模擬戦
お待たせ致しました。なんとか投稿が二週間以上空かずに出来ました。これからも遅くなる事があるかもしれませんが、温かい目で見て頂けると嬉しいです。
日々強くなる陽の光に照らされる湖畔はこの時期にはいつも湿度が高くなるので、この場に居るだけでもすぐに汗だくになってしまうが、今日は珍しく風が通っているので多少はマシな状況ではあった。毎年オルフィエルド学院が行っている強化合宿は治安維持への貢献に加えて、建造時や設備の維持管理に安くない予算が使われているので必ずこの場所が使われている。今年の合宿が始まってから早くも一週間が経ち、その間にも夏らしく気温は上昇し続けているので、休み明け最初に湖畔を走っただけでもその場に集合している十代後半位の少年少女、まだまだ成長途中である学院の生徒達は、既に隠せない疲労感を全身から醸し出していた。
「休み前に言っておいた事を覚えているか?」
気配を消して接近していたというよりもそれに気が付かないほどだらけていたのか、いつの間に来ていた学院の教師達が生徒達の背後のすぐ近くに立っており、そこから一歩前に踏み出してきたアーノルドが確認の言葉を掛けてくる。
「だらけていたら減点すると伝えておいたはずだが、そのザマは何だ?
しっかりと休息を取っていなかったんだろうが、集中しないと怪我をするぞ」
そう言って鋭い目を益々鋭くさせて睨みつけてくるアーノルドに、減点もそうだが鉄拳を恐れた生徒達は体勢だけでも直立させて教師達の方へと視線を向ける。その分かり易さに態度には出さずに内心で嘆息したアーノルドであったが、すぐに気持ちを切り替えて今日これからの予定を伝える為に口を開く。
「今日からは湖畔を走った後にチームごとに分かれて模擬戦を行ってもらう。
とは言っても、そのままやれば身体もそうだが命がいくつ有っても足りないだろうがな」
なんとも物騒な言葉が出てきて不安そうな顔になる生徒達であったが、それに関しては安心させられる要素が用意されているので、そのままアーノルドは言葉を続ける。
「最初にこの場所に来た時の事を覚えているか?ここが結界で区切られていた事を」
それを聞いて初日の出来事を思い出してほとんどの生徒が顔を顰める様子を眺めたアーノルドは、生徒達が命を奪う事を楽しんでいなかった事に安堵していた。
「この場所のそこかしこに結界が張られているが、それには別の効果を加える事が出来る。
例えば、攻撃を受けても命に関わる傷は受けない、といった感じでな」
すぐに表情を明るくした生徒達を見たアーノルドは、安心して気を抜かれると困るので一言付け足しておこうと思ったようである。
「とはいえ、気を抜いていれば思わぬ怪我をする事もあるからな。
要らぬ苦痛を味わいたくなければ、模擬戦参加中はいつも以上に集中しろ」
再び鋭い目でグルリと見渡してほとんどの生徒達が真面目な表情をしている事を確認したアーノルドは、模擬戦の基本的なルール等を説明し始めた。
参加人数は少ない方のチームに合わせるが、一人につき一度までなら時間内の交代は自由に行える。攻撃を受けても傷付かないが、衝撃や痛みはある程度軽減されて受ける。これは魔法でも同じであるが、直接相手を攻撃するのではなく足止め等の効果のものはほぼそのままの効果を発揮する。勝敗は基本的に自陣の旗を倒された時点で負けとなるが、チームの全員が動けなくなった時点でも負けとなる。時間内に終わらない場合でも引き分けは無く、模擬戦の内容を見た教師達の判定で勝敗が決められる。最後に無いだろうと一言前置きしてから言われたのは、即死級の攻撃を受けた場合だけは衝撃と痛みではなく気を失ってしまうという事で、少なくとも同じ学院の知人に一方的に即死級の攻撃を当てられる者は居ないだろうと、一部を除いて生徒達は気にしない事にしたようである。
説明終了と同時に、生徒達には装備を整えたり役割分担等を話し合う時間を与える為に、アーノルドは一旦解散させる。その生徒達の中で一番少ない人数で歩いているチームに素早く歩み寄ると、その中の一人に声を掛けた。
