別行動
何も言えません;;もっと早く投稿出来るようにしなさいなって感じですね。
ガラガラガラガラ
空は朝から分厚い雲に覆われて陽が出ていなかったが、湿度も気温も高いので人々は流れる汗に一様に不快な表情を浮かべており、加えて辺りに車輪の音を響かせている荷車の列が巻き起こす砂塵が汗で張り付き余計に不快感を感じる要因になっていた。荷車の列は南北に走る街道を北上しており、普段なら交易で次の目的地へ向かう商隊ではないかと思うところだったが、荷車に付けられた王国の正規軍の旗と護衛の人数の多さがその予想を裏切っていた。他にも疑問に思う事が有るとすれば、正規軍の格好をしている人間が年配の者ばかりな事と、周囲の警戒を行っている人間の中に正規軍には見えない十代後半位の者がたくさん加わっている事だろう。荷車の列の最後尾、幌の掛けられた頑丈な軍仕様の荷車から周囲を眺めている人物もその若者の中の一人であった。
「ふわぁ~~~っあふ」
「緊張感がまったく無いなぁ」
「そんなに真面目にやらなくてもダイジョブだと思うよ、ダスク」
「油断するなよ、黒炎。何が起きるかわからないんだからな」
脱いだ兜を傍らに置き周囲へと警戒の視線を向けたままでいる少年の名前はダスク・ウォールといい、ボサボサの黒髪と優しそうな黒瞳の平均的な体格の身体に動き易そうな服を着た少年で、くすんだ黒色の全身鎧と同素材の巨大な盾と大剣を纏って軽々動けるツワモノである。そのダスクに黒炎と呼ばれたのは、ピンと立った三角の耳と狐の様に大きな尻尾を持つ艶やかな黒色の毛皮の四足の獣で、最も特徴的なルビーの様に紅く輝く瞳を呆れたようにダスクに向けながらのんびりとした様子で尻尾をゆったりと振っている。
「そりゃあ町一つ丸ごと壊されたりするなんて思ってもいなかったけどね。
まだ距離があるから、こんなとこに出てこないんじゃないかな~」
「備えあれば憂いなしってやつだ。やれる事はやっときたいんだよ」
「う~ん、簡単な手伝いしかさせてもらえてないからって、そんなんじゃ疲れちゃうよ?」
「むぅ、そういうわけじゃ……」
痛い所を突かれたらしく、ダスクは渋い顔になるが、すぐに付き合いの長い黒炎には隠しても無駄だと思ったらしく反論の言葉は続かなかった。
「はぁ、わかったよ。余裕が無くなっていたのは認めるさ」
「焦りを感じるのはしょうがないと思うけどね。
他のみんなはそれぞれやるべき事をやりに行っちゃってるからな~」
「それも一つの要因かもな」
黒炎の言葉に同意しつつ、ダスクはここに居ないチームメイト達が今頃どうしているかを想う。
オルフィエルド学院の生徒や教師達が軍の輸送隊と合流した後、ダスクのチームメイトプラス一人の中でそのまま輸送隊の護衛に残ったのはダスクと黒炎のみであった。一人は以前手伝ってもらった知人の軍人らしき人達の手伝いをしにいずこかへ向かい、一人はプラス一人を伴って自国であるハンフロージェン王国からこの国に訪れている外交官との話し合いの為に王都へ、最後の一人はオルフィエルド学院の教師に推薦されて負傷者達の治療や看護の為にアフ・オルトレスへと先行していた。ダスクと黒炎は実質一人と認識されていたので、兵士が充分配置されていて他の生徒達が居ない場所に配置されており、学生という事で警備ではなく危険の少ない荷車の番を任されていた。
「どうせ望まなくてもいろいろあるんだろうから、今のうちにゆっくりしておけばいいんじゃないかな」
「そうかもしれないな。今迄も望む望まないに関わらず色々とあったからな」
「そういうコトっ。というわけでボクは寝ておくよ。おやすみ~」
