夏の強化合宿が始まる
なかなか予定通りにはいかないものですね。私に良い話を良いペースで書ける力を下さい……なんて願ってしまう今日この頃です。
王都を照らす太陽は高く、港に面した大河アヴァストは照り返しで眩しいくらいに輝き、王都を一歩出れば周囲は濃さを増した緑のおかげで目に優しい景色を見る事が出来る。王都の外は風の通りが良くて過ごし易いが、城壁に囲まれ建物の多い街中ではすぐに汗ばむほどで、王都で生活する人々は季節がいよいよ夏に入ったと実感していた。
「あっついな~。日陰なのに空気の流れが悪いからキツイね」
「ふふっ、貴方は立派な毛皮もあるからね、黒炎」
「ちぇっ、ローラはいいよね。暑くなったら涼しそうな格好になればいいんだからさ」
午前の授業が終わって昼休みになり、オルフィエルド学院の校舎内の廊下をいつも休憩をとっている場所へと向かって歩きながら雑談をしている十代半ば位の生徒達とその同行者が居た。黒炎と呼ばれたのは、ピンと立った三角の耳と狐の様に大きな尻尾を持つ艶やかな黒色の毛皮の四足の獣で、最も特徴的なルビーの様に紅く輝く瞳を羨ましそうな様子で傍らを歩く女生徒に向け、暑さに舌を出しながら耳や尻尾を力無く垂らしている。その黒炎に愛称のローラの方で呼ばれた女生徒の名前はフローラル・グリーンといい、肩までの栗色の髪と明るい翠の瞳の可愛いというよりは美人顔の少女で、小柄で少し控えめな身体に学院の女生徒用の制服が良く似合っていた。大人しそうに見える外見とは逆の勝気な性格が特徴で、専門の関係から微かに薬草の良い香りが感じられる。栗色の髪は全部を短くしてある訳ではなく、両側の耳の前に一房ずつ腰に届く位の長さの髪が垂らされてワンポイントになっていた。先日夏服に衣替えした学院の制服は、男女共に薄手の白いシャツに学院の紋章をあしらったネクタイを締め、下は黒を基調とした軍服に似た意匠は変わらないが薄手の生地で作られた、男子はズボン、女子はスカートを着用している。
「ローラが元気になって良かったな、ウィリアム」
「うむ、余も安心した。おぬしが間に合って良かったぞ、ダスクよ」
数歩下がった後ろを歩きながら、黒炎とフローラルが以前と同様に会話を楽しむ様子を眺めている二人の男子学生が居た。ダスクと呼ばれた生徒の名前はダスク・ウォールといい、ボサボサの黒髪と優しそうな黒瞳の平均的な体格の身体に学院の制服を着た少年で、くすんだ黒色の全身鎧と同素材の巨大な盾と大剣を纏って軽々動けるツワモノである。そのダスクにウィリアムと呼ばれた生徒の名前はウィリアム・トーラスといい、整えられた茶色の髪と勝気そうな茶瞳以外はダスクとそっくりな容姿の少年で、実習時には要所要所を覆う銀色の鎧を身に着け、腰に長剣を佩いている。貴族ではあるが、身分にとらわれず話を聞いて協力出来る寛容さを持っている、実習時のチームのリーダーである。
「オレ達の国の厄介事に巻き込んじまって申し訳なかったな」
「ソラ達のせいじゃないだろ?それに同盟を結んだ影響なんだから、みんなの問題だよ」
「ありがとうございます、ダスクくん。そう言って貰えるとわたしも姫様も気持ちが軽くなります」
「あんまり気にしないで下さい。そうじゃないとローラも気にすると思いますよ、サフィさん。
それと、姫にもよろしく伝えておいて下さい……どうかしたのか?ソラ」
「へ?いや、何でもないって、気にすんな」
