事後処理が終わったと思ったら
投稿が遅くなって済みません。継続は力なり、という言葉は、継続の困難さを感じると良く分かりますね。次回というか、次章は少し投稿が遅くなるかもしれませんので、ご了承下さい。
チュンチュンチュン
早朝の弱い陽光に照らされた教会跡の石壁の上で、さえずる小鳥達が見下ろす視線の先には、火の小さくなった焚き火の周囲で寝ている者達が居た。十代半ば位の少年と、焚き火を挟んで反対側に同い年位の少女とそれに寄り添うように寝ている獣がおり、一様に疲れたような顔で眠っているので何も無ければしばらくは起きそうもないだろうと、見ている者が居れば思ったかもしれない。その場には他に三人の少年が寝ていたが、まとめて縛られている状態では毛布が掛けられていても快適に感じる事は出来無かっただろう。その時、何かに驚いた風に小鳥達が一斉に飛び立つ。その原因が教会跡の石壁の外側に近付いてきた者達の気配だという事を、直後の出来事から察する事が出来るだろう。
ギンッギンッガッガキッ
突然辺りに金属を打ち合わせる音が連続で響き渡る。その音で焚き火の側で寝ていた者達が驚いて上体を持ち上げると、寝ぼけた顔で周囲の状況をキョロキョロと確かめようとする。
「ひゃあっ!?……えっ、えっ、何があったの?また何かが襲ってきたんじゃないでしょうねっ」
「うぬぅ……何事だ?こんな朝早くに余を起こすとは。また何かの襲撃か?」
「ふにゃ~~~……なんだよもぅ、朝っぱらからうるさいな~」
それぞれのらしい反応で目を覚ますと、眠い目を擦りながら立ち上がって教会跡の出入り口へと向かう。大欠伸をしながら、と言っても少女は行儀良く手を口に当てていたが、外の様子を見た一同は、音の原因が思っていたものとは違う理由であった事に安堵すると共に、昨日の激戦に加えて不寝番をしていた二人が、休息を取らずに早朝から模擬戦をやれてしまう頑丈さに呆れて苦笑いになる。武器を合わせていた二人のうち一人が顔を覗かせている者達に気付いてもう一人に身振りで示すと、示された方も振り返って覗かせている顔を確認し、身体を動かしていたおかげで清々しくなっている顔のまま、片手を上げて朝の挨拶をする。
「おはよう。まだ寝ていても良かったのに。ちょっとうるさかったかな?」
「おはよ~、ダスク。ちょっとどころじゃないし、また何か来たのかと思ってビックリしたよ」
「ごめん、ごめん、黒炎。少しくらいなら大丈夫かと思ったんだけどな」
最初に朝の挨拶をしたダスクは脱いだ兜を小脇に抱えながら、紅い瞳を不機嫌かつ眠たげに向けてくる黒炎へと申し訳無さそうな表情で謝る。
「まったくもぅ、驚かさないでよね」
「うむ。昨日の今日であるからな」
頬を膨らませながら不満を口にするフローラルや、その言葉に同意して頷いているウィリアムの双方も不満そうではあるが、疲れているせいかそれ以上に眠たげな表情であった。
「すまんな。ダスクが日課の鍛錬をすると言うものだから、ついでに私が手合わせを求めたのだ」
アゴを撫でながらそう言ったのはオルフィエルド学院の実技担当の教師で、昨日学院長の命でここまで様子を見に来たアーノルドである。
「あっ、いいんですよ先生は。昨日あんな事があったのに、いつも通りなダスクが悪いです」
「うむ。ローラの言うとおりだ」
「なんだよ。僕には厳しいな~、二人とも」
「あはは、怒られてる~」
「うるさいぞ、黒炎。ほっといてくれよ」
「フッ、仲間に愛されているようだな、ダスク。それで、どうする?続けるか?」
「はい、お願いします。皆ごめん、もうちょっとだけ待っててくれ」
「おっけ~。終わったらご飯を作ってよ」
「了解。それじゃあ少し離れていてくれ」
黒炎達が離れたのを確認したダスク達は、少しの間合いをとって相対すると、示し合わせたように同時に前へと踏み出した。最初は軽く剣を合わせていたが、それでも周りから見たら早く力強く、徐々に本気を出していくに従って目で追うのが難しくなっていく。激しい剣戟の衝撃が周囲の物を震わせる様子を見たフローラルとウィリアムは、改めてダスクの技量が並じゃない事に驚きを隠せなかった。
