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それは黒くて重かった  作者: D.K.B.Y.
第三章
25/45

淀みを吹き飛ばせ

日々精進、これのみですね。それが何であれ、お互いに頑張りましょう。

 夜も更けて灯火も少なくなり出歩く者もほとんど見られない時刻、一部の夜中も営業している店以外からは物音も聞こえて来なくなっており、動く影は道の端に寝転がっている酔っ払いの他には、飲食店の裏のゴミ置き場を漁る野良犬や猫くらいであった。いつもの王都の夜の光景に、今日は珍しく別のモノが加わり、それらの抑えてはいるが物々しい気配の接近に、気配に敏感な動物達は食事を一旦中断して物陰に隠れると、その気配が通り過ぎて安全だと感じる距離が出来るまで様子を窺っていた。

 タタタタッ

その気配の主は十数人の黒い軍服と腰の長剣に加え口元を覆う黒い布を身に付けた軍人らしき一団で、時折すれ違う灯火に照らされている先頭を走る茶色の髪と勝気そうな茶瞳の十代半ば位の体格の人影を守るように、目付きが鋭く体格の良い者達が付き従っている。その中でも細身の一人が先頭の人影へと近付き、周囲に聞こえないように話し掛ける。

「宜しいのですか?隊長」

その言葉に隊長と呼ばれた人影は問い掛けるような表情になると、駆ける速さを緩める事も無く話し掛けてきた人物へと視線を向ける。

「襲撃者等も捕縛して証人は多く、別荘からは証拠も数点押収出来ています。

 ここで強攻策をとると不利になる可能性が出てきますが」

「ふむ、確かにそうであるが、今回に限っては強行せねばならぬ」

「知人が捕らわれているからですか?」

「うむ、知人ではなく大切な仲間であるが、加えてこうなったのは余の落ち度だからな。

 上に立つ者として失敗は取り返さねばならぬ。

 懸念があるとすれば、おぬし達を付き合わせてしまう事だな」

「何を水臭いことを仰っているのですか。我らは隊長に最後までお供いたします。

 今回の事は逆に黒幕への決定打にしてしまいましょう。

 誘拐された者は狙われた(かた)と無関係では無いようですし、細かい事は私にお任せを」

「うむ、頼りにしておるぞ、副隊長。それと我が隊の(つわもの)達よ」

その言葉に、副隊長以下、同じ格好をした隊員達全てが力強く頷く。それに満足げな表情になった隊長は更に速度を上げると、絶対に助けるという決意の顔で目的の貴族の屋敷へと向かって駆けていく。


 少し時間は戻り、城内の片隅に有る建物から出てきた二つの影が城の中央へと早足ではあるが、しっかりと周囲の気配を探りながら進んでいた。一歩前で時折瞳を閉じて周囲を探るのは地面を四足で駆ける獣らしき影で、それにピタリと続くのは小柄だがずんぐりとしたシルエットの人影で背中に担いだ何かがより一層その印象を強めていた。

「気配はまだ残ってるのか?黒炎」

「う~ん、ここらは来た時の気配かな。このへんまでは戻ってきてなかったみたいだね、ダスク」

「そっか。大広間から出て、それほど離れないうちに連れて行かれたのか……」

そう言って兜の顎の辺りに片手を当てた人物は完全装備のダスクで、装備のせいでずんぐりとした人影に見えていた。もう一つの影は黒炎のもので、紅く輝く瞳を含めた五感を総動員して周囲を探りながら暗い廊下を進んでいる。襲撃を警戒するのと同時にフローラルの気配を探っているので、双方共に硬い石造りの廊下を急いでいながら、驚く事に周囲にはほとんど足音が響いていなかった。

「ん?こっちかな」

そう呟いた黒炎は、大広間への廊下から脇道へと入って行き、少し進んだ所で立ち止まると、その場で迷うように首を捻る。

「どうかしたのか?」

「う~ん、ここから戻ってるみたいだね。それと、誰か知らないヒトの気配が混じってるよ」

「それって、もしかして連れて行った犯人のかもしれないな。

 ここからは、その混じった気配を追った方が良いかも知れない」

「りょ~かい。連れて行ったなら一緒に居るはずだもんね」

頷き合ったダスク達は、来た道を戻りながら気配を辿って行くが、すぐに別の脇道へと逸れて灯火の少ない、より暗い方へと向かう。廊下を抜けた先には複数の馬車が停められており、近くには厩舎があるらしく馬の(いなな)く声が聞こえてくる。

「むぅ、ここから馬車に乗って移動しているのか……気配は追えるか?黒炎」

「う~ん、追えない事もないけど急いだ方がいいかもしれないね。

 馬車越しの気配だから、早くしないとすぐに薄くなっちゃうよ」

「そっか、ここからはもっと急がないと駄目か。任せっぱなしで済まないけど頑張ってくれ」

「おっけ~だよ。ボクだって心配だし、活躍できる時に活躍しとかないとね」

「いつも助けてもらってるけどな。それじゃあ急ごう」

「うん、任せてよっ」

「無事でいてくれよっ、ローラ」

そう言って黒炎は先程までよりも早いペースで走り出す。それに続いて遅れずに駆け出すダスクは、笑顔で皆と合流出来る事を願っていた。


 ガラガラガラガラ

馬車の車輪が石畳を咬む音が広い道と両側に建つ屋敷を囲む塀に反響しているが、周囲には人影は無く、防音もしっかりしている屋敷からは表を走る馬車に興味を引かれる者も居ないようであった。

