再会と再開(後編)
なんとかペースを保てているので、続けられる様に頑張ります。
カッカッカッカッ
授業中の教室には軽やかな音を立てて黒板に書かれていく音だけが響き、朝の騒動を忘れたかのように生徒達は無言で文字を書き写していく。ダスクは授業に集中しようとは思っていたが、別の事に気を取られて全く内容が頭に入ってこない。先程の出来事の衝撃から未だに還ってきていないダスクは、戦いになれば重装備でも軽々動けるツワモノであるが、混乱している今はいつも以上にそうは見えなかった。
「ここって戦闘職を養成する学院だよな。何で彼女がここに居るんだろう。
黒炎もこれを知ったら驚く……よりも単純に喜ぶだけか」
小さな声で呟くダスクの脳裏には学院長室で待っている黒炎の姿が浮かんでおり、この事を知れば紅い瞳を素直に喜びに輝かせるのだろうと容易に想像出来た。
そのまま授業に集中する事も出来ず、授業間にクラスメイトにチーム組みの話を持ち出す事も忘れてボケッとしていたダスクは、既に午前の授業が終わっている事にも気が付かずに席に座ったままであった。ふと気が付くと自分の傍らに誰かが来て立ち止まったままでいるので、顔を上げて見てみると件の人物が笑みを浮かべてこちらを見ている姿が目の前に在った。
「やっと気付いてくれた。これからお昼でしょ?早く行きましょうよ」
ヤレヤレという風な表情になってそう言うと、女生徒はダスクの手を取って引っ張ってくる。引かれるまま立ち上がったダスクは、言われた言葉を思い出して慌てて荷物をまとめると、その背に続いて教室を後にする。そのまま後ろについて行こうかと思ったが、他の生徒達と同様に食堂へと向かうらしく、それだと学院長室とは反対方向になってしまうので、ダスクは立ち止まって声を掛ける。
「ごめん。僕達は食堂じゃなくて我が家で食べてるんだよ。それに、連れと合流しないと駄目だし」
「そっか、黒炎も一緒なのよね。それにしても、我が家って寮とは違うの?」
「うん。黒炎と一緒だからね。廃棄寸前の建物を借りてるんだよ」
「へ~、黒炎にも会いたいし、一緒に行っても良い?」
「う~ん、まあ大丈夫だとは思うけど、一応聞いてみるよ」
「ありがと。久しぶりに撫でたいし、元気にしてるのかしら」
「元気だし、いつもの黒炎だよ。多分ずっと変わらないよ、性格的に」
「ふふっ、そう言う自分も変わらなさそうね」
楽しそうに話す様子に肩をすくめたダスクが案内するように前に出て歩き出すと、遅れないように小走りで隣に並んできた。そこから会話の無い道行きであったにも関わらず、何故か気まずい雰囲気にはならずに学院長室に辿り着く。そのままノックをしようとするダスクに、女生徒は少し慌てたようになる。
「ちょっと待って、待って!?ここが学院長室だって分かってる?」
「うん、分かってるよ。それがどうかしたの?」
「どうかしたの?って、気軽に入って良い場所じゃないでしょ」
「大丈夫だよ。学院長やセシリアさんの許可は貰ってるから」
「そうなの?そういう許可を貰える貴方達って一体何者?」
「僕達は僕達だよ。それよりも、早く合流したいから行くよ」
そう言って返事も待たずにノックをしたダスクは、そのまま学院長室の中へと足を進めて扉を押さえると、躊躇している女生徒を促すように見る。その視線に観念したらしい女生徒は、一つ溜息を吐いてダスクの後に続いて入室した。
「遅かったね、ダスク。お腹が減ってしょうがなかったよ、ボク。
あれ?誰を連れてきたかと思ったらローラじゃん。ひさしぶり~」
