ダンスと襲撃(前編)
書く度に文章力の未熟さを感じる、今日この頃です。続ける事で上達すると信じて頑張ります。
早朝の王都は既に太陽も出て明るくなっており、夏が近い事もあって空気も暖かくなっていた。まだ早い時間帯なので周囲には人気がほとんど無く、先程まで学院の片隅にある二階建ての建物の裏から聞こえてきていた何かを振る音以外は、小鳥の鳴く声や風に揺れる街路樹の葉擦れの音だけであった。音の発生源であった全身鎧を纏った人影が、日課の鍛錬を終わらせて両手に構えていた装備を壁に立て掛けているところに、背後から軽やかな音が聞こえて来る。
パチパチパチ
拍手の音に振り返り、兜を脱いだ人影は、並んで歩いてくる者達の姿を確認して笑みを浮かべる。
「見事なものですね、ダスクくん」
「あったり前だよ。なんたって、ダスクだからね」
「うふふ、いつも仲良しですね、君達は」
「おはようございます、サフィさん。それと、黒炎も」
賞賛の言葉に少し照れ臭そうな顔になるダスクと、それを自分の事のように自慢げに言いながら紅い瞳を輝かせて大きな尻尾を機嫌良さそうに振っている黒炎、双方を見るサフィーラの顔に浮かぶいつも変わらぬ笑顔が朝日に照らされてまるで輝いているかのようであった。
「それにしても、こんな朝っぱらからどうしたんですか?サフィさん。
もしかして、今日の予定で何か変更でも?」
「えっ?……ええ、そうなのよ。ちょっと本番前に覚えて欲しい事があって呼びに来たの」
「そうなんですか。それじゃあちょっと待ってて下さい」
「待ってて?どこかに行くの?ダスクくん」
「はい。ミッションはチームで受けるものですから、着替えたら呼びに行って来ようかと」
「待って待って~。私達の方から連絡を入れておくから心配しなくても大丈夫よ」
「ん?……はぁ、わかりました。よろしくお願いします」
表面上は全く変わらない笑顔のままであったが、頬を流れる一筋の汗がサフィーラの内心の焦りの様なモノを感じさせるが、そういう事に鈍いダスクでは気が付く事は出来なかった。黒炎とサフィーラには先に家の中に入っていてもらってから、鎧を全部脱いで井戸水に浸した手拭いで身体を拭くと、用意しておいた学院の制服に着替えてからそれに続く。室内には朝食の良い匂いが充満しており、運動してきたダスクの腹の虫を鳴かせる。サフィーラの美味しい料理が食べられるのは嬉しかったが、全部やってもらってしまったので申し訳ない気持ちも少し感じていた。野菜タップリの鶏肉スープとサラダと焼きたてパンが並べられたテーブルに着いたダスクは、立ったままのサフィーラに視線を向ける。
「一緒に食べませんか?サフィさん」
「いえいえ、お気になさらずに。メイドですから給仕に専念しますよ」
「いいじゃん、いっしょに食べた方がボク達も嬉しいし」
「この場には僕達だけですから。それに友達なら一緒に食べるのは自然だと思いますよ」
「うふふ、それではお言葉に甘えてご一緒させてもらおうかな」
表情は変わらなくても嬉しく思っている事が分かるサフィーラの様子に、ダスク達も楽しい雰囲気で朝食を味わう事が出来た。食後はサフィーラの淹れてくれたお茶で一服したダスク達は、調理に続いて片付けも申し訳なく思いつつやってもらっているうちに出掛ける準備を終わらせる。戸締りを確認したダスクは、先に家から出ていた黒炎達と一緒に学院を出発した。
