南国からの熱い風
一週間空いてしまいました。遅筆で申し訳ありませんです。
色々な事があったミッションの日から一ヶ月が経つ間に、国家的に大きな動きである、隣国との同盟締結が成された事で、人々が傷付く可能性が減ってくれるのを期待出来そうな事に加え、長い間国境に兵士として詰めていた家族が定期的に帰って来れるようになるのを、ほとんどの人々は歓迎していた。国内に知らない人間は居ないというくらいに情報は広がっており、オルフィエルド学院の週始めの教室でもそれを話題にしている生徒達が多かった。今、転入生を迎えているこの教室でも同じく話題にされていたが、その話に無関係ではない人間の登場に加えて、予想外の展開に皆が衝撃を受けていた。教室内の空気が固まっているかのように、その場に居る担任や生徒達は驚いた顔のまま動けなくなっており、視線の先で一人だけ立っている在校生と、時期外れな転入生のやり取りをジッと眺める観客となっている。
「久しぶりだな、ダスク。そんな顔してどうしたんだよ」
「ん……あぁ、そうだな」
「どうしちまったんだ?オレの顔をそんなにジッと見て。そんな風に見られたら、さすがに照れるぜ」
「すまん。驚きのあまり凝視してしまった。
それよりも、なんで君がここに居るんだ?ソラ。それに、サフィさんも」
「お久しぶりです、ダスク様」
「うわ、様付けで呼ぶのは勘弁して下さい。以前と同じでいいですから」
「うふふ、わかったわ、ダスクくん」
一人だけ立ち上がっていた在校生は、ダスク・ウォールという名前の、ボサボサの黒髪と優しそうな黒瞳の平均的な体格の身体に黒を基調とした軍服に似た制服を着た十代半ば位の少年で、くすんだ黒色の全身鎧と同素材の巨大な盾と大剣を纏って軽々動けるツワモノである。そのダスクに愛称のソラの方で呼ばれた時期外れの転入生の名前はソラリス・シールといい、透き通る様な輝きを見せる腰まで届く銀髪を三つ編みにして背中に垂らした中性的で美しい容姿の人物で、小麦色の肌とダスクより少し低い位の背丈の細身の身体には、ダスクと同じオルフィエルド学院の男子生徒用の制服を着用しており、益々その中性的な容姿を際立たせている。以前同様、一番印象的な力強さを感じさせる金の瞳で、ダスクの反応を面白そうに見ている。そして同じく愛称のサフィの方で呼ばれた人物の名前はサフィーラ・ロングといい、ソラリスに続いて入ってきて教室内を一番混乱させた張本人で、肩でそろえた綺麗な銀髪と輝く碧瞳を持つ可愛らしい顔をした二十歳くらいの女性で、小麦色の肌とダスクと同じ位の背丈のメリハリのある女性的な身体に紺色のエプロンドレスと頭にホワイトブリムをきっちり着込んだいわゆるメイドさんである。
「そこの、へいみ……ダスク君とはお知り合いでしょうか?」
さすがと言うべきか、最初に立ち直った担任が言い直しつつ、恐る恐るソラリスに問いかける。
「ただの知り合いっていうんじゃなく、大事な友達ってヤツだな。
色々世話にもなったし、ダスクの事は頼れる男だと思ってるぜ」
「そんな繋がりを持っているとは……」
ブツブツと独り言を呟き始めた担任に、サフィーラはにこやかな顔のまま困ったように息を吐き、未だに腕を組んで仁王立ちしているソラへと視線を向ける。
「ソラ様、再会を喜ぶのは後にして席に座りましょう。
さっき鐘が鳴っていたようですし、既に授業が始まっている時間だと思いますので」
「わかった。それじゃあ……そこの者、オレに席を譲ってくれ」
ダスクの隣の席で他の生徒と同じく固まっていた生徒が、自分を見るソラリスの視線と言葉にアタフタと自分の荷物を持って新しく用意されていた席へと移動する。本来はその新しい席がソラリスの為に用意されていたモノであったのだが、それを咎める者は誰一人居なかった。