「くくくっ、この国から蛮族を追い出した事への天からの褒美かもしれぬな。

 未熟だが美しい顔がどの様に変わるか、想像するだけでも全身の血が(たぎ)るのを感じるぞ」

馬車の中からかすかに聞こえてきた声の主は四十代から五十代の恰幅のいい貴族の男で、自分達の計画が阻止された事など思いもせず自己中心的な事を呟きながら、対面の席に横たわるドレスの女性というよりは少女に嗜虐的(しぎゃくてき)な表情で粘つくような視線を向けている。ダスク達が探している相手がこのフローラルで、同じ学院の同じチームの大切な仲間であった。艶のある栗色の髪と今は閉じられているが翠瞳を備える整った顔に施された薄化粧が、控えめに身に付けた装飾品と若葉色のドレスと相乗効果となって、意識を失っていても少しもその魅力を損なっていなかった。興奮に息を荒げている男の様子を見ている者が居たとすれば、彼女の未来は辛く悲惨なモノになるだろうと同情の念を禁じ得なかっただろう。馬車の手綱を黙々と操っていた御者の男は、それを耳にしていたはずだが全く反応する事も無く、これがまるでいつもの事で驚くに値しない事だと認識しているかのようであった。

 王都を囲む城壁の北壁近くに建てられた自分の屋敷に到着して馬車から降りた貴族の男は、馬車の扉を開いた御者の男に意識を失ったままのフローラルをいつもの部屋へと運んで拘束しておくように命じてから正門を通って屋敷へと入って行った。それを見送った御者の男は馬車を裏門から敷地内へと入れると、馬車からフローラルを担ぎ上げて屋敷の中でも主人以外の人間が許可無く入る事を許されていない区画に有る部屋へと運び込み、天蓋付きのベッドに横たえてから慣れた手つきで逃げられない様に拘束する。それが終わると彼女への関心を失ったらしく、自分のした事にも何の感慨も浮かんでいない表情で部屋から出て行き、馬車の片付けをする為に来た道を戻って行った。

 チャリッ

「……ん、うぁ……ここは?ここはどこかしら……えっ!?どうして私が縛られているのっ」

御者の男が部屋から去ってすぐ、近くで金属の鳴る音が聞こえて目を覚ましたフローラルは、ボゥっとした表情で辺りを見回していたが、身体を起こそうとした瞬間、自分が拘束されている事に気付いて動揺してしまう。両手首と両足首をそれぞれ革製のベルトで固定され、両手首の方は金属の鎖で引っ張られて頭上でベッドに固定されていた。

 ガチャガチャッ

強引に腕を引っ張って拘束を解こうと試みるが、頑丈に作られているらしい革製のベルトと金属の鎖は全くビクともせず、かえって自分の手首の方が痛くなる始末であった。

「痛っ、もうっ、なんでこんなに頑丈なのよっ」

何度も挑戦しても効果が無い様子にひとまず中止すると、今居る場所がどこなのか部屋を見回してヒントになりそうな物が無いか探し始める。部屋には窓が無く出入り口は正面の扉一つの様で、音の響き方から推測するとここは地下室らしかった。現在横になっているベッドや周囲の調度品は質の良い物らしく、自分をここに連れてきて拘束している犯人は貴族等の裕福な者ではないかと思ったが、素性が分かるような紋章類も無いのでそれ以上の事は分かりそうもなかった。

「はぁ、そんなに甘くはないか……」

結局自分に出来る事はどうにかして(いまし)めから逃れる事だけだと思い知らされたフローラルは再び鎖を鳴らし始める。大声を上げて助けを求める事をしなかったのは、助けてくれる人物以外の者が現れる恐れもあって自然と避けたからである。いくらやっても縛めの緩む気配が少しも感じられない事に焦りを募らせながら、今後の自分の身に降りかかるであろう運命を想像して恐怖に襲われていた。


 貴族の屋敷が立ち並ぶ区画を北へと駆けてきた軍人らしき一団は目的地の屋敷の前に辿り着き、この先予想される困難に厳しい表情で屋敷の入口を睨みつける。躊躇(ためら)うように足が止まるが、先頭に居た隊を率いているらしい小柄な人物が、落ち着いた様子で扉へと進むのを見た残りの者達は、慌てたように駆け寄り付いて行く。そのまま先頭の人物が来訪を伝えようと扉に手を伸ばすが、それを制するように細身の人物が進み出る。

「私がやりますから少し下がっていて下さい、隊長」

「うむ、それなら任せるが、余は下がらずここに居るぞ、副隊長」

「はぁ、わかりました。何を言っても駄目そうなので諦めます。

 皆、何があっても動けるようにしておけ。但し、現時点では武器の使用は禁じる」

「「はっ」」

隊員達が全員了解を示したのを確認した副隊長は、改めて扉に向き直り、少なからず緊張して力が入っているらしく強めにノックをする。

 ドンドンドン

少しして屋敷内から扉に近付いてくる者の足音が聞こえてくるのを確認した一行は、表情を引き締めつつ身体から余計な力を抜いてこれからの展開で臨機応変に動ける体勢になった。

「どちらさまでしょうか?」

扉を開いて出てきたのは、この屋敷の使用人らしき老人で、このような遅い時間の訪問に加えてたくさんの軍人達に囲まれて目を丸くしていながらも、警戒してこちらを窺うような表情になる。

「このような時間に大勢でいかがなさいましたか?

