狙いは偉い人?(前編)
自分の文章力の無さにへこみますね・・・。とにかく頑張りますので、良ければ応援して下さい。
ワァァァァァァァァ
周囲は大勢の人間の歓声に包まれ、その発生源である黒山の人だかりでそこは囲まれていた。その場に居る全員が同じモノを見る為に集まっており、視線は一点に向けられ、もしこれが陽の光だったなら、その一点に有る物は燃えてしまいそうな程の視線の集中であった。週末に入ったこの日は天候も良く、いつも以上に人数が多くなりそうな状況に加え、この日に行われるあるイベントを見ようと様々な場所からこの王都へと訪れる者が多いので、普段の倍以上に増えていた。
「何で僕はこんな場所に居るんだろう……」
そう呟いたのは、綺麗に整えられた茶色の髪と優しそうな黒瞳の、儀礼用の煌びやかな服装を居心地悪そうに着た十代半ば位の少年で、腰の儀礼用の剣を弄りながら瞳に困惑を表している。その少年が居る場所は、まさしく人々の視線の集中している場所で、たくさんの毛並みの良い馬に牽かれたまるで山車のように大きな馬車であった。通常の馬車とは違い、周囲の壁が無く角の柱が屋根を支えているのが外から見えており、馬車の内部には装飾を施された複数の椅子に少年と同じかそれ以上に煌びやかな服装を纏った人物が座って周囲に気品の有る笑みを向けながら手を振っている。
「ふふっ、貴方は私の護衛ではないですか、ダスク」
「それはそうなんですけど……やっぱり僕がここに居るのは場違いじゃないですか?フラム姫」
可笑しそうに声を掛けられたダスクの髪は何故か普段の黒色とは違う茶色に染められ、トレードマークのくすんだ黒色の装備を儀礼用の服装に変えられていた。そのダスクにフラム姫と呼ばれたのは、フラムフィールという名前のハンフロージェン王国を統治するシルヴァリ王家の姫である。透き通る様に輝く腰まである銀髪をそのまま背に流した、ダスクより少し低い位の背丈で小麦色の肌の控えめな身体の上に桃色の薄絹を幾重にも纏った真紅のドレスを着ている同年代の少女で、美しいと思われる顔は目の下から薄絹が隠しているので、分かるのは力強さを感じさせる金の瞳だけである。各所にちりばめた美しい装飾品を眩しそうに見ながら、ダスクはその顔をどこか違う場所で見た事が有る様な気がして首を捻っていた。
「これならウィリアムがこっちに来た方が良かったんじゃ……」
「あら、私と一緒では不服ですか?」
悪戯っぽい光を宿した瞳をダスクに向けるフラムフィールの言葉に、困った顔になったダスクは、普段とは違う色の髪の毛を弄りながら溜息を吐く。
「そういう事ではないですよ。貴族だからこういう場面には慣れていると思いますし、わざわざ髪の毛を茶色に染めるなら、そのままで良いウィリアムの方が良かったんじゃないかと」
「何を言っているのですか。護りなら貴方の方が得意でしょう?」
「確かにそうなんですけど……はぁ、もう決まった事だから自分なりに頑張ります」
「お願いしますね。貴方の力は知っていますから信頼していますよ」
「はい。何があってもお護りしますので安心して下さい」
その言葉に嬉しそうな様子で頷くフラムフィールを見ながら、ダスクはここまでの出来事を思い返していた。
新しい週が始まって午前中の授業を終えたダスク達は、我が家で昼の休憩をしながら次のミッションの内容を確認していた。もちろん学院の休憩時間なので生徒は制服、サフィーラは見慣れてきたメイドさんの格好である。今日の昼食は穀物の粉を練って薄く延ばして焼いた物を千切りつつ、スパイスを効かせた色々な味付けのスープに浸けて食べるモノで、サッパリとしたサラダとの相性が良かったので皆の食も進んでいたようである。
「今日のご飯も美味しかったな~。サフィが来てくれて良かった」
「うふふ、喜んでくれて嬉しいわ、黒炎くん」
ミッションの話にはあまり興味の無い様子で今日の昼食について話しているのは、紅い瞳を満足そうに輝かせながら大きな尻尾を元気良く振っている黒炎で、料理を褒められたサフィーラはいつもの笑顔の五割増しで黒炎の艶やかな毛皮を撫でながらダスク達の会話を聞いていた。
「その護衛役って、明らかにダスクを指定してるわよね?ウィリアム」
「うむ、護りが得意で高い力量を有するという事であるならば、このチームではダスクの事であろう。
まさに、ローラの言うとおりであるな」
そんな事を話していたフローラルとウィリアムは難しい顔でダスクへと視線を向けるが、どうしてそんな顔をされるのかが分からずにダスクは首を捻っていた。二人はミッションの詳細が今までとは違ってチームで動かない事にも戸惑いを覚えていたが、もう一人のメンバーは楽しそうな顔でダスクの顔を見る。
「依頼主がダスクの事を知ってるからだろうし、王族に知られているんだから喜んでいいんじゃないか?