そう言うや否や、黒炎はダスクの見ている前で横になって目を閉じる。荷車の揺れにも導かれて、あっという間に気持ち良さそうな寝息を立て始めていた。
「いつもながら揺らがないヤツだなぁ」
苦笑いを浮かべるダスクであったが、それが気分転換にもなったらしく肩に入っていた力が良い感じに抜けてくれたので、先程とは違い周囲の景色を眺める余裕も出てきたようである。
そのまま何事も無く昼時になり、休憩を取る為に輸送隊の荷車の列は木の軋む音を立てながら停止する。雑用としての昼食の準備もあるので傍らで寝ている黒炎を起こそうと手を伸ばすが、それよりも先に黒炎は唐突にムクリと上半身を持ち上げていた。
「まだ料理も出来てないのに自分で起きるなんて珍しいな」
その言葉に反応せずにキョロキョロと周囲を見回す黒炎の様子に、笑みを浮かべていたダスクは表情を真面目なものにする。
「どうしたんだ?何か危険なものでも感じたのか?」
そう言いながら黒炎の背中に置いた手でその身体を揺すると、最初は反応しなかったが間もなくハッとしてダスクの顔へと視線を向けてくる。
「マズイかも。合宿場で感じたのと似たような気配がこっちに近付いて来るよ」
「何かあるかもしれないと思っていたけど、まさか魔獣が襲ってくるとは思ってなかったな。
まあ、でも大丈夫だよ。
今回は年配の人が多いけど兵士の人達も居るし、他の学院の生徒達も居るからな。
オルフィエルド学院の生徒だって、魔獣と戦うのは初めてじゃない」
「う~ん、ちょっときびしいんじゃないかな~。なにせ、何匹来てるかわからないからね」
「えっ、一匹じゃないのか?それだと話が変わってくるぞ……」
自分達だけならただ戦うだけでいいのだが、他の人間が関わってくるとなると難しくなってくるし、若輩のイチ生徒の話を聞いてもらえるか疑問でもあった。判断がつかずに頭を悩ませているところに、聞き覚えのある声がダスクへ掛けられた。
「ここはお前一人だが何も異常は無いか?」
正直助かったと思ったダスクが声の聞こえて来た方へと視線を向けると、そこには期待通りの人物が鋭い視線をダスク達へと向けていた。
「あ、ちょうどよかったよ、アーノルド」
黒炎にアーノルド呼ばれた人物は、猛禽類の様に鋭い碧瞳と短く刈った金髪の二十代後半位の抜身の剣の様な男性で、見上げるような身長に分厚い筋肉がバランス良くついた戦う身体をしているオルフィエルド学院で実技を担当している教師である。
「む?何か問題でも生じたか?」
「はい。まだ距離は有るみたいですが、複数の魔獣が近付いているみたいです」
「なんだとっ!?何故このような場所に……魔獣の中に指揮官でも居るというのか?
軍隊ならば補給線を狙うのは定石ではあるが、まさかな……」
思い悩むアーノルドの様子に声を掛けるのを躊躇っていたが、そんな事をしている場合じゃないと思ったダスクは一歩踏み出して口を開く。
「それで、これからどうすれば良いですか?」
「ん?ああ、そうだったな。魔獣は一箇所から近付いているのか?」
「違うみたいだよ。先頭の方から前をふさぐように来てるのと、あっちの方からまとまって来てる」
「ふむ、どっちのが数が多いかわかるか?」
「う~ん、前は薄く広くって感じで、あっちは固まってる感じだよ」
「なるほど。そうなると、前方のは足止めで、横手から来てるのが本命のようだな。
それにしても、本当に指揮官の居る軍隊のようだ……」
再び考え事に入り込みそうになるアーノルドを見て、今現在どうにかするべき問題に集中して欲しくてダスクは少し強めに言葉を投げ掛ける。
「先生、今はこの状況を何とかする事に集中しましょう」