「少し話があるから時間をもらえるか?ダスク」
呼ばれて立ち止まり振り向いたダスクは他の生徒達とは違い全く疲労感を感じさせない様子なので、その力量を分かっていても見た目からでは全くそうは思えない奴だとアーノルドは内心で苦笑していた。
「はい。僕だけですか?みんなに聞かせられない話でしたら先に行っておいてもらいますが」
「ん?まあ同じチームなのだから大丈夫だろう。好きにしろ」
「わかりました。みんな、先生から僕に話があるらしいんだけど、一応みんなも聞いててくれ」
「おっけ~。
ダスクに話ってなんだろ?ボクの知らないとこでなにか怒られるようなコトやったのかい?」
暑さに嫌になっていた黒炎は少しでも気を紛らわせる話題になりそうだとからかうような口調で話し掛けると、面白そうに紅い瞳をダスクに向けながら尻尾を踊らせるように振る。
「そんな事するわけないだろ。適当な事言うなよな、黒炎」
全く身に覚えのない事なのでダスクは渋い顔になるが、それだけでは終わらずにチームメイト達に追加の言葉をもらうとは思っていなかった。
「ダスクが怒られるような事をしないとは思ってるけど、わざわざ呼び止められるのも珍しいからね。
いつもやらないような事をやったと思っても不思議じゃないかも」
「そうそう、ローラの言う通りだな。力が余って何かぶっ壊したんじゃないのか?」
「ふふっ、ソラの言っている事もありそうなきがするわね」
「うむ、確かにありそうな事ではあるな」
「なんだよウィリアムまで。僕はみんなにそんな事をしそうに見られているのか……」
ガクリと肩を落とすダスクの様子を可笑しそうに見ているフローラルとソラリスも黒炎と似たような事を考えていたらしく、頬を伝う汗もそのままに、笑みを浮かべた表情からは疲労感が多少なりとも薄れているようであった。その傍らでは終始真面目な顔のままのウィリアムがフローラル達の様子を見て不思議そうにしており、それはおそらく彼だけはからかうつもりが全く無く、女性陣の意見が的を射ていると判断したのかもしれなかった。
「余計な事を話している暇があったらさっさと来い。のんびりしている時間は無いんだからな」
「はい。済みません、すぐ行きます」
鋭い目で睨みながら急かしてくるアーノルドに、バツの悪い顔になったダスク達は頭を下げてからすぐにその後に続く。少し歩いて沼地の有る場所まで来ると、アーノルドは近くの石碑の様な物を操作し始め、それを眺めているダスク達の目の前で薄い光の膜が立ち昇って一定の区画を取り囲んだ。
「これって、結界ですか?」
「そうだ。覚えているだろう?初日に見ているはずだからな」
改めて見ると不思議な光景だと思いつつ、ダスク達は手を伸ばして触れてみようとするが、何の抵抗も無く通り抜けるだけなので、何かの効果があるとはとても思えなかった。更に続けて石碑の操作をしていたアーノルドは全ての操作が済んだらしく、ダスク達へと視線を向ける。
「ちょうどいい。ウィリアム、この剣でそこの木を手加減抜きで攻撃してみろ」
自分が指名されるとは思っていなかったウィリアムは首を捻りながら剣を受け取ると、結界内に生えている一抱えもある木の前に立って剣を両手で構えた。
ガギッ
袈裟懸けに鋭く振り下ろされた剣は、その勢いに反して全く木に食い込んでおらず、剣を使ったウィリアムも腕に伝わる衝撃が予想よりも軽かった事に驚いていた。
「お前は大丈夫そうだな。それじゃあ今度はダスクがやってみろ」
その言葉に頷いたダスクは、ウィリアムから剣を受け取って場所を交代して剣を構えると、同じく袈裟懸けに手加減抜きで振り下ろした。
ズガッ
「あっ」
後ろで見ていたフローラルが声を漏らしていたが、理由は言うまでも無く、ダスクの振り下ろした剣が木の半ば近くまで食い込んでいたからである。どうしてなのかとダスク達がアーノルドへと視線を向けると、眉間に皺を寄せ顎に片手を当てている様子から何かを考え込んでいるように見えた。
