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第六章 十一幕

 べん。


 朝霧が三味線を弾く。


 その旋律は細かく、やがて力強く。


 榊が膝を立て盃を口に運ぶ。


 反対の手は白羽織の袖の中で打根を握る。


 氷の様に冷たい眼が向く先には、男が座る。


 猫背の男は胡坐をかき、瞳を伏せ、盃を置いた。


 榊の口が開く。

「おどれ言うてる意味理解できとるんやろな。」


 三味線を弾く朝霧の肩が小さく震える。


 男は瞳を開く。


 その視線は眼の前の膳に向けられている。


「あないなもん好き勝手作って、手に負えへん言うて……。」

 榊は眉を顰めながら続ける。


「舐めとんやったらいてこましたるぞコラァ!」

 榊の盃が粗々しく膳に叩きつけられる。


 男は表情も無くゆっくりと顔を上げる。


 その瞳が榊を向く。


 榊は胸に手を当て動悸を抑える。

「ちぃ……。」


 べんっ……。


 朝霧は落とした撥を拾い、三味線を持ち直す。


 べん、べん、べん。


「お上の取り決めは絶対だ……。」

 男はゆっくりと立ち上がると榊を見下ろす。


「そのお上がしでかしたんやろが、ちゃうんか!ああ!?」

 榊は吠える。


 暗色の小袖姿の男は胸元へと手を差し込む。


「貴様には……労を掛けた。」

 印伝の銭入れを取り出すと、自分の居た膳に置く。


「いるかい阿呆が!」

 榊も立ち上がる。


 男は背を向け、足音も、鎖帷子の音も無くその場を後にした。


 朝霧は深く息を吐くと、額の汗を拭う。


 そっと立ち上がり、肩を震わせる榊の背に手を触れ、顔を寄せる。




 水守宿の個室料亭を後にする男。


 熊五郎が片膝を付き侍っていた。




 玄之丞は梅屋で白米を掻き込む少年を見詰めていた。


 椿は壁に立て掛けられた彼の刀に向かってずっと叫んでいる。


 まつりが熱く付けた燗を運んでくる。


 玄之丞の腰元で三吉が猪口を差し出す。


 玄之丞は頬を緩め、受け取った。


 銀二は店先で客と喋っている。


 玄之丞は再び少年に眼を向ける。


 ふう、と一息つき、少年はお椀を置いた。


 少年の瞳が玄之丞と交わる。


 少年は頬をあげて頭を下げた。


 玄之丞は口を開く。

「おい。」


 少年は笑顔で返す。

「はい、何でしょう。」


「おかわりは?」




 水守宿の宴会宿。


 男達は声を失い、ただ眺める。


 一人が隣の男に肘を当てる。

「お前、やるな。」


 肘を当てられた男は真っ直ぐに眼を向ける。


 その視線の先には。


 驚くほどに優雅に、見惚れる程に静謐に、盃を口に運ぶ……花魁。


「あの朧を身請けするってなあ、人生何回繰り返しやがった。」


 朧は手を開く。


 禿が煙管入れを開き、差し出す。


 朧は手首を柔らかく返し、手の甲を上に包み込むように持つ。


 指先がまっすぐに立つ。


 禿は速やかに葉を詰めた。


 ゆっくりと笹紅の乗った唇が、細い煙管の吸い口に触れる。


 男達は息を飲む。


 浅く……浅く……紫煙をそっと細く吐き出す。


 朧は男へゆっくりと視線を向ける。


 男は真っ直ぐな眼を向け、頷く。


 朧の口元が、笑みを返す。


 その瞳の涙ほくろが妖艶に光る。


 男達の視線が集まる中、朧が口を開く。

「……お断り致します。」


 朧は微笑む。


 そしてゆっくりと、座敷を後にした。

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