働かざる者・・・・・・
私の目標は投稿ペースを守る事ですが、なかなか上手くいきませんね。
夜が更けて周囲に人の住む建物のほとんど無いその場所は静寂に包まれていたが、唯一の生活感のある二階建ての家の住人は眠っていないのか、それとも消し忘れてしまったのか、一室からだけではあったがランプの灯りが漏れていた。
チャリッ
金属の触れ合う音が聞こえて来た場所には、ランプの弱い灯火に照らされながら、自室の机の前に座って財布から出した硬貨を十枚ずつ積んで数えている人影があった。その人影は普段とは違い困った顔をしているダスクで、財布の中身を数え終わると溜息を吐きながら何事かを呟き始める。
「ふぅ、そろそろ本格的に働く場所を見付けないとな。予備のお金には手を付けたくないし……」
「なにをブツブツ言ってるんだい?はたから見てると変なヒトだよ、ダスク」
「余計なお世話だっての。まったく、今は大事な事を考えてるから後にしてくれ、黒炎」
ダスクの独り言に突っ込んだのは、寝床に丸まって首だけ持ち上げて見上げている黒炎で、大きな尻尾を時折動かしながら紅い瞳を呆れたように向けている。
「なに言ってるのさ。大事なコトだっていうならボクにも関係ないコトじゃないよ」
「う~ん、そうは言っても、黒炎には解決出来ない事だからな」
「どういうコト?」
「ここに来てからそれなりに日にちが経っただろ。
だからそろそろ収入源を確保しないとマズイかなって。無くなってからじゃ遅いからさ」
「むむむ、確かにそれについては力になれないや……。
それよりっ、ダイジョブなのかい!?ご飯が食べられなくなったら困るよ~」
いかにも黒炎らしい理由でオロオロとする様子に、ダスクは苦笑しながらも安心させる様に黒炎を撫でながら言葉を続ける。
「大丈夫だよ。予備のお金も用意して有るから。だからといって何もしないのは駄目だろ」
「そっか、良かった~。
確かにそうだね。とりあえず週末だけ働けるトコを探しに行けばいいんじゃないかな」
「そうだよな。とにかく探さないとどうにもならないからな。
ちょうど明日から週末に入るから、色々巡って聞いてみよう」
「それがイイね。ついでに美味しいモノでも食べて元気出していこうよ」
「収入源が必要になったってのに相変わらずだな~」
「なんとかなるって。元気が無かったら見付かるものも見付からないよ」
「ははは、それもそうだな。それじゃあさっさと寝ようか」
「そうだね、おやすみ~」
「おやすみ」
寝床に丸くなった黒炎の様子に笑みを浮かべながら、ダスクはランプの灯を消して布団に潜り込む。早くも熟睡した黒炎の安らかな寝息を聞きながら、上手く仕事が見付かる事を祈りつつ眠りの世界へと誘われていった。
翌日、早めに日課や朝食を済ませたダスク達は、すぐに見付けてやろうと気合を入れながら我が家を出発した。空は晴れて気持ちの良い朝なので、今日は良い事がありそうだなと思ったダスクであったが、なかなか上手くはいかないようである。
「すまんな、ウチは人手は足りてるんだよ」
「そうですか。話を聞いてくれてありがとうございました」
店主に一礼して店の裏口から出てきたダスクの顔を見て、黒炎は結果がすぐに想像できた。
「またダメだったんだね。仕事探しって、なかなか難しいんだな~」
「そうだな。週末だけってのも難易度を上げているから」
「まあ、まだいっぱい店はあるから、次いこっ次っ」
「うん。まわれる所全部まわってみないと分からないからな」