姫という言葉に露骨に反応していた、愛称のソラの方で呼ばれていた生徒の名前はソラリス・シールといい、透き通る様な輝きを見せる腰まで届く銀髪を三つ編みにして背中に垂らした中性的で美しい容姿の人物で、小麦色の肌と小柄で細身の身体には、ダスクと同じ学院の男子生徒用の制服を着用しており、益々その中性的な容姿を際立たせている。実習時には橙色に染めた革製の胸当てや籠手を身に付け、精緻な模様が施された黄金色の弓で遠隔攻撃を担当する。一番印象的な力強さを感じさせる金の瞳をダスクに向けながら、慌てたように首を横に振っている。そして同じく愛称のサフィの方で呼ばれた人物の名前はサフィーラ・ロングといい、肩でそろえた綺麗な銀髪と夏の海の様に輝く碧瞳を持つ可愛らしい顔をした二十歳くらいの女性で、小麦色の肌とダスクと同じ位の背丈のメリハリのある女性的な身体に紺色のエプロンドレスと頭にホワイトブリムをきっちり着込んだいわゆるメイドさんである。
先日、というか既に二週間位経っているが、ここオブゼルヴ王国と隣国ハンフロージェン王国の同盟締結に際して起きた事件にミッションとして関係する事になったダスク達であったが、黒幕を捕まえる前にちょっとした事からフローラルを誘拐されてしまい、助けるまでに怖い目にあわせてしまったので、数日の間は年配の男性の姿を見るだけでその時の事を思い出して動けなくなってしまっていた。その気配を敏感に感じ取った黒炎が可能な限り傍らに寄り添って会話をする事で、ここ最近は克服出来始めているようである。ダスク達も思い出させないように気を付けながら普段通りに接して気分転換になるようにしていたが、天性の明るく素直な性格の影響力にはかなわなかったらしい。
校舎から抜けてダスク達の住む我が家へ入った一行は、ダスクとサフィーラの作ったパンとサラダとスープの昼食を食べてから、フローラル特製のお茶を飲んで一服する。
「そういえば、来週から強化合宿があるみたいね」
「そうみたいだけど、どこでやるんだろう?」
「うむ、王都の西門から出て街道沿いに進んだ所に有る施設らしい。
前にミッションで行った宿場町の更に先だな。
そこで二週間合宿を行い、訓練漬けの日々を送るようだ」
「へ~、面白そうだな。オレも行けるなら行きたいが、どうなんだ?サフィ」
「う~ん、難しいけどどうにかしますよ、ソラ様。
……接触してくる人間は欲ボケで鈍いし、あの程度なら身替りをたてれば……」
「そっか、さすがはサフィだな、頼りになるぜ」
あまり聞いてはいけないような事を呟いているサフィーラに、ダスク達は頬に一筋の汗を流すが、ソラリスが嬉しそうにしているのを見て見なかった事にしておこうと頷き合う。
「準備の事もあって今週はミッションが無いみたいだから、週末に必要な物でも買いに行かない?」
「買い物か、いいね~。みんなで美味しい物でも食べに行こうよ」
「ふふっ、ちゃんと買い物してからね、黒炎」
「もちろんっ」
フローラルと話しながら瞳を輝かせて嬉しそうに尻尾を振っている黒炎を優しい表情で眺めているサフィーラに、ダスクは笑みを浮かべながら声を掛ける。
「この面子で出掛けるのも珍しいから、たまには良いかもしれないですね、サフィさん」
「わたしも一緒に行っていいのかしら?」
「当然ですよ。学校行事じゃなくて友人同士で買い物に行くだけですから」
「うふふっ、ありがとう、ダスクくん。お言葉に甘えさせてもらうわね」
「まったく、ダスクの言う事は聞くんだもんな。オレがいくら言っても聞かないくせにな」
口を尖らせて拗ねたように言うソラリスに、ダスクは不思議そうな顔でサフィーラを見る。
「あら、当たり前じゃないですか。仕えるべき相手に言われても、なかなか難しいですよ。
ダスクくんみたいなソラ様の友人から間接的に言われれば、わたしも聞きやすいですからね」
「そういうもんですか。色々大変なんですね、サフィさん」
