異変
なかなか執筆は早くなってくれませんね。もっと精進しないと駄目そうなので、引き続き頑張っていきたいと思います。
太陽の位置は既に高く時刻は昼過ぎになっており、夏の日差しで気温は何もしていなくてもすぐに汗ばむほどになっていた。今日は風も吹いていて比較的過ごし易い日であったが、その場所に居るほとんどの者、十代後半位の少年少女達は動いており、時には激しく動き回っているので風を涼しいと感じる暇も無く、たくさん汗を流しながらも全く気にしている様子が無かった。もっとも、そこに居る全員が気にする余裕が無かったからなのかもしれなかった。
『そこまでだ。制限時間が過ぎたので終了とする』
唐突に渋い男性の声がその場に聞こえてきて、そこで動き回っていた全員が動きを止める。声の主の姿がどこにも見えないにも関わらず、誰もそれを不思議に思っていなかった。
「戻ろうか」
誰が呟いたか分からなかったが、その言葉に全員が同意して二手に分かれると、疲労で重い足取りのままこの場所をグルリと囲む光の膜のようなものに向かって歩き始めた。
「また勝てなかったね~、ダスク」
「そうだな。まあ、勝てなくても先生の評価が悪くなければ問題無いさ、黒炎」
声を掛けられた方向へと兜に包まれた顔を向けたダスクは本心からそう思っているらしく、内容通りに軽い調子で返事をする。黒炎の方は黒炎の方で強いダスクが条件付きとはいえ勝てない事実を楽しんでいるらしく、紅い瞳を面白そうにダスクに向けながら尻尾をゆったりと振っていた。
「はぁ、私ももう少し役に立てれば良いんだけどね」
「そんな事無いぞ。役に立ってるぜ、ローラ。体力回復とかの薬はホントに助かってるって」
「ふふっ、ありがとう、ソラ。
専攻の方ではそうかもしれないけど、ついついわかりやすい活躍をしてみたいって思うのよね」
「ふむ、余にとってはそなたが居るだけで力になるのだがな」
「ありがとう、ウィリアム。でも、やっぱり目に見える何かが出来ると良いんだけどね」
直接力になれない事で表情を残念そうに曇らせて溜め息を吐くフローラルに、細々としたところで彼女に助けられていると実感しているソラリスは屈託無く笑いながら元気付ける言葉を伝える。それに同意しつつ本心からの言葉をフローラルにあっさりとスルーされたウィリアムも残念そうな顔になっていたが、ある意味いつも通りなのでそれを気にする者は誰も居なかった。
模擬戦が始まってから3日経ったが、初日のあっさりとした負けからダスク達は勝てない日々が続いていた。それでも初戦以外は時間切れの惜敗しかしていないので、評価に関してはそれ程悪くないのではないかと希望を含めた予想をしていた。他のチームは最低限の人数しか居ないダスク達のチームよりも人数が多く、ダスク達と模擬戦を行う時には後方支援専攻の者は参加しない場合が多かったので、直接戦えないフローラルの事を考慮すれば実質相手の方が一人多いという条件になっていた。それでもダスクが旗を守り切っているので、制限時間内での負けには陥らなかったのである。
模擬戦の合間の待機場所でもある湖畔に戻って来たダスク達を含めた参加者達は、それぞれチームごとにまとまってついさっき終わった模擬戦の事を反省も交えて話し合っていたが、教師達が登場して集合の合図を掛けてきたので慌てて整列をする。
「午前の分は終わったな。午後の為にもさっさと休め……と、言いたいところだが。
最近、夜に出歩いている者が居るのではないかと報告があった。
思い当たる者が居たら正直に進み出ろ」
教師達の中から一歩前に出てそう言うアーノルドは生徒達へと普段よりも少し厳しさの増した視線を向けてきており、生徒達は今日落ちる鉄拳の威力が上がっている事を予想して身震いする。
ザワザワ
普段の会話で話題に出ていなかった情報のようで、生徒達は顔を見合わせて会話を始めるが、誰もが身に覚えの無い事らしく、自分がやった事がバレて気まずい風な表情の者は誰一人居ないようである。その様子を眺めて確認していたアーノルドであったが、思惑とは違って生徒達の中に夜に出歩いていそうな者が居るかは分からなかったらしく、微かに渋い表情になっていた。