頷きつつ、そう言ったダスクは、混み合う道へ出るので再び肩に黒炎を載せると、次に目星を付けていた店に向かって足を踏み出した。
そこからいくつもの店をまわってみるが、どこも似た様な返答ばかりで、なかなか働ける場所が見付からなかった。いつの間にか時間も過ぎて昼時になり、黒炎のいつも通りの言葉を聞く事になる。
「お腹空いたね。そろそろ昼ゴハンにしようよ」
「もうそんな時間か。今日は港の方で屋台でも覗いてみるか」
「それイイね。新鮮な素材で美味しいのが食べれるし」
目的地が決まったので肩の黒炎もそのままに、中央通りを渡って港へと向かう。今日も週末で中央通りは賑わっており、どこから来たんだと思うような人波を縫って進みながら、苦労して港のある区画に出る事が出来た。
「美味しそうな匂いがしてくるよ。あっちあっち」
小声で伝えてくる黒炎の言葉に従って歩いていると、少ししてダスクにも香ばしい匂いが感じられ、間違える事も無くその発生源の屋台へと辿り着ける。そこでは色々な食材にパンの粉らしき物を付けて油で揚げており、客の希望が出てから揚げているらしく香ばしくサクサクの衣に仕上がっている。食材には予め下味が付けられているので、特にソース等はつけずにそのまま食べるモノらしかった。それらを見ながら勢い良く尻尾を振っている黒炎に苦笑したダスクは、色々な種類の食材を注文して出来上がった料理を抱えると、近くの屋台で飲み物も買ってから人気の少ない場所へと移動して黒炎を降ろした。
「熱々で美味しそうだね。早く食べようよ、ダスクっ」
「そうだな。器も持ってきてるから、ちょっと待ってろよ」
そう言って荷物の中から黒炎用の器を出して料理と飲み物を分けて置くやいなや、黒炎は料理にかぶりついて食べ始める。
「いただきま~す。……熱々でサクサクだから、とっても美味しいよ」
「いただきます。アチチ……うん、美味い」
一心不乱に食べる黒炎と、自分で作れるか考えつつ食べているダスクは、少し多めに注文したにも関わらず、あっという間に食べ終わってしまった。料理の余韻に浸りながら、海を眺めていたダスクだったが、仕事探しが上手くいっていない事を思い出す。
「やっぱり似た様な所ばかりじゃ駄目だな。
午前中は宿屋や食事処に聞いてまわったけど、午後からは違う職種にしよう」
「それがいいかもね。行ったトコは人の足りてるトコなんだよ、きっと」
「そうかもしれないな。もう少し休んだら、この周辺から聞いてみる事にする」
「力仕事が多そうだから、イイ考えかも。なんだか見付かりそうな気がしてきたよ」
その言葉に頷いたダスクは、どんな所に声を掛けようかと、仕事をしている人達の様子を眺め始めた。
一服を終えたダスク達は、まず最初に港の荷物運びをしている人達に声を掛けてみるが、週末よりも普段の日に必要らしく、それ以前に力持ちに見えないダスクの容姿に週末だけでも雇っても良いと言ってくれる所は現れなかった。次に向かったのは、手先の器用なダスクが本命として考えていた木工や鍛冶等の製造業だった。王都の西地区に集中しており、製造業ごとの連携もしやすく、住宅地とは離れた場所なので騒音等にも配慮された、初代王家の優れた手腕が現在でも感じられる。この地区は道幅はそれ程広くはないが、人通りが少ないので黒炎は道に降りて歩いていた。
「やっぱり鍛冶屋に行くのかい?」
「ん?それは最後かな。まずは他の所に行ってみるよ。違う仕事も経験してみたいからな」
