第三章 終幕
水守宿の個室料亭。
白羽織の男は三味線を弾く芸者の膝に頭を乗せ、煙管をふかす。
「せやけど……狐狩りで緒方の旦那がもし、ぽっくり行ってもうたら?」
煙を眺める。
膳を挟んで向かいに腰掛ける、扇子の男は盃を口に運ぶ。
「ありえないでしょう。あの用心棒の刀。そして眼は……ねえ?」
榊万来は芸者に煙管を渡す。
芸者はその灰を静かに落とす。
「ああ、氷雨の眼やっけな……。」
煙管を拭く芸者の手が、一瞬止まる。
そして葉を詰める。
湧水堂伝右衛門の傍に控えていた芸者が酌をする。
榊の氷のように冷たい眼が、ひと時、遠くを見詰める。
芸者から煙管を受け取り、口に運ぶ。
芸者は火種を持って行く。
「伝右衛門……あんたはどっちに付く?」
煙と共に、ふっと零れた榊の問いに、伝右衛門は盃を煽る。
そして口元で扇子を広げる。
下り藤のような蛇の家紋が描かれた、扇子を。
「せやろな……。」
榊の口元が歪む。
「その方が……楽しいやろな?朝霧。」
芸者はゆっくりと、盃を口に運ぶ。
街道。
高瀬に向けて籠が走る。
その先頭には御用の提灯を持った中間。
籠の後ろには、二人の小人目付。
さらにその外を、同心が固めている。
籠の中の男は——目付支配、熊五郎。
同じ頃、高瀬の街。
新兵衛を肩に担ぎ、玄之丞は歩く。
「いやあ、ちょっと恥ずかしいなあ……。」
新兵衛は決まり悪そうに頬を掻く。
硝之介は玄之丞の刀から、高瀬の街の一区画へと目線を移す。
その視線を辿り、お玉は口を開く。
「もうあのお屋敷にはおらんばい。何年も前に街ば出ていったけんね。」
硝之介は瞳を閉じ、頷く。
「そうか。ならば、いずれ……何処かで。」
玄之丞も小さく頷く。
お玉は玄之丞の胸元の勾玉を見詰め、玄之丞の顔を見詰める。
そして、首を傾げる。
玄之丞は煙管を取り出しながら眼だけを向ける。
「白妙姉さん……の……?」
玄之丞の眼が、開く。
「やっぱりそうや!髪の白うなっとるし、急に老け込んどるけど、その目つきはやっぱり旦那ばい!」
お玉は手を叩いて飛び跳ね、玄之丞の煙管に火種を当てる。
「あの人は体ん弱かったばってん、優しかっし、うちにも可愛らしゅうしてくれて、ほんとに尊敬しとったんよ。」
そしてお玉は遠くを見詰める。
玄之丞もまた、煙を追うように空を見上げる。
「ああ、無事で良かった、良かったなあ新兵衛。」
依頼人は涙を流し、四人を迎えた。
その頃、高瀬の商人の店。
暖簾をくぐる、その男を迎えた店主は尻もちを付く。
震える足と手で、何とか後ずさりをする。
その視線の先に立つ男は無邪気な赤子のように笑う。
腕には大鍔の刀が抜かれ、ゆっくりと、赤羽織が風に揺れた。