「やはりな。こういう結果になるという事は、いつもの装備を使えば困った事になりそうだ」
「どういう事ですか?」
不思議そうな顔で自分を見るダスク達に、ヤレヤレという風に肩をすくめたアーノルドは、ここだけの話だと一言断ってから話し始めた。
「結界にも限界があるっていう事だ。
私から見れば技術はそこそこというところだが、力に関しては抜きんでているからな。
ダスク以外の生徒達の中で実力では五本の指に入っているウィリアムと比較してみれば一目瞭然だ。
こうなってくるとダスクにはここでも手加減してもらわねばならないな」
比較対象にされつつも、尊敬している相手に実力を認められていると知ったウィリアムは複雑そうな顔になっていたが、その他の面々はそれには気が付かない様子でまたかという風な顔になる。
「まあしょうがないじゃん。怪我させちゃうよりはマシだと思うよ」
「それはそうなんだけどな、黒炎。手加減するのも、それはそれで大変なんだぞ」
「済まんが手加減ついでに積極的な攻撃も控えて守りに集中してくれると助かるのだが」
模擬戦を戦っていくのが厳しくなりそうな事を軽く言ってくるアーノルドに、顔を見合わせたダスク達は一様に困った表情になる。
「そうなると前に出れるのがウィリアムだけになるのか」
「そうだぜ、オレが出てもいいけど接近戦になったらしんどいからな~」
「うむ、余が一人でなんとかすると言いたいところだが、さすがに勝利は見えそうも無い」
「私は直接戦えないからあんまり力になれないわね……」
「そんなに悩んでいてもしょうがないよ。ボク達に出来るコトを一生懸命やればいいんじゃないかな」
あっけらかんと真理かもしれない事を言う黒炎に、ダスク達は苦笑いをして頷き合う。これまでもやれる事をやってきたのだから、これからもやる事は変わらないと考えたらしく、その表情からは悩む様子が消えていた。それを確認したアーノルドは、気が付かない程度に口元をわずかに笑みの形にする。
「まあ頑張る事だ。私は湖畔まで戻るが、お前達も早く支度をして戻って来るのだな」
石碑を操作して結界を解除したアーノルドは、それだけ言うとダスク達の答えも求めずに来た道を戻って行き、あっという間に視界から消えていった。
その場でアーノルドを見送ったダスク達は足早にここ数日利用している宿泊施設に向かうと、走って汗だくになった服を着替えてから、言われた通りに使い慣れた装備を身に纏って湖畔へと戻る。そこには鎧やローブ等の装備を纏った生徒達がチームごとに分かれて集まっており、これから行われる模擬戦の作戦について話し合っているようであった。
「ボク達も何か決めておいた方がいいんじゃないのかな?」
他のチームと少し離れた場所に居るので小声であったがそう提案してくる黒炎に、それもそうだなと思ったダスク達は顔を見合わせる。
「基本は旗の近くで守りを固めた方がいいか?ウィリアム」
「ふむ、厳密に言えばローラは旗と同じ守護対象になるのだからそうした方がいいのかもしれぬ。
しかし、そうなると相手に攻められるだけになる恐れが出てくるな」
「ごめんなさい。戦いに関しては役に立てないわ」
申し訳無さそうな顔で言うフローラルに、呆れたような顔のソラリスが歩み寄ると、少し痛そうな音を立ててその背中を叩いてから口を開く。
「謝る事じゃないぜ、ローラ。オレ達は自分に出来る事を頑張ればいいんだからな。
怪我の治療もそうだけど、色々な薬を使ったりするのはローラにしか出来ない事なんだから。
そっちに関してはオレ達みんなが頼りにしてるぞ」
少し痛そうに叩かれた背中をさすりながら聞いていたフローラルは、吹っ切れたような笑顔になってソラリスへと頷きを返す。
「ありがとう、ソラ。ちょっと痛かったけど、スッキリしたわ。泣き言ばかり言ってたら駄目よね。