「まあ、いい。夜は出歩かずに身体を休めろ。
もし見付けた場合はペナルティーを科すから覚悟しておく事だ……話はこれだけだ、解散しろ」
その言葉でやっと休めると思った生徒達はホッとして笑みを浮かべると、宿泊施設に向かいつつ今のアーノルドの話について会話をしていた。
「ボク達も早く行こうよ。お腹空いちゃったからお昼ご飯が楽しみだね」
「そればっかりだな、黒炎は。まあ、こんな炎天下に居るよりはマシだから僕達も戻ろう」
苦笑しながらのダスクの言葉にフローラル達は頷き歩き出す。それを追う様に足を踏み出したダスクであったが、自分に歩み寄ってくる足音に気が付いたので立ち止まってそちらへと振り向く。
「ん?いきなり立ち止まってどうしたんだい?ダスク」
数歩進んでからダスクの様子に気が付いた黒炎が振り返ってそう声を掛けてくるが、すぐにその原因が視界に入って来たのでそちらへと視線を向ける。
「すまんが少し時間を貰うぞ。お前というより、お前達に少し手伝ってもらいたい事が有る」
「構いませんが、僕だけじゃなくて黒炎もですか?」
「ああ、一緒に頼む。む?元気が無くなったようだが、どうしたんだ?」
「なんでもないよ、アーノルド。……はぁ、ご飯はおあずけか~」
耳を伏せて尻尾も元気無く垂らしながら何事かを呟いている黒炎を、アーノルドは不思議そうに見ていたが、黒炎が何を考えているかが分かるダスクは苦笑する。立ち止まっているダスク達に気が付いたフローラル達に先に戻っておいてくれと伝えたダスクは、アーノルドに話の続きを促すように視線を向けた。
「とりあえず、百聞は一見に如かず、とも言うからな。見て貰った方が早いだろう」
「わかりました。ほら、黒炎、ぐずぐずしてるよりも、さっさと終わらせた方が早く戻れるぞ」
「それもそうだね。早く行こうよ、アーノルド。ほらほらっ」
「む?あ、ああ、こっちだ」
突然元気になった黒炎に戸惑いつつ、アーノルドはダスク達を先導するように歩き出す。しばらくその背を追い掛けて行くと、視線の先に大きな建物が見えてくる。そこはダスク達が使っている建物よりも大きく、おそらく教師達が宿泊している場所じゃないかとダスクは考えていた。そのまま建物の入口へと向かうかと思いきや、アーノルドは建物の裏へと回り込んで行く。その先には生活に利用している本館とは別に一回りほど小さい建物が建てられていた。周囲に厩や荷車等が見えるので、おそらく倉庫に使われているのではないかと、ダスクは歩きながら予想する。
「ここは備品等を入れている倉庫なんだが、お前達に分配している食料の倉庫でもある。
生活に欠かせない物が入っているから、少々丈夫に造られているのだが……」
そう言ってからアーノルドは倉庫の側面に移動するとある場所で立ち止まって視線で指し示す。
「あっ、これは……」
ダスクの目からも丈夫そうな石造りの壁の一部が崩れて穴が開いており、近くには芋等の野菜が転がっているのが分かった。
「食料を奪いに野生の動物でも来たんですか?」
「それは無いと考えている。食料等を運び入れたのは初日の掃除が終わってからだ。
それまでは運送業者を入れる事も出来なかったからな」
「そういえばそうですね。あの状況で入るのは危険でしたから。
ん?ちょっと待って下さい、あの後にこれが起きたって事は……」
「そうだ。これを行った何かが今この瞬間にも合宿場のどこかに居るという事だ」
「危険じゃないんですか?この壁ってちょっとやそっとじゃ壊せませんよ」
その言葉に返事を返さずにアーノルドは腕を組んで目を閉じている。そのままの状態が少し続いて痺れを切らしたダスクは、もう一度答えを促そうと口を開きかけるが、意図した訳では無いだろうがそれを止めるタイミングで壁の穴の周辺を窺っていた黒炎の声が割って入ってくる。
「なんか変なニオイがするな~。う~ん、なんというか、生臭い感じ?」
「生臭いって、倉庫の中に食料の魚でも有るんじゃないのか?