「ありがとな」
礼の言葉を掛けながら黒板の前からダスクの隣の席へと移動したソラリスは、満面の笑みでそこに座ってダスクへと手を差し出す。最初の驚きから立ち直ったダスクは、友人との再会を喜び、同じく笑みを浮かべてその手を握った。
「これからよろしくな、ダスク」
「ああ、よろしく、ソラ」
握手をして言葉を交わしているダスク達を笑顔で見ながら、サフィーラは一番後ろのソラの席のすぐ後ろに立って控える。
「わたしの事もよろしくね、ダスクくん」
「はい。こちらこそよろしくです、サフィさん」
そのまま授業が開始されるのだが、メイドの居る教室に違和感を感じる生徒が多く、普段より集中力が必要になったので、いまひとつ授業の内容が頭に入ってこない人間の多い日になってしまった。
午前中の授業が終わって荷物を片付けていたダスクの机の前に、適当に荷物をまとめてサフィーラに渡して立ち上がったソラリスが来る。身体を動かす事の方が好きそうな雰囲気を持っているが、意外と座学も楽しかったらしく、機嫌の良い顔を向けてくる。
「こういうのも面白いな。それぞれの国、独自の考え方というか教え方があるのが分かったぜ」
「なるほど。向こうではここと違う教え方なんだな」
「そうですね。どちらかといえば、こういうのは個人的に教えを請う形です。
実技の方は早い段階で軍隊に加わって、各部隊ごとに鍛える感じですね」
一歩下がって話を聞いていたサフィーラの言葉に、ダスクはなるほどと数回頷く。ソラリスの言う通り、国ごとに教え方が違うのは面白いと思いつつ、双方の良い所はどこなのかを考えているところに、二人の生徒が歩いてきて近くに立ち止まる。
「お話中にごめんね。お昼になったから行きましょう、ダスク」
「ん?ああ、ごめん、ローラにウィリアム」
二人の生徒の内、ダスクが愛称の方で返事をしたのは、ローラことフローラル・グリーンであった。肩までの栗色の髪と明るい翠の瞳の可愛いというよりは美人顔の少女で、背はダスクより頭一つ分低く、小柄で少し控えめな身体に学院の女生徒用の制服が良く似合っていた。大人しそうに見える外見とは逆の勝気な性格が特徴で、専門の関係から微かに薬草の良い香りが感じられる。栗色の髪は全部を短くしてある訳ではなく、両側の耳の前に一房ずつ腰に届く位の長さの髪が垂らされてワンポイントになっていた。その隣で不思議そうにソラリス達を見ているもう一人の生徒の名前は、ウィリアム・トーラスといい、背中に届く茶色の髪と勝気そうな茶瞳の、それ以外はダスクと瓜二つの少年で、知らない人が見たら双子に間違えられそうな容姿であった。今はダスクと同じ制服姿だが、実習時には要所要所を覆う銀色の鎧を身に着け、腰に長剣を佩いている。一応チームのリーダーだが、偉そうなのは態度だけで、命令するだけで自分では動かないというタイプでは無く、身分は貴族だがダスク達の言葉もちゃんと聞いてくれる。
「ところでそちらの御婦人達はどなたかな?良ければ余にも紹介して欲しいのだが」
「良いよ。ええと……うわっ、ソラ?」
ウィリアムの質問に答えようとしたダスクの言葉を遮るように身を乗り出したソラリスは、マジマジとウィリアムの顔を見ながらダスクの肩を掴んで揺らす。
「おいっ、ダスク、お前って双子だったのか!?」
「あらまあ、髪と瞳以外は本当にダスクくんにそっくりだわ。ここには別のルートで来たのかしら」
そう言いつつ、変わらぬ笑顔で驚いている様には見えないサフィーラだったが、頭上のホワイトブリムが少し傾いているので内心では驚いているのが察せられた。
