報せ
投稿ペースが遅くなり過ぎ・・・(泣)。反省しつつ、少しでも早く書けるように頑張りたいと思います。
傾いた陽が次第に赤く染まり始めていたが気温も湿度も高いままなので、普通ならその場に居る者のほとんどが暑さで温く不快な汗を流していただろう。しかし、二階建ての建物の前に集まっている十代後半位の少年少女達や少数の大人達は、一様に冷たい汗を流して自分達に対する脅威に抗っているようであり、気温や湿度に加えて生臭い異臭に包まれていたが、それらを気にする余裕も無く眼前に迫るおびただしい黒い影へと意識を集中していた。
ザシュッ
「ふむ、このままだといかんな。魔物に優勢のまま日が落ちてしまう。
暗くなれば益々不利になってしまうだろう」
目の前の魔物に止めを刺したウィリアムは、武器に付いた紫色の血を嫌そうに振り落としながら暗くなってきた空をチラリと眺めると、表情を益々厳しいものに変えてそんな事を呟く。
ウィリアムの言う通りに、オルフィエルド学院生徒達や教師が組んだ陣は戦闘開始時よりも拠点の建物へと押し込まれており、予備隊と入れ替えながら負傷者を治療して少しの休憩後に復帰させていたが、既にほとんどの者がどこかしらに怪我をして包帯を巻いているのが見えていた。それでも地面に横たわっている魔獣の亡骸の数も多いので、ただ押し込まれているという訳でもないようである。
「統制が取れているのが気になる。やはり命令を出している個体が居るはずであるが……。
すまん、少し教師と話してくるからここは任せるぞ」
隣で戦う同じ専攻の生徒に声を掛けたウィリアムは承諾の頷きを確認してから後方の魔法専攻の生徒へ指示している教師へと駆け寄った。
「少しよろしいか?」
「なんだいったいっ……ああ、君か。忙しいから簡潔に頼むぞ」
余裕無く戦況を見詰めながら打開策を考えていた教師は、突然掛けられた言葉に一瞬どなりつけそうになるが、相手の顔を確認してすぐに気持ちを落ち着かせると言葉少なく問い返す。
「うむ、心得た。魔物に統制が取れているのは命令を出している個体が居るからに違いない。
それをどうにかしたいのだが手を貸してはもらえないだろうか」
「作戦があるのか?とりあえず聞いてから判断させてもらうぞ」
「うむ、まずは……」
近付いたウィリアムが何事かを耳打ちすると、数度頷きながら聞いていた教師は少しの間顎に片手を当てて考えていたが、やってみる価値はありそうだと判断したらしくウィリアムへと了承の頷きを返す。そのまま教師と少し話し合ったウィリアムは建物の中へと入って二階へと向かう。それを見送った教師は、作戦を伝える為に他の教師のもとへと向かった。
ガチャリ
二階のバルコニーへ続くガラス戸を開いて外に出たウィリアムは、その場で視線を巡らせて目的の人物を探す。そこには魔物へと矢を放っている者達が居り、ウィリアムが相手を見付ける前に向こうが先に気が付いて駆け寄ってきた。
「おい、こんなところで何してるんだよ、ウィリアム」
「うむ、おぬし達に話があってな。教師の許しは得ているから心配するな」
押されている状況でも金の瞳を厳しく細めて力強い視線を向けてくるソラリスに内心で賞賛を送りつつ、ウィリアムはここに来た理由を伝える。その落ち着いた様子に事態の悪化を懸念していたソラリスは安堵して肩の力を抜き、時間の余裕は無いので続けてここに来た用件を尋ねる。
「そっか。それで何の用なんだ?」
「うむ、これから一度魔物を押し返す。その時に他と違った動きをしている個体を探してくれ。
それが命令を出している魔物かもしれぬ」
「なるほどな。そいつを倒せば少しは楽になるかもしれないな」
「うむ、教師の合図で魔法が飛んだら弓隊も一斉に矢を放て。それと同時に前衛が魔物を押し返す。
押し返したところで前衛の上に教師が風の結界を張って魔物が飛び込んでくるのをしばらく防ぐ。
おそらくその時に命令を出している個体がなんらかの動きを見せるかもしれない。
それを探して出来ればおぬしに射抜いて欲しい」
「了解。普通の矢だと一撃じゃ倒せないだろうから魔法矢を使うぜ。
一発で射抜いてやるからオレに任せておきなっ」