 先触(さきぶ)れも無しに突然これだけの人数で訪問されるのは非常識だと思いますが」

その言葉に何かを言いかけた副隊長であったが、片手を上げてそれを制した隊長が一歩進み出る。

「うむ、済まぬな、御老人。(ゆえ)あって急いでいたので先触れは出せなかったのだ。

 して、この屋敷の主人は在宅かな?今すぐに取り次いで欲しいのだが」

進み出てきた隊長の若さに一瞬驚いていた老人であったが、堂々とした態度と他の軍人達が控えている様子に責任者だと理解する。

「申し訳ありませんが、旦那様は既にお休みになられる時間です。

 明日、改めてのご訪問をお願い致します」

「ふむ、そう言われて素直に出直す事は出来ん。人命やその他色々が掛かっているのだ。

 済まぬがこちらも急ぎなのでな。やりたくは無いが、最後には力尽くで通らなければならなくなる」

「そっ、それはっ、たとえあなた方が軍部の人間だとしても無茶です。

 それは許される権限の範囲を超えているのではないですか?」

「うむ、叱責は覚悟しておる。それでも、失われるかもしれないモノの為なら構わん」

強い決意を感じさせる隊長の表情に、老人は何も言えなくなってしまう。後ろに控える軍人達の顔にもそれと同じものを感じ、老人は自分が本当に正しい事をしているのか悩み始めていた。


 気配を辿るダスク達は城の建つ場所から北の方向へと向かっていた。周囲は立派な屋敷が立ち並び見通しは悪かったが、ダスクを含めて普通の国民はこの区画には来ない為、ほとんど気配を掻き乱される事が無かったので気配を探る黒炎も追い駆け易かった。道の交差する場所で立ち止まりながら方角を決めていたが、初めて来たダスク達は自分が今どこに居るのか分からなくなっていた。加えて一つ前の曲がり角から進み始めた道は、大勢の人間がついさっき通ったらしく、気配が乱れているせいで黒炎も迷いながら進む事を余儀なくされていた。

「む~、気配が乱れててわかりにくいな~」

「人通りなんて無さそうだけど、気配を乱すような何かが通ったのか。大変そうだけど頑張ってくれ」

「なんとかダイジョブだよ。でも、なんか同じ方向に進んでいったみたいなんだよね」

「同じ方向か。もしかしたら、ウィリアムがあの時言ってたツテってヤツかもしれないな」

「そっか、そんなコト言ってたよね。それじゃあボク達も急ごうか」

「そうだな。頼んだぞ、黒炎」

「りょ~かい」

そう答えた黒炎は、先程よりも駆ける速度を上げる。それに少しも遅れる事も無く付いて行くダスクは、重装備にも関わらず未だに疲れた様子は見られなかった。

「あ、少し気配が濃くなってきた。多分、目的地は近いんじゃないかな」

しばらくの間無言で駆けていた黒炎は、王都の北の城壁から近い場所まで来たところでそう呟くと、さらに速度を上げる。それに遅れないように続いたダスクは、ある屋敷の前を通った時に複数の人間の話し声を耳にするが、脇目も振らずに駆けて行く黒炎の姿を見失わないように視線はその背に固定したままだったので、声の聞こえて来た場所を確認する事は無かった。そのまま塀に沿って進んだ所で黒炎が急に立ち止まり、塀の角に身を隠してその先を覗き込む。

「どうしたんだ?黒炎」

「気配はこの先に続いているんだけど、なんかピリピリしてるヒトが何人か居るんだよね」

それを聞いたダスクが同じ様に角から覗いてみると、恐らく裏門だと思われる場所に、黒炎の言っていた通り数人の武装した人間が立って周囲を警戒しているのが見えた。こんな時間にしては必要以上に警戒している風に見えたダスクは、少しだけ何かを考えている表情になってから黒炎へと視線を向ける。

「ローラの気配はこの先どっちに向かってるか、大まかで良いからわかるか?」

「う~ん、あそこの門から先には進んでないかも。なんとなくだけど、この屋敷なんじゃないかな」

「そっか、それならあの人達をどうにかしないと駄目だけど……」

足がかりも無く越えるには高い塀を見ながら呟いたダスクは、一人でも逃がしたらフローラルの身に良くない事が起きる恐れもあり、自分達だけだと賭けになりそうだったので頭を悩ませる。それを大人しく見る黒炎は、ダスクならなんとかしてくれるに違いないと、揺るがぬ信頼を視線と共に向けていた。


