ダンスと襲撃(後編)
ペースを守って投稿できるように頑張ります。
陽の沈んだ王都は暗く、中央通りの酒場や食堂から漏れる灯火が闇を切り取っていても、建物の影になって見えない場所の方が多い。もしかしたら灯火を全て消してしまった方が、白く輝く月光に照らされて良く見えるのかもしれなかった。暗闇を照らす為にランプ等の照明を生み出しても、自らが造った建物によってさらに多くの暗闇を生み出してしまうのは、人間の不完全な性質のせいなのだろうか。王都の入り組んだ路地と同じ位に、城の複雑な造りのせいで多くの暗闇が生み出されており、城内の主要な施設から離れたこの辺りにも人間が身を潜めていられそうな暗がりが多かった。その暗がりの一つに迷う事無く一直線に駆けて来る人影があった。月明かりに照らされた人影は、三十代くらいの細身の男性で、高価そうな服装から貴族ではないかと思われる。一旦周囲の様子を窺ってから暗がりに飛び込むと、その場に何者かが居る事を最初から知っていたかのように呼び掛ける。
「おいっ、どこに居る?おいっ、私だ、さっさと答えないかっ」
抑えた声で呼びかけるが、少し間を置いても応える声が返ってこない事に苛つき、もう一度声を掛けようと息を吸った瞬間に、返事が返ってくる。
「短気は損するぜ、貴族の旦那」
太い声で返事が来るが、それなりに力量の有る人物らしく、貴族の男には暗がりに潜んだ相手の姿をすぐには捉える事が出来なかった。苦笑を漏らしつつ分かるように気配を現したのは、武装した傭兵らしき人間であった。その周囲にも数人の武装した姿が認められ、姿を確認出来たがあまり気持ちが楽になる事もなかった。最初に返事をしたのが傭兵達のリーダー役らしく、他の傭兵達はその場を動かず黙って二人のやり取りを眺めたままであった。
「呼んだらすぐに返事しないかっ。私が雇い主だという事を忘れているのではないだろうな」
「くくっ、そんなに怖がらなくても大丈夫ですって。今はあんたが俺らのボスだってのはわかってるぜ」
「ちっ、まあいい。ここまでで何か変化はあったか?」
「特に変わった事はありませんぜ。あんたが言ってた腕利きっていう護衛が一回来たくらいだ」
「ふむ、なるほど。あれはここに用があったという事か。何をしていたかわかったか?」
「いんや、わからん。来たと言っても、すぐに戻って行ったからな。
どうせ何か忘れ物でも取りに来ただけだろうさ」
前回の襲撃の時の護衛役の活躍に、貴族の男改めボス役は警戒をしていたのだが、この場に居ないのならば気にする事も無いだろうと考えを改めた。そっちは主人の駒達に任せる事にして、これから目の前の建物に戻ってくる標的の事を考える。
「ところで、この辺の衛兵の配置はどうなっている?」
「あんたの言っていた通りだったぜ。この建物の周囲にはほとんど巡回も近付いて来ない。
逆に今日のメインの大広間が有る方にはこれでもかって程うろついていたぜ」
「ふむ、そちらの件は上手くいったようだな。これで失敗したらお前達の腕が悪かったという事だな」
「けっ、言ってくれるじゃねえか。
あんたの言ってた護衛が居たとしても、俺ら全員を相手にしたら何も出来ねえだろうさ」
「そうだといいがな。
とにかく、もうすぐここに標的が来る。建物に入って一息吐くタイミングで合図と共に突入するのだ」
「へいへい、何度も言わなくてもわかってますって。
逃げ道を塞ぐ一隊と、直接襲撃する一隊に分けて確実に殺れってんでしょ?
小娘一人くらいに大げさだとは思うが、もう少し信用してくれてもいいんじゃねえか?
俺らは荒事に関しちゃあプロだぜ、あんただってそれはわかってるだろ」
「そういう人間を選んで雇ったからな。まあいい、言うだけの事はやってもらおうじゃないか」
「くくっ、任せておけ。あんたの目が確かだったとすぐにわかるだろうさ」
自信過剰な様子に多少の不安を感じるボス役は、もう少し慎重に動くように注意しておこうと思ったが、中央の建物の方から複数の人間の足音が聞こえてきて黙っている事にする。
カツッカツッカツッ
歩いて来たのは女性らしい曲線を持った二人分の人影で、背の高い方のメイドらしき格好の女性が持つランプの灯に照らされて、もう一人の特徴的な赤系統でまとめたドレスと長いクリスタルの様な輝きを見せる銀髪が確認できた。
「今すぐ襲っちまっても大丈夫なんじゃないか?