「ふぅ~ん、なんとなくボクは結果が予想できちゃったかも」
「ほら、付いて来ないと置いてくぞ。まずは木工に行って、あとガラス加工も捨てがたいな……」
すでに歩き出して黒炎の言葉を聞いていなかったダスクは、これからまわる場所を考えてブツブツ呟きながら歩いていく。
「昨日も言ったけど、はたから見たら変なヒトなんだけどな~」
その言葉は聞く者も無く木や金属を加工する音に紛れてしまい、曲がり角で見えなくなりそうなダスクの背を慌てて追いかける黒炎であった。
その後は黒炎の予想通りに話が進んだらしく、木工やガラス加工で断られた後に、本職とも言うべき鍛冶屋の親方の一人に話を聞いてもらえる事になった時には、楽しそうに尻尾を振りながらダスク達の会話を聞いていた。親方だと名乗った人物はオルフィエルド学院の学院長よりも高齢であったが、仕事柄ガッシリとした体格で背中も真っ直ぐに伸ばして歩いている。親方に連れられて来た場所は、実際に仕事を行う炉がいくつも有り、こもった熱で室内に入った瞬間から汗が流れ出していた。部屋の隅に有る台の所まで案内されたダスク達の目の前で、親方は金属の塊をいくつか台の上に並べると、表情の変わらない顔をダスクへと向けて口を開く。
「……この中でお前が良いと思う玉鋼を選んでみろ」
「触ってみてもいいですか?」
「……直接は駄目だ」
その言葉に少し考えていたダスクは、台の隅にあった鉄釘を拾って親方のへと見せる。
「直接じゃなければいいんですよね?この釘をちょっと借ります」
頷いた親方へ一礼したダスクは、端の金属塊から順に鉄釘で軽く叩き始める。
キンッチンッギンッ
それぞれに微かに違う音を立てる金属塊を見るダスクの表情は終始変わる事は無く、全てを終わらせたダスクの顔を見た黒炎は、なんだか不機嫌そうになっていると思っていたが、人が居て言葉を話せなかったので黙ったまま成り行きを見守る。
「この中のどれかを良い玉鋼と思って仕事をしているんですよね?」
ダスクには珍しく平坦な声での質問に、肯定している風に無言で返す親方の顔をジッと見ていたが、溜息を吐いて視線を外すと黒炎の顔を見る。
「帰ろう、黒炎。
他の所を当たってみます。話を聞いてくれてありがとうございました」
周囲に礼の言葉と一礼をしたダスクは、全く未練の無い様子で、黒炎を促して鍛冶場から出て行こうと足を踏み出す。
「……待ちな。どうして突然やる気が無くなった?」
背後からの言葉に足を止めたダスクは、振り返らずに不機嫌そうな声で答える。
「僕を試すのは良いんです。でも、その玉鋼のどれかを良いと思ってる人達と一緒に仕事は出来ません。
見た目だけはお客さんに満足してもらえても、本当に良いモノにはならないと思います。
これでも十年以上鍛冶に携わってきたんです。僕は手を抜いた仕事は出来ないし、したくありません」
凍りついたように室内が静かになってしまうが、頭にきていたダスクは無視をして足音荒く出入り口へと向かう。普段自分からは喧嘩を売る様な事は言わないダスクの、珍しく喧嘩腰な言葉を聞いて呆気に取られていた黒炎が、慌てて追いかけてくるのをダスクが待っていると、すぐ近くで作業していた巨漢が立ち上がってダスクの肩へその大きな手を乗せてくる。まだイライラしているダスクが振り払おうとする直前、それを察知したかのように、普通の人なら肩を破壊されそうな勢いでバンバンと叩いてくる。
「わっはっはっ、歳の割にはハッキリとモノを言う奴だな。
俺が非礼を詫びるから、もう少し話をしていかんか?」
