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ファイアボール・キリング  作者: 桜山うす(J.I.A)
第四話 火魔法使いの暗殺者
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捜査

 タダノフは敷居の外から、店の中の魔力痕を読んだ。

 焦げは床のまん中に濃く、壁の煤は一方向に薄れ、棚は一列だけただれている。

 飛び火の痕がない。暴れた火の痕がない。一つの的に、一つの火が、当て続けられた形だった。


 この街の建物は、燃えにくい。防火の漆喰と目止めで、火はさほど広がっていなかった。


 床のまん中の的は、十秒。あるいは、もう少し。


「通報は」と、ボルダーが掠れた声で言った。


「後でいい」


 それだけ返して、タダノフは敷居をまたいだ。


 娘は、割れた殻の縁に腰かけて、その殻を、齧っていた。


「あ、タダノフさん。焼きゴーレム、美味しいよー」


 外側の黒いところを割って、中の白いところを口に運んでいる。香ばしいのはむしろ得した、というような顔だった。

 生きているというのは、そういうことでもあった。彼女はもう一片割って、隣に突っ立ったままのボルダーに差し出した。


「ボルダーさんも食べます? ここ、耳のとこ」


 ボルダーは、返事をしなかった。差し出された白い欠片と、それを差し出す無事な手を、順番に見て、また声の出ない顔に戻った。娘は欠片を持ったまま、少し困っていた。


「早鐘」


 タダノフは言った。


「……ボルダーのそばから、離れるな」


 娘の手が、止まった。


 欠片が、ゆっくり下りた。齧りかけの殻を膝に置いて、彼女は、はじめて焼け跡を——自分の店の床の焦げを、壁の煤の形を——見た。それから、小さく、はい、と言った。


 * * *


 聴取は、工房の机でやった。


「恨みを買う心当たりは」


「ないですよ!」娘は身を乗り出した。「この品行方正な土魔法使いを捕まえて! 恨む要素どこにあるんですか!」


「品行方正かはともかく、同業や客。あるいは依頼を断った相手」


「断った……」娘は天井を見た。しばらく見て、あ、と言った。「そういえば、変な勧誘なら断りました」


「勧誘」


「『裏魔法結社』、とかいう」


 鉛筆を持ったボルダーの手が、止まった。


「私が城を作ったちょっとあと……くらいかなあ。お店の前に、男の人が立ってて。君の力にふさわしい意味をやれる、みたいなこと言われて。あ、これマルチか宗教だなって思って、間に合ってまーすって」


「間に合ってまーすって」ボルダーが繰り返した。


「塩対応が一番なんですよ、ああいうの。ついてくと壺買わされるんで」


「なんで言わないんすか!」ボルダーが頭を抱えた。「そういうの、言ってくださいよ!」


「え、怪しい勧誘って、警察に報告するものなんですか……?」


 娘は本気できょとんとしていた。彼女の世界では、それは脅威の棚ではなく、迷惑の棚に仕舞われる出来事だった。だから誰にも言わず、誰にも数えられず、二年近く、そこに眠っていた。


「男の特徴は」タダノフは言った。


「んーと、背が高くて、痩せてて、姿勢が変に良くて。目が細いの。あと——」娘は自分の鼻をつまんだ。「土の匂いがした。畑っていうより、こねた粘土。うちの工房と、おんなじ匂い」


 タダノフは、鉛筆を置いた。


 二年前の、市場の雑踏が戻ってきた。

 業者の店に入る前に、彼の脇を抜けていった肩。

 土の、油じみた匂い。場違いなほど整った魔力の気配。半歩だけ振り返って、休暇だ、と自分に言って、見送った。


 気のせいか、とあの日は思った。


 気のせいでは、なかった。


 * * *


 翌日、業者の店には、茶が三種類出た。


「どれでもお好きなのを! ああ刑事さん、その椅子は脚が緩いので、こちらへ!」


 仮釈放の男は、揉み手の形に生まれついたような手で、聞かれる前から帳簿を差し出してきた。

 経営指導、という腕章が壁に掛かっている。再びの逮捕は、この男にとって茶より苦いらしかった。


「二年前だ」タダノフは帳簿を押し戻した。「早鐘アイヤの蜂蜜を、お前はどこで知った」


「あ、あれはですね、聞いたんです。噂を」


「誰から」


「卸しの男で……不定期に、掘り出し物を持ってくる。素性は知りません、ほんとに。背の高い、姿勢のいい……その男が、冒険者向けの市場に化け物みたいなポーション作りがいる、原価で売ってるから声をかけてみろと」