あれだけ隙だらけなら、悲鳴一つ上げられずに終わらせられるぜ」
「いいから作戦通りにしろ。あの建物内なら悲鳴も漏れないし、逃げ場を塞いでおけば確実だからな」
「へいへい、慎重な事で。それにしても、あのメイドはイイカラダしてやがるな。
一人くらい持って帰っても良いんじゃねえか?」
「ちっ、下種な男だな。とにかく全員始末するんだ。どこから漏れるとも思わないからな。
それに、あれだけの報酬を払ったんだ、いくらでも女なんか買えるだろう」
「へいへい、ボスの言う事には従いますよ。たまには商売女じゃないのも抱きたい時もあるんだがな」
「無駄話をしている暇なんか無いぞ。もうすぐ建物に入りそうだ。全員準備は良いんだろうな?」
「準備なんかとっくに出来てますぜ。くくっ、抵抗には期待出来ねえが、殺しは血が湧いてくるぜ」
傭兵のいかにも下種な発言にウンザリしつつも、手心を加える事は無さそうなので、その点だけには安心出来そうだとボス役は思っていた。そうしている間にも標的は足を止める事も無く建物の前まで近付いており、その顔も分かったので、確かに標的であると確認出来た。そのままこちらには気付いた様子も無く扉を開いて中に入って行ったところで、緊張していたらしいボス役は溜め息を吐く。それを馬鹿にする様にニヤニヤしながら眺めている傭兵達を無視すると、標的の気が抜ける瞬間を狙って待ちながら、自分の合図で人が死ぬのだという事は極力考えないようにしていた。
「そろそろいいんじゃないですかね、旦那」
「わかってるっ、今合図をしようと思っていたんだっ」
「へいへい、それで、いいんですかね?」
「ああ、計画通りに頼んだぞ」
「くくっ、了解しやした。おいっ、お前ら、旦那のお許しが出たぜ。思う存分暴れてやろうじゃねえか」
「「おうっ」」
小声で頷いた傭兵達は、二手に分かれて足音を立てない様にしながら走り出す。逃げ道を塞ぐ役割の傭兵達が外と繋がっている場所に潜み、配置が確認されたところで正面の扉に耳を付けて内部の様子を探っていた傭兵が頷く。
「ついてるぜ、玄関ホールには誰も居ねえみてえだ。侵入時にバレるのが心配だったんだがな」
「だったらさっさと行け」
「わかってるって……だがな、雇い主だからっていちいちうるせえんだよ。殺すぞ」
「くっ、わかった、口出しはしない」
「くくっ、わかってもらえたなら助かりやす。おいっ、行くぞっ」
ボス役の男の顔が恐れに強張るのを楽しそうに見ながら、片手を上げて振り下ろす。その合図で傭兵達は扉を静かに開いて中へと侵入していくと、一階と二階を分担して捜索を始める。幸い床に敷かれている絨毯によって足音はほとんど立たなかったので、使用人達ならば実際に相対しなければ気が付かないだろうと予想された。ボス役とリーダー役だけがホールで報告を待っていたが、二階の捜索をしていた者達が全て戻って来てからしばらく待っていても、何故か一階の捜索をしていた者達が戻って来なかった。
「いったいどうしたっていうんだ?