「なんで貴方が詫びるんですか。親方の方針がさっき言った通りなら、僕はここでは働けません。
それに、出来れば今日中に仕事を探さないと駄目なんで急いでいるんです」
「それなら益々話をしていけ。悪いようにはせんから。それに、親方は今お前の目の前に居るぞ」
「は?」
ポカンとした顔で目の前の巨漢改め、本物の親方の顔と、先程まで親方だと思っていた人物の顔へと、ダスクが視線を行ったり来たりさせていると、親方が面白そうな顔になって再びダスクの肩を叩く。
「すまん、すまん。最近若い奴が面白半分で働かせてくれと来た事があってな。
仕事がきつくてすぐに辞めちまったから、若い奴には色々と試させてもらってるのだ」
「はあ」
「さっきまでお前の相手をしていたのは、ここ一番の古株だ。
それと、これがウチで良いと言える玉鋼だ。改めて確認してみてくれ」
ダスクが視線を向けると、先程まで親方だと思っていた人物が無言で会釈してくる。それに思わず普通に一礼を返していると、目の前に親方が新たな金属塊を差し出してくる。それを受け取ったダスクは、色や重さに加え手触りから、音で確認してみるまでも無くそれが良いモノだと分かった。
「確かにこれは良いモノですね。そうなると、さっきのは精製途中のモノですか?」
「分かるか?若いのに大したものだ。なあ、爺さん」
「……ですな」
すっかり騙されていたダスクであったが、先程の自身の言葉を思い出して慌てて頭を下げる。
「すみません。そういう事情があったとは知らずに、偉そうな事を言ってしまって。
先程の言葉は取り消します。それではそろそろ失礼しますね」
気まずくなったダスクは、この場を早く脱出したくて、黒炎を促して早足で出入り口へと向かう。話が良い方向に向かっているんじゃないかと思っていた黒炎であったが、ダスクの気持ちも分かるので素直にその後に付いて行こうとしたが、続く親方の制止の声に再び立ち止まったダスクの側で様子を見守る事にする。
「こら、こら、まだ話は終わっておらんぞ。意外とお前はせっかちなんだな。話は最後まで聞け」
「……なんでしょう?」
「なにって仕事の話に決まってるだろ。週末だけって話だが、朝から入れるのか?」
「え?」
「え?じゃないだろ。週末だけでいいのか?」
「雇ってもらえるんですか?あんな事を言った僕を」
「こっちも騙していたんだ、お互い様だろ?週末だけでも腕の良い職人が加わるなら大歓迎だぞ」
「あ、ありがとうございます。皆さん、これからよろしくお願いします」
落胆していた顔から一転、嬉しそうな顔になったダスクは、周囲の職人たちに頭を下げていく。それを見ていた黒炎も、嬉しそうに尻尾を振って、ダスクが仕事を見付ける事が出来た事を祝っていた。
「すぐに入れるのか?」
「はい。今からでも大丈夫ですけど、黒炎が居ても大丈夫ですか?」
「その犬っぽいやつか、構わんぞ。邪魔にならない所に居てくれればな。
入ってきた方と逆の出入り口から中庭に出れるからそっちでもいいぞ、かなり狭いがな」
「ありがとうございます。少し待っていて下さい」
そう言ったダスクは黒炎へと視線を向けると、話を聞いていた黒炎は中庭の有るらしい方へと歩き出す。それに頷いたダスクは、少し話をしておこうと一緒に中庭へと向かう。親方が言っていた様に、中庭は狭く、走り回る広さは無かったが、途中の扉で隔てられているので鍛冶の音はだいぶ抑えられて、長時間待つには室内よりも良い環境であった。