うん、怪我とかした時はバッチリ治療するから力一杯やっちゃって。
まあ、ダスク以外は、だけど」
「あははっ、アーノルドに止められてるからね。ダスクはタイヘンだな~」
「ちぇっ、笑い事じゃないっての。
動きに制限が掛けられている以上はお前にも色々と頑張ってもらうぞ、黒炎」
それを聞いていた黒炎は、何か疑問を覚えたのか首を捻ってからダスクの顔を見上げる。
「別にいいけど、そういえばボクは参加できるのかな?」
「どうなのかしら?さっき先生に聞いておけば良かったわね」
「くっくっくっ、荷物扱いで持ち込み可なんじゃねえの?」
「む、ひどいな~、ソラは。ボクは荷物なんかじゃないよっ」
「からかったら駄目でしょ、ソラ。それに、そんな風にソラが思ってないって知ってるでしょ、黒炎」
ニヤリとした笑みを浮かべてからかう調子で言うソラリスに、黒炎は不満そうに睨みながら尻尾を怒ったようにブンブンと振る。それを苦笑しつつ宥めながらフローラルは黒炎の艶やかな毛皮を落ち着かせるように撫でてやる。
「まあ、直接相手に攻撃とかしなければ大丈夫じゃないかな」
「うむ、偵察等ならば問題無かろう」
黒炎達を余所に、ダスクとウィリアムは教師に何か言われるまではこのまま全員で参加しようと結論付け、その場で姿の見えなかったアーノルド達教師が集まるのを待っていた。
「待たせたな」
各チームごとに模擬戦の事を話していたり、それが終わって身体を解していた生徒達へとアーノルドから声が掛けられる。生徒達はそれまでしていた事を中断させて教師達の前へと集合すると、開始の言葉を待つ体勢で整列した。
「これから模擬戦を開始するが、呼ばれるまではこの場で待機だ。
手が空いたからといって、この時間を無駄に過ごす様な事はするんじゃないぞ」
言葉と同時に鋭い目で睨むように生徒達の顔を眺めたアーノルドに、その目でそう言われたらやろうとしても出来ないだろうと、その場に居るほとんどの生徒達は思っていた。
一度に数戦が行われるらしく、対戦する2チームが数組呼ばれてそれぞれ教師に連れられて見えなくなる。遠目には既に光る幕の様な結界が数箇所に張られているので、ちょうどその下で模擬戦が行われるのだろうと推測出来た。結界の張られている場所は、それぞれ地形の異なる区画なので、様々な状況での戦いを問題無く行えるかという事も採点対象になるのかもしれないと考えている生徒も居て、この場に有る地形を思い出して話し合うチームも有った。
これまでの事もあってなんとなく自分達の順番が最後になりそうだと思っていたダスク達は、それぞれ身体を解しながら呼ばれるのを待っていた。フローラルとソラリスは二人で組んで主に柔軟を行いながら怪我をしないようにしたいなと話しており、ウィリアムは鞘に納まったままの剣を正眼に構えながら目を閉じて黙想をしている。ダスクは黒炎と一緒に座ってそれらを眺めながら、どの程度手加減すれば良いかに頭を悩ませており、それ以上に自分の力を存分に発揮できる機会が少ない事に不満が溜まってきていたので思わず溜め息を吐いていた。
「溜め息なんてついちゃってどうしたのさ?」
「ん?最近手加減ばかりしているなと思ってさ。こんなんで強くなれるのか心配なんだよ」
「それはしょうがないんじゃないかな~。学院のみんなの中だとダスクが強すぎるんだよ」
「う~ん、そういうもんかな。もうちょっと力一杯やってみたいんだよな」
「ボクも不自由なのはイヤだけどね。
でも力一杯やるよりも、力を抑える方が難しそうだから鍛錬としては良いんじゃないかな~。
そういう力の調節みたいなコトやってれば、そのうち自由自在に力を使えるようになるんじゃない?」
その言葉に意表を突かれた顔になったダスクは、それが充分納得出来る意見だと思い感心した様な顔になって黒炎の顔を見る。
「なるほどな。それにしても、あまりにも的を射た意見を言うから驚いたよ、黒炎」
「なに言ってるんだよ。ボクなんだから当たり前じゃん」
