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ファイアボール・キリング  作者: 桜山うす(J.I.A)
第一話 土魔法使いの転生者
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火除け地の城

 署の大会議室に、緊急対策本部の札が下がった。

 逃げたのは、軽犯罪法違反の初犯。本来なら、こんな部屋は立たない。

 立った理由は、罪状ではなかった。


 土魔法チートだ。

 金がいらない。飯もいらない。水も寝床も、その場で生み出す。

 買い物の記録も、宿帳も、何ひとつ残らない。

 腹を空かせて出てくるのを待つ、が通じない。


 足取りという足取りが、最初から存在しない逃亡者だった。

 署の廊下には、逃走の足場に積み上げられた上物のハイポーションが、いまも山をなして残っている。

 むろんこれらも薬機法違反だ。罪状だけが、逃げるたびに膨らんでいく。


 ホワイトボードに、迷宮都市の地図が広げられた。


「もっとも厄介なのは、下水だ」地図の前の警官が言った。「無限に食料を作れるなら、潜って一生出てこない。そういう相手として捜すべきだ」


「待ってください」別の一人が、手元の綴りをめくった。「過去の事件簿に、転生者の行動傾向が残っています。──これまで確認された異世界転生者の傾向として、『冒険者登録をして世界を旅する』、『人里離れた場所でのんびりスローライフを送る』、『王族の寵愛を受けて囲われる』、といった、ストレスフリーな状況を好む傾向があります」


「――つまり?」


「プロファイリングによると、下水に潜伏するのは、たとえ可能であったとしても、選択しないと推測されます」


「では、どこだ」


「前例があるものだと、ダンジョン最深部の、コア付近に潜伏していたそうです。あの領域なら、誰も手を出せない。無限の食料があれば籠城が可能です」


「いや、大森林だ」別の一人が身を乗り出した。「エルフの守護する世界樹の根元。あそこも外敵を寄せつけん。ストレスフリーという条件にも合う」


「待て、それなら竜の棲む霊峰の頂も候補に入る。チート能力者なら、登り切るくらいは──」


「どこも、通常の人員では立ち入れんぞ」


「S級冒険者を、複数パーティ派遣する必要があります」


「直ちに街道を封鎖しろ、危険度の高い順から捜査線を──」


 地図に、印が増えていく。

 深層へ、辺境へ、人の手の届かない方へ。

 誰もが、彼女を異世界転生者としてしか見ていなかった。


 そのとき、それまで一言も発していなかった本部長が、受話器を置いて、口を開いた。


「たった今、一報が入った」会議室の全員が振り向いた。「火除け地に、城が建っているとの事だ」


 誰も、言葉を返せなかった。


 * * *


 タダノフが火除け地に着いたとき、そこに城が建っていた。


 防波堤のすぐ近く、街でいちばん広い更地だった。

 モンスターの氾濫を止めるために空けてある。万一を恐れて、誰も建てない場所。

 その真ん中に、巨大な石造りの城塞がそびえていた。


 城壁の上には、完全武装のゴーレムたちが、隙間なく並んでいる。


 最強の、土の軍団。


 辺境へ送られるはずだったSランクパーティまでが、結局この更地へ呼び出され、攻めあぐねていた。


 城壁の上のほうから、半泣きの異世界転生者が警官たちを見下ろしていた。


 城門の前には、ゴーレムが一体だけ、警察の側へ歩み出ていた。

 壁の上の武装ゴーレムとは、どこか違った。丸腰で、姿勢がよかった。


「早鐘さまからのご要求は、火除け地からの警察の撤退と、逃走車両のご準備です」


 ゴーレムが喋った。警官たちがざわついた。


「お、落ち着きなさい!」地元の警官が、交渉人の頭ごしに城へメガホンを構えた。「まだ初犯だ、罰金だけで済むかもしれない! ……そう伝えてくれ!」


 交渉人の腰で、トランシーバーが、キーンと鳴った。


『一本85円で蜂蜜を売ってた私が、どうやって二十万も払うって言うんですかー!』


 全員に、聞こえていた。


「早鐘さまは、二十万円もの罰金をお支払いになる金銭的余裕がないと仰せです」


 トランシーバーは、早鐘が生み出していたものだ。電池で動く、異世界の玩具だった。

 発電も送電も知らない娘に作れるのはそこまでで、それでも、この世界の道具を掻き乱すには十分だった。


 回避も妨害も追いつかない。警官たちの手には、もはや負えない相手だった。


「だめだ、説得にも応じない……いったい、どうすれば……」


「あっ……あれは、タダノフ刑事……!」


 タダノフが駆けつけると、地元の警官たちが青ざめた。隣のボルダーだけが、平然と遠くを見ていた。


 一人が、声をひそめて噂話をした。


「……誰だ?」


「……かつてガンダルフの暗殺を企てた男だ。そのためだけに、低級魔法のファイアボールを極限まで鍛え上げていた」


「……なんでそんな男が魔導士に」


 タダノフは答えなかった。門前の交渉人を、見ていた。


「……こいつ、デピスまで作れるのか」


「デピスって、何すか」


「口をきくゴーレムだ。最上位の製法を使うと、ゴーレムでも言葉が使えるようになる。……本来は、ピグマリオンが何代もかけて焼くものだ」


 それから城を見上げ、その魔力痕を読んだ。


『プロッター痕』という、魔力の痕跡の筋だ。


 魔力中心に偏りがあるとき、物体の伸張方向にこすれたような跡がつく。


 バーコードのような擦れた跡が、上から下まで、ほとんど全部つながっていた。継ぎ目が一切ない。休んだ跡がない。

 たまに労働基準法のなかった古代の仕事でも見かける。 

 寝かせる間もなく、ひと息に城を建てている。


 蜂蜜の瓶で見たものと、まったく同じ違和感があった。

 本来なら血統が何代もかけて丁寧に積み上げる土の業を、この娘は素手でやってのける。


 タダノフは息を吐くと、城壁の中を登るひとすじの線を見ていた。


 どんな巨大な構造物にも、『作り始め』の一点がある。


 すべての『プロッター痕』は、その一点に集中しており、ここに全ての重心がかかっている。


 そして、投球に入った。


 一発だった。


 城が、内側から崩れた。轟音と土煙。Sランクパーティが身構え、警官が腕で顔を覆う。


 門前で、交渉人が立ち尽くしていた。何も言わなかった。胸の核だけが、ぴこぴこと、忙しなく点滅していた。


 煙が晴れたとき、瓦礫の中心に早鐘がいた。無傷だった。


 複数のゴーレムが、身を挺して彼女を崩落から守ってくれていた。


「なんだ……今の魔法は……」警官が呆然と言った。


「……今のは」タダノフは火球の余熱を握り消した。「ただのファイアボールだ」


 彼は瓦礫を踏んで、ゴーレムたちに守られている娘を迎えに行った。

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