「ちぇっ、話半分に聞いておけよ、ダスク。こいつはこうやってオレらの反応を楽しんでやがるんだ」
「うふふっ、どうでしょうか」
確認するような表情を向けるダスクに、いつも変わらぬ微笑のままサフィーラはウィンクをしてくる。非難しているような事を言っているソラリスであったが、目は笑っており、このやり取りを楽しんでいるようである。なんと言っていてもソラリスとサフィーラは仲の良い姉妹の様で、近くにいるダスクもそれが感じられて会話を楽しむ事が出来た。
それから週末まで、手持ちの物が有って買う必要の無い物をまとめて合宿用の荷物を作ったダスクは、日課の鍛錬を行いつつ、長く王都を空けるのでその代わりに鍛冶屋の仕事を増やしてもらい学院の授業が終わった後は遅い時間まで働いていた。その他の面子も同じく日々の勤めを果たしながら、合宿の準備を整えていった。
週末に入ったその日も日課の鍛錬を行い朝食を食べたダスクは、黒炎と一緒に待ち合わせ場所である学院の正面玄関前に来てみると、いつぞやの初ミッションの時みたいに今日待ち合わせをしていた者が既に全員揃っていた。一瞬驚きが顔に出たが、なんとなく皆らしいと思ったダスク達は、笑みを浮かべながら足を速めて駆け寄る。生徒達四人は涼しげな制服姿であったが、サフィーラはいつものメイド服を身に付けていながら全く暑そうな様子は感じられなかった。
「おはよっ、ダスクに黒炎。お前達が一番最後だぞ~」
「おはよう。もうみんな揃ってるのか」
「おはよ~。ボク達が遅いんじゃなくて、みんなの方が早いんだよ~」
「うふふ、みんなで買い物なんて滅多に無いですからね。
ソラ様なんて待ちきれなくて予定より早く屋敷を出たんですよ」
「ちぇっ、なんだよサフィだっていつもよりウキウキしていたじゃないか」
「してましたよ、もちろん。
自分の買い物の為に出掛けるのも久しぶりですし、今日は友人と一緒ですからね」
「むぅ」
あっさり認められて悔しそうな顔になったソラリスであったが、何も言えずにうなる事しか出来ず、サフィーラはそれを楽しそうに眺めていた。
「ローラとウィリアムも早かったのか?」
「え?私はそれほどでもないかな~」
「うふふ、ローラさんもわたし達とほとんど変わらなかったですよ」
「あぅ。そ、そうよ、私も楽しみで早く目が覚めたから早めに来ちゃったわよっ」
とぼけていたフローラルであったが、サフィーラにばらされてしまったので恥ずかしそうにすぐに認めてダスクから視線を逸らす。それを見たダスクが苦笑しつつウィリアムへと視線を向けると、意図を察したらしく頷きを返してくる。
「うむ、余はおぬし達の少し前だな。集合時間の少し前に来ておくのは当然だ」
「なるほど。予想通りにいつも通りってやつだな」
「それよりも早く行こうよ~。みんなそろったんだし、時間がもったいないからさ」
「それもそうか。それじゃあ出発しよう」
黒炎にせかせれたダスクは、皆に声を掛けてから顔見知りの守衛に挨拶をして正門を出ると、先導するように学院から中央通りへと向かった。
王都は朝から道が人々で混み合っており、ダスクは黒炎を肩に載せて歩いていた。その光景は行き交う人々にとっては珍しいモノなので、視界に入る度に驚きと微笑ましさを表情に出していたが、ダスク達にとっては既に見慣れた光景になっていたので、普段通りの態度で会話をしながら周囲の店先の商品等を眺めていた。午前中は細々とした物を買った一行は、黒炎の希望で早めの昼食を摂る事にすると、広場にテーブルや椅子がたくさん用意されている屋台街のような場所に移動する。あまりこういう場所で食事をした事が無く周囲を興味深そうに眺めている皆には座っていてもらい、ダスクはいくつかの屋台を何度か往復して全員分の料理を並べて取り皿を全員に配った。