「今日は一緒に来たから待っていてもらうけど、明日からはどうするか」
「ご飯の事もあるから、ボクは一緒に来たいけどね。ここで待っていても良ければだけど」
「そうだな。後で聞いてみるよ。それじゃあ悪いけど、しばらく待っててくれ」
「うん。ボクだったら昼寝とかして待ってるから気にしないでいいよ。もう昼寝には遅いけどね」
「助かるよ。帰りに美味しそうなのがあったら晩飯に買って帰ろう」
「それイイね。帰りが楽しみだな~」
嬉しそうな黒炎が振る尻尾に送られて、ダスクは初仕事の為に炉のある部屋へと戻って行く。その背後では、横になった黒炎がさっそく眠そうに大あくびをしていた。
戻ったダスクは、改めて親方を見る。親方は禿頭の巨漢で良く日に焼けており、バランスの良い体型にはミッシリと筋肉がついているので、振り下ろす鎚がいかにも力強く感じられた。初日に加えて既に夕方近い時間なので、ダスクは簡単な説明を受けた後は、設備や道具の場所を確認しつつ他の職人の補助等をしながら仕事を覚えていった。夜になり、親方の合図で今日の仕事が終わったところで、明日からの事を打ち合わせたダスクは、真っ暗な中で寝ていた黒炎を起こして帰路につく。
「何か美味しそうな料理を売ってる屋台は無いかな」
「イイ匂いはするけど、これだっていうのがなかなかないな~」
未だに人通りの多い中央通りを歩くダスクの肩の上から、黒炎は小声でダスクだけに聞こえるように話掛けていた。そのまま中央通りを学院に向かって歩きながら屋台や料理屋を見ているだけでも楽しい気分になっていたが、ようやく食べたくなる匂いが前方から感じられたので、黒炎は顔をダスクの耳元に寄せてそれを伝えようとする。
ゾクリ
「!?」
その瞬間、側をすれ違った人影から心臓を氷のように冷たい手で鷲づかみされたかの様な気配を感じて、思わず言葉を詰まらせる。今まで味わった事の無い恐怖に引っ張られる様に、その発生源の人影へと視線を向けた先には、夜の闇に紛れるような漆黒のローブを纏い、フードを頭からスッポリ被った正体不明の人物が遠ざかりつつあった。周囲からは浮いた格好であったが、不思議と誰もその人影へと視線を向ける事は無く、まるで他の誰にも見えて居ないかのようであった。自然と心身が威嚇状態になったらしく、黒炎の身体中の毛が逆立ち、見た目は倍くらいの大きさになる。恐怖から視線を外せなくなった黒炎は、視界から人影が完全に消えるまで動けなかった。周囲の人達が自分の上を見ているのと、さっきから肩に食い込んでいる黒炎の爪から伝わる震えを感じたダスクは、何かあったのかと心配そうな顔になって肩越しに黒炎の様子を見る。
「おいっ、黒炎っ、何かあったのか?おいっ……ったく反応しないな」
やれやれと思ったダスクであったが、あまりにも反応が無いので何か問題が発生したのかと思い、中央通りを逸れて人気の少ない脇道へと入る。身体をポンポンと叩いて安心させようとするが、それでも無反応の黒炎に、最後の手段として持ち上げて地面に降ろしてやる。
「大丈夫か?一体何があったんだ……はぁ、こりゃよっぽどのことだな」
そう言ったダスクは、しゃがんで黒炎を抱き締めると、落ち着かせようと優しく撫でながら自分の体温や心臓の鼓動で大丈夫だと伝えようとする。しばらくそのままの状態で居るうちに、黒炎の身体の強張りは解けてきて、逆立っていた毛も震えと共に落ち着いていった。
「ふはぁ~」
「呼吸も止めていたのか。僕は気が付かなかったけど、一体何があったんだ?」
