最前線では
投稿が遅くて申し訳ありません。生活してると色々ありますな~(遠い目)。自分に出来る範囲で頑張りますので、引き続き読んで貰えると嬉しいです。
ワァァワァァァッ
昼の日差しに照らされた平野には大勢の人間の喚声が上がっており、強い太陽光の熱と人々の熱気で体感温度は実際よりも高く感じられた。激しく動いているせいで汗も次から次へと流れ、巻き上げられた砂塵にまみれて肌は真っ黒に汚れていたが、その場でそれを気にする余裕の有る者は一人も居らず、もし居るとすれば余程の阿呆か相当の実力者だけだろう。
グガァァッヴォォォッ
人々の列の先から聞こえて来る威嚇や攻撃の唸り声が上がる度に、ジリジリと後退しているのが一番後方のこの場所からでも分かり、その場に居る者の中で一番立派な格好をしている人物がその様子を見て呆然とした顔で棒立ちになっていた。
「どういう事だ、これは……」
指揮官らしき人物を囲んで同じく困惑していた人々の中の一人が、その言葉を聞いてようやく正常な思考を再開したらしく、慌てて危機的状況から脱する為に声を掛ける。
「一度後退して立て直しましょう、将軍っ」
「う、うむ、そうだな。一旦、後退して体勢を整える。
先頭の盾隊を援護しつつ後退するのだ。
無事な騎馬隊をまとめたら、魔獣の突出に合わせて横撃をかけさせろ。
積極的に倒そうとしないでいいぞ。陽動になれば後退の助けにもなるだろう」
「はっ」
伝令を呼んで命令を伝えている副官らしき人物の背中を見ながら、将軍はここまでの数日の軍事行動を思い浮かべていた。
二日前の早朝、暗いうちからアフ・オルトレスの北門前に集合した王国軍は、一日で魔獣を殲滅してシアネントを奪還してやるという気概で士気も高く万全の状態で出発していた。日付が変わる時間まで進軍してから野営をして身体をしっかりと休めた翌日、シッカリと食事を摂ってから前日よりも速度を落として体力の消耗を抑えながら、明日の本番に全力を出せるように夜は早めに野営を行い身体を休めた。翌日早朝シアネントが遠くに見える場所まで早足で進んだ後、休憩をとって呼吸を落ち着かせてから陣形を整えると、遊撃隊として最後尾に馬上槍を持った騎馬隊を配置して進軍を再開する。シアネントが充分に近付いたところで魔獣が次々と出てきたのだが、そのまま本能に任せて攻撃してこなかった時に疑問に思わなかったのが失敗だったのかもしれない。充分な数が出てくるのを待って突っ込んできた魔獣に、出鼻を挫く形で弓隊が矢の雨を降らし、先頭の盾隊が受け止めた魔獣を剣士隊が攻撃を加えていった。それが上手く機能したと思い、前面に注意を引きつけたところに温存しておいた騎馬隊を横から突撃させたのだが、それを待っていたかの様にその行く手に両手が大鎌になっている昆虫のような魔獣が地面の下から飛び出してきて、その大鎌で馬ごと兵士を刈り取り始める。その光景に動揺して足並みの乱れた兵士達へと、頭に巨大な角を備えた四足の魔獣が複数突撃して盾隊の壁に亀裂を入れた後、その場所を広げようと比較的数の多い四本腕の猿型魔獣や魚のような鱗に覆われたトカゲ型魔獣が丸太の様な腕や太い触手を振り回して突っ込んできた。少なくない被害を受けてからやっと、数の多くない魔法使い隊の魔法でなんとか押し返し、陣の穴を埋めつつ負傷者を回収しながらジリジリと押されていたのがついさっきまでの状況である。
「指揮されたような動きをとるとの報告は受けていたが、まさかこちらの動きを読まれるとは……」
今迄軍部へと報告されている魔獣の報告書では全般に知能が高くないという事であったが、今将軍が目の当たりにした状況からはそれを否定しているようにしか思えなかった。そしてそれは将軍の脳裏に嫌な予感を抱かせる。アフ・オルトレスに向けて進んでいた輸送隊は、目の前の難敵である魔獣側にとってはかっこうの的になったのではないだろうかと。
シアネントから魔獣が出撃する少し前、シアネントを囲む石壁に近い海岸沿いの岩場の影から町の様子を窺っている集団が居た。全員が黒の軍服を着用しており目立たず身軽な格好をしていたが、目の下から口元を覆った黒い布は陽の出ている時間帯ではかえって目立つかもしれなかった。
「いかが致しますか?隊長」
「ふむ、陽が高いうちは危険ではあるが、魔獣の数が少なくなるこの機会を狙うしかあるまい。
将軍達の頑張りに期待するだけだ。軍が動くまで我々に出来る事が有るとは思えんぞ、副隊長」
隊長と呼ばれたのは、整えられた茶色の髪と勝気そうな茶瞳のまだ十代らしき人物で、黒革の軽装鎧を装備して腰に長剣を佩いており、他の隊員同様に口元を布で覆っているので人物の特定は難しそうであった。副隊長と呼ばれた方は、金髪碧眼の隊長よりも年齢は上に見える人物で、同じ隊の副隊長らしく同じ装備で同じ格好をしている。
「魔獣の動きに不可解なところが有るのはわかりますが、このような強行偵察が必要なのでしょうか?