「それにしても、ダスクってこんなに強かったのね。
昨日は色々あったから、実際よりも凄く見えていたのかと思っていたのだけど」
「うむ、見事なものだ。アーノルド殿に勝るとも劣らない力量だとはな。
余の知っている者達の中でも五本の指に入るツワモノであるな」
「と~ぜんだよ。小さい頃からあんな格好で鍛えてきたんだからね」
「あんなに重い鎧を小さい頃から使ってこれたのなら、凄く鍛えられるでしょうね」
「ふむ、それだけなら力が強くなるだけであるが、他には何かやっておらなかったのか?」
「う~ん、他って言ってもな~。ボク達の村のまわりで魔狼退治とかやってたくらいかな」
「ぬぅ、魔狼を相手にしておったのか……基本的に群れで行動する森の狩人達を一人でか?」
「うん、そうだよ。村の狩人達だと危険だからダスクが退治してたんだ」
「それってすごいの?私の村の近くには居なかったんだけど」
「うむ、聞いておいてなんだが、信じられないというのが正直なところであるな。
軍事行動中に遭遇した偵察部隊が壊滅したという報告もあるくらいなのだ」
「大人の兵士が複数居てもそうなら、私達の年齢ならどうにもならないんじゃ……」
「うむ、それほどの事を当たり前のようにやっていたのならば、あの強さは当然ではあるな」
「はぁ、本当に凄かったのね、ダスクって」
二人の言葉を聞きながら、黒炎は自分が言われているかのように嬉しそうに尻尾を振って瞳を輝かせていた。しばらくしてお互いに間合いを取ったダスク達は、武器を収めてお互いに一礼をする。満足そうな顔になっているダスクは、強い者との鍛錬が楽しくてしょうがないように見えた。
「また腕を上げたな。強い敵との戦いが良い経験になったと見える」
「ありがとうございます。強くなれたのは嬉しいですが、皆を護れたのが一番良かったです」
「フッ、相変わらずだな。まあ、己の信念を貫く事は大切だからな。常に忘れない事が重要だ」
「はい。これからもご指導宜しくお願いします」
改めて頭を下げたダスクは、離れていた黒炎達に着替えてくると伝えてから教会跡へと入って汗を拭って着替えると、そのまま朝食の準備を開始する。朝食後には帰る予定なので、食材を出来るだけ使おうと思い、具沢山の野菜とベーコンのスープに加え、鶏肉の串焼きに薄切りにしたパンを焼いて添えたモノを用意した。ダスクに呼ばれた一行は、だいぶ消耗していたらしく、珍しくフローラルもお替りをしていた。
「これは驚いたな。お前は料理もできるのか」
「簡単な物ならある程度は。自分で出来る事は、なるべる自分でやるようにしています」
「部隊に一人は欲しい器用さだな。もし軍隊に入った時には重宝されそうだ」
「そうなんですか。それなら少しは料理に関しても鍛えておくのも良さそうですね」
「フッ、便利に使われるだけだぞ。お前は今迄通り、身体を鍛えていれば大丈夫だ」
「なるほど。ご助言ありがとうございます、先生」
そんな話をしているダスクとアーノルドの様子を見ながら、フローラルは困ったような顔をしていた。
「料理も鍛えていったら、私のかなうものが無くなっちゃうわよ……」
「あはは、ダイジョブだよ。ローラは薬草とかに詳しいじゃん」
「うむ、適材適所で言うならば、ローラより余の方が困っている。
力量は考えない事にしても、重装兵であるにも関わらず軽装兵並に動けるのは少し反則であるからな」
「心配する事は無いと思うぞ。
ダスクは基本的に護りを固める方を選択するようだし、お前は攻めの要なのだからな」
悩んだ顔をしているウィリアムに、アーノルドは笑みを浮かべながら、そう諭す。その言葉を教師の立場にある者から聞いたウィリアムは、少し安心したような顔になっていた。