まだ早い時間帯であったが、学院から離れるにつれて仕事に出掛ける人々の姿が増えてきたので、念の為にダスクは黒炎を肩に載せて歩く。それを並んで歩きながら見るサフィーラは、違和感無く一つの黒い塊の様に感じられ、ダスク達の微笑ましい関係に終始楽しげな様子であった。王都の東側から城へと向かい、そこから立派な屋敷の立ち並ぶ場所に有るサフィーラ達ハンフロージェン王国の人間が暮らす屋敷へと辿り着く。襲撃を警戒してか、以前よりも増えた衛兵に会釈して門を通るサフィーラに続いてダスク達も軽く頭を下げてから屋敷へと向かう。正面の大きな扉から屋敷に入った一行は、サフィーラの案内で綺麗に清掃されている廊下をしばらく歩いてから両開きの扉の前で立ち止まる。見た目は重そうでも質の良い造りらしく、少しの力で扉を開いたサフィーラに続いて部屋に入るとそこは大広間で、ダスクの住んでいる家の部屋がいくつも入ってしまいそうなくらい広かった。
「すっごい広いな~。ボク達が走り回ってもダイジョブそうだね」
「確かにそうだけど、室内なんだから走るなよ?」
「わかってるって。ところで、こんなところで何をするつもり?サフィ」
驚きと感心の表情で室内を見回すダスク達を楽しそうに見ていたサフィーラは、ここに案内した用件をを思い出して頷く。
「朝早くからここに来てもらったのは、ダンスの練習をしてもらうためなのよ」
「へ~、ダンスか~。なんだか面白そうだね」
「なるほど、ダンスか……ん?ダンスの練習をしてもらうって、僕ですかっ!?」
「そうよ、キミにやってもらうに決まってるじゃない。その為にこの時間に来てもらったのよ」
「むぅ、ダンスというものがある事は知っていますが……」
自分に似合わないモノに気が乗らないダスクであったが、サフィーラは聞き分けの無い子供に対するような雰囲気で左手を腰に当て、持ち上げた右手の人差し指だけ立てながらダスクを諭す。
「今日も姫様の護衛をしてもらうのはわかってると思うけど、それに必要な事なのよ。
ほらほら、時間も充分に有るわけじゃないからサクサクやるわよ」
「あははっ、ガンバレ~、ダスク」
「ちぇっ、自分はやらないからって気楽だな、黒炎は。はぁ、わかりましたよ、サフィさん」
「うふふ、手加減しないでビシビシいくわよ~」
指示され鎧等の装備を全て外して身軽になったダスクに、サフィーラは身支度が終わるまで腕組みしていた右手だけ持ち上げて人差し指を立てると、ダンスの基礎的な講義を始める。リズムや足の運びを簡単に説明した後、実際に二人でやってみる事にする。黒炎はその様子を床に伏せつつ、のんびりとした様子で見守っていた。
「右手はわたしの腰に回して、左手はわたしの右手を軽く握る感じで……」
「えっと、こうですか?」
恐る恐るという感じでサフィーラの腰と右手に手を添えるダスクであったが、実際にやってみると相手との距離がすごく近い事にダスクは思わず腰が引けてしまい、それを見る黒炎は可笑しそうな様子で尻尾を跳ねる様に振っていた。
「違う違う、これじゃあ上手く動けないわよ。もうちょっと、こうっ、これくらいの距離で。
それに、もうちょっと腰の手を引きつけて、こっちの手はしっかりと握るの」
「ちょっと近くないですか?これ」
「ダメよ、姫様を護る為には必要な事なんだからシッカリやるっ」
さすがのダスクも、相手の呼吸を感じられる距離に躊躇いを覚えるが、サフィーラは笑顔のまま瞳にイタズラっぽい光を宿しながら一刀両断に切り捨てる。何を言っても無駄だと諦めたダスクは、言うとおりにやってみるが、鈍いダスクでも魅力的だと思える容姿が間近にあるので照れもあり顔が赤くなるのを抑えられなかった。
「うふふ、ダスクくんも男の子なのね~」
「あははっ、顔がまっかっかだよ~、ダスク」
「むぅ、いいから始めちゃって下さい、サフィさんっ」
黒炎達の言葉に羞恥とは別の感情でも赤くなるが、それが良かったのか力の入っていた身体は良い具合に解れてくれて、言われたとおりの間合いを取れるようになった。
「そうそう、上手いものね。初めてなんでしょ?」
「はい。でも体を動かすのは得意ですから」
