鍛錬と息抜き
またまた遅くなって申し訳ありません。多少の遅れは愛嬌という事で許そう、という感じで一つ宜しくお願いします。
この時期は午前中の早い時間帯から太陽が高い位置に有るので早くも気温が高くなってきており、地面からの照り返しもあってすぐに汗ばんでくるので、動き易く通気性の有る服を着ていても快適とは言い難い状況であった。湖畔という事もあって無風の現在は湿度も高く、その場に集合して密集している十代後半位の少年少女達の顔には、一様に暑さを疎ましく思っている表情がありありと浮かんでいた。集合してから少なくない時間が経っているらしく、顔以外にも全身からダルそうな空気を醸し出していたが、視界の端に待ち人の姿が現れた瞬間に慌てて姿勢を正す。ゆっくりとした足取りで少年少女達の目前まで歩いて来た人物は相対するように立つと、目の前の者達の様子を眺めて満足そうに頷いた。
「ようやく良い顔になってきたな。
わかっていると思うが、疲労が溜まってきているからといって気を抜くと、思わぬ怪我をするぞ」
姿勢を正していても隠せない疲労感を察して忠告めいた言葉を掛けるが、目の前の少年少女達、オルフィエルド学院の生徒達はそんな事は分かっているという風な表情でその人物、学院の教師であるアーノルドへと視線を返してきていた。そんな生徒達の様子に内心で苦笑しつつ、散見出来る不満そうな視線を鋭い碧瞳で黙らせながら休む暇も与えず指示を告げる。
「ふっ、話を聞くよりも早く始めて欲しいって顔をしているな。
各自姓名を伝えて装備を受け取れ。増やすか減らすかは自己判断で申請しろ。
準備が整い次第始めていいぞ」
その言葉と同時に動き出した生徒達は、湖畔に建てられた倉庫へと近付くと、その開錠を行った教師達と話しながら装備と呼ばれていた物を受け取っていく。背嚢型の基本的な物を背負うと皆は一様に重たい物を担いだ様に身体に力が入るが、それもそのはずで、この装備類は負荷を掛ける為の物だからである。教師と相談しながら生徒達はそれに加えて手首や足首等に追加の装備というよりも重りを加えると、待っている間に身体は解してあったので、そのままアーノルドに一礼してから湖畔に沿って走り出す。ほとんどの生徒が走り始めたので、残っているのは同じチームの生徒だけであった。
「見た目はおんなじだよね、それ。アーノルドが工夫してくれて助かったんじゃない?ダスク」
「確かに黒炎の言う通りだな。
最初に持てるだけ持ったらすごい数になって、重さよりも邪魔で動き難くてしょうがなかったよ。
あのままでも動けたけど、アーノルド先生が中身の重い物にしてくれたから本当に助かった」
背嚢に加えて手首や足首どころか、全身のいたる所に重りを着けているダスクは、さすがにいつもの全身鎧は装備しておらず、動き易そうな服に身を包んでいた。その格好を面白いと思っているらしい黒炎は、紅い瞳を輝かせながら面白そうにダスクの全身を眺めながらゆっくりと尻尾を振っている。
「あれはちょっとすごかったわよね、ソラ。周りのみんなも驚いていたし」
「すごかったというか、オレは呆れただけだけどな、ローラ。毎度の事だから周りのヤツの事は知らん」
「うむ、毎回似た様な反応だからな。周りの事まで気にしておれば疲れるだけではないかな」
「まったく、ソラもウィリアムも簡単に言ってくれるわね。私は二人ほど図太くないの」
その時の事を思い出しているのか、感心したような心配するような様子のフローラルの目には、ソラリスとウィリアムの態度は彼女が口にしたように図太いものに映っており、二人の言葉通りに何度も繰り返される事をそのたびに驚いていてもしょうがないと思っているのが分かった。育った国も気温が高いという事でソラリスは暑さは平気であったが、ここまでの疲労が溜まってきているせいで益々どうでもいいと考えているようである。
フローラルとソラリスは他の生徒達と同じ背嚢に加えて両手首と両足首に一番軽い重りを、ウィリアムは二人と着けている場所は同じだが手首と足首の物が五倍の重さであった。ちなみに黒炎には、装備が人間用の物しか無かったので、黒炎自身が使っている背嚢に重りだけをいくつか入れて負荷にしていたが、最初だけは動き難いとダスクに散々文句を言っていた。重りの合計がポイントに加算される為、最初に生徒達は無茶な追加をしようとしていたが、初回の背嚢だけで走った時の苦しさもあって今では極端な追加をする生徒はダスクに加えて数人位しか居なかった。ダスクは他の生徒達と違う数倍の重さの重りを使っていてもまだ余裕が有るのでもう少し増やしたかったが、模擬戦等で手加減している事やアーノルドの忠告もあって自重していた。その分は日課の鍛錬で王都では出来無い事も行えるので不満を感じなかったからである。