「頼むぞ。他の弓隊の者にも伝えておいてくれ。余は下に戻り陣内の魔物を掃除するのでな」
「わかった。お前も気を付けろよ」
その言葉に頷き返したウィリアムは足早に建物の中へと戻り、そのまま駆けて行ったのですぐに奥へと見えなくなる。それを見送ったソラリスは、矢羽根の色の違う物を引き抜き、透明な宝石の様に見える鏃を握り締めると何かを呟き始める。握り締めた手の隙間から紫色の光が漏れて消えてから手を開くと、出てきた鏃は透明ではなく紫色に染まりアメジストの様に変化していた。
「準備完了だぜ」
鏃の輝き具合を見て上手く出来たと頷いたソラリスは、直前よりも見るからに疲労が増しているようであったが、それを感じさせない足取りでウィリアムに頼まれた作戦を伝える為に他の弓隊の生徒に歩み寄って行った。
一階に降りて外に出たウィリアムは、先程の教師に近付いて準備が出来た事を伝えると、同じく作戦の伝達が済んだ教師に自分の持ち場へと戻るように言われたので足早に戻り、任せていた生徒に礼を言ったところで丁度飛び込んできた魔物と戦い始める。なかなかこちらの陣内に飛び込んだ魔物が減らなかったが、数人の教師が少し無理をして一度に数匹ずつ倒したのでチャンスを作り出す事が出来た。
「今だっ、放てっ」
間髪入れずに教師が合図を送ると、魔法専攻の生徒達が詠唱を合わせた炎の魔法が同時に飛んで魔物の最前列へと飛び込む。
ドガッドガッドガッ
単発ではなく集中して飛んできた魔法に半分は吹き飛ばされ、半分は体勢を崩す。そこに続けて建物の二階から矢が雨の様に放たれ、防御をする暇も無く防御の為の粘液も炎で乾かされて減っていたので次々と矢が刺さっていった。最前列を崩したところで間髪置かずに盾を構えた重装備の生徒達が前進し、礫を飛ばしてくる魔物へと切り込んでいく。軽装備の生徒達がそれを援護しながら前線を押し出し、なんとか戦闘開始時の位置まで押し返す事が出来た。
「風よ、邪悪なるモノを退けよっ」
続いてウィリアムと先程相談していた教師の声が響くと同時に、前線の生徒達の上に厚みは無いが広い範囲で風の結界が張られた。風向きがこちらから魔物に向かうので結界が生きているうちは魔物も礫も飛び込んで来る心配はしないで良さそうであったが、結界を張った教師は肩で息をしているので結界が効果を失っても続けて張るのは難しそうであった。
ザシュッ
「ふむ、後はソラの腕次第というところだな」
そう言いながら陣の内側に残っていた魔物へ止めを刺していたウィリアムは、一瞬だけ建物の二階へと視線を向けると、そのまま次の魔物と戦う為に足を速めた。
建物の二階では二人一組で一体ずつ確実に魔物を仕留めていた。矢だけで倒すのはなかなか難しいので武器や魔法を受けて傷付き動きが鈍った個体を狙う方が確実だったからである。
バシュッバシュッ
「上手く作戦通りに命令を出しているヤツを見付けられればいいけどな」
弓の放たれる音を聞きながらそう呟くソラリスや、選ばれた視力の特に良い数人が魔物の陣へと鋭い視線を向け、他とは違う動きをしている固体を探してグルリと戦場を眺めていた。
「本当に居るんだろうな……」
魔物はほとんど同じ姿なので、例え居たとしても見付けるのは容易では無さそうであった。ソラリス以外の数人もなかなか見付ける事は出来ないようで、少しずつ焦りの表情を浮かべ始めていた。ソラリスも気が長い方では無いので段々イライラし始めており、ウィリアムに文句でも言ってやろうかと視線を下に向けようとしたところで視界の端に注意を引かれて視線を戻す。
「ん?なんか気になったんだが、気のせいか?」
そのまま気になった場所をジッと見続けていたソラリスであったが、その場には兵隊である魔物達の姿以外は見えなかったので、気のせいだったかと詰めていた息を吐き出していた。
「はぁ、気のせいだったか。
ったく、同じ姿のヤツばっかりだから……いや、気のせいじゃないぞっ」
