次々と海から現れる魔獣をいちいち相手にしていては時間がかかり過ぎるので、けして広くない岩場を平地のように安定した走りで後ろに置いてきぼりにしたダスクと黒炎は、間も無くシアネントに辿り着こうとしていた。その光景に少し安心した黒炎は、一度背後を振り返ってから心配そうな声でダスクに質問していた。

「……アルが居るから大丈夫だ」

「アルも強いからね~。それより、これからどうするんだい?」

「辿り着けば向こうから現れてくれるだろうさ」

「確かにそうかもしれないな~。ダスクを呼んだのはむこうだったもんね」

「あいつには自分のした事の(むく)いを絶対に受けさせる」

そう言って走りを更に加速させるダスクの背中を離されないように追い駆けながら、黒炎は誰にも聞こえないくらいの声で呟く。

「……他にやりどころの無い怒りをぶつけたいだけじゃないよね?

 村を出発しようと決めた自分の願いは忘れちゃダメだよ、ダスク」

今は言っても駄目だろうと言うのをやめたが、全部終わった時に後悔で自分を責めるかもしれないダスクの側に居て、せめて話し相手にはなろうと思う黒炎であった。

 ピシャッピシャッピシャッ

速度が上がったのであっという間にシアネントの港の端に辿り着いたダスク達は、雨も降っていないのに何故か濡れている地面をそのまま町の中心に向けて走り続けていた。

「あちこちボロボロだね~。

 地面は濡れててイヤだし、この変な濡れたふっといロープみたいなのがジャマだよ」

そう言いながらダスクに続いて今指摘したモノを飛び越えた黒炎は、海から近いこの辺りから抜けるまでの間に等間隔で何本も横たわっている様子にうんざりとする。それでも駆ける速度が早いおかげですぐに半ばを過ぎる所まで達する事が出来たので黒炎はホッとしていたのだが、突然前を走っていたダスクが止まったのでその鎧に包まれた硬い身体に危うくぶつかりそうになっていた。

「うわっ、急に立ち止まったら危ないよっ」

だいぶ傾いた太陽が空に広がってきた厚い雲に隠れて薄暗くなってきていたが、ダスクが立ち止まった理由を探して周囲を見渡しても黒炎の目には進むのを邪魔するような魔獣の姿は捉えられなかった。疑問に思って理由を聞こうと口を開いたところで、それよりも先にダスクの方から黒炎へと緊迫した声が掛けられる。

「離れていろっ、黒炎。敵はもうここに居る」

「へ?敵ってどこに……あっ!?」

キョロキョロしていた黒炎であったが、足元の濡れた太いロープのようなモノがダスクの足に巻きついているのに気が付く。慌てて周囲を確認すると、横たわっていた残りが全て持ち上がってこちらへと向かってきていた。

 ビュンッ

「うわっ、ちょっと、あぶなっ」

俊敏にそれらをかわした黒炎は言われた通りにその場からある程度離れると、急いで振り返ってダスクの様子を確認する。

「うわ~、なんなんだろ?イカとかタコの足に似てるけど、さすがにこれは大きすぎるよね」

先程まで茶色っぽい色をしていたロープのようなモノはいつの間にか赤紫色に変わっており、恐らく保護色の応用でロープに近い色にしていたのだろう。吸盤の並ぶ触手が数本ダスクに巻きついており、どうにか海に引きずり込もうとしているようで、わずかながら地面を引きずられていた。残りの数本は大剣で払っているおかげか、装備の重さにも助けられて一気に動かされる事はなさそうである。綱引き状態のダスクをどうにかして助けられないかと周囲を行ったり来たりしていた黒炎であったが、勢いのついた触手が囲むようにしながら隙を探しているので、下手な事をしてダスクの集中を妨げられなかった。

「お~い、ダスクっ、ボクになにか出来るコトって」

「……をっ……なっ……」

「えっ?なにっ?」

触手が空気を裂く音に邪魔されているのもあるが、全身に力を込めているせいか切れ切れに聞こえて来るダスクの言葉に、良く聞こえるように近付こうと一歩踏み出した黒炎は直後に足を止めさせられる。

「邪魔をっ、するなっ!!」

 ズガッ

おそらく魔獣に向けてだと思われる怒り交じりの叫びと同時に、身体に巻きついた触手を数本まとめて大剣で地面に縫い止めたダスクは、痛みに動きの鈍った残りの触手を束ねて(つか)むと、指がめり込んで触手から体液が流れ出すのも構わずに引っ張り始める。