「各自適当に取り皿に料理を取って食べてもらうという事で。それじゃあ、いただきます」
「「いただきます」」
声を合わせて食事を始めた皆の様子を窺うと、全員が美味しそうに食べてくれているようだったので、ダスクは内心で安堵する。いつも昼休みには我が家で食事を摂っていたから大丈夫だと思っていたが、屋外のこういった場所ではそれほど食事をする機会は少ないだろうから、いつもと違う雰囲気のせいで苦手に感じるかもしれないと考えていたからである。表情はほとんど変わらなかったダスクであったが、付き合いの長い黒炎は気になったらしい。
「どうかした?ダスク。なんかホッとしてるみたいだけど」
「ん?いや、みんなこういう所で食べる食事も大丈夫なんだなと思って」
「どういうコト?食事なんてどこで食べてもいっしょじゃん」
「まあそうかもな。気にしないでくれ」
不思議そうにしながらも止めていなかった食事に再び集中し始めた黒炎に、ダスクは苦笑して自分も食事の手を進める。パンやサラダを添えた肉の煮込み料理を平らげ、食後に飲み物を飲みながら一服をする。
「そういえば、暑くないんですか?サフィさん」
「ん?この服の事?うふふっ、これもメイドの嗜みですから。
いついかなる時も制服であるこの服を纏いながら、身嗜みにも気を付けているのですよ」
「なるほど、すごいんですね」
それだけで、この陽気にほとんど汗もかかずに過ごす事が出来るとは、メイドというのは凄いんだなとダスクは素直に感心する。その様子を、サフィーラはダスクの考えを察して楽しそうに眺めていた。
「ご飯おいしかったね~。ところで、この後はどうするの?」
そろそろ動こうと思っていると、満足そうに尻尾を振っている黒炎が一番最初にその問いを発する。
「ほとんど必要な物は揃ったから、後は水着くらいじゃないかしら?」
「水着?この前荷物に入れてなかったっけ?ダスク」
「水練用のやつは先生に言われて学院指定の物を買ったと思ったけど」
「うむ、先日、入学時の健康診断で測った寸法の物を購入させられたぞ」
不思議そうな顔になるダスクと黒炎とウィリアムであったが、それ以外のフローラル達は分かってないなという風な顔になる。
「自由時間が設けられているから、その時間に泳いだりする為の物よ。
水練用の水着って機能重視で全員意匠が同じだからね。
学院の女の子達の間で、自由時間くらいは可愛い意匠の水着を身に着けようって話が結構出てるのよ」
「そうなのか。いくつも用意するなんて、女の子は大変なんだな」
「まあそういう事だ。オレ達の水着選びに付き合ってもらうからな」
「いいけど、ソラも買うんだな。ソラも買うならサフィさんも買うんですか?」
「うふふっ、わたしの水着姿が見たいのかな?ダスクくん」
イタズラっぽい表情でそう訊くサフィーラであったが、からかう口調にも気付かずにダスクは不思議そうな顔になる。
「え?この前ソラの世話をする為に付いて来るって言ってたから必要なのかなと」
「やっぱりダスクくんはそうよね……少しは自信あったんだけどな~」
「???……良く分からないけど済みません」
その様子を複雑そうに見つつ、内心ダスクらしいと思うフローラルとソラリスであった。