「ボク達も早く行かないと、他の人達が見えなくなっちゃうよ」
「そうね。ダスクは大丈夫そうだけど、私達じゃすぐには追い付けないからね」
「そうだな。オレ達もさっさと行こうぜ」
その言葉に頷いたダスク達は駆け出すが、軽い足取りにはならず一歩一歩地面を確かめるように足を進めていく。ダスクは普段通りに走る事も出来たが、特に急ぐ理由も無かったので皆に合わせていた。
「今日は風が無いけど、走ってれば少しは涼しく感じるわね」
「動いているから体温も上がっているんだろうけど、空気も動くからまだマシなのかもな」
次から次へと浮かぶ汗は拭っても無駄なので、流れるままにして並んで駆けながら話すフローラルとソラリスは、最初に比べれば随分と重り付きの走りに慣れてきたようである。ダスク達の中で一番足の遅いフローラルに合わせて走っているので、ソラリスが隣で様子を見ながら、ウィリアムがその後ろから見守りながら駆けている。黒炎はその周囲を自由に駆け回り、ダスクは走る事よりも身体の各部の動きを確かめつつ皆の後から付いて走っていた。
「最初は背中のだけでフラフラしてたけど、随分マシになってきたんじゃないか?」
「その時の事は言わないでよ。私だって情けないと思ってたんだから」
「薬師だからって運動しないからだぜ。もっと鍛えた方がいいって」
「わかってるわよ。最近は薬草摘みにも行ってなかったから運動不足になっちゃったのよね」
「くっくっくっ、そのうち余計なものが付いちゃうかもな」
「もうっ、そういう事言わないでよね。気になって水練の時に着替えにくくなっちゃうじゃない」
走りながら話をしている二人の様子からは連日の疲労は窺えるものの、初日の作業を引きずってる感じは無さそうで、もしかしたらそんな事を考えている余裕が無いだけかもしれないが、後ろから眺めながらダスクは安堵する。ウィリアムに関しては最初から完全に割り切って考えているようだったのでそもそも心配してはいなかった。
湖を一周したダスク達を含めた生徒達は、休憩を挟んで呼吸を落ち着かせると、次に背嚢以外は外してから早足で場所を移動する。ここでも希望者は重りを外さなくても良かったが、もちろんダスクを含めた一部の生徒達以外は残らず重りを外していた。移動した先には様々な地形が造られており、丘を越えたり沼地を進んだり足場の悪い岩場を抜けたりするので、手足に重りが有ると簡単に身体を痛めてしまいそうな過酷さで、無理をしようとする者は一度経験した後にはほとんど居なくなっていた。
「……うぐぅ、きっついな。さすがのオレも重りが減ったとしてもヤバイ」
「……わっ、私、もっ……」
障害物走を終えて再び休憩を挟んだ生徒達は、今度は敷地の中でも大木が生えている場所に移動すると、太い枝に結ばれ垂らされた縄を腕の力だけで登って降りてくるという腕力の鍛錬を開始する。ここでは全員が背嚢を含めた全ての重りを外していたが、フローラルやソラリスを含めた女子生徒達は苦戦しているようであった。ダスクは重りの総重量が縄の耐久限界を超えていたので、重りを外すのは逆に助かったと言えなくもなかった。自然とほとんどの男子生徒が先にノルマを終えたので、同じチームの女子生徒を心配して何かあった時の為に縄の下に移動する。ダスク達も二人を見上げながらすぐに動ける体勢になっていたが、フローラルだけが気になっているウィリアムとは違い、ダスクは黒炎にも頼んで出来るだけ広い範囲を注意していた。アーノルドも来ていたが、不思議とダスクの周囲からは離れており、もしもの時はダスクが動くに違いないと確信しているかのようであった。
「ぷは~、なんとか終わったぜ」
「……はぁ、はぁ」
落ちる心配の無い地面に降りて大きく息を吐きながら笑みを浮かべるソラリスと、荒い呼吸だけで何かしゃべる元気も無いフローラルの様子に、ホッとひと安心したダスクとウィリアムは苦笑しつつ顔を見合わせる。
「ダスクっ!」
次の瞬間、黒炎の叫びに頭上へと視線を向けると、近くの縄から降りてくる途中だった女子生徒が手を滑らせて落下してくるところだった。
「キャーーーッ」
「危ないっ」
その様子を目にした生徒達は声を出せたが動けずに最悪の想像をして目をギュッと閉じる。