「いやいや、全然違うから。そこまで言うほど似てるか?ウィリアム」
「ううむ、最初は似てると思ったが、余も最近はそこまで似てるとは思っておらぬぞ、ダスク」
「そうだよな」
合わせ鏡の如く、顔を見合わせて首を捻っているダスクとウィリアムの様子に、周囲で見ていた女性陣(?)は内心で突っ込みを入れつつ、呆れた顔になっていた。
「まあいいや。とりあえず紹介をしておくよ。
こっちはソラリス・シール、隣国ハンフロージェン王国から来た転入生だ。
それから、サフィーラ・ロングさん、ソラとは家族みたいなもんらしい」
「よろしくな。ダスクの友達なら、オレの事はソラって呼んでくれ」
「よろしくお願いします。わたしの事はサフィと呼んで下さいね」
手で指し示しながらの紹介に続いて、片手を軽く上げて挨拶するソラリスと、綺麗にお辞儀をするサフィーラの様子を見ながら、ダスクは反対側の手でフローラル達の方を示す。
「それでこっちがフローラル・グリーン、その隣がウィリアム・トーラスだ。
二人は僕の実習時のチームメイトで、色々なミッションを一緒にこなしてる」
「よろしくね。私の事はローラって呼んでくれると嬉しいわ」
「うむ、よろしく頼む。余の事はウィリアムと呼んで構わんぞ。
それよりローラよ、余と違って初対面の二人にはローラと呼ぶ事を許可してるのは何故なのだ?」
「そんなのは当然よ。最初に軟派な事を言ってきたウィリアムが悪いわ。
それと比べて、ソラさん達はダスクの知人で信用が持てるからね」
「むぅ、真面目に言っていたのだが……」
フローラルとウィリアムのやり取りを面白そうな顔で見ていたソラリスであったが、フローラルに一歩近付いて訂正をする。
「ローラって言ったっけ?オレの事はソラって呼び捨てで良いぞ」
「そう?分かったわ、ソラ」
笑みを浮かべながら顔を見合わせる二人に、どうやら仲良くやっていけそうだと思って満足そうに頷いていたダスクに、サフィーラが音も立てずに近寄ってきて耳元で囁いてくる。
「隅に置けないわね、ダスクくん。こんな可愛い娘と知り合いになってるなんて」
「ん?サフィさんもそう思うんですか。直接言ってあげればローラも喜びますよ」
その平然とした様子に苦笑したサフィーラは、ダスクの顔を複雑そうな顔で見るが、ダスク本人は不思議そうな顔で見返すだけであった。
「せっかく知り合えたから、これから友達として仲良くしていこう。
ていう感じにまとめたところで、自己紹介は終わったから、そろそろ行かないと。
学院長室で首を長くしているというより、腹を鳴らせて待っているのが居るからな」
「そうね。あまり待たせるとへそを曲げちゃいそうだし」
「うむ。空腹とは誰でも辛いモノであるからな」
フローラルとウィリアムが頷くのを確認したダスクは、自分を見るソラリス達へと視線を向ける。
「ソラ達は昼食とかはどうするんだ?食堂に行くなら今日はここでお別れだけど」
その質問に首を捻ったソラリスは、疑問を顔に出しながらサフィーラの顔を見る。
「オレ達はどうするんだ?サフィ」
「はい。ソラ様の専門は弓射兵となりますので、午後はダスクくんとは違う場所での授業になります。
昼食については用意がありませんので、今回は食堂を利用させてもらう予定でした。
ところで、食堂に行くならと言っていましたが、ダスクくん達はどうするのですか?」
「僕達はいつも僕の生活してる家で食事を摂ってます。
そうだ、良かったら一緒に来ます?あいつも喜ぶと思うし」
「喜ぶと言いますと、どなたが?」
「ここに居ないけど、サフィさん達も知ってるはずですよ」