「なんかコワイのが居たんだよ。ダスクは何も感じなかった?」
「う~ん、今思えば少し空気が冷たくなったような気がしたけど。それくらいかな」
「見なくて正解だよ。なんであんなのが街中をうろついているんだろうな~」
「どんな奴だったんだ?」
「全身まっくろだった。フードもかぶってたから顔とかも分からないよ」
「そっか、今度から注意しようかと思ったけどな。次見たらすぐに教えてくれ」
「もう二度と会いたくないよ。近くに居るだけで寿命が縮みそうだったからね」
「まあそれは気が向いたらでいいや。それよりも、このまま買い物を続けずに、さっさと帰ろうか?」
「そうしよっ。今日はもう安心できるトコに戻りたい」
「了解。帰ったら手早く夕飯食べて、さっさと寝よう」
そう言って立ち上がったダスクは、黒炎の様子がしっかりしたものに戻ってるのを確認出来たので、再び肩に載せて中央通へと戻る。足早に学院へと向かいながら、黒炎が言っていた怪しい人物が見えないかと注意していたが、結局それらしい人影は見付からず、無事に学院の我が家へと戻る事が出来た。家に帰ってきていても不安が残っているらしい黒炎は、無意識に常にダスクが見える位置に居る事を選んでいるらしく、台所で食事を作っている時や食事後の洗い物や歯磨き等で外に出る時もついて来ていた。それを苦笑しつつ何も言わずにいたダスクは、黒炎は普段から明るくここまで不安を引きずる性格じゃないと知っていたので、自分が全く気が付かなかった謎の人影とはどんな存在なのか不思議に思っていた。戸締りを確認して自室に移動したダスクは、ランプを消してベッドに入ったところで、寝床に丸まったはずの黒炎が近づいて来るのに気が付く。
「どうした、もしかして眠れないとか?」
「うん。なんだか気になっちゃって。今日だけでいいから一緒に寝てもいいかな?」
「それくらい構わないよ。ほら、入っていいぞ」
「ありがと、さすがダスクだ」
布団を持ち上げて入り易いようにすると、わざわざ自分の寝床に戻って足の裏を綺麗にしてきた黒炎がもぐり込んでくる。それを確認して自分も横になると、小さい頃には良く一緒に寝ていたダスクは、懐かしさに笑みを浮かべる。
「なつかしいね。前はこんなふうに一緒に寝てたよね」
「僕も同じ事を考えていたよ。
昔は魔狼の遠吠えとかにも不安になっていたから、温もりが欲しかったのかもしれないな。
ということで、明日は朝から仕事に行くから早く寝よう。不安な気持ちも眠って忘れればいい」
「そうだね、あったかいから眠くなってきたよ。それじゃあ、おやすみ~」
安心感から普段通りに戻った黒炎は早くも眠りそうな顔になり、その様子を笑顔で見ていたダスクもつられるように眠りの世界へと誘われていった。安心感は得られた黒炎であったが、不安からある事を忘れていた為に、翌朝後悔させられる事になるとは思ってもいなかった。
チュンチュンチュン
早朝の薄明かりがカーテンから漏れる窓の外からは、目を覚ました小鳥達の鳴く声が聞こえてくる。掛け布団は蹴られてベッドの隅に追いやられ、暖かい季節になってきても早朝の冷えた室内では、ベッドの上のダスクが暖かさを求めてモゾモゾと動いていた。
「……むにゃ……」
言葉にならない寝言をつぶやいたダスクは、寒さから逃れるように側にある暖かいモノを引き寄せる。寝ている事もあって、少しでも近づける為に手加減抜きでギュッと抱き締めた。
「ふにゃ……っ、イダダダダダッ!
