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それは黒くて重かった  作者: D.K.B.Y.
第四章
27/45

合宿場に行く前から

お待たせしました。零時とかに投稿出来れば良いんですが、相変わらずの遅筆で申し訳ないです。

 夏の日差しに照らされて、街道の路面からは陽炎が立ち昇っており、そこを旅人や荷車が通るたびに熱で乾燥した土が埃となって舞っている。それでも周囲を囲む壁のない平野を吹き抜ける風のお陰で、蒸し暑くなる事も無いので、人々の顔には汗は浮いていても苦しそうな表情は浮かんでいなかった。たまに立ち止まって周囲を眺めると、蒼い空と草原の濃い緑が夏が来たと実感させてくれ、汗ばんだ肌を冷ませてくれる風が気持ち良く過ぎていく。その街道のある地点には、自然の強い生命力を感じる季節に、改めて心を(おど)らせながら足取り軽く早足で歩いている大きな人影と、その隣をついて歩く小振りな影があった。

「楽しそうだね、ダスク。ボクは毛皮が熱くてしんどいっていうのに」

「身体を動かすには良い季節だからな。

 まあ熱くなるのはしょうがないだろ、黒炎。黒っていうのは日差しで熱くなりやすいからな」

人影が普通の人間の数倍の大きさに見えるのは背中に背負った山盛りの荷物のせいで、その重さを全く感じさせないダスクの歩みは、すれ違う旅人達全員が驚きを隠せずに顔に出していたが、本人に特別な事をしている意識が無いので表情の変化が自分に原因があるとは思ってもいなかった。その(かたわ)らを歩く黒炎は暑さに舌を出しながら耳や尻尾を力無く垂らしており、平気そうな様子で諦めろという風に返答をするダスクを輝きが少々かげった紅い瞳で(うら)めしそうに見る。

「また水をかけてもらってもいいかな?さすがにボーっとしてきたよ」

「水場が近くに無いと水は貴重なんだけどな。まあしょうがないか、ちょっと待ってろよ」

 パシャパシャッ

「……ふぅ、気持ち良いな~。ありがと、ダスク」

「う~む、手拭いとかで日差しを遮ったりした方がいいのかな?」

「動きにくくなるし、カッコ悪いよ~」

「贅沢言うなよ。はぁ、出来るだけ僕達の影に入るようにすれば少しはマシかもな」

「自由に駆けれないのは残念だけど、そうするよ。早く日陰の多い場所にならないかな~」

水も余分に持って来てはいたが、この調子で使っているとさすがに足らなくなってきそうだなとダスクは思いつつ、再び同じ事を言われれば家族である黒炎の頼みだから使うんだろうなと内心思っていた。

 南に見えていた大河アヴァストの煌きから離れて次第に北上し始めた街道の周囲に木が見え始め、視線の先では林から森へと変わっていくのが遠めに見えてくる。天頂にあった太陽は既に傾いているので、ダスクと黒炎は疲労をあまり感じていなくても、チームには休憩が必要だと思ったので、遅めの昼食を摂ろうと前を行くチームメイトへ声を掛ける為に足を速める。

「お~い、ウィリアム。そろそろ一回休憩を入れた方が良いと思う。

 食事もちゃんと摂らないと体に悪いし、力も出ないからな」

その言葉に先頭を歩いていた人影が立ち止まり、それに合わせて続いていた二人分の人影も立ち止まる。先頭を歩いていたウィリアムは日()けに(かぶ)っていた外套のフードを跳ね上げると、チームメイト達の様子を眺めてダスクに同意するように頷く。

「うむ、確かにそうした方が良さそうだ。ローラ達に無理はさせられぬからな」

「……ふぅ、無理じゃないわ、と言いたいところだけど、休憩はありがたいわね、ソラ」

「……はぁ、結構きっついよな、ローラ。少しは鍛えられてると思ってたんだけどな~」

「ウィリアムも疲れている様に見えるし、私達が疲労を感じるのは普通よふ・つ・う。

 全身鎧姿で更に私達の荷物を持っていながら平気そうにしている誰かさんが特別なのよ」

「まあ、確かにそうだよな。規格外過ぎるぜ、まったく」

ウィリアムに続いて立ち止まった人影二人は同じく外套のフードを跳ね上げ、そんな事を言いながらダスクの方を呆れた顔で見る。頭の周りを覆っていたせいで風通しを悪くしていたフードが無くなって風が直接顔に当たってくるのを気持ち良さそうにしながら、フローラルとソラリスは荷物から取り出した手拭いを濡らして額や首筋に浮いた汗を拭っていく。二人は共に学院で鍛えていたが、ダスクは除外するとしても、さすがに男性と同じようにはいかずに顔には隠し切れない疲労が感じられた。

