結果的には吉となる?
とてもお待たせ致しました。申し訳ありませんです。もうこいつの遅筆は直らんな、と呆れている事と思いますが、見捨てる事無く引き続き読んで頂けると嬉しいです。
数日ぶりに朝から陽が出て暑いというよりは暖かいと感じる気候であったが、町を歩いている人々の顔には笑顔ではなく暗い表情が浮かんでおり、ここ最近のアフ・オルトレスを悩ます出来事が少しも解決の方向へと向かっていないという事がそれだけでも分かるだろう。外出する人が減っている訳ではないが、早めに帰宅する人間が増えているので、いつもなら賑わっている時間でも夜は町中から人の姿が消えるのが早くなっており、商売によっては悪影響が出始めているらしかった。そんな商売の中で、昼間に挽回しようと値引き等のサービスを行っている食事処兼酒場の店先、路地に面した広場にテーブルや椅子を並べて外でも食べられるようにしてある場所では、昼食を摂りに来た者達でほとんどの席が埋まっているので、思惑通りの店主は厨房で笑みを浮かべつつ忙しく働いていた。
「見られている?」
「ええ、そうなの。最近というか、貴方達と再会した頃から頻繁に視線を感じるようになったのかな」
ピンとこない顔で聞き直したのは、宿舎に鎧を置いてきているのでオルフィエルド学院の男子用制服に大剣だけ持ってきているダスクで、それに深刻そうな顔で答えたのは、同じく学院の女子用制服を着ているフローラルである。
「気のせい、じゃあなさそうだ。何か心当たりとかは無いのかい?」
顔色が少し悪いフローラルの様子に、言いかけた言葉を自分で変更してダスクは問い掛ける。
「ううん。何かきっかけがあったのかと思ったけど、思い返してもそれらしいものが無いの」
「う~む」
顔を突き合わせて首を捻っているダスクとフローラルの様子に、二人の足元から無邪気で明るい感じの声が掛けられる。
「あははっ、そんなに悩むコトかな~」
「なんだよ、それならお前はわかるのか?黒炎」
そう言いつつ足元へと顔を向けたダスクの視線の先には、持参した専用の器に盛られた食事、鶏モモ肉の炙り焼きと茹でた野菜の付け合せを一心に食べている黒炎の姿があった。
「んぐんぐ、オイシイな~」
「こら、口を挟んできたんだから質問に答えろって」
「ん?わかりきったコトじゃん。ローラが可愛いから見てる人が居るんじゃないのかな」
「なるほど」
「えっ!?」
黒炎の言葉に納得して頷くダスクに、フローラルは驚きの声を上げてダスク達を見るが、深呼吸をして少し早くなった鼓動を落ち着かせながらその意見を否定する。
「ちょっと待って。周りには人の姿は無かったし、隠れるような物陰も無かったわ」
「ありゃ、そっか違ったか~。ケッコウ自信あったんだけどな~」
「信憑性のある意見だったけど、ローラがそう言うなら違うんだろうな」
「残念だけどそういう事ね。それよりも、それじゃあ理由がいまいちでしょ?」
「そんな事は無いよ。学院の生徒達の中でも可愛い方だと思うけど」
「うんうん、ボクもそう思うよ」
「なっ!?」
真顔で言うダスクと、それに同意する黒炎の言葉を聞いたフローラルは、ダスク達の意見は完全に客観的なものであると理解していながらも顔が赤くなるのを抑え切れなかったので、嬉しく思いつつも表情を見られないようにソッポを向く。ダスク達はそんな様子にも気が付かず、他の原因が何か無いか意見を出し合いながら食事を再開していた。
日付は戻り、場所は王都アズレシルエンスの一画に建てられた立派な屋敷、ハンフロージェン王国の大使館として利用されている建物の敷地内に建てられた別館の一室へと移る。その建物はハンフロージェン王国の姫が住居として使用しており、その二部屋続きの一室は姫の私室となっていた。この部屋の主はフラムフィールという名前のハンフロージェン王国を統治するシルヴァリ王家の姫である。混じり気の無い水晶のように輝く腰まである銀髪をそのまま背に流した、ダスクより少し低い位の背丈で小麦色の肌の控えめな身体の上から桜色の薄絹を幾重にも纏った純白のドレスを着ている同年代の少女で、美しいと思われる顔の中で一番印象的な金の瞳を見た者のほとんど全員が、その華奢な容姿からは想像出来ない力強さを感じさせられていた。公的な場面ではないので装飾品を身に付けていないが、かえってその方が彼女の魅力を損なわないのかもしれなかった。
「こんな事になるとは思っていませんでした」
先程までフラムフィールは公用語のとても記録出来ないような言葉で不満を漏らしていたが、散々吐き出して落ち着いたらしく、現在唯一人の同室者へと母国語で話し掛けていた。
「仕方の無い事かもしれませんね。確かに外務卿の言う事も間違ってはいませんから」
いつも変わらぬニコニコとした笑みを浮かべたまま、そう答えた人物の名前はサフィーラ・ロングといい、肩でそろえた綺麗な銀髪と夏の海のように輝く碧瞳を持つ可愛らしい顔をした二十歳くらいの女性で、小麦色の肌とダスクと同じ位の背丈のメリハリのある女性的な身体に紺色のエプロンドレスと頭にホワイトブリムをきっちり着込んだいわゆるメイドさんである。