あっさりとした口調で黒炎が愛称の方で声を掛けたのは、女生徒改め、ローラことフローラル・グリーンであった。ダスク達が勘違いして海を渡ってしまう、その少し前に知り合った友人で、いつかは再会したいと思っていたが、こんなに早くしかも学院で再会するとは思っていなかった。予想通りに態度の全く変わらぬ黒炎を余所に、学院長室に居る緊張感からかフローラルは黙ったままであった。
「黙っちゃってどうしたの?それになんだか髪の毛が短くなってるし」
首を捻る黒炎の言葉に、そういえばそうだなと思ったダスクであったが、いきなり大人しくなってしまったフローラルを不思議そうに見る。
「はっはっは、緊張しなくてもいいのだよ、フローラル。
私は君を孫の様に思っているから、君も家族に対する時と同じ気持ちで居て欲しい」
「はっ、はい。ありがとうございます、学院長。
でも、尊敬してる人物に対して、すぐに態度を変えられないです。すみません」
「いいのだよ。おいおい変えていってくれれば、私も嬉しいからね」
嬉しそうに頬を上気させるフローラルを、大きく丈夫そうな机越しに孫を見るような慈しみのある視線を向けてくる人物が、このオルフィエルド学院の学院長で、その近くの壁際の机で脇目も振らずに自分の仕事をしているセシリアは、学院長の秘書の様な仕事をしている女性である。
「それにしても、学院長とローラが知り合いだったとは驚きました」
「はっはっは、それを言うなら私も君達がフローラルと知り合いだった事に驚いているよ」
その言葉に続き、部屋中の視線がフローラルに向けられ、向けられた当人はよりいっそう緊張して固まってしまった。その様子に苦笑した学院長は、代わりに簡単な説明をしてくれる。
「彼女の祖母と私が知り合いで、今回の学院への入学にも少しだけ手を貸したのだよ」
「なるほどね~。ボク達は王都に来る途中で出会って、そのまま友達になったんだ」
学院長の説明に、隣で聞いていた黒炎が同じく簡単に説明をする。簡単だったが間違いの無い説明に、何も言わずに同意してダスクは頷いた。
「彼女も緊張しているようですし、昼休みも限りがありますから、その辺でよろしいのでは?」
緊張の解れないフローラルの様子に、少し呆れた風なセシリアが助け舟を出してくる。それに同意する一同は頷き、何かあればまた今度という事にして、ダスク達は退室の挨拶を伝えて部屋を出る。
「いつでも来なさい、フローラル。遠慮せずにいてくれた方が私も嬉しい」
「はい、きっとまた来ますね。ありがとうございます、学院長」
そんな言葉を交わしながら最後に出てきたフローラルを連れて、ダスク達は我が家へと向かって足を踏み出す。ダスクとフローラルの間で嬉しそうに尻尾を振っている黒炎の様子を、楽しそうに見ながら歩いているフローラルに安心しつつ、年季の入った建物を見たらどんな反応を見せてくれるだろうとダスクは思っていた。校舎から出て校舎の角を曲がり、我が家が見えてきたところでフローラルの顔を見ると、どこか驚いている様な表情をしていた。我が家の近くに来て見上げたフローラルは、感心した風に口を開く。
「なかなか良い建物じゃない。廃棄寸前の建物だって言うから、もっとボロボロのを想像してたけど。
貴方達だけで住むにはもったいないわね」
「ダスクが手入れしたからね、最初はもっとボロボロだったんだよ。
それよりも、ちゃんと名前で呼んでよ。ボク達友達でしょ」
「それもそうね。改めて、ダスクに黒炎、お久しぶり。これからよろしくね」
「よろしく、ローラ。また会えて嬉しいよ」
「ボクも嬉しいよ、ローラ。これからよろしく~」
再会を喜ぶ一同ではあったが、今が何の時間なのか、次の黒炎の言葉に思い出させられる。
「早くお昼食べようよ。さっきからお腹が鳴ってるよボク」