 屋敷の正面入口の前では未だに足止めをされたままなので、予想以上に時間が経過している事に部隊の隊長は苛立ちを隠せずにいた。その様子を見ている隊員達も不満そうな顔で使用人の老人を睨みつけていた。このままでは(らち)が明かないと思ったらしい隊長は、何かを決心したらしい表情で老人を見る。

「済まぬがここを通してもらうぞ、ご老人。これ以上の遅れは手遅れに成りかねん」

「……仕方ない。わかりました、少々お待ち下さい」

もう抑えきれないと悟った老人は、屋敷の主人へと取り次ぐ為に中へと戻ろうと扉を開くが、入る前に中から大勢の人間が出て来ると、誰もここから通さないという風に扉の前に陣取ってしまう。

「爺さん、屋敷に入ってな。ここに居ると怪我するかもしれないぜ」

出てきた者全員が武装しているが、その中でもリーダー格らしい一番体格の良い男がそう言って老人を屋敷に押し込んで扉を閉めてしまった。

「ふむ、おぬし達はここで雇われている私兵のようだな。

 随分とたくさん出てきたが、いったいどうするつもりなのだ?」

「こっちからは何もする気は無いがな。雇い主の要請で、屋敷内に入ろうとすれば邪魔させてもらう」

「ふむ、おぬしは話がわかりそうな者のようだが、仕事に関しては融通が効かない様だな」

「まあ、そういう事だ。大人しく諦めて……くれそうもないな」

「うむ、こちらも引けぬ理由(わけ)があるのでな。残念だが力尽くで通らせてもらうぞ」

「しゃあねえな。おいっ、殺さない程度に叩きのめしてやれ」

その言葉にリーダー格の周囲に居た私兵達が武器を抜いて構え、相手が武器を抜いた瞬間に身を守る為という大義名分が生じた隊員達も武器を抜いて相対する。隊長も武器を抜いて私兵のリーダー格と対峙するが、力量にはほとんど差が無いらしくお互いに隙を見付けられないまま睨み合う事になる。ジリジリと円を描く様に動く隊長とリーダー格であったが、周囲の者達は緊張感に耐えられずに早々に武器を合わせ始めていた。

 ガッガッガギッ

剣や槍が火花を散らしている集団戦からいつの間にか距離が開いていたが、そちらを気にかける余裕も無い隊長とリーダー格はお互いに相手だけに視線を向けていた。そのまま動きが無いかと思われたが、時間を掛けられない隊長の方が先に仕掛ける。長剣を使う隊長の素早い斬撃が突きを交えて放たれるが、リーダー格は幅広の大剣の面も上手く使って受け止めていく。時折放たれる反撃に、焦りのある隊長はヒヤリとする場面が何度も有り、何度目かの反撃をかわしたところで間合いを取る。

「若いがさすがは隊長を務めるだけはあるな」

「ふむ、おぬしは余裕が有るようだが、良いのか?他の者達は押されておるようだが」

その言葉の通り、正式に軍隊で訓練を積んでいる隊員達の方が総合的な戦闘力は上で、力量にバラつきの有る私兵達は次第に押されていく。それを視界の隅に捉えたリーダー格は悔しそうな顔になると、戦闘中の私兵達にでも聞こえる位の声で怒鳴る。

「おいっ、誰でも良いから裏門に配置されたヤツラを呼んで来い!!

 なんだったら全員連れて来てもいいぞっ」

その言葉に頷いた私兵の一人が屋敷内へと駆けて行く。それを確認した隊長は内心、この場所に相手の戦力が集中してくれるのは良い事だと思っていた。ここに集まれば、ここではない場所が手薄になり、別行動の頼りになる者達が動き易くなるからである。信頼に応えてくれると確信している隊長は、相手が増える事で一時的に不利になっても、出来るだけ長く屋敷中の注意をこちらに引きつけられるように尽力しようと決心していた。


 塀の角から裏門の様子を窺っていたダスク達であったが、なかなか突入の隙が見付からずに焦りの気持ちが強くなっていた。ダスクは無理をすれば塀を乗り越えられるかもしれないと上を見上げた後、手加減抜きで本気を出せば裏門からでも侵入可能だが、死人が出るだろうと憂鬱(ゆううつ)な気持ちになる。それでもこれ以上時間を掛ける訳にもいかないので、飛び出す機会を計りながら決意で硬くなった表情を裏門に居る者達へと向ける。

「……ん?なんだろう。一人屋敷から出てきたけど、まさかまだ増えるのか?」

人が増えるほど難しくなってくるので、ダスクは表情を曇らせるが、予想に反して屋敷から出てきた一人が戻るのに合わせてほとんどの人間が急いで屋敷の中へと入って行く。何が起こったのかという疑問が顔に出ていたダスクを見た黒炎は、少し前から感じ始めていた気配が関係しているのかもしれないと考えていた。

