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第五章 焼野の月 二幕

 馬が嘶き、怒声が響く。

 山賊の集落に矢が降り注ぐ。

 一緒に薪を運んだ子供達が、あれだけ強かった大人達が、成すすべなく死んでいく。

 腕を斬り飛ばされ、足を斬り落とされ、それでも足掻く背中に容赦無く矢が突き刺さる。

 その様子を、木陰から見つめていた。

 公家の衣装を纏った少年が、山賊達を撫で切りにしていく姿を。

 彼の紅を引いた口元に張り付く、薄ら笑いを。

 その両手に持つ、二振りの大太刀を。

 一振りの刀身は血のような鮮やかな赤色に輝き、もう一振りは深い紫に輝いていた。

 刀を振るう度、赤と紫の光の筋が交錯する。

 阿鼻叫喚の地獄の中で、その二振りの刀は妖しく、そして美しくもあった。

 夜の闇がまるで、刀に吸い込まれていくような……。

 恐怖に身を震わせながらも見惚れていると一瞬……眼と目が合った気がした。

 全身を寒気が襲う。

 刀を振り下ろした後、少年の顔だけがゆっくりと向きを変える。

 続いて肩、胸、腰がゆっくりと動く。

 一切の毛髪がない、白塗りの顔に、ただある鉄の様な眼。

「!」

 不意に腕を引いたのは新之丞だった。

「おい、逃げるぞ。」

 新之丞のもう片方の手には、どこで拾ったのか刀が握られていた。


 新之丞に手を引かれるまま、二人は山道を走る。

 怒声と蹄の音が聞こえる。

 息が切れる。

 どちらかが転んでは起こし、ただ走る。

 草か、果たして枝か、体中に傷を負った。

 蹄の音が近付く。

 風を切る音がして刹那、左肩を激痛が駆け抜けた。

 頬を掠めて走る先にも矢が刺さる。

 繋いだ手が離れる。

「先に行け!」

 思わず振り返ると、新之丞の叫び声が木霊する。

 新之丞は両手で構えて公家の男たちに向き合っていた。

 少年は走る。

 まるで行き先が決まっているかのように真っ直ぐ走る。


 洞窟にはいつもの子供が居た。

 子供は相変わらず洞窟の外に出ようとしない。

 ただ、首を振って手を振る。

「外の世界には……行けないよ。」

 子供の肩に手を掛ける。

「俺が守るんだ。」

 少年の声が、枯れている。

「俺が一番強くなるから、俺がお前も守るんだ。」

 必死で走ってきたから、息が荒い。

 子供は困ったような、悲しそうな表情で笑って、袖から首飾りを取り出した。

 そして、少年に首飾りを掛けた。紐を通した若葉色の勾玉。

 自分の胸が苦しいと騒ぐ。

「僕は、玄蔵。」

 この感情が何かわからない。ただ全身が震える。

 玄蔵は説くように囁く。

「ずっと一緒。」

 さっきよりも左肩が痛む。肘から先の感覚が鈍い。

 玄蔵は続ける。

「忘れないから。」

 少年は目を閉じる。

 ……新之丞の顔が浮かぶ……。

「だからまた、ね?」

 そして玄蔵は最後にもう一度笑った。

 だから彼も笑って見せた。

「ああ、またな……。」

「おい、見つけたぞ!」

 公家の男たちが目の前まで迫っていた。

「餓鬼が、手古摺らせやがって……。」

 手前の男達は刀を抜く。奥の男達は弓を構える。

 少年の背後で、玄蔵が両の掌を重ねると、いつもよりも気配が薄くなる。

 玄蔵の手のひらから緑色の光が発せられる。

 それに応えるように、一本の茜羽の矢が公家の男達の足元に突き刺さった。

「この矢は……。」

 公家の男たちは狼狽えている。

「俺は絶対に、探し出すから!」

 少年は絞り出すように呟き、この機を逃さず走り出した。

 走りながら、肩に刺さっていた矢を引き抜いた。

 走りながら、泣いた。

 夜通し叫び、走った。

 日が差し始めていることに気づいたのは、山を抜けてからだった。


 精も根も尽き果てた少年は、道に出るなり力無く倒れこむ。

 こんなにも無力だった。

 誰も助けられなかった。

 一人では逃げ切ることも出来なかった。

 そんな悔しさが動けない体を襲う。

 自分自身を恨み、呪い、口惜しさと痛みで震える体を、誰かが持ち上げた。

 そのまま抱き抱えられたと同時に、少年は意識を手放した。

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