「それでも護衛という名目で、実質は軟禁というのはやり過ぎじゃないかしら」
「外務卿は王族を敬愛していますからね。多少なりとも過剰になるのはしょうがないかと」
その言葉に溜め息を吐きつつ、フラムフィールは廊下へと続く扉へと視線を向ける。その外には衛兵が二人、扉の両脇に立って侵入者を警戒しつつ、護る対象の姫がどこかへ行ってしまわないように見張っていた。屋敷の周囲も定期的に衛兵が見回っているので、窓から脱出してもすぐに見付かって連れ戻されそうである。
「やはり、行くのですか?」
「ん?ええ、もちろん。こんな事くらいで私が諦めると思ったら大間違いです」
何かを、というより十中八九、脱出方法を思案しているであろうフラムフィールへ心配そうな視線を向けながら、諦めた様子で問い掛けたサフィーラへの答えは予想通りの言葉が返ってきて、それが彼女らしいものであったので思わず笑みを深くしていた。
「もちろん貴女にも手伝ってもらうわよ」
「はぁ、畏まりました、姫様。そうだとは思っていましたし、それ以外の選択肢はありませんから」
「当然でしょう。私と貴女は何があっても一蓮托生なのですからね」
「うふふっ、当然です」
長い付き合いではあるが、こうやって言葉に出して言って貰えると嬉しいものだと感じて、サフィーラは満面の笑みを浮かべる。それを見たフラムフィールもまた可憐な笑みを返し、その瞬間その場は花が咲いたようだと表現したくなるような華やかさで満ちていた。
「それで姫様、肝心の脱出方法は浮かんだのでしょうか?」
しばらく和やかな雰囲気に浸っていた二人であったが、最初に我に返ったサフィーラが問い掛けると、フラムフィールも現状を思い出して少し照れたような表情になる。
「コホン。
う~ん、すぐに思い浮かぶかとも思いましたが、なかなか良い案が出てこないわね」
「ですよね~」
返ってきた答えに頷いて自分も考え始めるサフィーラの姿を見ていたフラムフィールであったが、腕組みしているせいで下から持ち上げられる様に強調されている胸元に気が付く。その迫力につい自分の胸元へと視線を落とし、ドレスの上端をつまんで溜め息を吐いていた。
「はぁ……」
「どうかしましたか?」
「ふぇっ!?ど、どうもしませんよ。まったく、サフィったら何を言っているのかしら」
何故か慌てるフラムフィールの様子に、すぐにピンときたサフィーラはイタズラっぽい表情になる。
「うふふっ、姫様ったら。大丈夫ですよ、すぐに成長しますから」
「なっ!?」
「少し前までは全然気にしていなかったのに、どこかの誰かさんの視線が気になるのでしょうか。
でも、わたしは外見よりも接し方を変えないとどうしようもないとは思うんですけどね。
それにしても、そういう事が気になるっていうのは良い傾向です。
とうとう姫様もお年頃になったんですね~、うんうん……って、あれ?姫様~、どこですか~」
楽しそうに喋っていたサフィーラであったが、少し目を離している隙に同じ部屋の中に居たはずのフラムフィールの姿が消えていた。慌てて周囲を見回すと、奥の部屋へと続く扉が少し開いているのに気が付いてホッと胸をなでおろす。
「寝室に移動していたのですか、姫様」
ギィィィ
「急に居なくなったら驚くじゃ……はうっ」
寝室の扉がゆっくりと開いていき、そこから戻って来たフラムフィールの手に有るモノを見た途端、思わずサフィーラは変な呻き声を上げていた。顔を俯けたまま近付いて来るその手には、見た目の美しさに反してその威力は小さいものではない得物が灯りを反射して輝いていた。
「ひっ、姫様?ご冗談ですよね~。それはさすがに洒落になりませんです、ハイ」
開いた両手を身体の前で小刻みに振りながら後退るサフィーラは、表情は変わらぬ笑みを浮かべていたが、一筋の汗がツゥと流れていた。
「ひゃっ」
俯けていた顔を突然上げたフラムフィールに、ここまでかと観念したように目を閉じたサフィーラであったが、しばらく経っても何も起きないので恐る恐る目を開いてみると、そこには手に持っていた物をテーブルに置き、ソファに座って呆れたような表情で自分を見る姫の姿があった。
「いつまでやっているのですか。まったく、芝居も大げさなんですから、貴女は」
「うふふっ、バレちゃいましたか。やっぱり姫様には敵いませんね」
「当然でしょう。私達は長い付き合いなのですからね。
それよりも、真面目にここから抜け出す方法を考えなさい」
「畏まりました、姫様っ」
そう答えながら、部屋に用意しておいたティーセットでお茶を淹れるサフィーラの姿を眺めていたフラムフィールは、ふと故郷での事件を思い出していた。
「そうだっ、あの時みたいにサフィに頑張ってもらえば……」
「あの時?」
ピクリと身体を揺らして聞き返すサフィーラの声に、何か不穏なモノを感じたフラムフィールが視線を向けると、変わらぬ笑顔であるにも関わらず妙な重圧を感じて身体を強張らせる。
「あの時というと、わたしが襲われそうになっているにも関わらず放置していた、あの時ですか?」
「うっ」
「ううっ、わたしにまたやれと仰るのですか?