他の場所を見ようと視線を移動させようとした瞬間、1体だけが目立たない動きでゆっくりと違う兵隊魔物の集団へと移動すると同時に、今迄居た集団が動き出してどうにかして風の結界を抜けようと飛び込み始める。魔物達は風の結界で傷付いていくが、それに比例して結界を維持する魔力も削られているらしく、威力は無いが礫が少しずつ通り抜けてくるようになっていた。その1体はそれを理解しているらしく、次々と兵隊魔物の集団へと移動しながら指示を与えているようであった。おそらくこちらからの大きな反撃に対応する為に、移動を最小限にして指示していた先程までとは違い動きながら全体へと指示を出し始めたのでソラリスの目に留まったのだろう。
「見付けたぜ。ここまで押されまくっていたが、今度はこっちの番だ」
視線を外さずにニヤリとしたソラリスは、魔法矢を弓に番えると大きく引き絞って狙いを定めると、動きの止まった指示役の魔物へと会心の矢を放つ。
バシュッ、バリバリバリッ
放たれた魔法矢はその魔法の効果からの影響か、雷光の様な速さで一瞬にして魔物へと突き刺さると、直後に魔物を中心として轟音と共にその周囲を眩い紫色の光が埋め尽くしていた。
ドガッ
これで何度目か分からないが、親玉の巨大な魔物の触手に弾き飛ばされた人影が木の幹へと叩きつけられる。普通の人間だったらその一撃で重傷、最悪即死していそうだったが、その人影は兜に覆われた頭を数回振って立ち上がると、何でもなかったかのように大剣を両手で構え直していた。
「なかなか打たれ強いな。急がないといけないっていうのに……」
そう呟きながら足を踏み出そうとしていた人影の後ろから、姿は見えないが明るい声が掛けられる。
「がんばれ、ダスク~」
「がんばってるよ、黒炎。それでも親玉だけあって硬いんだよ」
何回も攻撃を受けているにも関わらずダスクの鎧には傷一つ付いていなかったが、戦いの激しさを物語るようにあちこちが泥で汚れていた。それでもダスク自身は動きに支障が出るような怪我は受けておらず、かすり傷や疲労だけが増えていた。その様子を少し離れた木の陰から応援している黒炎は、ダスクが危ないとは全く思っていないらしく、普段通りの様子で大きな尻尾をゆったりと振っている。
「硬いだけなら倒すのは時間の問題だね。アーノルドも頑張ってるから早く倒して戻ろうよ」
タタッ、ザシュッ、タタタッ
まるで獲物を狙う猛禽類のように鋭い視線を相手に向けるアーノルドは、ダスクから少し離れた場所で親玉の護衛をしていた3体の魔物と同時に切り結んでおり、激しく動きながら魔物の攻撃をかわしつつ的確に大剣の攻撃を当てていた。
「そうだな、早く倒してみんなの所に戻らないとな。
それより、見えてないからって油断して襲われたりするなよ、黒炎」
「わかってるよ。心配しなくてもまわりの気配は探ってるからね」
その言葉に安心して頷いたダスクは、再び親玉の丸太の様な太い脚へ攻撃を加える為に足を踏み出すが、その瞬間に親玉の動きがピタリと止まる。
ヴォッ……ヴォォォォッ
その声はダスクには驚きの直後に怒りの声に変わったように感じ、その想像が正しかったかのように親玉の攻撃が先程に増して激しくなる。まさにそれはソラリスの魔法矢が指示役の魔物に命中したその瞬間の出来事であった。
「何があったのかはわからないが、突然攻撃が激しくなったな。
その分、隙が増えて攻撃を当て易くなったから、こちらとしては歓迎する事だけど」
それが事実であるように、大振りになった親玉の攻撃をかわして連続で大剣を当てる事に成功する。更に脚を潰された親玉の動きは目に見えて鈍くなり、そろそろ本格的に倒す攻撃に移ろうと考えたダスクが大剣を持つ手に力を込めたところで、その出鼻を挫く形で黒炎の声が上がる。
「アーノルドっ」
その声の心配そうな響きにダスクは親玉から少し間合いを広げると、視界の片隅でアーノルドの姿を確認する。戦闘を始めた時と変わらぬ隙の無い構えであったが、良く見ると片腕から血が流れているのがダスクの居る位置からでも分かり、重傷では無いがそれなりに深い傷のようであった。
「大丈夫だ。心配せずに自分の相手に集中しろっ」
何か声を掛けようとしていたダスクであったが、それを察して先回りしてきたアーノルドの言葉に口を閉じると、頷いてから返事をする代わりに両手で構える大剣に力を込めながら親玉との間合いを縮める。
シュッシュシュッ
