六幕
逢魔が時、烏鳴。
月は陰り、虫の音がせわしく鳴り響く。
夜道を歩く町人が皆道を開ける。
歩を進める不逞の輩。
高嶋屋を筆頭にその数、腕に覚え有りの十三人。
次の辻を曲がればその通りには……千歳屋……。
「何だてめえら!」
ごろつきの一人が怒鳴り声を上げる。
姿を現したのは二人の剣客。
片や、渋柿色の野袴。さらさらと、長い髪を束ね、凛とした瞳をまっすぐに向ける。
片や、白銀髪を束ねた藍羽織の男。ゆらゆらと、幽鬼のようなどす黒い殺気を纏わりつくように放つ。
「おい、こいつら……。」
男達は互いに目を合わせ、各々が柄に手を掛ける。
高嶋屋は一歩前に出て、声を張り上げる。
「……まさか、網代笠の下に、そんな金になりそうなものを隠してやがったとはな!首落としの!」
椿もまた、柄に手を掛ける。
「……否。我らは人に非ず。貴様ら外道を捌く両天秤の影法師。」
真っ直ぐに悪を見据えるその横顔に、玄之丞は一瞬だけ、眼をやる。
「只、斬って捨てて、通り過ぎるだけの夜嵐也。」
椿の体が深く沈む。
「この刀に臆するものは背を向け、走れ。命が惜しくないのならば——。」
玄之丞が重ねる。
「——抜け。」
闇夜に走る白刃の軌跡は、まさに荒れ狂う嵐そのものだった。
椿の剣閃は美しく、そして残酷なまでに正確だった。
振り下ろされた刃が、椿の顔を唐竹に割ろうとする刹那、椿の抜き打ちが男の頚椎の隙間を通り抜ける。
二の太刀、三の太刀、男どもの粗雑な太刀筋をひらりと躱しながら、椿の刀身は首元へと吸い込まれていく。
一方で、玄之丞は纏うどす黒い殺気そのままに、踏み込みの一歩で振りかぶる寸前の男を袈裟懸けに断つ。
背後から別の刃が振り下ろされるが、これを脇差で受け、振り返りざまに打刀で斬り裂く。
「ば、化け物め……!」
ほんの数瞬前まで、数で勝っていたはずのごろつきたちがいまや、一人、また一人と地面に転がっていく。
凄まじい速度で間引かれていく配下たちを前に、高嶋屋は腰を抜かし、泥まみれになりながら後ずさった。
静寂を取り戻しつつある路地裏で、渋柿色の野袴と、藍羽織の男。
二人の影が、生き残った獲物へとゆっくりと歩みを進める。
選りすぐりの部下達が悉く斬り捨てられていく。
残った部下の顔には、恐怖が張り付く。
「……悪夢だろ、こんなにもかよ。」
高嶋は言う事を聞かない手足を少しずつ、無理やりに、四つん這いのまま下がっていく。
「お、お頭、これを。」
ごろつきの一人が駆け寄り、震える手で呪符を手渡した。
それを握りしめて周りを見渡す。
死体が——十一。
四つん這いのまま呪符を地面に置き、その真上で高嶋屋は、震える掌に刃を押し当て、滑らせた。
——まるで、祈るように。
玄之丞は咄嗟に呪符を鷹のような眼で睨みつける。
血を吸い赤黒く染まる呪符に、——奉 緒方興成 急急使役——の文字が浮かび、静かに消えた。
高嶋屋は唇を震わせ、叫ぶ。
「畜生、畜生、もうどうにでもなれ……どうにでもなれってんだ!」
「……ちい!」
玄之丞は高嶋屋へ向け駆け出した。
しかし、高嶋屋は呪符を口に咥えたまま、掴んだ手でそのまま引き裂いた。
玄之丞はすぐに立ち止まり、二刀を構え直す。
異変を感じた椿も倣うように、刀を鞘に納め、柄を握り重心を落とす。
千切れた呪符を咥える口から、どす黒い血の糸が大量に噴き出した。
糸の一本一本が虚空を泳ぎ、周囲の壁、天井、地面へと凄まじい速度で張り巡らされていく。
一瞬にして辺りは、赤黒い、不気味な蜘蛛の巣の檻へと変貌した。
椿は冷汗が頬を伝うのを感じながら呟く。
「一体何の音だ、これは……。」
空間のあちこちから、複数が重なり合ったような、硬質な顎を鳴らす怪音が響く。
張り巡らされた血の糸の結節点から、じわりと濃厚な泥のような闇が染み出す。それが一箇所に集まり、ずるり、と這い出てきたのは、巨大な——異形の影。
同時に、周囲の空気が一気に腐臭を帯び、凄まじい妖気の圧が身体を圧迫する。