「む、済まん、そうだな。とりあえず、前方は兵士と共に学院ごとに対処すれば大丈夫だろう。
問題は本命の方だが、兵士達に任せるにしても、主力ではなく第一線を退いた者が多いからな。
主力部隊を形成する比較的若い兵士のほとんどが最前線に送られてここには居ない……」
「そ、」
「ダイジョブだよ、アーノルド。ダスクに任せとけば、なんとかなるよ。
輸送隊と合流してから、自分も何かしたくてしょうがなかったみたいだからさ」
何か言いかけたダスクだったが、それより先に黒炎が話し始め、それが自分の考えていた事と一致していたので、なんとなく先を越された感があり悔しさのような複雑な感情を抱えながら、言いかけて開いていた口を閉じてアーノルドへ向けて頷いていた。
「済まんが、よろしく頼む。私はこちらで生徒達の指揮や不測の事態に備えよう」
「わかりました。もし討ち漏らしが有った時の為に、後ろは兵士の人達に守備してもらって下さい」
「わかった。兵士達には私から伝えておこう。お前も無茶はするな、とは言わんが命を粗末にするなよ。
一人で行く事自体が無茶な事なのだから、危なくなったら退く事も強さだぞ」
「はい。死ぬつもりなんて最初からありませんから」
「ダイジョブだよ、ボクがついてるんだからね」
「はははっ、そうかもな。今まで通りだし、これからも変わらない。
とりあえず、前方のが終わったら僕達の事は待たないで進んじゃって下さい」
「いいのか?」
「はい。もし全部倒せなかったら、しばらくあちこち引っ張りまわして撒いてから合流します」
「ふっ、倒せないとは思ってない顔だな。了解した、そちらは全てお前に任せる」
「ありがとうございます」
「気楽に待っててよ。それじゃあ、いってきま~す」
一礼したダスクは脱いでいた兜をかぶり背嚢を背負うと、黒炎と一緒に輸送隊から離れて東へと走り出す。砂塵を巻き上げながら駆けるその姿はあっという間に見えなくなり、アーノルド以外に近くで見ていた兵士は、その速さに目を丸くして見送っていた。
「無事に戻って来い」
ポツリと呟いた言葉は誰の耳にも届かなかったが、もし聞いていた者が居ればそれが本心から出た言葉であると感じ取れていただろう。
ザザザザッ
黒炎の案内で草むらを突き抜けながら駆けていたダスクは、いつの間にか峡間になっている場所に入っている事に気が付く。おそらく大昔にはこの場所は川が流れていたのではないかと思えるが、今は水の枯れている川底だった場所には長い年月の間に左右から崩れてきた岩や土が細かく積もって大きな岩は埋まっているので、ちょうど谷間に道が通っているような状態になっていた。
「こんな場所があったのか」
「不思議と大きな岩とかが落ちてないから進みやすいね」
「そうだな。でも、上手くすれば道を塞げそうだから都合がいい」
見上げると両側は切り立った崖のようになっており、ヒビの少ない頑丈そうな岩壁だったが、自分なら崩せるだろうと予想出来たのでダスクは周囲の岩の状態を眺めながら頷いていた。
「ついでに魔獣の上から崩しちゃえば手間がはぶけるんじゃない?」
「なるほど、その手があったか。ところで、もう魔獣は近いのか?」
「うん、そうだね。やるならこのあたりじゃないかな」
「了解。ちょっと上に登って待ってるか」
「りょ~かい」
崖の壁面は平らではなく所々ゴツゴツと出っ張っている場所が有るので、全ての体重がかからないように素早く跳んで登っていく。ダスクが出来るくらいなので、黒炎はそれ以上に軽やかに跳びながら崖の上まで登っていった。
「う~ん、このままだと一気に崩すのは難しいかもしれないな」
