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第六章 四幕

 時は遡り、奉行所。


 腕を組み座る熊五郎は、片眉を上げて平問を見詰める。


 吟味方は困惑した顔で人相書きと下手人を照らし合わせている。


 与力が熊五郎のすぐ後ろに立ち、首を傾げる。

「なんで自分から……。」


 与力の呟きに熊五郎は眼を細める。


 吟味方が口を開く。

「この……首落としの椿は自分で間違いない、と?」


 椿は姿勢よく座り、真っ直ぐな瞳を吟味方に向けている。


「だからそう言っている。」

 椿はうんうんと、瞳を閉じて頷く。


 吟味方は首を傾げる。

「ううん、目元が違うような……。」


 椿が身を乗り出し、瞳を大きく指差す。

「よく見ろ、私で間違いないだろう!」


 吟味方の眉が下がる。

「いや、それならそれでいいんだけど。」


 椿は再び頷く。


 そして外に座る目付支配にちらりと眼を向ける。


 吟味方が声を落とし、口を開く。


 その一言に、椿は眼と口を見開いた。


「じゃあ君、打ち首だよ。」


 熊五郎は肩を竦め、与力から人相書きを受け取る。


 そこには斬裂屋と奪屋が描かれていた……。



 

「抜け。」

 低い声が再び響いた。


 赤羽織——天海夢千代は両手を頭の後ろに上げる。


 顔中の皺が集まり、赤子のような笑みを深めて。


 その肩が小さく上下し、次第に大きくなる。


「ひ……ひ……ひひひ。」

 裏返ったような声で笑い声が漏れた。


「ひゃあっはっはっは!」

 夢千代は手を左右に大きく広げながら振り返った。


 その顔は夜空へ向いている。

「甘え、甘すぎるぞ坊や!」


 笑い声とかけ離れたどす黒い声を発しながら、夢千代の顔が真っ直ぐと向き直る。


 鉤鼻に口角の上がった口、力強い眉。


 高く束ねた髪は羽織の如く赤みを帯びている。


 爛々と見開かれた瞳に映るは銀白髪の斬裂屋。


「丸腰は斬れねえかい。そうかい。」

 夢千代の顔が斜め下から玄之丞を覗き込む。


「斬るのが正解だったんだよぉっ!後ろからばっさりなぁ!」


 玄之丞は眼を細める。


「どんだけ取り繕ってもなぁっ!」

 夢千代の手が長脇差の柄に伸びる。


 玄之丞は夢千代を静かに見詰める。


「俺たちゃ金で人斬っておまんま喰ってる!」


 夢千代が抜いたその刹那、玄之丞は打刀を振り下ろす。


 しかし。


 その剣閃は空を斬った。


 半歩下がって距離を開けた夢千代が持っていたのは、刀では無く一本の薔薇。


 高瀬の花屋に居た看板娘が一瞬、脳裏をよぎる。


「それが……それだけが。」


 玄之丞はさらに踏み込み、斬り上げる。


 その胸を、夢千代の長脇差が通り抜ける。

「真実、だろ?坊や。」


 よろける玄之丞の雪駄の下へと、薔薇が投げ付けられた。


 玄之丞の足がよろける。


 肩口に傷が開いた。


 玄之丞の大小が交差し、開く。


 これを夢千代の大鍔の赤鞘が阻む。


 同時に、夢千代の長脇差が玄之丞の左肩に突き刺さった。




 人相書きを並べ、眉を寄せる熊五郎。


 与力が口を開く。

「この奪屋、巷では赤羽織と呼ばれてますが、実際、腕っぷしはどうなんですか?」


 熊五郎は眼を細め、呟く。

「わからぬ。"誰も刃を交えた事が無い"のだ。」


 与力が顔を強張らせる。

「十年前に前任の定町廻りが相対したと噂が……。」


 熊五郎は首を振る。

「あの時ばかりは奴も本気で追った。」


 そして小さく息を吐く。

「まるで煙の様に消えたのだ。」


 その眼には何かが揺らいでいた。


(道雪を……刺して。)


 その言葉を飲み込み、熊五郎は再び平問に眼を向ける。


 そこにはさっき以上に困り顔の吟味方と、肩を落とし絶望する首落とし……を名乗る女。


 熊五郎は徐に立ち上がると、声を張る。

「もうよい。そやつを帰せ。」


 熊五郎は背を向けて歩き出した。


 吟味方が振り向く。


 与力が代わりに口を開く。

「人相書きの罪人が自分から来るわけないだろう。」


 椿はうなだれたまま首を傾げた。

「???」

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