「うぉぉぉぉっ、りゃあっ!!」

 バシャッ

海面を割って引きずり出された魔獣はトゲがあちこちに生えたイカの様な姿をしており、飛び出してきた勢いのまま振り回されて海とは反対側へと投げ飛ばされていた。

「うひゃっ、あぶないってばっ」

 ドガッ、ガラガラッ

黒炎の頭上を越えて飛んでいった魔獣は倉庫らしき建物にぶつかり、相当の勢いがあったらしく倉庫の壁一面に亀裂が入って崩れ落ちていた。衝撃に動きが鈍っている魔獣に回復する間を与えず、投げ飛ばした時にちぎれた触手を縫い止めていた大剣を引き抜いたダスクは素早く駆け寄ると、その勢いを失わないように身体ごと魔獣の目と目の中央に大剣を突き刺す。

 ドスッ

大剣の根元まで深く刺された魔獣はしばらく触手を振り回していたが、断末魔の苦しみだったらしくすぐに地面に落ちて動かなくなっていた。

「まったくもう、あぶなかったよ。もう少しでぶつかりそうだったんだからね」

魔獣の様子を窺いながら恐る恐る近付いてきた黒炎は、不満そうに尻尾を振りながらダスクへと声を掛けるが、それには気付かなかったらしいダスクは無言で大剣に付着した魔獣の体液を振り落としていた。

「急ぐぞ」

それだけ言って駆け出すダスクの背中を眺めながら、黒炎は溜め息を吐く。

「はぁ、余裕がないな~」

そう呟きながら首を左右に軽く振った後、離されないようにダスクの後を追い駆け始めた。


 ズバッ

四本腕の魔獣を切り伏せたアルは続けて襲ってこようとする相手を視線で抑えつつ、隙の無い構えで周囲の状況を確かめる。ダスク達が居なくなってから戦い続けているにも関わらず魔獣の数は減らず、それどころか増えているようにも見えた。隣に並んで戦っているミリーやウィリアムは善戦していたが、さすがに戦闘が長引いているので疲労が隠せないようであった。

「う~ん、このままじゃマズイかな。二人も疲れているみたいだし」

そう言いつつ、襲ってきた魔獣を簡単に切り伏せている様子は、アルだけはまだまだ余裕が有るのが察せられた。何事かを考え始めたアルに、好機だと感じたらしい魔獣が数匹まとめて襲いかかってくるが、素早い足運びと目視出来ないほど早い斬撃であっさりと切り伏せられていた。

「このままだとジリ貧になりそうだから、後退した方が良いと思うんだけど。

 ダスクの強さを考えると、向こうはどうにかなってるんじゃないかな」

「はぁはぁ、確かにそうかもしれぬが、何も出来ずに退(しりぞ)くのは口惜(くちお)しいものであるな」

「はぁはぁ、ウィリアムくんの言ってる事もわかるけど、私達はアルの言う通りにした方がいいかもね」

アルの提案に苦い表情になるウィリアムであったが、自分の呼吸が乱れてきているのも自覚しているので悔しそうに答える。同じく疲労を感じていたミリーも表情を曇らせるが、アルと共に経験を積んできているのですぐに納得していた。

「それじゃあ後退するよ。僕が殿(しんがり)をつとめる。

 隙を見せたら一気に飛び掛ってきそうだから少しずつ下がってくれ」

その言葉に頷いた二人はゆっくりと後退する方向に移動すると、退路を塞ぐ魔獣へと攻撃して切り開いていく。

「こんなところで死ぬんじゃないぞ、ダスク、黒炎」

その背後を守って複数の魔獣を同時に相手にしながら呟くアルは、遠くに見えるシアネントを視界に入れてダスク達の無事を祈っていた。


 ドガッ

フローラルの調合した薬の材料になった角の持ち主と同じ種類の四足の魔獣を叩き伏せたダスクは、左右から向かってくる同種の魔獣へ視線をやりながら兜の中で苦い顔になっていた。

