総力戦
頭の中の光景を文章にするのがなかなか上手くなりませんね。もっと精進しないと駄目だな~。
夏の眩しい太陽が真上から次第に傾き始めていたが、つい先程まで吹いていた風がピタリと止まってしまったので、湖畔のその場所は湿度の高さもあって過ごし易さの欠片も無い状態になっていた。そこには大勢の十代後半位の少年少女達が集まっていたが、周囲の不快さも、額から流れる汗も気にするそぶりも無く、少し離れた場所で顔を突き合わせて深刻そうな顔をしている大人達へと不安そうな視線を向けている。何故かというと、先程まで少年少女達オルフィエルド学院の生徒による模擬戦が行われていたのだが、今は模擬戦の戦場の周囲を仕切っていた結界の光が全て消えて次の模擬戦が行われず中断したままだったからである。
ザワザワザワ
何か不測の出来事が起こったのではないかと生徒達は自分の推測を交換し合っていたが、教師達に動きが見られないので次第に不満が募っているようであった。
「それにしたって、なんであいつはいつも一人で、じゃないか、あいつらだけで動くんだろうな。
なあ?ローラ、ウィリアム」
「なんていうか、らしいとは思うんだけど、心配する方の身にもなって欲しいって思うわね。
多分、言っても変わらないと思うわよ、ソラ」
「うむ、ローラの言う通りだろうな。
我らに黙って行くのは困るが、すぐに動けるのはあやつらの良いところではある」
そんな事を話しているのは不満そうな顔のソラリスや心配そうな顔のフローラル、真面目な顔で頷いているウィリアムで、模擬戦終了後にいつの間にか姿の見えなくなったダスクと黒炎を探して歩き回った後、待機場所であるこの場所に戻って来てみると上記のような状態だったという訳である。そこにもダスク達の姿を見付けられず、疲労も追加されて女性陣二人はついつい普段思っている事が口に出たのかもしれない。
「オレもそう思うけどな。身軽なのもそうだけど、見返りという言葉を考えもしていないからな。
そういうところにみんなが助けられているから文句も言いにくいんだ。
狙ってやってないから余計に性質が悪いぜ」
「そうなのよね。もうちょっと周囲の人間の事も考えてくれるといいんだけど」
顔を見合わせて不満を言い合う二人の様子に傍らのウィリアムは困ったような顔になるが、二人の言い分にも賛成出来るところがあるので、不満の捌け口がこちらに向かないように口を挟む事はしなかった。
「あははっ、言われてるよ、ダスク」
「むぅ」
背後から聞こえて来た声に慌てて振り返ると、そこには困ったように頬の辺りを掻いている全身鎧を装備した人物が居り、その傍らの四足の獣がその人物へ視線を向けて楽しそうに大きな尻尾を振っていた。
「おいおい、いつの間に戻ってきたんだよ、お前ら」
前触れも無く居なくなったり戻ってきたりするダスク達にそう声を掛けたソラリスは少し機嫌悪そうに睨んできていたので、兜で表情は分からないがどこか申し訳無さそうにしているダスクはいつもと違ってどこか小さくなっているように見え、同じ立場であるにも関わらず黒炎はその様子を紅い瞳を面白そうに輝かせながら見ていた。
「黙って行ってごめん。後で説明するから今はアーノルド先生の話を聞いて欲しい」
ダスクがそう言って前を示すので、フローラル達は振り返って教師達の集まっている方へと視線を向けると、その場所には先程まで居なかった人物が増えており、鋭い瞳を普段より厳しくしながら一歩前に出てくる。
「全員静かに私の話を聞け。
今は時間が惜しい、無駄口をたたいている者が居れば遠慮なくコレを使わせてもらう」
突然現れて話し始めたアーノルドの姿にざわめきが広がりそうだった生徒達であったが、声にも力を込めながら硬く握ったコブシを示してきたので慌てて口を閉じて話を聞く体勢になる。
「気が付いた者も居るかもしれないが、ここに戻ってきていない生徒達が数名居る。
その生徒達はある種の生物、はっきり言うとすれば魔獣に襲われたのだ」
ザワザワザワ