「チョット前から建物の反対側に争うような気配を感じるようになったんだけど、関係あるのかな?」

「なるほど。それに対処する為に人を呼びに来たのかもしれないな。

 っていうか、そういう事はもう少し早く教えてくれよ、黒炎」

「あははっ、こっちに何も変化が無かったからいいかなって」

「はぁ、それもそうか。とにかく、人が減ったから強行突破する」

「りょ~かい。邪魔にならないように付いてくよ」

頷き合ったダスク達は、暗闇に目立たない黒さを生かして塀沿いを音も無く裏門へと走り寄ると、二人しか残っていなかった警備の人間を声の一つも上げさせずに気絶させる。

「こっちに馬車とかが有るよ。多分これでローラを連れて来たんだと思う」

完全に気を失っているかを確認していたダスクから少し離れた場所に厩舎らしき物と馬車が有り、その側に周囲の気配を窺っている黒炎の姿があった。気絶している二人をまとめて担いだダスクは、厩舎内の藁の山に放り出すと、丁度良く視界に入ったロープと手拭いを使って身動き出来ないように拘束する。しっかり縛られているか結び目を確認したダスクは厩舎から出ると、馬車の近くから移動して屋敷の別棟を眺めている黒炎へと歩み寄る。

「あそこにローラが居るのか?黒炎」

「う~ん、気配はそっちに続いているんだけど……。

 近くまで来てるのに、いつものようにフワッと感じられないんだよね」

「フワッと?よくわからないけど室内だから感じ難いんじゃないのか?」

「そうなのかな~。いつもは壁とかは関係無いんだけど。

 確かに分厚い壁がたくさん有る家だと、感じる気配も薄いんだけどね」

「分厚い壁……もしかしたら」

考えながら呟くダスクであったが、自分を見る黒炎の視線を感じて、今は考えるよりも行動するべきだと決意する。

「とにかく、気配を辿って行けば良いと思う。結構時間をくっちゃったから急ごう、黒炎」

「そうだね。早く迎えに行ってあげよう」

そう言って駆け出した黒炎に続いて別棟の扉の前まで来るが、予想に反して周囲に人の気配は感じられず、慎重に扉を開いてみるが見える場所には誰も居らず静かでシンとしていた。

「誰も居ないのか?他に人が居ないなら好都合かもしれないな。早くローラを探して帰ろう」

「うん。ジャマする人が居ないならラッキーだね」

そう言って嬉しそうに尻尾を振る黒炎に笑みを返したダスクは、手分けして建物内をフローラルの姿を求めて歩き回る。急ぎ足で探し回ったが見落としする様な事は無く、全ての部屋を確認しても探し人の姿は見付けられなかった。フローラルの気配は確かにこの建物から外には出ていないと感じる黒炎は、ダスク以上に動揺して耳や尻尾を力無く垂らしたままウロウロしていた。その様子を見たダスクは、何か見落としが有るのではないかと、兜の顎の有る辺りに片手を当てて考え始め、ここに入る前に話していた時に頭に浮かんだ可能性を思い出す。

「この建物内で一番強く気配を感じる場所はどこか、判別出来るか?黒炎」

「……えっ、うん、出来るよ。それがどうしたの?」

「少し心当たりがあるから案内してくれ」

「りょ~かい、こっちだよ。ボクにはこれ以上のコトは出来そうもないから頼むよ、ダスク」

「ああ、絶対に見付けてみせる」

その言葉に少し安心したらしい黒炎は、見た目は普段通りに戻ってさっそくダスクの言った場所へと案内し始める。黒炎の向かった場所は、廊下の一番奥で、周囲には出入り口になりそうな扉類は見当たらなかった。それでもダスクは突き当たりの壁まで近付くと、目の前の壁や床を軽く叩き始める。何をやっているのか不思議そうな顔になった黒炎が傍らに近寄ったところで、不意にダスクの動きが止まり同じ場所を数回続けて叩いてから黒炎へと顔を向けた。

「音が違って聞こえる。この向こうに空洞が有るんだと思う」

そう言って再び叩いてみせると、側で聞いていた黒炎にも音の違いが分かった。

「もしかして、地下室とかがあるのかな?」

「そうだと思う。場所は間違っていなかったな、黒炎」

「そっか、良かった。間違えていたらどうしようかと思ったよ~」

「黒炎の気配を感じる力に間違いは無いと思っていたよ」

「ありがと~、ダスク」

嬉しそうに瞳を輝かせる黒炎に笑みを返したダスクは、その場所の近くを探るが、簡単にはその仕掛けを見付ける事が出来ずに頭を抱える。その様子を見た黒炎は、不思議そうな顔で一言。

「壊しちゃえばいいじゃん」

それを聞いて、兜で見えないが呆れた顔になったダスクは、しかしそれが今出来る最善の方法だと思い直すと、黒炎に頷いて身振りで離れているように伝え、背負っていた大剣を両手に構えて振り上げていた。


 少し時間は戻り、何度も拘束から逃れようと試みていたフローラルは、疲労と拘束具の頑丈さに辟易してベッドの上で少し休憩していた。荒くなった呼吸に加えて顔に少し汗を浮かべているフローラルであったが、強い意志に翠の瞳を輝かせている姿は少しも彼女の魅力を損なっていなかった。数回の深呼吸で呼吸を落ち着かせたフローラルは、再び拘束具への挑戦を行おうと身体に力を込めるが、その瞬間、正面の扉が開いて見覚えの有る四十代から五十代の恰幅の良い貴族の男が室内に入って来るのが見えて手を止める。自分が何も出来ない状態だと思い出したフローラルは身体を強張らせ、ほとんど動けないがベッドの上を後退ると、気持ちだけは負けない様に男を睨みつける。