「まだ出てこないのか……こいつらじゃ僕の相手にならないってわかってるはずだろうに」

港を抜けて大通りまで来たダスク達は元凶の悪魔族を探していたが、予想に反してすぐに姿を現す事も無く、先程から襲ってくる魔獣を撃退し続けていた。

「黒炎っ、あいつの気配は感じないかっ?」

「ううん。さっきから探ってるんだけどっ、全然感じないんだよっ」

建物の陰に隠れている黒炎は閉じていた目を開いて戦っているダスクにも聞こえるように叫ぶ。

「くそっ、こっちの隙を狙ってるのか?それとも疲れるのを待ってるのか」

 ドガッ、ガスッ、バキッ

突っ込んできた魔獣の横っ面を左手に持った盾で殴り飛ばすと、反対側から向かって来る魔獣の頭をかわしつつ大剣を振り下ろして叩き潰し、再び盾に殴られてふらつく魔獣に近付いて止めを刺す。目の前で簡単に倒されていく仲間の魔獣の姿を見ているにも関わらず、狂ったように次々と向かってくる魔獣達の様子にはさすがのダスクであっても背に冷たい汗を感じていた。それでも無限に居る訳ではない魔獣は着実に数を減らしていった。

 ドサッ

周囲に集まっていた最後の魔獣が地面に倒れるのを確認したダスクは、さすがに少し疲労を感じて大きく息を吐いていたが、休む隙を与えてくれる程甘い相手では無いようであった。

 ゾクッ

ダスクに倒された魔獣がそこかしこに倒れている様子を見ながらホッと一息吐いていた黒炎であったが、突然現れた気配に全身の毛を逆立てる。慌てて気配の出所を探して周囲を見回すが、予想に反して全く違う方向からのものであった。

「ダスクっ、上っ!!」

上を見上げて叫んだ黒炎の声に素早く見上げたダスクは、巨大な影が自分の真上に落ちてくるのを確認する。

「くっ」

間近に迫っていたせいでわずかに下がる事しか出来なかったダスクは、体勢を崩しながら落ちてきたものの正体を理解してどうにか身体の前に盾を移動させる事が出来ていた。

 ドガッ

目の前に着地したソレの太い前足で跳ね飛ばされたダスクは、猛烈な勢いで進行方向に有る建物を壊しながら吹き飛ばされてしまう。

 ドゴッバキッドガッ

轟音を上げていくつもの建物を貫通していったダスクがやっと止まると、その通過した進路上に有った建物が次々と崩れていく。

 バキバキバキッ

崩れる建物の数の多さは、離れていてももうもうと舞い上がる多量の土埃の量からでも推測出来てしまう程で、周辺一帯の見通しがほとんど効かないくらいであった。

「ダスクっ!?」

慌てて追い掛ける黒炎であったが、それよりも早く駆け出したソレ、やっと現れた悪魔族の方が先にダスクのもとへと辿り着きそうで、焦燥感に駆られながら足を速めていた。


 パチパチッ

火の粉の弾ける大量の松明の灯りに照らされて、薄暗くなっていた戦場の様子が克明に視界に入ってくるようになる。そこかしこに魔獣の亡骸(なきがら)が横たわっており、この瞬間にもその数は増え続けていた。フローラルの薬のおかげもあって戦場に出てきたほとんどの魔獣は打ち倒され、今は生き残りを掃討する時間に入っていた。兵士達は仲間の仇を討つ為に少しでも息のある魔獣に止めを刺しながら、ここで逃がすのは(のち)禍根(かこん)になるとして退路を塞ぐように包囲を完成させつつあった。

「俺達の勝ちだよなっ」

「生きて帰れるのか……」

「さっさと殲滅しちまおうぜっ」

そんな事を言いながら魔獣の生き残りを探していた兵士達は、ふとシアネントへと視線を向けて訝しげな顔になる。

「なんか町の様子がおかしくないか?」

「煙じゃないな、土埃か?魔獣が同士討ちでもしてるんなら助かるけどな」

まだ町の中に魔獣が居るのだと思った兵士達は嫌そうな顔になるが、同士討ちをしているなら残った方を倒せば良いのだからと考え直して視線を戻す。再び周囲を警戒しながら歩き始めようとするが、直後に起きた出来事に足を止められ視線を引き戻されてしまう。

 ドガンッガラガラガラッ

轟音と共にシアネントを囲む壁の一部が外側に崩れ落ち、その場を隠すくらい広く土煙が舞い上がる。その様子に唖然とした兵士達は一様に足を止めて動けなくなっていたが、土煙の内側から巨大な影が現れるのを見て腰を抜かしてしまう者も出てくる。