「そういえばそうね。私もお昼を食べに行かないと、午後がきつくなっちゃうわ」
「そうだね。早く昼飯食べちゃわないとな」
苦笑しながらダスクとフローラルは言っていたが、黒炎は不思議そうな顔になって二人の方を見る。
「ナニ言ってるんだい?ここで一緒に食べればいいじゃん」
「え?私は何も持ってきてないけど、いいのかしら」
その言葉と同時に黒炎とフローラルは確認するかのようにダスクの顔を見てくるので、同意する様に頷いてダスクは答える。
「別に構わないよ。簡単なモノで良ければ食べて行ってよ」
「ありがとう。それじゃあ遠慮なくご馳走になるね」
笑顔のフローラルと、待ちきれない様に尻尾を忙しく振る黒炎を、扉を開いたダスクは入るように促す。暖炉の部屋で待ってもらいつつ、台所で昨日作った鶏肉のシチューを温め、パンを焼いて生野菜のサラダを作ると、井戸の水をカップに注いで一緒に持って戻る。それぞれの分を分けて置き、一斉にいただきますの声を掛けて食べ始めた。まずまずの出来に満足しながら食べているダスクに、笑みを浮かべた顔をフローラルは向けてくる。
「なかなか美味しいわね。簡単なモノって言ってたけど、謙遜しなくてもいいのに」
「いつものコトだよ。もうボクは気にしないようにしてるけどね」
「それよりも、ローラは何でこの学院に入ったんだ?ここって戦闘職を養成する学院なのに」
「簡単な話よ。学問として習うんじゃなくて、実践的に学べる場所が良かったから。
ここだと怪我をする人も多いから、実技には事欠かないしね」
「なるほど。納得出来る理由だけど、一つ間違えれば自分も戦闘に巻き込まれるんじゃないか?
そんな危険な事を、君の家族は良く許可してくれたね」
「そうだよ、危ないよ。チームでの実習に戦闘があったらどうするの?」
心配そうに自分を見るダスク達の様子に、しばし嬉しそうな顔になったフローラルは、毅然とした顔で答えを返す。
「覚悟の上よ。お婆様も『自分の決めた道をためらわずに進みなさい』って言ってくれたし。
それに今はダスクと黒炎が一緒だから大丈夫だと思う。
ふふっ、もちろん護ってくれるんでしょ?」
最後の悪戯っぽい表情で言った言葉に、かなわないな、と思ったダスクは、苦笑しながら頷きを返す。
「もちろん護るよ。僕の専門はそういう位置付けだし、チームを組んでくれたからね。
まあ、一番の理由は、ローラは僕達の大事な友達だって事だよ」
「そうだね。ボクも出来るだけ護れるようにがんばるよ」
「ありがとう。貴方達なら、そう言ってくれると思ってたわ」
本当に嬉しそうな顔をしているフローラルに、ダスク達も笑顔や嬉しそうな尻尾の動きになる。和やかになった空気の中、中断していた食事を再開して食べ終わった一堂は、ダスクが食事の後片付けをしている間、フローラルは黒炎を撫でながら艶やかな毛の感触を楽しんでいた。
片付けを終えて完全装備になったダスクに促されて家から出た一同は、話をしながら校舎に向かっていた。前と変わらぬ重そうなダスクの様子に、フローラルは呆れた様な顔で口を開く。
「相変わらず重そうな格好ね。それでも軽々動けるのが、隣で見ていても信じられないわ」
「小さな頃からだから、もう慣れちゃったよ。それより、ローラは準備しなくていいのか?」
「私の場合はこの鞄に入ってる物だけで充分だから、大丈夫よ」
「そっか、それぞれのコースで全然ちがうんだな~」
そんな事を話しながら、向かう場所が違うフローラルと別れる場所に来たところで、決めるのを忘れていた事をダスクは口に出す。
「そういえば、チームにあと一人居ないと駄目だけど、これからどうしよう?
