第五章 焼野の月 六幕
月はまた昇る。
夜風が頬を撫でる。
かんかんかん、と警鐘が鳴らされる。
花屋の看板娘が足早に帰路に着く、その頭上で―――。
屋根を飛び越え闇を裂き、薄水色の陣羽織が二つ駆けて行く。
その手に握られた、水守宿の商人の金子。
彼らはそれを辻に撒いた。
警鐘を聞き付け、辻に集まる町人達は誰もがみすぼらしい。
町人達は嬉々として金子を拾い集めていく。
「ありがたやありがたや。」
「これでおまんまにありつける。」
「月影衆に感謝だあ。」
人々は月に向けて拝み、頭を下げ、家路に着く。
氷雨の屋敷で青年が二人。
薄水色の陣羽織を脱ぎ、顔の前でお互いの手を叩く。
狐の面を外した男は、無造作に束ねた黒髪に、鷹のような鋭い目付きをしている。
翁の面を外した男は、雲丹のような癖毛を切り揃え、緋色の瞳をしている。
緋色の瞳の男は笑顔で話し掛ける。
「今日も大量だったな。飲みに行くか、玄之丞。」
玄之丞は静かに答える。
「ああ。行くか、道雪。」
役人が下っ引を連れて酒屋に入る。
客達は一様に二人を注視すると、ざわめき、やがて収まる。
「さすが旦那。何処でも目立ちますね。」
氷の様な冷たい眼で、奥の席に座る客を見詰める役人。
客の一人が視線に気付き、もう一人に耳打ちする。
「定町廻りだ。」
「おお、くわばらくわばら。」
客の二人が席を譲り、別の席へ移動する。
当然のように空いた席に座り、定町廻りは顎を動かす。
「……仙蔵。」
言われて仙蔵は振り返り、座敷に座る二人組の客に目を向ける。
「へえ、あの目付きの悪い二人が何か?」
定町廻りは口元を小さく上げる。
「あの顔よお覚えときや。」
首を傾げる仙蔵。
定町廻りは打根を一本取り出し、刃先を机に当てる。
「この街を楽しいしてくれそうな顔やろ。」
打根を支えていた手を離す。
打根は少し、自立してすぐ倒れた。
仙蔵はその残忍な笑みを眺めていた。
座敷で酒と肴を並べる玄之丞と道雪。
道雪は猪口を煽ると、懐から煙管を取り出す。
玄之丞は漬物を口に運ぶ。
「そういえば玄之丞は煙管やらないな。」
猪口を煽り、静かに答える玄之丞。
「良くわからねえし、嵩張るだけだろ。」
道雪が煙を吐き出す。
「そうか、無月様もやらなかったもんな。」
「ああ。」
玄之丞は焼き魚に箸を伸ばす。
「お前のとこは雪真さんがばかばか吸うよな。」
肩を竦ませる道雪。
「そうなんだよ、武家の嗜みなんだと。」
二人はお互いに手酌をする。
道雪が呟いた。
「強くなろうぜ、玄之丞。あの人達よりもっと上にだ。」
玄之丞は少し、猪口を見詰め。
「酔ってんのかてめえ。」
言葉と一緒に飲み込んだ。
道雪は笑う。
「ああ、かもしれねえ。」
玄之丞も口元を緩める。
「ああ。強く……誰よりもだ。」