脚を痛めて動きが鈍くなったと言っても、普通の女性の腕位の太さがある触手がまだ十本以上も残っており、親玉の周囲どこから近付いても攻撃が届いてしまう長さなので油断は出来ない。ダスクの動きに合わせて飛んでくる触手は怒りで単調になりがちであったが、数が多いのでどうしても被弾して弾かれてしまいその都度仕切り直しになる。これまでに触手を減らそうとも試みていたが、その驚くほどの柔軟さに攻撃の威力を分散されて上手くいっていなかった。
「くそっ、このままじゃ時間がかかってしょうがないぞ」
親玉の身体中を覆っているヌルヌルした粘液のせいもあり、鞘に入ったままの大剣は斬撃というよりは打撃なので相性が悪いようであった。再び間合いを取ろうと触手を払って身体に攻撃を入れた反動を利用して後退しようとしたところで、ダスクもすっかり忘れていた攻撃が何の前触れも無く飛んでくる。
ビュッ
親玉の前方に広く弧を描くように飛ばされたそれは、鋭い牙の並んだ口から吐き出された液体であった。
「うわっ、ととっ……ふぅ、あっぶないな」
危うく全身に浴びそうになったダスクであったが、持ち前の運動能力で回避して距離を取り、それでも少し鎧に付着したそれへと視線をチラリとだけ向ける。その液体は消化液のようなものらしく、鎧は平気だがその表面に付着した汚れと触れてシュウシュウと白い煙を上げていた。
ズズンッ
直後に重い音と共に振動が伝わってきた方向を確認すると、近くの木にもかかったらしく、一抱えも有る木が太い幹の途中で簡単に溶解して倒れてしまっていた。そちらには黒炎が隠れて居たので心配したダスクであったが、更に離れた場所の木の近くで気を落ち着かせようと身体を何度か振るっていた黒炎が、こちらへと大丈夫だと示す様に大きな尻尾を大きく振ってきたので一安心の息を吐く。
「すっかり忘れていた。危うく溶かされるところだったな」
そう言ってから両手で構えていた大剣を右手に、背中の巨大な盾を外して左手に構えて対策としたダスクは、防御も考えながらだと更に時間が掛かってしまいそうな事に焦りを増加させていた。
「なかなか大変だな~」
怪我を受けながらも全く変わる事無く素早く動き回っているアーノルドと、消化液を盾で防御しながら着実に攻撃を加えているダスクの背中を眺めながら、黒炎はさすがに拠点で戦っている仲間達の事が気になり始めていた。
「ウィリアムは意外と強いからたぶん大丈夫だね。ソラもなんだかんだいってしぶとそうだし。
やっぱり心配なのはローラだよね。ボクと一緒で繊細だからな~」
仲間達が聞いていたら色々と言われそうな事を呟いていた黒炎であったが、ふと何かを思い出したような表情になると首を傾げて動きを止める。
「あれ、ローラといえば何かなかったっけ。う~ん、確か向こうを出発する時に……」
そこまで呟いた黒炎はハッとしたように顔を上げると、出発する時の一幕を思い浮かべていた。
「そういえば、ローラに何かもらってなかったっけ」
その時にフローラルの言っていた言葉を思い出した黒炎は、再びダスクが親玉と戦っている場所へと小走りに近付くと、草叢の影から戦っているダスクにも聞こえるように大きな声を出す。
「お~い、ダスクっ」
いつもの口調で掛けられた言葉に視線を向けたダスクは、思ったよりも近くに黒炎の姿を確認して兜の中の顔を驚きの表情に変えていた。
「こらっ、あんまり近づくんじゃない。さっきのやつを忘れた訳じゃないだろっ」
黒炎へと叫んだところで動揺が動きにも影響したらしく、親玉の触手をまとめて受けたダスクは弾き飛ばされて黒炎の隠れている草叢から近くの木の幹へと背中からぶつかって止まる。
「ごめんごめん。ちょっと思い出したコトがあったからさ」
自分の行動でダスクが攻撃を受けた事には何も思うところはない様子の黒炎に、内心でヤレヤレと思いつつも油断無く立ち上がって親玉から視線を外さずに構えを取る。
「それで、何を思い出したって?」
「うん。出発した時にローラから何か受け取ってなかったかなと思って」
「ああ、体力回復薬と身体能力向上薬だったかな」
「そう、それそれっ。決め手に欠けるなら、その向上薬?それが役に立つんじゃないかな。
アーノルドは忙しそうだから使う余裕は無さそうだけど、ダスクなら使えるんじゃない?」