食事を終えたダスク達が荷物をまとめていると、教会跡の外から馬の嘶きらしきものが聞こえて来ると同時に、荷車の車輪のガラガラという音が聞こえてきた。それに最初に反応して出入り口へ向かったのは、金髪・銀髪・銅色の髪の三人組の様子を見ていたアーノルドで、しばらく何者かと話をしていたと思っていたら、足早に戻ってきて三人組へと歩み寄る。
「こいつらは連れて行くから、ゆっくり帰って来ていいぞ」
そう言って縛った縄を解くと、一人ずつ担いで外へと連れて行き、そのまま三人組を連れて一足先に廃村から王都の学院へと向けて戻って行った。
「あわただしいな~。急いで帰って何かするコトでもあるのかな?」
「多分、あの三人組に詳しい話を聞いてから、正式な処分を決めるんじゃないかしら」
「うむ。今回利用されただけとはいえ、もし我々ではなく他のチームが狙われていたら……。
間違いなく最悪の結果になっていた事だろうからな」
「そっか~、しょうがないよね。運が悪かったって諦めてもらうしかないんだな~」
「そうなのか。あの三人組もある意味被害者のような気がするけどな」
曇った顔でそう言いながらも、気分を切り替える為に深呼吸をしたダスクは、皆の準備も終わっているのを確認して頷く。
「帰る支度も出来たみたいだから、もう出発しようか」
「そうね。私も早くここから出たいかも」
「うむ、後味の悪い出来事だったからな。いつまでもここに居るのは良くない」
「とりあえず、美味しいモノ食べて、家でゆっくり休みたいね」
皆が同意して、各々の荷物を持って教会跡から出て行くのを見送りつつ、最後に忘れ物が無いかを確認していたダスクは、今はもう判別できないくらいに薄くなっている床に描かれた魔法陣のあった場所へ視線を向ける。
「これだけで終わりなのかな?また来たら同じ様に撃退すればいいんだろうけど……。
出来れば今回みたいなのは勘弁して欲しいかもしれないな」
そう呟いて何かを考えているダスクを、いつまで経っても出て来ない事を不思議に思った黒炎が呼びに来る。
「なにやってるんだい?早く行こうよ、ダスク」
「あぁ、ごめん、黒炎。今行くよ」
考えてもしょうがない事だと思ったダスクは、首を軽く振ってから出入り口で顔を覗かせている黒炎の方へと足を踏み出す。外でやっと来たな、という風な顔でダスクを迎えたフローラルとウィリアムを先導するように、ダスクは廃村の出口へと向かう。足早に去っていく一行を見送るのは、通りのあちこちで少しずつ風に吹き飛ばされていってる白い山と、崩れ落ちそうな建物群だけであった。
コンコン
「只今戻りました、学院長」
「入りたまえ」
その言葉を待ってオルフィエルド学院の学院長室へと入って行ったのは、ダスク達と別れた後、馬車を急がせて王都へと戻ったアーノルドと、気絶したまま運ばれている途中で気が付いた金・銀・銅の三人組であった。アーノルドは普段の表情であったが、それに続く三人組の顔は一様に青ざめており、足取りにも力が無かった。彼等を出迎えたのは先程入室の許可を与えた学院長で、50代後半から60代位の白髪交じりの黒髪に知性の高さが窺える碧瞳と、ガッシリとした体格に黒で揃えた服に加えて学院長を表す黒のマントを纏っている。
「ご苦労だったね、アーノルド君。それに君達も、とりあえず無事で良かった。
話を聞きたいから、そっちのソファに座りなさい。セシリア君、全員分のお茶を頼む」
「畏まりました」
そう言って部屋の隅の台に載せられていた茶器を使い始めた人物は、学院長が呼んだ通りにセシリアという名前で、長い金髪を結って頭上にまとめ、鋭い碧瞳に眼鏡を掛けてピシッとした服を着ている大人の女性で、学院長の秘書の様な仕事をしているらしい。
カチャカチャ
微かに茶器の触れ合う音と共にテーブルに置かれたカップからは、落ち着く香りが立ち昇っており、座っている面々は少しホッとしたような表情になる。自分の机に戻っていくセシリアに、学院長は笑みを浮かべた顔を向ける。
「ありがとう、セシリアくん」
