狙いは偉い人?(後編)
文章を直す時に、パズルの様に言葉を並び替えたりするのも、こういうのの醍醐味の内なのかな~。
なんか今さら言うのもなんですが、気が向いたら低くても良いので評価を入れてもらえると嬉しいです。
なんとなく客観的に自分の作品が見れそうなので。
ザワザワッザワッ
抜けるような青空を高く昇った太陽の光で、王都全体が汗ばむくらいの気温になっており、周囲を包む喧騒を生み出す黒山の人だかりに囲まれたこの場所も、肌で感じる温度は実際の気温よりも高いようであった。港の一画を仕切って馬車の方向転換をする場所を確保しているので観客達とは距離があり、今現在は馬車の上の貴人達は少しだけ息を抜いて一休み出来ているようである。大きさの違うたくさんの馬車が並んでいる中で、一番大きな物に乗っている人達の顔は少し曇っていて、晴れの今日この日を祝うには相応しくないと、見ている人が居れば思った事だろう。中でも一番立派な格好をした三十代から四十代の男性が、顎鬚を触りながら厳しい顔で考え事をしていた。その様子を心配そうな顔で見詰めている、高価な生地だが品の良いデザインのドレスを来た三十代くらいの女性が話し掛ける。
「このまま続けて大丈夫でしょうか?」
「うむ、危険は去っていないが、王たる者、この程度の事で国の行事を止めようとは思わぬ。
妃よ、おぬしの事は我が護衛が守ってくれるから安心するがよい」
「わたくしはあなたの事が心配なのです」
「大丈夫だ。あの者が居れば大抵の事はなんとかなる、そう思わせてくれる力量を有しておる」
「あなたがそう言うのならそうなのでしょうね。それにしても、良く似ていますわ」
「うむ、おぬしもそう思うか」
二人が見詰める先には、王様の護衛達と相談をしている儀礼用の服と長剣を身に着けた十代半ば位の少年が居た。納得のいく話が出来たらしく、頷き合った護衛達は王様達の周囲に立ち、その少年はこの場所に居るもう一人の、もしかしたら一番目立つ人物の側へと移動する。王様達の厳しい表情とは逆に、その二人は笑みを浮かべながらも緊張感を保っており、良い具合で力が抜けているようであった。
「皆の表情が厳しいようですが、私は何も心配していませんよ、ダスク」
「護衛役は気を抜けませんから。実際に襲撃があったから尚更ですよ、フラム姫」
普段は黒色の髪を茶色に染められたダスクは、トレードマークのくすんだ黒色の装備の代わりの儀礼用の服装の軽さを心細く感じながら、信頼の眼差しを向けてくるフラムフィールへと厳しい表情を見せる。
「ん?ローラとウィリアムが来たよ。何か聞きたいコトでもあるんじゃないのかな」
「さっきの事に気付いたと思うか?黒炎」
「どうだろうね。ウィリアムが見てたら気付きそうだけど」
他の人間に聞こえないように声をひそめる黒炎は、身を乗り出して紅い瞳を馬車の下へと向けている。同じ方向へと向けたダスクの視線の先には、黒炎の言う通りにフローラルとウィリアムの二人がこちらを見上げながら歩いてくるのが見えた。
近付いてくる二人に護衛達が身構えるが、学院の制服を着ている事と、ダスク達と親しそうにやり取りをする様子にホッと息を吐いていた。フローラル達が聞きたい事がありそうな顔をしているのに気付いたダスクは、周囲の気配を探ってから黒炎に警戒を頼むと、フラムフィールに許可をもらって馬車から地面へと降りる。
「ぷっ、ダスクったらウィリアムとそっくりよ。なんでそんな格好になってるの?」
「ちぇっ、笑わないで欲しいな。良くわからないけど、護衛するには必要だったんじゃないか?」
「ふむ、髪を染めてその格好をしておると、確かに似ていると言わざるを得ないな」
「なんなんだろうな……ところで、なにやってるんだ?ウィリアム」
馬車を背にして縮こまっている様子は、ダスクの目には普段のウィリアムと違っておかしな態度に映っていて、思わず問い掛けの言葉が口に出ていた。
「うむ、なんでもないぞ。別に知り合いに見られそうで困っている訳では無い」
「はぁ、まあいいけど。それより二人は何しに来たんだ?」
「あ、そうだったわね。