相談をしたいけど、ローラの住んでる寮って夜は自由に外出出来たりするのかな?」
「寮は夜になったら外出禁止になっちゃうわ。話すとしたら午前中か、昼休みの間だけね」
「そうだよなぁ、う~ん」
悩むダスクの様子に、考える素振りをしていたフローラルは何かを決心した顔になる。
「とにかく明日は今迄通りに声を掛けましょう。
それでも見付からなければ、最終日の明後日に私が何とかするわ」
「それでいいのかい?なんだか迷惑ばかりかけてて申し訳ないな……」
「まだ見付からないかどうか分からないわよ。そんな事言ってないで最善を尽くしましょう」
「了解。とにかく頑張るよ。ローラが居てくれて良かった」
「そうだね。やっぱローラは頼りになるな~」
「ふふっ、そう言ってくれると嬉しいわ。それじゃあ、また明日ね」
そう言って手を振りながら目的の教室へ向かうフローラルを見送ったダスク達は、自分達も訓練場の有る場所へと向かって歩き出しつつ、ポツリと黒炎が呟く。
「そういえば、髪の毛の事教えてもらってないや」
「そうだな。まあ、今度会った時でいいだろう」
そんな事を言いながら歩いてるうちに、すっかり忘れてしまうダスク達であった。
専門コースの授業を受けた後に実技の教師に揉まれたダスクは、黒炎を連れて真っ直ぐ我が家に戻ってきていた。井戸の水で身体を拭った後に着替えたダスクは、早速夕飯の仕度を始める。穀物の粉を練って伸ばした生地に、野菜で作ったソースを塗り、その上に薄く切った生野菜と腸詰を載せたものを薪で熱くした石釜に入れる。石釜や冷気の魔法がかけられた冷蔵庫等、以前この場所に住んでいた人物は料理好きだったのだろうとダスクは想像していた。焼けた料理を切り分けると、同じく淹れたお茶と一緒に暖炉の部屋へ持っていく。既に匂いに気が付いていた黒炎は、嬉しそうに尻尾を振って出迎えていた。しばらくして食事を終えたダスク達は、お茶を飲みながらのんびりとした食後の時間を満喫する。
「今日の夕飯はけっこう好きだよボク」
「気に入ってもらえて良かったよ。買い物した時に見た料理を出来るだけ真似してみた」
「なかなかやるね、ダスク。そういうのドンドンやってよ」
「了解。王都は色々な物があって面白いな」
「そうだね。美味しいものが多くて嬉しいよ」
「食べ物限定なのか。まあ、黒炎らしくていいか」
機嫌の良い黒炎を、ダスクもまた嬉しそうな顔で見る。楽しむ事が出来ているなら大丈夫だと、同時に自分達の状態を冷静に判断してもいた。その後は黒炎の学院長室での話を聞き役にまわって会話を楽しんだ後、食事の片付けや寝る準備をして、またもや暖炉の前で熟睡してしまっている黒炎を抱えて寝室へと移動する。寝床に黒炎を横たえてベッドに入ったダスクは、明日はチームメイト探しに光明が見える事を願いつつ夢の世界へと落ちていった。
チームメイト探しの期限まで今日を合わせて残り二日になり、焦りを感じながらも毎朝の日課を終わらせて食事を済ませたダスクは、学院長室で黒炎と別れて教室へと向かう。昨日の今日で金髪・銀髪・銅色の髪の三人組が少しはおとなしくなっていると良いな、と思いながら教室の扉を開こうと手を掛けたところで、廊下に面した窓から中の様子が飛び込んでくる。教室の自分の席で寂しそうな顔をしているフローラルの様子は、まるで花が萎れている様な印象を受けた。おそらく、昨日の出来事で友人達が距離を置いているらしく、少し離れた場所で女生徒達が彼女を気にしながらも近付いて行かないのが、ダスクにも分かった。申し訳ないと思いつつ、少しでも寂しさがまぎれるように、すぐに教室へと入る。
「おはよう。いつもこの時間なのかい?早いんだな、ローラは」
「おはよ。いつも通りだけど、私が早いんじゃなくて、ダスクが遅いのよ」
朝の挨拶をするフローラルの顔は、既に先程の様な寂しそうな顔ではなく、普段通りの笑顔になっていたが、付き合いは長くないダスクにもどこか元気の無さを感じさせ、再び申し訳なく思う気持ちが湧いてくる。それが顔に出ていたのだろう、しょうがないな、という風な顔になったフローラルは、優しそうな微笑を向けてくる。