まさか、こんな陸の上に魚が来たって言うんじゃないだろうな」
「あははっ、お腹が減ってるから食べ物のニオイが気になってるのかもしれないね」
そう言って少し照れ臭そうにする黒炎と、それを見ながらしょうがないなという風な顔でダスクは苦笑していたが、アーノルドだけは真面目な顔で黒炎の言葉を吟味している様子であった。
「残念だが、ここには魚介類を置いていない。他にも何か気が付いた事は無いか?」
アーノルドの真剣な様子に一瞬黙り込んだダスク達であったが、これが今回自分たちを呼んだ理由だと察したダスクは、自分の方を窺う黒炎へと頷く。
「これが気のせいじゃないんだったら、たぶん湖の方に戻って行ったんじゃないかな。
感じられるのは大きな気配の残りが一つだけだから、犯人は一人というか一匹というか、だと思うよ」
「ぬぅ、複数では無いのか……単体であの量を食べたとなると、かなりの大きさに……」
黒炎の言葉に驚いたらしく、唸り声を上げたアーノルドは何かを考えている様子で呟き始める。それを見たダスク達は、思っていた以上に深刻な問題が発生したのではないかと心配になってきた。
「食料が足りなくなりそうなんですか?」
「ん?それは大丈夫だ。定期的に運ぶ手はずになっているからな」
「よかった~。ご飯が食べられなくなっちゃったらどうしようかと思ったよ」
「それよりもだ、犯人が単体だとすると心配な事が出てくる。
今回、倉庫から無くなった食料の量を必要とする何かが相当な大きさになるのではないかという事だ」
「そんなに多かったのですか?」
「ああ、なにせここに居る生徒と教師全員が数日食べられる量だったからな」
「えっ、そんなにたくさんずるいな~。じゃなくてっ、確かにそれだとすごく大きそうだね」
少し羨ましそうにする黒炎であったが、ダスク達の呆れたような様子に慌てて真面目な態度でアーノルドの意見に同意する。
「でもそれって大丈夫なんですか?それだけの大きさだと人間も襲うようになるんじゃ……」
「ああ、それが心配事なのだ。ここに食料になる物はそれ程多くない。
倉庫からも得られなくなってきたとしたら、最終的には我々が標的になる可能性が出てくる」
「だったら退治したらどうですか?今ここには戦える者がたくさん居ますし」
「それも考えたのだが、ここの結界も限界が有る事は知ってるだろう。
相手が結界の範囲内に居るとも限らないしな。
さすがに命の危険がある事に今の生徒達を参加させる訳にはいかないのだ」
「なるほど、確かに危ないかもしれないですね。わかりました、僕達で調べてみます。
その為に僕達だけに話をしたって事ですよね?」
「すまんな。お前の力量なら大丈夫だと信じている。私の方でも引き続き調べてみるが、よろしく頼む」
「りょ~かい。ボク達に任せておけば心配いらないよっ」
普段と変わらない様子で引き受ける黒炎に、笑顔になったダスクと同じく少しホッとした感じにアーノルドも口元に笑みを見せていた。
アーノルドと別れたダスクと黒炎は少し愛着もわいてきた宿泊施設へ向かっていた。まだ昼食を食べていないので空腹を訴える腹に急かされるように道を急ぐ。
「思ったより時間かかったから、お腹ぺこぺこだよ~」
「しょうがないだろ、黒炎。あの話だって重要な内容だったんだからな」
「それはそうかもしれないけど、強いっていうのも考えものだね」
「いいじゃないか、信頼されてて。それに知っていた方がみんなを守るには良いだろうし」
「せめてお昼ご飯を食べ終わってからにしてくれれば良かったのにな~」
「先生だって他にやる事があるからしょうがないさ。
そうだ、先生といえば、夜に出歩いている生徒が居るって話をしてただろ?」
「うん。なんかそんな話をしてたね。見付けたらぺなるてぃだって言ってた」
「あれだけ疲れてるのに夜に出歩くなんて元気な奴も居るんだなって思ってたんだけどな。