「あ、そっか、アイツも居るのか。久しぶりだから会いたいな」
「ああ、何か物足りないと思っていました」
「それじゃあ、話もまとまったところで、早く行こう」
そう言ったダスクは、皆を先導するように教室の扉を開けて廊下へと出る。全員付いて来ているのを確認すると、少し急ぎ足で学院長室に向かって歩き始めた。
ノックをして招き入れられたダスク達を見た面々の反応は、それぞれの性格が出て分かり易いモノであり、最初に反応した黒い影がすぐに近付いて来て嬉しそうな声を掛けてくる。
「ひさしぶり~、ソラにサフィ。ところで、なんで二人がココに居るんだい?」
「おう、久しぶりだな、黒炎。オレも今日からここに通うんだ、よろしくな」
「お久しぶりです、黒炎くん。わたしはソラ様の付き添いですよ」
「へ~、そっか、また会えて嬉しいよ」
ソラリス達に黒炎と呼ばれたのは、ピンと立った三角の耳と狐の様に大きな尻尾を持つ艶やかな黒色の毛皮の四足の獣で、最も特徴的なルビーの様に紅く輝く瞳を声と同じく嬉しそうに輝かせながら尻尾を機嫌良さげに振っている。ソラリスは笑顔で黒炎に近付くと、しゃがんで目線を合わせて頭を撫で始め、撫でられている黒炎も気持ち良さそうに目を細める。
「これは驚いた。君達は知り合いだったのかね?」
「はい、そうみたいです。どこで知り合ったのかは分かりませんが、私達も驚きました」
「なるほど、ダスク君達の知り合いという事だね。
向こうに行ったとは聞いていたが、ソラリスくん達とどういう経緯で知り合ったのか興味深いな」
「偶然知り合って、たまたまダスクくん達にわたし達が助けてもらったのですよ」
「なるほど、ダスクらしいわね。困ってる人が居たら反射的に助けそうだもの」
「そうなんですよ。分かってらっしゃいますね、ローラさん」
立派な机を挟んで女性陣二人を笑顔で眺めるのは、この学院の学院長で、50代後半から60代位の白髪交じりの黒髪に知性の高さが窺える碧瞳と、ガッシリとした体格に黒で揃えた服に加えて学院長を表す黒のマントを纏っている。
「ふむ、助けた、という事は今年になっての急な方針転換は……セシリアくんは何か聞いてるかな?」
学院長の机から近い壁際の自分の席で仕事を続けていたところを、学院長にセシリアと呼ばれて声を掛けられたのは、長い金髪を結って頭上にまとめ、鋭い碧瞳に眼鏡を掛けてピシッとした服を着ている大人の女性で、学院長の秘書の様な仕事をしているとダスク達は聞かされていた。
「詳しい事は伝わってきていません。短時間で解決されたので、ほとんど情報が無いらしいです。
事件の解決に、未だに名前の分かっていない人物が参加していたという事は確認出来ています。
おそらく、その人物が解決に重要な役割を果たした……ですよね?サフィーラさん」
「うふふ、どうでしょうか。そんな人物が居た様な、居なかった様な、ご想像にお任せしますね」
鋭い瞳を向けながらのセシリアの質問に、相変わらずの笑顔で受け流したサフィーラの様子に、近くで見ていたフローラルは妙な空気を感じて思わず後退る。
「はっはっはっ、まあこのへんにしておこうか。仕事の邪魔をしてすまんな、セシリアくん」
「いえ、これも仕事のうちですので」
タイミング良く掛けられた学院長の言葉で妙な空気は霧散してくれ、フローラルはホッとして息を吐き、サフィーラはそれを変わらぬ笑顔で楽しそうに見ていた。
「そろそろ行こうよ。お腹が減っちゃったよ、ボク」
「そうだな、午後の授業もあるから早く行こう。それでは失礼します」
いつもの黒炎の言葉に苦笑しながら、学院長達に一礼したダスクは、皆を促して学院長室から退室をして行った。それを見送った学院長は、少し呆れた顔になって呟く。