さっき中央通に出た所で何かあったの?貴方が変な動きしてたから気になって……」
「うむ、普段ならああいう場面で目の前を横切るのは不敬になりそうであるからな」
「むぅ、一応伝えておいた方がいいか。
襲撃があったから僕が前に出て投擲された凶器を防いだんだ。ほら、これなんだけど」
「ふむ、なるほど。何かを掴み取ったように見えたのだが、正しかったのだな」
「ええ、ウィリアムの言うとおりだったようね。それで、この後はどうする予定なの?」
「この後も予定通りに続けるらしい。警備の人間には連絡が伝わってるみたいだから大丈夫だと思う」
「そっか……心配だけど気を付けてね」
「大丈夫だよ。何かあっても、依頼主とかは僕達がちゃんと護るから」
「私が心配してるのは貴方の事よ、ダスク。強いからって無茶しないでね」
「心配してくれてありがとう、ローラ。うん、出来るだけ怪我しないように気を付けるよ」
『出来るだけ』という言葉が、何かあれば自分の事よりも周りの人間を優先して護ろうとするだろうと予想出来て思わず溜め息が出るフローラルであったが、ダスクの力量を信じるしかないと自分を納得させる。
「はぁ、よろしくね」
「ふむ、ダスクなら大丈夫だろう。そろそろ動き出しそうであるから戻るとしようか、ローラ」
「そうね、もう行くわ。黒炎と一緒に無事に帰ってきてね」
「うん。二人も何があるかわからないから気を付けて」
頷き合ったダスク達は軽く手を振り合って別れると、フローラルは下を覗き込んでいる黒炎にも手を振りながらウィリアムと共に自分達の担当する場所へと戻って行った。それを見送ったダスクは馬車の上へと上がり、黒炎の顔へと問いかける様な視線を送る。
「こっちを見たり狙ったりする気配は感じなかったよ」
「そっか、襲ってくるにしても、すぐには戻ってこないかな」
「おそらくこの場所は狙い難いと思いますよ。周囲がひらけていますからね」
「なるほど。ある程度は高さとかも必要だし、やっぱり建物の有る場所か……。
それにしても、フラム姫は詳しいですね」
「自慢する事ではありませんが、王族のような人間はいつどこで狙われるかわからないですからね。
そういう知識も子供の頃から教えられて育ってきたのです」
「そっか~、タイヘンなんだね王族って」
「信じたくは無いですが、悲しい事にそういう人間も居るのは事実なのです」
「とりあえず、この先は建物に囲まれた場所になるので注意していきましょう、フラム姫」
「そうですね。全て貴方達に任せますから、よろしくお願いしますね」
「はい。黒炎と一緒なら襲撃の予兆は逃さないから安心して下さい」
「まかせてよ。いっぱいがんばっちゃうよ~」
「ふふっ、心強く思っていますよ」
勢い良く尻尾を振ってやる気を見せている黒炎の様子が微笑ましく、先程まで表情が少し固かったフラムフィールの顔には自然な笑みが浮かんでいた。いくらダスクの力量を信じていても、自分が狙われているかもしれないという事実は、少なからず不安を感じさせていたのだろう。その様子に安心したダスクは、何があってもすぐに動けるように身体の各所を解していた。
ワァァァァァァァァ
港を出て馬車が進む先では観客の歓声が上がり、それに応えるように笑顔で手を振る王様やフラムフィールを見て更に歓声が高くなっていた。ダスク自身は周囲の多過ぎる観客に、細かな気配を探るのは難しかったので、フラムフィールの足元に目を閉じて伏せている黒炎のピンと立った三角の耳があちこちに向けられているのを黙って見ているしかなかった。
「居るか?」
「う~ん、うっすらだけどさっきと似たような気配は感じるよ。
でも、さっき気配を察せられたから場所を特定できないようにぼかしてるみたいだ」
「そっか、敵も手強いな。何か変化があったらすぐに教えてくれ」
「りょ~かい。何もする事が無いと思ってたけど、意外と出番がまわってきちゃったな~」
「頼りにしてるよ、相棒」