思ってもいなかった原因で自分と同じ生徒がこの場所に居ないのだと知らされて、全体に動揺が伝染していきそうだったが、そうなる前にアーノルドは言葉を続ける。
「静かにしないかっ!全員命に別状は無いし、既に保護しているから心配はするな。
我々はこれから全員でこの問題に対処していかなければならない」
「先生っ、ここで話なんてしていて大丈夫なんですか?」
アーノルドの正面辺りに並んでいた生徒が思わずそう質問するが、周囲の生徒達も同じ事を思っていたらしく同意するように頷く。それを眺めたアーノルドは、溜め息を吐きつつ口を開く。
「だから時間が惜しいと言っているだろう?今すぐには襲ってこないから安心しろ」
そう言ってアーノルドは背後を指し示してきたので、ダスク達を含めた生徒達がそちらへと視線を向けると、先程まで消えていた結界が再び光の膜のような姿を見せていた。
「あっ、いつの間に?」
そう呟くフローラルであったが、模擬戦時の結界とは何かが違うように見えて首を捻る。その様子に気が付いたダスクがチームメイトだけに聞こえるように説明を始めた。
「多分先生も話すだろうけど、あれは初日に区画を区切っていた結界と同じものだよ。
魔獣相手だと足止め程度だって言ってたけど、僕達が体勢を整えるまではもつだろうと言ってた」
「ふむ、つまり結界を利用しなければ危険な状況という事なのだな」
「そうだろうね。たくさん来てるのを感じるからみんな危ないよ」
アーノルドはダスク達が小声で話しているのに気が付いていたが、ダスクが何を話しているか分かっているので何も言わずに話を続ける。
「あの結界は足止め程度にしかならないからな。これから拠点を定めて全員その場で戦う事になる。
我々教師の利用している建物はわかっているな?荷物をまとめてその場所に四半刻後までに集合だ。
時間が惜しいからこれ以上ここで質問は受け付けない。死にたくなかったら駆け足だっ!!」
最後の言葉にこれが冗談でもなく今現在本当に起きている事だと理解させられた生徒達は、脇目も振らずに自分達で利用している宿泊施設へ向けて走り出す。幸いな事に、魔獣の棲家がある方向には建物は無かったので、全員が荷物を回収する事が出来そうであった。
「僕達も行こう」
ダスクの言葉に全員が頷いて駆け出し、これも合宿の賜物だと思える足の速さでほとんど時間をかけずに自分達が利用している宿泊施設へと飛び込む事が出来た。
バタンッ
勢いのまま扉を開いたせいで大きな音が建物中に響いてしまい、ここを利用している最後の一人が家事をしていたらしく濡れたままの手を拭いながら慌てた様子で廊下の奥から飛び出して来る。
「そんなに慌てていったいどうしたんですか?
それに、大きな音を立てて扉を開くなんて行儀が悪いですよ、ソラ様」
「おいっ、なんでそこでオレの名前が最初に出て来るんだよ?サフィ」
ソラリスに愛称のサフィの方で呼ばれた人物の名前はサフィーラ・ロングといい、肩でそろえた綺麗な銀髪と夏の海の様に輝く碧瞳を持つ可愛らしい顔をした二十歳くらいの女性で、小麦色の肌とダスクと同じ位の背丈のメリハリのある女性的な身体に紺色のエプロンドレスと頭にホワイトブリムをきっちり着込んだいわゆるメイドさんである。
「うふふっ、なんとなくです。ソラ様ならやりそうだなって思いまして」
「ちぇっ、なんだよそれは。普段オレの事をどんな風に見てるかがわかるってもんだぜ」
「ソラ様の思っている通りですよ、もちろん」
「くっそ~、何か言ってやってくれよ、ダスク」
「え?まあ、もう少し大人しくしていた方がいいんじゃないか?多分」
「うぐっ」
のんびりと普段通りの掛け合いをしている光景に、一瞬ここに何をしに来たのかを忘れそうになっていたフローラルであったが、時間に余裕が無い事を思い出して身を乗り出す。
「ちょっと、そんな話をしている場合じゃないでしょ」
「あ、そうだった。悪い悪い、まったくサフィのせいだぞ」
「先程もお聞きしましたが、いったいどうしたんですか?