「やれやれ、この前の悪魔族との時も思ったが、色々な事に巻き込まれておるのだな」
「そのようですね」
それが聞こえていたセシリアも同じ事を考えていたらしく、思わず手を止めて頷いていた。
学院長室を出た一行は、校舎を抜けてダスク達の住んでいる我が家の前に来ていた。それを見上げたソラリスとサフィーラは、感心したような顔になってダスクを見る。
「一軒家だとは思わなかったな。ダスクと黒炎で住むには少し広いんじゃないか?」
「うん。他の生徒は学生寮を利用しているらしいけど、僕達は規則のせいで黒炎が入れなかったんだ」
「そうなんだよね。そしたら学院長がココを使っても良いって」
「なるほど。少し古い建物だが、学院長も太っ腹だな」
「今は少し古いって感じだけど、ダスクが修繕する前はもっとボロボロだったよ」
「壊す予定だったのを貸してくれたんだよ。だから、この建物を使うのは僕達が最後になるらしい」
「学院長が有効利用したみたいですね。
取り壊す前に入学出来て、ダスクくん達にとっては運が良かったという事でしょう」
「それより早く入ってご飯にしようよ~」
「そうだな、みんなも中に入ってくれ」
開錠して扉をくぐったダスクを追う様に全員が入るのを確認したサフィーラが最後に扉を閉めると、いつもより人数が多いのでダスクが予備の椅子を引っ張り出していた。何かで使うことも有ると思って修理をしておいた物で、見た目は悪いが頑丈になってグラつかなくなっている。それぞれ思い思いの席に座ってもらったダスクは、昼食を作る為に台所へと移動していつもよりも多い食材を用意し、何を作ろうかと思案しているところで、背後から近付いて来る誰かの足音が聞こえてきた。
「お手伝いしますよ、ダスクくん」
「あ、サフィさん。お客さんだから休んでいてもらっていいですよ」
「遠慮なんかしないでいいの。一緒にやった方が早く出来るし、黒炎くん達を待たせないで済むでしょ」
「そうですね、それじゃあお願いします」
「は~い、お姉さんに任せなさいっ」
ウインクしながら胸を張るお茶目な仕草で答えるサフィーラに、ダスクは笑顔になりながら料理を開始する。さすがにメイドなだけあって、ダスクよりも料理に造詣が深いサフィーラの手際はかなり良く、手伝ってもらうというよりは自分が手伝う感じになっていた。心配した食器の数もかろうじて足りてくれたので、出来立ての料理をいくつかの大皿に盛って取り皿と共に暖炉の部屋へと運ぶ。パンやサラダに揚げた鶏肉や串焼き等、ちょっとしたパーティみたいな昼食になった。良い匂いに待っていた黒炎は嬉しそうに尻尾を振りまくり、台所から一緒に出てきたダスクとサフィーラを見たフローラルとソラリスは、何故か何かを失敗したかのような顔になっていた。
「早く食べようよ。ボクは大盛りでよろしく~」
「了解。……とりあえずこれくらいでいいだろ?それじゃあ食べようか、いただきます」
「いただきま~す」
大きな声で言う黒炎に、皆は笑みを浮かべつつ食事を開始する。給仕をしようとするサフィーラをなんとか席に座らせつつ、簡単な物だがいつもより美味しい料理に舌鼓を打ちながら楽しい食事を摂る事が出来た。食事が終わる頃には皆も少し打ち解けてきたようで、初対面同士も会話を楽しんでいたようである。料理が早くできたので、食後にはフローラルのお茶を飲みながら一息つく時間もとれた。
「そういえば、今週のミッションはどんなのだい?ウィリアム」
「うむ、いつもと変わらぬ。今回は倉庫整理のようだ」
「はぁ、なんだか私達って便利屋みたいね。たまには違う事もやってみたいかも」