「何言ってるんだよ。みんなも僕と同じ位鍛えればこのくらい普通になるって」

「ダスクと同じ鍛錬したら死んじゃうわよ、私達」

「だな。ローラの言ってる事が正しい」

「むぅ、そうかなあ。やれば出来ると思うんだけど……」

首を捻るダスクを放っておいて、空腹の黒炎は一本の枝葉が広がって大きな日陰を作っている木の下へと避難する。それに続くフローラル達を追って歩くダスクは、周囲の景色に見覚えがある気がしていた。

「ここは確か……」

「前来た時もこのへんで休憩したよね。あの時にローラが用意したサンドパンは美味しかったな~」

味を思い出しているのか、目を閉じた黒炎の尻尾は機嫌良さそうに振られている。

「ふふっ、今日も作ってきたから遠慮しないで食べてね。荷物いいかしら?ダスク」

「うん。ちょっと待ってくれ……はい、この鞄だったよね」

「ありがと。それじゃあ並べちゃうから食べましょ」

「やった~。早く早くっ」

せかす黒炎に微笑みながら、フローラルは鞄の中から出した大きな敷き布の上にハーブを効かせた料理の入った容器を広げ、小さな取り皿等を並べる。黒炎の前にも多めによそった料理を置いてから全員揃っていただきますの言葉と共に昼食を始める。朝から長距離を進んだので全員が旺盛な食欲を発揮してあっという間に食べ尽くすのを、自分も食べながらフローラルは嬉しそうに眺めていた。いつもより早く食事を終えると、フローラル特製のお茶を飲みながら一服をする。

「はぁ~、おなか一杯になったな~。美味しかったよ、ローラ」

「ふふっ、ありがと、黒炎。そう言ってくれると作った甲斐があるわ」

「確かに美味(うま)かったな。くそ~、料理出来ないのはオレだけか?」

「これくらいならすぐ出来る様になるわよ、ソラ。良かったら、今度一緒に作りましょ」

「いいのか?ありがとな、ローラ」

そんな話をしている黒炎達を尻目に、ダスクはウィリアムに話し掛ける。

「距離で分けると町よりも先に進む事になるけど、最初の日から野宿するのか?」

「ふむ、悩むところであるな。

 後回しにしたとしても、疲労が蓄積しているであろう後半は更に厳しくなると予想出来る。

 そうなると、最初から予定より少ない距離で止まるのは避けたいところだな」

「確かにそうだな。

 その日の疲労はその日に出来るだけ抜きたいけど、後回しにしても限界以上の距離は進めないからな」

顔を突き合わせて悩むダスクとウィリアムの様子に気付き、黒炎達もチームの方針を決める会話に参加しようと顔を寄せてくる。

「何を悩んでいるの?」

「問題っていう訳じゃないんだけど、この先どうしようかなって」

「うむ。野営を避けて距離を諦めるか、後半の疲労を考えて距離を稼ぐかに悩んでおる」

「なるほどね。私は野宿ならした事もあるから大丈夫よ。

 先の事を考えると進んでおいた方が良いかもしれないし」

「オレは野宿ってのはやった事無いけど、別にベッドが無いと寝られない訳じゃないからな。

 チームの方針ならどっちでもいいぜ」

「ボクはまだまだダイジョブだよ」

「まだみんな大丈夫そうだな。どうする?ウィリアム」

「ふむ、とりあえず今日は距離を稼いでおくことにしよう。

 明日からは臨機応変に考えていくという事で良いかな?」

「それでいいと思う。私も出来るだけ頑張るわ」

「オレもそれでいいと思うぜ。もしもの時はダスクに担いで運んでもらえばいいからな~」

「あははっ、それでいいんじゃないかな~。一人分の体重が増えても平気だろうからね」

笑みを浮かべながら冗談半分に言うソラリスの言葉に、本気なのかからかっているのか分からない様子で黒炎が同意する。

「それくらいなら全然大丈夫だよ。ソラだけじゃなくてローラも駄目そうなら言ってくれ」

真顔で返してくるダスクに、ソラリスとフローラルは呆れつつ、少しホッとしたような表情になる。これから先の道のりに多少不安があった二人は、もしもの時に保険があるという事実が気持ちを軽くしてくれたらしかった。

 食事の後片付けをして出発した一行は、次第に木が増えて林から森になり、頭上を覆う枝葉で薄暗くなった街道を進む。以前襲撃があった場所なので、念の為各自で周囲を警戒しながら歩いていると、見覚えのある物を見付けたダスクは皆に少し待ってもらうように声を掛けてからそれに歩み寄る。それの前で軽く頭を下げる様子に興味を引かれた一行が近寄って見てみると、大きく盛られた土の上にザックリと割られた石が載せられて平らな断面には『安らかに眠れ』という風な言葉が荒く彫られていた。