「大丈夫よ。私が自分で決めた事だから。
それに、いずれあの娘達も色々なモノに立ち向かえる強さを見せてくれると信じてるから」
「ありがとう、ローラ。君は強いんだな」
「強くは無いわ。ただ友達を信じてるだけ」
眩しい程の心の強さに目を細めながら、これ以上言うのは余分な事だと思ったダスクは、昨日決めたように今日もチームメイトを探して声を掛ける事を確認して自分の席へと戻る。それから担任からの連絡事項を聞いて授業を受けながら、授業間で声を掛けていくが、昨日までとは違い話を聞いてはくれるものの、既に組んでいたり遠まわしに断られたりと、相変わらずの結果で終わった。午前の授業が終わり、フローラルと連れ立って教室から出ようとするダスクの背に、三人組の金の言葉が投げつけられる。
「ふんっ、いくら声を掛けようが、平民風情と組もうとする者が現れるものか」
現状その通りであり、徒労感があったダスク達は、何も言わずに教室を後にする。三人組以外の周囲の生徒達はその様子を見ながら、罪悪感のようなものを感じて表情を曇らせていた。
相変わらず学院長室では緊張しているフローラルと共に黒炎と合流したダスクは、今日もまた我が家へと向かっていた。歩きながら何かに気付いた黒炎が、鼻をピクピク動かしながらフローラルの持つ鞄へと視線を向ける。
「なにか美味しそうなのを持ってるね。いい匂いがするよ、ローラ」
「ふふっ、バレちゃったか。今日は私がお昼を作ってきたから、一緒に食べましょう」
「ありがとう、ローラ。わざわざ僕達の分も作ってきてくれるなんて」
「いいのよ。昨日はご馳走になったから。自作のお茶の葉も持ってきたから、お湯は沸かしてね」
「了解。君のお茶は美味しかったから楽しみだよ」
「そうだね。熱々でよろしく~」
楽しそうに会話をしながら歩くダスクとフローラルは、既に気持ちを切り替えていたので、さっきまでの徒労感からくる疲れは感じられず、空気に鋭い黒炎も気にならずに楽しそうな尻尾の振りをしていた。話をしながらだったので、あっという間に我が家に着いたと感じながら、ダスクは暖炉の部屋に黒炎達を残して湯を沸かし始める。背後からの楽しそうなフローラルの声に、安心したダスクは、黒炎の存在も気分転換に一役買っていると思っていた。いつも明るく無邪気な黒炎の性格には、自分も助けられていると実感していたからである。湯が沸いたところで、カップや皿等と一緒に暖炉に部屋へと持って戻ったダスクの視線の先には、黒炎をもみくちゃにしているフローラルの姿があり、黒炎自身は嬉しそうにしながらも困ったような顔になっている。さすがの黒炎も、フローラルの勢いにタジタジになったようで、ダスクは思わず噴出してしまった。
「笑い事じゃないよ~。ローラったら今日はなんかパワフルなんだけどっ」
「ふふっ、私はいつもパワフルよ。それに、黒炎の毛並みが気持ち良いのが悪いわ」
「理由になってないよ~。ダスクも見てないで助けてってば」
「ははは、せっかくのお湯が冷めちゃうから、その辺でやめてもらえると助かるかな」
「そっか、残念。しょうがないからまたの機会にしてあげる」
「ふぅ、空腹にはこたえるな~。早くご飯にしようよ」
満足そうな顔で立ち上がったフローラルは、鞄から大きな包みを出してテーブルに載せると、丁寧に包みを開いて中の物を取り出す。中から出てきたのは、三人分には多めのサンドパンであった。
「特製のハーブを使って焼いた鶏肉と、新鮮な野菜を挟んでみたの。
たくさんあるから、遠慮せずにドンドン食べてね」
「ホントに良い香りだね、特製っぽいよ」
「そうだな。食欲を誘う様な良い香りだ」
「お茶を淹れるから、先に食べてていいわ」
「それじゃあ遠慮なく、いただきます」
「いただきま~す」
