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第六章 九幕

 玄之丞と銀二に並び、椿が歩く。


 烏鳴の街に眼を向ければ、千歳屋の母娘。


 椿は眼を向ける。


 ふと娘と眼が合う。


 娘は椿の櫛に眼をやり、微笑む。


 椿も笑顔を返す。


 玄之丞は煙管を燻らせる。


 袖に手を入れ駆け寄ろうとする娘に銀二が首を振り、制す。


 銀二も笑顔を向けただけだった。


 煙草屋の角で老婆が猫を抱えて眠っていた。


 玄之丞は煙を吐き出す。


 その脇を駆け抜けたのは、二人の子供。


 仲良く手を繋ぎ、一度だけ振り向く。


 二人の背中を椿は微笑み、見送った。


 ふいに、銀二が空を見上げ呟く。

「あの日……あんたと組んで、俺は良かったと思うよ……はは。」


 椿が顔を向ける。


 玄之丞は瓢箪を口に運び、音を鳴らす。

「……金は溜まったのか?」


 銀二は煙管に火を寄せる。


 椿にちらりと眼を向け、外に向けて煙を吐く。


「ああ、もう少しで子供たちに居場所が作れる。」

 灰を捨て、新たに葉を詰めると玄之丞に渡した。


 玄之丞も受け取り、口に運ぶ。

 「そうか。」


 背後で椿は、満面の笑みで手に火種を持っていた。




 角を曲がる。


 小物屋の前で人だかりを見つけた。


 少年が浪人達に取り囲まれている。


「おい小僧、鞘当てってのは……喧嘩売ってんのと同じよ。」

 浪人は眉を顰める。


 別の浪人が顔を寄せる。

「随分物騒なもん下げてるじゃねぇか。」


 もう一人は顎に手を当てている。

「業物じゃねぇか、おい預かってやるよ。」


 玄之丞は眼を細める。


 少年の腰に差した打刀の鞘からはどす黒い妖気が立ち昇っている。


 まるで、周囲が歪むほどに……。


 椿が袖を引く。

「……なあ。」


 玄之丞は振り返らずに頷いた。


 銀二が首を傾げる。

「でも、あんな妖気出しながら全然……。」


 椿の頬を汗が伝う。

「それが不気味なんだ……。」




 それは、あまりに一瞬だった。


 少年が柄に手を重ねる。


 浪人が抜く。


 少年は、両の手で鞘と柄を握ったまま場を制した。


 浪人達が蹲る。


 椿が玄之丞の袖をぶんぶん振る。

「何だあれは、いつ斬ったのだ。」


 玄之丞は振り向かない。


 銀二が呟く。

「いや、彼は抜いてないよ。」


 振り返ると、銀二は表情を崩していた。


 玄之丞は顎に手を当て、少し引いた。




 少年は何事も無かった様に歩き出す。


 動けない浪人達の元に岡っ引きが駆けつける。


 正太郎が人混みを掻き分け声を張り上げる。


 遅れて、仙蔵が現れ煙管に火を寄せる。


 一瞬、玄之丞と仙蔵の視線が交差した。




 三人の前を、何食わぬ顔で少年は歩く。


 玄之丞は腰に下げた刀を見る。


 銀二が止める間もなく、椿が走り出した。

「凄いな、きみ。怖くなかったかい?」


 少年は少し戸惑い、首を振る。

「ああいうのは、良くあるんです。」


 椿は眉を下げる。

「そうか、難儀だな。」


 椿は不意に目線を下げる。


 少年の腰で打刀が静かにしている。


 妖気も出ていない。


 椿の視線を辿り、少年ははっと顔を上げる。

「え、お姉さん見えてたんですか?」


 椿は首を傾げる。

「隠す気あったのか?」


 少年はばつが悪そうに笑う。

「あはは、ちょっと取り憑かれちゃいまして。」




 それは直接、脳に響く。


 少年の声とは別の、声だった。

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