「もしかして、あの時の馬のお墓?」

襲撃を警戒していた前回は見る余裕も無かったが、思っていたよりもシッカリとした造りの墓に驚いた顔でダスクの顔を見る。

「時間が無かったから適当な物になったけどね」

「そんなコトはないと思うけどね。ダスクは()り性だからな~」

黒炎の言葉にダスク以外は呆れた顔で同意の頷きをしつつ、ダスクに(なら)って墓に一礼をする。

「普段ならそこまで考えないんだけど、相手が馬でも僕達チームが関わった最初の犠牲だからな」

黒炎以外はその言葉に意表を突かれ、再び驚きの表情になってダスクへ視線を向ける。相手の身分を気にしない事は知っていたが、相手が何であれ命は重いモノだと考えているらしいと分かったからである。黒炎はダスクが故郷の村の安全の為や毛皮を取る為に魔狼を狩っている時や、野宿の為に食料用に兎等を狩る時にも命に対して敬意をもって狩りを行っていると知っていたので、それが普通だと思っていた。もっとも、悪魔族に関してはさすがのダスクも同じ様には考えられなかったが。

「時間とらせちゃったな。さあ、先を急ごうか」

その言葉に神妙な顔で頷いた一行は、足早に森を抜けると、速度を緩めずに歩き続け、予定通りの時間帯に宿場町へと辿り着いた。

 ここに来るまでに既に陽が落ちて暗くなっていたので、通りで黒炎と一緒でも夕食を食べられそうな店を見付けて食事を済ますと、休憩も程々にして先を急ぐ。町の出口で門番に心配されながらも急いでいる事を説明して通してもらい、周囲を警戒しながら街道を進む。荷物から出したランプの(あかり)に照らされた周囲は、光の届かない場所は建物が無いせいで真っ暗で何が出てくるか分からないので、山奥で育って灯りの無い夜にも慣れているダスクと黒炎以外は普段よりも慎重に歩を進める。少人数に加え若い人間だけなので、盗賊や野犬等の襲撃の報告がある夜間の街道は、運が悪ければ襲撃を受けかねないからである。

 北西に向かっていた街道がほとんど北向きに変わるあたりで川と交わっている場所があったので、水場が側に有ると野営に便利である事と皆の疲労を考えて今日はこの辺で止まる事に決めた。不寝番は最初にウィリアムが行い、その後は仮眠を取ったダスクが引き継ぐ事にする。フローラルとソラリスには翌日の事も考えてすぐに寝てもらおうとするが、汗を流して着替えたいと強く主張されたので、少し離れた場所で黒炎が周囲の気配を探っている間に手早く済ませてもらった。それから朝まで警戒していたが、何も襲撃らしいものは無く、眠りの浅かった者は居なかったので疲労もほとんど抜く事が出来たようである。川の水で顔を洗ってサッパリした後、簡単な朝食を作って食べて水も補充した一行は、朝の涼しい時間帯に距離を稼げるように早めに出発した。


 そこから数日、何かの襲撃にさらされる事も無く、ダスク達は順調に合宿場への道のりを消化していった。途中で他のチームに会う事は無かったが、ほとんどが貴族なので街道沿いの町で区切って宿を利用しているらしく、進む速度がバラバラだったせいかもしれなかった。そうすると疲労も抜け難くなりそうだったので、ダスクとウィリアムは毎日同じ位の距離を進めるように計画していたのである。


 一週間という期限の前日になった今日は朝から曇っているおかげで前日までより涼しく、ダスクや黒炎はそうでもないが、皆の疲労が多少溜まっていても先を急いで早足で進んでいた。この調子で行けば予定通り明日には合宿場に到着できるので、表情に疲れが現れていても顔には笑みが浮かんでいた。順調に距離を稼いで昼食を済ませた一行は、少しずつ登りになりながら林から森へと続く街道を進んでいたが、陽が傾いてきたところで一旦休憩を入れる事にする。

「このままいけば、予定通り明日には着けそうだな」

「うむ、意外と何も無かったからな」

「ボク達のコトだから、何かあるかと思ったけどね~」

「まだわからないわよ?最後まで油断しない方が良いと思う」

「あははっ、ローラの言う通りだな。オレもそう思うぜ」

「本当に何か起きたら、笑い事じゃないって……」

そんな風に笑い声を(まじ)えた会話をしているうちに気分転換も出来たので、フローラル特製の疲労回復効果の有るお茶と合わせて皆は身体が軽くなったのを感じていた。

 一服終えて再び歩き出した一行は、間もなく深い森の中へと続く街道へと差し掛かる。頭上は枝葉に覆われているので薄暗く、隙間から漏れる傾いた太陽からの光は少なかったが、周囲はまだランプを取り出す程でもないので足を止めずに先を急ぐ。次第に赤みを帯びてくる陽光に、そろそろ灯りを用意した方が良いかと思い始めたところで、黒炎が立ち止まって目を閉じながら何かを聞こうとしている様に耳を動かしているのにダスクは気が付いた。