ダスクは自分の分を食べつつ、黒炎の前にサンドパンを積み上げてやる。それを嬉しそうに尻尾をブンブン振りながら、黒炎は次々とかぶりついて飲み込んでいく。その様子をフローラルも嬉しそうな顔になって見ながら、それぞれの前にお茶を注いだ器を配る。それから自分も座って食べ始め、味に満足そうに数回頷いていた。
「相変わらず美味しいお茶だな。食事が良く進む」
「うんうん。さすが、ローラ」
「ふふっ、ありがと。そう言って貰えると嬉しいわ」
お茶の味と香りを楽しみつつ、多いと思った食事もあっという間に食べ終わる。食事の余韻に浸りながらも、今日もチームメイトが見付からなかったダスクは、表情を曇らせてフローラルを見る。
「ごめん。今日の午前中も見付からなかったよ。結局ローラの心当たりに頼るしかないなんて……」
「気にしないでいいわよ。チームを組んだからには私の問題でもあるんだから」
「ありがとう。僕達はこういう事になると力不足だよな。情けないよ」
「そうだね。ボク達は田舎モノだから……って、そればかり言ってる場合じゃないよね」
「もぅ、いつまでも言ってないの。得手不得手があるんだから協力していきましょ、チームなんだから」
「そっか、そうだな。戦闘とか他の事で貢献出来る様に頑張るよ」
「おなじくっ、がんばるよ~」
「お願いね。とりあえず明日連れて来れると思うから、昼休みになったら少し教室で待っててね」
「了解。頼んだよ」
「りょ~かい。ボクはいつも通りに学院長室で待ってるよ」
そろそろ午後の授業の始まる時間になるので、食事の片付けをしたダスク達は校舎へと戻り、廊下の分かれ道で手や尻尾を振り合って各々の目的の場所へと向かう。戦闘等で貢献すると決めたダスクは、実技を今迄以上に熱心に取り組み、その後も長い時間を教師に揉んでもらう。ヘトヘトになるまで動いたダスクは、我が家に戻って食事を簡単に済ませると、倒れ込む様にベッドへ入り、そのまま落ちるように眠りの世界に突入する。珍しくまだ起きていた黒炎だったが、簡単でも量に満足した食事のおかげで、待つ事も無くダスクに続いていった。
チームメイト探しの期限最終日になっても変わらずいつもの日課を済ませて朝食を食べたダスクは、いつもの様に黒炎と学院長室で別れて教室へと向かう。今日は廊下で様子を窺うことはせず、すぐに教室に入って自分の席に荷物を置いた。それからは、フローラルに任せたままにしようと思っていなかったダスクは、声を掛けられるだけ掛け続ける。その様子を、金・銀・銅の三人組は苦虫を噛み潰した様な顔で見ていたが、フローラルは別のクラスの心当たりに当たりながら笑顔で見守っていた。結局昼休みになっても成果は上がらず、今はフローラルが一体どんな人を連れてくるのか、少し楽しみに思いながら待っているところである。
カチャ
扉の開く音が聞こえ、物思いから引き戻されたダスクが入口の方へと視線を向けると、そこには心なしか疲れた様な顔のフローラルと、初対面だが何故かどこかで見た事のある気がする顔の男子生徒が居た。
「お待たせっ。ふふっ、やっぱり驚いてるわね。私も最初見た時は同じ反応だったわ。
多分、黒炎の方がよりいっそう驚くんじゃないかな」
背中に届く茶色の髪と勝気そうな茶瞳の、それ以外はダスクと瓜二つの少年が目の前に居て、ダスクと同じ様に驚いてこちらを見ている。最初は気が付かなかったが、だんだんとどこで見たかを思い出す。自分が鏡を覗いた時にいつも見ている顔とそっくりであった。何も言えずにいるダスクの様子に、苦笑しながらフローラルが新たな登場人物の紹介を始める。
「彼の名前は、ウィリアム・トーラス。専門は騎士だから私達とは重ならないから大丈夫よ。
ちょっと変わった性格だけど、悪い人間じゃないわ」
「水臭いぞ、ローラ。余の事はウィリーと呼んでくれ。我が愛しのローラよ」
「ああ、はいはい。それより、ローラって呼んで良いって許可した覚えはないわよ。
はぁ、まあいいか。それでこっちが、ダスク・ウォール。これから一緒のチームよ」