いつもなら模擬戦を行ってる時間ですし、こんな時間に戻ってくるなんて初めてだったと思いますが」
責任をサフィーラになすりつけようとしていたソラリスの言葉を完全にスルーしたサフィーラは、悔しそうな顔になるソラリスに気が付かないフリをしつつ、真面目な表情で今ダスク達がこの場所に居る理由を再び尋ねてくる。
「魔獣が出現したので、全員で一箇所にまとまって対処する事になったんです。
これから荷物を手早くまとめて先生達が利用している建物に移動しますのでお願いします」
「いっぱい来るからサフィも避難しないと危ないんだよ」
「なるほど、わかりました。それでは準備が終わり次第玄関前に集まりましょう」
サフィーラの言葉に同意して頷いた一同は解散してそれぞれが使っている部屋へと向かう。ダスクは黒炎と一緒に部屋に入ると、それ程多くない荷物を簡単にまとめながら部屋をグルリと眺めた。
「もしかしたら今日で最後になるかもしれないな。
もし魔獣を追い払う事が出来ても、そのまま合宿が続けられるかはわからないからな」
「そっか、残念だけどしょうがないか。短い間だったけど、意外と気に入ってたんだよね」
「まあ、仮だけど僕達の家は王都にあるんだから、そっちでいいだろ?」
「そうだね。あそこは落ち着くからな~。早く帰りたくなってきちゃったよ」
「さっさと魔獣を倒して我が家に帰るとしようか」
「うんうん、それがいいよ。だからさくっと解決しちゃっていいからね、ダスク」
「いつもながら、簡単に言うやつだな~」
変わらない黒炎らしさに苦笑しつつ、ダスクは身体から気付かずに入っていた余分な力が抜けてくれたのを感じて、いつもの事ながらも内心感謝していた。
荷物を簡単にまとめて玄関前に集合したダスク達は、サフィーラが干してまだ湿っている昨日の分の洗濯物はそのままにして足早に集合場所へと向かう。無事に全てが終われば回収する事も可能であるので、少しだけ願掛けのような意味合いもあったかもしれない。
教師達が利用している建物の前には既にほとんどの生徒達が集合しており、いつ襲われるか分からない状況なので皆が急がずにはいられなかったのではないかと推測出来た。中には恐怖感からキョロキョロと周囲を窺っている者も居り、実際の攻防戦になった時に普段通りに動けるようになるのか心配になってくる。各チームのリーダーは教師に集合の連絡を伝えに行っており、同じく連絡に行ったウィリアムが戻って来たところでアーノルドが一歩前に出てくる。
パンパンパン
手を打ち合わせて生徒達の注意を引いたアーノルドは、生徒達を一通り眺めてから口を開いた。
「伝えた時間よりも早く集まったのは良い事だが、普段もこうしてくれると我々教師も助かるのだがな。
まあ、これは現状では余計な言葉か。
早速だが作戦会議に入るぞ。前衛後衛それぞれの専門を4つの隊に分けて3つで陣を敷く。
3つの隊が戦闘中は残りの1つの隊は予備隊として身体を休めつついつでも動けるようにしておく。
時間ごとに戦闘中の隊1つと予備隊を順番に入れ替えていく。
それで時間を稼いでいるうちに私が別働隊として魔獣のリーダーを叩く。
別働隊の補助の者は私が個人的に声を掛けるから今は隊を分ける事だけを考えてくれ。
何か質問があれば聞く。これ以降は質問は受け付けないから今のうちに聞いておけ」
そう言ってグルリと生徒達を見渡すと、少し躊躇しつつも数人の手が上がり、アーノルドに指されて質問を始めた。
「建物の結界で篭城出来ないんですか?」
「篭城は助けが来る事が前提だが、この短時間では助けを求める事は出来なかったからな。
それに、建物の結界も今魔獣の足止めをしているものよりは強いが、完全に防げるわけではない。
篭城するとしたら最後の手段だな」
「それなら足止めしている間に逃げれば良かったのでは?」
「残念だが結界の配置は建物の周囲が一番多く、そこから外に向かうにつれて少なくなっている。
外周から現れた魔獣がすでに出口に向かう方向にも現れている可能性が高い。