「まかせろっ」
縄の下で同じチームと思われる女子生徒が見上げながら動けなくなっている背中に声を駆けると、ダスクは素早く駆け寄って跳躍すると空中で女子生徒を受け止めた。
ザザッ
少し離れた場所に着地したダスクは、腕の中の女子生徒の様子を確かめるが、気を失って力無く目を閉じていたが目立った怪我は無いようなので安堵する。
「ダスクっ、右後ろっ!」
再び黒炎の声が上がり、声の調子で察したダスクは名前を呼ばれたところで地面に失神している女子生徒をそっと横たわらせて立ち上がると、間を置かずに言われた方向へと視線を向けて動き出す。恐らく今さっき落下した様子を近くで見ていたからだろう、思わず手の力が抜けてしまった女子生徒が落下してしまったようである。少し距離が有ったが素早く助走して同じく空中で受け止め、恐怖に無我夢中で抱き付いてくる女子生徒に少し体勢を崩されながらも無事に着地に成功した。
ザザザッ
「助けてっ、落ちちゃうっ」
助かった事に気が付いていない女子生徒に耳元で叫ばれ、その音量に顔を顰めたダスクであったが、落ち着くように背中をポンポンと叩いているうちにどうにか落ち着いてくれたようで、顔を上げて周囲に視線を向けてからふとダスクの顔を見上げてくる。
「ひゃっ」
間近にダスクの顔が有る事に気が付き、顔を真っ赤にした女子生徒が思わず飛び退いて転びそうになるのを支えて立たせると、元気そうな様子に安心してすぐにその場を離れる。笑顔で迎えてくれたチームメイト達に笑みを向けながら、ダスクはこれで午前中の鍛錬は終了だったなと考えていた。
アーノルドから改めて鍛錬中には気を緩めるなという風な注意を受けた生徒達は解散し、それぞれの宿泊施設へと足早に向かう。午後の鍛錬は水練なので、急いで昼食を摂って充分な休憩を取りたかったからである。ダスク達もここ数日泊り込んでいる建物に向かっていると、まだ建物が見えていない場所で黒炎が鼻をピクリとさせながら尻尾を勢い良く振り始める。
「良い匂いがするっ。今日のご飯もおいしいに違いないよ。みんな急いでっ、早く早く」
「そんなに焦らなくてもすぐに食べられるって。みんな疲れてるみたいだから我慢しろ」
「え~、みんなも早く食べたいよね?」
「あはは、ごめんね、黒炎。さすがにそこまでの元気はないわ」
「そっか、ローラが言うんじゃしょうがないよね。せかしてゴメン」
「ううん、謝らないでいいわよ。私ももう少し体力があったら良かったのにな~」
「気にすることねえって。これくらいが普通なんだよ。オレ達はこれから成長していくんだからな」
「ありがとう、ソラ。そうよね、後ろ向きに考えていてもしょうがないわね」
「その通りだ、ローラ。二人で頑張ろうぜ」
ガシッという風に握手を交わすフローラルとソラリスであったが、除け者にされた面々、特にウィリアムは困ったような表情をしていた。
屋敷に到着したダスク達が入口の扉を開くと、黒炎の言う通りに屋敷の中から良い匂いが漂ってきて、空腹を意識させられた皆の腹の虫が鳴り、女性陣は恥ずかしそうに頬を染める。それに気が付かないフリをしていたり、そもそも気にしていなかったりするダスク達は、着替えをする為に自分に割り当てられた部屋へと向かおうと足を踏み出したところで何者かの足音が近付いて来る。
「おかえりなさい。お昼御飯は用意してありますので、着替えたらすぐに食堂まで来て下さいね」
「ただいま~、サフィ。ボクもうお腹ペコペコだよ」
「うふふっ、たくさん作っておきましたから、いっぱい食べて下さいね、黒炎くん」
いつもの笑顔で出迎えてくれたサフィーラは、夏場でも変わらず普段のメイドさんの格好をしており、様々な家事をこなしているにも関わらず服装に乱れは無く暑そうな様子も見られなかった。食事に関していつも変わらない黒炎の態度に笑みを深めながら、艶やかな毛皮の手触りを楽しむようにその頭を撫でている。
「やった、みんな早く着替えちゃってよ」
「こら、そんなに焦らなくても料理は逃げないんだからな」
「そんなコトないよ、おいしさは少しずつ逃げていっちゃうんだから」
「ふふっ、ダスクの負けかもね」
その言葉に、渋い顔をしているダスク以外は笑顔になっていたが、ダスク達の格好を見たサフィーラは困った顔になる。
「その格好で部屋に入るのは勘弁して欲しいというのが正直なところですね」
それを聞いて自分の格好へ視線を向けるダスク達であったが、なるほど汗や土埃や泥で汚れた服で動き回れば建物内も困った事になりそうで、サフィーラの言いたい事が良く分かった。