食事をした場所から一旦中央通りに出てそこから一つ路地を入った所に有る店へ、フローラルの案内で向かう。綺麗で趣の有る佇まいの店に足を踏み入れると、視界に様々な色彩が飛び込んでくる。ここは今迄に無い新しい意匠の服等を販売している店らしく、店の女主人が意匠も考えているという話をここまでの道程でフローラルから聞いていた。ほとんどが女性用の物で占められているが、店内を見回して数少ない男性用の物を見付けたダスク達がそちらへと向かおうと足を踏み出したところで、先頭のダスクの肩をガッシリと掴む手があった。
「どこに行くのかな?ダスクくん。こういう時に男性は女性に付き合ってあげないとダメですよ」
「そうなんですか?こういうのは全然わからないんですが……なあ?」
「ふむ、わからないとしても、女性に請われればやぶさかでないな」
同意を求めたダスクであったが、ウィリアムにはそう言われ、それに同意するというよりも楽しそうだと思ったらしい黒炎が瞳を輝かせて弾むように尻尾を振ってくる。それを見て自分一人だけ反対しても無駄だと思ったダスクは溜め息を吐く。
「はぁ、わかりました。本当にわからないんですから、文句言わないで下さいよ」
「うふふっ、それでいいのよ。意見を聞きたいだけなんだから」
サフィーラの言葉に同意するようにフローラルやソラリスは頷いてくる。そういうものかと頷いたダスクはフローラル達を促して目当ての物の陳列されている場所へと移動すると、そこには店内の他の場所と同様に色とりどりの布で作られた物が並べられていた。さっそくそれらを手に取って見始めたフローラル達から一歩下がってその様子を眺めていたダスクであったが、ふと彼女達の手で広げられている物を目にした瞬間、驚きで固まってしまう。
「これとかどうかな?」
水着の上の部分を胸の前に当てながら聞いてくるフローラルに、ダスクは少し赤くなりながら慌てて目を逸らす。
「ちょっ、それって本当に水着なのか!?な、なんか下着に見えるんだけど」
「何言ってるの、水着に決まってるでしょ。
だいたい、下着なんて異性に選んでもらう訳ないじゃない。……まだそんな間柄じゃないし……」
「そ、そうなのか……それにしたって、布地が少ないんじゃないか?」
「あははっ、照れてんじゃねえよ、ダスク。オレのヤツも見てくれ、ホラホラ」
笑いながらフローラルと同じ様に身体に当てて見せてくるソラリスに、直視するのを躊躇いながら視線を向ける。先程見たフローラルの物は若葉色、今ソラリスが持っている物は朱色で、二人らしい色の選択であった。学院の水練用の水着は男女共に、黒っぽい色の水に強い特殊な布で作られており、上下に分かれていないので肌の露出は少なく、外に出ている部分は首から上と肘と膝の先だけである。
「い、いいんじゃないかな。二人らしい色の選択だと思うよ」
「「ぷっ」」
困りながらも真剣に考えて答えたダスクに、顔を見合わせてふき出したフローラルとソラリスは満足した様子になる。ホッとしたダスクであったが、ふと気が付いたような顔でソラリスへと視線を向ける。
「そういえば、ソラって女の子なんだな」
「なっ、今更それを言うのかよっ」
「それはそうですよ。普段から女の子っぽい格好をしていないソラ様が悪いんですよ」
「ぐぅ、それはそうかもしれないけど……」
「あははっ、ボクもどっちなのか気になってたんだよね。わかってスッキリしたよ~」
「ちぇっ、黒炎にも言われたら文句なんて言えないじゃんか」
不満そうな顔で口を尖らせたソラリスを、ダスク達は楽しそうな笑みを浮かべて見ていた。
「うふふっ、それはそうと、わたしの水着も見て下さいね、ダスクくん」
そう言ってダスクの目の前に進み出てきたサフィーラは、フローラル達と同じ様に水着を身体の前に当てて見せてくる。サフィーラの瞳に似た海の青に染められた水着は、これもまた彼女らしい選択だと思ったが、フローラル達とは明らかに寸法が違っているのが分かったので、照れと良く分からない感情が混ざって何とも言えない気分になる。