ちょっ、ちょっと、ヤバイって、出ちゃう、中身が出ちゃうよっ!」
ミシミシと身体中が悲鳴を上げている音を聞きながら、一緒に寝ていた黒炎はダスクの腕から逃れようと暴れ始める。悲鳴と一緒に、前足でダスクの顔をバシバシ叩いているうちにすぐに限界が近付いてきた。『前にも同じ事があったな~』、そう思った瞬間に腕が緩んで開放される。荒い呼吸を繰り返す黒炎の姿に、目を覚ましたダスクは不思議そうな顔を向けていた。
「ふわぁ、おはよう、黒炎。
それにしても、いったいどうしたんだ?グッタリしてそんなに呼吸を荒げちゃって」
「キミがっ……はぁ、もういいよ。すっかり忘れていたボクが悪いんだよ、きっと」
「???」
トンッ
不思議がっているダスクを残して、黒炎はベッドから軽やかに床へと降りる。暴れて乱れた毛並みを直す為に全身を振るうと、サラサラの毛はあっさりと元の艶やかな状態へと戻る。固まった身体を解すように全身を弓のようにして伸びをする様子は、当人ではなくても気持ち良さそうに見えた。
「遅くなったけど、おはよ~、ダスク。早くご飯食べて仕事に行こうよ」
「そうだな。そういえば、仕事場に来るのか?黒炎」
「もちろん」
「そっか、食事の事もあるからな。その方が便利といえば便利だな」
そう言ってベッドから降りたダスクは、着替えてから黒炎と一緒に下の階へと降りる。黒炎のために暖炉に火を入れて部屋を暖めると、日課をいつもより早く終わらせて、内容は同じだが所要時間を縮めて、戻ってきて簡単な朝食を作る。ウトウトしていた黒炎を起こして朝食を食べてから片付け等を素早く済ませると、いつも鍛冶仕事をする時に着ていた作業着も持って仕事場へと向かった。
見上げた空では太陽が最も高い位置を過ぎた位置にあり、暖かく過ごし易い陽気に大通りを歩いている人々は一様に機嫌の良さそうな顔をしていると思いきや、不機嫌そうな顔で横一線に広がって歩いている三人組が居た。金髪と銀髪と銅色の髪のダスクと同年代の少年三人は、オルフィエルド学院の制服を着ており、周囲に自分達を邪魔そうに見る目が有る事さえ気付かずに我が物顔で進んでいる。
「おいっ、肩がぶつかったぞ。
我らにぶつかっておきながら謝罪をせずに行くとは、下賎な平民らしい無礼さだな」
軽くかすっただけだったので少し頭を下げて通り過ぎた男性が居たが、そう言って引き止めて何度も謝罪をさせられる。学院の制服から相手が貴族だと悟った男性は、内心悔しく思いながらも言われるままに謝罪をしていた。その様子を見た周囲の人達は、貴族への不満や失望を感じており、学院に対しても悪い印象を持ってしまう。多かれ少なかれこういった手合いは居たが、この三人組は別格で、週末に街に出る度に同じ様な事をあちこちで引き起こしていた。身分の違いを実感出来る瞬間を味わった一行は、しばらく満足そうな表情になっていたが、再び元の不機嫌そうな顔に戻っていた。そこから細い通りに入った先が目的地だったらしく、先行した銅の開いた扉を当然の如くに通った金の視線を向けられ、今度は銀が店主らしき男性に奥の一番上等なテーブルを用意させる。ここは貴族が利用している隠れ家的な酒場であったが、この三人組の様に若い者が来るのは稀であった。しばらく豪勢な料理や酒を機嫌良く堪能していた三人組であったが、先程まで不機嫌にしていた理由を思い出して苦い顔になる。
「近頃のあの平民は益々増長しているとは思わぬか?」
「確かに。平民なら平民らしく、隅で縮こまっておればよいものを」
実際のダスクは教室では自分の席でおとなしくしているのが常で、三人組が偉そうにしているのが日常風景であったが、自分達の事は全く考えにも昇らないらしかった。銀と銅の会話を聞きながら、金は暗い目で何かを考えているように見えた。
「貴公もそう思いませぬか?」
「私があの平民を快く思ってるとでも言うのか?それは私に対する侮辱ととっても良いのだろうな」
「いっいえ、つまらぬ事を聞いて申し訳ありません……」