軍の主力が出てきている以上は、今回の戦いで解決する可能性もあると思いますが」
「うむ、おぬしの言う事ももっともではあるが、余はすぐに解決するとは考えておらぬ。
町が襲われた時の報告が真実ならば、簡単に終わりそうではないからな」
「なるほど。そうなると、この偵察も必要になってきますね」
「うむ、そういう事だ。そろそろ時間だろう、タイミングを間違えないように各々集中しておけ」
「「はっ」」
その場に居る隊員全員が声を揃えるのに満足そうに頷いた隊長は、戦場となる平野へと視線を向けて軍隊が動き出すのを待ち始めた。
それほど待たされた感もなく、予定通りの時刻に王国軍が現れて布陣し始めると、それに呼応するかのようにシアネントの南門が開いて魔獣が現れ始める。本能のままに襲いかかる様子も無く、軍隊を相手にするのに充分な数が外に出るまで待っているのもそうだが、良く考えたら門の開閉まで行っている時点で違和感を感じなければならないだろう。
「ぬぅ、門の開閉をして整然と戦場に出てくる?明らかに異常な行動ではないか」
「確かにそうですね。
それに、種族の異なる魔獣同士が統制の取れた行動をするという報告は今迄有りませんでした」
「やはりこれは魔獣を操る者の存在が疑わしいが、果たしてそれが可能なのか……」
魔獣の動きを見た者達が一様に思った事を隊長も脳裏に浮かべていたが、同じくその結論を出す事に懐疑的であった。
「そろそろ始まりそうです、隊長。考えるのは偵察が終わってからにしましょう」
「うむ、そうだな。それでは各員取り決め通りに行動を開始する。
なお、危険を感じたら刻限前でも退避するように。余に断りも無く命を落とす事は許さぬ」
「「はっ」」
魔獣の嗅覚を警戒してニオイを消す薬を体に振りかけ、軍隊と魔獣が激突する前に動き出した隊長と副隊長を含めた集団は、岩場伝いにシアネントの町の内部へと潜入し始める。魔獣の行動範囲である海中からの不意打ちを警戒しながら進み、どうにか見付からずに港の片隅へと辿り着く事が出来た。ある程度の人数が集まっていると見付かる可能性が高くなるのですぐに散開して偵察を始める。二人一組で動く事に決めていたので隊長は副隊長と共にひとまず分担の区域へと向かう。
「……ひどいものだな」
「……ええ」
眼前に次々と現れる光景に隊長達は反射的に沈痛な顔になると、潜入中だという事を忘れて思わず声を漏らしてしまっていた。建物は壊れていない物の方が少なく、良く見ればそこかしこに血痕が残っている。その割には遺体がどこにも見当たらないが、その理由を思い浮かべる事は例えそれが豪胆な軍人であっても気分が悪くなる現実であり、町に散らばった偵察部隊の者達は例外無く全てが血の気の失せた顔になっていた。
「ぬぅ、これは生存者の居る可能性は絶望的か……」
「実の有る情報を持ち帰って、命を落とした者達の無念を晴らしましょう」
「うむ、生きている我らが死者への手向けに出来るのはそのくらいしかないのかもしれぬな」
「そうですね、先を急ぎましょう。
良い意味で予想を裏切って、万に一つくらいは生存者も居るかもしれませんし」
町に残っていた成長途中らしき小型の魔獣が声に反応して見回りに来るのを物陰に隠れてやり過ごしながら、わずかな可能性に賭けて生存者を探しつつ何か役に立つ情報を得る為に瓦礫の間を進む。港を抜けて大通りまで移動出来たが、通りを利用すると目立ってしまうのでそこより奥の細い路地を通る。通り過ぎた建物の中に食料品等を扱っている店も有ったが、放置されて腐っている物はほとんど見当たらないのでそれらも魔獣の腹の中に収まったのだろう。素早く建物内を確認しながら進んでいくうちに、いつの間にか隊長達は町の端まで到達していた。魔獣に見付からない様に移動するには高い集中力が必要であり、加えて必死に生存者や有用な情報を求めていたので時間の経過を少し失念していたようである。幸い刻限までまだ少しあるが、それほどゆっくりしてはいられないに違いない。町の外から聞こえて来る喚声も遠ざかり始めているので、軍隊の方が押されている事が予想され、おそらくは刻限よりも早く撤退しなければならないだろう。