それから中央通りを往復する間に気配が強くなった場面が何度もあったが、王様やフラムフィールに協力してもらい護りやすい位置に動いてもらいながら牽制しているうちに、何事も無く馬車はゴールの城前広場へと向かい始める。最後まで天候は崩れそうに無いので状況を把握し易かったのが良かったと思いつつも、陽がだいぶ傾いていたので暗くなってきてからが心配であった。その時点でもダスクはほとんど疲労感は感じていなかったが、黒炎は周囲の観客の気配の中から刺客らしき気配を探し続けていたので見た目にも疲労感を感じさせる状態になっていた。
「大丈夫か?黒炎」
「ダ、ダイジョブだよ……まだまだいけるよ、ダスク」
「強がりが言えるならまだ大丈夫そうだけど、疲れてるのが丸わかりだから」
「ふぅ、こんなに疲れるモノとは思わなかったよ~」
「城前広場に向かい始めたから、もう少しの間だけ頑張ってくれ」
「りょ~かい。今日の晩ご飯はたくさん食べたいな」
「今日は大活躍だからな。いつも以上に用意するよ」
「やった~。これでもう少しだけガンバレそうだよ」
途端に元気になった黒炎は、尻尾をブンブン振りつつ、力無く傾いていた耳もピンと立てて気配を探る仕種も力強くなる。それを苦笑しながら見ていたダスクも、黒炎の言葉ですぐ動けるように身体から余計な力を抜く。自分では疲れていないと思っていたが、少し身体が軽く感じるようになったので、思っていた以上に疲労していた事を気付かされる。肝心な時に動きが鈍くなっていたかもしれないと、自己分析の甘さを反省していた。ダスクは深呼吸をして固くなっていた身体を解し、余計な疲労を重ねないような体勢で周囲への警戒を続ける。
ゆっくりと進んでいたので、広場入口に来る頃には周囲は夕陽に照らされて赤く染まっていた。広場に入る前に最後の襲撃が有ると思っていたダスクであったが、その気配が全く無かったので安堵しつつも怪訝に思っていた。広場には観客の進入が制限されているので殺気を放つ人間が近付いて来ればすぐに分かる。黒炎の様子を見て確認してみるが、寝そべって目を閉じながら気配を探っている体勢は変わらず、何かの異常を感じている様子は無かった。首を捻りつつも誰も怪我をしないで行進が終わりそうなので、あと一回は必ず襲撃が有ると予想していたダスクは自分が心配し過ぎていたのではないかと苦笑する。最後に広場に入ったダスク達の乗っている馬車は、他の馬車が並べられている場所へと進んで行く。王様が最短距離で城へと入れるようにしたのか、城に一番近い場所に止められた馬車に移動式の階段が速やかに横付けされる。念の為に最後まで周囲の警戒を続けようとフラムフィールに許可を得たダスクは、最後に降りるので王様達を見送ろうとしていたが、護衛を階段の前に待たせてダスク達の目の前まで王様が歩み寄る。
「此度は世話になった。また会えるのを楽しみにしておるぞ。
もっとも、近いうちにその機会に恵まれそうではあるがな」
「?……良くわかりませんが、今日は王様に会えて良かったです」
「うむ、それではな。姫も今日はゆるりと休むが良い」
「はい、ありがとうございます、陛下」
その言葉に頷いた王様は、傍らで微笑んでいた王妃と共に一度手を振ると、護衛を伴って階段を降りて行った。それを見送ったダスクは護る対象が減った事に加えて安全な場所に移動してくれたのでホッと息を吐き、黒炎やフラムフィールへと視線を向ける。
「僕達も馬車から降りましょうか、フラム姫。黒炎もご苦労さん」
「そうしましょう。あの後、襲撃がいつあるかとドキドキしていましたから、私も疲れました」
「そうなんですか?全然そんな風に見えませんでしたよ」
「ふふっ、これでも王族ですからね。態度に出さずに笑顔で手を振る事に勤めました」
「すごいな~。ボクなんてもうヘトヘトでグッタリしちゃってたよ」
「うん、黒炎はそうだったよな。
王様達もフラム姫と同じ様子だったから、やっぱり王族は大変だし、凄いんですね」
「慣れですよ。とりあえず馬車を降りましょう。さすがに私も疲れました」
「そうですね。それじゃあ行きましょう。念の為、僕から離れないで下さい」
「わかりました。あと少しですが、よろしくお願いしますね」
その言葉に頷いたダスクは隅に置いておいた大剣を掴み、フラムフィールを黒炎とで挟むような配置で階段に向けて一歩踏み出す。