今度こそわたしの身も心も汚されてしまうのですね……ぐすっ」
テーブルを挟んで正面のソファへと泣き崩れるサフィーラの姿に、バツの悪い顔になったフラムフィールであったが、やれやれという風に溜め息を吐いていた。
「もうっ、その時の事は謝ったでしょ?それに、泣きまねも大げさ過ぎるわよ」
その言葉を聴いた瞬間、ガバッと起き上がったサフィーラの顔には全く泣いた形跡は認められず、フラムフィールは口を尖らせて睨み付ける。
「うふふっ、さっきのお返しです」
「はいはい、ごめんなさい。はぁ、これじゃあちっとも話が進まないじゃないの」
「これが『お約束』というものです、姫様。
それに、あれは駄目ですよ。
仮にも護ってくれている相手に、怪我をさせるような事をしてはいけません」
「それもそうですね。でもそうなると、やれる事が少なくなってしまわないかしら?」
困った顔になるフラムフィールに、道を狭めた自分が良い案を出さないと駄目だと考えていたサフィーラは何かを思いついたらしく、パンと両手を合わせて笑みを深くする。
「そうだ、これなら怪我人も出ないから良いかもしれません」
「さすが、サフィ。良い方法が浮かんだのですね」
「はい、これを使います」
チャプン
懐から取り出したのは小振りの丈夫そうなクリスタル製の瓶で、その中には取り出した時の音でも分かるように、トロリとした半透明の液体が八割程度満たしていた。
「まさか」
そう呟いて驚愕の表情を向けてくるフラムフィールに、サフィーラは変わらぬ笑顔を返してくる。
「はい、そのまさかです。あ、でも心配しないで下さい。身体に悪影響は有りませんから。
むしろその逆で、疲労回復の薬なんです」
「え?それでどうやって脱出を?」
良くない薬ではないと安心するが、一転してキョトンとした表情をするフラムフィールに、サフィーラは楽しそうな声と表情で答える。
「うふふっ、この薬を服用してしばらく経つと強烈な眠気に襲われます。
そして、その年齢の平均的な睡眠時間を寝るだけで、身体中の疲労が完全に抜けるのです」
「本当にそんな効果が?」
「大丈夫です。既に何度か使用して効果は確かめてありますから……(姫様で)」
「えっ?最後だけよく聞き取れませんでしたけど」
「いえいえ、特に重要な事ではありませんから。細かい事を気にしたら負けですっ」
そんな事を言いつつも薬の調合を行ったのは信頼しているフローラルであるし、サフィーラはフラムフィールの前に自分で何度か試してみてから使用していた。これは、公的な仕事以外にも色々と活動的なフラムフィールの身体を心配して作製を依頼した薬であった。
「そうなのですか?まあなんとなく気にしない方が良い気がしてきました。
ふむふむ、それなら問題ありませんね」
「ただしっ、一旦眠り始めると睡眠時間を全うするまで絶対に起きません」
「ん?それなら何も問題は……って、衛兵が全員寝ていたら何かあった時に対応出来ませんね」
ホッとしたフラムフィールであったが、良い事ばかりではないので心配そうな顔になる。それを安心させる様に、サフィーラはいつも通りの声と笑顔で言葉を続ける。
「大丈夫です。そこはわたしがどうにかしますので安心して下さい」
「その言葉に頼るしかなさそうですね。いつもありがとう。貴女には迷惑かけてばかりですね」
「うふふっ、それが大変な事だとしても、姫様からなら迷惑だとは少しも思いませんよ」
「サフィ……ありがとっ」
歳相応のフラムフィールの素直な笑顔に、妹を見るような優しい表情で心から嬉しそうな顔をするサフィーラであった。
方針が決定したところで、ちょうど夕食の時間が近くなっていたのでついでに仕込みを開始しようとサフィーラは動き出す。部屋から出て護衛の衛兵に姫の食事を取りに行くと伝え、彼等に見送られながら廊下を進んだ先からは、既に夕食の調理が始まっているのを示すように料理の良い香りが漂ってきていた。食事が始まってしまうと薬の使用が難しくなってくるのでいっその事走りたかったが、それでは何か不自然だと考える者も現れそうな事に加え、メイドとして最低限の体裁を守るのは当然だと思っていたので早足で歩く程度にとどめていた。幸い誰かに見咎められる事も無く、目的地である厨房と繋がった配膳室に辿り着く事が出来た。
バタンッ
扉の開閉に関しては、つい大きな音を立ててしまったので、室内に居た者達の視線がサフィーラへと集中する。ほとんどが普段の彼女では決してやらない事だったので驚きの視線であったが、一人だけ非難するような鋭い視線を向ける者が居た。その年配の人物は白いコックの着るような服を着て、身体の前に前掛けがかけられている事からも分かる通り、この屋敷の厨房を仕切っている料理長であった。ただ、見上げるような身長に丸太の様な四肢と服を押し上げる筋肉が、まるで歴戦の勇士のような迫力を醸し出しており、その手に包丁の代わりに武器を持たせても違和感が無いだろうと思われた。
