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第四章 二幕

 水守宿の個室料亭。


 榊万来は盃を口に運び、氷のように冷たい眼を遠くへ向ける。

「御門の若君が突然何の用や思うたら……しょうもな。」


 朝霧は表情を崩さず、酌をする。

「湧水の旦那が藤原殿に付くと仰られていたのが面白く無かったのでしょう。」


 榊は懐から打根を一本取り出し、眺める。

「今の天領は張りつめ合っとる。」


 その切先に指を添える。

「せやから異物が入ると簡単に……。」


 切先に添えられた指を滑らせる。


 盃に満たされた酒に赤が混ざる。


 榊の口角が上がる。


 朝霧は榊の指にそっと触れ、口元に運ぶ。


「おもろいやんけ……。」


 朝霧が手を叩くと、薄灰色の野羽織が新しい盃を持ってきた。


 朝霧が酒を注ぐその盃の下には、文が敷かれている。


 榊は文を取ると、朝霧に渡す。


 朝霧は文を開き、青ざめた。

「嘘でしょう……。」


 肩がわなわなと震える。


 榊は瞳だけを朝霧に向け、盃を煽る。

「ワシも旦那も……そろそろケリ付けなあかんわな……。」



 

 程なくして障子を突き破り、薄灰色の野羽織が飛び込んで来る。


「何事ですか!騒々しい!」

 朝霧が立ち上がる。


 榊はゆっくりと盃を持ち上げる。


 左手は……腰へ。


 薄灰色の野羽織がもう一人、投げ込まれた。


 榊は眼を細める。


 廊下の奥から、しゃりんと鈴の音が近付いてくる……。




 華やいだ大饗料理の並ぶ部屋から外れ、質素だが趣のある部屋で男は明かりも付けずに膳と向き合う。


 高坏の上に、米と漬物、汁物と煮物と焼き魚が乗せられている。


 男は優雅に、だが静かに箸を動かす。


 月明かりに照らされる窓から入り込んできたのは一匹の蛇。


 蛇は下を這わせ、男の背後にゆっくりと近づく。


 男は箸を置き、鉄のような眼を前に向けたまま、蛇を掴む。


 男は手で蛇を引きちぎると、紅を引いた口へ運ぶ。


 その頭髪の無い後ろ姿を眺める男は、静かに口を開いた。

「あの様な事、いつまで続けるおつもりですか。」


 殿上眉の男の喉が鳴る。


 その顔が、絡繰りの様にゆっくりと振り向く。

「何が。」


 男は整った顔立ちを歪め、殿上眉の男を睨む。

「あれは……鷹狩に非ず。若殿は怪我をする手前でした。」


「須王。」

 殿上眉の男は首を傾げる。

「其が何か。」


 須王は肩を震わせ、背を向けると、噛み締めるように呟く。

「怪物め……。」




 烏鳴、梅屋の暖簾を荒々しく潜る女。


 まつりは振り返り、迎え入れる。

「いらっしゃいませ、お客さんですか?」


 女は息を切らせ、顔を上げる。

「急ぎ、玄之丞様をお呼び頂けますか?」


 銀二は眼を細める。

「穏やかじゃなさそうだね?」


 三吉がぱたぱたとお茶を運んでくる。


 銀二は椿に眼を向ける。


 椿は頷くと、女の脇を抜けて外へと走り出していった。


 その背を見送り、再び女に眼を向ける。


 女は胸に手を当て息を整える。


 帯を背中に結んだ、小袖の女は口を開く。

「……私、朝霧と申します。」

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