カタンッ
「ん?」
足元から何か音が聞こえたと思い、そちらへ気を取られた瞬間、思ってもいなかった事が起きる。
バガッ
いきなり足元の床の感触が無くなっていく。その瞬間、ダスクは逃れようと落ちていく床板を足場に飛ぼうとするが、目の前で体勢を崩したフラムフィールの着ているドレスの赤色が目に飛び込んでくると同時に、飛ぶ方向を変更して彼女を抱きとめる。図らずも本当の姫をお姫様抱っこするという状況であった。そのまま落ちつつ黒炎の様子も窺うが、さすがに獣の柔軟な身体で体勢を保ちつつ大丈夫だと目で知らせてくる。そこまでが下に落ちるまでの数瞬の出来事であり、すぐに衝撃が足の下から伝わってくる。ダスクも黒炎も危なげなく着地していたが、ホッとする間もなく周囲がフッと暗くなる。床が落ちると同時に馬車の天井が落ちてきており、さすがのダスク達でも落ちてくる前にその下から逃れる事は出来そうも無かった。
「くっ、黒炎っ!こっちに来いっ!!」
「りょっ、りょうかいっ」
「キャッ」
ドガドガッズズゥゥゥゥンッ
馬車の天井は装飾も多く、頑丈な造りだったので重量がだいぶ大きかったので、落ちた瞬間の音は広場全体に届く位大きく響いていた。
それが起きる少し前、城前広場にフローラルとウィリアムが疲れた顔で戻ってくる。一日中大勢の観客の相手をしていた二人は見た目にも疲れているのが良く分かる様子であった。広場に入った瞬間にホッとした顔を見合わせ苦笑すると、しばらくの間疲れた身体を伸ばしたり、特に疲労感の有る足元を解す。
「はぁ、結構疲れたわね。良い経験にはなったけど……もうちょっと身体も鍛えないと駄目かなぁ」
「うむ、初めてやったが、見た以上に疲れるものなのだな」
「今度から午後の授業予定に書いてあった初級の戦闘技術でも履修しようかしら」
「ふむ、望むなら余が指南するぞ。昼休憩や開いている時間帯ならばいくらでもあるからな」
「う~ん、ありがたいけど貴方やダスクだと上級すぎるし、主な目的は体力をつける事だからなぁ。
やっぱり授業にしておく。ありがとう、気持ちは嬉しかったわ」
「ふむ、そうか。残念ではあるが、そなたがそう決めたのならそれが良いだろう」
「そういえば、あの後襲撃はあったのかしら?ダスク達が怪我してないといいけど」
「何も騒動になっておらんから大丈夫、とは言えぬだろうな。
ダスクの技量であったら最初と同じく、少しおかしく感じさせてもそれだけになりそうであるからな」
「そうなのよね~。まあ、こんなところで話していてもしょうがないから、直接訊きに行きましょうか」
「うむ、そうだな。……ふむ、あそこに停まっておるな。
階段が横付けされるようであるから、すぐに降りてくるだろう」
「そうね、近くに行きましょうか」
頷きあったフローラル達は、城の前に停めてある一際大きい馬車へと向かう。馬車の上の人物の顔も良く分かる距離に来た所で馬車の上から王様達が護衛を引き連れて降りてくる。そちらへと注意を引かれていたフローラルは気が付かなかったが、ウィリアムは移動式の階段の影から人影が現れて人目を避けるように貴族の屋敷が立ち並ぶ方へと消えていくのが見えた。
「あやつは……」
その人物の顔をどこかで見た事が有るような気がしたウィリアムは、立ち止まって記憶を探る。学院での顔見知りかとも思ったが、それ程最近見た訳では無いらしく、なかなかその人物の情報が出てこない。馬車の上に声を掛けようとしていたフローラルは、ウィリアムが立ち止まって付いて来ていない事に気が付き、振り返って溜め息を吐くと側へと歩み寄る。
「なにやってるの?早くダスク達と合流して帰りましょ」
「うむ、そうしたいところなのだが……むぅ、なかなか出てこぬものだな」
「なにか気になる事でもあったの?」
「うむ、先程、」
ドガドガッズズゥゥゥゥンッ
続けようとしていたウィリアムの言葉を邪魔するかのように、地響きを伴い馬車の屋根が崩れ落ちてその下の車体もろとも潰れてしまう。周囲には土煙がもうもうと上がり、馬車が有った場所とその周囲を覆って見通しが悪くなっていた。