「そうなの?」
「崩れやすい岩じゃないから、あらかじめ割っておかないと駄目だと思う」
「そっか、でもそう言うってコトは出来るみたいだね」
「うん。鉱石の採掘をする時に岩の割り方とか自然と覚えるからな」
「なるほどね~」
感心した風に頷いている黒炎を念の為崖の先から下がらせたダスクは、しゃがんで岩のヒビの入り方を調べつつ地面を叩いて音を聞く。落とす岩の大きさを考えて慎重に場所を決めると、大剣の先を地面に向けて突き込んで一列になるように浅めの穴を穿っていった。
「ふぅ」
「準備できたみたいだね」
「ああ、途中で引っかからない限界の大きさを割り出すのが難しかったけど、多分大丈夫だろう」
「あははっ、途中で引っかかったら意味ないからね~」
「そういう事だ。そういえば、今回も魔獣相手だけど合宿の時と違って余裕があるみたいだな」
「ん?そりゃそうだよ。だって、魔獣じゃダスクにかなうわけないからね。
それに、守る者が近くに居なくて本気を出せるでしょ?」
無条件の信頼が伝わってきたのでダスクは自然と笑みを浮かべる。そのまま待つことしばし、昼抜きだったので今食べたい物を列挙する黒炎の声を聞きながらその時を待っていた。
「……来たよ」
突然動きを止めた黒炎が、目を閉じて何かを感じ取ろうとして立てた耳をピクリと動かした後、ポツリと一言伝えてくる。その言葉を聞いたダスクは自分も目を閉じて耳に集中すると、少ししてからようやく何かが近付いて来る音を捉える事が出来た。
「もうそろそろだな。黒炎は充分以上に下がってろよ」
「りょ~かい」
ドドドドッ
振動を伴った複数の魔獣の足音が峡間の曲がり角のすぐ向こうに近付いたところで、ダスクは大剣を両手で逆手に構えてタイミングを計り、一気に足元へと突き込む。
ズガッ
大剣の半ばまでも地面に突き刺したダスクは、魔獣までの距離を考えながら少し大剣を捻って調節しながら引き抜くと、黒炎の方へ振り返って口を開く。
「様子を見ようとして身を乗り出すなよ。僕は魔獣の背後に回り込む為に移動するからな。
それじゃあ、行ってくる」
「あっ」
魔獣も真下に来ていないが、崖も崩れる様子が無いのにダスクが走り出したので、黒炎は疑問を投げ掛けようとするが、ダスクの背中はあっという間に小さくなってしまった。ダスクの強さには絶大の信頼を寄せていても、その他の事については失敗したりもする普通の人間だと思っているので、多少の不安を感じてついダスクの言いつけを守らず下がっていた場所から前進すると、地面に刻まれた穴の周囲を前足でポンポンと叩いてみる。
「ダイジョブなのかな~」
間も無く魔獣が真下に差し掛かりそうなので、下の様子を覗き込もうと崖の端まで進み出る。
ピシッ
「ん?」
背後から何かの音が聞こえて来た気がして振り返るが、何も変化が無いので気のせいかと再び下を覗き込もうとしたところでそれは起こった。
ビシッバキバキバキバキッ
ダスクが一列に穿った穴に沿って一気にヒビが入る。
ズズズズッ
間を置かずに音と振動を伴いながら黒炎の今居る地面が下へとずれていく。
「うわっヤバイッ!」
さすがは獣の姿をしている黒炎というべきか、瞬時に走り出し不安定な地面の上である事を感じさせない素早さで駆け抜けると、上下にずれて見上げる位置になった地面へと跳び上がった。
「ふぅ、危なかったな~」
シッカリとした足場に着地して気持ちを落ち着かせるように身体を震わせてから背後を振り返る。
ズズゥゥゥン
「うわわっ」
その瞬間、周囲を揺るがす轟音と振動が伝わってきて驚いた黒炎は、危うく崖の下に落ちそうになっていた。
ズザッ