二階のヤツラが戻って来ているっていうのに、なんで一階のヤツラが一人も戻って来やがらねえ」
苛立ち混じりに周囲の傭兵達を睨みつけながら、ブツブツと呟くリーダー役であったが、心配になってきたボス役は黙ってられずに口を挟む事にする。
「おいっ、考えている暇があったら戻ってきた者に行かせれば良いだろう」
「ちっ、そんな事はわかってるんだよっ。おい、お前ら、一階の方も見てくるんだ。
もしサボってるヤツラが居たらぶん殴っちまってもいいぞっ。どうせ金目の物に目が眩んでるんだろ」
その言葉に頷いた傭兵達は、自分達が真面目に標的を探していたのに、抜け駆けして小遣い稼ぎをしているかもしれない、この場だけの一時的な仲間達に腹を立てていた。不機嫌そうな顔になった傭兵達は、その事に気を取られているようで、ほとんど警戒するする事も無くバラバラに分かれて各部屋を探し始めた。
トントントン
腕を組みながらイライラと片方の手の人差し指をもう片方の腕に何度も突いているリーダー役の様子に、何か嫌な予感がしてきたボス役は、背後の扉を振り返って、応援を呼んできた方が良いのではないかと思い始めていた。
「おっ、やっと戻って……おいっ!?どうしやがったんだそりゃっ、いったい何があったんだ?」
やっと戻って来たと思ったら、それはボロボロになった傭兵一人だけであった。慌てて駆け寄ったリーダー役に掴まれて、ガクガクと揺らされながらの質問に消え入りそうな声で答えを返す。
「……くっ、黒い……黒いバケモノが……」
「おいっ、なんだそりゃっ……ちっ、気絶しやがったか」
戻ってきた傭兵は、それだけ言ってガクリと力無く首を落としてしまう。もう少し詳しい事を聞きたかったが、何度揺すっても気が付く事も無く、リーダー役の顔には愕然とした表情が浮かんでいた。その様子にボス役は内心の焦りも隠せずに、それでも計画を停滞させる訳にもいかなかったので、落ち着かないまま口を開く。
「何があったかわからないが、外の者達も呼んできて、全員で奥に向かった方が良いのではないか?」
「うるせえっ!指図するんじゃねえ。ちくしょう、屋敷の奥には何が居るっていうんだ……」
簡単な仕事だと思っていた矢先に、戦力が半減してしまい、未知の敵の出現に焦りと恐怖を感じるリーダー役であったが、このまま逃げ帰るには自尊心が許さなかった。内心では金目の物に釣られて油断していたところを一人ずつやられたのではないかと思いつつ、自分だけでは手こずる相手だった場合に備えて、ボス役の言葉に従うのは抵抗があったものの、扉を開いて外の見張りに全員を集めるように命じていた。
外で見張りをしていた傭兵達をホールに集合させると、気絶している傭兵を示して、残りの者達は一人も戻って来ていない事を告げる。その報せを聞いて動揺する傭兵達に自分の予測を伝えたリーダー役は、これから全員で部屋を一つずつ調べながら奥まで進んで行くと新たな方針を伝える。それに頷いた傭兵達は、広い造りの廊下であったが余裕を持たせて二列で進む。今度はリーダー役も共に行く事にしたので最後尾を歩いていた。その後ろにはボス役の姿も有り、最初は残ろうとしていたが一人だけ残される事に不安を覚えたらしく、慌てて付いて来ていた。部屋の中を調べるのは一人だけで、他の傭兵達は周囲の警戒を行いながらなので、思っていた以上に時間が掛かっていた。予想に反して部屋の中には荒らされた跡も無く、警戒していた襲撃も無いまま、一行は一番奥の部屋の前まで来ていた。
「おいっ、この部屋はどんな構造になっているんだ?旦那」
「この部屋はこの建物の一番奥になっていて、この扉以外に外側に繋がっている窓や扉は無いはずだ。
ここに標的が居るなら袋のネズミで逃がす事も無いから、本来なら喜ぶところなんだが……」
「ちっ、逆に言えば守り易いって事か。唯一の出入り口を死守するだけで良いんだからな。
やられたヤツラはどうせ油断して一人で入ったんだろうさ。
まあ、集団で押し込んじまえば良いだけの話だがな」
その言葉を聞いてなるほどと思ったボス役であったが、箱の中身は開けて見なければ分からないとも思っているので、不安や緊張は解消してくれはしなかった。
「全員用意はいいな?扉を開いたら一斉に突入するぞ」