「え?……ダスクっ、黒炎っ、どうしようっ、ダスク達がっ!」
「落ち着くのだ、ローラ。この程度でダスク達がどうにかなるとは思えん」
「そっ、そうよね。ごめんなさい、ウィリアム。こういう時こそ落ち着かなきゃいけないのに」
「うむ、気にする事は無い。友人が危ない目にあっておるのだからな」
フローラル達が心配そうに見詰めているうちに、事態に気が付いた周囲の人間が慌てて集まってくる。まだ人が居た事が目撃していた人間の口から伝わるうちに、周囲には絶望感を顔に浮かべる人間が増えてくる。同盟の中心人物の一人が巻き込まれている事が、最悪の結果を招く事になるのではないかと想像出来たからである。土煙で見通しが悪く危険な事もあるが、その場に居る者はそのまま動く事も出来ずに呆然としたままであった。
ギシッ
木材の軋む音に加え、普通ではここまで濃く上がるはずの無い土煙の中心付近から、複数の咳き込む声が聞こえて来る。
「ごほっごほっ、すごい埃っぽいんだけど、どうなったんだろう」
「こほこほ、皆無事ですか?」
屋根に潰されたかと思ったフラムフィールであったが、黒炎の声に閉じていた目を開いて声を掛ける。周囲は土煙で覆われている事に加え、すぐ上に有る屋根のせいで薄暗くてほとんど判別出来なかった。
ポツリ
ふと頬に落ちた水滴を感じて手を触れると、ぬるりとした嫌な感触が手に残る。かすかな光に目が慣れてきたフラムフィールは、手を濡らす液体を確かめようと視線を向ける。
「えっ!?」
それは赤い色をしており、驚きで動けなくなったその頬に再び落ちてきたのを感じたフラムフィールが上を見上げると、そこには見たくなかった姿があった。
「ダスクっ!?大丈夫かっ、おいっ、返事をしろっ」
「えっ、血が出てるよダスクっ!ダイジョブかい?返事をしてよっ」
その言葉にゆっくりと目を開いたダスクは、安心させるように口元に笑みを浮かべると、黒炎達をかばった体勢のまま片手を頭の傷へと添える。
「大丈夫だよ。ちょっと破片が当たって出血してるけど、屋根が直接ぶつかった訳じゃ無いから」
「ふぅ、心配させないでよ、も~」
「良かった。酷い怪我だったらどうしようかと思いました」
「安心するのはまだ早いですよ。まずはここから無事に脱出しないと」
「そうですね。動けますか?ダスク」
「上に載っている屋根もだいぶ小さくなってるからどかせそうです。ちょっと待ってて下さい」
そう言ったダスクは、一度目を閉じて呼吸を整えると、目を開くのと同時に一気に力を込める。
ギシッ……ドガッ
わずかに持ち上げて横へと投げ捨てると、再び土煙が立ち昇り、視界が確保出来そうになっていた周囲が再び塞がれる。それでも残り少ない陽の光を遮る物が無くなったので、自分達の状態を確認するくらいは出来そうであった。
「こほこほ、また真っ白になってしまいましたね。それに、私達の格好も全身真っ白になっています」
「あははっ、二人はまるで爺ちゃんと婆ちゃんみたいだね」
「そんな事言ってる黒炎も老けて、危ないっ!」
ガキッ
土煙を隠れ蓑にして近付いてきていた刺客がフラムフィールの首筋へと放った凶刃を、ギリギリで弾いたダスクは、少しふらつく足取りで刺客とフラムフィールの間へと身体を割り込ませる。頭から流血しているダスクの様子に、好機だと判断した刺客は撤退する必要を感じなかったらしく、一つだけ訊きたい事を我慢出来ずに質問の言葉を口に出していた。
「……何故その程度の怪我で済んでいる?」
その質問にダスクは構えている大剣を示す。
「この大剣は少し丈夫でね。屋根と床との間につっかえ棒として使ったんだ。
完全には防げなかったけど、僕達が助かるだけの空間は出来た」
「……なるほどな。疑問は解消した。そろそろ死んでもらおう」
「出来るものならやってみろ。今は余裕が無いから手加減出来ないけど、自業自得だと思ってくれ」
次の瞬間、刺客とダスクの間に緊張感が高まっていくのが、近くに居る黒炎とフラムフィールにも感じられた。それが急激に膨らんでいき、唐突に弾けると同時に刺客が先に動く。
シュッ、ガキッ