もしかしたら、さっき聞いた事があったから出歩かないように先手をうったのかもしれない」
「あっ、なるほど。アーノルドもやるな~」
しきりに感心している様子の黒炎に、ダスクは内心でこういう素直なところが黒炎のいいところだと思いつつ、なるべく見習おうと考えていた。
「それにしても、もし襲ってきたらやっかいそうな相手だね」
「そうなのか?」
「だって、あんなに丈夫そうな石の壁を崩さずにあそこだけ穴を開けてたじゃん。
さっき少しだけ調べたけど、なんかあそこだけ石が脆くなってた。
もしかしたら、そんなコトが出来る能力があるのかもしれないからね」
「なるほど。まあ、この鎧なら大丈夫だろうと思うけど、気を付けないとな。
それより、あの短時間で良くわかったな」
「あたり前だよ。なんたって、ボクなんだからね」
「はははっ、そういう事は自分で言う事じゃ無いと思うけどな」
「いいじゃん。本当のコトなんだからさっ」
そんな事を話しながら歩いていると、いつの間にか目的の場所に着いていたらしく、空腹で過敏になっている嗅覚を刺激する料理の良い匂いが外からでも感じられた。
「良い匂いだね。早くご飯にしようよ」
その意見に賛成だったダスクは、早く装備を外してこようと入口の扉を開いて自室へと足を向けるが、その瞬間ダスク達を待ち構えていたかの様に声を掛けられる。
「おかえりなさい。ダスクくんと黒炎くんが来るのを、全員食堂で待っていますよ」
その言葉に振り返ったダスクの視線の先では、いつものメイド姿のサフィーラが姿勢良く立ってこちらへと微笑んでいた。
「ただいま、サフィさん。もしかして、みんな僕達を待っていたんですか?
どれくらい掛かるかわからなかったから、先に食べていても良かったのに」
それを聞いたサフィーラは片手を頬に当てながら、どこか小さい子を窘めるような優しい表情でダスクと目を合わせてくる。
「あらあら、ダメですよそういう事を言っては。
一緒にって求められているのですから、これが例え食事じゃなくても嬉しい事ですよ」
「確かに求められているってのは仲間らしくて良いものかもしれないですね。
昔から何かをする時は黒炎とだけだったので、これは僕の悪い癖なのかもしれないな」
「気にしない気にしない、ダスクは真面目に考えすぎだよ。
一緒に食べればいいだけなんだから早く行こうよ、みんなが待ってるんだからさ」
「うふふっ、黒炎くんの言う通りですね。用意をしておくから着替えてきてね」
その言葉に頷いたダスクは、サフィーラに続いて食堂に向かおうとする黒炎を引き止めて手拭いと着替えを用意して井戸まで行くと、自分と黒炎を綺麗にしてから食堂へと向かう。食堂に入ってきたダスク達に気付いたフローラル達は笑顔でおかえりと言ってくれ、それが嬉しく思ったダスクはサフィーラの言葉の正しさを実感していた。
「遅かったけど、何話してたんだ?ダスク」
食事が始まって少し経ったところで、聞きたくてウズウズしていたらしいソラリスの言葉に、ダスクは別れ際にアーノルドにあまり話を広げるなと言われていたが、ここだけの話にしておけば大丈夫だと思い直して口を開く。
「ん?ここだけの話にしてくれるなら話せるけど、どうする?」
「おっけ~、大丈夫だぜ。なっ、ローラ、ウィリアム。あと、ついでにサフィ」
「わたしはついでですか?ソラ様」
「いいじゃんいいじゃん、細かい事言いっこ無しで。さあ、教えてくれ、ダスク」
仲良さそうな主従のやり取りに笑みを浮かべたダスクであったが、真面目な内容なので表情を引き締めてから分かり易いようにゆっくりと話し始める。
「先生の話によると、こういう事があったらしくてな……」
アーノルドから聞いた事を簡潔にまとめてから説明したダスクの話を聞いた一同は、それぞれ思うところがある風に思案する顔になる。そのまま食事を再開してしばらくは食器のカチャカチャという音だけがその場に聞こえてきていたが、皿の上の料理が無くなったところでフローラルが口を開く。