その言葉に立ち止まったセシリアは、何も言わずに一礼だけをして歩き出すと、机に座って自分の仕事を再開した。それを苦笑しながら見送った学院長は、表情を真面目なものに変えると、表情の硬い三人組の顔を見る。
「さて、それじゃあ話を聞かせてもらおうかな。
君達が魔のモノと出会った時の状況と、それからの事を包み隠さず教えて欲しい」
それを聞いた三人組は、不安そうに顔を見合わせるが、発言に責任を持ちたくないらしく、なかなか口を開く気配が無かった。
「誰が話しても、その責任は三人全員が持つ事になる。
加えて、魔のモノに操られていた間の記憶も無くなっていないという事は過去の事例で分かっている。
嘘偽り無く話しておいた方がマシだぞ」
打算的な事を考えていそうな表情の金に加えて、その様子を窺いながら教師との間に挟まれて怖気づいてしまっている銀と銅の様子に、アーノルドは厳しい表情で少し脅しをかける。特にリーダー格の金には鋭い眼光を向けており、向けられた金はすぐに動揺の表情を見せて視線を逸らせた。
「父上と話をしてもよろしいですか?そうすればこのような事……」
「残念だが、君の父君からはどの様な事でも勝手に聞いてくれと言われておる。
今回、勝手に父君の名前を使った事には、相当怒っておるようだよ」
「ぐっ、そんな、父上がそんな事を言うなんて……」
肩を落として俯く金の様子に、残りの二人も諦めたような表情になる。その後は、街の酒場で出会った所から、学院に通いつつミッションの依頼書を作って金の父親の名前で提出した後、ミッション当日にダスク達を襲った事まで、本人じゃないと分からない事までを感情を込めずに話していった。
「我らはそんなつもりは全くありませんでした……。ほとんど勝手に身体が動いてしまって。
でも、視界にあやつ等が映ると視界が真っ赤に染まって、何かが心の奥から湧き上がってきた。
その後の思考は、こっ、殺す事しか考えられなくなったんだ……」
その時の事を思い出したらしく、頭を抱えて震え始める。その様子を痛ましげに見ていた学院長は、アーノルドへと視線を移して報告を求める。
「ふむ、君達はそのまま休んでいなさい。それでは、アーノルド君の報告を聞かせてもらおうかな」
「はい。ほとんど話せる事は無いのですが……」
アーノルド自身は廃村へと向かう途中には何も話す事は無く、夜になって骨人間達に襲われた事だけを詳しく報告し、残りは不寝番をしていた時にダスクに聞いた話を簡単に伝えた。
「なるほど。肝心のところはダスク達の報告を聞かないといかんようだな。
分かった、ありがとう、アーノルド君」
「いえ、私は何も出来ませんでした。
必要な時に間に合わなかった私よりも、誰も死なせずに事を収めたダスク達を褒めてやって下さい」
「はっはっは、そうしようかの。しかし、わざわざあそこまで出向いてもらった事には感謝しておるよ」
「お気になさらずに。これもまた、私の役目の内だと思いますから」
笑顔の学院長と、慇懃に礼をして自分の今回の役目は終わったとして席上で少し身を引くアーノルドが、和やかな空気を醸し出していたので気を緩めていた三人組であったが、改めて自分達へと視線を向けた学院長の顔が厳しい表情になっているのを見て、これから自分達に伝えられる事が良くないモノだと悟る。
「君達への処遇は、ダスク達の報告書によって確定されるが、軽いものでは無いという事を伝えておく」
「我らの処遇が、あの平民の報告書で決まるなんてっ」
「落ち着きなさい」
落ち着いた言葉を掛けつつも、老いを感じさせない力の有る視線を向けてくる学院長に、続けて文句を言おうとしていた三人組は口を閉ざす事以外は出来ず、それでも憎々しげな視線を向ける金以外は肩を落としてうなだれる。
「先に言っておくが、最悪で退学になるものと思っておいてもらおう。
ダスク達の報告書で変わるとすれば、それが良い方向に変更されるかどうかなのだよ」