「貴方は……」

「くくくっ、元気が余っているようだな。それでこそ壊しがいがあるというものだ」

「っく、何が目的で私にこんな事をするんですかっ!?」

少女の怯える仕草が気に入ったらしい男は、嫌な笑みを浮かべながらベッドの上が良く見える場所に設置されているソファに座り、目の前のテーブルに置かれたワインをグラスに注いで一口飲む。その様子を見ていたフローラルは、相手が自分の動揺する仕草を肴に酒を嗜んでいる事に気が付き、全く理解出来ない存在を前にしているのが分かって今迄経験した事の無い恐怖を感じていた。

「答えてっ!?なんでこんな事をするんですかっ」

「くくくっ、まあ無関係というでは無いから教えてやろう。

 お前達の知人である隣国の王女達、あの蛮族どもをこの国から排除出来た記念だからな。

 ついでに、蛮族どもと仲良くしていたお前を拾ってきたのだ。

 お前はまだ未熟な美しさではあるが、しばらくは楽しめそうだからな、色々と」

「あ、貴方が今回の事件の黒幕だったのね。なんで平和になるのを邪魔するんですか?」

 ダンッ

突然黒幕の男はテーブルにワイングラスを叩きつけると、酔い混じりの血走った目でフローラルを睨みつけてくる。

「……平和?ふざけた事をぬかすなっ。あの蛮族どもはこの国にとって敵以外の何者でもない。

 今迄も戦争でこの国の者が血を流したっ、我が父もな。そのせいで母も……。

 我が目の黒いうちには蛮族どもと同盟など許さん。

 くくくっ、あやつらの血を流す為の軍需物資からの利益も失いたくないからな」

怨念の篭っている様な言葉に更に身体を強張らせるフローラルであったが、最後の言葉に我欲を感じて抵抗する気力が湧いてくる。

「色々言っていたけど、結局は自分の利益が大事なだけじゃないですか。

 その為だけに人を殺そうとするなんて最低だわ」

「くくくっ、なんとでも言うがいい。どうせ最後にはお前も死ぬ事になるのだからな」

そう言った黒幕の男は、グラスになみなみとワインを注いで一気に飲み干すと、ソファから立ち上がってベッドへと近付いてくる。

「来ないでっ!?」

「好き放題言ってくれた礼に、せいぜい苦しませてやろう。ああ、心配するな。

 ここならいくら泣き叫んでも外には聞こえん。思う存分鳴いてみせるがいい」

表情の消えた顔になった黒幕の男は、歩みを止めずに腰のナイフを抜く。その光景に勝手に震え出す身体で後退りながら、これから起きる出来事が夢であって欲しいとフローラルは祈っていた。

「もう鳴かないのか、つまらん。だが声を出させる方法などいくらでもある」

「イヤッ!?離してっ」

押し返そうとするフローラルの足を慣れた様子で避けた黒幕の男は、フローラルの細い首を空いている手で掴むと、ジワジワと苦しめるように力を込めていく。

「ぐぅ……ぁ」

次第に呼吸が苦しくなり、視界がぼやけてきたフローラルの心が折れそうになる寸前、酸欠で思考がまとまらない状態では理解できなかったが彼女の耳に何かの音が飛び込んで来る。

 ズズゥゥン

振動を伴った音が聞こえて来た瞬間、黒幕の男はグッタリしているフローラルを放すと、自分の入って来た唯一の出入り口である扉へと顔を向ける。すぐに音が続かなかったので視線を戻した黒幕の男はフローラルがグッタリしているのに気付き、簡単に死んでしまっては興ざめだと思ったらしく呼吸に問題が無いかをドレスの胸の上下で確認した後、何が起こったのかを確認しようと扉へと近付こうとする。

 ズズゥゥン

一歩踏み出したところに先程よりも近い場所から再び振動を伴う音が聞こえて来て、思わず続く足を止めさせられる。

「いったい何が起こっている?まさかと思うが、侵入者なのか?」

黒幕の男の脳裏に浮かぶのは、この部屋へと続く階段を出現させる仕掛けを知っている者はほとんど居ないという事実と、階段の途中に設置されている侵入者を妨げる数枚の鉄の扉頑丈そうな姿であった。

 ズズゥゥン

更に近い場所から聞こえて来た振動を伴う音に加え、扉の隙間から少しずつ入ってくる埃に、黒幕の男の顔は青褪めるのを通り越して白くなる。自分の想像が正しければ、仕掛けを動かさずに石造りの壁を破壊した何者かが、特別頑丈に造らせた鉄扉をも全て突破して来た事になるからである。その場で動けなくなっている黒幕の男を余所に、何者かが目の前の扉のすぐ向こう側に近付いてくるのが足音で分かった。