下の様子を窺いながら駆けて来たダスクは背後から聞こえて来た轟音に足を止めると、自分の意図した通りの状況が出来ている事に安堵する。巻き上がった砂塵で先頭の方は見えないが、すぐ下の魔獣達は突然の事に混乱しているようである。最後尾には合宿場で戦って見覚えのある魔獣が居るので、衝撃吸収には好都合だと判断したダスクは、大剣を逆手に両手で構えると全く躊躇せずに崖の上から飛び降りる。
「ふっ」
詰めていた息を軽く抜きつつ、落ちていくダスクの視界の中でみるみるうちに魔獣の姿が大きくなっていった。
グシャッ
あまり具体的に表現したくない音を伴って潰れた魔獣は、受けた衝撃の大きさの凄まじさを表すようにバラバラになって辺り一面に飛び散っていた。その中心地には大剣を下向きに構えてしゃがむダスクの姿があり、勢いのまま突き刺さり深々と地面に埋まっている大剣や鎧姿の全身は魔獣の紫色の血に濡れている。崖の高さと装備の重量が想像以上に威力を高めたらしく、少しの間痺れる足を休めてからゆっくりとその場に立ち上がった。
「むぅ、わかってはいたが、すごい臭いだ」
順手に持ち替えた大剣を一振りして血を飛ばすと、警戒して距離を取ってこちらを窺っている魔獣へと視線を向ける。
グガァァァッ
衝撃から脱した魔獣、今ダスクの目の前に居るのは丸太のように太い四本の腕を備えた巨大な猿が威嚇の声を上げると、跳び上がって上からの攻撃をかけてくる。上の一対の腕は組んだ手を真上から叩きつけるように振り下ろし、下の一対の腕はそれぞれ左右から挟み込んで潰すように振ってくる。上の腕の攻撃を防御しても下の腕の攻撃を当ててそのまま掴んで身動き取れないようにする意図があるのだろう。
ズガッ
衝撃音と共に全ての攻撃を受けたように見えるダスクは、上から覆い被さるような魔獣の身体に隠れてしまっており、もしその光景を見ていた者が居ればダスクが魔獣にやられてしまったのではないかと思っただろう。しかし、実際は魔獣の背中から赤黒い血に濡れた大剣の先が突き出ており、魔獣の攻撃が当たるよりも先に素早く踏み込んだダスクの攻撃が急所らしき胸の中央に突き刺さっていた。
ドサッ
魔獣の死骸が刺さったままの大剣を軽々と振って振り払うと、次の魔獣へと視線を向ける。今の魔獣と同じ種類の猿に似た顔にはダスクの強さを感じて警戒を深めた様子が分かったが、相手が襲ってくるのを待つつもりの無いダスクは間髪入れずに足を踏み出す。地形的にダスクの体格なら数人横に並んでも動けそうな幅はあったが、魔獣の巨体には狭いらしく一度に複数で向かって来れないので、ダスクは左右の岩壁も有効活用して立体的に動いて一体ずつ魔獣を倒していった。合宿場で戦った魔獣や巨大な猿のような魔獣は戦った経験や、比較的容易に急所が狙えたので苦労する事も無かったが、時折現れる巨大な鎌を左右に備えて鋭い針の有る尻尾が生えている昆虫のような魔獣には少し苦労させられた。多脚で砂塵を巻き上げながら左右の鎌の攻撃に合わせて死角から尻尾で攻撃してきたからで、その大きさから攻撃時に微かに音を立てるのと鎧の頑丈さに助けられ、おそらく毒を持っている尻尾の攻撃を直に受けなかったからである。その三種類の魔獣を全て倒して崖を崩した場所まで来る頃には、陽が傾いて空が赤くなり始めていた。
「ふぅ、ようやく終わりか」
全身を汚す紫や赤や緑の混じった魔獣の血の感触に辟易しつつ背後へと振り返ったダスクは、魔獣の死骸の大きさと数に兜の中の顔を顰める。
「埋葬する余裕は無さそうだ。そのままにしておく事を許して欲しい」