「どうしたんだ?黒炎」

「……何かが聞こえたんだ。それに、これは血の臭い?」

一拍置いて黒炎が呟いた言葉に、ダスクは兜の中の顔を引き締める。

「何が起きてるかわかるか?それと、方角は?」

短く問い掛けるダスクに、そのまま少し探っていた黒炎は街道から森を少し東へと逸れた方向へと顔を向ける。それに頷いたダスクは少しも迷うそぶりを見せず、背負っていた荷物を地面に下ろしてその方向へと駆け出す。

「みんなに説明して、ここで待っててもらってくれっ」

走りながらそれだけ言うと、返事を待たずに皆を残して森の奥へと向かう。その後ろでは、フローラル達が突然の行動に驚いた顔でダスクの背中が見えなくなるまで見送っていた。

 駆け出して少しすると、ダスクにも進行方向から何者かの悲鳴と、複数の動物の(うな)り声が聞こえて来るのが分かった。まだ手遅れになっていないと希望を持てたダスクは、更に速度を上げて落ち葉を舞い上げながら最短距離を突っ切る。前方に夕陽に照らされて明るくなっている場所が見えてきて、そこに速度を緩めずに飛び込むと、そこは森の中にぽっかりとひらけた広場の様な場所になっていた。

 ザザザザッ

足で地面を擦る様にワザと音を立てて立ち止まると、その場に居る全ての生き物の視線がダスクへと集中する。

 グルルルッ

最初に行動したのはやはり狩りを行っていた野犬達の方で、危険度の高そうなダスクの方へと向き直って威嚇(いかく)の唸り声を上げながら包囲する様に動き始める。思惑通りに行動し始めた野犬を意識しつつ、獲物になっていた何者かへ視線を向けると、そこには一本だけ周囲の木々とは樹齢の桁が違いそうな大木を背に、震えながらしゃがみ込む姿が有った。所々に血の滲む傷があるようだが、致命的な怪我はまだ受けていないようなので内心ホッとしつつ、自分より少し下の少年がその手に持っている木の枝だけで野犬達から身を守っていた事に感心していた。動きを見せないダスクの様子に、攻撃をしても大丈夫だと判断した群れのリーダーの合図で一斉に、だが時間差をつけて対処し難くくなる様に襲ってくる。

「あっ!?」

助けが来たと表情を少し明るくしていた少年だったが、何もせずに野犬達に(むら)がられてしまったダスクの様子に、驚きの声と共に失望で全身の力が抜けてしまう。助けに行く事も、見捨てて逃げる事も出来ずにその場で眺めているうちに、何かがオカシイと思い始める。身体のあちらこちらを咬み付かれていながら、全く揺らぐ事無く大木の様にドッシリと立っていたからだ。

 ブワッ

見た目は何も変わっていなかったが、少年はダスクの姿が一瞬大きくなったと思うと同時に圧力の様なモノを感じ、咬み付いていた野犬達が一斉に押されるように離れると、距離を取って(おび)えた(ふう)に尻尾を丸めるのを驚きの表情で見ていた。

 ワォゥ

先程まで襲われていた少年が思うのも少し変だと自らも思ったのか、その格好悪くて弱々しい様子を見ながら複雑な顔のまま笑みを浮かべたので、少年の顔はチグハグな表情になる。その一声が撤退の合図だったのか、野犬達は少年には目もくれずに森の奥へと駆けて行った。

 ひとまず危険が去ったので、ダスクが少年の方へと近付いて行くと、その顔には安堵よりも不安の表情が強く浮かんでいた。どうしてだろうと少し考えてみると、登場してから未だに一言も言葉を発していないし、初めて見た人なら警戒しそうな物々しい格好なのだと気が付いた。

「大丈夫かい?間に合って良かったよ」

そう言いながら兜を脱いで笑みを浮かべると、そこでやっと安心したのか、目に涙を浮かべつつダスクへと笑顔を返してくる。

「グスッ……助けてくれてありがとう。僕、もう駄目かと思ったよ」

「それにしても、こんな所に一人かい?連れの人とかは?」

「一人だよ。父ちゃんが病気で、町まで薬を買いに行ってきたんだ……痛っ」

会話をして落ち着いてきたのか、少年が立ち上がろうとするが、片方の足に体重を掛けた瞬間、痛みに声を漏らして再びしゃがみ込んでしまう。

「どこか痛めたのか?ごめん、まず先に傷の治療が先だったな」

駆け寄ったダスクが怪我の具合を確かめようとしたところで、背後の森から複数の足音が聞こえてきたので警戒しながら振り向くと、暗がりから夕焼けの赤に染められた広場に飛び出してきたのは、先程の場所で待っていると思っていたチームメイト達であった。