投擲された針を投擲する動作と勘だけで弾いたダスクの大剣が戻る前に、懐に入り込んで短剣を急所に突き刺す事を狙った刺客は、大剣の重さに引かれているように見えるダスクの体勢を確認して素早く懐に飛び込んでいく。
ガギッ、ドガッ
これなら殺れると刺客が思った瞬間、予想に反して一瞬で戻ってきた大剣に、構えていた短剣を叩き折られる。その勢いのまま大剣が刺客の身体に食い込むと、あまりの衝撃にくの字に折られながら土煙の向こう側まで吹き飛ばされていった。大剣の重さに引かれているように見えていたのは、わざとダスクがそう見えるようにしていた罠であった。
「ふぅ、もう少し長引いたらやばかったかもしれないな」
そう言って大きく息を吐いたダスクは、大剣を杖のように下へと突いて身体を支える。それを見たフラムフィールは、慌ててダスクに駆け寄ると、懐からハンカチを出して頭の出血を押さえた。
「大丈夫ですか?出血が多いから動かないで下さいね」
「血がイッパイ出ちゃってるよ~。ホントにダイジョブかい?ダスク」
足元で心配そうに行ったり来たりしている黒炎や、心配そうな顔のフラムフィールに、ダスクは大丈夫だという風に顔に笑みを浮かべてみせる。
「ちょっと疲れたけど大丈夫だよ。出血も少し休んでいれば止まるから気にしないでいい」
「あまり無茶をしないで下さい。貴方も友人が傷付いていれば心配するでしょう?」
「うんうん、フラム姫の言うとおりだよ」
「確かにそうですね。ここを出たら少し休ませて下さい。心配してくれてありがとう」
そう言ったダスクは周囲を警戒しながら刺客を吹き飛ばした方向へと足を踏み出す。それに続いて土煙が薄くなり見易くなった馬車の瓦礫を避けながら、黒炎とフラムフィールはダスクに寄り添うように歩き出した。
大きい馬車といっても、それ程時間をかける事も無く土煙から抜け出したダスク達は、周囲を取り囲む人々にも気付かずに刺客の姿を確認する。近寄ってみると完全に失神しているのが分かって安堵すると同時に、拘束しようと何か適当な物が無いかと周囲を探す為に顔を上げる。そこで初めて大勢の人間が取り囲んで自分達を凝視している事に気付いた。不思議そうな顔になったダスク達に、駆け寄ってくる人影が二人分あり、それは良く知っている人物であった。
「ダスクっ、大丈夫?……大変っ!?血が出てるじゃないの。手当てするからちょっと見せて」
「え?大丈夫だよ、ローラ。うわっ、痛っ、痛いって」
「我慢しなさいっ、男でしょ」
「あははっ、おとなしく手当てしてもらいなよ、ダスク」
「ふむ、おぬしが怪我をするとは尋常じゃない事があったのだな。
そこに寝ている男が刺客か?見たところそこまでの力量を持っているとは思えんが」
「そうだウィリアム、その男を拘束しておいてくれ。とりあえず、今回の襲撃の犯人だから」
「うむ、承った。安心して治療を受けるが良い」
「頼んだ。僕の治療が終わったら、フラム姫と黒炎の事も診てもらっていいかな?」
「ええ、わかったわ。だからおとなしくしててね」
その言葉に安心したダスクは、疲労もあってその場に座って動かない事にする。テキパキと治療をしたフローラルは、ホッとした顔になってからフラムフィールと黒炎の様子を診始めるが、フラムフィールは微かに血を滲ませる掠り傷を消毒するだけで終わり、黒炎に関しては自慢の毛皮が守ってくれたらしく掠り傷すら無かった。休んでいるダスクの視線の先では拘束された刺客が城の衛兵に連れられて行くのが見えていたが、無事に皆を護ったにも関わらずダスクの顔は珍しく曇っていた。どうやったのかは分からないが、わざわざ王様が降りてから仕掛けてきた事で、最後の最後で狙いがフラムフィールだった事が分かり、この先も狙われる可能性もあってその不安感が現れていたからである。
「考え事?」
「ん?ちょっとね。これからフラム姫は大丈夫だと思う?ローラ」
「どうなのかしら。あの刺客を雇った人間が捕まらないと心配よね」
「うん。結局、根っこの部分をどうにかしないと駄目なんだよな」
「はぁ、私達に出来る事があるのかしらね」
そんな事を話していると、衛兵に刺客の事を頼んでいたウィリアムが戻ってきて二人の様子に気が付き不思議そうな顔になる。