「退学っ!!待ってください、学院長。退学などになったら、我らは家に帰れなくなります」
ふてぶてしさの残る金も含めて動揺する三人組ではあったが、その様子にも心を動かされる事の無い学院長は、片手を上げて更に訴えようとするのを抑える。
「まだ自分達がやってしまった事の重大さを分かっておらんようだな。
君達が魔のモノの支配に囚われた原因は、今みたいに身分で人を差別しようとする心の有り様なのだ。 貴族ならば、貴き者として平民を守り導いていかなくてはならないのだからな。
徒に差別をして、気に入らないだけで排除しようとするなど言語道断だ。
そういった行動が重なり、負の感情を育てた結果が今回の事件を引き起こしたのだ。
これはまさしく、自身の身から出た錆というものだな。
そして、もし狙われたのが他の者達だった場合、学生同士で殺し合う凄惨な結果になっていただろう。
それは、この国の次代の戦力を削るのに加えて、要らぬ混乱を各方面に引き起こしていたかもしれぬ。
その混乱が広がれば、第二第三の君達の様な者が出てきてもおかしくないのだ。
一番最初の段階で防げたから、我々だけで話を収める事が可能だったのだよ。
君達は、国益を損なう恐れもあったのだという事を自覚してもらいたい」
話の途中から顔色が青くなった三人組は、意気消沈してうなだれ、何も言えなくなったようである。それを見て頷いた学院長は、少し言葉に含めた力を抜く。
「まあ、退学は最悪の場合なのであるのだから、それ以外の処遇になる場合もあるのだよ。
私も退学にはしたくないからな。可能であれば他の学院への転校という事にも出来るかもしれん。
とにかく、来週中には結果が出るから、それまで謙虚に授業を受けるように」
「……感謝します、学院長。
必ずしも退学になるとは決まっていないと分かって、我らも少しは救われました」
そう言いつつも、感謝の気持ちが見えない金の目に内心苦笑していた学院長であったが、金に続いて銀と銅が少しホッとした顔で慌てて頭を下げるのを見て笑みを浮かべる。
「聞きたい事も聞かせてもらったから、君達は自室へ戻って良いぞ。
色々言ったが、君達が無事で良かったというのは本当の事だ。
君達は自分で思っている以上に消耗しておるのだから、ゆっくり休息を取るのだぞ」
「分かりました。それでは失礼します」
立ち上がってそう言った金は、軽く頭を下げると、銀と銅を待たずに足早に学院長室を出て行った。それを見た銀と銅は慌てて頭を下げると、金の後を追って学院長室から退室する。各々の気分は、扉を閉める音で察する事が出来た。先は荒々しく、後は音を立てずに恐る恐るである。見送った学院長とアーノルドは、その分かり易さに苦笑して顔を見合わせていた。
「あいつはそこそこの力量があるから、平民で自分よりも強いダスクが許せないのかもしれませんね」
「やれやれ、自分一人で何でも出来る者は居ないのだから、個人の力量だけ比較しても意味がない。
それに、平民が居なければ貴族なんて生活もままならないのだがな」
「確かにそうなんですが、凝り固まった考え方と、若く未熟なせいで抑えられないのでしょうね。
とりあえず、私もこのへんで失礼します。何かあればまた呼んで下さい」
「ああ、ご苦労だったね、アーノルド君」
そう言って頷いた学院長に一礼したアーノルドは、学院長室から退室する。その足は実習で使う教室の方向へと向かっており、酷使した武器の手入れをした後に、明日からの実習の準備をしておこうと考えているようである。
「ふぅ、大変な事態になりそうであったが、大事にならなくて良かった。
ダスク達には感謝しなくてはならないだろうな」
アーノルドを見送った学院長は、自分の立派な机に戻ると、席に深々と座って大きく息を吐く。その様子を見て、そこまで黙って話を聞きながら仕事をしていたセシリアは、表情を変える事も無く質問の言葉を発する。
「今回の事はそこまで大変な出来事だったのですか?」