その言葉に傭兵達は無言で頷いて身構える一方、ボス役は少し下がって様子を見る事にしたらしかった。それらの動きを確認したリーダー役は、扉の前に居る傭兵の一人に扉を開くように頷いて合図すると、扉の取っ手を握る手に力を入れる傭兵の後姿から扉自体へと視線を向ける。何がそこから飛び出てくるか、黒いバケモノとは何なのかと内心で考えながら。
その頃、大広間では音楽が奏でられ、皆の見守る広間の中央辺りではダンスを踊る貴族達の姿が何組も優雅に回っていた。その中の一組の男女は、参加者の中でも一番若いのではないかと思える、十代半ば位の少年少女であった。少女は、肩までの栗色の髪のうち両耳の前だけ腰まで伸ばした一房ずつがワンポイントになっており、翠色の瞳に合わせた若葉色のドレスに加え、控えめに身に付けた装飾品と魅力を損なわない薄化粧がその魅力を惹き立てていた。少年は、綺麗に整えられた茶色の髪と勝気そうな茶瞳、平均的な体格の身体に儀礼用の服と腰に長剣を身に付けていた。少女の方はどこか機嫌が悪い表情をしており、それを困り顔の少年が何事かを話し掛けて宥めていた。
「……」
「黙っていたのは悪かった。敵を欺くにはまず味方からと言うではないか。
そなたを騙すのは本意では無かった」
その言葉にも答えを返してくれない少女に、益々少年は困った顔になってしまう。
「済まなかった。今後は出来るだけ伝える事に努めよう」
「はぁ、内緒にされていたのは気に入らないけど、私が怒っているのはそこじゃないわ。
何度も言うけど、いくら強くても、一人だけに危険な役目を任せるのは間違ってると思う」
「うむ、確かにそなたの言う通りではあるのだがな……」
「言いたい事はわかってるわよ。それが本人の意思で、可能とする力量も持ってるんだからね。
それでも間違ってるって言いたいのよ。そして一番怒りを感じているのは自分の無力さに対してね。
チームだからこその役割分担だと頭ではわかってるけど、感情では割り切れていないのかもしれない」
「ふむ、その気持ちもわかるが、世の中には同じ様な事はそこかしこに存在しておる。
割り切る努力をしていかねば、特に我らが学ぶ分野では辛い事になるぞ」
心配そうな顔で自分を見る少年に、少女は儚い微笑を浮かべる。
「心配してくれてありがとう。それでも変えられない、変えたくないモノってあると思うの……」
「ふむ、辛い時は余がそなたの話を聞こう。内に溜めるよりは心も軽くなるであろう」
「ふふっ、珍しく良い事言うわね~。ほんのチョットだけ見直したわ」
「むう、ほんのチョットだけか……」
少女からは先程までの沈んだ雰囲気は薄れており、少年は内心満足そうに頷いていた。二人を包む空気は先程までよりも柔らかく暖かいモノに変わっているようであった。
その二人、特に少年の方へ熱のある、というよりは獲物を狙う視線を送っている女性達が、現在奏でられている曲が終わるのを今か今かと待っていた。その様子を遠目から眺めている四十代から五十代の貴族の男が、ニヤリとした嫌な笑みを浮かべていた。そろそろ曲が終わって、視線の先の女性達、その貴族の男が用意した駒、に囲まれたターゲットの少年がどのような反応を見せるか楽しみにしているようであった。そこで初めて少年と踊っている少女の方へと視線を向けると、感心した様な表情で片手を顎に当てて品定めをするような顔になる。その目にはあまり好ましいとは思えない感情からギラついた光が浮かんでいた。
バンッ
「突入だっ!」
一番奥の部屋の扉が勢い良く開かれた瞬間、リーダー役の傭兵の合図と共に傭兵達が部屋の中へと突入していこうと足を踏み出す。その様子を下がった場所で眺めるボス役の貴族の表情は強張り、後が無い状況に追い込まれているので、これで上手く行ってくれる事を祈っていたのだが、現実はそう甘くはなかったようである。
ドガッ
最初に室内に足を踏み入れた二人のうち一人が、まるで走る馬車に跳ね飛ばされたかのような勢いで吹き飛んできて、続こうとしていた者達を押し戻す。距離が離れていたおかげでそれに巻き込まれなかったボス役は、もう一人が室内で崩れ落ちる瞬間を目にしていた。
「おいっ!いったい何が起きたっ」