「大丈夫だった?ダスク。怪我とかしてないわよね?」

「結局何があったんだ?ダスク。オレ達をほったらかして、さっさと行っちまいやがって」

「ごめん、ごめん。僕は大丈夫だったから、落ち着いてくれ」

現れた途端に駆け寄ってきたフローラルとソラリスの剣幕に、ダスクは両手の平を二人に向けて制止しつつ謝っていると、その後ろからゆっくりと近付いてくる黒炎とウィリアムの姿に気が付いた。

「待っててもらってくれって言っただろ、黒炎」

「そう言ったんだけどね。二人が心配するから、不穏な気配が落ち着いたところで一緒に来たんだよ」

「うむ、余も大丈夫だろうと言ったんだがな。二人は聞いてくれなかったのだ」

「そっか、心配掛けちゃってごめん」

申し訳なさそうな顔になるダスクに、急速に気持ちを沈静化された二人はバツの悪い顔を見合わせる。

「えぇっと、いいのいいの、ね?ソラ」

「あ?ああ、そうそう、ローラの言う通りだぜ」

ガラリと態度を変えた二人に、ダスクは不思議そうな顔になるが、すぐに少年の存在を思い出す。

「そうだ、ローラに傷の手当てをして欲しいんだけど」

「えっ、怪我してたの?だったら早く言ってよね」

そう言って駆け寄ってきたフローラルに首を横に振ったダスクは、少年がフローラルの視界に入るように身体をどかす。見知らぬ人物の登場にキョトンとしていたフローラルであったが、少年が傷だらけで深い傷は無くても出血が目立つのに気が付くと、慌てて少年へと近付き傍らにしゃがんで怪我の具合を診始める。(さいわ)いにして深刻な傷は無かったようなので、傷口を水筒の水で洗って消毒を済ませると、綺麗な包帯で身体中をグルグル巻きにしていった。

「ありがとう、お姉ちゃん」

治療中に少年の事情を聞いた一行は、少年の相手はフローラルに任せて一歩退き、これからどうするかを相談する事にした。

「ふむ、少年の事情を考慮するならば、我らの取れる方策も限られてくると思うのだが」

「そうだな。僕達の事情も加えれば相当限られるな」

「そうなんだ?そこまでわかってるならそれでいいんじゃないかな~」

「適当だな~、黒炎は。とりあえず、オレにもわかるように教えてくれよ」

ダスクとウィリアムは短時間視線を交わすと、一つ頷いたダスクが口を開く。

「そんなに難しい事じゃないよ。僕が背負って全力であの子の家まで走るだけだ。

 みんなには先に進んでもらっておけば、期限までに間に合うと思う」

「うむ、それが一番建設的な方策であるな」

「でも、それだとダスクが大変なんじゃないか?」

「大丈夫だよ。悪いけど、みんなには自分で荷物を持ってもらう事になるけど」

「なるほどね~。ところで、ボクはダスクと一緒に行ってもいいの?」

「いや、黒炎にはみんなと一緒に行ってもらって、何かあった時には助けてあげてくれ。

 それに、一人の方が何も考えずに全力を出せるからな」

「そっか、確かにホントの全力は出せてないもんね」

それを聞いたウィリアム達は、あれでも全力が出ていないのかと驚きと呆れの混じった表情になる。

 特に反対意見も無い様なので、方針はそれを採用する事になった。フローラルの治療が終わった少年にそれを伝えると、申し訳なさそうな顔をしつつも、父親の事が心配だったらしくすぐに嬉しそうな顔に変わる。荷物はここに来る前に下ろして各自で持っていたので、ウィリアムが持ってきてくれた自分の荷物を受け取ったダスクは、少年が落ちない様にシッカリと荷物ごとロープで背中に固定する。身体を少し動かして具合を確かめているダスクに、心配そうな顔でフローラルが近寄ってくる。

「気を付けてね、ダスク」

「大丈夫だよ、ローラ。戦う訳じゃなくて、ただこの子の家まで送り届けるだけなんだから」

「そうだけど、貴方はいつも無茶ばっかりするから」

「大げさだなぁ。全然そんな事は無いって」

見解の相違というやつではあるが、待つ方が心配する事になるのは変わらないようである。既に合宿場までの道のりを覚えてしまったウィリアムから地図を受け取ったダスクは、笑顔で手を振り兜をかぶり直すと、少年の家が有る村に向けて駆け出し、あっという間に見送る黒炎達の視界から消えてしまった。