まあ、オレは所用で参加出来ないけど頑張ってくれ」
「確かに知らない人物じゃ無いな。でも、僕は相手が王族だからって喜んだりしないよ。
ていうか、ソラだって王族に連なる貴族らしいじゃないか」
性格的にソラリスは自分だけ参加出来ないと機嫌が悪くなりそうだと思っていたダスクだったが、今回は予想とは違って笑顔のままなので内心疑問に思いつつ、所用というのが大切なものなのかもしれないと一人で納得していた。
「王族本人と知り合いって……はぁ、もう考えるだけ無駄なのかしら」
「ただの知り合いってだけだよ、ローラ」
「それだけでも凄いわよ。それよりどういう事かしら。これだと完全に別行動になるわよね」
「うむ、王都を行進中は護衛は動けぬ。そもそも、余とローラは全く別の仕事になるのだからな」
「こういうのも有りなんだな。てっきりミッションは同じ仕事を一緒にやるものと思ってた」
「そうなのか?オレはこういうのも、というか何でも有りだと思ってたぜ」
「これからも、こういうのがあるのかしらね」
「そうかもしれないな。考えてみれば常に全員が揃っていられるとは限らないんだから」
「うむ、様々な状況を想定して動けるようになっておかなければならぬ」
ダスクとウィリアムはすぐに納得して頷いていたが、フローラルは少し不安そうな顔になりつつ、気持ちを落ち着かせようと深呼吸をする。
「そっか……すぅーーはぁーー、うんっ、不安もあるけど頑張りましょ」
「今回不参加のオレが言うのもなんだけど、何が来てもこのチームなら大丈夫だって信じてるぜ」
その言葉と同じ事を思っていたフローラルは笑顔で頷いた。
「とにかく、ダスク以外は人々の誘導とかの行進に関わる雑務をやるって事ね。
あ、この場合は黒炎はどうすればいいのかしら?」
「ボクも知り合いだからダスクと一緒に居るよ。他の人も居るみたいだからほとんど話せないけどね。
今回は何も出来るコトがなさそうだから、邪魔にならないようにおとなしくしとくよ」
「それでいいんじゃないか?オレは知り合いならそばに居るだけでも嬉しいと思うぜ」
「うむ、余もそれで良いと思うぞ」
「こんなところかな。また週末になるみたいだから準備はしっかりと出来そうだ」
「え?特に準備する事は無いわよ。私とウィリアムは学院の制服で参加する事になりそうだわ。
当日に係員を示す腕章を渡されるみたい。
でも、ダスクは向こうが着る物を全部用意してくれるらしいから装備は持って行けないわね」
「むぅ、それはちょっと困るというか、万全を期するなら使い慣れた物を使いたいんだけどな。
大剣だけでも持って行っちゃ駄目かな?」
困った顔になっているダスクの様子を見たソラリスが何かを確認するかのような視線をサフィーラへと向けると、少し考え込んでいたサフィーラはソラリスへと頷きを返す。
「いいんじゃないか?持って行って訊いてみればいい。大剣一つくらいなら大丈夫だと思うぞ」
「うん、そうする。ここであれこれ考えていてもしょうがないからな」
「それもそうね。それじゃあミッションの事はこのへんで終わりにしときましょ」
「うむ、そろそろ時間であるからな」
その言葉で皆は腰を上げ、ダスクは手伝おうとするサフィーラに笑顔で首を振ってお茶に使ったカップ等を洗い場へと運んでから、皆を促して我が家から出る。校舎へと戻った一行は、それぞれの専門の授業を受ける為に別れて教室へと向かった。
それから週末までいつも通りの授業を受けつつ、ダスクは親方に許可を得て週末分の仕事をこなす。度々仕事の予定が変わる事を申し訳ないと思うダスクであったが、親方は豪快に笑いながら、学生なら学生の本分を果たしてれば良いと、痛いくらいの力でダスクの肩を叩くのみであった。