至近距離で笑みを浮かべながら話すダスクとサフィーラであったが、ダンスの動きはぎこちなくても滞る事は無く、黒炎もその周囲を付いて回って一緒に楽しんでいた。ダンスの練習ではあったが、黒を基調とした軍服に似た制服と紺色のメイド服を着た二人がクルクルと軽やかに踊る周囲を動物が動き回る様子は、見ている者が居れば何をやっているのか戸惑いそうな光景になっていた。
「基本は大体良さそうなので、そろそろ終了しましょうか。ほんとに飲み込みが良くて楽だったわ」
「そうですね。もう昼過ぎですし、ありがとうございました」
「楽しかったね~。面白かったからお腹が空いてるのに気が付かなかったよ」
ホッとしているダスクであったが、いつまでも間近に居るサフィーラに困ったような顔になる。
「え~っと、サフィさん?いつまでこの状態のままなのですか?」
「うふふ、ドキドキする?」
「はぁ、結構慣れましたよ。面白いからって、何度もからかわないで下さい」
「ちぇっ、お姉さんは残念です。赤くなってるダスクくんは可愛かったのにな~」
嬉しそうに笑いながらダスクの反応を見ていたサフィーラであったが、あっさりと離れると、動き回ったせいで少し乱れた身なりを手で整える。ダスクは頻繁に自分をからかうサフィーラに溜め息を吐きつつ、思った以上に動いていたせいか、それとも緊張からの消耗のせいか、盛んに空腹を訴える腹に手を当てる。
「ハイハイ、そうですか。
それよりも、僕達は昼食を食べに行こうと思うんですが、鎧とか置いておいて良いですか?」
「お腹すいた~、早く行こうよ、ダスク。いいよね?サフィ」
「あらあら、昼食はこちらで用意してありますよ。わざわざ出掛けて戻ってくるのは大変でしょ」
「やった~、前来た時の食事も美味しかったから楽しみだよ」
「ありがとうございます。お世話になってばかりですね」
「気にしないの。そんな事言うなんて水臭いわよ」
「はい」
サフィーラ達に知り合えた事を考えれば、故郷から学院まで遠回りした事は全く無駄では無かったのだと思え、ダスクも黒炎も同じく嬉しさを笑顔や尻尾の動きで表していた。
大広間から出た一行は来た道を戻り、サフィーラの案内で食堂に移動する。食堂は大広間よりは狭いが横に長く、中央の長いテーブルの両側には椅子がたくさん並べられており、同時に何人も食事を摂る事が出来るようになっていた。テーブルの中央辺りに座るように指示したサフィーラは、着替えついでにダスクが既にこちらに来ている事を学院に連絡する為に食堂を出て行く。それを見送ったダスク達が昼食を楽しみにしながら談笑していると、扉が開いて見覚えのある人物が入ってくる。
「あれ?ダスクと黒炎じゃないか。こんな時間に一体どうしたんだよ、ミッションはまだだろ?」
「サフィさんに呼ばれて……どうしたんですか?フラム姫。いつもと言葉遣いが違いますけど」
「あっ!?……こほん、なんでもありません。そうですか、サフィに呼ばれたのですね……」
視線の先で何故か挙動不審になっているフラムフィールの薄絹で覆われた顔を不思議そうに眺めるダスクは、表に出ている金の瞳の力強い輝きから感じる未だに消えない既視感に首を捻りつつも、これ以上気にしても仕方がない事だなと考えていた。
「フラム姫もご飯食べに来たの?」
「いえ、少しお茶にしようかと思いまして。ところで、サフィに呼ばれて何をしていたのですか?」
「朝からずっとダンスの練習をしていました。今日の護衛に必要らしいので」
「そうですか……黒炎が居るとはいえ、二人でずっとダンスしてるなんて……」
「ん?何か言いましたか?」
後半の方は呟くような声だったので聞こえなかったダスクは、気になって聞き返してみるが、フラムフィールは自分の考え事に集中しているらしく、全く反応がなかった。
「あの、フラム姫?」
「え?……ああ、何でもありません。貴方達は気にせずゆっくりしていきなさい」
そう言うと、振り返って扉へと歩き始める。
「あれ?お茶飲んでいかないの?」
