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第六章 十四幕

 荒い息遣いを抑えながら、男は這う。


 ずりずりと、腕と膝を使い体を前へと進める。


 時折、下を覗き込む。


 ここでは無い……。




 一人でぶつぶつと喋る十郎太。

「大丈夫だよ、玄之丞さんも斬るなって言ってたし。」


 首を傾げて眺める、双子のような禿。


「うん、そうだね。」


 朧は優しく眺める。


「多分、あの人はそうだと思う。」


 薄気味悪そうにしているのは番頭。


「うん、子供に殺しはさせない人だよ。」


 新造達は心配そうに見ている。


「あはは、抜かせた事無いくせに。」

 十郎太の横を抜けてまつりが歩く。


 ぱたぱたと、朧に近付く。


 視線に気付いた朧が微笑む。


「まつり様、何か?」

 朧の声は高過ぎず、柔らかく、聞き心地が良かった。


 まつりが口を開く。

「おっさんとは知り合いですか?」


 朧は瞳をぱちくりと開く。


 そして、ふと口元で微笑む。

「自分語りはしそうにありませんものね。」


 頷くまつり。


 きゅっと胸元を左手で抑え、朧が顔を寄せる。


 まつりの耳元で静かに、朧は囁く。

「……朧と言う名は源氏名です。」


 まつりが頷く。


「名は……」


 十郎太が顔を赤くして眺めている。


「夕月と申します。」


 その最後の一言にまつりは瞳を見開いた。


「……義姉です。」




 ひゅうぅ……。


 ひゅうぅ……。




 盲蜈蚣は斬る。


 立ち塞がる者。


 通過する者。


 逃げる者。


 全て。


 山のような死を積み上げて。


 奈落の如く赤い道を築いて。




 梅屋の暖簾から出る玄之丞。


 腰に下げる大小。


 月明かりに照らされる銀白髪。


 鷹のように鋭い眼を細め。


 一歩、また一歩と進む。


 辻に男が立っている。


 白羽織に金刺繍。

「……そろそろや思うてたわ。」


 腰に御物。

「ほな、行きまっか。」


 継ぎ目の無い金の煙管を燻らせる。

「ケリ、付けに。」


 玄之丞はちらりと眼を向け、歩を進める。


 榊も並んで歩き出す。


 玄之丞は煙管を取り出す。


 榊は一度だけ振り返り、言葉を置く。

「止めへんけど、死ぬで。」


 二人の後ろを剣士が歩く。


 腰には居合い刀。


 結んだ髪がさらさらと流れる渋柿色の袴。


 美しい顔立ちに凛とした瞳。


 首落としの椿は姿勢良く続く。




 暗い路地に何かが立っている。


 猿の面を被り、青白い肌。


 その四肢は獣のように鋭く、首には蛇が巻き付いている。


 濡れたような髪が、風もないのにゆらゆら揺れる。


 面を外すと蛇のように美しい顔立ち。


 椿が背筋を凍らせる。


 鵺はゆっくりと口を開く。

「刃よ……星宿は満ち、禍時は至りぬ。」


 榊の背に隠れ、椿はがたがた震える。


「人の血を啜り、命を屠り来しもおのがためなるべし。」


 玄之丞は煙管を燻らす。


 榊は振り向き、口角を上げる。


「されど、ゆめ忘るな。」


 椿は首を傾げ、耳を傾ける。


「魔道を斬らば、己が身もまた常世の闇に堕ち、人外の怪異と成り果てん。」


 椿は胸を撫で下ろす。


「ゆめゆめ、己が心を鬼に喰らはするな。」


 椿の顔に精気が戻る。


 音も無く、鵺は消えた。


「あの夜の者か。良い奴だな。」

 手を叩き、椿は微笑んだ。




 榊の氷の様に冷たい眼が椿の腰元に向く。


「なんだ?」

 椿は顔を向ける。


 榊が手を翳すと、薄水色の陣羽織が駆けて来た。


 暁衆は傅き、黒太刀を差し出す。


 黒太刀を手に取り、榊が手を下げる。


 暁衆は背を向け、駆け出す。


 椿は眉を下げる。

「ああ……それは……。」


 榊の口角が上がる。

「ほんまはあかんで。」


 榊は黒太刀を差し出す。


「うう……。」

 椿は顔をしかめて黒太刀を見詰める。

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