当日の早朝、学院の正門前に集まったダスク達は、全員制服姿でダスクは大剣、ウィリアムは長剣を持参している。今回はソラリスが欠席の為、サフィーラも見送りには来ていないので久しぶりに少し前の面子に戻っていた。全員揃ったので、さっそく集合場所の城前の広場へと向かう。広場へと入ると今日の催しに関わる人間が既に大勢集まっていた。ダスク達がこの場の責任者を探してウロウロしていると、聞き覚えの有る声で呼び止められた。
「おはようございます、ダスクくん。皆さんも朝早くからご苦労様です」
「あ、おはようございます、サフィさん。
ちょうど良かった、僕達依頼人というか責任者を探しているんですけど、知りませんか?」
「それなら大丈夫よ。貴方達にはわたしが説明する事になってるから」
「そうなんですか。よろしくお願いしますね、サフィさん」
「うむ、よろしく頼む」
「はぁ~い、お姉さんにお任せよ。あ、ダスクくんは着替えもあるから……みんな、この子がそうよ」
そう言って後ろに控えていたサフィーラと同じくメイドの格好をしている女性達へとダスクを指し示すやいなや、ダスクの了解も待たずに囲んで両手を取られ背中を押される。
「ちょっと、どういう事ですか?サフィさん」
「こんな場所で着替える訳にもいかないでしょ?
着替えとか色々な事を皆がやってくれるから、その娘達について行ってね」
「なんか面白そうだから、ボクはダスクについていこっと」
「わかりましたっ、ついて行きますから手を放して下さいっ」
「いいからいいから、そのまま連れていっちゃってね~」
「うわわっ」
「あはははっ」
戸惑いながらも、女性相手に力尽くで自由になろうとも思えなかったダスクは、笑いながら楽しそうに尻尾を振る黒炎を伴ってメイド部隊に連行されて行く。その様子を面白そうに見送るフローラル達に向き直ったサフィーラは、笑みを浮かべたままフローラル達へと仕事の説明を始めた。
ダスクが連れて行かれたのはやはりソラリスやサフィーラの住む屋敷で、到着したその足ですぐに部屋へと通され、壁に大剣を立て掛けるやいなや部屋の真ん中にポツンと置かれた椅子へと座らせられる。すぐに着替えを持ってくると思っていたダスクの予想に反して、メイドの一人に首の下から身体全体を包むように大きな布を被せられた。
「着替えをするんじゃないんですか?」
布を被せてきたメイドに不思議そうな顔で質問をするダスクに、そのメイドは楽しそうな笑顔を向けてくる。
「着替える前にやる事があります。全て私達にお任せ下さいませ」
「はぁ」
良く分からないが、何か自分の分からない作法が有るのかと思ったダスクは、一つ深呼吸をしてから身体に入っていた力を抜いて身を任せる事にした。メイド達は何か液体の入った容器を持ってきてそれをダスクの髪の毛へと塗って少し待った後、タオルで水気を取って乾かすと、櫛と鋏を使って髪の手入れを行っていく。それを見ていた黒炎が驚いてから面白そうな様子になったのがダスクの胸中に不安な気持ちを生んでいた。髪の手入れが終わって身体を包む布を外されたダスクがホッと一息吐いていると、そのままメイド達の手が伸びてきて服を脱がそうとしてくる。上着を脱がされていたところでハッとしたダスクは、慌てて服の裾を掴む。
「ちょっ、ちょっと待って下さい。着替えなら自分でやりますからっ」
「いえいえ、これも仕事ですのでお任せ下さい」
「う、うわぁぁぁっ」
「あっははははっ」
そのままメイド達に群がられて見えなくなったダスクを見た黒炎は、込み上げてくる笑いに全身を震わせながら床を転がっていた。