崖を崩して全て埋めていく訳にもいかないので代わりにその場で一礼したダスクは、黒炎と合流しようと登り易そうな場所を探して壁面を見上げるが、直後に起こった事ですぐに合流出来る状況ではなくなっていた。
ドガッ
動いている魔獣を全て倒したので少し油断していたのだろう、横から振るわれた太いソレに弾き飛ばされたダスクは、結構な距離を転がってからようやく止まる。
ガラガラッ
土砂を振り落としながら立ち上がったのは魔獣達の先頭に居た一体で、巨木の幹のようにドッシリとした四本の脚と巨大な角を頭に持っている魔獣だった。先程ダスクを弾き飛ばしたのはその魔獣の太い尻尾で、その太さは大木でもへし折ってしまいそうな迫力があった。
「ダスクっ!」
『崖の上から黒炎の心配そうな声が聞こえてくるが、転がったダスクはピクリとも動かなかった』
という事にはならず、平然とした様子で立ち上がる。
「あいたたた。おかしいな、少し崩すタイミングが早かったかな?」
身体の各所を動かして状態を確かめながら首を捻るダスクであったが、まさか崩れるタイミングが早くなったのが黒炎が様子見に上に乗ったからだとは気付けなかった。黒炎が乗らなければ丁度この魔獣の真上に岩が落ちて息の根を止めていたはずなのだが、黒炎自身も自分のした事をすっかり忘れて元気そうな魔獣の姿に驚いていた。
グルルルゥゥッ
警戒の唸りを上げながらも近付いて来る魔獣、これまで倒した魔獣より一回りも大きい巨体を見ていたダスクは、先程の尻尾は咄嗟に大剣を間に入れて防御したが、その重い手応えを考慮して背中の巨大な盾を外して左手に、大剣は右手に装備する。
「今迄気絶してたのか。
まあ、これはこれで強さとかがわかって次に戦う時の参考になるかもしれないな」
まだ完全に回復していなかったらしく、頭を軽く振っていた魔獣の様子を見ていたダスクは、重心を落として盾を向けながら相手の出方を窺う。それを見た魔獣は好機と考えたのか頭を下げて角を向けてくると、猛烈な勢いでダスクへと突っ込んで来た。
ドガガガッ
魔獣の突撃を盾で受け止めたダスクであったが、その勢いのまま地面を削りながら押し込まれていく。しかし、長い距離を押されながらもダスクの体勢は全く崩されないまま動きは止まった。その位置で更に圧し掛かってくる魔獣であったが、ピクリと動いた大剣に攻撃の気配を感じ取ったらしく、その瞬間に巨体の割には素早く距離を取る。その様子は細やかな感情が有るのか分からないものの、自分よりもだいぶ小さな相手、しかも餌だと思っている人間を恐れて下がった事に腹を立てているように見えた。
「なかなか鋭いな。さすがは獣というか魔獣だ。
続けて攻撃したそうに見えるが、今度はこっちの番だぞ」
再び頭を下げて足を踏み出そうとしていた魔獣に向かって駆け出したダスクの姿は、先ほどまでは意図的にゆっくり動いていたので一瞬見失ったらしく、頭のすぐ下に移動するまで気が付かなかったようである。その動きに対処しようとして魔獣が動こうとする前にダスクの攻撃が始まった。
ドガッ
頭の下に駆け込んで急停止した足でそのまま溜めを作ったダスクは、溜め込んだ力を足元から順に伸び上がる身体を伝わらせて左手の盾に漏らさず載せて魔獣の頭をかち上げる。下からの攻撃で脳を揺すられた魔獣が麻痺している短い間を利用して跳び上がると、少しも躊躇せずに振り上げた右手の大剣を頭頂へと叩きつけた。
ズガッ
全身を使ったダスクの必殺の一撃は、丈夫な皮膚を物ともせずに魔獣の頭蓋骨を砕きながら地面へと叩き伏せ、そのまま魔獣は頭に引っ張られるように膝を折って力無く横たわる。
「ふぅ」
