警察署
最寄りの署の取調室で、免許という言葉の意味を知らされた早鐘は、見る間に青ざめた。
「知りませんでした」彼女は両手で口を覆った。「だって、神様にもらった力だし、みんな喜ぶし、安く作ればもっと喜ぶし……誰も、許可がいるなんて……」
経緯はすぐ知れた。例の業者は、もともとポーションの上客だった。ある日、ホットケーキにかけるつもりで作った蜂蜜を分けてあげたら、もっと作れるか、と言われた。それだけのことだった。
タダノフは、これまでの判例に基づいて、彼女が無罪になる出口を一つ示した。
「金銭を受け取っていなければ、君は詐欺の被害者と見なされる余地がある」
早鐘は記憶をたぐって、不安そうに言った。
「材料費込みで……一本85円、もらいました……三百本売ったから、計、二万五千五百エルシャルンも……」
出口が塞がった。
「安すぎません?」ボルダーがつい口を挟んだ。
原価で売っていた。
土魔法は物質を生み出すが、魔力を生み出すことができないため、魔法薬の生成には、かならず魔力を持った素材が必要なのだ。
その素材の費用だけで、儲けはゼロ。
それでも法律は、立派な「販売」と数える。一方、これを一本二万で市場に売りさばいていたのは業者のほうだ。
タダノフは改めて早鐘の罪状を見積もった。重いほうが先に口から出た。
「『薬機法違反』だ。重ければ、懲役三年、罰金三百万」
早鐘の顔から色が消えた。
「――まだ初犯だ。流通規制法のほうで済む見込みもある。懲役五年、罰金二十万」
「懲役、増えてませんか?」ボルダーが眉を寄せた。
「罰金は減っている」
数字だけが膨らんで聞こえた。
実際には、いちばん刑罰の軽い方へと寄せているのだが、被疑者にその気遣いは伝わらない。
タダノフの言葉は無口で、不器用で、熟練の刑事の脅し文句のようにしか響かない。
「なるべくいい弁護士に相談する」彼はそう言った。
早鐘は、机に置かれた数字をじっと見ていた。三百万。二十万。85円。やがて、ふらりと立ち上がった。
「すみません、喉が……お水を、もらっても」
止める理由はなかった。
たぶん実際は詐欺の被害者なのだろう、無害な娘だ。
タダノフは、顎で廊下のほうを示した。早鐘は小さく頭を下げて、部屋を出ていった。
ドアが閉まると、取調室には二人が残った。
ボルダーが、まだ少し呆けた顔で言った。
「俺、異世界転生者って、はじめて見ました……」
「俺もだ」タダノフは調書を繰った。
「まだ子どもなんですね。もっと年のいった錬金術師なのかと思ってた」
「調書によると、お前より年上だそうだ。戸籍謄本がないので確認は取れないが、自称19歳らしい」
「マジですか」ボルダーが目を丸くした。「子どもじゃなかったんだ。若く見えるなー」
「ポーションから食料から家から、ありとあらゆる物を生み出して暮らしていたらしい」タダノフは頁の一行で指を止めた。「……そういえば。あいつ、どうして部屋を出ていったんだ?」
「水を飲みに行くって言ってましたけど」
「水を生み出せるのに、部屋から出る必要があるのか」
「……」
「……」
ボルダーの動きが止まった。二人は、同時にドアを見た。
ドアは、開かなかった。タダノフが肩で押すと、向こうで何かの崩れる気配がして、隙間から瓶が一つ、床にこぼれ落ちた。
「ポーションの瓶だ」
「ボルダー、開けろ」
ボルダーが体当たりでドアをぶち破ると、大量の小瓶が、堰を切ったように雪崩れ込んでくる。取調室の床を、みるみる小瓶が埋めていった。
「よっぽど喉が渇いてたんすね」ボルダーが一本を拾い上げた。
「触るな、証拠物件だ」タダノフは、ファイアボールを一粒浮かべた指先を廊下に向け、周囲を注意深く観察していた。「これは全部ハイポーションだ、あの一瞬でこの量を作った、ただ者じゃない」
「無詠唱だったじゃないっすか」
「無詠唱だろうが、無免許なら薬機法違反だ」
瓶の山は廊下を奥まで埋めつくし、突き当たりの、割れた高窓の真下まで、足場のように積み上がっていた。
窓の外に、姿はなかった。
「逃げた」タダノフは言った。