「ダスクくん達は裏の水場で、ソラ様達は浴室でお願いします。
着替えや拭く物をお持ちしますので、脱いで身体を洗ったらその場で待っていて下さいね」
サフィーラに頷き返したダスク達は、言葉の通りに移動する。建物の裏には水路が通っており、ダスクとウィリアムはそのまま水路に入って服を簡単に洗い、靴を脱ぎ上半身も裸になる。黒炎も水路に飛び込んで来たので、ダスクは丁寧に汚れを流してやっていた。
「気持ち良さそうですね」
後ろから聞こえて来た声に振り返ると、洗濯籠を持ったサフィーラが立ってこちらを笑顔で眺めていた。
「すみません、サフィさん。このほうが楽だったので」
「うむ、貴族らしくなかったかもしれぬ」
「いえいえ、気にしないでいいですよ。男の子ですから、これくらい普通なんじゃないかしら」
「あははっ、なんか嬉しそうに見えるよ、サフィ」
「うふふっ、全然そんな事無いですよ、黒炎くん」
機嫌良さそうなサフィーラからタオルと着替えを受け取ったダスクとウィリアムは身体を拭いて腰に巻くと、濡れたズボンを脱いで手早く着替える。黒炎は水路から出ると身体を振るって水を振り払い、残った水気はサフィーラが拭いてくれていた。
靴はそのまま壁に立てかけて干し、代わりに備え付けのサンダルを履き、洗濯籠を運ぶ役を任せてもらったダスクが運び終わって食堂へ入ると、既に皆が定位置に座って待っていた。ダスクの登場に合わせるように食事を並べ始めたサフィーラを手伝いたかったが、ここで生活を始める時にサフィーラに説得されて諦めさせられていた。食事も主人のソラリスと同じテーブルに着けないと言われたが、それと交換条件で一緒に摂る事を承諾させる事が出来ていた。
「「いただきます」」
声を合わせて食事を開始したダスク達は、思っていた以上に空腹だったらしく、無言で料理を口に運んでいく。上品に食事をしながらそれを眺めるサフィーラは、美味しそうに食べてくれている様子に満足そうに笑みを深くする。今日の食事は肉をフローラル直伝のハーブで焼いたものと魚介類の煮込みにサラダとパンを添えたもので、普段よりも量が多かったが、身体を動かしてきたダスク達には丁度良いようで残さず食べていた。食後に疲労回復効果の有るフローラル特製のお茶を飲んで一服をすると、疲労からか目蓋が重くなっているようで、そこまで疲労を感じていないダスク以外はテーブルに突っ伏して眠気に抗っていたが、黒炎だけは既に床の上で安らかな寝息を漏らしていた。
「仮眠を取るなら部屋に戻った方がいいですよ?」
食事の片付けを終えたサフィーラが声を掛けると、フローラルとソラリスは何か意味を成さない言葉を呟きながら席を立って食堂から出て行き、ウィリアムも時間になったら起こして欲しいと頼んで食堂を後にする。黒炎は相変わらず気ままに寝ているので、この場で意識がしっかりしているのはダスクとサフィーラだけであった。
「合宿はどんな感じかな?ソラ様もしっかりとやっているといいんだけど」
「大丈夫ですよ、サフィさん。ソラだって真面目に参加してますよ」
「それなら良かった。ダスクくんはどうなの?楽しい?」
「楽しい?ですか。鍛錬に楽しさを求めた事は無いですが、みんなと一緒にやるのは新鮮ですね」
「それなら良かった。君からすれば物足りないだろうから、ちょっと心配していたのよ」
「日課の鍛錬は欠かしてないから大丈夫ですよ。
集団行動というのも面白いですし、今迄ほとんどやった事の無い水練はありがたいと思ってます」
「あら、もしかして泳げなかったりするの?」
「いえ、泳げない訳じゃないんですが、何故か力を抜いても身体が浮かないんですよね。
だから、泳いでいる時は常に全力です」
「あらら、体力的には大丈夫そうだけど、ゆっくり水に浮かんだりは出来ないのは残念ね」
「そうなんですよね、あれは気持ち良さそうに見えるんですが……」
残念そうに呟くダスクに苦笑しながら、サフィーラはダスクが飲み干したお茶を注いでやる。礼を言いながらサフィーラとしばらく会話をしながら一服を続けていた。
時間になり、黒炎とウィリアムを起こしたダスクが水練着に着替えて玄関まで来ると、着替えたウィリアムや、サフィーラに起こされて着替えたフローラルとソラリスも既に集まっていた。最初は身体の線が分かる水練用の水着を恥ずかしがっていた女性陣だが、数日経って慣れたらしく、タオルを持ちながら平然としている。もっとも、首から上と肘膝の先しか肌が露出していないので、余り気にする必要が無かったからではあったのだが。