「えっと、サフィさんらしい色で良いんじゃないかと思います」
「どうしたのかな~、ダスクくん。何か他にも思った事を遠慮無く言ってくれて良いのよ?」
ダスクの内心の動揺を察しているように、ニコニコという言葉そのままの笑顔でサフィーラは楽しそうにダスクの顔を見る。
「な、何もありませんよ。全員良く似合ってるし、良い買い物が出来て良かったんじゃないでしょうか」
「うふふっ、楽しく買い物が出来て良かったわ」
自分をからかう為に連れてきたんじゃないかと思ったダスクであったが、会計を済ませる為に店員の所に移動した女性陣を見送ってからウィリアムへと視線を向ける。
「僕達も買った方がいいのかな?」
「ふむ、あの水着を着た女性達の隣に居るには、水練用の水着は適さぬと思うがな」
「せっかくだし、ダスク達も買っていったら?」
「う~む、自分だけなら水練用のでも全然構わないんだが……。
まあ、ウィリアムの言う事が正しいのなら買った方が良いのかも知れないな」
「うむ、我らも選ぶとしようか」
ダスクとウィリアムは頷き合い、黒炎を伴って隅にとられた男性用の衣類の区画へと移動する。狭い場所なので種類も少なく選ぶと言う程でも無かったので、揃いの黒色で膝丈のズボンの様な水着を選んでさっさと会計を済ませる。女性陣の居る方へ戻ると、自分達が選んであげたかったと残念そうな顔を向けられたが、そういう気持ちが良く分からなかったので、ダスクは謝りつつも不思議そうな顔になっていた。
そこからは、フローラルの贔屓にしている薬草専門店に寄った時に黒炎のふとした質問から瞳を輝かせたフローラルの解説を長々と聞くはめになったり、ダスクの働いている場所を見たいと言われて寄った鍛冶屋でフローラル達女性陣を連れたダスクが親方達にからかわれたり、という場面を楽しんだ後、早めの夕飯を済ませてからソラリス達を送る為に城を経由してダスクは学院の我が家へと帰る。故郷では友達同士で遊びに行く事がほとんど無かったダスクと黒炎は、寝床で楽しかった一日を振り返って話をしつつ、やがて来る眠気に身を任せていった。
翌日の週末最後の日には合宿の準備は終わっていたので、ダスクは日課の鍛錬と鍛冶屋の仕事以外の時間は黒炎と一緒にゆっくりと身体を休めておき、明日からの合宿に備えていた。
週が明け、合宿の朝になっても日課の鍛錬を休まず行ったダスクは、黒炎と朝食を摂ってから我が家の火元を点検して戸締りを確認すると、鎧等の装備を全て纏って背嚢を担ぎ、忘れ物が無い事を確かめて出発をする。すぐに出発では無く、実習時に使っている訓練場に集まって教師からの説明があるらしいので通いなれた道を訓練場へと向かう。すぐに同じ場所へと向かう生徒達の姿を目にするようになるが、ダスクの友人達の姿は確認出来なかった。訓練場に着き、クラスごとに整列しているらしいので自分のクラスの列へと近付いて行くと、聞き慣れた声がダスクへと掛けられる。
「ダスク、黒炎、こっちこっち」
「お~い、こっちだぞ~」
同じクラスの女生徒と話していたらしいフローラルとソラリスが、こちらへと身を乗り出して手を振ってくる。慌てて駆け寄ると、側に居たサフィーラも軽く頭を下げてからいつもと変わらぬ微笑を向けてきた。
「おはようございます、ダスクくん、黒炎くん」
「おはようございます、サフィさん。ローラとソラもおはよう」
「おはよう、ダスクに黒炎」
「おっす、ダスク、黒炎」