しばらくして呼吸を荒くしたダスクがメイドの輪からやっとの事で抜け出してくる。儀礼用の煌びやかな服装に着替えさせられ、腰にも儀礼用の長剣を佩いたダスクは、髪の毛も再びシッカリと整え直されて別人のようになっていたが、相当肩を落としながらそこは変わらない黒い瞳を黒炎へと向けながら溜め息を吐く。
「ひどいめにあった。はぁ、最後の一線は守り通したけど……」
「あははっ、みんなやってもらえて良かったじゃん。
……それにしても、なんか別人になってるよ。まるで、ウィリアムみたいだ」
そんな黒炎の言葉に、部屋を見回して鏡を見付けたダスクはそのすぐ前に移動すると、全身を映しつつ色の変わった髪の毛をつまむ。
「うわ、確かによりウィリアムにそっくりになってるな」
「今なら並んで立ったら双子に見えそうだね」
「むぅ、ここまでしないといけないなんて、今回の依頼って面倒な仕事だったんだな」
「あははっ、広場に戻ってみようよ。これを見たらみんな驚くんじゃないかな~」
コンコン
皆が驚く光景を想像して溜め息を吐いていたダスクは、扉をノックする音につられて反射的にそちらへと視線を向ける。同じくそちらへと視線を向けた黒炎と共に扉が開くのを見ていると、メイドが開いた扉を通ってダスク達の知っている人物が部屋へと入ってくる。
「ぷっ、あはははっ、すげぇ似てるっ」
ダスクを見た途端に笑い出した人物は、意外な反応に驚くダスクの様子に気付いて慌てて笑いを引っ込めると、貴人らしい淑やかな態度に戻ってわざとらしい咳をする。
「コホン」
「あれ?フラム姫もこっちに来てたんだね。ひさしぶり~」
「ふふっ、久しぶりですね、二人共。今日は宜しく頼みますよ、ダスク」
「お久しぶりです、フラム姫。というか、頼みますって、何を?」
「何を言っているのですか。今日ここに連れてこられた時点で私が護衛対象だと気付きませんか?」
「あぁ、なるほど。今日はフラム姫とずっと一緒なんだね。よろしく~」
「貴方達はここでの数少ない知人なのですから、色々と頼りにさせてもらおうと思っています」
「了解です。友人として、黒炎ともども頑張りますよ」
「うん、ボクもガンバルよ」
「ふふっ、ありがとう、二人共」
和やかな雰囲気になったところで、フラムフィールが着ているドレスの薄絹の動きにつられて目で追っている黒炎の仕草に気付いて、フラムフィールはスカートをつまんで少し持ち上げて見せてくる。
「このたびの催しに際して新しく誂えたモノですが、どうですか?」
「なんかひらひらが気になるけど、良く似合ってると思うよ~」
「そうだな。よく似合ってますよ、フラム姫」
「ふふっ、良かった」
ダスク達に褒められたのが思った以上に嬉しかったのか、フラムフィールはその場で回ってみせる。真紅のドレスが纏った幾重もの薄絹がフワリと舞い、その周囲を透き通るように輝く銀の髪が流れる光景は、ダスクでも思わず見とれてしまうような美しさであった。
「そろそろお時間です。広場に参りましょう、姫様」
メイドのその言葉にハッと我に返ったダスクは壁の大剣を掴むと、頷くフラムフィールに続いて黒炎と共に部屋を出る。そのまま屋敷から出たダスク達が広場へと戻ると、そこには居ない間に人の数が増えており、たくさんの大きな山車のような馬車が並べられていた。案内のメイドに連れられるまま歩いて行った先には、とりわけ大きく立派な馬車が有り、その上には煌びやかな服装の威厳の感じられる三十代か四十代位の男性が座っているのに気が付く。ダスクの視線の先を追ったサフィーラは、得心したような顔になってその人物の事を教えてくれる。
「あの方が、この国を統治している王ですよ」
「へ~、初めて見たけど、頭が良さそうなおっちゃんだね、ダスク」