「僕の事はダスクって呼んでくれ。これからよろしく、ウィリアム。
それにしても水臭いな、ローラ」
「ん?水臭いって、何が?」
「だって、恋人なんだろ?ウィリアムと。さっき『我が愛しのローラ』って言ってたし」
「なっ!?そんな訳無いでしょっ!いつもそんな事ばっかり言ってるのよ、ウィリアムは」
「おぬし、ダスクと言ったか。我らの事を見抜くとは見所がある。これから仲良く出来そうだな」
「これから一緒のチームだし、仲良くやっていこう」
「ちょっと待ちなさい、違うって言ってるでしょっ!こらっ、聞きなさいってばっ!」
にこやかに握手を交わすダスクとウィリアムに、少し焦った様子で主張するフローラルの様子を、廊下から見る三対の目があり、苦々しげな口調で吐き捨てる。
「ちっ、トーラス家の者が出てくるとはな。何を考えているか分からん奴だし、面倒な事になったな」
その場には他に誰もおらず、その言葉は誰にも聞かれる事無く消えていった。
とりあえずの自己紹介を終えた三人は、黒炎と合流する為に学院長室へと向かっていた。黒炎の事はフローラルがウィリアムに他言無用の誓いを愛称で呼ぶ事と交換でたてさせたので、ひとまずは安心する。学院長室の扉をノックしたダスクに続いて、まだ緊張しているフローラルと、図太いのか全く変わらぬウィリアムも入室する。
「おやおや、これは珍しい組み合わせじゃないか。今日はいったいどうしたんだね?」
「こんにちは、学院長。私達、この三人でチームを組んだんです」
「ほほ~、チームを組む期限には間に合ったようだね。おめでとう」
「ありがとうございます。とりあえず三人で……何?黒炎」
どこか不満そうな素振りで自分を見上げる黒炎の様子に、フローラルは疑問に思うが、すぐに何を言いたいかを理解する。
「あ、この人はウィリアム・トーラスっていうんだけど、この人の前でも話して大丈夫よ」
「ひどいよ、ローラ。三人じゃなくて、僕も一緒だよ。仲間外れにしないでよね」
「ごめん、ごめん。ウィリアム、このコが黒炎よ。あの誓いは忘れないでね」
「ほほ~、おぬしが黒炎か。言葉を話す動物には初めて会うが、よろしく頼むぞ」
「よろしく~……って、ウィリアムってダスクそっくりだねっ!?」
「……今頃気が付いたのか。最初は驚いたけど、全く同じじゃないから慣れてきたよ」
「そういえばそうだね」
「あっさり言うわね。私は慣れるまで時間がかかったのに」
「付き合いの長い黒炎の方が、違いをより感じるのかもしれないな」
「ダスクが完全装備ならすぐ分かるよ。顔なんて見えないし」
「それはそうでしょ!私じゃなくても分かるわよっ」
黒炎とフローラルの掛け合いに、一同は楽しそうに笑い合う。セシリアも珍しく笑みを浮かべてその様子を壁際から見守っていた。
「ふむ、チームを組めたのなら、ついでにここで登録してしまってもよいな。
セシリアくん、彼等の登録をよろしく……そういえば、チームのリーダーは誰にするのかな?」
学院長のその言葉に、ダスク達は顔を見合わせるが、考える素振りも見せずに進み出た人間が一人居た。無駄に偉そうなポーズをしながら、止める間もなく宣言する。
「余がリーダーをしよう。と言うよりも、余以外にリーダーを務められる者はおらぬっ」
呆気に取られているフローラルをよそに、ダスクと黒炎は顔を見合わせて笑みを浮かべて頷き合う。
「それでいいですよ。リーダーはウィリアムで、チームメイトが僕とローラと黒炎でお願いします」
「それでいいのっ!?私はダスクがリーダーのつもりでいたんだけど……。
ウィリアムってリーダーとして頼りになるのかしら」
「ダイジョブだよ。いざとなったらボク達でなんとかすればいいんだから」
「それもそうね。三人組の事もあるから、貴族の彼がリーダーの方がかえっていいのかも」
そんなダスク達の様子を笑顔で見ていた学院長は、一つ頷いてセシリアの方へと視線を向ける。
「と、いう事らしい。セシリアくん、登録よろしく頼むよ」
「畏まりました、学院長」