逃げる時に襲われると被害が大きくなると同時に、そのまま外に導いてしまうかもしれない。
それに我々は戦闘職としてここに居るという事を忘れて欲しくはない。
周辺に被害が広がるような状況になる事は阻止せねばならないのだ」
「本当に私達で魔獣を倒せるのですか?」
「お前達が普段通りの力を出せれば問題無い。魔獣と言っても兵隊の動きは単純だからな。
我々のように組織的に動いてこないだろうから、お前達だけでもなんとかなるだろう。
教師も参加するのだから更に成功率が高くなる」
手を上げていた生徒と次々と問答をしていくと、すぐに挙手する者は居なくなる。アーノルドが普段通りに詰まる事無く答えてくれていたので、生徒達の表情は先程よりも明るいものになっていた。
「それでは、個人の荷物は邪魔にならないように二階に運び込め。
それが済んだら各専門ごとに分かれて集まっておくように。さあ時間が無い、すぐに動けっ」
その言葉と共に動き出した生徒達は、建物の入口で教師に整理されながら次々と荷物を運び込んでいき、運び終わった生徒達は裏口から出るように指示されてグルリと回って正面へと戻って来る。同じ専門の者は学院では午後の授業を一緒に受けて顔見知りなので、速やかに手間取る事も無く集まっていった。
「専門ごとに分かれたようだな。それでは配置を伝える。
全体では建物の正面に半円になるように3つの部隊を並べる。
外周から、重装兵、騎士や軽装兵、遠隔攻撃が出来る弓兵や魔法使い、最後に回復魔法を使える者。
その内側に予備隊が控え、負傷で動きが悪くなった者を建物内に運び込む。
建物内には治療の出来る薬師が控えて運び込まれる怪我人を診る。
私以外の教師は臨機応変に動き、予備隊との入れ替え時には押し返す手伝いをする。
配置は分かったな?それでは4隊に分かれてすぐに配置に就け」
少し時間をかけて、と言っても時間は限られているので普段の話し合いよりも早く分担を決めて分かれた生徒達は、速やかに配置の場所へと移動する。綺麗な半円に並んだ部隊は、このまま崩れなければ何も通さない堅固さを見る者に抱かせてくれそうだった。
ダスク達は、ウィリアムとソラリスが最初に戦う事になる隊に、ダスクと傍らの黒炎は最初は予備隊で待機し、フローラルは薬師なので建物内の配置となる。長期戦になる二人にはフローラルが体力回復薬を複数渡しておいたので、終わった後には薬の副作用で疲労感が倍になって大変になるが体力的には最後まで戦っていけそうであった。
教師を含めて生徒達全員が緊張で前方に注意を集中している場を、陣の配置がきちんと組まれているか確認しながら目立たない様に歩いていたアーノルドが近付いてくるのを普段通りのダスクや黒炎は早めに察知していた。アーノルドの厳しい表情から、こうなると予想していたダスクは声を掛けられる前に同じく目立たない様に歩き出し、黒炎もそれに付いて行きながら建物の裏へと移動する。近くに居た数人だけがそれに気が付いて応援する気持ちを視線に乗せて見送っていた。
「予想していた顔だな。
話が早くて助かるが、チームメイトを守りたいから行けないとは言わないのか?」
「あれだけ人が居れば大丈夫ですよ。それぞれ専門に関しては信頼していますから」
「ふむ、それでは早速行くか。我々が早く魔物の親玉を叩けば、その分皆が楽になるだろうからな」
「はい、親玉を倒したらそのまま背後から挟み撃ちにしましょう」
「そうだな、出来れば一匹も逃がしたくない。では行こ……む、お前に用があるみたいだぞ」
その言葉に振り返ったダスクの視線の先には、裏口から顔を出して心配そうな表情を向けてくるフローラルの姿があった。
「どうしたんだ?ローラ」
「ダスクと先生にも渡しておこうと思って体力回復薬と身体能力向上薬を持ってきたの。
身体能力向上薬は1つずつしかないし、切れた後の反動が大きいからなるべく使用は考えてね」
「ありがとう、大切に使うよ」
「すまんな、使わせてもらう」