「むぅ、おかしな事が起きているというのに、特に変わったところは見当たらなかったな。
このまま得るものが無いまま戻らねばならぬのか……」
「はい。残念ではありますが、このまま残れば帰る事も出来なくなります」
声の調子と眉間の皺は二人が共に悔しく思っている事を明確に表していたが、自分達にはどうにもならないので一つ大きく息を吐き出すと、気持ちを切り替えて来た道を引き返そうとする。
カタッ
「「っ!?」」
突然近くから聞こえて来た物音に思わず声を上げそうになって揃って自分の口を押さえながら音の出所へと身体ごと振り向く。そこには店舗らしき建物の裏口が有り、そこの扉が細く開いてわずかな風に揺れていた。
「……風か。驚かせてくれる」
「ふぅ、そうですね……いや、おかしいですよ。
その建物も私が先程中を覗いた後に扉をきちんと閉めましたから。
この程度の風で開いたりするはずがありません」
「ふむ、ならば確かめるしかあるまい」
腰の長剣を抜いた二人は頷き合うと、副隊長が扉を開いて先導するように先に建物内へと踏み込む。この建物は数少ない壊されていなかったので、陽の光は隙間から漏れるわずかなものだけで薄暗かった。前後の警戒を分担しながら慎重に足を進めて厨房らしき場所を抜け、大通りの有る方向、おそらく店の正面入口の有る方向へと向かう。
ギシッ
微かに木の軋む音が聞こえてきたと感じた隊長は、身振りで副隊長に支援を頼んで長剣を構え直すと、客席らしき物が見える広くなっている所へと素早く踏み込む。
「っ!」
薄暗い中でも判別出来たその場所には、頭からスッポリとフード付きのマントを被った三人分の人影が在り、既にこちらの存在に気付いていたらしく各々武器を構えてこちら向きに立っていた。
ガキッ
武器の存在に危険度が高いと判断した隊長は、先手必勝とばかりに構えに隙が無く一番力量の高そうな長剣を装備しているフードの者へと攻撃を仕掛けるが、手加減をしていたとはいえアッサリと受け止められた事に驚きの表情を浮かべる。間合いを取る為に隙を見せないように下がり、相手には見えていなかっただろうがすぐに表情を引き締めると、隣に並んできた副隊長と共に改めて相手を無力化しようと本気を出そうと考えていた。それが構えに出ていたらしく、先程攻撃を受け止めていた長剣を構えたフードの者が慌てて手と首を横に振ってくる。
「用心の為に武器を構えていましたが、僕達は怪しい者ではありません。
ここが襲われる前から調査の為に町に雇われている者で、今は生き残った人の救出が主目的です。
あなた方はこの国の軍の人ですよね?その服の意匠には見覚えがあります」
予想外に誠実そうな若い男性の声に驚きつつ、その言葉を吟味している隊長の様子を見たフードの者達が腕を動かしたのでハッとして警戒を高めるが、その視線を意識しているのかどうか分からないが構えていた武器を三人全員が収めていた。
「ふむ、我らの服装だけで武器を収めるとは無用心ではないか?」
「あなた方に敵意が無い事はわかります。こちらもそれなりの態度を表さないと駄目かと思いまして」
「うむ、見事な眼力であるな。
我らは偵察の為に潜入していたのだが、この建物から物音が聞こえたので調査に入ったのだ。
だが、おぬし等だったのならこれ以上ここに居る必要は無い」
長剣を腰に戻したフードの者はそれを聞いて顎に片手を触れさせて何かを考えているようであった。その様子に邪魔をしないように少し黙っていたが、隊長達にも時間が余っている訳では無かったので再び声を掛ける。
「ふむ、何か心配事でもあるのか?」
「僕達がこの建物に入ったのはあなた方の気配を感じたからです。
その前に物音がしていたのならば、それはすなわち」
「ふむ、生存者の存在か」
言いたい事が分かったのでその言葉の続きを口にした隊長に向かって長剣持ちのフードの者は頭を頷かせる。ここまで全く成果の得られなかった情報収集に気分の沈んでいた隊長は、最後に希望の持てそうな出来事に笑みを浮かべる。