「そういえばそうだな。すっかり忘れてた。ありがとな、黒炎」
「気にしないでいいって。ブワッと強くなって、サクッと終わらせちゃおうよ」
「はははっ、そんな上手くいけばいいけどな」
早口で会話をしていたダスクと黒炎の様子に、少しずつ脚が回復してきた親玉がジリジリと近付いて来る。双方共に最終局面だという事を肌で感じているのかもしれなかった。
「それじゃあ、いくか」
兜の前面、可動部分の面甲を上にずらして隙間を開けると、腰の小物入れから幸い割れていなかった小瓶を取り出したダスクは、その中の紫色の液体を躊躇無く一気に飲み込んだ。その液体は偶然色が魔物の血とソックリだったので、近くで見ていた黒炎は少し嫌そうな顔をしていたが、前を向いていたダスクには見えていなかった。再び小瓶を小物入れにしまったダスクが武器を構え直してどう攻めようかと考えようと思った次の瞬間、突然全身が熱くなり、酒を飲んだ事が有ればまるでアルコールが全身に回ってきた時のような熱を感じ始める。
「くっ」
ここまであからさまな変化が感じられるとは思っていなかったので思わず呻き声を上げてしまったが、直後に全身から力が湧き上がっているのが分かったダスクは武器を握る手に力を込める。
「さすがはローラの薬だ。良く効くな」
兜の中で笑みを浮かべながら呟いたダスクは、そのまま親玉へと突っ込んで行く。それは黒炎から見ても一瞬見失う程の一歩であった。
ズガッ
轟音と共に吹き飛ばされたのは見上げる程の巨体の親玉の方で、親玉自身も信じられない事だったらしく、予想外の距離を飛ばされた後に木々にぶつかって止まってからやっと自覚していたようである。
ヴォォォォッ
怒りと少しの混乱を含んだ唸り声を上げて起き上がった親玉は、自分に攻撃した者へと報復しようとその姿を探そうとするが、既に目の前で大剣を振りかぶっているダスクを確認して今まで感じた事の無い感情が侵食してくるのを感じる。
ズガッ
再び攻撃を受けて背後の木々をへし折りながら吹き飛ばされたところで、親玉は今目の前に居るのは食料では無く、自分の命を脅かす敵であるとようやく理解させられる。
ヴォッ!?
兵隊を支配する王で絶対的な強者であった親玉には逃げるという選択肢は最初から無かったらしく、一気に不利になった状況にも関わらず劣勢を覆そうと攻撃に転じようとするが、ダスクの圧倒的な速さと力の前では空を切るばかりで、次第に反撃も少なくなり脚も触手も動きを止めていった。
グシャッ
何度目かの攻撃か分からなかったが、頭部中央へと加えられた大剣の一撃が頭蓋骨を粉砕したところで完全に親玉の動きが止まる。最後の瞬間に親玉が何を感じていたのかは分からないが、目に焼き付いたのはどこかで誰かが言っていた黒い悪魔にも見える強大な姿だったかもしれない。傷口から吹き上がった紫色の血がダスクのくすんだ黒色の装備を全て濡らし、日が傾き薄暗いその場を照らす赤い陽の光と合わさって、例え仲間であってもその光景を見ていたら畏怖の念を抱いていたかもしれなかった。
ヒュッ
大剣を一振りして血を払ったダスクは、無言のまま親玉の亡骸へと目礼すると、来た道を物凄い速さで駆け戻り始めた。
「あっ、ダスク。やっつけたの?」
戻って来たダスクの姿を認めた黒炎の言葉に頷いただけで目の前を通り過ぎると、そのままアーノルドと戦っている護衛役の魔物へと攻撃を仕掛ける。親玉と比べると紙の様な防御力にしか感じないダスクは、呆気に取られているアーノルドの目の前で3体を瞬殺していた。
「ずいぶんと簡単に倒していたが、いったい何をしたんだ?」
その言葉に答えようとしたダスクであったが、口を開こうとした瞬間、突然全身が重くなってガクリと地面に膝を着いてしまう。その様子を見た黒炎が慌てて駆け寄ると、心配そうな瞳をダスクへと向ける。
「どっ、どうかしたの?ダスク。もしかして怪我とかしちゃった?」
「いや。たぶん薬の副作用ってやつだよ」
「薬だと?ああ、出発する時に貰ったやつだな。先程の凄まじさは、あれを使ったからか」
「はい、そうだと思います。それより、僕は大丈夫ですからみんなの所に行ってあげて下さい」