フローラルから薬を受け取ったダスクは分けて自分の分を腰の小物入れに入れ、残りをアーノルドへと渡す。黒炎は戦いには参加しない予定であったが、何ももらえなかったのでその様子を少し羨ましそうに眺めていた。
「気を付けて。貴方は無茶しちゃ駄目よ、黒炎」
ダスクとアーノルドの顔を順に見て最後に黒炎へ言葉を掛けると、フローラルはしゃがんで黒炎の首元を抱き締める。
「ダイジョブだよ、ローラ。
アーノルドも強いし、ダスクが居ればどんなのが来てもやっつけてくれるからね」
そう言いながら黒炎は安心させるように前足でフローラルの肩をポンポンと叩く。それに頷きながら最後に抱き締める腕に一瞬力を込めてから立ち上がったフローラルは目元を軽く拭っていた。どこか弟のように感じている黒炎が、目に見えない場所で危険に飛び込んでいくという状況に思わず気分が高まって涙が滲んでしまったらしい。
「さあ行くぞ」
「はい」
「おっけ~」
アーノルドの合図に頷いたダスクと黒炎は、駆け出すアーノルドに続いて走り出し、あっという間にフローラルの視界から消えて行った。それを見送ったフローラルは、心配そうな顔を両方の掌で頬を軽く叩いて引き締めると、自分がやるべき事へと思考を切り替えて建物の中へと戻って行った。
ザザザザッ
草むらを突き抜けながら魔物の巣と思われる洞窟へと向かって駆けるダスク達は、迂回しているので生徒達が戦い始めるよりも時間が掛かりそうであった。魔獣に捕捉されないように慎重に進んでいてもなお早いアーノルドの後に続くダスクは、出発時に大丈夫とアーノルドに言っていたが、建物から離れるにつれて焦りのようなものを感じて思わず追い抜いてしまいそうになっていた。
「焦ってもしょうがないと思うよ、ダスク」
「わかってるよ、黒炎。そう思っていても、ついついな」
「ダイジョブだよ。
ダスクほどじゃないけどウィリアムも強いからローラとソラを守ってくれるよ。
それに、チームの人数が少ないおかげでみんな鍛えられたからね」
「そうだな……」
それでも自分が居ない場所で友人達が傷付くかもしれず、自分が居れば護れると思っているダスクは心配もあるが、もどかしさのようなものを感じていた。その様子に内心苦笑しつつ、走る速度は緩めずにアーノルドが声を掛けてくる。
「今は自分のやるべき事に集中しろ。それと、仲間の事をもう少し信頼してやれ」
「信頼、していないのでしょうか?こんなに戦いの前に心が乱れるのは稀なんです。
自分と黒炎だけならどうとでもなると思っていますが……僕は弱くなってしまったんですか?」
「お前は外側の強さはそれなりだが、内側の強さはまだまだだという事だ。
お前なら学院に来なくても戦闘力に関しては私を難なく越えていっただろう。
しかし、心の強さは様々な出来事や自分以外の者と多く接して鍛えていくしかない。
お前は今、現在進行形で鍛えられている最中なのだよ」
「なるほど、僕は力だけしか見えていなかったみたいです。
まだまだ未熟なんだとわかりました、ありがとうございます」
素直に自分の未熟を受け入れて頷くダスクの様子に、アーノルドは無言であったが内心では感心していた。力の強い者は自分の力に自信を持っていて自分の未熟さを指摘されるとついつい反発しがちだが、ダスクのこの素直さや柔軟な思考が今の強さを形作っているのだろうと考えていた。
「急ぐぞ。親玉を倒せば向こうも楽になるだろう」
「はいっ」
先程よりも速度を上げながら、ダスクは心の中を皆の安否から魔物を倒す事に切り替える。魔物の親玉を倒す事が皆を助ける事に繋がるのだから、今自分がやるべき事は出来るだけ早く倒す事だと分かったからである。見ている人が居たら驚くような速度で走るダスク達は、あっという間に木々の間へと消えていった。
一方、守りの拠点とした建物の前では生徒達が緊張の面持ちで魔物を待ち構えていた。武器を構えている者は握る手が汗に濡れるのを気にして何度も拭い、その他の者も背や額を流れる汗を気にしつつも拭えずに前方へと視線を凝らしていた。
「来たぞっ!」