「ふむ、どうしたのだ?二人共」
「フラム姫が安全になるには、あの刺客を雇った人間をどうにかしないと駄目だなって話してたんだ」
「ふむ、雇った者……むむ、そういえば」
「???」
会話の途中で突然考え込み始めたウィリアムを疑問に思ったが、変なのはいつもの事かと失礼な事を思ったダスク達は邪魔しないように声を掛けるのをやめた。そのまま静かに休んでいるところに、知らせを受けて駆けつけた屋敷の者達と話していたフラムフィールが戻ってくる。
「傷は大丈夫ですか?ダスク」
「はい。ローラの手当てが適切だったので、もうほとんど痛みもありません」
「それは良かったです。安心しました。
それではそろそろ私は屋敷へと戻ろうと思うのですが、護衛をお願いしても大丈夫ですか?」
「了解です。それじゃあみんな、ミッションの最後の仕上げといこうか」
「ええ、わかったわ」
「……ん?うむ、心得た」
「ほらっ、そろそろ起きろ、黒炎」
さっきから静かにしていた黒炎は、ダスクの傍らで横になって熟睡していた。やけに静かだと思っていたフローラルは、理由がいかにも黒炎らしかったので吹き出しそうな笑いを堪えようとする。
「うにゃ、ご飯?」
「ぷっ、あははっ」
寝惚けた黒炎の言葉に我慢し切れなかったフローラルは笑い出し、黒炎は状況が分からず不思議そうにキョロキョロしていた。その様子をダスク達は楽しそうに眺めつつ、気分転換したい時には貴重な存在だなと改めて思っていた。
「ふむ、楽しそうであるな。全員が無事であった事を祝っておったのだと予想は出来るが……」
突然掛けられた声に、その主へと視線を向けたダスク達は、そこに予想外の人物が居る事に驚く。襲撃があった直後に加え、安全な城へと入ったと思っていた王様が笑みを浮かべてそこに立っていた。その周囲は護衛が囲んでいたが、ここに居ない王妃は既に城へと避難したのだと予想出来た。
「刺客を捕らえたとはいえ、安全が確認された訳ではありませんよ、陛下」
心配そうな顔で言うフラムフィールの言葉に、おそらくウィリアムの方を見ていたと思われる王様は、何事も無かったように消えていた笑みを再び浮かべた顔でフラムフィールの全身を確認する。
「うむ、おぬしに怪我が無いならば一安心であるな。
それに、おぬしの護衛が居れば、そこは安全になるのではないかな、姫よ」
「確かにダスクの力量は信頼出来ますが、王族たる者、むやみに危険に近寄るのは感心致しませぬ」
「はっはっはっ、叱られてしまったか。ふむ、皆の無事を確認出来たからには退散するとしよう」
「ご心配お掛けして申し訳有りません。この通り、ダスクの働きで怪我も受けませんでした。
わざわざのご足労、感謝致します、陛下」
「うむ、気にする事は無い。今この国にとって、おぬしは我等と同じく重要な人間なのだからな。
それよりも、相も変わらず頭が固いやつだな、姫よ」
「ふふっ、私も王族ですから」
「ふっ、ではな。来週にまた会おうぞ」
頭を下げて見送るフラムフィールを見て、慌てて頭を下げるダスク達であったが、意外にも貴族のウィリアムだけは礼を欠いてソッポを向いたままであった。
視界から完全に見えなくなるまで見送ったダスク達は、王様の登場で完全に目が覚めた黒炎を連れてフラムフィールの護衛をしながら屋敷まで送っていく。道中ウィリアムは何かを考えながらだったので、見当違いの方向に進もうとする度にフローラルが軌道修正をしていた。予想通りではあったが、屋敷の前まで何事も無く到着し、周囲にも危険な気配は感じなかったので、ダスクと黒炎はやっと緊張を緩める事が出来た。
「さすがに今日はもう何もなさそうだ。無事にここまで連れ帰れて良かったですよ、フラム姫」
「今日は本当に世話になりました。貴方には怪我をさせてしまってごめんなさいね、ダスク」
「この程度は怪我のうちにも入りませんよ。少し出血が多かったから酷そうに見えただけです。
それに、怪我の原因は刺客なのですから、謝罪の言葉は必要ないです」
「ふふっ、貴方の言うとおりですね。私を護ってくれて感謝します、ダスク、それに黒炎」