「いってらっしゃい」
サフィーラの言葉で送り出されたダスク達は、身体の各所を動かしながら湖畔へと向かう。特に寝ていた者達は少し硬くなっていたので念入りに動かしていた。湖畔には既にほとんどの生徒達が水練着姿で集まっており、同じ様に身体の各所を解している。ダスク達も各所の筋を伸ばして水練に備え、まだ高い陽の光を浴びて暖まると共に、一服して鈍くなった頭を覚醒させていった。
しばらくして同じ水練着を着たアーノルド達教師が来てすぐに水練が始まった。結構な広さがある湖を横断したり、教師の用意した水に触れると光る石を潜水して回収したりと、疲労が溜まっている状態ではキツイ内容を変わらずに行っていく。念の為に体調不良を感じたら申告するように言われていたが、幸いそういった状態になる生徒は居なかったので滞り無く水練は進んだ。一通り終わったところでアーノルドは生徒達を集め、その前に腕組みをしながら立って生徒達の顔を眺めて頷く。
「随分と疲労が溜まっているようだな。
このまま最終日まで続けると事故が増えそうなので、明日は午前に湖畔を走ったところで終了だ。
午後の鍛錬は休みにするから充分に休息を取るように」
その言葉を聞いて一拍置いたところで意味を理解した生徒達は、歓声を上げて笑顔になって明日の事を話し始めるが、アーノルドの咳払いを聞いてピタリと黙り込む。不興を買って気が変わってしまうのを恐れたからであった。
「この後、陽が傾くまでは自由に水練を続けろ。さぼっている者が居たら、わかっているな?」
「「はいっ」」
揃って元気良く答えた生徒達は、先程までの疲れた様子とは打って変わって元気に泳ぎ始める。その様子に苦笑しながら、教師達は逆に無理をしないか監視を続けるのであった。
陽の光が赤く染まり始めたところでアーノルドから終了の合図を受けた生徒達は、明日の事が楽しみらしく笑顔で自分達の宿泊施設へと歩き始める。ダスク達も同じく向かい始めるが、近寄ってきた女子生徒達がフローラルに話し掛けるのを見て立ち止まるが、すぐにダスク達男性陣は先に戻っていて欲しいと伝えられたので、一体何を話すか疑問に思いつつ再び歩き始めた。
「なんの話をしてるんだろうね?」
黒炎の疑問の言葉に顔を見合わせたダスクとウィリアムは、少し考えてから口を開く。
「わからないけど、明日の事じゃないか?ほら、水着を別に買っていたし」
「うむ、余もダスクの考えに賛成だな」
「そっか、あの娘達と水着を買おうって話をしていたんだね」
「明日僕達はどうする?ウィリアム」
「ふむ、さすがに疲労が溜まっておるから身体を休めたいところであるな」
「なるほど。僕は鎧とかの装備を全部着けて鍛錬やろうかな。最近朝しか使ってなかったし」
「ふむ、さすがと言うべきか、おぬしは底無しの体力だな」
「あははっ、そんなコト言ってて、結局ローラ達に誘われて一緒に泳ぐんじゃないかな~」
「むぅ」
それは充分予測出来る事なので、ダスクとウィリアムは顔を見合わせて苦笑していた。
宿泊施設に戻って着替えたダスク達が食堂で座ってのんびりしていると、しばらくして戻って来たフローラル達が着替えて食堂に入ってくる。それを確認したサフィーラが夕食をテーブルに並べ始めると、何を話していたか気になっていたダスク達も食事に意識が逸れて頭から消えてしまった。今度の料理は肉や魚のパイと温野菜サラダで、同じく空腹のおかげで量を気にせず平らげていたが、女性陣は少しだけこんなに食べて大丈夫かと不安に思っていた。
「「ごちそうさま」」
満足そうな顔で声を合わせたダスク達は、これまた定番になった特製のお茶を飲みながら一服し始める。クセで食事の片付けをしようとしていたところをサフィーラに窘められたダスクは、鍛錬に参加して乱れている黒炎の毛を手櫛で整える。気持ち良さそうに目を細めている黒炎の様子を微笑みながら眺めていたフローラルは、何かを思い出した顔になると台所の方へと声を掛ける。
「サフィさん、ちょっと話があるのでこっちに座ってもらっても良いですか?」
「は~い、すぐに終わりますので少々お待ち下さいな」
その言葉通りに、濡れた手を拭きつつ食堂に戻ってきたサフィーラはすぐにいつもの席に着き、それを確認したフローラルは皆が自分を見ている事を確かめてから口を開く。
「明日の午後に休息を貰えたのは食事中に話したけど、そこでみんな一緒に湖畔に行かない?