「僕もそう思うけど、王様をおっちゃんって呼ぶのはちょっと失礼かもしれないぞ、黒炎」
「ふふっ、ちょっとどころではないかもしれませんが、失礼の無いようにしなさいね、二人共」
「まあ、ボクは黙ってるからいいけどね」
「貴女の時と同じで、特に態度を変えるつもりは無いですよ、フラム姫」
「それでいいと思います。貴方は貴方らしくしていれば良い結果を生むと、私は考えていますから」
そんな会話をしているダスク達に気が付いた馬車上の王様は、一瞬ダスクの顔を驚いたように見てから手招きをして昇ってくるように促してくる。それに頷いたフラムフィールに続き、ダスクと黙っておく事にした黒炎が、横に置かれた階段を使って馬車へと上がる。王様の前に立つフラムフィールから一歩下がった場所に止まったダスクは、作法も分からないままひとまず一礼をしておいた。
「晴れて良かったな、フラムフィール姫よ。天も今日の善き日を祝っておるかのようだ」
「式典を行うには天候だけが心配でしたから、私も安堵しております、陛下。
これで多くの民に両国の親交を強く印象付けられればよろしいのですが」
「心配せずともよい。この先も我等のような王族が交流を続け、指標を行動で示していくのだ。
民達は常に我等の背中を見ているのだからな」
「はい、それが王族の勤めなのですね。これからもご指導ご鞭撻よろしくお願いします、陛下」
「ふむ、良い心掛けだ、姫よ。だが、少し表情が固いぞ。民もおぬしを通しておぬしの国を見ている。
余裕を持って常に優雅に笑みを浮かべておれば、平和への期待以上に好感を得る事も出来よう。
その美しい容姿も時には武器になる事もあるのだ。政治に利用出来るものは何でも使わないとな」
「ふふっ、お褒め頂きありがとうございます。必要ならば有効活用させて頂きますね」
笑みを浮かべて話をしていても一線が引かれているのを感じさせる王族達に、そういう雰囲気が苦手なダスクと黒炎は顔を見合わせて肩をすくめていた。その行動が目に付いたという訳でもないだろうが、ふと王様の視線がダスクへと向けられる。その瞳には咎めるモノも身分の低い者を見る光も浮かんでおらず、何か珍しい物を見ているかのように感じられた。ダスクと黒炎は王様の顔を見返しながら、その顔をいつかどこかで見た事が有るような気がして困惑してしまう。
「ところで、その者がおぬしの護衛か?姫よ」
「はい。オルフィエルド学院の学生で、公私で世話になった知人です」
「ふむ……よく似ているな」
「いかがなさいました?陛下」
何か考え事をしながら呟いていた王様に、何かあったのかと不思議そうな顔になったフラムフィール姫が問いを発する。
「いや、何でもない。
姫は今この国にとって重要な人物の一人であるから、有事の際には頼むぞ」
「はい。何があっても護ります。大切な友達の一人ですから、依頼が無かったとしてもそのつもりです」
「ふむ、学院長に聞いていた通りだな」
「え?学院長とはお知り合いなのですか?」
「うむ、色々と世話になっておってな。それが無くとも国の人材を育成する学院の長だからな。
王都一と評判の学院の長なのだから、それなりの地位にも居るのだ。
……そろそろか、任務に励めよ」
いつの間にか周囲のあわただしさが増し、他の馬車にも貴族達が乗り込んでおり、もうそろそろ出発する時間になりそうであった。王様は自分の護衛や王妃らしき女性と話を始めたので、ダスク達は話の内容を聞かないように少し離れる。そこで初めてこの場に居ないメンバーの事を思い出した。
「そういえば、ローラ達はどこに居るんだろう?」
「おそらく自分達の分担の場所へ移動したのではないでしょうか。間もなく始まるようですからね」
