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第五章 焼野の月 五幕

 魚籠を背負った玄之丞が氷雨の家に走る。


 振り返ると籠を抱えた道雪が追い付く。


 魚籠には魚が、籠には海老が詰まっている。


 道雪の緋色の瞳が悪戯に笑う。


 玄之丞も一緒に笑う。


 二人は後ろから走ってくる熊五郎に遅いと囃し立てる。



 

 氷雨の門から二人の男が歩いて出てくる。


 否……三人。


 一人は無月。


 一人は片目を眼帯で覆った緋色の瞳の男。


 その二人が、もう一人に深々と頭を下げて見送った。


 その男は、足音も立てずに立ち去る間際、一瞬だけ瞳の奥で子供達を見た。


「俺知ってるぜ。」

 道雪が玄之丞へ耳打ちをした。


「はんぞーって人だ。」


 そんな男の後ろ姿を、熊五郎は呆然と見送っていた。


 眼帯の男が笑顔で手招きをしている。


「父上!沢山採れました!皆で焼いて食べましょう!」

 駆け寄っていく道雪。


 玄之丞は熊五郎の耳を引いて道雪に続く。




 庭に薪を組み、火を点ける。


 串に刺した魚や海老、根菜を火に掛ける。


「ほお……外で、というのは斬新な調理方法だな。」

 眼帯の男は玄之丞を眺めて頷く。


 玄之丞は男の緋色の瞳を見詰める。


 視線に気付くと眼帯の男は微笑み、掌で眼を隠す。

「あまり凝視するものではないぞ。」


 言いながら隠していた掌を退ける。

「昔の事など、思い出したくないだろう?」


 魚を齧りながら道雪が口を挟む。

「眼の力を制御出来てこそ、氷雨の男子なんだよ。」


 道雪は玄之丞へ笑顔を向ける。


「俺も無月様に鍛えてもらったからこの通り。」

 自身の瞳を指差す。


 玄之丞はその美しい緋色の瞳を見詰めていた。




 その日、無月が玄之丞の寝息を聞いてから、外に出ていった。


 玄之丞は細目でその背中を見ていた。




 高瀬の郊外で、その男は瞳を閉じ、ゆらゆらと佇んでいた。


 足元には倒れた呉服屋の店主。


 その手に握られた太刀の刀身は、漆のように黒く染まっていた。


 柄に手を掛ける無月。

「お前さん……その刀に取り憑かれちまってんな。」


 奥歯を鳴らし、重心を落とす。


 男はゆっくりと太刀を構えた。


「いや、違うな。」

 無月はじりじりと間合いを測る。


「まだ何か隠してる……だろ?」


 二人の剣先が交わるその刹那、男が斬りかかる。


 無月は体裁きでこれを交わし、横薙ぎに一閃。


 男の返す刀が無月の刀と交わる……。


 しかし黒太刀は無月の刀身をすり抜け、その体に傷を与えた。


「ちい、そういう手合いかい!」

 無月は咄嗟に距離を取る。


 しかし男はゆっくりと距離を詰め、その閉じた瞳を開く。




「夕顔……?」

 緋色の瞳を見た無月が肩を震わせる。


 男が黒太刀を振りかぶる。


 皮一枚裂かせて何とか躱したが、その眼に飛び込んできたのは……。


 大粒の涙を流しながら立ち竦む玄之丞の姿だった。


 玄之丞の脳裏に無月と出会う前までの全てが映し出される。


 咄嗟に玄之丞へ駆け寄り、抱き締める無月。


 玄之丞ははっと目を覚ます。


 その幼い瞳に写ったものは……。




 三度、黒太刀が深く沈みゆく無月の背だった。




 男はゆらゆらと、何処へともなく歩いて行く。


 その背を睨み、拳を握り締める。


 駆け出そうとするも、自分を抱き締める無月を再度見詰める。


 息もか細く、赤に染まる体を玄之丞も抱き締める。


 ただ、抱き締める。


 強く、強く、抱き締める。


 そして、無月は事切れた。




 玄之丞は泣いた。


 ただただ泣いた。




 月と忍装束が、彼の最後の涙を見届けた……

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