「ええ、気が変わりました。それでは今日の護衛はよろしくお願いしますね」
「はい、任せて下さい」
「またね~」
扉から出る時にダスク達に軽く会釈をして食堂からどこかへ向かったフラムフィールに、突然どうしたんだろうと顔を見合わせるダスクと黒炎であった。
期待通りに美味しい昼食を摂り、続けて出してもらったお茶で一服しながら談笑していたダスク達は、窓の外が次第に夕焼け色に染められ暗くなっていくのを見て、給仕をしてくれていたメイドに一礼すると、準備を整える為に大広間に戻る。鎧を纏って装備を身に付けたところに、サフィーラに案内されたチームメイト二人が現れた。
「ダスク達は朝からここに居るんでしょ?サフィさんに聞いて驚いたわ」
「ダンスの練習をしていたんだよ、ローラ。なんか今日の護衛に必要らしくて」
「ダンス?言ってくれれば私でも教えてあげられたのに」
「僕も今日初めて聞いたからな~。知ってればローラに教えてもらってたよ」
「そうよね……まさか、ミッションの概要に書いてなかったのは……」
昼のフラムフィールと似たような反応をしているフローラルの様子を疑問に思っていると、数回頷いて同意していたウィリアムがフローラルへと真面目な顔で話し掛ける。
「ふむ、確かに依頼内容からすればダンスは必要であるな。
ダンスとは、ペアになった二人の共同作業であるから、お互いの信頼感が重要なのだ。
その点、我らならば見事なダンスを披露出来るに違いないぞ、ローラ」
「はいはい、そうかもね、ウィリアム」
「むう、相変わらず余の扱いが軽いような……」
フローラルに軽くあしらわれて不満そうな顔で呟くウィリアムの様子を楽しそうに見ていた黒炎は、何かに気付いたようにウィリアムの顔から頭へと視線移動して首を捻る。
「あれ?髪の毛が短くなってない?ウィリアム」
「そうなのよ、黒炎も気が付いたみたいね。さっき、入口で合流した時に私も驚いたわ。
遠目にはダスクと見分けが付けにくいから、最初は間違えそうだったんだから」
「ますます似てきたね、ダスク。なんだか面白いな~」
「そんなに似てる……かもしれないな」
「ふむ、思った以上に似ておるな」
顔を見合わせるダスクとウィリアムは、近くで見ていても鏡合わせのようで、二人以外の者には不思議な光景に見えていた。
「ハッ、いけない、姫様がお待ちになってます。皆さんすぐに移動しますよ」
そのままボケッと眺めていそうになった一同であったが、我に返ったサフィーラが城に向かう時間になっている事に気が付き、ダスク達はその言葉に従って屋敷入口のホールへと移動する。そこには既にフラムフィールがメイドや荷物を持った従者と待っており、その金の瞳は不機嫌そうな光を放っていた。
「いつまで待たせるのですか、サフィ。
楽しかったからといって、気を抜いているのではありませんか?」
「申し訳ありません、姫様。でも、その事はもう済んだ事ではないですか」
「はぁ、シッカリして下さいね。それでは時間も無い事ですし、急いで参りましょう」
その言葉に頷いた一行は、それほど距離は無かったが安全の為に馬車に分乗して城へと向かう。黒炎はフラムフィールやサフィーラと同乗していたが、もちろん完全装備のダスクは重量の面から徒歩で向かっていた。跳ね橋を渡った城の入口では衛兵の不審そうな視線に見送られたダスクは、馬車から降りる皆と合流し、城の案内の者に連れられて奥へと向かう。思った以上に奥まで案内された一行は、目の前にそびえる豪華な造りの独立した建物を見上げる。おそらく隣国の人間なので、直接城の中枢へは案内されなかったのかもしれなかった。ロビーから奥の部屋にフラムフィールが移動すると、兜を脱いで一息吐いていたダスクのもとにメイドを引き連れたサフィーラがやって来る。嫌な予感がしたダスクであったが、前回同様抵抗する間も無くメイド達に一室へと連行されてしまった。その後の流れも一緒で、瞬く間に髪を茶色に染められ綺麗にセットされると、前回と同じ儀礼用の格好に変えられてしまう。一仕事終えて清々しい笑顔になったメイド達に見送られてダスクがロビーに戻ると、そこには退屈そうに座っている黒炎の姿だけしか見えなかったので、不思議そうな顔になりながら黒炎の側に向かった。