「そっか~、ボクはみんなの驚く顔が見たかったんだけどな」
「はぁ、僕はあんまり間近で見られたくないんだけど」
「ふふっ、並んで立ったら面白そうですね」
「笑わないでくださいよ、フラム姫。……あれ?姫はウィリアムの事を知っているのですか?」
「えっ!?えっと……そうっ、貴方が着替えている時に少しサフィの所にね」
「ああ、なるほど。でも、そんなに似てないと思いますけど」
「今の状態なら結構似ていると思いますよ」
「うんうん、似てる似てる。これが終わったら二人で並んでみてよ」
「むぅ、まあ考えておく。あ、ほら、出発するみたいだ。僕達はどこに居ればいいのかな?フラム姫」
「私がその席に座りますから、貴方は背後の……その辺りが良いかしら、そこに控えて下さい。
あ、その大剣は目立たないように置いておいて下さい」
「了解です」
「ねぇ、ボクはどうすればいいのかな?」
「そうですね、黒炎は私の足元に寝ていて良いですよ」
「りょ~かい。後は任せたっ、ダスク」
「わかったよ。でも、すぐに動けるようにはしておけよ」
「うん。何かあったらジャマになっちゃうからね」
そう言っていた黒炎であったが、装飾の施された椅子に座ったフラムフィールの足元に横になるやいなや、目をつむって動かなくなり、ほとんど寝ているのと変わらない状態になっていた。それを苦笑しながら見るダスクとフラムフィールであったが、直後に動き出した馬車にダスクは表情を引き締め、フラムフィールは王様の助言だったからではないが、今日の善き日を自らも喜んでいるので輝くような笑顔をごく自然に浮かべていた。そのまま馬車は広場から中央通りへと向かって進み始めるが、広場を出た瞬間、大勢の人々が上げる歓声が周囲を取り囲む。
ワァァァァァァァァ
大音声に驚いて反射的に顔を上げた黒炎を笑えないまま、ダスクも驚きに固まっていた。先程まで広場の出入り口は封鎖されていたので、余計に差が大きく感じられたのだろう。そんなダスクの様子に、笑顔で手を振っているフラムフィールは表情を変えないで、ややこちらに顔を向けて声を掛けてくる。
「ほら、そんな顔をしていてはいけません。手を振れとは言いませんが、愛想は良くして下さいね」
「むぅ、了解です。こういうのは苦手なんですけどね……」
困りつつもなんとか笑顔を浮かべようとするダスクであったが、引きつったような顔になってしまう。それでも近くでその顔を面白そうに見る黒炎とは違って、路上の人々からはかろうじて笑顔に見えていた。そのまま道を南下して中央通りへと進んでいくのだが、こういった催し物の常で進む速さは牛歩であり、この状態が当分は続くと分かって益々気分が下降する。それでもその仕事振りには一分の隙も無かったのは真面目なダスクらしいところであった。
そして物語は冒頭を経由して進んで行く。
その頃、サフィーラに担当の説明を受けたフローラルとウィリアムは、城から港へと抜ける道が中央通りと交わる場所で、道にはみ出ている観客に注意をしたり宥めたりしながら怪しい人物が居ないか警戒をしていた。とはいえ、人が多過ぎて不審人物を警戒する余裕も無く、あからさまに怪しい格好をしていなければ気付けないくらいに忙しかった。
「これじゃあ、怪しい人が居てもわからないんじゃないかしら」
「うむ、余もここまで余裕が無いとは思っていなかった」
「まあ、本当に危険な人物が居たら、本職の人達がどうにかしてくれるわよね?」
「うむ、客に紛れて警戒している人間が居るようであるからな」
「良かった。そういえばダスク達はどうしてるかしら?」
「ふむ、今頃は護衛対象の姫と共に馬車に同乗している頃であろう」
