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ファイアボール・キリング  作者: 桜山うす(J.I.A)
第四話 火魔法使いの暗殺者
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燻り

 男は、火を、マッチで点ける。


 朝、湯を沸かす。マッチを擦り、コンロの口にかざし、青い輪が立つのを確かめて、薬缶を載せる。擦り損じたマッチは缶に溜めて、溜まると捨てる。それが、男の朝の火の全部だった。


 港の倉庫街の、二階のひと間に、男は住んでいる。窓から埠頭が見える。朝は市場で食い物を買い、誰とも口をきかず、昼は埠頭の突堤で海を見て、夜は部屋に戻る。日々は、その繰り返しでできていた。


 男の火には、名がある。


 灼熱魔法《ソテー》、という。


 標準化よりも前の、図書館のどの棚にもない火。使える血筋は、魔族の中でもわずかしかいない。男は、その血筋に生まれた。魔族の独立戦争が失敗に終わり、英雄ガンダルフの融和で魔族が人間の街に入るようになった年、男も、山を下りて街に来た。


 冒険者の登録簿には、男の五年分の実績が残っている。討伐の数字は、同期のどの登録者よりも大きい。腕は、本物だった。


 六年目に、事件がある。


 報酬の分配で、パーティの人間と口論になった。相手が先に、杖を構えた。チャージして、構えて、見せる。それが冒険者の喧嘩の作法だった。撃つ気のない火を膨らませて、相手が引くのを待つ。たいていの喧嘩は、そこで終わる。


 普通のファイアボールは、構えで止まれる。


 ソテーには、止まる段が、ない。


 点火から着弾までのあいだに、威嚇という部屋が、この火には作られていない。相手の杖が光った時には、男の火は、もう出ていた。


 相手は、三月の入院と、利かなくなった右手を得た。男は、罪には問われなかった。先に構えたのは相手で、法廷はそれを防衛の枠に入れた。裁きは、そこで終わった。


 終わらなかったのは、そのあとの方だった。


 誰も、二度と男と組まなかった。


 火の魔法に、規制はない。火を出してモンスターを倒すのは、法の内側の行いで、魔力は個人の財産であり、財産の使用に制限は課せない。課そうにも、課す方法が、物理的にない。融和から日の浅い世界は、構えで止まれない火を持つ男という型に、このとき初めて出会った。前例がなく、条文がなく、窓口がなかった。制度は男を裁かず、守らず、素通りした。


 組む者のない冒険者は、ソロで潜る。悪評のある男がソロで潜ると、狩り場では、事故が起きる。三度目の事故の後、男は潜るのをやめた。


 ギルドの焼却場に、五年いた。


 死体を焼いた。呪いのついた武具を焼いた。検疫で止まった荷を焼いた。焼却場で、男の火は初めて重宝された。何でも灰にする火は、灰にする仕事にだけ、過不足なく合った。


 男は、普通のファイアボールも撃てる。魔族なら誰でも撃てる。あくびの出る簡単さで、撃てる。


 撃たない。


 五年目の終わりに、焼却場に客が来た。客は炉の前に立ち、燃えていく呪具と、それを焼く男の火を、長いこと見ていた。帰りぎわに、一言だけ置いていった。


「お前の火に、意味をやる」


 翌月、ギルドの名簿から、男の在籍の線が切れた。


 * * *


 それからの男の日々にも、繰り返しがある。朝、マッチで湯を沸かす。市場で食い物を買う。埠頭で海を見る。ときどき、仕事をする。


 数ヶ月前には、後始末をひとつ、片づけている。刺されて事切れた雷神の亡骸を、焼く仕事だった。誰が刺したのかは、聞いていない。仕事の紙に、訊く欄はなかった。


 十日前にも、男は仕事をひとつ、済ませていた。


 済ませて、日々に戻っていた。


 * * *


 招集は、荷札で来る。


 倉庫街の掲示板に、ある色の出荷札が留められた晩、男はコンテナヤードを歩いた。積まれたコンテナの列は夜には壁になり、壁は迷路になる。その迷路の一番奥、四段に積まれた積み荷の壁の前で、男は足を止めた。


 壁が、開く。


 積み荷は積み荷の形をした隔壁で、中は通路だった。通路の壁に、防護服がひと組、掛かっている。厚く、重く、頭まで覆う型のものが、ひと組。通路を抜けると、天井の高い、船倉のような空洞に出る。空洞の奥の暗がりに、覆いを掛けられた大きなものが、組み足場ごと据わっていた。男はそちらを見ずに、手前の、卓のある一角へ歩いた。