 カチャリ

動きを止める事無く開かれた扉から入って来たのは、大剣と巨大な盾を構えたダスクと、巻き込まれないように少し下がった黒炎であった。そのまま部屋の中央まで進んで立ち止まったダスクは、室内を見回してベッドの上にフローラルの姿を確認する。フローラルは黒幕の男の手から逃れる為に暴れたせいでドレスや髪の毛は乱れており、首を絞められていたせいで未だに苦しそうな表情のままであった。

 ザワッ

その瞬間、ダスクから放たれる空気が劇的に変わり、その殺気に黒幕の男は身体を動かせなくなると共に呼吸も一瞬止まりそうになる。

「お前がやったのか?」

平坦な声での質問に、何を答えても自分にとって最悪の結果になりそうで、訳の分からない事ばかりが口から飛び出してくる。

「ちがっ、違うのだ、これは、そうっ、陰謀なのだ、わっ、私は悪くない」

その態度で誰が犯人かは丸分かりであったが、黒幕の男は手に持っていたナイフを放り捨てて両手を前に出して振りつつ、首も痛めそうなくらい勢い良く振っていた。

「気を失ってるけど怪我は無いみたいだよ」

いつの間にかベッドに近付いていた黒炎の言葉に、ホッとしたダスクであったが、怒りが収まらずに大剣を黒幕の男の目の前にに突きつける。

「ひぃっ」

「今後同じ事をしたら絶対に許さないぞ」

目の前の大剣から視線を外せないまま声も出せずに何度も頷く様子を確認すると、ダスクは大剣を下ろしてフローラルの様子を見る為に足を踏み出そうとするが、あからさまにホッとして息を吐く黒幕の男に釘を刺しておこうと大剣を逆手に構えて持つ手に力を込める。

 ズドンッ

「ひぃっ」

石造りの床に突き立てた大剣は、その三分の一の長さが床へと消えており、その威力に腰を抜かした黒幕の男は床に力無くしゃがみ込んでいた。厩舎から持ってきていたロープで黒幕の男を拘束したダスクは、今度こそフローラルの様子を見る為に黒炎の隣に移動する。フローラルの表情は先程よりも和らいでおり、それに安心したダスクは兜を脱ぐと、フローラルを拘束している物を全て取り除いてからそっと肩を揺すって覚醒を促す。

「おーい、ローラ。大丈夫か?大丈夫なら起きてくれ」

「迎えに来たよ、ローラ。ダイジョブだから目を覚ましてよ~」

なかなか起きないフローラルに心配になるダスク達であったが、肩を揺するのを続けているうちに目蓋を震わせて目を覚ましてくれそうな気配になる。

「う……んぅ、はっ!?イヤッ、来ないでっ」

「ちょっと待った、僕達だよ、ローラ。助けに来たんだ。大丈夫だから落ち着いてくれ」

「助けに来たよ~。酷い事してたヤツはダスクが懲らしめてやったよ、ローラ」

起きたばかりで混乱しているフローラルに、ダスクは上からだと怖がらせてしまうと判断して黒炎の隣にしゃがんでから落ち着いた声で、黒炎は優しい声で安心させようと声を掛ける。ベッドの端のそれ以上下がれない場所で後退っていたフローラルであったが、自分の身体に何も起きず、聞き慣れた声が聞こえて来る事に気付いて俯いていた顔を上げる。

「あ……あぁ」

落ち着いてきたらしいフローラルの様子に、ダスクと黒炎は笑みを浮かべて顔を見合わせると、ホッと息を吐いていた。

「ダスクっ、黒炎っ」

安心して油断していたダスクは、ベッドの上から飛びついてきたフローラルを受け止めきれずに尻餅をついてしまう。フローラルは片腕ずつでダスクと黒炎の首に抱きつくと、強い恐怖からの反動で涙を流して大声で泣き始める。

「うっ、うわぁぁぁぁぁん、怖かった、ほんとに怖かったんだからぁ」

それだけ言うと、後は言葉にならず泣き声に掻き消され、ダスクと黒炎は落ち着かせ安心させる様にフローラルの背中をポンポンと手や前足で軽く叩いていた。泣き止むまでしばらくそのままの体勢でいたダスク達は、照れくさそうな顔で離れたフローラルが身支度を整えるのを待ってから、拘束した黒幕の男を伴って地下室を後にする。

「これは……凄いわね」

地上へと続く階段を昇り始めたフローラルが目にした光景はその言葉通りで、そこら中に壁や床の石材が散乱しており、破壊された鉄扉が壁に立てかけられていた。それを見た黒幕の男は、それらの破壊が自分に向けられなくて良かったと心底から思っていた。

 階段を抜けて別棟から出たダスク達は、黒幕の男に案内させて本館の中を通って屋敷の出入り口へと向かう。正面玄関が近付くにつれて争っている者達の喧騒が聞こえてくる。ダスクは黒炎とフローラルに自分の後ろに居るように伝えてから、黒幕の男にすぐ前を歩かせながら慎重に進んで行った。玄関の扉は開かれており、玄関ホールで軍服を着た一団と武装した一団が戦っているが、若干軍服の一団の方が押しているとダスクは感じる。その場で黒幕が捕まった事を示して終わりにさせようと考え、見える場所で声を上げようとしたところで、使用人らしき老人がこちらに気付く。