「ふふっ、衆目にさらされるなんて慣れない事をしてるだろうから戸惑っていそうね」
「うむ、数をこなしてもなかなか慣れるものではないからな」
「そうなんだ?よく知っているわね」
「む、知人が良く言っていたのでな」
「ふぅ~ん、そういうものなのね」
感心したような顔になったフローラルから視線を外したウィリアムは少し焦ったような顔になっていたが、城の方向から歓声が届いてきたので顔を向けると、そちらから馬車が連なって進んでくるのが見えた。
「ふむ、もう少ししたらここまで来るな。ダスクがしかと役目をこなしているのか見てやろう」
「ふふっ、面白そうね。どんな格好に着替えたのかも気になるわ」
そんな事を話しているうちに、他の貴族が乗り込んだ馬車が目の前を通り過ぎていき、その後ろから一際大きな馬車がゆっくりと進んできた。先程までの馬車とは違い、見上げる位置に煌びやかな格好の男女が並んで立って手を振っているのが見える。男性はおそらく王様で、その笑みを浮かべた顔は何故か隣に立っているウィリアムに似ているように見えるが、それならダスクにも似ている事になるのでフローラルは気のせいだと思って軽く首を振る。女性の方はソラリスやサフィーラと同じ銀髪と褐色の肌の美しい姫で、薄絹に顔の下半分を隠されていてもその美しさは少しも色褪せていなかった。道に身を乗り出している観客を押し戻しながらダスクの姿を探していたその時、一見ウィリアムがそこに現れたのかと思う容姿の人物が突然王と姫の目の前を歩いて再び背後へと引っ込んで行く。一瞬周囲がザワついたが、それ以降何も無いのですぐに忘れたように再び歓声が上がっていた。
「今のダスクだったわよね。何かあったのかしら?」
「ふむ、直接訊いてみなくては分からぬが、何かを手で掴んでいた様に見えたが……」
「よく見えたわね。私には早過ぎてわからなかったわ」
「うむ、民達も同じであろう。騒ぎにならなくて安堵したぞ」
「怪我してないといいけど。後で服装の事も含めて色々話を聞きましょう」
「うむ、そうだな」
通り過ぎていく馬車を見送りながら、心配そうな顔で一息吐いたフローラルは、厳しい顔をしているウィリアムに表情を緩めるように注意しつつ、自分達の仕事をこなしていった。
少し時間を戻して馬車がフローラル達から見えるかどうかの距離まで進んできた所で、寝ていると思われた黒炎が首を持ち上げてキョロキョロとし始める。何かを探っているような雰囲気に、すぐに声を掛けようとしていたダスクは、少し待つ事にした。少ししてダスクの方を見た黒炎の瞳の様子に、ダスクは顔を近付けて声を聞こうとする。
「何か嫌な感じがするよ。気のせいかと思ったけど、この馬車と一緒に動いてるみたいだ」
「そっか、教えてくれて助かった。さて、どうしようか……」
「少しずつ強く感じるようになってきたから、何かあるならもうすぐだね」
考え込むダスクの様子に気が付いたフラムフィールは、笑顔のまま振る手も止めずにダスクの方へと少し顔を傾ける。
「何かありましたか?私に出来る事が有れば何でも言って下さい」
その言葉にフラムフィールの顔を見たダスクは何かを思いついたようであったが、言い出し難い事らしくて悩むような迷うような顔になる。
「何を悩んでいるかはわかりませんが、何があっても私を護ってくれるのでしょう?」
同時に笑みを深めたフラムフィールに、ダスクは決心した顔になって力強く頷く。
「申し訳ありませんが、フラム姫には囮になってもらおうと思います。
それと、王様にも危険が有るかもしれないので……」
耳打ちするダスクの言葉に頷いていたフラムフィールは、そこで初めてダスクと目を合わせる。