「ローラ達はどうしたんだ?黒炎」
「なんかダスクも含めて違う部屋に連れて行かれたよ。ちぇっ、ボクだけほったらかしなんだもんな~」
「そっか、みんなも着替えてるのかな?」
「どうだろ?ウィリアムが同じ格好になって出てきたら面白いんだけどな~」
「それは無いだろ?一緒に居たら周りが混乱しそうだ」
「あははっ、そうかもね」
楽しそうに尻尾を振っている黒炎の姿に、笑い事じゃないんだけどなと軽く睨みつけるが、その様子も面白いらしくますます尻尾の勢いが増していたので、ダスクは諦めて溜め息を吐いていた。
ガチャッ
扉の開く音に、誰かが戻ってきたのだろうと視線を向けたダスク達は、現れた人物の格好を見て驚きのあまりポカンと口を開けて固まってしまう。サフィーラと一緒に出てきたのは、若葉色のドレスに身を包んだフローラルであった。ハンフロージェン様式と言える意匠の装飾品をいくつか身に付け、薄化粧を施された顔に恥じらいを浮かべている姿は、気品も強く感じられて全く別人に見えてしまう。そういえば貴族の一員だったなと、ダスクは頭の片隅で思い出していた。あまりにも反応が無いダスク達に、フローラルは珍しく悲しそうな表情を浮かべる。
「やっぱり似合っていないかな?私もこんな格好になるとは思ってもいなかったけど……」
その言葉に我に返ったダスク達は、必要以上に首と手を横に振って、全くそんな事は無いのだと力の限り伝えようとする。
「そんなコトぜんぜんないよ~。驚いたけど、ホントに良く似合ってるよ」
瞳をキラキラさせながら言う黒炎の様子に、本気でその言葉を言ってる事が分かって嬉しそうに微笑むフローラルであったが、少し不安そうな顔になって未だに無言のダスクへと視線を向ける。その視線を受け止めたダスクは、深呼吸で心を落ち着かせてから笑顔を浮かべる。
「黒炎の言うとおりだよ、ローラ。驚いて言うのが遅れたけど、本当に良く似合ってる」
「ホントっ!良かった~。ありがとう、二人共っ」
弾けるように一転して笑顔になったフローラルの様子に、ダスク達も嬉しさで同じく笑顔になる。ダスク達のやり取りを満足そうに眺めていたサフィーラは、何度か頷いてからフローラルへと視線を向ける。
「良かったですね、ローラさん。わたしの言った通りになりましたね」
「はい、ありがとうございます、サフィさん。着飾るのは苦手なのですが、着替えて良かったです」
居心地の良い空気になったところで、メイド達に付き添われて奥から戻ってきたフラムフィールの姿に気が付いた一同は、出迎えるようにそちらへと視線を向ける。
「何か楽しそうな様子ですが、そろそろ時間ですから案内の者が来たら出発しますよ。
サフィは皆と一緒にこちらで待機するように」
「はい、畏まりました、姫様」
「ダスクとローラは私と共に大広間に移動します」
「え?まだウィリアムが来ていませんが」
「良いのです。ひとまず、彼にはこの場所の警備をお願いしてありますから」
「そうだったんですか。わかりました、フラム姫」
「そっか、カワイソウだな~、ウィリアムは。
ローラのこの姿を見たら、絶対にダンスしたいって言いそうだもんね」
「確かにそうだな。護衛の任務が無かったら変わってあげられるんだけど」
「私はダンスは踊れても好きって訳じゃないから、あんまり親しい人間以外とは踊りたくはないけどね」
そう言ってダスクの顔を見るが、そうなのかという納得以上の事は考えていないのが分かり、人知れず溜め息を漏らすフローラルであった。