「な、なんだありゃ。俺は夢でも見ているのか……」

今迄相手にしてきた魔獣が可愛く見えてしまうくらいの巨大な姿に、手足の震えを止められず棒立ちになっていた。

 ルゥオオォォォォッ

「ひぃっ!?」

精神と身体の両方を震わせる遠吠えに、半数以上の兵士達は疲労も加わってその場に膝をつき、大部分が魔獣の反撃を押さえるのがやっとになる。それでも一部の胆力(たんりょく)のある者達だけは武器を振るい続け、未だに残っている魔獣を減らし続けていた。


 ガラガラッ

身体の上に乗っていた石壁の残骸を振り落としたダスクは、少しふらつく頭を振ってから身体の各所を動かして問題が無い事を確かめていた。

「くそっ、不意をうたれて押されまくったけど、ここはどこだ?」

周囲を窺うが未だに土埃で判別がつかず、かすかに見える軍が(とも)した松明の炎に火事が起きたのかと勘違いして確かめようと足を踏み出すが、側面からの空気を切り裂く音に気付いて素早く盾を構える。

 ガキッ

「くっ」

猛烈な勢いで叩きつけられた見覚えのある前足に、短くない距離を後退させられたダスクが足の出所へと視線を向けると、今の衝撃で吹き飛ばされた土埃の向こうから悪魔族の姿が現れていた。

「卑怯な戦い方ばかりするなっ」

『クックックッ、戦イ方ニ卑怯モ何モ無イ。相変ワラズ甘イ奴ダナ』

「うるさいっ、お前と交わす言葉なんて一つも無い。

 この剣に誓って、皆の無念を晴らしてやるから覚悟しろっ」

『オヤオヤ、ソコマデ余裕ガ無イトハナ。ソレデハスグニ死ンデシマウカラ気ヲ付ケロヨ。

 サアサア、無念?ッテヤツヲ晴ラセルモノナラ晴ラセテミルンダナ。

 モットモ、餌ゴトキガ無念ナド感ジテイタカワカランガナッ』

「なっ!?死者を冒涜するなっ!!」

 ダッ

悪魔族の言葉に頭に血が昇ったダスクは怒りに任せて間合いを詰めると、跳躍しながら大剣を向かって右の頭へと叩きつけようとするが、挑発に乗った単純な攻撃は簡単に見切られてかわされてしまった。

 ドガッ

そして、隙だらけのところに横殴りの前足の一撃をくらってしまう。

「ぐっ」

地面にしたたかに打ちつけられたがすぐに体勢を整えたダスクは、深呼吸をして頭を冷やそうとしながら油断無く大剣と盾を構え直していた。

『ククッ、ヤラレッパナシノヨウダガ、ドウシタノダ?

 アア、ナルホド。守レナカッタ罪悪感カラワザト攻撃ヲ受ケテイルノカ。(マコト)殊勝(シュショウ)ナコトダナァ』

「くそっ」

苛立ちをぶつけるように大剣の(つか)をギリギリと音がするくらい強く握り締めるダスクであったが、隙を見せたくなかったのでそれ以上を表に出さずに兜の下で歯を噛み締める。

『ドウシタ、来ナイノカ?来ナイノナラバ、ソノママ何モ出来ズニ死ヌガイイ』

「うるさいっ、お前の言う通りになんてなるものかっ!」

落ち着く暇も与えないように挑発する言葉にのせられたダスクの様子に、思惑通りの反応だったらしく口元を笑みの形に歪める悪魔族は、身構えるダスクの動きに合わせて四肢に力を()めて飛び掛る体勢になっていた。

 ガランッ

「「っ!?」」

足を踏み出そうとした瞬間、狙ったように横手から聞こえて来た瓦礫(がれき)が崩れる音に出足を挫かれた双方は、隙を見せないように同時に音の聞こえて来た方向を視線の片隅に入れると、まだ少し残っていた土埃の向こうから声が聞こえて来る。

「こほこほっ、ホコリっぽいな~。あ~あ、全身が真っ白だよ。

 ……ん?ここに居たんだ。やっと追い付いたよ。それで、何してるんだい?ダスク」

全くいつも通りの態度で話し掛けてくる黒炎に、一瞬命のやり取りをしている事を忘れそうになるが、注意を喚起する意味も込めて答えを返す。

「……ふぅ、見てわからないのか?ほら、そっちに目的の奴が居るだろ」

「あ、ホントだ。それじゃあ、さっさとやっつけちゃってよ」

「やっつけちゃってよって、そんな簡単にいくわけないだろ」

「そう?いつも通りに戦えば問題ないんじゃないかな。いろいろ考え過ぎなんだよ、ダスクは」

『オイッ、コチラヲ無視スルンジャナイッ』

自分の存在を無視して会話をするダスク達に苛立ちを覚えたらしく、悪魔族は左右の頭でそれぞれダスクと黒炎を睨みつけながら口を開くが、ほとんど効果は無かったようである。