せっかく水着も買ったし、他の娘達も楽しむ為に泳ぐって言ってたから丁度良いと思うの」
「おいおいローラ、全員参加に決まってるじゃねえか。せっかくの水着が無駄になるだろ」
「それはそうだけど、やっぱり無理強いは良くないわ」
「ローラさんの言う事ももっともですが、ここはソラ様の意見に賛成ですよ」
「だろ?全員参加で決定で良いな?ダスクにウィリアム」
「ああ、まあ反対する理由は無いからな。それでいいか?ウィリアム」
「うむ、午前の鍛錬の後に早めに昼食を済ませ、少し休む時間を貰えれば問題無い」
「良かった。それじゃあ明日はそういう事でよろしくね」
「そうこなくっちゃな。明日が楽しみだぜ」
「うふふっ、わたしの水着を楽しみにしててね、ダスクくん」
悪戯っぽい表情でダスクを見詰めるサフィーラに、フローラルとソラリスは思わず自分の胸元へと視線を向けていたが、ダスクはそれには気付かずに、女性陣が購入した水着を思い出して困った顔をサフィーラに向けていた。
翌朝、雲一つ無く晴れたので泳ぎを楽しむには良い天候であったが、鍛錬が無い訳ではないのでそれに関しては良い条件とは言えないかも知れなかった。今日は湖畔を走るだけであったが、生徒達は汗だくになって戻ってくる。それでもこの後には休みをもらえるので、疲労感を感じさせつつも明るい笑みが顔に浮かんでいた。
「今日はこれで終わりだが、休みの意味を忘れるんじゃないぞ。
明日の朝に遊び疲れてだらけた態度を取ったら容赦なく減点させてもらうからな」
自分の言葉に頷いた生徒達の様子を見るアーノルドの顔は、あまり効果が窺えないので渋い表情を浮かべていたが、何も言わずにそのまま生徒達を解散させていた。
この後の予定を話しながらそれぞれの宿泊施設に戻って行く生徒の中で、昨日と同じくフローラルやソラリスを含めた女子生徒達が午後の予定を話し合っていた。ダスク達はそのまま足を止めずに二人を残して先に戻ると、すぐに汗を流して着替えを済ませる。少しして戻って来たフローラル達の着替えを待って早めの昼食を挽肉と野菜のソースをかけた穀物の麺とサラダという組み合わせのもので済ませて特製のお茶で一服すると、家事をするサフィーラと改めて休息の必要を感じていないダスク以外は時間まで仮眠を取る。ダスクは食堂でお茶を飲みながら、たまにサフィーラと会話をして時間を潰していた。
「そろそろかな?」
「そうですね。そろそろソラ様達を起こしてこなくちゃ」
「それじゃあ僕はウィリアムでも起こしてきます」
手分けして起こしに向かい、ダスクがウィリアムを伴って戻って来た時にはまだ女性陣は来ておらず、食堂で寝ていた黒炎を起こしてからお茶を淹れる為の湯を沸かしているところで、起きてから顔を洗って目を覚まそうとしたらしいフローラルとソラリスを伴ってサフィーラが戻ってくる。ダスクは全員にお茶を配ると、席に座ってお茶を飲む皆の様子を眺めた。
「ありがとう、ダスク。お茶を飲んだらスッキリしたわ」
「そうだな。寝起きの一杯は良く効くぜ」
「うむ、ようやく頭が覚醒したようだ」
「やっぱり、淹れたての熱々がサイコーだね」
寝ていた者達は完全に眠気が去ったらしく、スッキリとした顔で笑みを浮かべている。その様子を見ながら満足そうに頷いたダスクは、この後の予定がどうなっているのか聞いていなかったのでフローラルへと視線を向ける。
「そういえば、この後はどうするんだ?全員が着替えてから一緒に湖畔に移動すれば良い?」
「えっと、ダスク達は着替えたら先に行ってて。私達は後から行くから」
「わかった。それにしても、何かやる事でもあるなら手伝うけど?」
「大丈夫ですよ。女の子には色々と準備が必要なんですよね?ソラ様」
「まあそうだな。なんというか、心構え的なものとかだよな?ローラ」
「ええ、そうなのよ。だからダスク達は先に行ってて」
「良くわからないけど、了解。何か持っていく物があれば持っていくけど」
「それなら玄関の所に用意しておきましたからお願いしますね」
「わかりました。それじゃあ、さっさと着替えて行こうか、黒炎、ウィリアム」
「おっけ~。ボクは着替える必要はないから楽だけどね」
「うむ、心得た」
着替えに時間が掛からないダスク達は水着にシャツを羽織って玄関の荷物を持つと、湖へと移動して端の方の木陰の一つに場所を取って荷物を置いた。他にも木陰が出来ているが、同じく泳ぎに来たらしい生徒達がそれぞれ場所を取っていたので、すぐ近くの木陰ではなく少し歩かなくてはならなかった。荷物から敷物を取り出して座れる場所を作っていると、背後から近付いて来る数人分の足音が聞こえてきたので、フローラル達が来たのかと思って振り返る。