「我らもここでの生存者の確認までは共に行動させて欲しいのだが、良いか?」
「構いませんよ。何が起きるか分かりませんから戦力が多いに越した事はありませんからね」
「うむ、ならばすぐに動こう。さほど時間が残っている訳では無いのだからな」
「外の軍の事ですか。確かに魔獣が戻ってくるまでに、猶予はそれほど残っていないようですね」
頷き合った一同は改めて武器を構え直すと、先頭に隊長と長剣持ちのフードの者が並んで建物の奥へと向かう。先程隊長達が入って来た所を通り過ぎると、そこは宿泊の為の部屋らしく並んだ扉の中には一部屋に一つベッドが備えられていた。通り過ぎる部屋には何者も見付けられず、残ったのは一番奥の突き当たりの部屋だけであった。暗さに途中で灯したランプの灯りに照らされた扉は、ここまでの部屋とは違い完全に閉じてはおらず、細い隙間からは室内の黒々とした闇だけが皆の目に映る。ここで生存者を見付けられなければ期待していた気持ち以上に失望する事になりそうだが、その場に居る者全員が何故かそうはならないような気がしていた。扉の前で頷き合うと、隊長は身振りで副隊長に扉を開くように指示を出した。
カチャッ
用心深く扉を開いていくと、確かに何者かの気配が室内のどこかに微かに感じられるが、大人の人間まるまる一人が隠れられそうな物陰が無いのにはみ出た身体の一部も目に入らない事が疑問なので、なかなか足を踏み入れられなかった。
「助けに来ました。町に雇われた者なので、安心して出てきてもらえませんか?」
「うむ、それに関しては軍の者である余が保障しよう。安心して出てくるが良い」
先頭の二人は若いとはいえ、力強い男性の声では警戒心を解せないのか、隠れているらしい何者かは依然として姿を現そうとしない。グズグズしている暇は無いので隊長が足を踏み出そうとするが、それを止めるように前に出たのは今まで口を利いていなかったフードの一人であった。
「大丈夫よ。私達も魔獣が怖いから、みんなで一緒に町の外まで行きたいと思ってるの。
町の中の道にも詳しそうだから、私達を助けてくれると嬉しいわ」
その声からフードの一人が若い女性である事にも驚かされたが、小さい子供相手に話し掛けるような口調に、隊長と長剣持ちのフードの者はその予想を少しも考えなかった事に気まずそうな顔を見合わせていた。女性らしきフードの者の呼び掛けでも短くない時間何も起きなかったのでこれでも駄目かと思っていた一同であったが、微かな物音と共にベッドの陰から小さな人影が進み出てくる。その人影は驚いた事にまだ小さな女の子で、どうやって生きてこれたのか分からないが、服は薄汚れているのに加えて食事の欠如や心労からか頬はこけて顔色は悪いものの、現状を考えれば年齢に反してその瞳の光は強く精神はしっかりとしているようである。胸元にギュッと抱き締めている黒色の犬っぽいヌイグルミだけが、唯一その女の子の幼さを表している様に思えた。
「おいで、一緒に行きましょう」
しゃがんで声を掛ける女性らしきフードの者の前に歩み寄ってきた女の子ではあったが、困ったような泣き出しそうな顔になる。
「……おとうさんとおかあさんをさがさなきゃ」
「他の隠れられそうな場所は私達がほとんど見て回ったわ。
それにそこの軍のお兄さん達や、そのお友達もたくさん来て探してくれてるの。
町の人達やあなたのお友達も町の外、南のアフ・オルトレスっていう町に避難してるから。
もし残ってたらそこまで連れてきてくれるわ。
だから一緒に行きましょう。
そこでお父さんとお母さんがあなたの事を心配して探しているかもしれないわ」
少しの間フードの中の女性の目を見ていた女の子は、その言葉に嘘が無い事を感じたらしく、ようやく頷いてくれる。
「……うん、わかった」
「偉いわ。あなたの事は絶対に守ってあげるから、安全な所まではお姉さん達から離れないでね」
