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第四章 八幕

「我が御手から逃れしこと、塵芥の身なればこそ愛きものよ。」

 少しだけ振り向き、白法衣が口を開く。


 榊は応えるように重心を落とす。


 続けて、白法衣は玄之丞を見る。


「いま一匹の者よ。その醜き五体で今の威光をよくぞ凌いだものよ。」


 膝を付いた姿勢から立ち上がり、玄之丞は二刀を構える。


「これならば、我が尽きぬ徒然を、もう暫しは慰められそうなり。」

 白法衣の錫杖が光と共に形状を変える。


 椿は歯を噛み締める。

「……金剛杵だと?」


 榊の眼がちらりと椿へ向く。


「じゃあ、この者はまさか……たい——。」


「——あかんで。」

 榊は氷のような眼を再び白法衣へと向ける。

「……言霊や。」

 

 白法衣は空で胡坐をかいたまま玄之丞の二刀を捌く。


 光の筋が走る。


 玄之丞は皮一枚躱し、振り下ろす。


 打根が白法衣へ向けて射出される。


 椿も続く。


 金剛杵から数多の雷が放たれる。




 門を守る兵士は、鳴りやまない雷鳴と地響きに逃げ出したくなる気持ちを必死で抑えていた。


 だが、眼の前からゆっくりと歩いてくる公家からも目が離せない。


 言い表せない不安に、腰が砕けそうになるのを、なんとか堪えていた。


 不意に定道が立ち止まる。


 具足の男達が刀床をその前に運ぶ。


 そして、藤原の兵たちが前進を始めた。


 定道の手が優雅に空を指す。


 門の内側で、城代は刀を抜いた。


 城を守る兵たちに緊張が走る。


 静かに、喝采も無く、城に向けて滝の様に矢が撃ち込まれる。



 

 白法衣が金剛杵を振るう。


 玄之丞は何度も雷に打たれながら、二刀を振る。


 榊が袖を翻す度に打根は白法衣目掛け飛び交う。


 椿の剣閃が白法衣の喉元を狙う。


 白法衣の表情は嬉々として崩れない。


 そして、玄之丞が膝を着いた刹那。


 激しく空を裂く音と共に白法衣の手が顔の前で握られた。


 その手には、茜羽の矢が握られていた。


 その一瞬を付き、玄之丞が打刀を斬り上げる。


 玄之丞の放った渾身の一撃は、白法衣の衣をわずかに切り裂き、その肉体に浅い「一太刀」を刻みつけた。


 白法衣が、初めて目を見開く。

「人の紡ぎし鉄が我に触れるか……。」


 胡坐をかいたまま、空高く昇る白法衣。


 玄之丞が握る刀の刀身に、白法衣の視線が注がれた。

「……よかろう、その一撃、万死に値する誉れと知れ、人斬りよ。されど、その不浄なる刃、よもや人のみを損なうものと思うこと勿れ。神をも恐れぬその不遜なる魂魄を、我が呪の鎖にて未来劫劫縛り上げてくれよう。」


 凍てつくような高音が響く。


 玄之丞は思わず二刀を落とす。


 地の上で二刀から煙が上がっていた。


「……然し此度は些か……愉しめた。」

 続いて白法衣は右の掌を開く。


 椿の上空から漆の様な黒い刀身の太刀が降ってきて、足元に突き刺さる。


 榊の上空から二つの玉が降ってくる。


 榊は一瞬目を細め、はっと見開くと、手を手繰りその二つの玉を大切に掌に納めた。


 高笑いと共に雷鳴が鳴り響き、白法衣はしゃりんという鈴の音と共に消えた。



 

 茫然と眺めていた椿は、はっと朝霧へと眼を向ける。


 宙に浮いている朝霧の体がゆっくりと榊の腕の中に納まる。


 椿は眼を擦る。

「え?」


 玄之丞はゆっくりと二刀を拾うと、城に向けて歩き始めた。


 その肩を椿の手がしっかと握る。


 玄之丞が振り返る。


 椿の眼に力が籠る。


「……。」


「……せめて一個でもいいから説明してくれ。」


 榊がため息を吐きながら肩を竦ませる。

「……糸や。」


「……何が!」

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