朝の挨拶を交わすダスク達であったが、周囲に生徒達が居るので、念の為に黒炎は黙ったまま返事代わりに尻尾を大きく振る。違うクラスのウィリアムは近くには居ないようなので、周囲を見回していたダスクは後回しにして教師達の集まっている前方へと視線を向ける。視線の先には一歩前に出た一人の教師が仁王立ちしており、その教師は実技担当でアーノルドという名前であった。猛禽類の様に鋭い碧瞳と短く刈った金髪の二十代後半位の抜身の剣の様な男性で、見上げるような身長に分厚い筋肉がバランス良くついた戦う身体をしている。アーノルドは生徒達を見渡し、校舎の方から合流する生徒の姿が無い事を確認して頷いた。
「揃ったようだな。まあ、揃って無くても時間だから始めるがな。
それでは時間がもったいないから手短に言うぞ。
これからお前達はチームごとに分かれて合宿を行う場所まで行ってもらう。
猶予は一週間だ。ここから普通に歩いて一週間で到着する場所に有るという訳ではない。
一週間以内にどうにかして辿り着けなければ、合宿参加のポイントは大幅に減点させてもらう。
詳しい場所の地図を受け取ったら、さっさと出発するんだ。時間は限られているんだからな」
それを聞いて近くの者と話し始める生徒達であったが、それを目にしたアーノルドは顎に手を当てて変わらぬ調子で言葉を続ける。
「そんなのんびりと無駄口を叩いてていいのか?
言い忘れていたが、馬車や船、馬等の乗り物は禁止だからな。使用を確認したら失格にするぞ。
バレなければいいだろうと考えても、どこかしらで教師が見張ってるからやめておけよ」
一拍おいて言葉の意味が生徒達の頭に浸透した瞬間、チームのリーダーらしき生徒達がアーノルドの近くに居た教師から地図を受け取ろうと殺到する。地図を受け取った生徒は、並んでいる生徒達の中に居るチームメイトへと声を掛けながら生徒達から離れて訓練場の空いている場所へと移動し、チームメイト達が集まってくるのを待ち始める。その様子を眺めているダスク達の視線の先で、あっという間にチームごとの集団が出来ていった。
「あわただしいな~。そんなに慌ててどうするんだろう」
「場所によっては急がないといけないかもしれないからな。もちろん、僕達もだけどな、黒炎」
ちょうど生徒達が周囲に散っていったので小さな声で離すダスクと黒炎であったが、背後から近付いてくる足音に口を閉じる。
「待たせたな。地図を貰ってきたぞ」
来たのは焦る事も無く一番最後に地図を貰いに行ったウィリアムで、急いで行動しなければならなくても普段のままであった。いつでも普段通りの態度で慌てない様子はリーダーとして良い事かもしれなかったが、そうしてる間にも動き出しているチームが居るのでフローラルとソラリスにはただ遅いだけだと思われたようである。
「早くしなさいよ、ウィリアム。もう出発してるところもあるんだからね」
「そうだぞ、ローラの言う通りだ。早くオレ達も動こうぜ」
「うむ、済まん。それで場所なのだが……地図からだと思っていたよりも距離が有るな。
ダスクや黒炎の事は心配する必要は無さそうだが、それ以外の者は強行軍になりそうだ」
せかしていたフローラル達であったが、ウィリアムの言葉を聞いて心配そうな表情や嫌そうな表情が顔に浮かぶ。
「私はまた迷惑かけちゃうかも。体力に関しては自信が無いわ」
「オレは大丈夫だ、と言いたいところだが、長距離は苦手なんだよな~。
そういえば、サフィはどうするんだ?」
「わたしの事は心配しないで下さい。教師の方達と一緒に馬車で行きますから。
ソラ様はダスクくん達に迷惑掛けないように頑張って下さいね」
「ちぇっ、楽しやがって。言われなくてもわかってるっての。
それより、時間がもったいないから早く動こうぜ」