一息ついて大剣と盾を納めたダスクは、周囲を見回して見逃した魔獣が居ないか確かめる。そんな事をしているうちに、上で声が掛かるのを待っていた黒炎が痺れを切らして崖の上から身軽に降りてきた。
「終わったみたいだね」
「うん。他に生きているやつは居ないよな?」
「ん?……そうだね、そういう気配は感じないよ」
「そっか、それなら戻ろうか。
埋葬している余裕が無いのは残念だけど、向こうも心配だから早く合流しよう」
「う~ん、そうだねぇ」
突然適当な返事を返してきた黒炎に、訝しげにダスクが視線を向けると、そこには最後に倒した魔獣の頭から生えている巨大な角をシゲシゲと眺める黒炎の姿があった。
「どうしたんだ?」
「ん?でっかい角だな~と思って」
「確かに立派な角だと思う。僕の盾に思いっ切りぶつかっても平気だからかなり頑丈だし。
それで、その角がどうしたんだ?」
「獣の角は色々な薬を作る材料になるって言ってたのを思い出したんだよ。
だから、これだけ立派な魔獣の角だったら凄くイイ材料になるんじゃないかなって」
「ふむ、それはそうかもしれないな。何か役に立つかもしれないから持っていくか」
そう言って頷いたダスクは再び大剣を構え、戦闘中なら隙だらけになるから出来ないくらいに大きく身体を捻って力を溜めてから魔獣の角へと強烈な一撃をぶつけた。
バキッ
見事に折れた角は空中をクルクルと回ってから落ちてくると、それを見上げていた黒炎のすぐ近くの地面に突き刺さる。
「あぶなっ!」
少しでも動いていたら当たっていたかも知れない状況に、思わず地面に刺さっている角の近くから飛び退いた黒炎は、抗議するように恨めしそうな視線をダスクへと向ける。
「ごめんごめん。まさかそっちに飛んでいくとは思わなかったよ」
「気を付けてよ~。今のダスクと違って僕は柔らかいんだからね」
片手を上げて拝むように謝ったダスクは、背嚢から大きな布と縄を取り出して角を包んで背負えるように縄を結ぶ。それから魔獣の死骸へと一礼すると、忘れ物が無いか確認してから峡間を塞いでいる岩を越えて街道を目指して走り始めた。
「ところで、その格好のまま行くのかい?」
「ん?何かおかしいかな?」
「全身すごいコトになってるよ。
魔獣の血でいろんな色がこびりついてるし、ボクは鼻がイイから結構しんどい」
「血塗れでずっと戦ってたから麻痺してたみたいだ。
あんまり人に見せられる格好じゃないのは分かったけど、近くに川なんて見えないぞ」
「水の匂いはしてる。案内するから洗い流してくれると助かるよ」
「そうだな……向こうはアーノルド先生も居るし大丈夫だったと信じよう。
それに、これだけ時間が経ってたら結果はどうあれもう終わってるかもしれないからな。
わかった。洗い流してから合流しようか」
空を見上げて時間の経過を思い、どちらにしろ合流する頃には全てが終わっている可能性が高いので、ダスクは多少の寄り道は可能だと判断していた。
「良かった。それじゃあ、こっちだからついて来て」
嬉しそうに頷いた黒炎は、北西方向に進んでいた進路を北東方向へと変えると、余程臭いが気になっていたらしくいつも以上に軽快に駆けていく。その背を追い掛けながら、ダスクはそこまで臭いがキツイのだろうかと鼻で息を吸ってみるが、魔獣の血にまみれて臭いに慣れたままなので分かり難くく、走りながら首を捻っていた。
タッタッタッ
小さな泉で汚れを落として着替えたダスクは、夕焼けの街道を北に向けて黒炎と並んで走っていた。
「みんなダイジョブだったのかな~」
「あの様子だと大丈夫だったんじゃないかな」
「そうなの?」
「うん。少し前に戦場になった場所を通り過ぎただろ?