「……騒がしいぞ。埃が立つから静かにせんか」
ボソリと呟いただけだが、まるでその轟くような声に圧力が有るかのように料理長以外の者、サフィーラと同じ格好をしているメイド達は背筋をピンと伸ばして口を閉じ、その場で動かずにジッと成り行きを見守り始める。
「ごめんなさい、料理長。でも、今は急がないといけない事があるの。
それさえ済めば、後でいくらでも叱られますから、とりあえずわたしの話を聞いて下さい」
「……」
鋭い眼で睨むように見る料理長と相変わらずニコニコ笑みを浮かべたままのサフィーラは、視線を合わせたまましばらく相対する。周囲のメイド達はその様子をハラハラした表情で眺めている事しか出来なかった。
「……ふぅ、話してみろ。お前がそんな眼をしている時は何か重要な話が有る時だけだからな」
「うふふっ、ありがとうございます。さすがは料理長、わかってますね~」
視線を多少緩めた料理長の言葉に、緊張が解けてホッと息を吐き身体から力を抜くメイド達であったが、彼女達が長いと思っていた対峙は実際はほんの少しの時間であった。
時間も限られているので早速説明を始めるサフィーラの言葉は、メイド達には少々過激なものに感じられるので驚きの顔を見合わせてザワついていたが、料理長だけは直立不動で表情も変わらないので何を考えているかを察する事は出来なかった。
「……という事なのですが、姫様の為に協力してはくれませんでしょうか?」
説明を終えたサフィーラの問いに、先程までよりも目付きを鋭くした料理長の様子を見たメイド達はおそらく答えは望むものにはならないだろうと考えていた。メイド達はフラムフィールやサフィーラ寄りの立場であったが、こと料理に関しては料理長の許可が出なければ手を加える事は出来ないからである。
「……ふぅ、相変わらずだな、姫様は」
そう言いながら首を横に軽く振っている料理長に、サフィーラ以外の者は駄目なのはしょうがないと思っていたが、サフィーラ自身は失望したような気配は全く無く、変わらぬ笑みを浮かべたまま返事を待つ。
「わかった、手を貸そう」
ワァッ
予想外の返事にメイド達は思わず歓声を上げてしまっていたが、サフィーラはその答えが返ってくると分かっていたかの様に変わりの無い様子であった。
「ありがとうございます、料理長。薬はこれですけど、このまま入れて大丈夫でしょうか?」
「ちょっと貸してみろ。……ふむ、これだと少し味や香りに手を加えなければならんな」
「すみません。せっかくの料理に手を加える事になってしまって」
「構わんさ。少し待っていろ。すぐに調整する」
とは言っても、衛兵達は別として舌の肥えている外務卿に関しては調整に時間がかかると考えていたサフィーラであったが、外務卿用の料理には確かに時間をかけつつ、予想よりも短時間で全ての準備を終わらせた料理長の手腕に感心させられていた。
「……なんとか大丈夫だろう。配膳を始めていいぞ」
頷く料理長の言葉に、周囲で準備をしていたメイド達は料理を各場所へと運び始める。その様子を見ながら料理長に近付いたサフィーラは、イタズラっぽい表情で周りのメイド達には聞こえないくらいの声で囁く。
「うふふっ、やっぱり姫様には甘いのですね」
「……うるさい」
バツの悪そうな顔でそれだけ言った料理長は、まるでそれ以上の追求からは逃れるように厨房の片付けを始める。それを手伝いながら、改めて心の中で頭を下げて感謝をするサフィーラであった。
一度夕食をフラムフィールのもとへと料理(もちろん薬は入っていない)を運んだ後、食器を戻す為に配膳室へと戻って来たサフィーラは、他のメイド達から料理は確かに衛兵達に食べられていたと報告を受ける。懸念していた外務卿も気にせず食べていたと聞き、軟禁が始まったその日に素早く行動していても意表を突けるか少し不安だったので、内心の安堵を表すようにホッと息を吐いていた。衛兵達は交代で食事を摂っていたが、一人でも抜けていると困るので、薬入りの飲み物を何度か持って差し入れに行く事もした。すぐに効果が出るものではないので、それまでは通常の仕事をしながら時が経つのを待つ間、内心の緊張が周囲に伝播しないように笑顔で隠していた。
「そろそろかな」
夜も更け、そろそろ効いてくる頃だと思ったサフィーラが呟くと、そこから次々と深い眠りに入った衛兵達の報告がメイド達からもたらされる。そのままにしておくのは不憫だと思った一同は、数人がかりで衛兵達を屋内に運んで毛布を掛けたりしていた。さすがに全員を寝室に運ぶのは厳しかったからである。