「……わかった。とりあえず無理はしないでここで休んでいろ。
おそらく兵隊どもは異変を感じて浮き足立っているだろうから、向こうも反撃に転じているだろう」
「わかりました。回復したら手伝いに向かいます」
「ふっ、無駄だろうから来るなとは言わん。では先に行ってるぞ」
アーノルドは腕の怪我に応急処置で布を巻くと、そのまま振り返ることも無く拠点の建物の有る場所に向かって走り始め、あっという間にダスク達の居る場所からは見えなくなった。
「ふぅ」
「ホントにダイジョブなの?ダスク」
疲れの感じられるダスクの吐息に、黒炎は心配そうに聞いてくる。その様子を見て、兜を脱いで笑みを浮かべた顔を向けるダスクは安心させるように頷き掛ける。
「大丈夫だよ。疲れているのと、普段以上に使った筋肉が悲鳴を上げているだけだ。
たぶん、明日は久しぶりに全身筋肉痛になるんだろうな」
「そっか、安心したよ。あははっ、明日はタイヘンそうだね」
「昔は日常的に筋肉痛になってたんだから平気だよ。なんだか懐かしいかもしれないな」
「あの頃は毎日無茶して鍛えていたからね~」
昔の事を思い出して懐かしく思っていたダスクと黒炎であったが、まだ全てが終わった訳ではないので、地面に座ったままアーノルドの向かった方向へと心配そうな視線を向けていた。
ガサッ
茂みを抜けて現れたのは、少し休憩をとっただけで皆と合流する為に早足で歩いているダスクと黒炎で、もう少し休んでいればいいんじゃないかと言う黒炎の言葉に反して立ち上がったダスクが、普通に動く分には大丈夫だと身体の各所を動かしながら主張したので、黒炎も不承不承同意して共に歩き始めたのである。
「アーノルドも向かったし、ボク達が急いで行かなくてもダイジョブだと思うけど」
「まあそうだけどな。疲れているのは確かだけど、早く合流した方が安心だろ」
「ボクだってそう思うけどさ。ダスクはがんばりすぎなんじゃないかな~」
「心配してくれてありがとな。本当に大丈夫だから気にするな」
「そっ、そんなんじゃないって」
改めて礼を言われると黒炎も恥ずかしくなってきたのか、照れ隠しのように忙しく尻尾を振るその様子にダスクは笑みを浮かべる。
「ここまで来たんだから、さっさと行こう」
「それもそうか。早くみんなの無事な姿を見たいな~」
「そろそろ魔物が居るかもしれないから注意して行こう」
頷き合い表情を引き締めたダスク達は、遠目に見えてきた拠点の建物の屋根を見ながら足早に進む。予想に反して建物が近づいてきても何にも出会わず、建物の正面、皆が戦っていた戦場へと辿り着く事が出来た。
「うっわ~、こっちもタイヘンだったんだな~」
黒炎の言葉に内心で頷くダスクの視線の先には、夕陽に照らされたおびただしい数の魔物の亡骸が地面に横たわっており、周囲には独特の生臭さが充満していた。それらの亡骸を避けながら、黒炎は毛皮が汚れるのを嫌って血溜りを避けながら恐る恐るダスクの後を追い掛けて行く。その場には戦っている者は一人も居らず人影が見えないので、一瞬最悪の想像をしてしまったダスクは無意識のうちに歩調が早くなり、背後を駆ける黒炎もどうにか離されずに建物の入口まで付いて行った。
「みんなどこに行ったんだろうね」
背後の黒炎からの言葉と同じ事を思いながら建物の中に入ろうとしたダスクであったが、その寸前に建物の中から誰かが出てくるのに気付いて足を止める。危うくその止まった足にぶつかりそうになった黒炎が文句を言おうと顔を上げるが、ダスクが立ち止まった理由が視界に入ってきて一転、嬉しそうに見える様子で尻尾を振り始めた。
「無事だったんだね、ローラ」
「ええ、みんなが頑張ってくれたからね。貴方達も無事で良かった」
心底安堵しているのが分かる様子でホッと一息吐くフローラルの姿に、ダスク達も安心して笑みを浮かべていたが、この場所に生徒の姿が無い事が不思議だったダスクは表情を改める。
「ところで、ソラとウィリアム、それに他のみんなはどこに行ったんだ?」
「なんだか、魔物達の動きが悪くなったから戦える人間が全員反撃に出て追い掛けて行ったわ。
先生達も外に逃がすと野犬以上に周辺の人々が危険になるって言ってたから」
