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ファイアボール・キリング  作者: 桜山うす(J.I.A)
第三話 水魔法使いの聖護士
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13/26

事務所

 タダノフからの報せは、三日前に届いていた。


 ——ちょっと訳ありの奴を連れて行く。


 それだけだった。あの男の文は、いつもそれだけだ。だが、アブラモフには、それで足りてしまった。

 高架下の夜のにおい。あの火の署名。

 あの警部が逃げる前に探していたという、転生者の娘の弁護士。


 それらの点を並べれば、引ける線は一本しかなかった。

 訳ありの奴——つまり、あの警部が弁護士を見つけられなかった、転生者の事だ。


 断る理由を、三日かけて探した。見つからなかった。


 約束の刻限に、事務所の呼び鈴が鳴った。壁の米十字の下で、アブラモフは茶の支度の手を止め、扉を開けた。


「もふもふだーっ!」


 声と、重さが、同時に来た。


 娘が一人、毛皮に飛び込んできていた。遠慮というものを知らない両腕が、首まわりの一番ふかふかしたところへ、迷いなく巻きついてくる。生きて、温かくて、重かった。


「こらこら、おりなさい。これから私が君の弁護士になるんだから」


「ええーっ!? 弁護士なの!? このもふもふが!?」


「早鐘、あんまり失礼なことをするな」


 娘の後ろで、仏頂面が言った。言いながら、止める気配は薄かった。娘は毛皮に頬を埋めたまま、はぁ〜、と幸せそうな息を吐いている。


 この温かさを、と、アブラモフは思った。思って、やめた。


「まあ、お入り。茶が入る」


 応接の椅子に、二人を座らせた。娘は座ってからも、しっぽの行方を目で追っている。仏頂面のほうは、茶に口をつけず、切り出した。


「早鐘アイヤ。転生者だ。魔法薬の無許可製造販売で、裁判になる」


「一本85円ですよ!?」娘が身を乗り出した。「儲けてないんですよ、私! なのに罰金20万て、どういう算数なんですか!?」


「初犯で、実害はない。だが、戸籍がない」男は娘を無視して続けた。「不法移民の扱いだ。どの法も、こいつを守らない」


「ふむ」


「裁判ではすでに不利な状況だ。だから、いい弁護士が要る」


 男はそこで言葉を切り、それから、頭を下げた。


 深くはない。角度だけなら、会釈に毛の生えた程度だ。だが、この男の首が人のために曲がるところを、アブラモフは数えるほどしか見たことがない。


「……頼めるか」


 昔、この部屋で、同じように頭を下げた男がいた。


 * * *


 年季の入った刑事だった。捕まえた側の人間が、弁護士を探して、獣人の事務所まで足を運んできた。差し出された調書の、種族の欄を、アブラモフは二度読んだ。


「ピグマリオン……知らない種族だな」


「そいつは、魔法競技世界大会の会場でガンダルフを暗殺しようとした。会場内に仲間を分散させて魔力結晶を持ち込ませ、史上最大のファイアボールを撃つ計画をしていた」


「ふむ……完全な計画犯罪か……弁護するとしたら、過去の経歴が事件にどう絡むか、になるけど」


「そいつはガンダルフが半島を消したとき、一族のほとんどをその島ごと失っている」


「……」


「復讐だ」


「そうか」


 帰りぎわに、刑事は言った。


「あいつは、出来たら俺の元で働かせたい」


「本気か? 計画殺人の容疑者だぞ」


「そうかもしれない。あいつの火は、殺意で真っ黒だ。ただ——」


 * * *


「——で、しっぽは触っていいんですか?」


 娘の声で、部屋が戻ってきた。仏頂面は頭を下げた姿勢のまま、返事を待っている。茶が、まだ湯気を立てていた。あれから、数えるほどの息しか経っていないらしかった。


「ふむ」アブラモフは、湯呑みを娘の前へ押しやった。「引き受けよう。——彼女さえ、よければだけど」


「もふもふ先生がいい!」


「発言が最悪だぞ、お前」仏頂面が言った。


「決まりだ」アブラモフは笑った。笑う分には、造作もなかった。「なら、今度、君の作ったものを見せてもらおうか。話は、それを確認してからだ」


「じゃあ蜂蜜持ってきますね!」


「押収済みだ」と仏頂面。


「じゃあ新しく——」


「作るな」


 娘がしゅんとして、しっぽの毛だけそっと一撫でして、二人は帰っていった。扉が閉まると、客の去った部屋は、急に広くなった。


 湯呑みが三つ、残っていた。


 棚には、分厚い法書が据わっている。この国のすべての決まりが詰まった、黒い背表紙だ。その隣に、同じくらい傷んだ聖書が並んでいる。


 アブラモフは長いこと、その並びを見ていた。


 それから、冷めた茶を片付けた。

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