「こんにちは、ダスク君。ちょっと話しても大丈夫?」
「!?」
そこに居たのは、おそらくダスク達が水着を買った店と同じところで買ったと思われる色とりどりの水着を着た数人の女子生徒達であった。その水着はダスクが店で下着と勘違いした物と同じなので、慌てて視線を相手の顔へと集中させる。ウィリアムは平然と失礼にならない程度に視線を向けており、黒炎はダスクの内心の焦りが分かっているので楽しそうに尻尾を振っていた。
「か、構わないけど、話って?」
「あのね、昨日の縄を昇り降りするやつで、私達のチームメイトを助けてもらったお礼を言いに来たの」
「ああ、あの時の……怪我は無かった?」
「「助けてくれてありがとう」」
話をしている女子生徒の後ろに見覚えの有る娘が二人居るのに気が付いたダスクが声を掛けると、笑顔で頷いてお礼の言葉を返してきた。
「怪我が無くて良かったよ。それに、同じ学院の仲間なんだから助けるのは当たり前だ。
だから、もう気にしなくていいよ」
「ありがとう、貴方がそう言うならそうするわ。二人もそういう事でいいわね。
それはそうと、もし良かったら私達と一緒に泳がない?」
「え?それは……」
「ちょ~っと待ったっ!」
ダスクが何かを言いかけたところで、いつの間に来ていたのか、突然横から制止の言葉が掛けられる。その場の全員の視線が声の出所へと向けられると、そこには腕組みしながら仁王立ちしたソラリスの姿があった。その後ろには困ったような顔のフローラルと、片手を頬に当てていつもの笑顔が眩しいサフィーラがこちらを見ていた。ソラリスはいつもの三つ編みではなく頭上で馬の尻尾のように一本に纏めた髪型で小麦色の肌に朱色の水着が映えている。フローラルとサフィーラもそれぞれ若葉色と青色の水着が良く似合っており、三人共にダスク達と同じく肩からシャツを羽織っていた。
「ウチのチームメイトを勝手に勧誘するんじゃねえ」
「ただ一緒に泳ぎましょうって誘っただけじゃないの」
「そういうのはオレ達が居る時にしろってんだ」
何故か睨み合いを始めた女性陣にダスクが困惑していると、少し恥ずかしそうにシャツの裾を下に引いているフローラルが近付いて来て困ったような笑みを向けてくる。
「気にしなくていいわよ、ダスク。なんというか、女の意地?みたいなものだから」
「はあ、そういうものなのか」
良く分かっていない様子のダスクに苦笑しながら、今も睨み合いを続けているソラリス達の方へと視線を向けると、のんびりとした仕草でサフィーラがシャツを脱いでソラリスの隣へと並んだ。
「いいじゃないですか、みんなで一緒に遊べば。せっかくの休みなんですから仲良くしましょう」
そう言って胸を反らして立つサフィーラへと、その場の全員の視線が向けられるが、至近距離でその胸元を見せられた女子生徒達はハッとしてサフィーラ達の顔を見る。胸中で何事かについての戦力分析が敗北だったらしく、先頭の女子生徒は溜め息を吐くと表情を緩めた。
「残念だけど今回は諦めるわ。特にサフィーラさんには色々と敵いそうもないからね。
それじゃあ良い休日をお互い楽しみましょ。じゃあね、ダスク君。また今度教室で話しましょ」
そういい残すと、手を振りながら女子生徒達は自分達の取った木陰へと戻って行った。
「なんだったんだろうな」
「さあ?みんな一緒に遊べば良かったのにね。でも、この方がボクも話せるから助かるけど」
不思議そうな顔のダスクと黒炎に、残りのフローラル達はしょうがないなあという表情でダスク達らしいと思っていた。
全員が集まり、休憩で硬くなった身体の各所を動かしたり伸ばしたりと準備運動を済ませると、さっそく泳ごうと上に羽織っていたシャツを脱いで敷物に放る。益々女性陣の目のやり場が無くなってしまったので、ダスクは黒炎やウィリアムを促してさっさと湖へと向かおうとするが、一足遅く回り込まれてしまった。
「泳ぐ前に、オレ達に言う事があるんじゃないか?」
「そ、そうなのか?」
前に出てくるソラリスから視線を外したところにフローラルの恥ずかしそうな顔があったので、ダスクは思わず聞いてみる。
「え~っと、別に無理して言ってもらわなくても……」
「あらあら、駄目ですよローラさん。殿方は女性の服装を褒めるのが義務なのですから」