「わかりました。それでは全て貴方に任せますね」
そう言って立ち上がったフラムフィールは、王様に耳打ちして立ってもらうと、少し前を空けて並んで立ちながら笑顔で手を振り始める。何事かを話しながら笑顔で手を振る二人の王族の姿は、いかにも両国の友好を感じさせて、観客達は喜びと歓迎の声を益々高く上げていた。視線が二人へと集中している間にダスクは黒炎と周囲の気配を探っていくと、先程までは感じられなかった殺気のようなものが向けられているのが分かる。
「なんか獲物に飛び掛ろうとしている魔狼の気配に近くなってきたね」
「うん。そろそろ危ないかもしれないな。すぐに動けるようにしておかないと」
そう言って立ち上がったダスクは、出来るだけ気配を消しながら目立たない位置に立つ。そのまま馬車が中央通りと交わる場所に来たところでそれは起きた。
シュッ
殺気が最大になったと思った瞬間、並んで立つ王様とフラムフィールの方へと何かが投擲される。既に動き始めていたダスクは、王族二人の目の前を横切りながら投擲された物を掴み取る。そのまま歩きつつ飛んできた方向を見るが、そこには二階の窓が開かれた建物のみで、攻撃してきた犯人の姿を確認する事は出来なかった。その場で止まっていると何かが起きたんじゃないかと騒ぎになりそうだったので、すぐに諦めて元の場所へと戻ると、心配そうな様子で黒炎が声を掛けてくる。
「ダイジョブかい?」
「うん。得物が見難かったから少し危なかったけどね。それより、犯人の姿は見えたか?」
「なんか黒ずくめの人影が動いたように見えたけど、ハッキリとはわからなかったよ」
「そうか、まあフラム姫達が無事だったから良いとしよう。ところで、まだ気配は感じるか?」
「ううん。もう近くには居ないんじゃないかな~」
「とりあえず、同じ気配を感じたらすぐに教えてくれ」
「りょ~かい、任せてよ」
そんな事を話しているダスク達に、再び椅子に座ったフラムフィールが声を掛けてくる。
「本当に襲撃があったのですか?一瞬で全くわからなかったのですが」
「はい。どちらが狙われていたのかはわかりませんが、これが投擲されました。
見難くて危うく掴むのに失敗しそうでした。危険に晒してしまって申し訳ないです」
「長い……針?何を言っているのですか。実際に護ってくれたのですから謝る必要はありません」
笑顔を少し曇らせながら、ダスクの見せる普通の短剣ほどもありそうな長さの針二本を見たフラムフィールは、それが自分に向けられていたかもしれない事に恐怖を感じつつ、あの一瞬で二本の捉え難い凶器を掴み取ったダスクの力量に感心して自分の中のダスクに対する信頼が増すのを感じていた。
「再び襲撃が有ると思いますか?」
「わかりません。ですが用心に越した事はないと思いますので、僕と黒炎で続けて警戒しておきます」
「ボク達に任せてよ。怪しい気配は見逃さないからね」
「ふふっ、頼りにしていますよ、二人共」
その言葉に頷いたダスク達は、言った通りに周囲を警戒し始める。ダスクはこのまま次の襲撃が無い事を祈りつつ、その時には誰も傷付かないように護りたいと決意していた。
念の為につけられた護衛であったが、運悪くその出番が来てしまう。刺客の狙いがどちらに有ったにせよ、もし成功していたならば今回の同盟に亀裂が入っていたかもしれなかった。刺客に誤算があったとしたら、そこにダスクと黒炎が居た事で、特に気配に敏感な黒炎が居たおかげでダスクが早めに動けたからである。このまま無事に終わる事を祈るダスクの願いが天に届き、平和へと続く一歩を喜ぶ人々の想いは守られるのだろうか。
楽しんで頂けたでしょうか。続きも早く読んで貰えるように頑張ります。