そう言って楽しそうに目を細めて尻尾を踊らせる黒炎に、ダスクも難しい事を考えずに鍛錬だと思って力の調節を上手く出来るようにしようと方針を固めたので、気分も楽になり自然と笑みを浮かべていた。
予想通りに午前中の最後の組になったダスク達は、呼びに来たアーノルドに連れられて模擬戦を行う場所へと移動していた。アーノルドが呼びに来るまで待っていた湖畔には、模擬戦を終えて戻って来た生徒達が思い思いの場所に座りながら怪我の治療、もっとも切り傷は受けないので打ち身の治療を行っていたが、アーノルドの言葉通りに酷い怪我をした者は居ない様なので安心して出発する事が出来た。
「今回のお前達の戦場はここだ」
そう言って立ち止まったアーノルド越しに見えた光景に、ダスク達はもちろん、相手の生徒達の顔にも嫌そうな表情が浮かぶ。待ってる間に模擬戦から戻ってきたチームを見ていた生徒達は、ここが一番やりたくない場所だと思っており、汚れ易いのもそうだが、湿度も高く動き難いので倍疲れるだろうと簡単に予想出来たからである。表情を変えた生徒達の姿に口元にニヤリとした笑みを浮かべたアーノルドは、決定は変わらないという風に言葉を続ける。
「ここから北と南にしばらく歩けば拠点となる場所に旗が立ててあるのが見えてくる。
すぐに始めるからさっさと陣地に向かえ」
その言葉に何を言っても変わらないと諦めた一同は、ウィリアムと相手チームのリーダーで南北どちらにするかを決定すると、アーノルドに怒られる前にすぐに歩き出す。泥の浅そうな場所を選んでしばらく進むと泥の上に木製の広い台が造られており、その中央に勝敗を決する旗が立てられているのが見えてきた。
「これが旗か~。なんだから思っていたよりショボイね」
「こら、黒炎。そういう事は思っていても、わざわざ言うもんじゃない」
「ダスクだって同じコト思ってたくせに」
「うっ、そんな事は無いぞ、たぶん」
そんな事を話しているダスクと黒炎を余所に、フローラル達は台の上に上がって様子を確かめてみる。台を支える四方の柱は太くシッカリした造りであったが、台そのものは数人程度が乗る事を想定しているだけのようなので、ダスク一人であっても支える事は出来そうも無かった。
「ごめんね、ダスク。貴方が乗ったら一発で壊れちゃいそうだから……」
「うん、わかってる。そう思ったから最初から乗るつもりは無いよ」
申し訳無さそうに言うフローラルに、ダスクはなんて事も無い風に言って台から一歩離れ、相手の陣地が有ると思われる方向に立つ。黒炎は器用に台を囲む柵に駆け上がって周囲を眺めながら何かを探るように目を閉じている。それらを見ながらウィリアムはこれからどう動けばいいかと考えていた。
「ふむ、我らはどう動くのが良いだろうか」
「先手必勝って感じに攻めた方がいいんじゃねえの?」
「あははっ、ソラらしいや。それが難しいからウィリアムも悩んでるのにね」
背中を向けたまま笑う黒炎に、ソラリスは反論できずに口を尖らせる。それを笑顔で眺めていたフローラルは何かを思い付いたらしく、鞄から何かの包みを取り出してソラリスとウィリアムに見せてくる。
「そうだ、これ持って行って。体力回復と同時に短時間だけど能力向上の効果がある薬よ。
材料が手に入り難いから、模擬戦一回につき一つずつしか渡せないけどね。
ところで、ダスクの分も有るけど使う?」
「僕はいいよ。体力も大丈夫だけど、能力が向上したら手加減が難しくなりそうだからね」
その言葉に頷いたフローラルは、薬をソラリスとウィリアムに渡す。懐に薬を仕舞ったウィリアムは考えがまとまったらしく、ダスクの方を向いて口を開いた。
「陣地を固めるのも良いとは思うが、こちらから攻めてみるのも良いかも知れぬ。
それで相談なのだが、黒炎も連れて行っても良いだろうか?」
「ん?黒炎が良ければ構わない。幸い周辺は見渡しも悪くないから大丈夫だと思う」
「ボクは良いよ。どうするつもりなの?」