 * * *


 卓には、三人が先に着いていた。


 姿勢のいい、痩せた男。特徴というものを顔に置いていない男。隅の椅子で気配を薄くしている小柄なの。土担当、水担当、風担当。卓を囲むと、火担当を入れて四人になる。定例の会は、いつもこの人数で始まった。


「本日の議題に入る前に、風担当からの報告がある」


 土担当が言った。風担当は、椅子から立たずに言った。


「先日暗殺対象となった転生者が、生きている」


「ばかな」火担当は卓に手をついた。「全身を10秒以上かけて焼いたはずだ。生きているはずがない」


「腕が鈍ったんじゃないのか?」


 水担当が言った。


 火担当の指が、卓の上で、一度だけ跳ねた。


「笑い事ではない」土担当が言った。「これまでの四つの暗殺は、どれも成功している。冷静に立ち回れば、ここで足がつくことはない」


 結社は、これまで彼らの活動の脅威となる魔法使いを排除してきた。


 基準は二つある。素質。そして、結社の外にいること。


 素質のある魔法使いを取り込めるなら、駒として飼う。取り込めず、現行社会の側に立つなら——障壁になる前に、消す。


 フードルは前者だった。素質があり、飼えた。だから隠れ蓑として使われた。早鐘の件でしくじり、彼を通じて背後の結社まで警察の手が伸びる恐れが生じたとき、彼は後者へ移った。


 それだけのことだった。


「運が悪かったか」火担当は言った。「そもそも、どうしてあいつの暗殺が必要だったんだ」


「彼女は驚異的な技量を持つ、土魔法の使い手だ」土担当が言った。「魔法犯罪に手を染めさせ、現行体制への批判を育てる。それで参加の要件は、満ちるはずだった。——だが、警察のほうが先に、取り込もうと動いている」


「警察に協力して、大量のゴーレムを製造している。一部の警官とも懇意にしているのが確認された。もはや、我々の側に付くことは望めない」風担当が言った。「このままでは、結社と敵対する脅威へ育つ。だから、警察の護りが薄くなった瞬間を、狙わせた」


「だから、10秒以上焼かれて生きている人間なんて、知るはずがないだろう」


「俺だったら生きてるぜ?」水担当が言った。「そこまで難しい魔法じゃないだろう」


 火担当の指が、また跳ねた。


「小娘に、まんまとしてやられたな」風担当が言った。「次からは、確実に死体を確認しろ」


「次があればだがな。警察のほうで、結社に関する情報を集める動きがあるとの報告もある」土担当が続けた。「我々の存在に気付かれたと見ていい。当分、目立った動きは避けるべきだ」


「……ちっ」


 火担当は、椅子に戻った。戻ってからも、指は卓を叩いていた。叩く音は、話が次へ移っても、やまなかった。


「撤収後の穴は」と土担当。


「埋めない」水担当が言った。「顔がまだ温い。当分、署には近づけん」


「観察は風に回す。仕事は止める。潜る」土担当は卓の上で指を組んだ。「いざとなれば、海だ。手はずは変えていない」


「潜る、潜るって」火担当の指が、止まった。「いつまでだ。転生者はまだ生きてるんだぞ。仕事を途中で——」


 扉が、開いた。


 誰も、開けていない扉だった。


 男が一人、立っていた。コートの、仏頂面の男だった。四人は、動かなかった。動かないまま、卓の上の時間だけが数拍、流れた。


「……誰か、呼んだのか?」


 土担当が言った。誰も答えなかった。


「……面白そうな話をしてるじゃねぇか」男は敷居をまたいだ。「……俺にも聞かせてくれ」


 火担当が、椅子から立った。


「得意な魔法は?」


「ファイアボール」


「話にならん」


「まて」水担当が手を上げた。「こいつは魔導士のタダノフだ。フードルの後釜に使えるかもしれない——」


 水担当は、そこで止まった。この男は、つい先日まで、署の組織図を中から諳んじて暮らしていた男だった。


「……いや、待て。こいつ、階級がない。ヒラだ」手が、下りた。「大魔導の後釜は、管理職からしか作れん。ヒラの市警じゃ決裁ひとつ回らん。……ああ、じゃあ話にならんな」


 卓の周りで、値踏みは二度で終わった。土担当だけが、椅子から立ち上がった。


「我々は、現行の魔法社会体制に反対するものの集まりだ」声は、勧誘の声だった。二年前、店先の娘に掛けたのと、同じ温度の声だった。「ならば、魔法が使えなくとも、志を同じくする同志は歓迎すべきだ。——君も、我々の仲間になるか?」

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