「うむ、本当に運が良かったのだよ。
中級悪魔に襲われた場合、普通の生徒だったら確実に殺されていた。
今回の様に、同じ生徒を操られて殺し合いをさせられていったら、被害が大きくなっていただろう。
裏に潜んでいる魔のモノに気付くまでに、人々は混乱して互いに疑心暗鬼になるかもしれない。
そうすれば負の感情は益々強くなり、魔のモノに力を与えてしまっただろう。
そうなっていれば、更に魔のモノが集まり、負の連鎖が引き起こされていたかもしれない。
私も昔、悪魔族と呼ばれるモノと戦った事があるが、大人でも苦戦する強さだった。
そう思うと、ダスクの強さは規格外であると言えるのだろうな。
今はその強さに感謝したい気分だな」
「なるほど。彼等はとても大きな仕事をしたのですね」
「うむ、そういう事だ。したがって、今回のミッションの評価は高くしてやらんといかんな」
「それが宜しいかと。彼等の累積評価は低めだったので良かったです」
「はっはっは、評価の低いミッションが多く、反省文もたくさん書いていたからな」
学院長の言葉に、セシリアも笑みを浮かべて頷く。そんな事を言われているダスク達は、今頃王都への道中でクシャミをしていたかもしれなかった。
それから次の週が始まるが、その週は実習が行われない事になり、学院の教師達を総動員してミッション内容の確認作業が行われた。生徒達の様子に変わった事が起きていないかも同時に調査され、三人組と同様に魔のモノに精神を囚われていそうな者が居ないかを確認していった。今回の事件は、詳しい事は伏せつつも、オルフィエルド学院長から他の学院の学院長へと秘密裏に警告が伝えられた。そして当の三人組の進退は、ダスク達の報告書も加えて処遇が話し合われたが、ダスクの報告書に書いてあった処遇を軽くした方が良いのではないかという文章に、学院長はダスクの甘さに苦笑しつつ、その心根の善良さを尊いモノとして処遇に反映させる事にした。その結果、三人組はオルフィエルド学院に次いで評価の高い学院へと転校する事に決まり、表面上は苦々しげな金ではあったが、見るからに安堵していた銀と銅と同様にホッとしていた。処遇を伝えられた場でダスクの報告書が決め手だったと聞いた三人組だったが、それでも平民に対する態度には変化は無く、中でも金は周囲の者に気付かれないまま益々暗いモノが心に宿るのを抑えられずにいた。主の居なくなった席を複雑な気持ちで見るダスクとフローラルであったが、学ぶ事の多さに段々とそう感じる事も少なくなっていき、再開したミッションを繰り返しつつ週末に各々で気分転換をした結果、今迄通りの学院生活へと戻っていった。
一ヶ月が過ぎ、新しい週が始まる朝、教室でダスクはフローラルとウィリアムと一緒に世間話をしていた。この頃になると三人組が居なくなったおかげで、ダスクも少しずつ他の生徒達に受け入れられ始めており、簡単な日常会話くらいは交わすようになっていた。この日は珍しく、朝からウィリアムが教室に訪ねてきたので三人で話をする事になったのである。
「春以来、隣国から打診されていた同盟が締結されたらしいな。
数年前から国境で睨み合っていた国が、双方ほぼ無条件で同盟を結ぼうと対話してきたらしい。
我が国の王だけでなく、隣国の王の英断にも、余は感銘を受けたぞ」
「それは良い出来事ね。これから傷付くかもしれない人が減るのは嬉しい事だわ。
それにしても、緊張感が高まってきていると聞いていたのに、何故急にそういう事になったのかな。
何か考えを変える出来事でもあったのかしら?」
「詳しい事は聞いておらんな。
余も不思議だったのだが、聞くところによると、我が国の人間に大きな恩を受けたらしい」
「へぇ~、争っていたはずの国を助けるなんて、この国にも立派な人が居るのね」
「そんな人も居るんだな。一度くらい会ってみたいかもしれない」
「ダスクの言うとおりね。私も会ってみたいわ」
「そうだな。余も同意だ」