カチャッ
扉の開く音に顔を上げたフラムフィールは、そこに待ち人の顔を見付けて笑みを浮かべる。
「上手くいきましたか?」
「はい。そちらの準備も済んでいるようでなによりです、姫様」
その言葉に頷いたフラムフィールの格好は、今は背中に下ろしているフードの付いた外套で身体をスッポリと覆っており、その中の服装は目立たない物に着替えていた。
「それはマズイのではないでしょうか?」
「え?何かおかしな所でもありましたか?」
不思議そうな顔をして自分の格好を確かめるフラムフィールであったが、その背に背負われた得物が灯りを反射して輝いている様子は全く気にしていないようである。
「そのままだと、盗賊に襲ってくれと言っているようなものですよ」
「これの事を言っているのですか?これは置いていくわけにはいきませんよ。
大切な物でもありますし、これが無ければ身を守る事も出来ませんから」
「それは荷物に詰めて下さい。代わりの物は用意してありますから」
「そうなのですか。でも、使い慣れた物が……」
「ひ・め・さ・ま」
「はぁ、わかりました。貴女の言う事が正しいのでしょう」
残念そうに布で包んで背嚢に括り付けるフラムフィールに、こっそりと溜め息を吐いたサフィーラは用意しておいた装飾も何も無い得物を渡す。準備が整ったのを確認した二人が部屋を出て屋敷の裏手へと移動すると、そこにはメイド達が集まっており、近くの厩舎から丈夫そうな馬を料理長が出して引いてくる。
「みんな、ありがとう。必ず無事に戻ってきますから安心して下さいね」
頭を下げるフラムフィールに、メイド達は慌てて頭を上げて欲しいと懇願する。
「みんなが困っていますよ、姫様。好きでやっているのですから言葉だけで大丈夫です」
「そっか」
頭を上げると、サフィーラの言葉に同意するという風に笑顔で頷いてくるメイド達の姿を見て、フラムフィールは嬉しそうな顔になる。
「……気を付けて」
「いつも助けてくれてありがとう、料理長」
馬の手綱を渡してきながらボソリと伝えてくる料理長に、輝くような笑顔でフラムフィールが礼の言葉を伝えると、厳つい顔に珍しく笑みを浮かべて頷いてくる。
「衛兵達が寝ている間は、我々が姫様の帰る場所を護るから、安心して行ってくるといい」
「ありがとう、よろしくね。その代わり、帰ってくるまでサフィをこき使っていいから」
「姫様っ!?」
「ふっ、姫様のお言葉ならば遠慮しないで働いてもらう事にしよう」
「料理長っ!?」
珍しく困った顔になっているサフィーラに、その場に居る者は皆、声を抑えながら笑っていた。
「それでは行ってきます」
馬に飛び乗りそう言ったフラムフィールは、フードを頭から被り、片手を振ってから足で馬の腹を叩いて走らせる。サフィーラ達に見送られていたその背は、あっという間に夜の闇に消えていった。
「……行ってしまったな」
料理長の言葉に頷くだけで返事を返さない、返せないサフィーラは、ギュッと手を握り締めてフラムフィールの消えていった先へと視線を向け続ける。傍からも非常に心配しているのが分かる様子だが、その表情からいつもの笑みが消えているかは夜の闇に隠れて分からなかった。
この日、この屋敷の警備が甘くなっていると見て盗みに入った者達が全員捕縛され、しばらくの間その全員が料理人の格好をしている者を見るだけで非常に恐れていたのは余談である。
フローラルが何者かの視線を気にするようになってから数日後、お使いを頼まれた彼女は用事を済ませて帰りを急いでいた。予想以上に時間がかかってしまったので既に周囲は暗くなり始めており、建物の密集している路地を早足で歩くフローラルは再び何者かの視線を強く感じていた。
「気のせいだといいんだけど」
もうしばらく進めば広い通りに出られるので自然とその足取りは駆け足に近付いていくが、それがいけなかったのか次の曲がり角に飛び込んだ時に何かにぶつかってしまう。
「きゃっ」
ドサッ
軽い身体が跳ね返されて地面に倒れこんでしまったフローラルは、上半身を起こして地面に突いた手の平に付いた砂を払って状態を確かめる。
「いたたた、擦り傷が出来てる。もうっ、道の真ん中に物を放置しないでよっ!」
そう言いながら、自分が何にぶつかったのかを確かめる為、何の心の準備もせずに無造作に顔を上げていた。
「……っ!?」
視線の先に映った光景に驚いて声を詰まらせたフローラルは、予想していなかった状況に頭が真っ白になってそのまま動きを止めてしまう。それは、薄暗い曲がり角の先に路地を塞ぐように横並びに立つ者達が居り、規則性も無く集まった老若男女全てが生気の無い顔で自分を見ているせいであろう。
「……ぶつかっちゃってごめんなさい。急いでいたから前を見ていませんでした」