押し戻されてきた者達を邪魔そうに掻き分けながら、リーダー役は前方で何が起きたのかを確認しようとする。その視線の先にある扉の向こう側の光景は、逆光で一瞬暗闇だったのかと勘違いしそうに見える黒い大きな塊に塞がれているように感じ、標的やその他の使用人達が居るのかも確認出来なかった。戸惑いで一瞬動けなくなるが、それは目の錯覚だったようで、まばたきをした次の瞬間、黒い塊は自分よりも小柄な身体にくすんだ全身鎧を纏い、それと同素材らしき大剣と巨大な盾を構えた人影だと分かった。
「……ちっ、何をやってやがる。相手は一人だけなんだ、さっさと殺っちまえっ」
先に調査に向かった者達に加えて、突入した二人が倒されたのは、今と同じく不意打ちで倒されたに違いないと考えたリーダー役は、もうこれで問題無いと間を置かずに続けて突入を促す。その場に居る傭兵達も同じ事を考えたらしく、顔に残忍な笑みを浮かべながら護衛らしき人影に襲い掛かった。
ガッガッガギッ
場所が狭いので一度に攻撃出来る人数が制限されるが、一人に対して複数で攻撃を加える事が出来るので、護衛が倒されるのは時間の問題だと思っていたリーダー役であったが、予想に反して攻撃はいつまでも終わらずに続き、不思議な事に攻撃している者達が後退って来ていた。その様子を唖然としながら見ているうちに、とうとう護衛が扉の前まで出て来てしまう。攻撃を加えていた者達は、自分達が後退していた事に気が付き、さすがに疲労を感じたらしく攻撃を止めて間合いを取っていた。
「……なるほど」
兜に顔が隠れている護衛の口からそんな言葉が漏れ、傭兵達は信じたくは無かったが、それが自分達よりも若い十代の少年の声であった事に驚く。その位置で傭兵達を見回した護衛は、自分の何倍もの人数に囲まれていながらも、その態度には恐れは全く感じられず逆に余裕のようなものを感じさせた。それを見たリーダー役は、自分達が侮られていると感じて怒りのあまり真っ赤になると、自分の武器を護衛に突き付けて怒鳴り声を上げる。
「なめてんのか、テメエっ!この数を相手にしてもその態度が続けられると思ってやがるのか?
部屋から出て来たからには、今迄以上の数を相手にするんだぞ」
「特に問題は無いですよ。
とりあえず、全員逃がすわけにはいきませんから、来るなら本気で来て下さい」
「ぐっ、馬鹿にしやがって!
おいっ、テメエら、ここまでコケにされたからには手加減抜きで殺ってやれっ」
「「おぉっ!」」
リーダー役以外の傭兵達も、いい加減頭に来ていたらしく、全員が怒りの形相で護衛へと殺到する。先程までとは段違いの迫力で迫る武器に対して、護衛は溜め息を吐いてから大剣を持つ手に力を込めた。
ドガッ
「ひいっ」
吹き飛ばされた傭兵の一人が足元に転がって来て、ボス役は思わず恐怖の声を漏らす。護衛の大剣の一振りで一斉に攻撃を加えた傭兵達が吹き飛ばされ、それを呆然とした顔で見ていた他の傭兵達も、大剣の一撃一撃で一人ずつ戦闘不能になっていく。そのまま無人の野を行くが如くに足を進めた護衛は、最後に残ったリーダー役の目の前に立つ。
「あ?あれ?なんで……なんなんだこりゃ、っていうかなんなんだテメエはっ!?」
それがこの場でのリーダー役の最後の言葉になり、無造作に振られた大剣によって、その意識はあっさりと刈り取られていた。つまらなそうに大剣の切っ先を下に降ろした護衛は、戦闘力に期待出来そうも無いボス役へと視線を向ける。その動作にビクリと身体を震わせたボス役は、信じられない光景に一歩も動けなくなっていた。
「あなたもやりますか?抵抗しなければ攻撃はしませんが」
その質問の意味を理解したボス役は、首と両手を総動員して横に振り、抵抗の意思が無い事を伝える。それに頷いた護衛は、いつの間に取り出したのか丈夫そうな縄を手にして近付くと、抵抗出来ないようにボス役をシッカリと縛め、一番奥の部屋へと連行して行った。
「お疲れ~、そんなに時間掛からなかったみたいだね、ダスク」
「うん、そうなんだよ、黒炎。数が多かったけど、あんまり手強い相手は居なかったからな」
「あははっ、こんなに上手くいくとは思わなかったな~」
「僕もそう思っていたけど、頭の良い人間の考える事は凄いな」