ダスクの言葉に、確認する様に自分に視線を向けてきたウィリアムへと向き直った黒炎は、この状況を楽しむように尻尾をゆっくり振っている。
「うむ、余とソラと黒炎で一緒に動き、黒炎に気配を探ってもらいながら一人ずつ倒していく。
基本はこれの繰り返しとなるだろう。後は動きながら臨機応変にであるな」
「ああ、わかった。オレに任せて貰えりゃ、次から次へと射落としてやるぜ」
「おっけ~。そういうコトなら任せてよ」
顔を見合わせて頷き合う黒炎達を少し心配そうな顔で見るフローラルであったが、相手の攻撃目標がここだという緊張感に加えてダスクと二人きりになるんだなと気が付いたせいで内心では複雑な気持ちになっていた。
『準備は良いな?それでは模擬戦を開始する』
聞いていたのではないかと疑うくらいに、丁度方針が決まったところでこの場所に居ないアーノルドの声がどこからか聞こえて来る。それと同時に頷き合ったダスク達は、お互いに気を付けていこうと声を掛け合って分かれた。
「大丈夫かしら……」
「大丈夫だよ。ここなら命の危険は無いだろうし」
思わず口から漏れた呟きに答えが返ってきた事に驚いたフローラルは、ダスクのドッシリとした背中へと視線を向ける。
「悪魔族と戦ったり、式典で色々あった事を考えれば、これくらい何でも無い事じゃないかな」
「それもそうね。
ふぅ、誰かが怪我をしそうだなって考えると駄目ね。私ももう少し強くならなきゃな~」
「考え過ぎも駄目だけど、黒炎達だけじゃなく、相手も心配する優しさはローラらしいな」
「ふふっ、そんな大した事じゃないわ。もともと傷付いた誰かを助けたくてこの道に入ったんだから」
「僕も誰かを、今はローラに加えてオマケの旗を護れるように頑張るよ」
「頼りにしてるわ」
空気が和んだところで、ダスクはここを離れた黒炎達の事を考える。相手がここに来るまでに上手く倒してくれると手加減して戦う手間が減るなと思いつつ、黒炎達には出来れば痛い思いはして欲しくないなと願っていた。
一方、陣地から離れた黒炎達は比較的乾いている場所を選んで進んでいた。この辺りは木も生えているので隠れる場所には事欠かない。周囲の気配を探りながら身を隠しつつ相手の陣地へと向かい、位置が半ばを過ぎた所で不意に黒炎が立ち止まった。
「いきなり止まってどうしたんだ?黒炎」
そう聞くソラリスにすぐには答えず目を閉じたままで居た黒炎であったが、少しして目を開くと困ったような声音で先程の質問に答える。
「う~ん、なんかこの先で待ち構えてるみたい。人数はわからないけど、どうする?」
その言葉にソラリスとウィリアムも同じく困った顔になるが、ウィリアムは少し考えてすぐに口を開く。
「ここで戻るよりは進んで倒す方が良いと思うのだが、それで良いか?」
「オレはそれでいいぜ。避けて遠回りするよりはそっちの方が好みだからな」
「ボクもそれでいいよ。攻撃とかはしちゃダメっぽいから、このまま周りの警戒を続けるね」
「うむ、おぬしはそれで良い。もう少し進んだらソラは狙撃出来るように身を隠してもらう。
余が誘き寄せた者を攻撃すれば、倒せなかったとしても援護になるからな」
「わかったぜ。まあ、オレが一発で倒しちまうからお前の出番は無いかもしれないけどな」
「ふっ、それならそれで構わん。余の手間が省ける」
顔を見合わせてニヤリとした笑みを浮かべる二人に、黒炎は根っこの部分は似ているんだなと思いつつ楽しそうに眺めていた。
少し進んで相手に気付かれる前に分かれ、ソラリスは近くの木に登って下からは分かり難いが上からは良く見える太い枝に乗る。ウィリアムは不意打ちを受けないように黒炎に気配を探って貰いながら慎重に進んでいると、予想外にあっさりと少し離れた木の影から人影が現れた。人影はウィリアムと同じ騎士が専門のようだが、ウィリアムよりも鎧に覆われた箇所が多く小振りの盾も装備しているので、どちらかといえば守りを重視しているように見えた。示し合わせたように同時に長剣を抜いて構える二人を見た黒炎は、邪魔にならないように少し下がると、その場で周囲を探る作業を再開した。