「なるほど。僕も手伝いに行こうかな」
「休まなきゃ駄目よ。私の薬を使ったってアーノルド先生から聞いてるわ。
それにその格好、どうにかした方が良いんじゃない?悪いけど、とっても臭うわよ」
「そっか……それにしても、魔物の血を頭から被っていたのをすっかり忘れてたよ」
「うんうん、ローラの言う通り。
そのままだとニオイがとれなくなりそうだし、ボクはしばらく近寄れなくなっちゃうよ」
「むぅ、そこまで言われたらしょうがないか。ちょっと湖で洗ってくるよ」
「ボクも一緒に行くよ。ここに居るのもキッツイからね~」
「いってらっしゃい。怪我人の治療もあるから私はここでみんなが戻ってくるのを待ってるわ」
フローラルに手を振ったダスクは、同じく尻尾を振る黒炎を連れて湖の方へと向かう。先程の休憩と、フローラルと会話している間に休めたので、ほとんど普段通りの駆け足に戻っていた。それを見送るフローラルは、能力向上薬を使った時の消耗具合を分かっているので、ダスクの力量を知っていてもその回復力に内心で舌を巻く想いであった。
湖で装備と全身を洗ったダスクとついでに水浴びをした黒炎は、陽が落ちて暗くなったので皆も戻ってきている頃だと拠点の建物へと戻ってくると、予想通りに建物前には疲れた様子の生徒や教師が集合していた。魔物の亡骸が横たわっているので建物のすぐそばに並んでおり、ダスクは兜を小脇に抱えて外周を歩きながら自分のチームメイトの居る場所を探して歩く。
「お~い、こっちだこっち」
キョロキョロしているダスクの姿を見付けたソラリスの声に、やっとチームメイトの姿を確認してそちらへと足早に移動する。フローラルやソラリスには目立った怪我は無さそうな反面、ウィリアムはあちこちに包帯が巻かれていたがそれ程大きな傷は受けなかったようである。ダスク達を笑顔で出迎えたフローラル達は疲労が表情に出ていたが、全員が無事に再会出来た事で疲れも和らいでいるように感じられた。
「お前らも無事で良かったな。
さっきローラに聞いてたから無事だってのは知ってたけど、実際に会って安心したぜ」
「ソラとローラに怪我が無くて良かったよ。
ウィリアムは細かい傷は多いみたいだけど、集団戦としては軽いくらいだからさすがという感じだな」
「ふむ、それほどでもないぞ。最前列の盾役が踏みとどまってくれたからこその結果だ」
「ふふっ、押されていたところを逆転の策を出したのは貴方じゃないの、ウィリアム」
「ああ、そうだな。指示役の魔物を倒せたのはお前のおかげだぜ」
「ふむ、そうかもしれぬが。やはり皆の活躍があったからこそであるぞ。
それに、指示役の魔物を倒した後、更に何かのきっかけで魔物の動きが悪くなっていた。
おそらくおぬしが魔物の主を倒したからであろう?」
そう言って視線を向けてくるウィリアムと、それに釣られるようにして女性陣二人もダスクへと視線を向けてくる。それらの視線を受け止めながら、ダスクは周囲の生徒が少し離れているのを確認してから頷いていた。
「確かに親玉を倒したのは僕だけど、あんまり目立ちたくないからここだけの話にしておいてくれ。
倒しに行ったのはアーノルド先生で、僕はその手伝いをしに付いて行っただけだから」
「うむ、おぬしが望むならそれでいいのだろう。とりあえず、良くやってくれたと言っておこう」
「はあ、わからなくはないけどな。とにかく助かったぜ、ダスク」
「親玉の護衛役が3体も居て、その相手をしてた先生も同じ位大変だったからな。
勝利に対する貢献度で、僕と先生に差はほとんど無いのと同じだよ」
「なるほどね。逆に先生とダスクだけで行って良かったのかもしれないわ。
余計な犠牲が出なかったのは、そのおかげかもしれないって思う」
「最後はローラの持たせてくれた薬のおかげだったから、根元の部分ではローラの手柄かもしれない」
「そんなわけないでしょ。直接戦った貴方の功績に決まってるじゃないの」
「まあまあ、生徒や教師を含めて全員一緒に戦った結果が勝利に繋がったんだって事でいいじゃんか。
今、全員で笑えているだけで満足しようぜ」
「うむ、ソラの言う通りであるな。結果良ければ全て良し、としようじゃないか」
「そうだな」