「ごちそうさま、美味しかったです、サフィさん」
その言葉に微笑を深めたサフィーラに、同じく笑顔を見せていたフローラルであったが、すぐに真面目な顔になる。
「同じクラスの娘に聞いたんだけど、配給されているはずの食糧が無かった事があったらしいわ。
それに、夜中に何かの鳴き声が聞こえたっていう事もいくつか聞いたわね」
「うむ、余も同じクラスの者に聞いたが、模擬戦中に何か変な気配を感じたらしい。
その時は気のせいだと結論付けていたが、その話が本当ならば何かが居たのかもしれぬな」
「うへぇ、正体がわかっていれば平気だけど、わからないとなんか嫌だぜ」
「そうですね。このまま合宿が終わるまで何もないと良いのですが」
深刻そうな顔になる一同に、一瞬ダスクは何も話さない方が良かったかと思ったが、知っていた方が何かあった時にすぐに動けるだろうと思い直す。
「とりあえず、各自で油断しないようにしていれば良いんじゃないかな。
何かあれば全員で対処するという事にしておこう」
ダスクの言葉に同意するように全員が頷いたところで、黒炎がのんびりとした様子で言葉を入れてくる。
「方針は決まったみたいだからいいよね。おかわりが欲しいんだけどもらえるかな?サフィ」
「うふふっ、構いませんよ。待っててね、黒炎くん」
その場の全員が自分で思った以上に深刻に考えていたらしく、黒炎の言葉で身体の力が良い感じに抜けて気持ちが軽くなる。ダスク達は苦笑して顔を見合わせると、フローラルの淹れてくれた疲労回復効果の有るお茶を飲みながら一服し、そのまま午後の模擬戦までゆっくりと休んでいた。
「うが~っ、勝てねえぜ。良いところまでいってると思うんだけどな~」
珍しく午後の模擬戦は早い順番で回ってきたダスク達であったが、例の如く時間一杯を使って勝てずに判定負けになったので、ソラリスは思わず綺麗な銀髪をかき回して叫んでいた。
「まあまあ、落ち着きなよ、ソラ」
その言葉と共に自分の足にポンポンと前足を触れさせてきた黒炎へと、ソラリスは不満そうな顔のまま視線を向ける。
「なんだよ、黒炎は少しも悔しくないって言うのか?」
「う~ん、ボクはあんまり勝ち負けにこだわってないからな~」
「はぁ、お前ならそうだろうな……ダスク、お前はどうだ?悔しいと思ってるんじゃないか?」
「ん?僕はみんなを守れればいいかなって思ってるから、それほど気にしてないよ」
「くっ、張り合いが無いなあ。こいつらマイペース過ぎると思わないか?ローラ」
「ふふっ、どっちもどっちって感じだと思うけどね。
私も勝敗よりもみんなに目立った怪我が無くて良かったって、ホッとしてるわよ」
「なんだよ、ローラまで。お前はどうなんだ?ウィリアム」
「ふむ、余も悔しく思う気持ちが無いわけではないのだがな。
最近個々で動きが良くなってきていると実感出来ておるからな、それほど不満は感じぬ」
自分以外は落ち着いた様子なので、一人だけイライラしている事がもしかしたら大人気無いのかと思ったソラリスは、我知らず溜め息を吐いていた。
「はぁ、勝利に対する貪欲さみたいなのが無いのも問題だと思うんだけどな。
これじゃあ最後まで勝てそうも無いぜ」
「元気を出しなよ、ソラ。話ならボクが聞いてあげるからさ」
「相変わらずイイ奴だな、黒炎は……まあ、なんにも解決しないけどな」
ソラリスを慰める黒炎という、他の人間が見たらなんとも現実味の無い光景を眺めるダスク達は揃って苦笑を顔に浮かべていた。
「ん?」
模擬戦の反省を終えて湖畔で休んでいるダスクがふと視線を遠くに向けた瞬間、視線の先で先程まで見えていた何かが無くなっている気がして思わず疑問の声が漏れる。首を捻って思い出そうとしているダスクの様子に気付いた黒炎が近付いて来るが、それにも気が付かないくらいダスクは集中しているようであった。