 ザザザザッ

飛ぶように山道を駆け登っていくダスクの背中では、固定されて簡単には落ちそうも無かったが、少年が目を丸くして必死に背中にしがみついていた。それでも次第に慣れてきたようで、流れるように過ぎていく景色に、まるで自分が飛んでいるかのように感じて笑顔になる。

「すごいや、お兄ちゃん」

少年は思わず呟いていたが、返事を求めるものでは無かったので、ダスクは兜のなかで笑みを浮かべ、更に速度を上げていく。度々立ち止まって少年と方向修正しながら進んでいるうちに、陽は完全に沈んで周囲は夜の闇に閉ざされる。荷物から取り出したランプに火を(とも)して走り続け、何度目かの少年の為の休憩を取った後にその光景は唐突に現れた。

「むぅ、これはちょっと難しいか……」

そう呟いて難しい顔になったダスクの視線の先では、左右と前方に割合はだいぶ異なるが幅広く木々が無いので朝から曇っている空が見えている。そんな顔になってしまった理由は、ダスクの足の先からすぐの所から切り立った谷になっており、向こう側に渡るにはとてもダスクの重さを支えられそうに無い貧弱な造りの吊り橋一つだけだったからである。さすがのダスクでも、跳躍で越えるには少し(●●)距離があるので他に何か方法が無いか考え始める。

「もう少し向こう側と近い場所って無いかな?下りて谷底を渡れる場所でもいいけど」

「下りれる場所はすごく遠いよ。ここより近い場所なら、ちょっと行ったとこにあるけど」

「そっか、それならそこに案内してくれるかい?」

「うん、わかった」

背中から少年が案内する方へと歩いていくと、間もなくその場所へと辿り着く。そこは確かに先程の場所よりも向こう側が近くなっているが、それは崖がこちらへと張り出しているからであり、足元に不安があるから吊り橋をここには作らなかったのだと推測出来た。しかし、それを確認したダスクは一つ頷くと、崖から下がって距離を取り、屈伸等で身体を解し始める。

「どうするの?お兄ちゃん」

「しっかりつかまってろよ」

「え?……うわっ!?」

どういう事か少年が理解する前に駆け出したダスクは、短時間で高速に達するとそのまま崖へと一直線に向かっていく。

 ドンッ

その手前で恐怖に目をつぶった少年は、大きな衝撃と共に身体が浮かび上がるのを感じていた。視界を閉じている少年にとっては長時間に感じていたが、実際には短時間で反対側の崖の上に着地する。思っていたよりも着地の衝撃が少なかった事を疑問に思った少年が目を開くと、そこは確かに反対側の崖の上であった。

「すごいよっ、お兄ちゃ……」

 ビシッ

少年の言葉を遮るように不吉な音が辺りに響いた直後、地面のあちらこちらに亀裂が入ると同時に崩落を始める。

「くっ」

間髪容れずに駆け出したダスクは、落ちる寸前の地面を足場に前方の森に向かう。もう少しで辿り着くと思った少年の顔が安堵の表情に変わった瞬間、最後に広範囲に崩れ始め、もう駄目だと泣きそうな顔でギュッと目を閉じる。あと一歩が足りなそうに見えたが、ダスクは慌てる事も無く跳躍すると、腰の後ろに固定していた大剣を抜いて前方の崖に突き立てた。長大な造りの半分以上も崖に突き刺さった大剣は軽々とダスク達を支えてくれたので、なんとか崖の上に身体を引き上げる事に成功する。落ちていかない事に恐る恐る目を開いた少年は、自分が無事だった事を喜ぶと共に、無茶をするダスクについ一言言いたくなったようであった。

「こ、怖かった。ホントにムチャクチャするよね、お兄ちゃんは……」

「むぅ、ごめん」

内心では無茶とも思っていなかったが、素直に少年に謝ったダスクは、少し休憩を入れる。自分は大丈夫だが、今の出来事で少年の消耗が限界になったと判断したからだ。予備の干し肉でとりあえずの栄養補給を行い水筒から水分も補給すると、少し長めに休憩を取ってから再び走り始めた。

 予想よりも時間が掛かり、その村が見えてきた頃には既に最終日の朝日が昇っており、足元は見やすく進み易かったが、戻って皆と合流するのが難しそうになってきたので、昨日とは違って空は晴れていたがダスクは顔を曇らせていた。背中で寝ていた少年を起こし、家まで案内させて来訪を告げると、勢い良く扉が開いて少年の祖父らしき人物が飛び出てくる。ダスクの背中の少年の顔を確認すると同時に怒り出した少年の祖父を(なだ)めて事情を話すと、怒りながらも孫の勇気を嬉しく思っているのが分かって、ダスクは心が暖かくなるのを感じた。