「そんなことは……む?」

あまりにも簡単に言う黒炎の言葉に逆に疑問を感じて反論を途中で止めたダスクは、身の危険があると分かっている場所に居るにも関わらず必要以上に明るい調子を保っている黒炎が、良く見れば緊張や恐れで身体中の毛が少し膨らんでるのに気付く。そんな状態でもここまで来て、自分の事を考えて明るく声を掛けてくれる大切な家族の姿に、自分のほうが間違った事をしているのではないかと考え直していた。

「……そうか、そうだな。なんか余計な力が抜けてくれたみたいだ。ありがとうな、黒炎」

その言葉を聞いてダスクが普段に近い態度に戻ったのを感じた黒炎は、毛の膨らみは変わらないままでも嬉しそうに大きく尻尾を振っていた。

「お礼なんていらないって。ここは危なそうだから、ボクは向こうに行ってるからね」

「ああ、さっさと終わらせる」

『コチラヲ無視シテイルト、オ前モ餌ト同ジ末路ヲ辿ルゾ。

 オイッ、聞イテイルノカッ』

ダスクの感情が負から正負の中央へと落ち着いていくのを感じて再度挑発の言葉をぶつけてくるが、黒炎を見送るダスクには無視されており、悪魔族は苛立ちを(つの)らせているようであった。

 ゴンッ

言葉を続けようとする悪魔族を(さまた)げるように籠手に包まれた手で自分の頭、というか兜を叩いたダスクは、深く息を吸ってゆっくりと吐いていく。

「……さあ、始めようか」

『……マアイイ。余興トシテハ悪クナカッタカラナ』

すっかり落ち着いたダスクの大剣と盾を構える様子は全く揺らぎが無く、それを見た悪魔族もまた全身に殺気をまとったせいか先程よりも大きくなったように感じられた。

 ダッ

同時に足を踏み出したダスク達は、それぞれの得物、大剣と爪や牙をぶつけ合い始め、その激しさに周囲を舞う土埃は晴れ、弾き飛ばされる瓦礫は粉々に砕けていった。


 ザワザワザワ

その場を満たす畏怖や恐怖を含んだ喧騒は、今視線の先で行われている戦いを見る兵士達全員からのものなのでもっと大きくなるはずであったが、自分達の方へと注意を引いてしまうのを恐れて自然と抑えられていた。現れた時の衝撃で動けなくなっていた兵士達は次第に回復し、いつまで経ってもこちらへ向かって来ない事を疑問に思いつつも、その動きを見張る部隊を残して魔獣の殲滅を再開していたが、直後に始まった巨大な影と何者かの戦いに目を奪われる者が出始める。

「……なんだありゃ」

「あんなデカブツと戦える人間が居るのか……」

「どっちもバケモノだぜ」

「お前達っ、いいから自分のやるべき事をやれっ!」

呆然とする兵士達は隊長の命令にハッとすると、今自分がやるべき事を思い出して再び動き出す。見張りの部隊を残して駆け出す兵士達の視線の先には、包囲されて数を減らしていく魔獣達の姿が映っていた。

「あの(かた)の策があの者なのか……一騎当千が言葉通りの意味だとは本当に驚かされる」

先程の兵士達と同じ様に、目の前で行われている凄まじい戦いを見守る将軍は思わずそう呟くと同時に、自分の仕える対象へと更なる畏敬の念を(いだ)いていた。


 贄にされた親子の葬儀を済ませたダスク達は、アル達と共にウィリアムの要請を受けて軍に協力する事になった。準備が整って反撃に出る軍と合流したダスク達は、それぞれの役割を果たす為に分かれて行動を開始する。フローラルの薬とバーナの魔法のおかげで魔獣の力を()ぐ事に成功し、軍隊は順調に魔獣達を討伐していく。一方、シアネントに向かったダスク達は、悪魔族の企みで分断されてしまうが、仇討ちに気を取られているダスクは黒炎だけ伴って先に進んでしまう。単身で悪魔族と戦い始めたダスクは無事に仇討ちを成功させる事が出来るのだろうか。

楽しんで頂けたでしょうか。続きも早く読んで貰えるように頑張ります。

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