第六章 五幕
長脇差が肩口でぐりぐりと動く。
夢千代は眼を見開き顔を寄せる。
「おうおうおう、どこまでも甘いじゃねえか!」
夢千代の目線が下がる。
玄之丞の足元に転がる、一本の薔薇。
夢千代の目線が再び上がり、玄之丞の目線と噛み合う。
玄之丞の瞳に映る夢千代の顔に皺が集まり、赤子の様に笑った。
「ひゃあっはっはっは!」
仰け反り嘲笑う夢千代。
「避けたから斬れなかった!踏めなかったから斬られたんだ!」
玄之丞の脇差が喉元に迫る。
「甘いから何も守れねえんだ!」
夢千代はさらに半身になりながら顔を近づけこれを躱す。
「父親も!」
大小を防いだ赤鞘から手を離し足で支える。
「ダチも!」
玄之丞の顎に拳を叩き込む。
「女も!」
同時に肩口に突き刺していた長脇差を抜き、振りかぶった。
「関係無い奴も!」
玄之丞は打刀で受け、脇差で横一文字に薙ぐ。
夢千代は宙返りして距離を開けた。
「全部奪ってやるよ……全部なぁ!」
地に足をつける直前、間合いを詰めた玄之丞の打刀が粗く振り下ろされる。
これを長脇差で受けた夢千代はそのまま捌き、その背を刃で擦る。
「ひっひっひ……十年前の芸者。」
踏みとどまる玄之丞。
「あれもいい貌で哭いたなあ!」
銀白髪の瞳は……。
猛禽類の如く見開かれていた。
玄之丞は振り下ろす。
「終わりじゃねぇ!」
斬り上げる。
「喰い足りねぇ!」
突く。
「まだまだ足りねぇ!」
ただ速く。
「お前のよぉ!」
より強く。
「家族!」
だが……粗い。
「鬼のちびも!」
粗いのだ。
「優男も!」
手足が千切れる程に。
「手拭いもぉ!」
……それは既に剣術では無かった。
置かれた箱が形を失う。
「全部奪ってやる!」
長屋に風穴が空く。
「先代から含めたお前に関わった者全て!」
店の暖簾が真っ二に別れる。
「俺の邪魔した奴ぁ全て!」
町人に掠る。
「てめえの親父と同罪だぁ!」
ざわ。
玄之丞の肩が震える。
奥歯を噛み締める音が鳴り響く。
柄がみしみしと鳴く。
玄之丞の顔が……般若の如く……。
「俺を見ろ!げんのじょお!」
声が聞こえた。
玄之丞は眼をやり、顔を向ける。
そして、表情を緩めた。
猛禽類の如き瞳は納まり、小さく口角が上がる。
夢千代も振り返る。
その奥歯がぎりりと鳴った。
駆けつけて来た鬼の子は……。
十五夜の月に照らされ……。
まるで天女のように、玄之丞を見詰めていた。