ギンッ
剣を合わせ始めたウィリアムは十数合続けた後、押された様に少しずつ下がり始める。作戦を聞いていなかったらウィリアムの演技も上手かったので焦りそうな光景であったが、その気配は落ち着いているのが感じられて黒炎は感心していた。そのままソラリスの潜んでいる場所の近くまで下がったウィリアムは、相手に背を向けさせるように円を描いて動き、それが成功して樹上のソラリスが弓を引き絞って矢を放とうとした瞬間、突然近くに何者かの気配が生じた。
「ソラっ、避けてっ!」
生じた気配から飛んだ不可視の塊に思わず黒炎は叫ぶが、直接ソラリスには当たらずに乗っている木に命中する。その衝撃にバランスを崩したソラリスは枝から落下するが、身軽に空中で姿勢を正して無事に地面に着地する事に成功する。
ドガッ
ホッとした黒炎であったが、続いて起こった出来事に動けなくなる。着地と同時に間合いを詰めた何者かがソラリスの首筋に両手のナイフを当てたと理解した瞬間、ウィリアムの居た方向から何かが弾き飛ばされる音と一緒にウィリアムの苦痛の声が聞こえて来たからである。そちらへと視線を向けると、予想通りにウィリアムが地面に座り込んでいるのが見えた。おそらくソラリスの状況に気を取られたところに攻撃を受けてしまったのだろう、運悪く急所に入ったらしく一撃で戦闘不能と判断されてしまったようである。
『ソラリスとウィリアムの両名、戦闘不能を確認。その場で待機だ』
それを聞いた瞬間、黒炎は自陣へ向かって駆け出す。相手の生徒達がそれを阻止しようと動き出す前に、黒炎の姿は木々の間に見えなくなる。それを見送ったソラリスとウィリアムはホッとするが、一人も倒せずに終わった事を悔しく思うと同時に申し訳無く思っていた。
手持ち無沙汰だったダスク達は、合宿が始まってからの食事がどれが美味しかったか等の話をして時間を潰していたが、ふと何かを感じて顔を向けた方向から黒炎が戻ってくるのが見えて驚く。
「何かあったのかしら?」
「ウィリアムから連絡を頼まれたのかもしれない。とりあえず、話を聞けばわかるんじゃないかな」
そんな事を言っているうちに辿り着いた黒炎は、台に駆け上がるとフローラルの隣に座り込む。肩で息をしている様子からは余程急いで来たらしいと分かるので、何か良くない事が起こったのだと推測出来た。
「話せるなら何があったのかすぐに教えてくれ、黒炎」
呼吸を落ち着かせようと深呼吸していた黒炎は、気落ちした風に尻尾を力無く垂らしたまま口を開く。
「二人ともやられちゃった。ズルイよ、魔法で気配を消すコトが出来るみたいなんだ」
「なるほど。魔法を使える人が居て、気配を消して近付いて来た相手にやられたって事か。
ところで、相手は何人居たんだ?」
「三人だよ。ウィリアムみたいな戦い方のと、身軽なのと、魔法を使うのが居た」
「了解。それが聞けただけでも黒炎が戻って来れたかいが有るってもんだな」
「良かった。ボクも少しは役に立てたみたいだね」
「お疲れさま、黒炎。あとはここで私と一緒に旗を守ってましょ」
「うん。あとは頼んだよ、ダスク」
「危ないから黒炎とフローラルは旗の側から動かないで良いよ」
それに頷いたフローラルは自分を落ち着かせる様に、緊張した顔で黒炎の傍らにしゃがんでその背を撫でていた。
しばらくすると黒炎を追い掛けて来たらしい人影が二人分現れる。二人の装備から魔法を使う者は隠れてこちらを狙っていると分かってダスクの兜の中の顔は曇っていたが、目の前の二人が近付いて来たので大剣と盾を構え直す。騎士専攻らしき方が前で、斥候偵察が専攻らしき身軽そうな格好の方が少し下がった位置を保っている。それを見たダスクは二人が連携して攻撃する間に隙を見て魔法を使ってくると予想していたが、残念ながらその予想は外れていたらしかった。
ゴゥッ