「ふむ、そうは言っても、また廃村調査みたいなのが来ても困るが」
「それはそうだけどっ。あれは特殊な状況だったし、滅多に無い事だと思うわ」
「そうだな。
ああいうのは要らないから、もう少しここの生徒向けの依頼がまわって来るといいんだけど」
「ボク達のトコが一番少ないのは変わらないからダメじゃないかな~」
そんな話をしているダスク達を興味深げに見ていたソラリスは、サフィーラの耳元で何かを囁いて何事かを話し合うと、改めてダスク達の方へ視線を向ける。
「それってチームを組んでの実習ってやつだろ?」
「ん?そうだよ。教室でも言ったけど、ここに居るのが僕達のチームのメンバーだ」
「じゃあ、ちょうどいいからオレがそのチームに入ってやるよ」
「そうしてくれると助かるから、僕や黒炎は歓迎するけど……ローラとウィリアムはどうだい?」
「えっと、そうね、私もチームメイトが増えるのは歓迎よ」
「ふむ、ローラが賛成するなら、余も同意しよう」
フローラルは少し考え込む様子であったが、ウィリアムはどちらでも良かったらしく、フローラルの意見に乗って同意していたようである。
「それじゃあ、これからよろしく頼むよ、ソラ」
「任せとけっ!ローラ達もよろしくな」
「ええ、こちらこそよろしくね」
「うむ、よろしく頼む」
「よろしく~、ソラ。あれ?でも、サフィはどうするの?」
「わたしはここの生徒というわけではありませんので。ミッションの時は屋敷に戻っていますね」
「そっか、それなら普通の日のお昼ご飯は、みんなと一緒にここで食べれるね」
「よろしいのですか?」
「もちろん構いませんよ。ソラもサフィさんも僕達の友達だって事に変わりはないですから」
「ありがとうございます。昼食を作る時はお手伝いしますね。
なにしろお客さんじゃなくて友達ですから。友達同士なら助け合うのは当たり前の事ですものね」
「はははっ、一本取られました。その時はよろしくお願いします」
悪戯っぽい仕草で言うサフィーラに、ダスクは苦笑いをしながら頷くしかなかった。
昼休み終了の鐘が鳴る前に皆で校舎に戻り、途中で学院長室に寄ってソラリスのチームへの参加の申請を済ませ、それから全員が違う専門授業を受けるので、廊下の分岐で手を振り合って各々別の場所へと向かった。その週のミッションは変更される事は無く、ソラリスはとりあえず見学という事にして同行していた。倉庫整理だから退屈だろうと思ったダスクであったが、意外とソラリスは面白そうに見たり手伝ったりしていた。おそらくは初回だったからで、ソラリスの性格上、同じ様な依頼が続けばすぐに不満が出てくるのではないかと予想できたので、来週からは今迄と違う依頼が来てくれる事を、ダスクは自分の希望を含みつつ祈っていた。
週末に鍛冶屋の仕事をして過ごしたダスクは、一夜明けた早朝から日課の鍛錬を行った後、食事やそれ以外の諸々を終わらせて校舎へと向かう。学院長室で黒炎と別れて教室前まで来た時、ふと廊下に面した教室の窓から女生徒達が集まって談笑しているのが見えた。その中にはフローラルやソラリスも加わっており、この短期間で皆の輪に入れるのはソラリスの人徳と言えるだろう。その楽しそうな様子に、ダスクは思わずホッとしている自分が居るのを感じ、予想以上に心配していた事に気付いて苦笑する。自分の時とは違って、ソラリスは高貴な血筋というヤツだというのを失念していたのである。なんだか邪魔するのも悪いと思ったダスクは、静かに扉を開けて入ると、すれ違うクラスメイトに朝の挨拶をしながら進み、一番後ろの自分の席に座った。鞄から荷物を出していると、ふと誰かが近づいて来る気配を感じて顔を上げる。