「いったいどうしたのさ?」
「ん?ああ、向こうの方で何かが突然消えたような気がするんだけど、なかなか思い浮かばなくて」
「そうなんだ?う~ん、なんだろう。なんにも目立つようなものは無いみたいだけど」
「そうなんだよ。何も無いんだよな……ん?何も無い?おかしいな、確か向こうにも……」
そう呟いているダスクを見ていた黒炎は、覚えの有る気配が背後の木々の間から感じられたのでそちらへと視線を向ける。想像通りの人物が木の陰からこちらというよりは、ダスクと黒炎へと視線を向けつつ手招きをしているのに気が付いた。
「ねえ、ダスク、ダスクったら、あれ見てよ」
「ん?ごめんごめん。あれを見ろって……」
何度か声を掛けられてやっと思考から抜け出したダスクは、黒炎の示す方向へと視線を向けると、そこに居る人物が口に人差し指を当てて黙って来るように求めている事が分かった。緊迫した表情で急いでいるのが表に出ていたので、少し離れた場所で話をしているフローラル達には声を掛けずに、ダスクと黒炎は気配を消してその人物へと駆け寄る。
「緊急事態が生じた。少し手伝ってもらうぞ」
「何があったんですか?先生」
「歩きながら説明する。急がないとマズイ事になりそうなんでな」
そう言ってダスク達を先導するように早足で歩くのは、模擬戦を監督しているはずのアーノルドで、その足が向かうのは先程ダスクが気にしていた方向と同じであった。
次第に歩きから駆け足に変わっていくアーノルドから聞いた説明によると、模擬戦中の生徒達が未確認の何かに襲われたらしく、結界のおかげで気を失っているものの酷い怪我を負わされてはいなかったのだが、そのままどこかへ連れ去られそうになったところにアーノルドが割って入ってひとまず何かは退いたらしい。攻撃の効果が得られるように結界を解除したので、それが見えなくなってダスクは気になったのだろう。異常を察して駆けつけてきた他の教師にその場を任せて、その何かを探れそうなダスクと黒炎を呼びに来たという事である。アーノルドとダスク達が急いだのであっという間に目的の場所へと辿り着く。そこはダスク達が最初に模擬戦を行って苦い結果に終わった沼地だったので、ダスクは内心で苦笑していた。
「む?おかしいな。任せておいた者がこの辺りに生徒を連れて戻ってきているはずだが……」
周囲を見回しながらそう呟くアーノルドの顔は先程にも増して厳しく引き締められており、ダスク達にも何か不測の事態が起きたのだと察する事が出来た。
「あ、あそこに誰か居るよ、アーノルド」
黒炎の言葉に示す方向へと視線を向けたアーノルドは、現れた人物、おそらく教師の誰かへと駆け寄ると、ふらつき倒れこんでくるところを受け止める。慌ててダスク達も駆け寄ると、ダスクにも見覚えの有る教師の頭から血が流れているのが分かった。
「いったい何があった!?それに他の者達はどうしたんだ?」
「……ぐっ、すまない。お前がここから居なくなった直後に再び襲ってきたんだ。
すぐには戻って来ないだろうと思っていたんだが、不意を突かれて……」
「それで生徒達は?お前ともう一人に頼んだが、全員やられてしまったのか?」
「……いや、向こうで片方のチームについている。
手傷を受けながらもなんとか追い返したのだが……
すまんっ!もう片方のチームの子達が連れて行かれてしまった!!」
「なんだとっ!?」
怒りと驚愕の表情になったアーノルドが動くよりも早く、ダスクは黒炎に無言のまま視線だけで指示を出し、それに頷いた黒炎が気配を探りながら走り出す。
「すまんがそちらは頼んだっ!怪我人等は私がなんとかするから、こちらの事は気にするなっ!」