「そうだな。それじゃあ、着替えとかの普通の荷物は僕が持って行くから渡してくれ。
武器とかの装備だけは自分で持たないと駄目だと思うけど」
「それがいいよ。ダスクなら全然へっちゃらだろうからね」
「ごめんね。前にも持ってもらったのに」
「気にしないでいいよ。
それに、こういう時は『ごめん』じゃなくて『ありがとう』の方が嬉しいかも」
「そうだね。それじゃあ、ありがと、ダスク」
「ありがとな、ダスク」
「いいって、これも役割分担なんだから。今回は先が長いから、ウィリアムのも持つよ」
「うむ、感謝するぞ、ダスク」
三人分の着替え等が入った荷物を、こういう事もあるかと用意しておいたロープ等で自分の荷物と一緒に纏めると、まさに山盛りと言える光景となる。凄く重そうだとダスク以外が思って見ている前で、ダスクは軽々と背負って皆へと頷く。
「さあ行こうか。案内はウィリアムに任せるよ」
「うむ、心得た。それより、軽く持ち上げていたが、重くないのか?」
「ん?まだまだ余裕があるよ。途中できつくなったら、言ってくれれば他にも持てるから」
「ふむ、さすがだな。おぬしが居てくれると心強い」
「当たり前だよ。なんたって、ダスクだからね」
そんな黒炎の言葉に何度も頷くウィリアムを横目に、フローラル達女性陣はダスクのデタラメな力に呆れつつ信頼の眼差しを送っていた。
ダスク達は地図を見ながら全体の行程を一週間で日割りし、とりあえず今日の分をやってみて明日からの予定を考えようと決める。方針が決まった一行は、サフィーラに見送られながら訓練場から出発して学院を出て西門に向かう。人通りが増えてくる前にダスクは黒炎を肩ではなく荷物の上に載せて歩くが、人波を荷物の山が黒い獣を載せて動いているような、おかしな光景になっていたので、すれ違う人々は全員と言って良い位驚きの目を向けていた。
西門から出た一行は、街道の脇に避けて準備運動を開始する。これから長距離の移動を徒歩で行うので、ダスクと黒炎以外は念入りに身体を解す。ダスクは日課の鍛錬で身体は解れており、黒炎は常に獣のしなやかさを持っているので解す必要が無かった。
「なんかワクワクしてきたよ。合宿をやるトコってどんなトコなんだろうな~」
「初めて行く場所だから楽しみだな。鍛錬もたくさん出来そうだし」
「そればっかりだな~、ダスクは」
「いいんだよ、強化合宿なんだから。なんだったら一緒に鍛えるか?黒炎」
「ボクは遠慮しておくよ。あ、ほらっ、みんな準備が終わったみたいだよ」
話を逸らそうとする意図が分かりきっていたが、言う通りに準備が終わったフローラル達が足取り軽く歩み寄ってくる。
「とにかく無理をしないように行こう」
「うむ、余もそれが良いと思う。休憩が欲しい時は遠慮は要らん。
無理をして倒れる方が皆に迷惑を掛けるのだからな」
ウィリアムの言葉に全員が頷き合うと、先頭をウィリアム、フローラルとソラリスを挟んで最後尾をダスク、という配置で早足で歩き始める。黒炎はその周囲を自由に駆けながら励ましの声を掛けたり、体調が悪化したら気配で分かるのでそれを報せる役をする。初日なので全員が足取り軽く、やってやろうという気持ちが力強い表情に現れており、進む速さは好調であった。
強化合宿が始まる前に、一週間という期間内に合宿を行う場所に辿り着かなければならなくなった。果たしてダスク達は無事に期間内に到着する事が出来るのであろうか。最後尾を走るダスクは、最終的に危うくなった時には、力尽きた誰かを担いででも進もうと決心しつつ、強化合宿ではどんな鍛錬をするのか楽しみに思っていた。
楽しんで頂けたでしょうか。続きも早く読んで貰えるように頑張ります。