「……」
全員が知り合いで、その中の一人にぶつかった事を怒っているのかと考えて謝ってみるが、全く反応せずに無言のままなので、地面に座った状態で謝ったのが駄目だったのかと立ち上がって再度頭を下げるが、相変わらず目の前の人達は無反応のままであった。いよいよ気味が悪くなったフローラルは笑みを浮かべながら後退り始める。
「ごめんなさい。急いでいますので、これで失礼しますね」
もう一度頭を下げてから別の道を使おうと戻り始めるが、眼前の人々から外さずにいた視線には歓迎したくない光景が映る。道を塞いでいた人々がフローラルの下がる速さと同じ速さで前進してくるのである。最近は涼しくなっていたにも関わらず、彼女の額や背中には冷たい汗が浮かび、視覚や触覚から伝わってくる不快感に心臓の鼓動が早くなっていた。
ジャリッ
「ひっ!?」
隙を見せたら襲い掛かってきそうで、慎重に少しずつ後退してたフローラルであったが、満足に進まぬうちに後方からも物音が聞こえて来る。背後を確認したいという欲求に駆られるが、そのままの体勢で後退してようやく脇道を見た場所まで戻る事が出来た。その頃には後方からも複数の足音、それも前方を塞ぐ者達とそっくりな生気の無い引きずるような足音が聞こえて来ていたので、恐怖で走り出したくなる心をどうにか制御し続けていた。刺激しないように身体を脇道に入れながら横目で確認すると、案の定、路地は前方と同じく横並びの者達で塞がれていた。近付いて来る様子を確認しながら、フローラルはゆっくりと深呼吸を数回して荒くなった呼吸を落ち着かせる。
「すぅーーはぁーーすぅーーはぁーー……っ」
ダッ
一瞬目を閉じたフローラルは、何かを決意したような表情になってから素早く身体を反転させると、そのまま後ろを見ずに脇道を全力疾走し始めた。
ザッザッザッザッ
「くっ!」
背後からは大勢の人間が追い掛けて来る足音が聞こえ、残念ながらフローラルの希望に反して距離は開いてくれず、心理的なものも影響しているのかすぐに呼吸が苦しくなってきていた。このままでは追いつかれてしまうと焦り始めたフローラルであったが、路地の進行方向がどこか広くなっている場所に繋がっているのが見えてきたので、重くなってきた足を懸命に動かしてその場所へと急ぐ。確かにそこは広い場所ではあったが、人が居れば少なからず灯火に照らされているはずなのに、路地より少し明るいだけだという事にフローラルは最後まで気付く余裕は無かった。
「……え?」
路地から飛び出したフローラルはその勢いのまま路地の入口から離れて周囲を見回す。路地を抜ける直前まで浮かんでいた笑みはその場所の状況を理解するにつれて淡雪のように消え、絶望的な場所に自分を追い込んでしまったのだと理解した顔は益々血の気を失って白くなっていた。
「まさか、追い込まれたの?」
その場所は町を囲む高い石壁と建物に囲まれた空き地らしく、出入り出来るのは先程入って来た路地一本だけであった。運の悪い事に周囲の建物には空き地に面した扉は備えておらず、加えてあまり頻繁に使われていない倉庫のようで人の気配が全く感じられなかった。
半ば呆然としていたフローラルは、周囲を囲んだ者達にジリジリと石壁まで追い詰められてしまい、そこでようやく身を守るために腰の短剣を抜いて身体の前に構える。扱い方は教わっていたが、根本的に傷付けるよりも治療する方の人間なので、その切っ先は相手に向いてはいなかった。
「……私に何の用があるの?」
「……」
相変わらず反応の無い人垣に、さすがに追い詰められているフローラルは返事を待たずに言葉を続ける。
「お願いだからそこを通して。私は貴方達を傷付けたくないの」
半ば無駄だと思いながらの言葉だったが、予想に反して人垣の中からそれに答える声があった。
『アハハッ、面白イネ。自分ガ危ナイッテイウノニ、危害ヲ加エヨウトシテイル相手ヲ心配スルナンテ』
「誰っ!?話が出来るなら、隠れてないで出てきなさいよっ!
他人を操って後ろに隠れているなんて卑怯者のする事よ」
こちらの反応を楽しんでいるのが言葉の調子から感じられ、フローラルは状況を忘れて思わず挑発的な事を叫んでいた。
『面白イ事ヲ言ウネ。ソウイウ無駄ナ事ヲスルノハ、君達人間クライジャナイノカナ』
「無駄な事って……ちょっと待って。今、『君達人間くらい』って言ったの?」
『失礼ナ奴ダナァ。僕カラ見タラ、タダノ餌デシカナイ人間ト一緒ニシナイデ欲シインダケド』
人間だと思われた事で機嫌を損ねたらしく、姿を現さないままにも関わらず、その声にはフローラルを威圧して余りある迫力が含まれていた。
「……これって、前にも一度似たような感じを受けた覚えがあるわ」
『アハハッ、忘レチャッタノカイ?