アーノルドから駆ける背中へと声を掛けられたダスク達は、了解の意を伝える為に片手を軽く上げたり尻尾を大きく一振りするだけで済ますと、あっという間にアーノルドの視界から消えていった。
黒炎の案内に従って進んでいるうちに周囲を囲む岩壁に近付いている事に気が付く。そこは皆で息抜きに泳いだ時にダスクが見付けた湖の水が流れ込む洞窟が有る付近で、待機場所の湖畔から結局ぐるりと湖を反対側まで回ってしまったらしかった。
「ダスクっ」
鋭く掛けられた黒炎の声に向かう先へと意識を集中させると、木々の先に泥の塊のようなものがいくつか動いているのが見え、その泥の塊の上に連れ去られた生徒達が横たわっているのが確認出来た。ゆっくり進んでいるようだが気が付かれれば逃げられてしまうかもしれないと思ったダスクは、前方へと回り込むように大きく迂回する。少し本気を出して走ればそれ程時間はかからないので気が付かれる事も無く無事に回り込む事が出来た。
「大丈夫だとは思うけど、逃がしそうになったら頼む」
「おっけ~。なんとか逃げられないようにちょっかい出しておくよ」
「うん、それでいい。下手に手を出して反撃を受ける必要はないからな」
頷き合ったダスクと黒炎は姿を見られないようにしゃがみ大剣の柄を握り、少し緊張した様子で飛び出しやすい間合いに相手が近づいて来るのを待ち構える。間もなく先程見た泥の塊、のように見える何かが姿を現し次第にダスク達が潜んでいる場所へと近付いて来る。ここまで近付くと生徒達がただ上に載せられている訳では無く、何か縄というか触手のようなもので固定されているのが分かった。その触手が背負った荷物で自由になっていないのは、ダスク達にとって逆に良かったのかもしれない。
「行く」
小声で黒炎だけに聞こえるように呟いたダスクは、音も立てずに立ち上がると、初速から本気で駆け出し先頭の相手に大剣を突き入れる。
ヴォッ
余り気持ちの良いとは言えない感触をダスクの手に残し、人間では出せそうも無い呻き声を発っして吹き飛ぶ。大剣にはヌメヌメとした紫色の血らしきものがこびりついており、ダスクの脳裏には全てが終わったら念入りに手入れしたいという欲求が浮かんでいた。
ヴォウッ
全部で3体だったが中央の1体を倒された残りの2体は、瞬時に意思の疎通をしたらしく、二手に分かれて逃げ出す。
「黒炎っ」
「わかってるよっ」
同時に動き出していたダスク達が逃亡を許さずに立ち塞がり、思惑を邪魔された相手は目前で足を止めて威嚇の唸りを上げる。相手に冷静になる余裕を与えないようにすぐに踏み出したダスクは、先程と同じく一撃で片をつけようとするが、意外と動きが良く何度か避けられて手間取ってしまった。
「ダスクっ」
もう1体の相手をしていた黒炎の声に慌ててそちらへと視線を向けると、予想とは反して黒炎は無傷で、加えて捕らえられていた生徒達も地面に横たわっているのが見えた。
「逃げられちゃった。もしかしたら仲間を呼びに行ったのかもしれないよ」
「ここに居てくれ。追ってみる」
「気を付けてね」
その言葉に頷いたダスクは黒炎の示す方向へと駆け出すが、余計な荷物を下ろして早くなったらしく、なかなかその姿が見えてこない。結局湖の水が流れ込む洞窟の中に入っていく後姿を一瞬見ただけで逃げられてしまった。さすがにこの中に準備も無しで飛び込んでいくような無謀さは持ち合わせていなかったので、すぐに黒炎と生徒達を残した場所へと駆け戻る。
「あ、どうだった?」
気が付かないかと生徒達を前足で揺らしていた黒炎がダスクの姿に気が付いて聞いてくるが、ダスクはそれにはただ首を横に振るだけで答える。
「捕まってた人達は怪我してるのか?」
「細かい傷みたいのは有るけど、酷い怪我はしてないみたいだよ。気を失っているだけみたい」
「そっか、良かった」