完全装備で軽々と動き回れる事から分かるように、ここで護衛として大活躍をしていた方がダスクで、そのダスクと交代したウィリアムが考えた作戦の成功をしきりに感心しており、黒炎も紅い瞳を声と同じく感心したふうに輝かせながら尻尾を機嫌良く振っている。ここで留守番していたウィリアムと途中で交代したダスクは、城に来る時に着ていた装備を再び纏って襲撃を待ち、交代したウィリアムは前述の大広間の少年として、少女であるフローラルと合流して説明をしつつダンスを踊っていたのである。ダスク達が話をしている間にも、部屋に居た使用人達は手際良く気絶した傭兵達を縛り、既に捕らえた者達と同様に部屋へと運び込む。この部屋から脱出するには、唯一の出入り口である扉を通るしかないので、護り易い場所であったこの部屋が逆に襲撃者達を閉じ込める檻に利用出来るからであった。全員の運び入れが終わり、自分以外を外に出して全ての縛めを確認したダスクは、扉は閉めずに中を見張りながら、全員が無事で良かったとホッと息を吐いていた。
ダスクの活躍で傭兵達が撃退される少し前、大広間では一曲終わって次のダンスのパートナーを探す貴族達が優雅に歩き回りつつ、会話に花を咲かせていた。先程まで踊っていたフローラルとウィリアムは、動いて乾いた喉を飲み物で潤しながら会話を楽しんでいた。念の為にもう少しの間はここに居なくてはならないので、ダスク達の事が心配でもそれを表に出さない様に努力もしていた。
「むこうはどうなったのかしら?」
「うむ、ダスクの力量ならば、もうしばし待てば安全になるであろう」
「信頼しているのね」
「うむ、そなたも含めてチームメイト全員の事を信頼しておる」
「そんな事を言われると、それが貴方からでも嬉しいものね」
「むう、余でも、というところが引っかかるが……」
「ふふっ、冗談だから気にしないの」
楽しそうなフローラルの笑顔に、相変わらずの扱いに不満を覚えながらも、ウィリアムは安心して笑みを浮かべる。そのまま楽しい雰囲気で過ごせるかと思っていたウィリアムであったが、突然周囲を美しく女性的な魅力を引き立たせるドレスを纏った女性達に囲まれてしまう。同時に女性達にウィリアムの前から弾き飛ばされたフローラルは、その光景を唖然として眺めていた。女性達は我先にとウィリアムに話し掛け、次のダンスのパートナーに選んでもらおうとウィリアムの腕に抱きつき豊かな胸に抱え込む。さすがにそれをあからさまに喜ぶ事は無かったが、周囲を見回しても大勢の女性から好意を向けられているのが自分だけのようなので、自尊心を刺激するその優越感には抗えずに思わず笑みが漏れてしまう。その様子を見ていたフローラルは、女性達にデレデレしているように見えたらしく、不機嫌そうな顔になって荒々しい足取りでその場から離れて行ってしまう。
「む?どこに行くのだ、ローラ。待たぬかっ、まだ早い……事も無いが。待ってくれ、ローラ」
フローラルが離れて行こうとするのに気が付いたウィリアムの制止の声に、一瞬ピクリと反応していたフローラルであったが、背後から聞こえる女性達のウィリアムを求める声に、そのまま無視をして大広間から出て行ってしまった。
「ふむ、余にも嫉妬をしてくれるとは、可愛いところもあるのだな……。
いやいや、そんな事を考えている場合ではない。すまぬが通してくれぬか?余は行かねばならぬ」
一瞬、喜んでしまったウィリアムであったが、まだ完全に安全だとは分かっていないので、慌ててフローラルの後を追おうとするが、周囲を囲む女性達の粘り強さになかなか先に進めず困惑していた。
それを遠めに眺めてから、女性達を駒として使っていた貴族はフローラルの後を追うように大広間を出て行くと、すぐに近寄って来た配下の者らしき人影と共に廊下の先から聞こえて来る足音を追い駆け始める。ウィリアムは困惑と女性達への説得に気を取られていて、運悪くその様子を見逃してしまった。
カッカッカッ
足音高く廊下を歩きながら、フローラルは自分の気持ちを持て余していた。自分が何故ここまで不機嫌になっているのか、自分へと好意を示す者が他の女性に気を取られていたからか、それともたくさんの女性に囲まれてデレデレしているのが友人として見ていられなかったのか、色々な考えがぐるぐると胸中に渦巻き考えがまとまらない事で更にイライラを感じてその足取りも益々荒くなる。