「だ、旦那様、そのお姿は……」

厳重に拘束された黒幕の男の姿に驚いた声が、結果的にその場に居る者達へと注意を促す事になり、自分達の雇い主が力無く首を横に振っているのを見て、全部終わったのだと理解する。そこからは武装した一団の(したた)かなところで、逃げ道を封鎖される前にその場を素早く離脱して行った。それに慌てた軍服の一団は、逃げた者達を追い掛けてあっという間にそこから居なくなる。

「あははっ、すごい逃げっぷりだね~」

「うん。あの状況判断の速さは見習いたいかもしれない」

「なにを感心してるのよ。雇われただけかもしれないけど、悪い事をしてた人達なのよ?」

「そうなんだけど、相手が誰であっても、良い所を感心するのは構わないと思う」

「うむ、確かにそうであるな」

突然会話に割り込んできたのは、見慣れぬ軍服を着ているが素顔(●●)のウィリアムであった。ダスク達の側に来たウィリアムは、フローラルの無事な姿を見て安堵の表情になる。

「うむ、良かった。そなたが無事で安心したぞ、ローラ」

「心配してくれてありがとう、ウィリアム。危ういところでダスク達に助けてもらったの」

「うむ、さすがだな。黒幕も捕まえたようであるし、おぬしは本当に頼りになるな」

拘束されている黒幕の男を一瞥(いちべつ)したウィリアムは、頷いてダスクの手柄を賞賛するが、先程の軍服の一団と同じ服を着ている事に気付いたダスクは、今回のウィリアムの活躍も大きなものであったと理解する。

「活躍したのはウィリアムも一緒だろ。さっきの軍人さん達が、城で言ってたツテなんだろうし」

「そうなんだ?それじゃあ貴方にもお礼を言っておかないとね、ウィリアム。

 本当にありがとう。貴方達みんなが私の恩人よ」

「ふむ、礼には及ばんよ。そなたを助けたかったのは、余やダスクや黒炎共通の願いだったのだから」

「そうだよ、ローラ。みんな仲間なんだからね」

「ふふっ、ありがとう……」

笑顔で目尻を拭うフローラルに、ダスク達は揃って嬉しそうな顔になっていた。

「とりあえず、余が黒幕を連行しよう。皆は先に帰って、疲れた身体をゆっくりと休ませるがよい」

「一緒に行かなくて大丈夫か?」

「うむ、余に任せておけ。それに、知人が戻ってきておるから大丈夫だ」

ウィリアムの視線を辿ると、扉の外に軍服を着た細身の男性が居り、ダスク達の視線に応えて会釈を返してくる。

「わかった、そっちも無理するなよ。それじゃあ、僕達は先に学院に帰ろうか」

「そうね。お言葉に甘えさせてもらおうかしら。貴方も気を付けてね、ウィリアム」

「うむ、怖い思いをさせて済まない。そなたにはゆっくり休んで欲しい」

「ありがと、ウィリアム」

「ボクはお腹が減っちゃったよ。今日は結構動いたからな~」

「そうだな。ローラを見付けられたのも黒炎のおかげだからな。帰ったら夜食でも作るよ」

「やった~、早く帰ろうっ。それじゃあ、またね、ウィリアム」

「うむ、またな」

早速駆け出そうとするいつも通りの黒炎に、ダスク達は笑みを浮かべてから手を振り合うと、ウィリアムに見送られてダスク達は屋敷を後にした。


 学院に戻ったダスク達は、暗くても見慣れた校舎の姿に安堵する。普段生活している場所が、日常に戻ってこれたと思わせてくれたのかもしれなかった。フローラルを女子寮に送ったダスクと黒炎は、我が家へと戻って夜食を食べた後、自覚している以上に疲労していたらしく寝床に入った瞬間に夢も見ない深い眠りに誘われていった。


 次の週が始まってウィリアムに事の顛末を聞くと、屋敷から逃げ出した私兵達はほとんどが捕まらずに王都からの脱出に成功したらしかった。黒幕の貴族に関しては、城で捕まえた者達の証言や、別荘や屋敷から様々な証拠も押収出来たので罪から逃れる事は難しかったが、何故か最初から黙々と刑に服する事を承諾していたらしい。それくらいダスクの脅しが恐ろしかったらしく、それを黒炎がからかうと、気絶していて分からなかったフローラルや、その場に居なかったウィリアムも見たかったと残念そうな顔になっていた。ダスクは不貞腐れつつも、皆が無事で笑い合う事が出来て本当に良かったと内心思っていた。ちなみに、隣国の知人達は、念の為に一週間は外出が禁じられてしまったのでこの場には居なかった。


 危うい場面もあったが、とりあえず全員が無事に学院へと戻って来れたので、ダスク達はホッとしていた。この先もこういった事件に巻き込まれるかもしれないと不安に思う時もあるが、皆で力を合わせればなんとかなるのではないかと希望的観測ながらも思っていた。季節はこれから夏真っ盛りに入るが、この先学院で生活するダスク達には何が待ち受けているのだろうか。

楽しんで頂けたでしょうか。続きも早く読んで貰えるように頑張ります。

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