コンコン
ノックの音で案内の者が来た事を知った移動組は、扉へ向かって歩き出す。
「残念だけど黒炎くんもお留守番よ」
人事のようにウィリアムを可哀相だと言っていた黒炎であったが、建物から出ようとするダスク達と一緒に行こうとした背中に、サフィーラから無情の言葉が告げられた。
自分も留守番だと知らされ、尻尾を力無く垂らした黒炎に見送られつつ建物から出たダスク達は、案内の者に続いて道を戻り中央の建物に入る。主要な建物らしく清掃が行き届き立派な造りの廊下を、誘導に従って進むと、視界の先に両開きの大きな鉄の扉が現れた。扉の両脇に控える衛兵の手前で待つように言われたダスク達は、ここまでの道中でフラムフィールに説明された通りに、エスコート役のダスクの腕に手を添えたフラムフィールの一歩後にフローラルが付き従って、入室を報せる声が上がるのと扉が開かれるのを待つ。フラムフィールの顔は薄絹でほとんど変化は分からなかったが、こういう事が初めてのフローラルの顔は緊張で強張り、ダスクは緊張はほとんど無いが初めてのエスコート役に戸惑っていた。
「ハンフロージェン王国第一王女、フラムフィール様、御入場ーーーー!」
パチパチパチパチパチ
大音声の言葉と同時に両脇の衛兵によって扉が開かれ、大広間の中からはフラムフィールを歓迎する拍手の雨が降り注ぐ。それに笑みを浮かべて応えながら進むフラムフィールに合わせて、ダスクとフローラルは硬い笑顔で歩いて行く。貴族達に挟まれた赤い絨毯の先には、王様と王妃が並んで立っており、二人共その顔に笑みを浮かべて歓迎の意を表していた。王様は一番立派な格好の整えられた顎鬚が格好良い三十代から四十代の男性で、王妃は高価な生地だが品の良い意匠のドレスを来た三十代くらいの美しい女性である。王様を挟んで王妃とは反対側に辿り着いたフラムフィールに頷かれて、ダスクはフローラルと共に脇へと下がる。それを確認した王様は、片手を上げて拍手の手を止めさせた。
「皆の者、今日は同盟成立の祝賀会を開く事が出来て、我ら王族一同喜びを噛み締めている。
フラムフィール姫もそう思ってくれておるかな?」
「はい。私を含め、我が国の王族や貴族そして民達も、平和への希望に喜びを感じております」
「うむ。これからは手を取り合って、両国の発展や平和に尽力していこうと思う」
「はい。交流を深め、文化や技術の進歩にも力を合わせられれば嬉しく思います」
「うむうむ、両国の未来は明るいものになりそうだな。
ウォホン、話は尽きぬが、せっかくの祝いの席だ。硬い話は無しにして乾杯するとしよう」
その言葉に、この国のメイド達が飲み物の注がれた銀の杯を配り始める。銀製品は毒に反応して変色する事が知られているので、こういった場では銀の器が良く使われたりするのである。ダスク達の飲み物は全て、毒物にも造詣のあるフローラルが念の為に確認をしてみるが、予想通りその心配は無用のモノであった。
「全ての者に行き渡ったようだな。それでは、同盟成立を祝って、乾杯っ」
「「乾杯っ」」
王様の乾杯の音頭に、その場に居る者全てが杯を高々と上げて乾杯の声を上げる。その様子を満足そうな顔で眺めていた王様であったが、余韻に浸る間もなく祝辞を述べようと集まる貴族達に囲まれて見えなくなってしまった。驚くダスクとフローラルであったが、同じくフラムフィールに集まる貴族達に囲まれ、しばらくの間動けなくなるとは考えてもいなかった。
貴族の中でも高い地位にいる者との会話を、有る程度の数こなしたフラムフィールは、変わらぬ笑顔のまま後日の屋敷への訪問の許可と引き換えに貴族達から解放される。一緒に囲まれていたダスク達も、ホッとした顔で一息吐く事が出来た。
「すごかったですね。疲れていませんか?フラム姫。それにローラも……顔色悪いけど大丈夫か?」