不可視の塊が右方向から自分に向けて飛んでくるのを気配で察したダスクは、視線は正面の相手に向けたまま右腕に盾を持ち替えたが、盾で防ぐまでもなく少しだけ手前へと着弾する。狙いが外れたのかと思ったが、続いて起こった現象に相手の意図を理解したダスクは思わず舌打ちしていた。
「気を付けろっ!」
それだけ伝えたダスクは衝撃で吹き上がった泥水を避けながら正面の騎士専攻へと攻撃する。足を取られながら危ういところで避けてバランスを崩している相手に追撃を加えようとするダスクであったが、その場に居るはずの斥候偵察専攻の方が居ない事に気が付き、騎士専攻が体勢を整える前に旗の方へと駆け出した。吹き上がった泥水が下に落ちたそこにはいつの間に回り込んでいたのか斥候偵察専攻が居り、既に攻撃態勢に入っていた。振りかぶった腕にはナイフが握られており、斥候偵察専攻自身を攻撃していると間に合わないと判断したダスクは、泥水を避ける事に気を取られて気が付いていない黒炎とフローラルとの間に入って庇う為に飛び込む。
ガキッ
空中でナイフを叩き落したダスクはホッとして少し気を抜いていたのかもしれず、そのまま台の上、旗の近くに着地していた。
バキッ
それと同時に木製の台は木っ端微塵に砕け、ダスクに加えて台の上に居た黒炎とフローラルは旗もろとも泥水へと落下してしまう。
「……」
その光景に驚いてアングリと口を開けたまま固まる相手のチームと、泥まみれになって呆然となったダスク達は、アーノルドの連絡が入るまでしばらく動けなくなっていた。
『旗が倒れたので勝敗が決定した。全員結界から出て湖畔に戻れ』
その場に居る全員がその言葉に我に返り、両チームが正反対の反応を見せてから合流してアーノルドの所へと一度集合してから、それぞれ湖畔へと向かって戻って行く。
「あははっ、予想外の結末で面白かったな~。
相手にやられたんじゃなくて、ダスクが突っ込んで旗と一緒に泥まみれになるなんてね」
「うぐっ」
攻めているつもりは全く無いのだろうが、自分の失敗で負けてしまったダスクは黒炎の言葉が痛かった。ソラリスとウィリアムもあっさりと倒されてしまった事もあって俯きながら無言で歩いていた。気にする事は無いと言いたいフローラルであったが、ほとんど何も出来なかったので気分が沈んで口を開き難かった。皆が沈んだ様子になっているのを不思議そうに見た黒炎は、続けて明るい調子で口を開く。
「なんでみんな落ち込んでるの?まだ一回しかやってないじゃんか。
次はもうちょっと上手くやればいいだけだと思うけどな~」
その言葉にハッとしたダスク達は、顔を見合わせて苦笑する。
「そういえばそうだな。まだ何度もやるだろうから、少しずつ上手くやれるようになろう」
「そうよね。一度失敗しただけで落ち込んでたらしょうがないわ」
「だな。オレとした事が、らしくなかったぜ」
「うむ、模擬戦での失敗は次に生かす為のモノであるな」
皆が元気になったので、黒炎は嬉しそうに尻尾をブンブンと振るが、それが泥に汚れて重くなっている事に気が付いて不機嫌になる。
「それより早く湖畔に戻って身体を洗おうよ。これじゃあボクの自慢の毛皮が台無しだからね」
黒炎らしい意見に笑顔になった一行は、足を速めて湖畔へと向かいつつ、次の模擬戦からはもう少し良いところが見せられるようにしたいと決意していた。
模擬戦の初戦は惨憺たる有様になってしまったダスク達であったが、黒炎の一言で気分転換出来たので、次回からはもう少し良い結果を出せるかもしれなかった。チームでの戦闘は、個人の力だけではどうにもならない事が分かり、ダスク達だけでは無く他の生徒達もその難しさにやりがいも感じていた。合宿の残り一週間は模擬戦を行う予定なので、何事も無ければほとんどの生徒が成長出来そうであった。果たしてダスク達は模擬戦で勝利を得る事が出来るのだろうか。
楽しんで頂けたでしょうか。続きも早く読んで貰えるように頑張ります。