「そ、そうなんですか?サフィさん。それならしょうがないのかも……」
サフィーラに説得されたフローラルも一歩踏み出してダスクへと問い掛ける視線を向ける。いつの間にかサフィーラも近付いており、三人に囲まれたダスクは直視出来ずに目が泳いでいた。
「あははっ、水着を褒めてあげればいいだけだよ、ダスク」
黒炎の助言にハッとしたダスクは、鈍くなった頭を必死に働かせる。
「みんな良く似合ってるよ。それぞれ色の選択も間違っていなかったってわかった。
こ、これでいいだろっ、もう少し離れてくれっ」
焦るダスクの様子を楽しそうに眺めていたソラリスとサフィーラに加え、恥ずかしそうにしていたフローラルは、全員一緒の感想を少し不満に思いつつ、その言葉に笑顔を浮かべて少し距離をとる。それから黒炎やウィリアムにも感想を聞いた後、全員で泳ぎ始めた。
「泳ぐの上手いですね、サフィさん」
「ありがと、ダスクくん。
知ってると思うけど、わたし達の王都が海の側だったから結構泳ぎに行ってるのよ。
小さい頃には潜って貝とか獲りに行ってたしね」
「なるほど、それなら上手いのも当然ですね」
「そういうダスクくんはどこで泳ぎを?山奥で育ったって聞いたけど」
「たまに川魚を獲りに山一つ越えた渓流に行ったりしたので、その時に」
「魚を獲りに山一つって軽く言えるのが君らしいと言えばらしいわね……」
「身体が水に浮かないのは言ったと思いますが、逆に魚を獲るには便利でした」
「ぷっ、確かに便利そうね。もしかしたら鎧と一緒で君も重いのかもしれないわね」
「はぁ、人事だと思って笑わないで下さいよ」
溜め息を吐いているダスクの様子に、更に笑いを煽られるサフィーラであった。
それからダスクは休みとは思えない距離を泳ぎ、見かねたフローラル達に止められて水際で水遊びを皆でやったりしながら、高く照りつける太陽のおかげで暑い午後を楽しんでいた。さすがにダスクも途中からは水着姿の女性陣を気にする事無く接する事が出来るようになっていたが、あまり接近しないように気を付けているのが丸分かりだったので、たまにソラリスやサフィーラにからかわれていた。ダスクにお礼を言いに来た女子生徒達とは、ダスク達男性陣を交えないでフローラル達は水遊びをしていたので、喧嘩をしていたのかと勘違いしたダスクはそれを離れた場所から見て安堵するが、さっきはどういう展開だったのか分からずに不思議に思っていた。
陽が傾き始めたところで、何度目かの遠泳をしていたダスクは、周囲よりも低い位置に有る湖がどこに流れて行っているか気になって流れに乗って泳いでみると、湖が段々細くなっていった端が崖に開いている洞窟へと流れ込んでいるのに気が付いた。ちなみに反対側は、崖の上から流れ落ちる滝から川になって湖へと繋がっている。洞窟の先は轟々という水の音が聞こえて来るので、おそらくは滝になって落ちていると推測出来るので、早くなっていく流れに乗ってしまったら命の危険があるかもしれなかった。すぐに戻って皆にこっちには来ないように伝えようと考えたダスクが来た方向へ向き直って戻ろうとした時、背後の洞窟の奥から何かの音が聞こえて来たような気がして振り返る。
「……気のせいか?」
そのまま再び聞こえて来ないか待ってみるが、自分の言葉通りに気のせいだったのかもしれないと思い直したダスクは、もう後ろを気にせずに皆の所へと戻って行った。
ヴォォォォ
誰も居なくなったその場所に再び何かの音が聞こえてくるが、それを聞いている者は誰一人居なかった。
泳いで涼しく過ごせたダスク達は、陽が赤く染まり始めた頃に宿泊施設に戻って着替えると、今日はサフィーラにも休んでもらいたかったので、早めにサンドパンだけの夕食を特製のお茶で流し込むと、いつもより早い時間にベッドに入った。明日からほとんどの者が厳しいと感じている鍛錬が再開するので、充分に睡眠をとっておきたかったからである。ベッドに入ると水遊びの丁度良い疲労でそれほど待つ事も無く、皆が心地良い眠りへと引き込まれていった。
ダスクにとっては精神的に疲れる休みだったが、概ねの生徒達は心から楽しんだ休日であった。休みを挟んだ事で合宿が更に厳しくなっていけば、怪我や疲労で限界が来る者が出てくるかもしれない。ダスクが気になった洞窟の音は気のせいで済むかは誰にも分からないだろう。果たして、学院の生徒達は最後まで無事に合宿を終える事が出来るのだろうか。
楽しんで頂けたでしょうか。続きも早く読んで貰えるように頑張ります。