「これくらい平気ですよ。王族の勤めのようなものですから慣れています」
「フラム姫はすごいです。私はこういうのは苦手なので疲れちゃいました」
「ふふっ、貴女も数をこなせば大丈夫ですよ」
「さすがにそれは遠慮したいです」
そんな事を話しているうちに、王様と王妃は早々に自室へと下がってしまい、その分フラムフィールと言葉を交わしたいと思った貴族達が再び周囲に集まり始めていた。それを見て溜め息を吐きたくなったフラムフィールであったが、王族としての矜持で、浮かべた笑みには微かな陰りも見せなかった。大丈夫だと言っていても、これが続けば大変そうだと思ったダスクが何か出来ないかと悩んでいると、いつの間にか現れた楽団が音楽を奏で始める。その瞬間、思い思いのペアを組んだ貴族達が、中央に空けられたスペースでダンスを始めると同時に、ダスク達の周囲を囲む輪から比較的若い貴族達がフラムフィールにダンスを申し込もうと足を踏み出していた。
「少しダスクを借りますね」
気配を察したフラムフィールは、ダスクの手を掴んでダンスの輪に入っていく。引っ張られていくダスクの顔は、フローラルを一人にさせてしまう事を謝るように、すまなそうな表情になっていた。
「はぁ、姫様のご要望ならしょうがないか」
ダスク達を見送るフローラルは、溜め息を吐きつつ、可能なら次の曲はダスクと踊ってみたいと思っていた。
「なかなか上手ですね」
中央あたりで踊るダスクとフラムフィールは、隣国の姫という事に加え、異国情緒の漂う美しさもあって注目の的であった。
「かろうじてですよ。サフィさんに教わっていなかったら、どうなっていたかわからないです」
「あら、ダンスをしている時に他の女性の事を考えては駄目ですよ。パートナーに失礼ですからね」
「はぁ、すみません。そういう事なら注意します」
良く分からないが、そういうものなんだろうと思ったダスクはフラムフィールに集中しようとするが、視界の端に困った顔をしているフローラルを捉えて気を取られ、リズムが乱れてフラムフィールの爪先を踏んでしまう。
「痛っ、言ったそばからですか。
あれはダンスの誘いを受けているだけですから心配しないでも大丈夫ですよ」
「すみません。なるほど、ダンスの誘いですか。困った顔をしているからどうしたのかと思いました」
「彼女も美しい容姿をしていますからね。一人で居れば声を掛けられますよ」
「そういうものですか。それならウィリアムにも来てもらえれば良かったですね」
「それは仕方がありません。彼には彼の役目があるのですから」
結局この曲が終わるまでに何人もの貴族に声を掛けられていたフローラルは、ダンスが終わって戻ってきたダスク達には精神的に疲れている様子が見ただけで分かるくらいであった。それに何を思ったのか、フラムフィールがフローラルに意外な言葉を掛ける。
「次の曲はダスクと踊ってきても良いですよ。
せっかくですし、そのくらいなら護衛が離れていても大丈夫ですから」
「護衛が離れていいんですか?それに、ローラもあれだけ断ってたのに、無理しないでいいんだぞ」
「もぅ、なんで貴方は……せっかくだから踊りましょ。それとも、私とじゃ踊りたくない?」
心配して掛けた自分の言葉で、最初は怒っていたのに途中から悲しそうな顔になったフローラルの態度に動揺するダスクであったが、もともと友達を悲しませる選択は選ぶ気はなかった。
「いや、せっかくだから踊ろうか。音楽に合わせて踊ったから少し慣れてきたし」
「ふふっ、それじゃあエスコートお願いね。それと、ありがとうございます、フラム姫」
「気にしないで下さい。貴女の事も友人だと思っているのですから」
嬉しそうなフローラルの様子に、ダスク達もつられて笑顔になる。そこに次の曲が奏でられ始めたので、ダスクはフローラルの手を取って空いている場所に進み出て、ゆっくりと踊り始める。
