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第四章 三幕

 星が瞬く烏鳴を玄之丞と朝霧が歩く。


 玄之丞の歩幅は常より少し、小さい。


 その三歩後ろには椿。


 椿は鞘に指を掛け、辺りを見渡しながら歩く。


 朝霧が口を開く。

「あの子は……きっと……。」


 玄之丞は月を眺める。

 ——せめて、貴方の手で——。

「……。」


 玄之丞の眼が、路傍の花に留まる。

「……さあな。」


 玄之丞の瓢箪が口元に運ばれる。


 そしてそっと、朝霧に渡される。


 朝霧も静かに口元に運ぶ。


 椿は眼を丸くして二人を見ていた……。




 しゃりんと鈴の音が響く。


 白の法衣が男を眺める。


 左膝は腰元で垂れ下がり、膝の上には右の踵が乗せられている。


 まるで座っているかのような姿勢で、膝上に肘を付き、ただ淡々と弓を引く男を見下ろしている。


 その斜め下の地面を、殿上眉の男が歩く。


 背筋を伸ばし、優雅に。


 弓を引く手を休めずに、男は口を開く。

「如何致しました?」


 殿上眉の男は弓の男の後方で立ち止まり、鉄のような眼も向けず、呟く。

「水守の。」


 弓の男は手を休めない。


 殿上眉の男は続ける。

「不要。」


 弓の男は顔を向けない。


 ただ奥歯をぎりと鳴らして一言。

 「左様で。」


 殿上眉の男は首、肩、腰と精密に向きを変え、姿勢良く去っていく。


 その気配が過ぎるのを待ち、弓の男は再度、奥歯をぎりりと鳴らす。


 白の法衣は口元を緩めた。




 高瀬の宿。


 熊五郎は書簡を並べ、腕を組む。


 眉間に深い皺を寄せ、ただ文字を睨みつける。


 襖を隔て、小人目付が声を掛ける。

「失礼致します。」


「入れ。」


 小人目付から文を受け取る熊五郎。


「これが緒方の屋敷から。それと……。」

 小人目付は周囲を見回し、耳打ちをする。


「烏鳴からの岡っ引きの話ですが……。」


 小人目付が部屋を去り、襖が閉まる。


 熊五郎は静かに腕を振り上げ、机に叩き込む。


 その体は小刻みに震えていた。

「天海夢千代……。」


 熊五郎の米噛みが震える。


 真二つに割れた机からはらりと文が落ちる。


 乙号封鎖区……盲蜈蚣……成果報告也。




 水守宿の旅館、二階の寝室で朝霧は横になり、窓から覗く月を見つめる。


 その傍らで椿は膝を抱え、刀を抱きしめ窓の下を眺める。


 其処には、人と影。


 銀白髪は煙管をくゆらせる。


 影の首に巻き付く蛇は、その舌をちろちろと覗かせて周囲を見回している。


 椿は瞳を擦る。


 「まなこを閉づれども、払ひやらぬ古の業、すでに真近に迫りぬ。」

 その渇いた悍ましい声に背筋が震える。


 「されど、ゆめゆめ心せよ。」


 刀を抱きしめる手に力が籠る。


 「あなかしこ、人にてなむ在り続け、人の身をなむ保つべき……。」


 「……!!」

 何かに引かれた気がして朝霧が眼を向けると、椿は今にも泣きそうな顔で袖を掴んでいた。



 

 水守宿へ向かう街道を籠が走る。


 周囲を屈強な武士が囲み、ただ黙々と。


 川を挟んで向こう岸、一基の騎馬が並走する。


 騎乗の男は弓を番え、静かに茜羽の矢を放つ。

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