「あれ?まだ時間はあるから話を続けていても良いんじゃないか?」
「なんだよ冷たいヤツだな。せっかく話し相手になってやろうと思ったのに」
「話なら昼にも出来るだろ。
他のクラスメイトとも仲良くなってきたんだから抜けて来なくても、って思ったんだよ」
「うふふ、心配性ですね、ダスクくん。
ソラ様もダスクくんが来るのが待ち遠しかったからって、そんな事言っちゃ駄目ですよ。
それに、ちゃんと朝の挨拶もしないと。改めまして、おはようございます、ダスクくん」
「うぐぐ、別に待ち遠しいなんて思ってなかったぞっ……はぁ、まあいいや。おはよっ、ダスク」
「おはよう、ソラにサフィさん」
隣の席に座ったソラリスと、その後ろで控えるサフィーラに身体を向けて挨拶をしてから、談笑の輪からこちらを見ていたフローラルに少し手を上げて朝の挨拶の代わりにする。それに答えて笑顔で手を振るフローラルに、後ろに居た女生徒達が顔を見合わせて悪戯っぽい表情になると、フローラルに見えない位置で全員が同じ様に手を振ってくる。それを見たダスクは突然の事に驚いて変な顔で固まってしまい、それを不思議そうな顔で見るフローラルの後ろでは、女生徒達がダスクの反応を面白そうに見ながらイタズラの成功を喜んでいた。気を取り直して視線を戻したダスクは口元に笑みを浮かべており、教室内が悪くない空気に変わってきている事に満足する。
「嬉しそうですね、ダスクくん。このクラスは可愛らしい女の子が多いですからね~」
不意に後ろから掛けられた言葉に振り向くと、いつもの笑顔の五割増しでサフィーラがダスクを見ているのが分かり、少しバツの悪い顔になる。
「そういうのじゃないですよ。入学当初は色々あったから、随分変わってきたなと思ったんです」
「色々って何だ?」
隣で聞いていたソラリスも、興味があるらしく身を乗り出してくる。二人の顔を見たダスクは、簡単にでも話さないと駄目そうだと、一つ溜息を吐いて身振り手振りで近くに寄るように伝える。
「僕はそれ程気にしていなかったけど、前にこのクラスに居た生徒で少し意地悪な奴が居たんだ。
事有るごとに身分を口に出して、平民は下賤だとか卑しいとか言ってきて。
フローラル達とか周囲の生徒達を嫌な気分にさせちゃってて、悪いなと思ってたんだよ。
まあ、今は元凶が居なくなったおかげで少しずつ改善されて来てるから、ホッとしてるところ。
ていう事だから、そんな顔しなくていいからな、ソラ」
「チッ、オレが居たらそんな奴等ぶん殴ってやったんだけどなっ」
「終わった事のようですから、ソラ様も気にしない方がいいですよ。
ソラ様が感情にまかせて何かやろうとすると、いつも逆効果になりますから」
「なんだよそれ。ったく、失礼なヤツだな」
「うふふ、付き合いが長いですからね~」
「はははっ、サフィさんに一本取られたね。ソラも怒ってくれてありがとう」
「き、気にすんな。友達の事だから当然だぜ」
照れくさそうなソラに、ダスクも笑顔になり、その様子を変わらぬ笑顔で優しく見守るサフィーラであった。
それからすぐに担任が来て午前の授業が始まり、一週間経ってメイドの居る風景にも慣れた生徒達は普通に授業を受ける事が出来ていた。午前中の授業が終わって教室に来たウィリアムと一緒に、ダスク達は学院長室で黒炎と合流すると、昼食と今週のミッション内容を確認する為に我が家へと向かう。週末に食器や予備の椅子を新しく追加しておいたので、座る席や昼食で使う食器に悩む必要は無くなっていた。大きな鍋や大きなフライパン等は台所の隅にあったものを綺麗にして、使えない物は改めて買っておいたので、ダスクはそれらを使ってサフィーラと一緒に調理を行い、出来たての料理を暖炉の部屋へと運んで並べる。今日は米と魚貝類や野菜を一緒に炊いた物にサラダを添えたもので、少し焦げ目の付いたその香ばしい匂いに黒炎は尻尾を振って喜びを表していた。