誰が上げた声なのか分からなかったが、それと同時に前方の木々の陰から生徒達を囲むように魔物が現れる。その魚の様なトカゲの様な異様な姿に生徒達、特に女子生徒達の口から悲鳴の様な声が漏れていた。
「呆けているなっ!武器を構えて陣形を整えろっ」
教師の声にハッとなった生徒達は、その言葉の通りに動き出す。幸いな事に動きは素早い訳では無く、隙を見て飛び掛っては来なかったので教師達は安堵していたが、魔物の前足の付け根辺りに蠢く触手の不気味さに生徒達の士気は低下気味であった。
ヴォォッ
威嚇の声を上げながら次々と現れる魔物が陣の外側、重装備の生徒達が持つ大きな盾に突っ込んでくる。
ドガッガガッガッ
魔物の体重を乗せた体当たりに壁を形成している生徒達は地面を少しの距離押し込まれるが、下がった距離はそれだけで止めて耐える。
「押し返せっ!」
タイミングを合わせて一斉に押し返し、体勢を崩した魔物へと攻撃を加えていく。重装備の生徒が防御を受け持ち、騎士や軽装備の者が武器を叩き込み、それらの生徒達に攻撃を加えようとする魔物には遠隔攻撃が出来る者が援護の攻撃を放っていく。そのまま乱戦にもちこもうとする魔物を整然と、とはいかないものの、経験不足のせいで不安定であったが優勢のまま殲滅する事が出来た。
「やったぞ、全部やっつけたっ」
誰かがそう言うと生徒達の顔には笑みが浮かんで歓声が上がる。隣の者と手を合わせたり拳をぶつけ合いながら喜びを分かち合っている光景を眺めながら、ウィリアムは難しそうな顔で何かを思案していた。
「おいっ、倒したんだから少しは喜んだらどうだ、ウィリアム」
「ふむ、本当に殲滅出来たのならおぬしの言う通りだろうな、ソラ。
しかし、アーノルド殿が危険視していた魔物がこれで終わりだとは思えぬが……」
「むぅ、確かにそうかもしれないな。もう少し様子を見た方がいいかもしれないぜ」
ウィリアムとソラリスが気を引き締め直した直後、一番外側の重装備の生徒がなにげなく先程魔物が現れた方向へと視線を向けると、陽が傾いて薄暗くなってきた木々の奥からこちらを窺う無数の目がある事に気が付く。
「うぁ、嘘だろ……」
愕然とした顔から恐怖の表情に変わって固まる生徒の姿に、笑顔で喜んでいた生徒達が少しずつ気が付き始め、何を見ているのかと同じ方向へと視線を向けていく。最初に気が付いた生徒を中心として全く同じ表情が周囲へと広がっていった。
ヴォォォォッ
空気が震えるほどの声を上げながら現れた魔物の群れは先程の倍以上の数であったが、同じ様に突っ込んで来る様子も無く、まるで指揮をされた軍隊の様に整然と向かってくる。
「やっかいだな、ひとまず遠隔攻撃で隊列を乱せっ」
表情を曇らせながら指示を飛ばしてくる教師の声に、呆然としていた生徒達はハッとすると、少し遅れて指示通りに矢や魔法を飛ばす。
「どうだ?……くっ、気を付けろっ」
今度の魔物の先頭はまるでこちらを真似したかのように身体が大きく鱗も厚い頑丈そうな個体で、魔法で数体が倒れてもすぐに穴埋めして矢を弾きながら進んで来る。しかも、その後ろの細身の固体が背の尖った細い鱗を礫の様に飛ばしてきた。重装備の者は大丈夫だったが、その後ろの者達はほとんどが軽装備であったので、武器で弾く事が出来なかった者は少なからず負傷してしまい、程度のやや酷い者は治療の為に建物内へと下げられ予備隊から補充しなくてはならなかった。
「ふむ、これは長期戦は無理そうであるな。すぐに予備隊も尽きて総力戦となるであろう」
飛来する鱗の礫を弾きながら呟くウィリアムであったが、その予想の深刻さを表に出さず出来るだけ多くの礫を落として後衛の方に飛ばないようにしていた。
ドガガガッ
最前列同士がぶつかり合い先程よりも大きな音が響き、盾で受け止めて押し返そうとする生徒達だったが、声を上げながら力を振り絞るが大きく後退させられてしまう。更に触手がやっかいで、隙を見て首や武器を持つ腕に巻きつかせてくるので前線を維持する事に集中するのが難しくなっていた。
「最前列は押し返す事に集中しろ。そのすぐ後ろの者が触手に対応するんだ」