弱イ奴ダッタケド、エ~ト、不憫?ナ奴ダナ。コウイウ時、君達ハコウ言ウンダロ?』
「あ、ああっ、もしかしてっ……」
『ウンウン、良イ感ジニ熟成シ始メタネ。ナカナカ美味シソウナ匂イガスルヨ』
相手の正体を察したフローラルは、以前の恐怖を思い出して震え始めた身体を、自分で自分を抱き締める風に腕をまわして押さえようとする。人垣の中からその様子を眺めていた何者かは、獲物をいたぶるように恐怖を与えて味付けしようと考えていた。
フローラルが絶体絶命の状態になる少し前、少し離れた場所を何かを探している様子で駆けている二つの影があった。時折立ち止まって小さな方の影が周囲を探っており、もう一方の影はそれを待ちながら背負っている物の位置を直していた。
「わかるか?」
「うん。いつもローラが使ってる薬草の香りがこっちの方から感じられるよ」
「そっか、引き続き頼んだ。それにしても、ここまで遅くなるのは珍しいな」
先導するように走り出した小さな影の方は黒炎で、その後ろにピタリと付いて行っているもう一方の影はもちろん大剣を革紐で担いだダスクであった。軍の手伝いを終えたダスクは黒炎を伴い、夕飯を一緒に摂ろうと約束していたフローラルを迎えに彼女の仕事場を訪れると、受付の女性からお使いに出てからまだ帰ってきていないと教えられた。そのままそこで待つついでに力仕事を手伝っていたが、しばらく待っていても戻ってこないので、ダスク達はフローラルが向かったお使いの場所を聞いて探しに来たのである。
「あれ?なんだろう、この感じは……」
建物に囲まれた狭い路地に入ってしばらく進んだ所で急に立ち止まった黒炎は、フローラルの他にたくさんの人間が同じ様に動いているのを感じて首を捻っていた。
「どうかしたのか?」
「うん。ローラだけじゃなくて、たくさんの人の気配が残ってるんだよ。
みんな一緒にどこかに向かったのかな?……っ、なにこれ!?」
「おいっ、どうしたんだ?黒炎っ」
突然全身の毛を逆立てるのを見たダスクは慌てて駆け寄って地面に片膝立ちになると、落ち着かせようと黒炎の首を抱える感じで抱き締めて優しく撫でてやる。体温と心臓の鼓動が効いたのか、早めに落ち着いた黒炎は焦った様子でダスクの顔を見る。
「ローラが危ないよっ!この感じは悪魔族の気配とそっくりだし、あの時よりも強い」
「なっ!?なんだってまた悪魔族がこんな所に……って、そんな事を言ってる場合じゃないな」
「うん、急ごう。こっちだよっ」
そう言って走り出した黒炎に、ダスクは少しも遅れる事無く付いて行き、あっという間にその場から見えなくなっていた。
最初は悪魔族の言葉に望む反応を素で返していたフローラルは、途中から少しでも時間を稼げそうだと気付いたので半分は演技を交えていたのだが、負の感情に敏感な相手にとっては意味を成さないものであったらしい。
『モウイイヤ。マダ僕ハコレ以上近寄レナイケド、コノ操リ人形達ナラ君ヲ上手ク壊シテクレルヨ』
「くっ!?」
味の変わらない獲物をいたぶるのにも飽きたのか、悪魔族らしき存在の言葉と共に人垣が狭まり始める。それに押されるように後退ろうとするが、フローラルの背後には石壁が立ちはだかっているので、身を縮める事しか出来なかった。
「来ないでっ!近寄ったら刺すわよっ!」
『アハハッ、ソンナ構エジャ誰モ殺セナイヨ』
「うるさいっ!卑怯者は黙ってなさいっ!」
どうにも出来ない状況になって吹っ切れたらしく、即座に言い返したフローラルは諦めずに何か出来る事はは無いかと考えていたが、それを察しているらしい悪魔族は気持ちを折ろうとしてくる。
『モウ諦メナヨ。ワザワザ人間ノ気配ガ無イ場所ニ誘導シテアゲタンダカラ。
生キガヨイ餌ナノハ好ミダケド、ソロソロ終ワリニ……チッ、何カガ来タヨウダネ』
悪魔族の気が逸らされたせいか動きを止めた人垣に、思考は止めずにフローラルは何事かと様子を窺い始めると、すぐに聞き慣れた声が聞こえて来るのに気が付く。
「ローラっ、どこに居るんだっ、聞こえていたら返事をしてくれっ」
「ローラ~~~、どこに居るの~~~」
その声に安堵して力が抜けそうになるが、すぐに表情を引き締めて返事を返す。
「ダスクっ、黒炎っ、私はここよっ」
『チッ、火獣ト使イ手カ。セッカクノ楽シミヲ邪魔サレルトハナ。
ダガ目的ハ果タサセテモラウヨ。今スグ数人デ囲ンデソノ女を壊セ。残リハ足止メダッ』
その言葉通りに人垣が動き始め、そこから離れた数人がフローラルへと掴みかかる。
「きゃっ、いやっ、離してっ」