「時期は」


「蜂蜜より、ずっと前で。そもそもポーションの取引を始めたのが、その男の口利きで……」


 男は喋りすぎるほど喋った。喋られた中身を削っていくと、残る骨は一本だった。


 密造が知れるより先に——警察はおろか、業者が彼女を知るより先に——あの男たちは、彼女を知っていた事になる。


『裏魔法結社』の情報を集めるうちに、連中の手口の形が、見えてきた。


 彼らの勧誘の方法は、一貫している。


 強い力を見つけると、まずは、法に触れる行為をするように導く。警察に頼れない場所に立たせてから、仕事ぶりを観る。そして勧誘する。


 フードルも、恐らく奴らの網にかかっていた。

 あいつに最初にソーマを勧めたのは、一体誰だったのだろうな、と、タダノフはちらりと思った。思っただけで、すぐに捨てた。


 * * *


 冒険者ギルドの窓口は、タダノフの顔を見ると、黙って台帳の棚に向き直った。


「今度は何の台帳です」


「焼却係だ」


 名簿は、薄かった。焼却係は、薄い名簿の職だった。素材回収で解体されたモンスターの残骸と、呪いのついた廃物と、燃やすしかないものを燃やす下働き。火の魔法の行き着く先としては、数少ない口の一つで、就く者も、続く者も少ない。


 その薄い名簿の中に、一人いた。


 在籍五年。腕は良い、と備考にある。備考はもう一行あった。所属パーティと揉め、以後ソロ。悪評あり。——それきり、ある年の途中で、在籍の線が切れていた。


「この男は」


「ああ……」窓口は声を落とした。「腕は本物でしたよ。ただ、揉め事も本物で。ソロで潜ると、まあ、その、狩り場では何があるか分からんでしょう。潜らなくなって、焼却場に回って、そのうち来なくなりました」


「早鐘アイヤの噂が立ちはじめた頃、こいつはまだいたか」


 窓口は日付を突き合わせて、頷いた。


「はい。ちょうどいますね」


 冒険者の噂は、焼却場にも落ちてくる。

 原価のポーション。城を建てた娘。規格外の、化け物みたいな——才能の話は、才能を燃やして暮らす男の耳に、どんな音で届いていたのだろう。


 タダノフは名簿の名を、手帳に写した。


 それは誰にも見せない頁だった。


 * * *


 誰にも見せない頁は、この二ヶ月で、もう何枚か埋まっていた。


 フードルの死から、日を置かずに消えた部下が、一人いる。

 署はこれを連続焼死体事件の関連で追っていた。


 タダノフがその男の部屋を見たのは、火災で焼失してしまってからだった。


 火は、徹底していた。燃えにくく造られた街の、燃えにくく造られた部屋で、焼け残りがほとんど出ないほど焼かれている。

 油を運び、火を配り、当て続けるしかない。手間の塊のような丁寧な火だった。


 なのに、その火には、殺意がなかった。


 憎しみも、なかった。焦りすら、なかった。暖炉に火を入れるのと同じ手つきで、人の住まいがひとつ、几帳面に焼かれていた。


 争った形跡は、ない。部屋の主への感情も、ない。それでいて、灰まで焼く必要だけが、あった。


 二ヶ月、この帳尻が合わなかった。


 合わせる枠が、なかったからだ。


 だが、強い魔法使いを勧誘する裏魔法結社の存在を当てはめると、帳尻は音を立てて合った。


 消えたのではない。


 最初から、いなかったのだ。


 部下は、とうにいなかった。部下の顔と、部下の住所と、部下の机だけが署にあって、その中身は、別の誰かだった。変身、とまでは言わない。だが顔を作るくらいのことは、魔法にも、刃物にも、できる。フードルがしくじって、灯りが寄ってきたから、顔を焼いて、消えた。


 署の中に、いたのだ。


 いまも、いないとは限らなかった。


 * * *


 だから、報告書は書かなかった。


 書けば、綴じられる。綴じられれば、回る。回った先の顔が、全部本物だと確かめる術は、もうこの署にはない。どこまで迫ったかを知らせることは、どこへ逃げればいいかを知らせることと、同じだった。


 ボルダーは、護衛から動かせない。


 それは都合でもあった。動かせない場所が、いちばん安全な場所でもあるというのは。


 手帳の、誰にも見せない頁を、タダノフは閉じた。


 消えた部下。勧誘の男。名簿の切れた火使い。点は三つ揃って、囲いの形は、もう見えていた。


 あとは、中へ入るだけだった。

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