「なんなのよっ、綺麗な女性に囲まれて嬉しそうにしちゃって。
何故かわからないけどムカムカしちゃう自分にも嫌になっちゃうし。
だいたい、ダスクが一人で戦ってるっていうのにもぅっ!……はぁ、何やってるのかしら、私」
勢いに任せて大広間を後にしたフローラルであったが、荒々しく歩きながら声に出してイライラを吐き出した事で少しは発散出来たらしく、急に冷静になって自己嫌悪に陥ってしまう。
「頭にくると後先考えずに動いちゃうのは考え物ね。
置いて来ちゃった事は、後でウィリアムには謝っておかないと」
良くない感情はあまり長く持ち続けないのがフローラルの良い所で、数回深呼吸しただけでいつもの彼女に戻っていた。そこでやっと周囲を見回す余裕が出来たらしく、今居る場所が見覚えが無く、暗闇を照らす灯りも少ないので急に心細くなってしまった。
「どうかしたのかね?こんな場所に一人で居るとは、もしかして道に迷ってしまったのかな?」
急に声を掛けられてビクリとしたフローラルが聞こえて来た方向へと視線を向けると、そこには笑みを浮かべた四十代から五十代に見える貴族の男が立っていた。見知らぬ場所に一人きりで不安だったので、知り合いでなくても人に会えてホッとするフローラルであったが、これで道を聞けると安心して気が抜けてしまったのとこの場所の薄暗さで、貴族の男の笑みが貼り付けただけだという事に気が付けなかった。
「えっと、大広間へはどのように行けば良いのでしょうか?」
とりあえず一度大広間に戻ってみようと思ったフローラルの言葉に、貴族の男は大げさに身振りを交えて頷く。
「おお、それなら私もちょうど大広間に戻るところであったのだよ。
年寄りのエスコートで申し訳ないが、共に戻るとしようか、美しいお嬢さん」
「ありがとうございます。城は初めてなので助かりました」
「気にする事は無いぞ。それでは行くとしよう。見失わないように、しっかり付いて来なさい」
「はい」
後ろを振り返って歩き始めた貴族の男に、置いていかれたら困ると慌てて追い掛けたフローラルは、一歩下がった位置を保つ。そのまま少し進んだところで、見覚えが有るような場所が視線の先に現れ、一瞬そちらに注意を奪われる。
ガッ
その瞬間、身体のどこかに衝撃を受けたフローラルは、意識が暗転して力無く石造りの廊下へと倒れ込んでしまうが、床にぶつかる前に暗闇から伸ばされた腕に受け止められていた。物音に振り返った貴族の顔に驚きは無く、その表情は先程までの貼り付けただけの笑みから嫌なモノを感じさせる歪んだ笑みに変わっていた。
「良くやった。さっさと屋敷に戻るぞ。その娘は丁寧に運ぶのだ。
なにしろ私の所有物になるのだからな……くくくっ」
嫌らしい顔になる主の姿を見ても、配下らしき者は彫像の様に表情を変える事も無く頷き、気絶しているフローラルを担ぎ直すと、さっきまで進んでいたのとは全く違う方向へと早足で歩き始める。それに続いて歩く貴族の男は、今頃は成功しているに違いないと思っている暗殺計画に加えて、思わぬ拾い物があった事に満足して声を出さずに笑っていた。
ようやく女性達の輪から脱出したウィリアムは、ダスク達の居る建物へ向かって廊下を駆けていたが、いつまで経ってもフローラルの姿が見えて来ない事に首を捻っていた。もうすぐ建物が見えてくる所まで来ていたが、とっくに追いついていなければならない場所である事に、次第に不安感が増してくる。それでもフローラルが走って戻ったのかもしれないと思い直し、それを早く確認しようと足を速めていた。
バタンッ
その勢いのまま扉を開いたウィリアムの登場に、襲撃者を駆けつけた衛兵に任せて玄関ホールで待っていたダスクと黒炎は驚いて視線を向ける。硬い表情で呼吸を乱すウィリアムの様子に只ならぬものを感じたダスク達は、ウィリアムへと駆け寄ってその肩を片手で掴む。
「そんなに慌てていったいどうしたんだ?ウィリアム。
それにローラの姿が無いけど、一緒じゃなかったのか?」
その言葉に最悪の想像が現実になった事が分かって、ウィリアムは呆然とした表情になって立ち尽くす。何も言えなくなっているウィリアムに、焦れたダスクは両肩を掴んで揺する。
「ローラに何かあったのか?