囲まれて一斉に掴みかかられればさすがに避ける事は出来ず、引きずり倒されたフローラルは四肢を押さえ込まれて動けなくなってしまう。手から離れて転がった短剣は囲む一人に拾われてしまい、考えたくは無いが自分の装備で命を落とす事になるかもしれないという想像が脳裏に浮かんでいた。
「ローラを返せっ!くそっ、お前ら全員覚悟してもらうぞっ!」
空き地の入口に差し掛かった所でフローラルの悲鳴が聞こえてきたダスクは、その瞬間そう叫んでから表情を消して背中の大剣を構えると、目の前の人垣に向ける視線を壊すべき壁を見るようなものに変える。それに気付いたフローラルは、自分が危険に陥っているにも関わらず、その原因である者達の事を心配したらしかった。
「駄目よっ、ダスク。その人達は操られているだけだから、命を奪っては駄目っ」
「くっ」
力一杯振り抜こうとしていた大剣をダスクはギリギリで止める事は出来たが、勢いと驚きのせいで姿勢を崩してしまう。それを好機と見たのか人垣に群がられて地面に倒され、次々とその上から圧し掛かられて人の山が出来ていた。
「ダスクっ」
「お前は離れていろっ」
慌てて駆け寄ってこようとした黒炎に気が付いたダスクは、助けになりそうも無いので避難しているように伝える。黒炎が下がるのを確認してから四肢に力を込め始めると、誰かが見ていれば驚くような光景が現れる。背中に載っている人の山がジリジリと持ち上がり始めていた。このままいけばダスクは確実に脱出出来るだろうが、一方のフローラルにはそこまでの時間は残ってなさそうであった。
「……ごめんね、ダスク、黒炎。せっかく助けに来てくれたのに、私はここまでみたい」
「ぐっ、ローラっ」
「ローラっ」
間に合わないと悟ったフローラルは悲しそうな顔でそう言うと、ダスク達の呼びかけに綺麗な笑みを浮かべる。
「今迄ありがとう。貴方達に出会えて本当に楽しかったわ」
「諦めちゃダメだよっ、ローラっ」
迫る短剣の切っ先が見えないように目を閉じたフローラルに呼びかける黒炎の声を聞きながら、ダスクは無言で力を込めて少しでも早く脱出しようと試み続ける。しかし、無情にも短剣の切っ先はフローラルの胸の中央へと近付き、次の瞬間には突き刺さろうとしていた。
「心残りがあるとすれば、ダスク、貴方に……」
「ローラっ」
「くっそーーっ」
『アハハッ、イイ感ジダネ。ココマデ熟成スルトハ予想外ダッタヨ』
距離を取って様子を窺っていた悪魔族は、その場の心地良い空気に満足そうに笑みを浮かべ、直後に訪れる負の感情の甘さを味わおうとしていた。
ヒュヒュッ
その時、ほぼ同時に空気を切り裂いて二つの何かが飛来し、一方が短剣を弾き飛ばした後、一方がフローラルの身体ギリギリに突き立つと同時に、猛烈な風がその場に吹き荒れる。
ゴゴゥッ
『ナンダコレハッ!?』
初めて動揺を現した悪魔族の目の前では、フローラルの姿は巻き起こった竜巻に飲み込まれ、そこを中心に渦を巻く風に、操られていた者達が吹き飛ばされていく。背中に載っていた人の山が吹き飛んで身軽になったダスクは、地面に大剣を突き立てて身体を支えながら突然の出来事に固まっていた。一方、黒炎は吹き飛ばされないように身を低くし、地面に爪を立てて必死に耐える事しか出来なかった。
「これは、何が起きてるんだ?」
「た・す・け・て~」
吹き続ける風の中、それぞれ思ったままを口に出すダスク達の目の前で、いつ収まるかも知れない竜巻が猛威を振るい続けていた。
最近、何者かの視線を感じて不安になるフローラルであったが、ダスク達はあまり深刻なものとは捉えていなかった。一方、それよりも数日前、人知れず王都では一つのささやかな脱出劇が演じられていた。フローラルの感じる視線は無くならなかったが、しばらく何も起きなかったので不安に思いながらも普段通りに仕事をこなしていたある日、頼まれてお使いに出た帰りに何者かの襲撃を受ける。それは以前に受けた恐怖を更に強くして味あわされる出来事で、理由は襲撃者達を操っていたのが悪魔族だったからである。追い詰められたフローラルを探しに来たダスクと黒炎が襲撃の場へ辿り着くが、一手足らずに短剣がフローラルの胸へと振り下ろされてしまう。それが突き刺さろうとする直前、何かが突然飛来したと思った次の瞬間に竜巻が巻き起こる。果たして、竜巻に飲み込まれてしまったフローラルの安否はどうなったのだろうか。
楽しんで頂けたでしょうか。続きも早く読んで貰えるように頑張ります。