自分が考えていた以上に金の声が低く暗いモノを含んでいた事に驚き、考え事を邪魔するのは自分に不利益になりそうだったので、銀と銅は先程よりは抑えた声で会話を再開する。
『クククッ、心地良イ負ノ感情に惹カレテ来テミレバ、コノ様ナ子供トハナ』
考え事に戻りかけていたところを邪魔するように、陰湿な声が掛けられた金は、怒りの表情で声の出所へと視線を向ける。いつの間にそこに居たのか気が付かないくらい唐突に、同じテーブルを囲む席に座っている漆黒のローブ姿の人影が視界に飛び込んでくる。
「何者だっ!許可も得ずに同席するとは無礼であろう」
怒り交じりの金の言葉に、ようやく気付いた銀と銅も同じく厳しい表情でその人物へと視線を向ける。フードを目深に被っているので顔も見えず、ご丁寧に手もローブの中に隠しているので、まるで人型の何かにローブを被せてあるだけにも見えた。誰何の声にも答えずに、ローブの顔の部分からこちらの反応を面白そうに見ている気配が伝わってきて、益々不機嫌になる三人組であった。
「貴様っ!我らを愚弄するつもりならタダではおかんぞっ」
「我らの腰に有る物が飾りでは無い事を教えてやっても良いのだぞ」
チャキッ
腰の長剣の柄に手を掛けた銀と銅を見ても、ローブの人物は変わらず面白そうな様子で眺めている。あからさまに挑発するような態度に、怒りで顔を赤くした二人は柄に掛けた手に力を込める。
「貴様っ!!」
その瞬間、ふと向けられたローブの顔の部分の暗闇を覗き込んでしまった二人は脱力し、その体勢で固まってしまう。様子を窺っていた金は、まるで壊れた人形のようだと感じていた。
「貴様、何をした?」
『何モ。オ前達ニハ少々刺激ガ強過ギタラシイ。トコロデ、オ前ハカカッテ来ナイノカ?
クククッ、口ダケノ貴族ノ子供ラシク卑小ナ態度ダナ。オ前ハ特ニ素晴ラシイゾ』
「ぐっ、好き勝手言いよって。連れが居なければ罰を与えていたところだぞ」
『クククッ、我ハオ前ヲ気ニ入ッタゾ。褒美ニ今オ前ガ邪魔ダト思ッテイル者ヲ消シテヤロウ』
「そやつらを元に戻して消えるがいい。貴様の様な怪しげな者に頼む事など無い」
『イヤ、居ルハズダゾ。ソノ者ハオ前ヨリモ優レテイルガ、ソレヲ認メタクナイト思ッテイル者ガナ』
「ふざけるなっ!あの平民が我らよりも優れているなどっ」
怒りで我を忘れた金は、先程の光景を見ていたにも関わらず、ローブの人物の顔の部分の暗闇を睨みつけてしまう。
「しまっ、た……」
『クククッ、オ前達ノ負ノ感情ハ美味イゾ。ツイデニ、ソノ立場モ有効利用サセテモラウ』
そう言って立ち上がったローブの人物の後ろを、金が自分で表現した通りの壊れた人形のような様子で一列になって三人組が付いて行く。その光景は誰にも気付かれる事は無く、店主も居なくなった後に誰も居ないテーブルを見て気が付くが、実家の方に料金を請求すれば構わないと思ったので、どうやって気付かれずに店を出て行ったのかという疑問もすぐに忘れてしまった。ただ一つ異様だったのは、最初から最後まで、漆黒のローブ姿の人物に気が付いた人間は誰も居なかったという事だろう。
仕事を終えたダスク達は昨日と同じ様に帰っていたが、黒炎が感じた様な嫌な気配は無かったので、帰りに屋台の美味しい夕飯を食べてから帰り、満足のいく一日だったと思いながら夢の世界へと旅立った。その一方で、学生寮へと戻った三人組は、周囲の生徒達に変に思われながらも普通に食事等を済ませ、自室でベッドに横になるが、意識は闇のまま戻ってきてはいなかった。
この漆黒のローブの人物は何者で、何が目的なのだろう。精神を絡め取られた三人組の運命に加え、消してやろうと言われてしまったダスクとそのチームメイトは、無事に学院生活を送れるのだろうか。再び何かに巻き込まれそうなダスクは、果たして目標通りに周囲の人達を護れるのだろうか。
楽しんで頂けたでしょうか。続きも早く読んで貰えるように頑張ります。