そう言って何かの書類に書き込んでいき、最後に全員が呼ばれてセシリアの指し示す場所にサインを書き込んだ。文字の書けない黒炎だけは、前足をインクに浸けて足型を押す。そこには見事な肉球が捺印されており、セシリアの顔に笑顔を浮かべさせた。
「それでは昼休みも限られているので失礼します」
「チームでの課題、頑張るのだぞ。私は個人的には君達に期待しているのでな」
「はい、頑張ります。ありがとうございました」
学院長達に見送られて部屋を後にしたダスク達は、揃って我が家へと向かう。校舎から出て角を曲がり、目的の建物が見えてきたところで、ウィリアムが感心したような顔になる。
「ふむ、ここは物置かな?我らはどこに向かっているのだろう。そろそろ教えてくれないか」
「失礼な事言ってるんじゃないわよ。ダスク達の家を物置扱いするなんて、信じられない」
「おお、物置じゃなかったのだな。すまん、下々の生活にはうとくてな」
「はぁ、もういいから黙ってて。ごめんね、こんなの連れてきちゃって」
「別に構わないよ。見ての通りボロボロだし、貴族ならもっと大きい家に住んでるだろうから」
「ありがと。黒炎も気分を害してたら謝るわ」
「気にしてないよ~。他の人が何を言っても、住んでるボク達自身は満足してるんだからね」
「そっか、ありがとう。安心したわ」
「とにかく外で話してるのもなんだし、入ってくれ」
そう言うダスクの言葉に頷いた一行は、家へと入り暖炉の部屋のイスに各々好きな所に座る。珍しそうに周囲を眺めるウィリアムを余所に、昼食を作りに台所に向かったダスクは、普段の倍位の鶏肉や腸詰を焼きながら大人数になったな、と感慨にふけっていた。焼き物に生野菜のサラダを添えて、フローラルのお茶用に沸かしたお湯も持って暖炉の部屋へと戻る。それぞれの前に取り皿を配ったところで、フローラルも全員にお茶を淹れて配った。
「それじゃあ、お茶だけど、チーム結成の乾杯をしましょうか。リーダー一言よろしくね」
「うむ。あ~、本日はお日柄も良く、」
「前置きはいいからっ、一言だけ言って乾杯の音頭でいいのよ」
「むぅ、それでは、余のチームの結成を祝って、乾杯っ」
『乾杯っ』
「貴方のチームじゃないでしょ……」
フローラルの突っ込みを当然の如くスルーしながら、ウィリアムはダスク達と杯を合わせていく。律儀な事に、黒炎の器にもちゃんと杯を合わせて満足そうな顔で杯を傾けていた。それから、自分で料理を取ろうとしないウィリアムがフローラルに怒られながらも、一同は楽しそうに食事を終える事が出来た。食後のまったりとした時間を味わいながら食休みをしているところで、表情を真面目な物に変えたフローラルが黒炎を撫でていたダスクの方へ視線を向けてくる。
「お願いがあるんだけど、いいかしら?」
「ん?構わないよ、言ってみて」
何だろうという顔になった黒炎とウィリアムは、次にどんな言葉がフローラルの口から出てくるのかを興味深げに眺める。
「出来ればチームの話し合いをする時に、ここでやりたいのだけど。お願いできるかしら」
「別に構わないよ。チームの事は僕達にも関係ある事だし、黒炎もいいよな?」
「別にいいよ~。みんなで話をするのも楽しいからね」
「そっか、ありがと。そういう事だから、ウィリアムも承知しておいてね」
「うむ、あい分かった。ダスク達も大儀であるな」
大仰な言い方ではあったが、ちゃんと労う事を忘れないウィリアムに、貴族という人種に金・銀・銅の三人組の印象が強かったダスクは感心をする。フローラルも同じ様に思っているらしく、笑顔でウィリアムの方を見ていた。
フローラルの登場と、再開したチームメイト探しによって、ようやくチームを組む事が出来たダスク達には、これからどの様な事が待っているのだろうか。色々な事が上手くいきそうな予感があったが、三人組の存在もあって、まだまだ不安の残る学院生活が本格的に始まる。
楽しんで頂けたでしょうか。続きも早く読んで貰えるように頑張ります。




