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第三章 八幕

 足を引き摺り、新兵衛は走る。


「ウチはしたくなかった……。」

 狐の妖は音を立てて地面に落ちる。


「あんなつもりじゃなかっちゃん……。」

 前足で顔を覆い、右へ左へと顔を揺さぶる。



 

 玄之丞の二刀が粗々しく銀柳眞に振り下ろされる。


 銀柳眞は返すように黒太刀で斬り上げる。


 両者の刃は重なる、が……黒太刀は玄之丞の刀身をすり抜けてその体を刻む。


 硝之介は残る敵に火筒を投げながら、狐の妖に眼をやる。




「殺すつもりなかったばい……。」


 呟きながら蹲る狐の妖に駆け寄る新兵衛。


「誰にも死んでほしくなかったばい……。」

 妖の言葉は止まらない。


 震えるその体を、覆いかぶさるように抱きしめる。




 再び、銀柳眞の瞳が開かれる。


 咄嗟に、玄之丞は脇差で目を覆い、打刀を振り下ろす。

 脇差の刀身に映る銀柳眞の脚を見る。


 そして身を捩り黒太刀を躱すと、その勢いのまま重心を回転させ打刀を横薙ぎに振る。


 銀柳眞は黒太刀を逆袈裟に斬り上げる。

 黒い刃は刀身をすり抜け、新たな傷を加える。


 緒方は声を高らかに胸を逸らす。

「どうだね、美しいだろう……!君たちの絶望も……死もまた、美しい。」


 銀柳眞の太刀が玄之丞の脇腹を裂く。


 玄之丞の脇差しが下がる。


 間を挟まず、見開かれる瞳……銀柳眞の真紅の眼が玄之丞と重なる。


 それを恍惚と眺める緒方の背後に立つ、朱手拭……。

 



「堪忍して、ごめんなさい……。」

 震えながら、狐の妖は呟く。


 その頬に顔を寄せ、新兵衛は囁く。

「……大丈夫。」




 玄之丞の動きが、止まる。


 ——焼野原。

 ——青空。

 ——首巻きを受け取る女。


 動きを止めたのは一瞬だけだった。

 その一瞬で銀柳眞の切先が肩元から玄之丞を通り抜ける。


 玄之丞の体が仰け反る。




「ごめんなさいごめんなさい……。」

 狐の妖は繰り返す。


 新兵衛は狐の妖の瞳に自分を映す。




 片足を下げ、玄之丞は踏みとどまる。


 銀柳眞は瞳を開く。

 その目の切れ端は裂け、赤い涙が頬を伝う。


 玄之丞の振り翳した打刀が、止まる。


 ——炎。

 ——振り返る、緋色の眼の青年。

 ——茶碗を渡す浪人。


 黒太刀が、玄之丞の喉元目掛け迫る。



 

「緋殺眼か……どこで手に入れた?」


 緒方は自分の胸に眼を向ける。

 赤に染まった小太刀の先端が突き出ていた。




 新兵衛は一度瞳を閉じ、真っ直ぐに狐の妖と見詰め合う。


 そして口を開く。

「……僕がいる。」


 狐の妖の瞳に光が戻る。


 地に転がる刀は再び空を裂き、呪符と残る骸骨を貫き、消える。




 玄之丞は眼を見開き、黒太刀が喉元に触れる寸前で、打刀を振り下ろした。


 そして目元を隠していた脇差で首元へ一閃。




 口から血を垂らし、緒方は呟く。


「敗北か……それもまた……美しい……。」



 

 緒方と銀柳眞は膝から崩れ落ちた。




 玄之丞は眉を下げ、静かに銀柳眞を見下ろす。

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