生徒達を亡骸から引き離して木に寄り掛からせると、ダスクはその亡骸を調べ始める。泥で汚れているので分かり難いが、全身を魚類のような鱗で覆われ表面にはヌメヌメした粘液で濡れており、魚類とトカゲの中間のような姿をしている。特徴としては前足の付け根に左右一対の触手が生えており、これで先程まで生徒を背に固定していたように獲物を捕らえて運んだりするのだろう。
「初めて見たけど、こんな生物も居るんだな」
「変わってるよね。それにこれは……」
「ん?何か気が付いた事でもあるのか?」
「え?そういうわけじゃないけど、これって美味しく無さそうだよね」
「おいおい、食べるつもりだったのかよ」
「食べれれば、こいつらの命も無駄にはならないかなって」
「そっか。まあ、これはさすがに無理だろうから諦めろ。さて、さっさと埋めてやるかな」
そう言ってから大剣を構えたダスクは、近くの地面へと叩きつけて穴を掘ると2体一緒に埋葬する。近くにあった石を載せて墓石の代わりにすると、アーノルドの所へ戻ろうと生徒達を起こす為に歩み寄る。
「ん?アーノルドが来たみたいだよ、ダスク」
「向こうは終わったのかな」
黒炎の言葉のすぐ後にダスクにも聞こえる足音が届き、次いでアーノルドが木々の間から現れる。その場に連れ去られた生徒達が全員居る事を確かめて頷くと、ダスク達へと視線を向けてくる。
「良くやったな。襲ってきた相手も埋葬しているところは、お前達らしいとは思うが。
ところで、全部倒したか?」
「すみません、1匹逃げられてしまいました。
途中まで追いかけましたが、巣と思われる場所に逃げ込まれてしまったので」
「ふむ、まあしょうがない。死人が出ていないのだから上出来だ。
それで、その巣とはどこだったんだ?」
「はい。湖の水が流れ込んでいる場所はわかりますか?その洞窟の奥がおそらく巣だと思います」
「なるほどな。あの奥がどうなってるかわからんが、あいつらの巣にするには良い場所だ」
「先生はあいつらの正体を知っているんですか?」
「知っている。あれは、」
「ダスクっ!」
アーノルドの言葉を遮るように発せられた黒炎の言葉に、驚いたダスクとアーノルドが視線を向けると、黒炎は全身の毛を逆立てて尋常じゃない様子になっていた。
「どうしたんだ?黒炎」
「まずいよ。さっきダスクが行ってた方向から、ものすごい量の気配を感じる。
それに加えて大きな何かが……これは、怒り?もしかしたら親玉なのかもしれない」
「ちっ、やはりあれは兵隊だったか。奪った食料で成体に成長してしまったようだな。
急いで戻るぞっ!皆で対策を立てねばならない。
ダスク、気絶した生徒を起こせ。起きない奴は手分けして運ぶぞっ」
「わかりましたっ」
焦りの目立つアーノルドの様子に慌ててダスクも気絶している生徒へと駆け寄ると、起こす為に肩に手をやり揺すり始める。その傍らで黒炎も手伝い、ダスクの真似をして生徒を揺すっていた。
なんとか半分起きてくれたので、協力して気絶したままの生徒を運び、模擬戦が行われていた沼地へと戻ってくる。もう片方のチームの生徒達は既に移動していたが、残って結界を調整する作業をしていた教師へと近付いたアーノルドが状況を告げると、その教師の顔にも焦りが浮かぶ。その様子を眺めながら、ダスクと黒炎はこれから先程までよりも大変な事が起きるのだと改めて実感していた。
模擬戦に勝てない日々が続いていたが不利な条件で時間内の負けも無く動きも良くなっていたので、ダスク達は少しずつ自分達の成長を実感する事が出来るようになっていた。しかし、教師達も予測していなかった食料強奪に続いて模擬戦中に生徒が襲われる事件が起きる。それは更なる襲撃の引き金となる出来事であり、この場所から全員が無事に帰れるかは誰にも分からなくなってしまった。果たしてダスクは皆を守り切って無事に全員で帰れるのだろうか。
楽しんで頂けたでしょうか。続きも早く読んで貰えるように頑張ります。