全員で頷き合ったところで整列するように教師から声が掛かり、生徒達は教師の前に整列する。そこでこれからの予定を伝えられた一同は、その予定に従って行動し始めた。
既に結界で区画を再度区切ってあったので、回復魔法の使える者達が最後の力を振り絞って疲労回復魔法を唱えた後、いくつかの部隊を作って一つ一つを確認して魔獣の生き残りを狩り出していった。それに加えて戦場になった建物前では、別に一つ部隊を作って魔獣の亡骸を穴を掘って埋葬していき、夕方に追撃をかけて倒していった魔獣に関しても移動しながら埋葬を行った。確認を行う各区画で生じた亡骸はその都度埋葬を行っていった。季節的に後日に行うと腐敗が進んでしまってやり難くなるからである。それが全て終了した時には全ての者が疲れ果ててしまい、魔物の血を洗い流すだけでも一苦労であった。その後は、拠点の建物で待っていた者達が作った食事で空腹を満たし、重い足を引きずって自分達が生活していた宿泊施設へと戻って自分の寝床に辿り着くと、直後に一人残らず夢も見ないような深い眠りへと落ちていった。
ブンッブンッ
翌朝、ダスクが日課の鍛錬を何事も無かったかのように行っていると、そこに前触れも無くアーノルドが現れる。何の用事かと思ってダスクは手を止めると、鍛錬を見学していた黒炎と共にアーノルドが近付くのを待つ為にそちらへと身体を向けた。
「おはようございます、アーノルド先生」
「おはよ~、アーノルド」
「おはよう。昨日の今日であるのに鍛錬を休まないとは、つくづくお前は元気だな、ダスク」
「うんうん、ホントにダスクは頑丈だよ」
呆れたような口調のアーノルドと、からかうような口調の黒炎に、ダスクは何でも無い事のように今の状態を説明する。
「いつも通りに目が覚めちゃって、予想外に筋肉痛が軽くて身体の調子も悪くなかったので」
「なるほど。日々の鍛錬のおかげという訳か」
「ところで、先生も朝早くから何かやっていたんですか?」
「ん?ああ、少し身体を解す為に軽く走っていた。
そのついでにお前に話をしとこうと考えて、もしかしたら今日も鍛錬をしてるかと思ってな」
「なるほど。それで、話って何ですか?」
「周囲には魔獣の親玉を倒したのは私という事にして、お前は手伝っただけだと伝えようと思ってな。
あの者達の転校後からあからさまな者は居ないようだが、あえて目立つ必要は無いからな。
お前の許可をもらいに来たのだ」
「許可なんて必要無いですよ。その方が僕にとっても助かります」
「そうそう、面倒なコトは無いのが一番だよ」
そうして頷き合ったダスク達は、丁度大剣を背負って走っていたアーノルドの提案で、少し手合わせをしようという事になって大剣を構えたダスクとアーノルドが間合いを取って向き合う。手合わせが今まさに始まろうとしたところで、合宿場の入口の方向から誰かがこちらに近付きながら声を掛けてくるのに気が付き、ダスクは残念そうな顔になって構えを解いた。それは学院に残っていた教師の一人で、余程急いでいたらしく息を切らせて乗ってきたらしい馬を引いて駆け寄ってきて、ダスク達の姿が目に入っていないかのようにアーノルドと話し始めていた。話の邪魔をしないように少し離れていたダスクと黒炎であったが、突然アーノルドが声を上げた事に驚いて視線を向ける。
「それは本当なのかっ!?」
表情からも何か尋常じゃない事が起こっているのが察せられ、ダスクと黒炎は驚きに少しの不安を混ぜた顔を見合わせていた。
魔獣との戦いが無事に終了して生徒や教師を含めたダスク達全員が安堵していた。翌朝も日課の鍛錬を行いながら、ダスクは合宿が途中で終了になるんじゃないかと予想しており、昨日の時点で生徒達の消耗が大きくなってしまっているのが分かっていたからである。しかし、途中で終了するという予想は当たっていたが、全く違う理由で終了する事になりそうだと、ダスクと黒炎は目の前で深刻そうな顔で話をしているアーノルド達を見ながら思っていた。教師の持ってきた報せとはいったいどの様な内容で、これからダスク達にはどの様な事が待っているのだろうか。
楽しんで頂けたでしょうか。続きも早く読んで貰えるように頑張ります。




