五幕
烏鳴の町から離れた街道に佇む茶屋。
旅人達は一時の休息に、時折悪党共が密談に、町の人々は穏やかな休日を過ごしに訪れる。
涼しげな風と穏やかな日差しの中、白羽織に金刺繍の男——榊万来は名物草団子を片手に続きを話す。
「そいでな、儂は言うたったんや。」
キリっと目に力を込め——。
「構へんで。……ってや。」
そして涼しい顔で草団子を頬張る。
玄之丞は升を口に運ぶ。一息つき、「……で?」と返す。
榊は肩を竦め、升を手に取る。
「まあまあ、そんなこんなあったわけや。」
升を口に運び、ぐいと飲み干し、置く。
「……これ以上は無粋やな。」
立ち上がり、氷のような眼で玄之丞を見下ろした。
「これはよしみや。——好きにしたらええ。」
去り際に「ごっそさん」と言いながら封筒を投げ渡し、手をひらひらと去って行った。
玄之丞は空へ向けて深く煙を放つ。
玄之丞の升に、再び酒が並々と注がれる。給仕が下がり、草団子に手を伸ばす。
若葉のような香りに目を伏せ、ふと呟く。
「……下り藤……。」
——赤と……赤紫……。交差する奥、鉄のように無機質な眼をした、殿上眉の男——。
ふと気付けば、周囲の客が皆、席を移していた。
玄之丞は噛み締めた口元を隠すように、升を一息に開けた。
程なくして、岡っ引きの正太郎が茶屋に飛び込んできた。
「暁衆の頭取め、追い詰めたぞ!」
玄之丞は小さく顔をしかめ、すっと銭を給仕に渡す。
茶屋を後にすると、向かいから初老の岡っ引き。
仙蔵はすれ違う直前に一瞬、玄之丞に目をやり、茶屋の前で立ち止まった。
(……まさかあの時の旦那かよ、生きてやがったか……。)
仙蔵が震える手を隠して正太郎に追い付くその頃、梅屋。
千歳屋の娘が暖簾を潜った。
「あ!お姉さんいらっしゃい!」
まつりは娘の手を握り迎え入れる。
縁台に腰掛け、算盤を弾いていた銀二は、目線を優しく向ける。
「どうしたのかな?……支払いなら、全て解決してから、貰いに行った時でいいよ。」
「その節は、手付すら用意出来ず……申し訳ありません。」
娘は深々と頭を下げる。
「それでその……。代わりになるかはわかりませぬが……この間の、御馳走になったお礼もしたくて……。」
少し目を伏せてから、娘は風呂敷を広げた。
「……役に立つかはわかりませぬが。」
小振りに仕立て直され、喧嘩屋と刺繍された法被。小粋な懐紙入れ。頑丈な薬入れ袋。装いは質素だが作りの良い櫛。
そして……。
「この羽織はおっさんにだな、さては。」
手に取ったまつりが、にやにやと広げる。
「先日お侍さんが袖を通していた時に、何となく……その羽織が着て欲しそうに見えて……。」
娘は手のひらを胸元の前で振る。
「はは、いい見立てだねえ。ありがたく使わせてもらうよ。」
銀二は微笑みながら、置きっ放しの瓢箪を眺めた。