そんな事を話していたダスク達であったが、担任の教師が教室に入ってきたので、ウィリアムは慌てて、という事もなく普段の歩調で自分の教室へと戻って行った。それを見送ったダスクとフローラルは、ウィリアムらしい図太さに苦笑すると、ダスクは話していたフローラルの席の傍から自分の席へと戻って座る。担任の方へと視線を向けたダスクは、その態度が少し変というか困惑している事に気が付く。それは周囲の生徒達も同様で、一様に不思議そうな顔を前へと向けていた。それに応えたわけでもないが、大きく息を吸った担任は、動揺が外に出ないようにあえて平坦な口調で話し始める。
「あ~、先日、隣国との同盟が締結された事は知っているな?」
先程まで話題にしていた事が担任の口から出てきた事に驚いたダスクは、思わずフローラルの席へと顔を向けると、同じく驚いた顔で自分の方を見ているフローラルと顔を見合わせてしまう。周囲の生徒達も同じ話題を話していた友人と顔を見合わせたり、話を始めてしまい、教室内は喧騒に包まれてしまうが、すぐに担任が教卓を叩いて黙らせる。
「静かにしないかっ。
それでだな、今日はこのクラスに新しく生徒が加わる事になった。
もう分かったと思うが、その生徒は隣国の人間で、しかも王族に連なる貴族なのだ。
現在この国で最も重要な人物の一人と言えるだろう。
したがって、絶対に、絶対にだぞっ、機嫌を損なうような事はするな」
担任の説明に、呆気に取られた生徒達は、誰一人として言葉を発する者は居なかった。もっとも、ダスクはここが隣国からも学びに来るような有名な学院だったんだなと、感心していただけであった。
「そろそろ入ってもらうが、絶対に失礼なマネはするんじゃないぞ。
何かあったら、担任が責任を取らなければならないからな」
そんな本音を漏らしつつ、出入り口の扉へと近寄った担任は扉を開いて廊下で待っている人物へ一礼すると、普段とは違って丁寧に声を掛ける。
「それでは、教室へ入って下さい。入ったら自己紹介を宜しくお願いします」
教卓の側へと戻って行く担任の後ろから入ってきた人物は、偉そうに腕を組んで嬉しそうに教室全体を眺め始めるが、更に続く人影を見た生徒達は呆気に取られた顔になる。普段は学院に居そうも無い職種の服を着ており、教室に全く似合わなかったからである。先に入ってきた新しい生徒と思われる人物は、誰かを探していたようで、目当ての人間を見付けて更に嬉しそうな顔になる。
ガタッ
その視線の先に居る目当ての人物は、驚きのあまり立ち上がっていたが、その場で普段見せない動揺したような顔になっているのは、何を隠そうダスクであった。
「……なんで二人がここに居るんだ?」
やっとそれだけ呟いたダスクを満面の笑顔で見ながら、あっさりとした口調で応える。
「細かい事は気にすんなっ」
後から入ってきた人物も同意らしく、入ってきた時から変わらぬニコニコとした笑顔でそのやり取りを見守りつつ、自分へ向けられたダスクの視線に気付いて、綺麗な一礼を返してくる。
周囲の人間はダスク以上に驚き、唖然とした顔で固まってしまい、そのやり取りを眺めている事しか出来なかった。教室に入ってきた二人の服装や外見に驚いた事に加え、ただの平民だと思っていたダスクが隣国の貴族、それも王族に連なる人間と知り合いだった事が、全く予想も出来なかったからである。そのまま始業の鐘が鳴るが、それでも動ける様になった人間は一人も居なかった。
悪魔族と戦う事になってしまったミッションが終わり、諸々の事後処理が終わって一息吐いたと思ったら、予想もしていなかった人物と予想もしていなかった場所で再会する事になった。また何かが起こりそうな予感を感じつつも、退屈しない学院生活が少し楽しくなってきたと、ダスクは感じ始めていた。この再開がダスク達にとって、吉と出るか凶と出るか、現時点では誰にも分からない事であった。
楽しんで頂けたでしょうか。続きも早く読んで貰えるように頑張ります。