教師の言葉に従ったので前線の後退はようやく止まったが、今度は最前列の仲間を踏み台にして次々と魔物が飛び込んでくる。それは模擬戦の時に生徒を襲った個体と同じ大きさで、これが通常の歩兵役になるのだろう。
「ふむ、やっかいであるな。ただ向かってくるだけかと思えば、人間と同じく連携をしてくるとは」
そんな事を考えながら向かってくる魔物の相手をするウィリアムは、狭いので動きが限定されており攻撃は当てやすくなっているので個人的にはそれ程苦戦してはいなかったのだが、乱戦に紛れて背後から忍び寄ってくる影には気付いておらず、周囲の者も自分の目の前の魔物を相手するだけで精一杯のようであった。自分の獲物に隙を感じた魔物は、そのまま飛びかかろうと全身に力を込める。
ドスッ
目の前の魔物を切り伏せたところで何かが突き刺さる音を聞いて慌てて背後を振り返ると、そこには頭部を深々と射抜かれた魔物が倒れており、自分が油断していた事を思い知らされる。誰が援護してくれたのかと顔を上げると、見知った者が近付いて来るのが分かった。
「おい、あんまり油断してると大怪我するぜ、ウィリアム」
「うむ、すまん助かった、ソラ。
近接攻撃出来る者が足りていないと言う事は、こちらが押されていると言う事であるな」
「だな。それに、オレ達弓使いは今の配置だと力を発揮しにくいぜ。魔法と違って直線だからな」
「ふむ、建物の二階等の高所に上がった方がいいかもしれぬな」
「ああ、教師に許可をもらいに行くところだ。そしたらちょうどお前が危なそうだったからな」
「うむ、助かった。だが、これは厳しい状況であると認めねばなるまい。
魔物が連携を取ってくるとはアーノルド殿も予想していなかったからな」
「こうなったらダスク達に期待するしかないぜ」
周囲を窺うと、怪我人との入れ替えで予備隊はほとんど戦闘を開始しており、途中で入れ替えて休憩を入れる事は既に出来なくなっていた。治療を終えた者がいくらか戻ってきていたが、遠からず押し込まれるだろうと予想出来てしまう状況なので、最悪建物に篭城して時間を稼がないと危なくなりそうであった。
「もう少し頑張るしかないな」
「うむ、やれるだけの事はやるしかないだろう」
頷き合った二人はそれぞれ別方向へと顔を向け、自分のやるべき事をやる為に再び動き始めた。
少し時間は戻り、駆けるダスク達は巣と思われる洞窟が見える位置までもう少しの所に来ていた。そのまま進もうとしていたダスク達であったが、突然立ち止まった黒炎が周囲の気配を探り始める。
「先生、黒炎が何かを感じたようです」
その言葉に立ち止まったアーノルドはダスクの近くへと戻ってくると、ダスクと同じく黒炎の様子を黙って見守る。目を閉じて耳を動かしながら探っていた黒炎は、少しして目を開くと二人を見ながら口を開く。
「大きな何かと、それより小さいのがいくつか近付いて来るよ」
「さすがに親玉だけではなかったか。そうなるとその近くに居るのは護衛かもしれないな。
ダスクに護衛の相手をしてもらっている間に、私が親玉を叩くか」
「どっちでもダイジョブそうだね。二人とも強いからさ」
それを聞きながらダスクは何事かを考えており、その様子に気付いたアーノルドが視線を向けてくる。
「何か心配事でもあるのか?」
「はい、先生に見せてもらった倉庫の壁を思い出しまして。
黒炎が壁が脆くなっていたって言ってましたから、先生のその防具では危険じゃないかと」
「そういえばそうだったね。これはダスクに任せた方がいいと思うよ、アーノルド」
「なるほど、そう言う事なら任せるか。護衛も複数居るなら同じく大変そうだからな」
「任せて下さい。黒炎は危険だから離れてろよ」
「わかってるよ。何かあったら報せるからボクの事は気にしないでいいからね」
「それじゃあ行きましょうか」
「そうだな。残って戦っている生徒達の事も有るから急いで終わらせるとしよう」
頷き合ったダスク達は、相手に気取られないように慎重に進んで行き、何か足元から振動を感じるようになったところで木の陰から前方を窺うと、そこには想像以上の親玉の姿があった。