「あははっ、気にしないでいいよ~。ボク達友達じゃん」
「黒炎の言うとおりです。依頼ではあったけど、僕も黒炎も友人を護っただけですから」
笑顔で会話をしていたダスクであったが、すぐに表情を改めると真剣な表情でフラムフィールの顔を見詰める。
「ところで、今後はどうするつもりなのですか?」
「今後、というと?」
「今回は刺客を捕まえる事が出来ましたが、根っこの部分をどうにかしないと危険ですよ」
「確かにその通りなのですが、現状手がかりが何も有りませんからね。
捕まえた刺客からの情報待ちになってしまうと思います」
再び深刻な雰囲気になったダスク達であったが、今迄考え事を続けていたウィリアムが何かを思い出したらしく、掌に拳をポンという感じに乗せて声を上げる。
「ああっ!そうだアヤツは……」
突然の声に驚いたダスク達は、何事かとウィリアムを凝視するが、その視線にも気付かず何かを呟き続けているので、恐る恐る声を掛けてみる。
「どうかしたのか?ウィリアム」
そこでやっとその場の皆が自分を見ている事に気が付き、ウィリアムは不思議そうな顔になる。
「む?どうかしたのか?さすがの余でも、これほど凝視されれば照れも感じるぞ」
「どうかしたのか?じゃないでしょ、ウィリアム。いきなり声を上げてどうしちゃったのよ?」
「うむ、少し思い出した事があってな……もしかしたら手がかりになるかもしれぬ」
「手がかりがあるのかっ!教えてくれ、ウィリアム」
「ふむ、落ち着くがいい、ダスク。まだ手がかりになるかはわからんのだ。
余のツテで調査をしておくので、しばし待て」
「むぅ、そう言うならそっちは頼む。何かわかったらすぐに教えてくれよ?」
「うむ、心得た。もしかしたら来週は登校せんかもしれぬが心配せずとも良いぞ」
「了解。手伝える事があれば言ってくれよ」
「そうよ、一人であんまり危ない事はしないでね」
「うむ、その時はよろしく頼む。それに、余の事をそこまで心配してくれるとは嬉しいぞ、ローラ」
「はぁ、そこまでって、普通に友達を心配するのと変わらないわよ……」
いつも通りのウィリアムの言葉に、フローラルは呆れた顔になっていた。それを楽しそうに見ながら、話がまとまったと判断したフラムフィールは、邪魔をしないように一歩下がってたところから踏み出し、微笑んだ顔を更に柔らかくしてダスク達に声を掛ける。
「方針は決まったようですし、皆でお茶でも飲んでいきませんか?」
「やった~、もちろんお茶菓子もつくよねっ」
「ふふっ、もちろんそうするように伝えましょう」
「ねぇ、寄っていこうよ、ダスク」
「はぁ、わかったわかった。ローラとウィリアムはどうする?」
「貴方達がそのつもりなら、私もお邪魔させて頂こうかしら」
「ふむ、すまんが余はすぐに屋敷に帰らねばならぬ」
「そっか、それじゃあ気を付けてな、ウィリアム」
「またね、ウィリアム」
「じゃあね~」
ダスク達は手を振り合い、屋敷に残る者達に見送られてウィリアムは既に暗くなっている街路を城の方向へと戻って行った。
「それでは中に入りましょう。ようこそ、我が屋敷へ。ゆっくりしていって下さいね」
その言葉を残して皆の先を歩くフラムフィールに続き、ダスク達は屋敷の正面扉へと向かう。お茶菓子に想いを馳せて嬉しそうに尻尾を振る黒炎の様子に、フローラルは可笑しそうに微笑む。その光景を最後尾を歩きながら見るダスクは、早く手がかりが見付かって一連の事件が解決し、フラムフィールやソラリスやサフィーラに加えて隣国から一緒に来た人々も笑っていられる余裕が出来ると良いなと思っていた。
今回の事件の実行犯は捕まえる事が出来たが、それを依頼した黒幕が居る限りフラムフィール達は心休まる日が全く無くなってしまいそうで、ダスクは心配の種が尽きなかった。最後にウィリアムが言った手がかりが解決の決め手になってくれる事を願いつつ、可能なら自分も護る手伝いが出来るように、すぐに動ける状態を保とうと考えていた。果たしてこの事件はどの様な終わり方を迎えるのだろうか。
楽しんで頂けたでしょうか。続きも早く読んで貰えるように頑張ります。