口元に笑みを浮かべて女の子の頭を撫でた女性らしきフードの者は立ち上がり、すがるように見上げてくる女の子の手をギュッと握ってはぐれないようにシッカリと繋ぐ。その様子を見ていた隊長達も短時間だが笑みを浮かべた後、表情を引き締めてから通ってきた廊下を戻って行く。思った以上に時間をかけてしまったので、町からの脱出は厳しいものになりそうだったからである。
「む?」
廊下を歩きながら何か呟くような声が耳に届いてきた隊長は、不思議そうな顔でチラリと後方に続く者達へと視線を向ける。小さな声なので性別は判別出来ないが声の主はフードの最後の一人で、妙に気になるものを感じていたが気を取られている暇は無いと思い直して先を急ぐ。一同が最初に出会った場所、テーブルが並べてある食堂らしき場所へと入ろうとしたところで突然、長剣持ちのフードの者が片手を上げて全員を制止する。
「まずいっ、頼む!」
それが誰に向けて放たれた言葉かすぐには分からなかったが、先程何かを呟いていたフードの者が手にした杖を掲げており、外見は装飾も無くただの年季の入ったねじれた木の杖であるそれから肌で感じる程の不可視の力が放出されていた。
「む、何を」
ドガッ
音と衝撃が建物全体を揺らし、天井からも細かな埃が降ってくる。しかし、それほどの衝撃を受けていながら建物には破壊された様子は見受けられなかった。
「間に合ってよかった。呪文を唱えていたみたいだから注意しておいて良かった」
その言葉に杖を下ろして頷くフードの者の姿に、今更ながらに何が起こったのかを理解した隊長は、表情に焦りを浮かべながら長剣持ちのフードの者へと視線を向ける。
「障壁で防いだようだが、どうしてこれがわかったのだ?」
「彼女はそういう事が直感でわかるみたいなんですよ。
そんな事よりも、これからどうするかを考えた方が良い。いつまでも耐えられる訳じゃないですし」
「む、そうであるな。聞きたい事はたくさんあるが、それは安全な場所で再会出来た時で良い」
「再会、という事はここで別れるのですか」
「うむ、そういう事だ。我らが先に出て引き付けている間に脱出せよ。
生存者の命を危険にさらす訳にはいかないのだからな」
そう言いながら隊長は見付けた女の子へと視線を向ける。その視線に不安そうな顔になった女の子は、女性らしきフードの者と繋いでいた手にギュッと力を込めていた。
「それなら僕達が、」
「ふむ、それ以上言う事は許さぬ。これでも我らは軍の者なのだからな。
民間人に危険な役目を押し付けるような恥知らずだと思われていたとしたら、余は心外である」
「……わかりました、よろしくお願いします。でも、支援くらいは受け取ってもらいますよ」
「うむ、ありがたく受け取らせてもらおう」
隊長が了承したのを見た長剣持ちのフードの者は、安心させるように女の子の頭を撫でていた女性らしきフードの者へと合図を送る。それを受けて手を女の子に開放してもらって少し離れてもらうと、何かを呟きながら隊長と副隊長の肩に軽く触れていた。
「ふむ、これは加護の魔法か。身体が軽く感じるという事は、敏捷系の向上であるな。
これは正直言えば非常に助かる。支援、感謝するぞ」
「ご協力に感謝します」
「これくらいしか出来ませんけど、無事に脱出して下さいね」
隊長と副隊長の言葉に、大した事では無いと首を横に振る女性らしきフードの者であったが、雰囲気から隊長達の事を本当に心配しているのが感じられた。
「では行く。裏口から出て正面の魔獣を引き付けた後、我らは予定通りの方向から脱出する。
おぬし等は適当に時間を置いてから脱出するが良い」
「わかりました。それでは、お互いの武運を祈ってます」
「うむ、お互いにな」
頷き合った一同は、取り決め通りに動き始める。軽く手を上げて別れを告げると、隊長と副隊長は裏口の扉の前へと移動した。外の気配を探って何も居ないと判断した隊長は、副隊長へと厳しい視線を向ける。
「準備は良いな?」
「はっ」
その言葉に頷いた隊長は、静かに扉を開いて改めて周囲へ視線を向けて確かめると、副隊長を連れて未だに建物へと攻撃を加えている魔獣の側面へと移動する。陽は傾いてきているが、予想よりも早く軍が後退してしまったので既に魔獣が町へと入り始めてしまっている。しかし、それでもついさっきだったらしく、魔獣にとっては人間用の門は狭いので多少の猶予は有りそうであった。