「でっかいな~」
黒炎の言葉通りに見上げる程の大きさまで成長した親玉は、その手下である兵隊のどちらかといえば細身の姿とは違い、丸太の様な六本の脚に支えられた胴体は大きく膨らんでいた。前足の付け根の触手も十本以上も有り、運悪く捕らえられた小動物や周辺の木から葉の付いた太い枝をへし折っては口に運んでいる。重くなった身体を動かす為に栄養が必要だと推測出来るが、おそらくまだまだ成長途中なのだろう。その様子を確認したアーノルドは、このまま更に育ち合宿場の外へと放たれれば襲われて命を落とす者が出るだけでなく、小さい村ならば全滅させられてしまうだろうと最悪の想像が浮かび、この場で必ず倒さねばならないと決心していた。
「最初に私が出て護衛を引き付けるから親玉の方は任せたぞ」
「わかりました。先生も気を付けて下さい」
「二人共がんばれ~」
軽い調子の黒炎の言葉に苦笑しつつ頷いた二人は、武器を構えてタイミングを計り、前方で動き回っている2体の護衛が少し親玉から離れたところでアーノルドが飛び出した。
ヴォッ
警戒の声を上げる護衛の体勢が整う前にそれぞれに大剣の攻撃を加えたアーノルドが距離をとると、護衛の2体は受けた傷から紫色の血を流しながら怒りの声を上げて追い掛けていく。それなりに大きな傷であったが、護衛の魔物は通常の兵隊よりも大きかったので、その傷では怒らせる以上の効果は無さそうであった。親玉から護衛が離れていく姿を確認したダスクも飛び出して親玉へと走り寄ると、アーノルドに気を取られて無防備の胴体へと大剣を叩き込む。
ヴォヴッ
怒りの声を上げながら視線を向けてきた親玉からの反撃が来る前に少し下がったダスクは、腕に伝わる手応えの異様さと大剣の表面にこびり付いた透明な粘液を見て顔を顰める。何かを砕いた感触はせず、何か弾力の有る物を叩いた感触に加えて、粘液で滑らされて衝撃が上手く伝わらなかったのであった。親玉の動きから目を離さずにどうしようかと考えているところに、黒炎の叫びが聞こえて来る。
「危ないっ、アーノルド」
視界の隅でアーノルドの方を窺うと、護衛は2体ではなく後ろにもう1体居たらしく、アーノルドは3体を相手に苦戦しているようであった。さすがにすぐにどうなるという訳では無さそうであったが、当分こちらの援護は出来ないだろうと理解したので、ダスクは一人で倒す決意を固めて全力で戦おうと片手の巨大な盾を背に戻して大剣を両手で構える。その様子に何かを感じ取ったらしく、親玉もダスクだけに意識を集中し始めたようであった。
「武器の威力を減らされるなら、減らされた分も余計に叩き続けてやるっ」
そう言って飛び出したダスクは、十数本の触手を避けながら先程よりも全力で大剣を叩き付けていく。胴体への攻撃を囮にして、まずは動きを止めようと丸太の様な六本の脚へと攻撃を加えるが、こちらも粘液に覆われているのですぐには動きは止められそうも無く、時折攻撃で動きの止まった瞬間に触手の攻撃を受けて弾き飛ばされてしまう。それでも受身を取って何度も攻撃を加えてくるダスクに、親玉は完全に気を取られて進む事を忘れているようであった。護衛の方も親玉の援護に動こうとする前にアーノルドから3体まんべんなく攻撃をされているので動けず、傷付けられた怒りからアーノルドを倒す事だけに思考が占められてきたようである。
「予定通りになったけど、これは時間かかりそうだな~」
木の陰から二人の戦いを眺めながら呟く黒炎は、残してきたフローラル達も頑張ってくれるといいなと思いながら心配そうに尻尾を忙しく振っていた。
アーノルドとダスクが居ないものの、準備をして待ち構えていた拠点での戦闘は魔物の予想外の動きで苦戦する事になってしまった。指揮されているかのような魔物に消耗を強いられている拠点の生徒達は劣勢を覆せるのだろうか。そして、ダスクとアーノルドは長期戦にならない様に親玉達を倒し、素早く拠点の援護に戻れるのだろうか。
楽しんで頂けたでしょうか。続きも早く読んで貰えるように頑張ります。