おいっ!しっかりしろっ、ウィリアム。何かあったのならすぐに動かないと駄目だろっ」
いつまでもボケッとしている様子に焦れたダスクは、何かを決心して片手をウィリアムの肩から離す。側で心配そうに見ていた黒炎は、次のダスクの行動を予測してギュッと目をつぶった。
バシッ
間近で聞こえた音と頬の痛みにハッとしたウィリアムは、同姓に平手で頬を叩かれた事に怒りの表情をダスクに向けるが、ダスクの焦りを含んだ厳しい表情に今の状況を思い出す。
「済まぬ、面倒を掛けたな」
いつものウィリアムに戻ったのが分かって、ダスク達はホッとすると共に、真面目な顔で何があったのかを促す。それを受けたウィリアムは、珍しく何かを失敗したみたいな顔になる。
「故あってローラを怒らせてしまったのだ。そのまま大広間を飛び出してしまってな。
慌てて追い掛けたのだが、結局ここまで来ても合流する事が出来なかった」
それを聞いたダスクは考え込み始めるが、黒炎は不思議そうな顔になって首を傾げる。
「それなら迷子になってるんじゃないの?ローラだってボク達と同じで初めてココに来たんでしょ?」
「うむ、そうであれば良いのだが……」
「他に何か心配なコトでもあるの?」
「今回の襲撃に関係しているんじゃないかってウィリアムは考えてるんだよ、黒炎」
話に割り込んできたダスクの言葉に、ウィリアムは頷いて苦しそうな顔になる。
「黒幕達に捕らえられたとすれば、ローラの身に何があるか考えたくも無い……」
「そっか、他にも居たら危ないもんね」
「その黒幕に心当たりは無いのか?ウィリアム」
「うむ、あるにはあるが……確証が無いまま押し掛ければどの様な事になるか分からん。
その黒幕は、それなりに力の有る貴族なのだ」
「そんな事はやってから考えれば良い。
見付かれば問題は無いし、それよりもローラの身に何かあってからじゃ遅いんだ」
「……うむ、おぬしの言う通りであるな。余の考えが間違っていた、すぐに動くとしよう」
それに頷いたダスクは、少し考えてから傍らの黒炎の顔を見る。
「とりあえず、そんなに時間が経っていないだろうからローラの気配を追えるだろ?黒炎」
「どうだろう?とりあえずやってみるよ」
「頼んだ。それじゃあ手分けして探そう。ウィリアムはその黒幕の方を頼んだ。
なんとなくだけど、最終的には合流出来そうな予感がしてるけどね」
「うむ、承った。余のツテで信用出来る人間と共に動く」
「それじゃあ、早く行こうよ。がんばってローラを見付けよ~」
黒炎の明るい言葉に苦笑しつつも、表情を引き締めたダスクとウィリアムは、それぞれの方針で動く為に足を踏み出していた。
黒幕らしき貴族に捕らえられたフローラルの運命はどこへ向かうのだろう。自分のミスで大切な人間が酷い目に合ってしまったら、自分を許せそうに無いと思いながら駆けるウィリアムの顔は決意の表情を浮かべている。フローラルの気配を追う黒炎と共に駆けるダスクは、身近な者の危機に内心焦りを隠せなかった。果たしてダスク達はフローラルを黒幕の手から無事に助け出す事が出来るのだろうか。
楽しんで頂けたでしょうか。続きも早く読んで貰えるように頑張ります。