「この料理も美味しいな~。なんか綺麗な色だけど、これはどうやったの?」
「香辛料の一種だよ、黒炎。こんな風に色をつけるのに使ったりするんだ」
「ふ~ん、そんなのあるんだ、面白いな~」
「サフィさんに教えてもらったんだよ。色々勉強になるし、助かってます」
後半はサフィーラに向けての言葉で、それを聞いたサフィーラも笑顔がいつもより嬉しそうに見えた。
「ところで、今週のミッションはどんなのになったんだ?ウィリアム」
「うむ、今回は珍しく学院らしい依頼内容だな」
「そうなの?いざとなると嬉しいような、ちょっと怖いような気分だわ」
「安心しろ、ローラ。オレが居ればどんな依頼でも余裕だぜ」
「ふふっ、私も頑張るわよ、ソラ」
「それで、どんな内容なんだ?」
「うむ、ある貴族の護衛だな。とはいえ、それ程危険があるという訳でもなさそうだが」
「なるほど。ん?護衛ってどこまで行くんだ?距離があるなら、また週末になりそうだけど」
「うむ、週末になっておるな。王都から西の宿場町までの往復のようだ。
街道が森を通るので、念の為に護衛を付けるという事であろう」
「あ、でも貴族なら馬車とかで移動よね?私達は何か用意する必要があるのかしら?」
「ふむ、各自馬を用意する事、と書いて有るな」
「それなら学院に申請すれば貸し出して貰えると思うわ。自前の馬が居ればそっちを使えばいいし。
確かウィリアムは自前の馬が居たわね。後は、居ないかな?」
「ローラとソラの分は各自で申請よろしく。僕は馬には乗れないから徒歩で行くよ」
「徒歩!?無茶よ、ダスクも今から練習すれば……あ、そういう事ね」
首を振って何かが潰れる仕草をしたダスクを見たフローラルは、言いたい事が分かって溜息を吐く。訳が分からない他の面々が何かを言おうとしたところで、黒炎がブンブン尻尾を振りながら笑い声を上げる。
「あははっ、ダスクが乗ったら馬がペチャンコになっちゃうよ」
その言葉でダスクの装備が見た目の何倍も重い事を思い出して納得の顔になる。
「そういう事だよ。
僕と黒炎は徒歩でも馬の歩く早さには負けないし、貴族の人も馬車を無理に急がせたりしないだろ。
まあ、急がせても置いていかれない自信はあるけどね」
「はぁ、ダスク達の凄さは、まだまだ底が知れないわね。言う通りにしましょう、ソラにウィリアム」
「オッケー、まあダスクが凄いのは当然だからな」
「うむ、承った。しかし、何故ソラから呼ぶのだ、ローラよ」
「ん?意識してなかったけど、同じクラスで仲良くなったからかしら」
「むぅ、徐々に余の扱いがおざなりに……」
「頼りにしてるわよ、ウィリアム」
「うむ、任せるが良い」
そのやり取りに皆が笑顔になり、昼食も食べ終わった事でゆったりとした雰囲気になる。フローラルの淹れてくれたお茶の香りを楽しみながら、ダスクは今度の依頼には予想外の出来事が起きなければいいと思いつつ、また鍛冶屋の親方に休みをもらわないといけないなと考えていた。
ソラリスが加わった事によって新たな依頼がまわって来るようになったダスク達のチームは、何事も無くという事はそれ程望んでいなかったので、予想外の要因が加わる事無くミッションを済ませ、全員無事に王都へと戻って来れるのだろうか。
楽しんで頂けたでしょうか。続きも早く読んで貰えるように頑張ります。