「孫を助けてくれてありがとう。礼がしたいのじゃが、家に寄っていってくれぬかの」

「お礼なんて要りませんよ。それよりも、時間が無いのでもう行かないと」

「時間?どこかに行くのかな」

「はい。今日の日没までにこの場所に行かないといけないんです」

そう言ってダスクは地図を取り出すと、少年の祖父へ見せて指し示す。

「ふむ、ここか……という事は、キミは学院の生徒なのだな。今年もその季節が来たのか」

「知っているんですか?」

「うむ、ここからだと地図の直線距離では近いのじゃ……この辺りがこの村がある場所だからの」

「なるほど。戻るよりも、こっちに向かった方が早そうですね」

村の位置からだと戻るよりも、ここから北上した方が近いのが分かってダスクは安堵するが、その表情を見た少年の祖父は難しい顔で首を横に振る。

「やめておいた方が良いと思うぞ」

「どうしてですか?こっちから行けば日没までには辿り着けそうですが」

不思議そうな顔になるダスクであったが、少年の祖父は表情を変える事も無く説明してくれる。

「距離的にはな。だが、この場所、合宿場が有る場所の手前は急な斜面になっておるのじゃ。

 ここから北上する道は下っていかないのでな。ここを下るのはその装備では危険過ぎる」

「それくらいなら大丈夫ですよ。それでは急ぎますので。教えてくれてありがとうございます」

「待たんか。危険じゃと言っておるのだ」

「大丈夫だよ、爺ちゃん。このお兄ちゃんはスッゴイから」

「じゃが……」

「安心して下さい。本当に大丈夫ですから。それより、薬が間に合って良かった」

「うん、ありがとう。またいつか遊びに来てね」

「うん、その時はよろしくな。それでは失礼します」

「良く分からんが、その言葉を信じる事にしよう。孫と、間接的に息子も救ってくれて感謝するぞ」

頭を下げる少年の祖父に頷き、少年に手を振ると、ダスクは村を出て北へと走り出す。登ったり下ったりを繰り返しているうちに、太陽は頭上を過ぎて傾き始め、少年の祖父が言っていた斜面の下方に森に囲まれた湖やその周囲に間隔をおいて立ち並ぶ建物らしき物が見える頃には陽の光が赤く染まり始めていた。

「なるほど。確かにこれは大変そうだ」

斜面を見下ろすと、所々に岩が飛び出ており、一度足を滑らせれば止まる事も出来ずにまっさかさまにそれらに激突してしまいそうな角度であった。既に少年とは別れているので、危険な場所であっても何も不安を感じていないダスクは、身体を軽く動かして調子を確かめると、少しも躊躇する事無く斜面へと飛び出す。

 ザザザザッ

斜面を滑りながら岩を身軽に避けている姿は、とても全身鎧を身に付けている様には見えず、まるで野生の鹿の様である。次第に速度が上がっても、これならすぐに皆と合流できると、ダスクは兜の中で笑みを浮かべていた。


 夕陽に照らされて輝く湖や、宿泊施設らしき建物群とは少し離れた場所で、自分達の通ってきた道の方を心配そうな顔で見つつ、時折夕陽の位置を確かめている者達が居た。

「間に合うわよね?」

「ダイジョブだよ。なんたってダスクなんだからね」

「根拠は無いんだが、黒炎がそう言うと何故か正しく思えるんだよな」

「うむ、余も同意だが、よく考えたらあの少年の村がどこに有るかを聞いていなかったな」

「そうなのよね。いったいどこまで行ったのかわからないから余計に心配なのよ」

「確かにそうだよな。オレ達全員がちょっと抜けてたぜ」

「あははっ、そうだね。でも、ダスクがダイジョブって言ってたんだから絶対間に合うよ」

「ふふっ、そうね、私達も仲間を信じなきゃ駄目よね」

「だな、オレも信じるぜ」

「うむ、必ず間に合うと信じて待つとしよう」

そのまま全員が同じ方向を見ながら無言で待ち続けるが、視線の先の光景には何も変化が起きず、無情にも太陽が沈み始めてしまう。

 ピクッ

その時、何かが聞こえたのか黒炎の耳が動いて聞こえて来た方向を探り、最終的に今居る場所の南側の山の斜面を見上げる。その様子に気が付いたフローラル達も同じ様に斜面を見上げると、土煙を上げて落ちてくる何かが視界に入ってくる。

