第四章 終幕
送り火の香りに包まれる烏鳴。
酒屋、夕烏の前で足を止める玄之丞。
いつも笑顔で迎える女将の姿は、もう無い。
榊は煙管に火を付ける。
「赤羽織らしいで。」
玄之丞の銀白髪が一瞬逆立ったのを横目に、榊は続ける。
「氷雨の眼やけど、預かっとくで。」
玄之丞は静かに呟く。
「……ああ。頼む。」
榊の氷の様な眼が、向こうから走ってくる鬼の子を捉える。
「旦那にはもう、帰るとこあるんやな。」
榊は小さく口角を上げると、表情を引き締め囁く。
「盲蜈蚣……わしらは不鳴、呼んでたわ。」
玄之丞の瞳が見開かれる。
「乙号の報告書は渡してあるやんな?」
玄之丞は小さく頷く。
「わしに出来るんはここまでや。あとはよしみやで好きにしたらええ。」
榊は振り返り、手をひらひらと去っていった。
まつりは夕烏へ目を向けるのを避けるように、玄之丞へ煙管を渡す。
玄之丞は小さく口許を上げると、まつりの頭を撫でる。
そして、烏鳴を後にした。
石見守邸。
その庭園で熊五郎は傅く。
その向かいには、気配を感じさせない男。
「大頭、其は誠にございますか。」
熊五郎の問いに、石見守の大頭は頷く。
「あれはあまりにも眼に余る、との御達しだ。」
熊五郎は息を深く吐く。
「ですが、あまりに危険と存じ上げます。」
石見守の大頭は熊五郎を睨み付ける。
動悸が止まらない。
冷や汗が止めどなく流れる。
「其方の憂いは間違っていない。」
石見守は目線を外し、遠くを見詰める。
「だがお上のお取り決めは絶対成。」
「さて、何からお話致しましょうか……。」
朝霧は煙管を咥えると火を付けた。
繊細で柔らかな香りが座敷を包む。
静かに灰を落とし、丁寧に懐紙で拭くと、脇にそっと置く。
「私の識りうる限りではありますが。」
三味線を膝に置き、鈸を手に取る朝霧を、椿はじっと見詰めていた。
「これは、斬裂屋と呼ばれる銀白髪の男の……。」
三味線が耳障り良く鳴らされる。
「……数奇な人生の御話し。」
べん、と三味線は歌い始める……。
高瀬の墓場から奥へと離れた山。
遠い昔、藤原の若当主が元服の祝いに鷹狩りを行ったその山の麓に、小さな家が形を残していた。
玄之丞は畳の上で胡座をかく。
大小が膝の前に並べられている。
胸元からそっと、赤銅の煙管を取り出す。
上品で甘い香りが立ち込める。
見詰める先には位牌。
白峰無月之霊位。
玄之丞は瓢箪を口に運び、差し出すように胸の前に突き出す。
そして。
ゆっくりと瞳を閉じる……。
梅屋始末帳 第四章 完