「こちらへ来るのだっ」
グルルルゥゥッ
言葉と同時に拾っておいた大きめの石を隊長が目を狙ってぶつけると、怒った魔獣は攻撃していた建物から隊長達へと標的を変えて唸り声を上げる。思惑通りに注意を引き付ける事に成功したので、隊長達は脇目も振らずに駆け出した。
「上手く逃げてくれると良いのだが……」
呟く声は小さいものだったので隣を走る副隊長には何を言っていたのか分からなかったが、問い掛けるような視線に何でもないという風に小さく首を振って答えてきた隊長の様子に気にする事をやめたようである。加護のおかげでまさに疾走という体で魔獣を引き連れて走る隊長達は、途中で数体の魔獣をお供に加えながら港へ突入し、潜入に利用した地点から町を脱出する。幸い海からの攻撃は無かったので危なげなく岩場を通過出来ていた。予想していた通りに潜入組では一番最後だったらしく、潜入前に集合していた位置には全員が揃っていたが、その場で立ち止まる事も無く身振りで全員に付いて来るように伝えながら駆け抜ける。訓練のおかげか、この場で疑問を解消しようとする者は一人も居なかったので、速やかにそこから離れる事が出来た。
隊長達が後退した軍に追いつく頃には夕陽で周囲は赤く染められており、収集した情報をまとめてから報告するまでには軍の混乱もあったので、周囲はすっかり夜の闇に覆われていた。
「由々しき事態になったようだ」
「はい。シアネントでは港の倉庫区域で魔獣が急速に数を増やしているようです。
倉庫にまとめられていた大量の食料が一番の要因だったと思われます」
一番大きく立派な造りの天幕の中央に据えられた円卓では、上座の将軍と副官達が報告されたての情報によって表情を厳しいものに変えられていた。
「限界まで増えれば共食いもあるだろうが、恐らくは周囲へと獲物を探しに出るだろう。
軍が傍観すれば周囲の町や村が襲われる事になるのだろうな……」
将軍や副官達は昼間に魔獣と実際に戦ってみて手強さを実感していたので、訓練もしていない普通の人間が相対したらどうなるか、火を見るよりも明らかであった。全員が凄惨な光景を思い浮かべたらしく、一様に暗い表情になる。
ガタッ
物音の聞こえて来た方向へと視線を向けると、そこには厳しい顔で軽く持ち上げた片手を握り締めた将軍が仁王立ちしていた。
「戦うしかあるまい。それが我らの義務なのだからな。
負傷者達で減った戦力を補充する為に王都に援軍を請え。
王都の護りもあり、国中の兵士を集められる訳ではないが無駄ではない。
魔獣の足止めと同時に事態の打開策を考え出すのだ」
「「はっ」」
将軍は返事をして一斉に天幕から出て行く副官達の背中を見送りながら、打開策を早く考え出さなければ被害も大きくなり、増える魔獣に対応出来なくなってしまうだろうと考えていた。
「ふむ、苦慮しておるようだな」
「誰だっ、黙って入ってくるとは無礼な」
突然聞こえて来た声に振り返ると、いつの間に入ってきたのか黒い布で口元を覆った軍服の若者が立っていた。腰の長剣に手を触れながら、再度誰何の言葉を掛けようとした将軍であったが、先に動いたのは若者の方であった。これ以上刺激しないようにゆっくりと腕を上げて口元の黒い布を外す。
「驚かしたようだな、済まぬ」
「何を……あっ、貴方は」
「何時まで経っても打開策が浮かばぬようであるならば、余のもとへと来るが良い。
我が部隊は全員がこの格好をしておるのでな。わかりやすいだろう」
それだけ言うと、シアネントに情報収集の為の潜入をしていた部隊の隊長は口元の黒い布を着け直し、将軍が制止しようとする前に入口ではない場所から天幕を出て行ってしまった。
「噂では聞いてはいたが、本当に軍部に参加していらっしゃったのだな」
将軍としては自分達の力だけでどうにかしたいと思っているが、もしもの時の保険が有るという事に少しだけホッとしている自分を自覚していた。