「落石かしら?危ないから下がっておいた方がいいんじゃない?」

「結構勢いがあるからな、オレもローラの意見に賛成だぜ」

「うむ、斜面から距離が有るとはいえ、念の為下がっておくのが良いだろう」

そう言って下がろうとするフローラル達であったが、黒炎が下がろうとせずにジッと落ちてくる物を見続けているのに気が付いて不思議そうな顔になる。

「何か気になるの?そうだとしても、少し下がっておいた方がいいわよ、黒炎」

「ん?多分ダイジョブだよ。だって、あれはボク達が待ってた相手なんだし」

「え?待ってた相手って……ま、まさかっ!?」

黒炎の言葉を理解して一様に驚きの表情になると、バッという表現そのままに勢い良く斜面へと視線を向ける。目を凝らして良く見ると、土煙の先頭に見慣れた黒い鎧姿が有り、素早く障害物を避けながら物凄い速さで駆け下りてくるのが分かった。

「な、なんであんなとこから……」

呆気にとられてそれしか言えないフローラル達であったが、黒炎は嬉しそうに瞳を輝かせ尻尾もブンブンと振る。

「村があっちの方にあったんだよ、きっと。それよりも、間に合って良かったね~」

無言で顔を見合わせるフローラル達であったが、言うだけ無駄だと思い苦笑すると、ダスクを迎えようと斜面を見上げた。

「「あっ」」

全員揃って声を上げた理由は、皆が自分に気が付いて見ているのが分かったダスクは一瞬だけ油断したらしく、脆い場所を足場にしてしまい体勢を崩してしまったからである。

「うわぁぁぁぁぁっ」

先程までの勢いのままゴロゴロと斜面を転がってきたダスクは、途中のジャンプ台の様な形に張り出している岩へと乗り上げ、皆の見ている前で高々と飛び上がると、そのまま地面へと激突してしまった。

 ズズゥゥゥゥン

その場に居た全員が地面が揺れるのを確かに感じ、最悪の想像が頭をよぎるが、黒炎だけは違ったらしく軽い足取りで土煙の上がる落下地点へと近付いて覗き込む。

「……ぷっ、あははっ、すっごくめり込んでるよっ」

突然笑い出した黒炎に、動けなくなっていたフローラル達は厳しい顔で落下地点へと駆け寄る。

「笑ってる場合じゃないでしょ!?こ、こういう時はどうしたらいいのかしら?」

「お、落ち着けって、ローラ。教師か誰か呼んで来た方がいいんじゃないか?」

「うむ、さすがにこれはマズイぞ」

慌てるフローラル達へ、黒炎は不思議そうに首を捻りつつ視線を向ける。

「みんなどうしちゃったの?」

「どうしちゃったのって、ダスクがっ!」

「あいたた、ちょっと失敗しちゃったよ……ふぅ、お待たせ。なんとか間に合って良かった」

落下地点の土煙が晴れて、そこに出来た人型の穴(!?)から這い出てきたダスクが軽い調子で言いながら、首や肩を回して身体の具合を確かめ始める。それを呆然と眺めるフローラル達は、内心で同じ事を思っていた。

『ダスク恐るべしっ』

軽い打ち身くらいだったので治療は行わずに教師の所へ揃った事を報告したダスク達は、合宿場の手前の広場でチームごとにまとまって休憩を取っている同級生達と同じ様に広場の一角に座った。間に合わなかった者は居なかったようで、合宿参加者全員が揃っていたが、宿泊施設に入らずにこの場所で待機している理由が分からず、ダスクは不思議そうな顔を先に来ていたチームメイトへと向ける。

「どうしてみんなここに待機しているんだ?」

「私達もわからないわ。とりあえず、ここで待機していろって先生に言われたの」

「うむ、他のチームの者も聞いておらんようだ」

「ったく、早く汗を流したいぜ。久しぶりのベッドにも横になりたいしな」

「そっか、まだ何かやる事があるのかもしれないな」

「うへ~、それが本当だったら、この学院は容赦が無いぜ」

「とにかく、先生達からの話を待ちましょ」

その言葉に、周囲に人が多いので念の為に言葉を出さずに頷く黒炎に同意して皆も頷き合う。この後も何かやらなければならない事が有るのかと思いつつ、ダスクはさすがに今日は疲れたから勘弁して欲しいと、珍しく思っていた。


 来るだけでも大変だったこの一週間だったので、今日だけは休みたいと思うダスクであったが、未だに宿泊施設に入る事が出来ずに待機させられて、珍しく鍛錬よりも休息を欲していた。果たしてこの後にも何かが計画されているのか、合宿の内容は秘密にされているので、生徒達は誰一人として知っている者は居なかった。

楽しんで頂けたでしょうか。続きも早く読んで貰えるように頑張ります。

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