その時に魔獣の死骸の位置が綺麗に並んでいた事に気が付かなかったか?」
「そういえばそうだったね。だけど、それって倒した後に邪魔だから動かしたんじゃないの?」
「引きずった跡とか、動かした形跡が全く無かったよ。
という事は、魔獣を倒した時には整然と混乱無く戦闘が行われたんだと思う。
おそらく怪我をした人は複数居たかもしれないけど、命を落とした人は居なかったんじゃないかな」
「なるほど。さすがはダスクだね」
「僕じゃなくてもわかったと思うけどな。
そもそも、弱めの魔獣しか来てなかったみたいだから、致命傷を受けるなんてありえないって」
「まあ、こっちとは違ってたくさんヒトも居たからね~」
ダスクも黒炎も兵隊は強いものと思っており、強さの基準がダスクの力量に引っ張られているので勘違いしているが、兵隊であっても魔獣相手だと運が悪ければ死んでしまう事も少なからずある。実際に兵士達と共に戦う機会がやってくるまで、ダスク達は勘違いしたままなのだろう。
「そろそろ追いつきそうだね」
街道の先が少し丘になっているので向こう側が見えていないが、黒炎には輸送隊の気配が感じられるので間違い無さそうである。頷いたダスクは足を速めると、あっという間に丘を越えていた。
輸送隊に参加している学生や兵士達は一様に疲れが見えるものの、ほとんどの者が自分の足でシッカリと歩いていた。全体の進む速度はややゆっくりとしたもので、もしかしたらダスク達が早めに追いつけるようにアーノルドが話をしてくれたのかもしれなかった。そのアーノルドの姿を輸送隊の最後尾に見付けたダスクは、黒炎を促して足を速めると、すぐに追いついてその隣に並ぶ。
「ご苦労だったな」
既に気が付いていたらしく、隣に並ぶまで振り返りもせずにいたアーノルドが労いの言葉を掛けてくる。
「ただいま~」
近くに他の人間が居ないので普段通りの反応を返してくる黒炎に、アーノルドも魔獣との戦闘で固くなっていた表情を緩めて口元に笑みを浮かべる。
「こちらはどうでした?怪我人とか多くないと良いんですけど」
「幸い命に関わる怪我を受けた者は居なかった。お前達も怪我が無いようで安心したぞ」
「こっちはボクとダスクが居たんだから全然ダイジョブだったよ」
「ふっ、そうかもしれんが過信はしないようにな。思わぬ反撃を受ける事も有る。
まあ、ダスクはわかっているようだから繰り返し言うつもりはないが。
それで、お前達の方の詳しい報告を聞きたいのだが、良いか?」
「はい。まずは……」
通路のようになっている峡間の事を聞いて魔獣達の周到さに内心で唸るアーノルドであったが、崖を崩して進攻路兼逃走道を塞ぎつつ多対一にならないようにしたダスクの無茶苦茶さと上手さにも驚きを隠せないでいた。自分達が戦った方よりも魔獣の種類が多かったにも関わらず、動きやそれに対する対処法等の戦い方も加えた報告に、改めてアーノルドは目の前のまだ十代後半位の少年がこの場に居た事を幸運に思っていた。
「なるほどな。色々と役に立ちそうな報告助かった。
こちらはこれで充分だが、他に何か聞きたい事や言っておきたい事はあるか?」
「そ、」
「そういえば、魔獣の角をお土産に取ってきたんだけど、イイモノかどうか知ってる?」
以前に似たようなやり取りをしたような気がしたダスクであったが、黒炎の質問を受けたアーノルドが問うような視線を向けてくるので、気持ちを切り替えて背負っている角を取り出して見えるように掲げる。
「ふむ、これが最後に倒した魔獣の角か。大きくて頑丈そうなのがやっかいだな。
済まんが、私にわかるのはこれくらいだ。
詳しい事が知りたければ、専門の知識を持つチームメイトに聞けばいい。
間も無く合流出来るだろうからな」
そう言って進行方向に視線を向けたアーノルドにつられてそちらを見たダスクと黒炎は、暗くなった街道の先に目的地である町の灯りが見えているのを言われて初めて気が付いた。
「そっか、離れてたのはチョットの間だったけど、なんだか懐かしいや」
「そうだな。頑張り過ぎていないといいけど」
黒炎の言葉に同意しつつ、自分の事は棚に上げて仲間の心配をするダスクの様子に、アーノルドは内心で自分自身の事はなかなか気が付かないものなんだなと苦笑していた。
チームメイト全員が別行動になり、輸送隊の警備についていたダスクと黒炎であったが、アーノルドの存在もあったので予想外の襲撃にも冷静に対処して被害を出さない事に成功していた。アーノルドは魔獣の動きに危機感を募らせていたが、果たしてこの先、魔獣を一掃して陥落したシアネントを取り戻す事は出来るのだろうか。
楽しんで頂けたでしょうか。続きも早く読んで貰えるように頑張ります。