翌々日、アフ・オルトレスに臨時に設置された負傷者の治療所兼収容所に入ってくる人影があった。フード付きのマントを頭からスッポリと被った三人の大人と、その内の一人と手を繋いで胸に黒色の犬っぽいヌイグルミを抱き締めた小さな女の子の連れで、親子連れなのかと思いきや、それとは違う友達同士のような雰囲気をまとっていた。
「おとうさんとおかあさんいるかな~」
「ここに居なくてもまだまだ他にもあるみたいだから大丈夫よ」
手を繋いでまるで歳の離れた姉妹のように歩く二人に付いて行きながら、隣に並んで歩いている頭一つ分以上低いフードを見下ろしながら声を掛ける。
「結構回ったけどなかなか見付からないな」
「そのうち見付かるじゃろう。まあ、そんな気がするというだけじゃがな」
「なら大丈夫か。その勘は信用出来るからね」
前方では女の子が受付の女性に話しかけており、それを補足するように隣に並んだフードの者が所々で口を挟んでいる。
ワァッ
突然歓声を上げた女の子達に、顔を見合わせてから駆け寄ると、女の子の顔には満面の笑みが浮かんでおり、目的が達せられそうだとフードの者達は全員が安堵していた。
「同じ様に自分の娘を探している夫婦が、今日あたりにもう一度来るらしいわ」
「なるほど。でも他にも生き別れの家族を探している人が居るんじゃないのかい?」
「最初はそう思ったけど、この子の特徴と、何より大事に持ってるヌイグルミが決め手になったの。
これはお母さんの手製らしくて、他には無い物らしいから」
「ふむ、それならば可能性は高そうじゃ」
頷き合ったフードの三人は、そのまま女の子の親らしき人物が訪れるのを一緒に待つ事にする。受付の女性が用意してくれた椅子に座りながら、ふと思った事が口に出ていた。
「そういえば、そのヌイグルミってどこかで見たような意匠だよな」
「そうね、私も同じ事を考えていたわ。
特徴がわかりやすく大きめに作ってあるから、意匠に元の動物が居るなら多少は控えめだろうけど」
もう少しで出てきそうだと悩んでいる二人に、残りの一人は呆れたような口調になる。
「気付いていなかったのか。妾は最初に見た時に気付いておったぞ。
二人共、数ヶ月経ったとはいえ、あやつらを忘れるとは冷たい奴等じゃの」
その言葉に驚いて同じ動きで顔を向けてきた二人に、正解を口に出そうとした瞬間、傍らの椅子に座ってつまらなそうに足をブラブラと揺らしていた女の子が急に立ち上がる。
「あっ、ワンちゃん」
その声に同じく入口の方へと視線を向けたフードの三人は、そこに見覚えのある姿を見付けて驚き立ち上がっていた。その様子に気付かずに、女の子は続いて入って来た少年からその背後の夫婦らしき男女へと視線を移す。
「あっ……」
「「あぁっ」」
その声に気付いた夫婦が女の子の姿を見付けるや否や、駆け寄ってきて女の子を抱き締める。夫婦と女の子の目には涙が光っており、感極まった女の子は大声で泣き出していた。それは、離れ離れになっていた親子がやっと再会出来た瞬間であった。
「良かった」
心からそう思っていると分かる声に、再会を喜び合っている家族以外の全員の視線がフードの三人へと向けられる。街中でそんな格好をしている三人の姿に不思議そうに思っている面々に、一歩踏み出した一番背の高いフードの者がスッと腕を上げてフードを首の後ろへと降ろしていた。
「「あっ」」
「ひさしぶりだな」
フードの下から現れた顔に、女の子の両親と一緒にここへ訪れた少年に加えて、その場には見当たらない子供のような声の持ち主が、ピタリと揃えて驚きの声を上げていた。
これからシアネントはどうなっていくのだろうか。最初の軍と魔獣とのぶつかり合いは、お互いに被害を受けつつも魔獣に後退させられた軍の負けであった。周辺の町や村への襲撃を抑える為にも、打開策を考え出すまで戦い続けなければならない兵士達は耐えられるのだろうか。それとは別に、アフ・オルトレスでの感動の再会と、それとは別の再会によって何かがこの事態へともたらされるのだろうか。
楽しんで頂けたでしょうか。続きも早く読んで貰えるように頑張ります。