「ごめん、ローラ。ルール違反だとは思うけど、護衛の為にフラム姫の事も考えながら踊るよ」
「え?ルール違反って?」
「さっきフラム姫に言われたんだ。
踊っている最中にパートナー意外の女性の事を考えるのは駄目だって」
一瞬何を言っているのか分からなかったフローラルであったが、それは決められたルールではなくダンスの時の心得のようなもので、言われた事を律儀に守ろうとしているダスクの生真面目さに、改めて好感を覚えながらも、内心では可笑しさを堪えていた。しっかり一曲分楽しんだダスク達が戻ると、何人目か分からないがフラムフィールがやんわりとダンスの誘いを断っていた。思った以上に多くの誘いがあったらしく、近付いてきたのがダスク達だと分かって、思わずホッとしてしまい、慌てて表情を笑みに戻す。その様子を見せられたダスク達は、フラムフィールの王族の務めに対する真摯さを感じて、益々尊敬の念を抱くのであった。
少し離れた場所から隣国の姫の様子を窺っている貴族が居り、その貴族は恰幅の良い四十代から五十代の男で、顔に笑みを浮かべているが、その目は全く笑っているようには見えなかった。そこへ細身で三十代の貴族の男が近付いてくると、周囲に聞こえないくらいの声で囁く。
「準備は整いました。あとは作戦通りに事が運べば……」
「そうなのだが、なかなか動きを見せぬな」
二人の視線の先で会話をしていた姫の護衛が、姫の耳元で囁くように何かを告げた後、早足で大広間から外に出て行くのを見た二人は顔を見合わせる。
「護衛が護衛対象を置いてどこに行ったのだ?」
「わかりませんが、すぐに戻ってくるかもしれないので様子を見ましょう」
ダンスの誘いを断っている姫と若葉色のドレスの少女は、二人から見ても見目麗しいので、話だけでもしようと次々に話しかける若い世代の貴族達に囲まれており、ここからでも困惑しているように見えた。
「なかなか戻って来ませんね」
「まあ、焦る事も無いだろう」
その言葉の直後に入口に現れた護衛は、メイドらしき人物を伴って戻ってくる。そのメイドと何かを話していた姫は頷き、周囲の貴族達に向けて会釈をすると、その場を離れようと足を踏み出す。それに続こうとしていた護衛と若葉色のドレスの少女は、立ち止まりそちらへと振り返った姫に何かを言われたらしく、最初は護衛と少女は首を横に振っていたが、最後には説得されて頷いているように見えた。
「これは、上手い具合に別れそうですよ。おそらく護衛達に少し楽しんで行くように言ったのでしょう」
「うむ、ここが好機かもしれぬな。あの手強い護衛が戻る前に、素早く作戦通りに動くのだ」
「はい、畏まりました」
頷いた三十代の貴族は、歩き出した姫とメイドよりも早く大広間から出て、姫達が最初に案内された建物の近くに伏せておいた傭兵達と合流する為に早足で廊下を進んで行く。それを見送った四十代から五十代の貴族はニヤリとした嫌な笑みを浮かべると、駒として大金を使って用意しておいた、貴族に似せた二十歳くらいの娘達に合図をする。その娘達は、護衛を足止めする為に娼館から借り受けた、男を惑わす事が得意な娘達であった。奏でられ始めた音楽に合わせてダンスを開始した護衛と若葉色のドレスの少女の周囲に、駒の娘達の姿を確認した貴族の男は、もうすぐ叶いそうだと感じて思わず誰かに聞かれていたら破滅しそうな自分の望みを呟いていた。
「くくく、蛮族は死すべし」
とうとうフラムフィール殺害計画が動き出す。黒幕の貴族達の作戦通りに引き離され、留守番をしていた黒炎とウィリアムだけで立ち向かう事になったとしたら、雇われた性質の悪い傭兵達との戦いは苦しいものになるだろう。果たして今回もダスクは皆を護る事が出来るのだろうか。
楽しんで頂けたでしょうか。続きも早く読んで貰えるように頑張ります。




