第六章 十三幕
玄之丞は深くため息を付く。
猪口を見詰め、暫し固まる。
遊郭を後にして数日。
朝も。
昼も。
夜も。
物陰から玄之丞を見詰める眼。
今も。
玄之丞は夕烏の外へと眼を向ける。
するとそいつはさっとどこかへ消えた。
「梅屋の旦那も大変ですね。」
夕烏を継いだ若女将は肴を置いた。
その隣で熊五郎が徳利を差し出す。
「熱く付けてくれ。」
若女将は笑顔で受け取り、奥へ。
熊五郎が呟く。
「ああいう手合いはぶん殴るのが手っ取り早いぞ。」
玄之丞が眉を寄せて眼を向ける。
頭を下げる禿と朧を思い出し、再びため息を付く。
「任せてる。」
呟いて猪口を煽る。
熊五郎は顎をさする。
「しかし、水守宿の朧って確かお前……。」
玄之丞は煙管を手に取る。
熊五郎も煙管を取り出す。
二人は煙を吐き出す。
「はい、お待ちです。」
熊五郎は受け取り、玄之丞の猪口と自分の猪口に注ぐ。
口に運び、遠くを見詰める。
「縁は巡る……か。因果な物だ。」
玄之丞も猪口を口に運ぶ。
「関係無え。」
後ろから声が聞こえた。
「女将さん、お替りお願いします。」
若女将は返事と共に席へ向かう。
「ごめんなさいねえ、相席にしちゃって。」
若女将が申し訳なさそうに徳利を運ぶ。
「いえいえ、お構いなく。」
朱手拭を巻いた医者がにこやかに返す。
「自分も構いませんよ、開店おめでとうございます。」
正太郎は徳利を受け取る。
「それにすいません、話聞いて貰っちゃって。」
向かいに座る朱手拭に酒を勧める。
朱手拭は猪口を差し出す。
「いいえ、私どもにはわからない世界なので興味深いです。」
玄之丞が煙を吐き出す。
ちらり、と熊五郎へ眼を向ける。
熊五郎は真っ直ぐに猪口を見詰めていた。
「受けねえぞ。」
玄之丞はぼそりと言い放つ。
熊五郎が頷く。
「識っている。」
若女将が新しい徳利を差し出す。
玄之丞が受け取り、熊五郎の猪口と自分の猪口に注ぐ。
熊五郎は俯く。
その手がゆっくりと握られる。
玄之丞へと向き直る。
「……。」
玄之丞は眼だけを向ける。
猪口を置いた熊五郎の眼は真っ直ぐに玄之丞を見詰める。
「役人としてでは無い。」
玄之丞は静かに見詰める。
「友として。」
熊五郎の握られた拳に血管が浮き出す。
「男、熊五郎個人の依頼として。」
頭を下げながら。
「引き受けては貰えないだろうか。」
玄之丞は瞳を伏せ、猪口を口に運ぶ。
後ろから何かを落とす音が聞こえた。
夕烏を後にする玄之丞。
前から歩いて来るのは仙蔵。
玄之丞はまっすぐ歩く。
仙蔵は道を譲り、静かに頭を下げた。
玄之丞は一瞬立ち止まり、きん、と鍔を押した。
その背を仙蔵は静かに見ていた。
そして……。
夕烏の暖簾を潜るとびくっと立ち止まる。
その横を熊五郎が歩いて去っていく。
ふうと息を吐くと、正太郎が固まっていた。
その向かいに座る朱手拭に眼をやり、仙蔵も固まった。




